2005年08月29日

「解放同盟」と「朝鮮総連」:不法占拠のお手並み拝見

日本で最も過激な暴力集団といえば、60〜70年代は左翼過激派であり、80年代以降は山口組などの暴力団が目立っていた。これに匹敵する犯罪集団であるにもかかわらず、ほとんど報道されてこなかったのが「朝鮮総連」と「部落解放同盟」だ。

朝鮮総連の犯罪については、対日工作船、朝銀横領、拉致事件などで徐々に明らかにされてきたが、解放同盟の方は、その利権は主に西日本にあるため、東京本社志向のマスコミには素通り状態となっている。私が新聞社(東京)にいたときも、恥ずかしい限りだが、「同和」や「解同」という言葉を知らなかった。

後に畜産関連のビジネスに関わるようになってから、「あそこは『ヨツ』だから」という会話を拾い聞きして、言葉尻で覚えた程度である。(ちなみに『ヨツ』=『四足動物』=『屠殺場関係者』→「同和」である)

1969年に施行された「同和対策事業特別措置法(=同特法)」で約30年の間に15兆円の公金が投じられている。中でも大阪府は約20%にあたる3兆円が使われており、これに群がった利権屋と暴力団の暗躍は凄まじいものがある。京都や兵庫も「巣窟」状態になっている。

で、東京の方はというと、「同和」「解放同盟」はほとんど耳にしないので、おとなしいものかな、と思っていたのだが、さにあらず。以下、一ノ宮美成+グループK21 『同和利権の真相2』(宝島社文庫)と、続編の『同和利権の真相3』より引用する。

まずは都営住宅の独占入居事件。

『同和利権の真相2』 p185〜191 以下同じ
 85年、墨田区の東墨田に、環境改善事業として都営住宅69戸が建設された。解放同盟は、この69戸のうち、立ち退き用13戸を除く56戸すべてに同盟員を入居させるよう、同年2月に集団で都庁に押しかけ、脅迫的に交渉した。<中略>
 その結果、入居から住居年限を外したり、募集当日に東墨田に居住していれば入居できる要綱を作成。申し込み用紙も特別に作り、他地域の開放同盟関係者が入居できるように、前例のない「東墨田向け」の募集が行われた。この年の都営住宅全般の入居倍率を見ると、最高1626倍だった。一般市民を尻目に、解放同盟だけは特権入居することができたのである。

次に驚くべき、公共施設の不法占拠の実態!

荒川区は72年、荒川8丁目に、「環境改善仮会議室」を建設した。ところが、解放同盟荒川支部が、この施設を支部事務所として不法占拠。解放同盟の街宣車を置き、解放同盟支部専従者を常駐させた。このことは荒川区も容認していた。同施設が取り壊されると、89年、区民のために約4億3300万円を投じて建設された「さつき会館」の1室を解放同盟支部事務所として提供。同会館の「相談室」には、公然と「部落解放同盟荒川支部」の看板が掲げられ、不法占拠状態が続いている。

墨田区でも、社会福祉会館1階にある「同和相談室」が74年から解放同盟墨田支部事務所として不法占拠され、会館には解放同盟墨田支部の看板が掲げられた。加えて、年間120万円の団体助成をしたうえ、「生活相談事業」と称して年間940万円(92年)も支出してきていた。

台東区では、今戸児童館の3階にある「台東区同和対策協議会連絡事務所」が、開放同盟台東支部事務所として占拠されてきた。現在も、事務所で仕事をしているのは台東区の非常勤職員だが、実態は解放同盟の専従である。

葛飾区でも、奥戸7丁目にある「仮奥戸集会所」を、解放同盟に屈服した区が支部事務所として提供。事務所の電気・ガス・水道・電話料金からカーテンのクリーニング代、郵便受けの購入費、ガラスの修理代まですべてを区が負担(現在も)。70年代には、6年間で、解放同盟が約1奥3000万円にものぼる同和予算を独占したこともあった。

品川区でも、区大井第1出張所分室2階の「同和相談室」を解放同盟支部事務所として使用していた。同分室は2001年に建て替えられたが、今は3階を「相談室」として、事実上、「解同」支部が事務所にしている。部屋には「解同」の故・松本治一郎の写真が大きく飾られ、一般区民はおろか区会議員の入室も、同和担当職員によって拒否された。

大田区では、解放同盟品川支部員の家主が、借家人7世帯の立ち退きを要求。6世帯は立ち退いたがが、残るYさんが立ち退かなかったため、8年前にYさんが「エッタ」と発言した(発言の有無の事実は不明)と言い、「大田区が同和行政をしないから差別事件が起こった。差別行政の結果だ」と大田区に持ち込んで、立ち退き問題を「部落差別問題」にすり替えたのだ。

数少ない事例として、解放同盟の不法占拠に法的措置を取った自治体もある。

 足立区でも、解放同盟足立支部が、区内の公園に「同和対策協議会連絡事務所」を作って不法占拠するという出来事があった。その無法ぶりには区議会も反発し、区は明渡しを要求、訴訟になっている。18年間にわたる不法占拠の末、90年7月、最高裁は解放同盟の上告を棄却し、解放同盟に利用権がないことが確定した。<中略>
 結局、足立支部は立ち退かざるをえなくなったが、91年、区は解放同盟足立支部に「立ち退き料」として1400万円を支払っている。のちのこの金は、東京都の特別区財政調整交付金から出たものだったことが明らかになるが、まさに“泥棒に追い銭”を地で行く話であった。

裁判に負けても、あらゆる方法で金を毟り取る連中である。

役所相手はチョロイものだ、となめられているのではないか。「人権」を盾にして、ユスリ、タカリ、オドシで「特権待遇」「助成金」「減税」に預かり、「不法占拠」や「滞納」を続けても法的制裁を受けることがない。こんなオイシイ話が何十年も続いているのだから、朝鮮総連や暴力団からも「お手本」にされているに違いない。

「朝鮮総連」の悪態も、このような「解放同盟」を見習ってのことなのか。それとも「朝鮮総連」の方が「解放同盟」の親玉なのか。

『同和利権の真相3』 p165〜166 以下同じ
 あまり知られていないことだが、部落解放同盟は1985年以来、金日成、金正日の2代にわたる北朝鮮と緊密な関係を維持している。82年に上杉佐一郎氏が中央本部委員長に就任後、解放同盟は反差別国際運動を掲げ国際活動を重視し始めるが、北朝鮮との交流もその一環だった。<中略>
 85年5月下旬、上杉氏ら本部役員7人が始めて北朝鮮を訪問している。訪朝団は約1週間かけて金日成生誕地や、チュチェ思想塔、板門店、博物館や美術館などをめぐり、観劇、映画『金正日書記』鑑賞など、もっぱら観光旅行をしていたが、金日成と会談したり、チュチェ思想学習会にも参加したりしている。

解放同盟はヤクザと変わらないような団体ではあるといえ、そのタテマエの看板は「人権」なのである。人権を蹂躙する国へ赴いて、洗脳映画を見たり、チュチェ思想学習会に参加するというのは、どういうことなのか?

 解放同盟は2002年6月にも、組坂繁之委員長を団長とする訪朝団を送っている。<中略>
 組坂氏らが北朝鮮を訪れた約3ヵ月前、よど号乗っ取り犯の元妻が、有本恵子さんを北朝鮮に拉致したことを法廷で証言している。それ以降、日本国内の拉致問題に対する関心は急速に高まっていた。また、訪朝直前の5月には中国瀋陽の日本総領事館に北朝鮮亡命者家族が駆け込んだ事件が大問題になっている。これらを契機に、マスコミによって北朝鮮国内の実態がくり返し報道されるようになったのは、記憶に新しいところだ。もはや、85年当時のような北朝鮮を礼賛する声など、めったに聞かれなくなった。
 だが、解放同盟は違った。朝鮮対文協での組坂氏の挨拶は、「キム・イルソン主席生誕90年、キム・ジョンイル将軍が60歳を迎えるという記念すべき年に、朝鮮民主主義人民共和国の訪問を実現できたことを心より感謝申し上げます」と、相変わらずの金父子への賛辞より始められている(『解放新聞』02年7月15日)。

解放同盟から北朝鮮に大量の金が流れていたのでは、と勘ぐりたくなる。

明日の日本のためにも、こやつらは絶対に倒さなければならない!!


■追加1:やはり「朝鮮総連」の方が暴力業界のお手本なのか
左翼系在日朝鮮人騒乱史

■追加2:「北朝鮮」「総連」関連の記事はこちらから。
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    2005年08月27日

    日帝の黙示録:朝鮮半島に再臨したキリストたち

    日本と朝鮮の「加害者vs被害者」の図式は、キリスト教を媒介にして増幅しているように思える。キリスト教という触媒が添加され、「悪魔の国・日本」vs「キリスト教徒受難の国・朝鮮」に化学変化を起こしているのではないか。

    イエス・キリストの教えは「個の目覚め」と「普遍的な愛」にあると私は考えるが、政治的編纂物としての「聖書」(旧約+新約)には、ルサンチマンと復讐のテキストが織り交ぜられている。

    救世主の出現を待つ、しかし期待は裏切られる。絶望からふたたび期待が膨らみ、その期待は絶望に帰する・・・ということが何度も繰り返されてきたのが、古代イスラエルの歴史である。旧約聖書の預言書(第2イザヤ、エゼキエル、ゼカリアetc)には、「現実において満たされない野望を、神の名において復讐したい」という「黙示的」要素が含まれている。

    そしてこの黙示文学の伝統は、新約聖書では、聖ヨハネが流刑地パトモス島で書いたとされる『ヨハネの黙示録』に入り込んでいる。「大いなるバビロン、地の淫婦らと憎むべき者との母」(新共同訳では「大バビロン、みだらな女たちや、地上の忌まわしいものたちの母」)といったおどろおどろしい語句で満ち溢れている。

    ◆D・H・ローレンス『現代人は愛し合えるか:黙示録論』(中公文庫)p34
    この貴重なる書を二三度読めばすぐ気づくこと、それはあきらかに、聖ヨハネはおおわらわで選民、すなわち神に選ばれたる民以外の人間をことごとく抹殺し掃滅しつくして、己れのみはまちがいなく神の御座へと這いのぼろうと、大がかりな奸計をめぐらしているという事実である。

    「大バビロン」とは当時、初期キリスト教徒を迫害したローマ帝国を示していた。しかし時代が下ると、新教徒(プロテスタント)がローマ・カソリックを罵倒する言葉に変容し、現代では(映画『セブン』にあるような)7つの大罪を犯す無信仰な人間たちに投げつけられる言葉でもある。

    ■ここでチョット回想録

    「黙示録的なキリスト教」という話で、思い起こすことがある。

    私が初めて韓国に行ったのは、ソウル五輪直後の1988年秋のことだ。日本ではハングルの学習熱が盛んで、私も日本に短期留学していた韓国の大学生から個人レッスンを受けていた。その彼女ヒョンさんが一時帰国することになり、一緒に来ませんか、と誘われたのである。

    私の滞在は4日間だったが、彼女にいっさいお任せである。2日目の朝に「紹介したい人たちがいる」と連れられて行ったところが、キリスト教の教会であった。小さな教会を想像していたのだが、会場は大学の大講堂のような造りで、1500人から2000人ぐらいの人が集まっていた。まあ、韓国の日曜礼拝を体験するのも、悪くないか、と気楽に考えていた。

    ところが、である。牧師の挨拶のあとに「日本からジャーナリストが来られていますので、ご挨拶をお願いします」という話になって、おい、そんな話、聞いてないぞ、と狼狽しつつ、ヒョンさんに連れられて演台に立つことになった。

    「私が通訳しますから、どうぞご自由に」とヒョンさんに言われたものの、スピーチは全く用意していない。「えー、日本と韓国には不幸な過去がありましたが、これからはー、友好を深めて行きたいという気持ちで、韓国にやってきました」・・・・と無難に始めたが、あとが続かない。そこで一気に「よろしくお願い致します」で締めることにした。(場内からは苦笑が漏れていた)

    このキリスト教会は、普通のプロテスタント教会と思っていたのだが、少し趣きが違っていた。礼拝には姿を見せなかったが、教会のトップの方は十数年間、山岳の洞窟で修行をし、ある日突然、キリストの啓示を受けて開祖したのだという。

    翌日は、地下鉄とバスを乗り継いでソウル郊外に向った。昨日の教会の教祖様に会わせてくれるのだという。野外の広場では、十数人が手をつないで「降霊術」のようなことをしていた。その中のひとりが教祖様だった。意外にも、服装はみすぼらしく(スラックス+半袖シャツ)、顔はそうですね・・・代議士の野中広務みたいな感じ。

    私は、やばいぞ、やばいぞ、交霊術も癒しの按手も受けないぞ、と心に決めていたが、教祖様は他の信者たちの相談や癒しで忙しかったので、私とは「こんにちは」とお目通しをしただけで終わりになった。それにしても、ヒョンさんの目的は、私を入信させることにあったらしい。やれやれ。

    韓国ではこの手の山岳修行系の新興キリスト教が多いと聞く。おそらく韓国のプロテスタント主流派からみれば「異端」であろう。私が訪問した教会は「統一教会」ではなかったが、礼拝の規模の大きさからして、別の中型の「異端」教団である可能性が濃厚である。

    韓国では、1920〜30年にキリスト教復興運動が起こり、この流れの中で、1950年代に「キリストの再臨」を謳う3つの神秘神霊教団が登場した。

  • 羅雲夢の「龍門山祈祷院運動」
  • 朴泰善の「韓国イエス伝道館(伝道館運動)」
  • 文鮮明の「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」

    キリストが再臨するという根拠の1つは、聖書の記述では、『ヨハネの黙示録:7−2』にあるのだという。

    わたしはまた、もう1人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。【新共同訳】

    統一教会の「原理講義:再臨論」によれば、メシアは

    1)第1次大戦の終わる頃の「終末」に、
    2)地上に肉身をもって
    3)日の昇るところ

    から現れることになっている。「終末」とは文鮮明が生まれた1920年頃であり、「日の昇るところ(太陽の出る方角)」とは極東の地、韓国というわけだ。

    さらに、救世主モーゼの登場には「エジプトによるイスラエル人の迫害」、救世主イエスの登場には「ローマ帝国によるイスラエルの迫害」の背景があるとした上で、「大日本帝国による朝鮮半島の迫害(日韓併合)」は、救世主を生み出すための「歴史的な必然条件」なのだという。この3つの救世主降臨説は、壮大な「2000年のパラレルの歴史」として仰々しく説明されている。

    統一教会としては、文鮮明のメシア説を正当化するためにも、日韓併合下のキリスト教団が「信じられないほどの苦難の道」を歩んだことを、どうしても譲れないのだ。

    「キリスト教世界への使信」(統一教会の西希悦牧師)
     日本による韓国の占領時代、すなわち1910年から1945年にかけて、韓国のキリスト教は信じられないほどの苦難の道を歩んだが、それは日本の為政者達が韓国のキリスト教とそれに基づく彼らの愛国心が帝国の支配に対する最も危険な脅威であるとみなしていたからである。しかしながら、不当な迫害は信者の信仰を強めるばかりであった。彼らの多くは神の愛の親密な臨在と、主が再びこられる日がすぐそこにきていることを実感していた。

    このような考えを持つ新興キリスト教徒は、上記の3つの異端教団ばかりとは限らない。

    北朝鮮・拉致事件関連年表:1932年(昭和7年)
    金日成の母康盤石が四十歳で死去する。金日成の母方の家は単なるキリスト教徒ではなくきわめて篤実なキリスト教徒であった。母方の祖父・康敦●(カンドンウク)は万景台一帯で信望の厚い教育者で、長老会教会の長老として自宅内に昌徳(チャンドク)学校という私立の学校を設け、キリスト教はもちろん、一般の科目についても熱心に教育を施した。<中略>康敦●がどれほど深くキリスト教を信仰していたかは、自分の娘、すなわち金日成の母の名を「盤石」と名付けたことからもうかがえる。イエスがペテロに「あなたは私の盤石だから、お前の上に教会を建てよう」と語ったように、「盤石」はキリスト教で特別の意味をもつ言葉である。

    この「金盤石」から生まれた金日成(1912年生まれ)にも、自己を「救世主」と見なす「黙示録的解釈」があるはずだ、と私は疑っている。

    日本と韓国&北朝鮮との歴史議論は大いに結構なことではあるが、「歴史解釈」のすれ違いの原因が「神学解釈」にあるのだとすれば、話し合いはなかなか厄介である。


    ■追加1:南北接近の密使として活躍する統一教会、1991年の電撃訪問で密約
    (2000年6月の)南北共同宣言と統一教会

    ■追加2:最近、民主党の「一国二制度」が、かまびすしいが・・・・
    波士敦謾録:双面神(Janus)としての朝鮮半島(2005/7/15)
    支那人の御株を奪う、朝鮮半島版一国二制度である。最近親北路線で北への投資に執心中の統一教会は当該一国二制度の蝶番役を果たしているとも見える。事実、文鮮明は、1991年の訪北の際、故金日成に対して、朝鮮半島が統一された暁には、僕最高主席、君副主席云々と述べたことが記録されている。

    ■追加3:統一教会用語では「摂理的同時性」と言うのだそうだ。
    くろがね広場 (2005/7/11)
  • posted by ヒロさん at 08:21 | Comment(4) | TrackBack(4) | 神話・宗教・民俗学

    2005年08月26日

    朝鮮総連の罪と罰:洗脳ビデオの巻

    北朝鮮と日本の関係は一方通行である。人材も情報も資金も、ただただ北朝鮮に流れる一方だ。

    1960年前後の「帰国事業」に関して、在日朝鮮人の中には「やはり何か怪しい、でも、期待はずれだったら帰ってくればいい」と思った人、様子見の「先遣隊」を送った人はたくさんいた。しかし1度行ったら最後、2度と帰ってくることのできない収容所共和国である。

    一体、どんな方法で10万人ものを人を騙し続け、地獄行きの片道切符をつかませたのか。

    ◆萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』(文春文庫)p388
     当時の総連の宣伝を青年時代にうけた神戸在住の金正日(偶然ながら北の指導者と同姓同名である)は言う。
     「総連の幹部たちは北朝鮮を 『地上の楽園』 『冷蔵庫は牛肉や豚肉でいっぱい』 『鉱物資源は豊富で露天掘り』 『住まいは鉄筋造り』 『世界中でいちばん豊かな国』というぐあいにほめたたえました」
     1950年代末の日本では、牛肉は正月や特別な日でなければ食べられないごちそうだった。またバラックと呼ばれた板張ばりの小屋のような家がいっぱいの当時にあって、鉄筋造りの住宅は夢のような話だった。
     「教育はタダ」 「金日成綜合大学で学べる」 「モスクワ大学に留学できる」という宣伝は貧しくて学校にいけない在日の青少年の心をかきたてた。

    スローガンだけでは不十分だ。イメージづくりに絶大な効果を発揮するのは、今も昔も、スライド、テレビ、映画などの「映像」情報だ。朝鮮総連は日本各地の総連支部で「北朝鮮の記録映画」を上映した。

    ◆韓光熙(ハン・グァンヒ)『わが朝鮮総連の罪と罰』(文春文庫)p54
     この映画が祖国礼賛宣伝に果たした役割というのは、果てしなく大きい。映像が伝えるのは、急ピッチで進む工場やアパートの建設現場であったり、いかにもエリート然とした学生が闊歩する金日成綜合大学のキャンパスであったり、精力的に海外の要人と会ったり現地指導に赴いたりする金日成元帥であったりした。<中略>
     (ナレーション「そして、今日の朝鮮。活気あふれるわが祖国は、金日成将軍の懸命な指導のもと、今日もなお発展を続けるのである・・・・・」)満々と水をたたえた水豊ダムからどっと水が流れ出す → 青々とした水田 → 刈り入れの風景 → 山と積まれる米俵 → チャンゴ(太鼓)を叩いて豊作を祝う農民・・・・・。<中略>
     水豊ダムは、じつは植民地時代に日本がつくったものだし、山ばかり耕地面積のすくない北朝鮮には水田などほんのわずかしかない。近代的な設備を備えた工場としてスクリーンによく登場した肥料工場も、戦争に負けて出ていった日本窒素の工場をそのまま転用していたものに過ぎなかった。しかし、それらのことを知ったのはずっと後になってからであって、当時は疑う余地などどこにもなかった。在日朝鮮人の95%は南朝鮮(韓国)の出身者とその子孫であるから、北の実情など、ほとんど誰も知らないのだった。

    この一大詐欺イベントを見抜いていた在日もいた。関貴星(本名:呉貴星)氏は日本に帰化したあと、1960年8月に「日朝協会使節団」の一員として北朝鮮を1ヵ月間視察したが、帰国者の知人は一様におびえた表情だったという。日本人妻の1人がなにも言わずにわっと泣き伏せたことを不審に思い、追及を始めた。彼は1962年に『楽園の夢破れて』(全貌社)を著わしている。

    ◆関貴星『楽園の夢破れて』(全貌社)<萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』p410より孫引用>
    ある女性の手紙
     北鮮にきてびっくりしたことは日本で聞いたことと現実とはあまりにも差異があるということと日常生活品、食糧品とくに日常食べる野菜1つみることができないという状態で、この地球上にほんとうにこのようなこともあるのかと気が変になりそうです。私は毎日朝夕子供たちと日本がなつかしく夫をしたって食べることもわすれて泣いてだけおります。
     私は人間としてこのような生活をこれ以上継続することができないと断念して最後の覚悟をしております。この際死ぬこともおそろしくありません。必要であれば私の姓名を発表してもよいです。

    このような手紙を書いたことがバレれば、まちがいなく強制収容所送りである。連座制(連帯責任制)が敷かれているので、家族全員、場合によって親族全員が監獄行きとなる。帰国者のうち、いったい何人が生き延びられたのか。

    北朝鮮工作員による拉致事件を思うとき、私は帰国者10万人にも思いを馳せざるを得ない。1960年当時といえば、日本は安保闘争の真っ只中であり、自主的に帰国してくれた「いい厄介払い」たちを顧みる日本人はほとんどいなかったはずだ。が、その後、彼らが人質となって、大量の金が北朝鮮に流れ、独裁政権を支えているとなると話は違ってくる。(つづく)

    ■つぶやき:「やり直しができる社会を作りたい」と言っている社民党の候補者がいるが、1度でもいいから北朝鮮に向けて同じことを言ってみよ!

    ■追加1:「洗脳ビデオ」がダメなら「洗脳クルーズ」がある
    ピースボートで北朝鮮に行った人のHP

     テポドンはミサイルではありません。1998年8月31日発射した未確認飛行物体、あれは人工衛星です。アメリカの公式見解は「弾頭部分に人工衛星を搭載したものだったが、軌道乗せに失敗した」(1998年9月14日)というものです。ミサイルだったと思っているのは、日本人ぐらいのもんです(=誤解@)。<中略>

     現地の人からは「一人はみんなのため、みんなは一人のため、というのが社会主義」という説明もありました。また環境問題については、「資本主義でないわが国に環境問題は起こり得ません」とも聞きました。「いじめなんてありません」「犯罪なんてありません」とも聞きました。それを聞いて「いい国じゃないの!」と思った人も多かったでしょう。「かたや資本主義で個人主義の日本はダメだ…」と思った人も多かったでしょう。<中略>

     日本に暮らしていると分かりにくいことですが、日本と北朝鮮はよく似た社会だということです。欧米人から見ればまだまだ日本は「礼儀正しい」し「集団主義的」だと思います。演歌は朝鮮半島がルーツだし、公共事業に至っては同じ国のようです。そして今は似ていないような気がする点も、実はひと昔前は日本もそうだった、ということはたくさんあります。かつては「偉大なる天皇」を崇拝していたわけですから。

     私たちはつい、北朝鮮との違いを強調しがちです。社会主義だから、という理由です。でも、みんなが同じ服を着る社会、企業が国に守られて競争のない社会は社会主義のようなものです。すごくネガティブな表現ですが、日本と北朝鮮は五十歩百歩なんです。

    「帰国事業」詐欺から40年たった今なお「いいカモ」は途絶えることがない。歴史から学べ!

    ■追加2:「北朝鮮」「総連」関連の記事はこちらから。
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  • posted by ヒロさん at 07:45 | Comment(8) | TrackBack(0) | 韓国&北朝鮮

    2005年08月23日

    韓徳銖(ハンドクス)が推進した「10万人の拉致」事件

    ブログを7ヵ月やってみてありがたいな、と思うことは、たくさんの方にいろんなサイトや本を紹介してもらえることである。北朝鮮の関連書籍では、Venomさんから萩原遼をご推薦いただき、先日注文書が届いたばかりである。

    萩原遼は元「赤旗」記者で共産党員である。いや、共産党員であった、というべきか。6月にいくつかのブログが取り上げていた、ある「事件」が思い起こされる。

    共同:萩原氏が共産党除籍 朝鮮総連批判のビラ配り(2005/6/23)
     元「赤旗」平壌特派員でノンフィクション作家の萩原遼さん(68)が日本共産党から「北朝鮮問題で党と異なる見解を表明した」として、17日付で除籍されたことが22日、分かった。
     萩原さんによると、5月に東京都内で開かれた在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)結成50周年記念パーティーの会場近くで、朝鮮総連を批判するビラを配ったことなどが問題にされたという。

    結成50周年記念パーティーは5月24日のことだ。(ビラを配る荻原氏の写真はこのHPの一番下) 配られた声明ビラには「朝鮮総連は『帰国事業』という巨大な誘拐・拉致に責任を取れ―朝鮮総連結成50周年に際して―」というタイトルがついていた。朝鮮総連の逆鱗に触れるのは当然として、それ以上に共産党幹部が怒り狂った理由は何なのか?

    不破哲三が萩原遼を朝鮮総連批判で除籍
     朝鮮総連50周年において、総括すべき課題は拉致犯罪への組織的加担問題だけではない。もう一つの重大なテーマは、93000人の帰国事業とその結果、現時点における帰国者の生命と人権状況であろう。当時、多くの日本人や左翼は「地上の楽園」という金日成と朝鮮総連の大宣伝を信じた。<中略>
     不破哲三は、なぜ、その朝鮮総連犯罪を黙殺するのだろうか。なぜなら、日本共産党もその犯罪加担政党の一つだからである。当時、共産党は、党中央機関として、帰国事業を全面支援しただけではない。共産党員寺尾五郎著書『三八度線の北』と共産党員撮影監督宮島義勇の記録映画『チョンリマ−千里馬』は、大評判になり、共産党もそれらを大宣伝した。

    この「帰国事業」問題は、朝鮮総連のタブーだ。日本共産党は2000年に朝鮮総連と「和解」して友好関係を結んでいるが、この日本共産党にとってもタブーなのだ。

    北朝鮮を「地上の楽園」と喧伝しまくったのは共産党ばかりではない。

    ◆群像:「わがテレビ体験」 大江健三郎(昭和36年3月号) (→ネットソース)
     結婚式をあげて深夜に戻ってきた、そしてテレビ装置をなにげなく気にとめた、スウィッチをいれる、画像があらわれる。そして三十分後、ぼくは新婦をほうっておいて、感動のあまりに涙を流していた。
     それは東山千栄子氏の主演する北鮮送還のものがたりだった、ある日ふいに老いた美しい朝鮮の婦人が白い朝鮮服にみをかためてしまう、そして息子の家族に自分だけ朝鮮にかえることを申し出る…。このときぼくは、ああ、なんと酷い話だ、と思ったり、自分には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、というようなとりとめないことを考えるうちに感情の平衡をうしなったのであった。

    新婚初夜に「あいまいな日本」が嫌いになったノーベル賞受賞作家だ。

    ◆朝日新聞:「希望者ふえる一方」(1960/2/26朝刊) (→ネットソース)
    帰還希望者がふえたのはなんといっても『完全就職、生活保障』と伝えられた北朝鮮の魅力らしい。各地の在日朝鮮人の多くは帰還実施まで、将来に希望の少ない日本の生活に愛想をつかしながらも、二度と戻れぬ日本を去って"未知の故国"へ渡るフンギリをつけかねていたらしい。ところが、第一船で帰った人たちに対する歓迎ぶりや、完備した受け入れ態勢、目覚ましい復興ぶり、などが報道され、さらに『明るい毎日の生活』を伝える帰還者たちの手紙が届いたため、帰還へ踏みきったようだ。

    どんな内容の手紙が届いていたのだろうか。

    ◆早船ちよ『キューポラのある街2 未成年』(1977年) (→ネットソース)
     わたし、あなたたちふたりに、ぜひ話したい、きいてもらいたいことで、いっぱいです。帰国以来2年半のうちに、わたしたちの祖国がどんなに発展したか。<中略>
     父は、新築の労働者アパートをもらったのがうれしくて、そうじと手入れ、まわりの植樹、そのほか、思いついたことは、どしどしやって、わたしをびっくりさせます。わたしも、そのアパートに、独立したひとつの部屋をもらいました。わたしが、自分自身の部屋をもつなんて、まあ、まるで夢みたいな現実よ。見てください。これが、わたしたちのアパート。町の大通りに面して、堂々と立ち並んでいるでしょう。この労働者住宅のあいだには、託児所、学校、図書館などがあり、街の中心に官庁があるのです。それから、劇場も、映画館も。買い物は、アパートの1階にある売店でします。とても便利よ。すべて労働者の生活単位に街づくりが考えられていて、便利で清潔で美しいです。

    このような捏造プロパガンダで聞いて帰国したのは、恐喝と暴力を食いぶちとする在日ヤクザでも、パチンコ利権でふんぞり返っている連中でもない。北朝鮮に行けば、差別や貧困がないと信じ込まされた純情無垢な在日の庶民の人たちだったのだ。私も6年前に『朝鮮総連と収容所共和国』を読むまで知らなかったのだが、北朝鮮に「帰国」した人たちは、「北」の出身者ではない。そもそも日本の在日の98%が「南」の出身なのだ。彼らは先祖ゆかりの地を慕って帰ったのではなく、この世の「楽園」を夢見みながら「北朝鮮」という新天地に旅立った人たちなのである。

    ◆李英和 『朝鮮総連と収容所共和国』(小学館文庫 1999年)(→ネットソース)
     日本では発揮できない知識や技術を祖国に役立てたい。そんな純粋で崇高な思いは、完全に裏切られた。帰国者の夢と希望は、北朝鮮当局の空約束によって、ものの見事に打ち砕かれる。実態は、国家ぐるみの大々的な「詐欺事件」であり、「殺人事件」だった。帰国者の居住地と職場は、労働党によって一方的に決定された。本人の経験や能力、夢や希望とは、まったく無関係だった。
     また、「日本出身者」という埋由で、労働党への入党は難しかった。70年代までは、庶民にとって党員への近道である人民軍への入隊も拒否された。信用ならない連中だから、というわけだろう。

    「手紙」に書かれた楽園の話はまったくのウソだった。居住地の自由も、職業の自由もない。さらに「日本から来た連中」ということで、いっそう差別された。

    ◆ソース同上
     帰国者約10万人といえば、朝鮮籍と韓国籍を合わせた在日韓国・朝鮮人の全人口の6〜7人に1人に相当する。単純計算すれば、身内の誰かが北朝鮮に帰国したことになる。政治宣伝の熱病がおさまると、労働党は帰国者を厄介者扱いしはじめる。資本主義思想の流入を恐れ、「社会主義建設の否定的要素」と規定した。厳しい監視と差別に反発する帰国者は殺されるか、強制取容所に送られた。生き残った者はすさまじい貧困にさらされた。
     こうして在日韓国・朝鮮人は、帰国した親族を見殺しにするか、仕送りをするかの選択を追られた。多くは後者を採り、30年以上もせっせと仕送りを続けている。帰国者は完全に「人質」となったのである。

    地上の楽園を信じて降り立った場所が、何の自由もない「強制収容所」であり、彼らは日本の親族から金を引き出すための「人質」に過ぎなかった。萩原遼という元赤旗記者のジャーナリストは、45年経った今もいっこうに省みられることのない、この「10万人の拉致事件」を告発し続けている。

    萩原遼 『北朝鮮に消えた友と私の物語』(文春文庫 原本1998.12)p362より引用
    3月5日(=1953年)にはソ連の独裁者スターリンが死んだ。“雪どけ”とよばれる平和ムードが強まりはじめた。7月27日には3年つづいた朝鮮戦争がついに停戦した。金日成にとってつぎの課題は戦後の復旧であった。戦争で大量の壮丁を失った。なによりも人がほしい。金もほしい。技術もほしい。在日朝鮮人60万人に目をつけるのは自然のなりゆきであった。在日朝鮮人運動がいつまでも日本共産党の指導下におかれて、指1本ふれられない状態を1日も早くやめさせねばならない。在日朝鮮人はおれたちのものだという意思をもっと強力に日本共産党に向けて発しなければならない。

    朝鮮総連ができる1955年までは、在日朝鮮人の政治運動は、すべて日本共産党が取り仕切っていた。これを撹乱して、金日成直属の軍団をつくるために抜擢されたのが、韓徳銖(ハンドクス)だった。

    さらにソ連では1956年より、フルシチョフによるスターリン批判が始まっていた。北朝鮮の党中央員会でも金日成の個人崇拝に対する批判が出されたが、これを大規模な血の粛清で乗り切っている。10万人の「帰国事業」は、この血の粛清を隠蔽しつつ、金日成の個人的名声を内外にアピールし、日本にパイプのある「金づる」をおびき寄せるための、世紀の一大詐欺イベントだったのだ。

    この「10万の拉致事件」の日本側の執行人、韓徳銖は4年前に他界したが、彼の「密葬」(2001年2月22〜24日)には次のような日本人が参加している。

    朝鮮新報:総聯中央 韓徳銖議長の密葬(2001/2/28)
    鳩山由紀夫(民主党党首、衆院議員)
    土井たか子(社民党党首、衆院議員)
    野中広務(元内閣官房長官、自民党衆院議員)
    鶴岡洋(公明党副代表、参院議員)
    中西績介(社民党副党首、衆院議員)
    渕上貞雄(同幹事長、参院議員)
    穀田恵二(日本共産党国会対策委員長、衆院議員)
    緒方靖夫(同国際局長、参院議員)
    矢田部理(新社会党委員長)
    中山正暉(日朝友好議員連盟会長、自民党衆院議員)
    園田博之(同事務局長、自民党衆院議員)
    久保亘(元副総理、民主党参院議員)
    林義郎(元大蔵大臣、自民党衆院議員)
    田英夫(社民党参院議員)
    原田義昭(自民党衆院議員)
    大畠章宏(民主党衆院議員)
    近藤昭一(同)
    佐々木秀典(同)
    古川元久(同)
    槙枝元文(朝鮮統一支持日本委員会議長)
    三木睦子(元首相夫人)
    林亮勝(日朝文化交流協会理事長)
    清水澄子(朝鮮女性と連帯する日本婦人連絡会代表、社民党参院議員)
    中小路清雄(日朝学術教育交流協会会長)
    津和慶子(日本婦人会議議長)
    吉岡達也(ピースボート共同代表)
    斎田一路(共同通信社社長)
    廣瀬道貞(テレビ朝日社長)
    澤地忍(東アジア貿易研究会理事長)
    床井茂(在日朝鮮人の人権を守る会会長、弁護士)
    引田天功(イリュージョニスト)
    安江とも子(故安江良介・岩波書店前社長夫人)
    高木有為(故高木健夫・日朝文化交流協会元理事長の子息)


    ■追加1:韓徳銖(ハンドクス)と同じ済州島出身の狼藉者といえば・・・
    試写会日記:「血と骨」(ビートたけし、鈴木京香)

    ■追加2:「帰国事業は日本政府の責任」という印象報道
    Irregular Expression:「朝鮮総連への小泉首相のメッセージ」(2005/5/25)

    ■追加3:自民党には北朝鮮とベッタリの元共産党の大物がいる
    ヒロさん日記:「オウム事件と元共産党の超大物」(2005/3/21)

    ■追加4:土井たか子の「帰化説」は(たぶん)本当
    井奥まさき(高砂市議)の掲示板「ともに会議室」
    ◆2281 返信 どういった過去 西宮市民 2003/11/15 02:45
    土井たか子(李高順=イ・コジュン)は西宮の朝鮮人部落の出身
    (両親共に朝鮮人)で、後に朝鮮国籍から日本へ帰化した。
    戸籍に今も記載されている事実。社民党関係者は全員がもちろん知っており、
    地元の兵庫7区でも多くの有権者が知っている。
    『祖国のために政治家になりたい』と言って日本に帰化した。
    土井たか子の親族(甥、姪)が平壌に住んでおり朝鮮労働党の幹部となって
    いることもあって、北朝鮮の信任が最も厚い政治家。

    ■追加5:土井たか子=李高順は(どうやら)ウソ
    チャンネル桜:掲示板
    ◆ななな 2004-02-09 01:36:11  No.12615
    旧国籍法でも現行国籍法でも帰化が許可されれば官報に告示されることが決まっていますが、官報を調べてみても李高順や土井多賀子(本名)の帰化許可官報告示は存在しませんでした。
    有料ですがここで官報を検索することができますので
    ご自分でも納得できるまで調べてみてはいかがでしょうか?
    http://kanpou.npb.go.jp/search/introduce.html

    ◆井土かた子 2004-03-16 12:57:23  No.17222
    「日本人里帰り妻に土井たか子の身内がいる」
    http://www5.sdp.or.jp/central/timebeing/timebeing97/bunsyun1030.html
    この一件はその後どうなったのか、文春は謝罪したのか、土井さんは告訴したのか、ご存じでしたら教えてください。

    ◆ななな 2004-03-16 18:27:31  No.17264
    井土かた子様へ
    記事を書いたフリーライターの加賀孝英氏はすでに訴えられているそうですが、裁判がどうなったかまでは知りません。
    posted by ヒロさん at 06:22 | Comment(6) | TrackBack(0) | 韓国&北朝鮮

    2005年08月21日

    元ピースボートの井奥まさき殿、赤軍と山口組とのご関係は?

    辻元清美の秘書口座事件を調べてみると、かつて、兵庫県高砂市議員の井奥雅樹(まさき)氏の掲示板「ともに会議室」が賑わっていたことがわかる。

    その昔、彼のHPに掲載されていたプロフィールは以下のようになっていた。

    ◆2273 返信 井奥まさきさんプロフィール 名無しさん 2003/11/13 02:05
    1965年生まれ。36才。父・育夫(山陽電鉄勤務、現在退職)と母・英子(幼稚園園長、現在退職)、妹・由紀子の4人家族で、高砂市中島(今市自治会)で育つ。
    伊保小学校から淳心学院中・高等学校をへて岡山大学法学部へ。
    民間の国際交流団体スタッフをへて、市議会議員秘書から国会議員秘書を経験。
    地球を飛び回る行動力抜群の元気印です。

    「民間の国際交流団体」とはピースボート、「国会議員秘書」とは辻元清美の私設秘書のことだ。辻元より5才年下なので、北朝鮮クルーズなどのスタッフとして、アネゴー清美ちゃんによくかわいがられたはずだ。

    彼の掲示板「ともに会議室」は、2002年5月から書き込みが始まり、2003年の暮れに閉鎖されるまで、2518件のエントリがあり、アクセス数は50万件を越える。行動力のある若手として、次期市長を期待されるほどの人望がある。

    ◆26 返信 市長選挙 高砂市民 2002/07/11 03:39
    市長選の立候補期待しています。
    行動力としっかりとした政策があるのは、井奥さんしかいませんね。<中略>
    市長選出るなら、必ず当選してください。
    私も協力させて頂きます。

    2002年9月の市議選では堂々の6位で当選し、掲示板も市政問題で充実していた。しかし2003年7月になると風向きが変わってきた。まずは『週刊金曜日』の読書会についてだ。

    ◆481 返信 Re:週刊金曜日と無理心中をするの? 井奥まさき 2003/07/01 10:02
    無理心中というか、詳しい内容をフォローしていないので判断できません。
    岡山で読者会を設立し、播磨でも読者会に入っていたのは純然たる事実ですのでそこを別に隠すつもりはありません。

    次に学歴詐称問題。

    ◆507 返信 若いあなたに期待してます 小市民 2003/07/08 21:36
    あなたが岡山大学を卒業されていないということは、今回やっとわかりました。やっとですよ。<中略>あなたが大学を中退されたことを、あなたは「ほとんどの人が知っていると思いますが」とお答えですが、はたしてそうなんでしょうか。昨年の選挙のとき配布されていた井奥さんのパンフには、淳心高校から岡山大学へ進学されたことは書かれていますが、中途退学されたことは書かれていないですよ。

    そして辻元清美への事情聴取が明らかにされると、辻元関連のコメントが急増する。

    ◆543 返信 Re:で、どうなの? 井奥まさき 2003/07/18 12:41
    >井奥さんは、逮捕される様子とかないの?
    さあ、警察の判断待ちですね。
    そもそも辻元も逮捕できるのでしょうか。
    マスコミの「飛ばし」としか言いようがないと思いますが。
    高砂に来て私のところに正式に話も聞かないで、
    なぜ真実がわかるのでしょうかね。


    これを書いた直後に「辻元逮捕」が発表されるが、「不当逮捕だ!」と居直ったため、読者のコメントが殺到する。

    ◆558 返信 井奥まさき氏へ 我朝不信 2003/07/18 21:41
    >マスコミからジャンジャン電話がかかっていますが、
    >「この時期に1年もかけて取り調べ、逮捕する問題か」と
    >コメントしています。

    井奥氏は何か勘違いをしておられませんか?
    【時効になるまで、犯罪者は逮捕されるのが当然】のはず。
    いつ逮捕されようが、犯罪は犯罪であり、
    辻本氏の行った行為は、列記とした犯罪であります。
    法律に反するのですから、逮捕は正当であり、何の問題もありません。

    >起訴までは覚悟したとしても、裁判まで含めて最後まで
    >私は辻元を支援します。
    >明日の記事が掲載されたら、ぜひみなさん見てくださいね。

    それは【辻本氏の無罪を信じて】支援するという事でしょうか?
    かなり問題発言ですよ。

    どこまでもアネゴーを庇うケナゲな態度ともいえるが、彼のふてぶてしい態度には、どうやら「背景」がありそうなのだ。

    ◆2420 返信 Re:がくがくブルブル 2チャンネルで見つけました。 2003/12/07 18:18
    >井奥市議の叔父は神戸で有名な暴○団の会長というのは本当ですか?
    井奥雅樹=元ピースボート、辻元私設秘書、スタッフ口座名義人、虹と緑、電脳突破党、現高砂市議

    井奥の叔父、井奥文夫<54歳>
    指定暴力団山口組の直系若衆。
    井奥会会長。
    事務所、神戸市長田区五番町__組員300人。
    井奥の向こう意気の強さは、この叔父のバックアップだろう。

    井奥会ー本拠地兵庫県神戸市。勢力兵庫、大阪、鳥取、島根、京都、東京、宮城。
    会長ー井奥文夫、54歳。五代目山口組直参。五代目組長秘書。元中野会・会長代行。

    兵庫県の情報通の話では井奥会長は、番町のボスといわれているそうだ。
    神戸の同和利権にも強大な影響力を持つ実力者で、次期若頭補佐候補ナンバーワン。
    井奥会長は殺しの軍団中野会の本流だよ。

    ネット上にコピーされているこの情報は、2チャンネルが発祥らしい。「井奥」という苗字は兵庫県に集中している(参考:兵庫で49%)のは確かだ。井奥まさきは「叔父が暴力団員なのは本当か」という質問に対して、何も答えることなく掲示板を閉鎖している。やはり図星なのだろうか?

    この話の信憑性については、今のところ有力な援護ソースがないので、地元に近い人たちからの情報を待ちたい。で、ついでなので、山口組事情を整理したい。

    夕刊フジ:山口組6代目、正式継発表へ…司忍組長が就任(2005/7/29)
     国内最大の指定暴力団山口組は29日、神戸市灘区の総本部に全国の直系組長を集め、臨時直系組長会を開く。組長会では渡辺芳則五代目組長(64)が新設される名誉総裁のポストに退き、六代目組長にナンバー2の若頭を務める司忍・弘田組組長(63)=本名・篠田建市=が就任する人事などが正式発表されるとみられる。山口組の組長交代は16年ぶり。

    六代目山口組の兵庫の構成員は以下の通りだ。

    アメリカで凌ぐ極道のblog:「六代目山口組」(2005/8/11)
    【若中(兵庫)】
    中村天地朗 (二代目大平組 組長)
    仲里正秋 (二代目真鍋組 組長)
    細川幹雄 (細川組 組長)
    柴田健吾 (柴田会 会長)
    大嶋巽 (大嶋組 組長)
    寺岡修 (組長秘書、侠友会 会長)
    井奥文夫 (組長秘書、井奥会 会長)
    大西康雄 (大西組 組長)
    細見孝夫 (二代目佐藤組 組長)
    池内満 (二代目松野組 組長)
    岡本久男 (二代目松下組 組長)

    上記の2ちゃんねるソースでは、この「井奥文夫」が、「元中野会・会長代行」であったらしい。中野会とは何者か?

    夕刊フジ:山口組から永久追放された中野会が解散届を提出(2005/8/8)
     平成9年に神戸市で起きた指定暴力団山口組の最高幹部の射殺事件以来、同組と対立関係にあった中野会(中野太郎会長)が大阪府警に解散届を提出していたことが8日、わかった。
     中野会長は、山口組の渡辺芳則五代目組長を出した山健組出身。平成元年に渡辺組長が五代目を襲名したのに伴い、直系組長に昇格し、最高幹部の若頭補佐に任命されるなど、同組内では中心的な役割を担っていた。
     しかし、9年8月、神戸市中央区のホテルで傘下組員が山口組ナンバー2の若頭、宅見勝・宅見組組長=当時(61)=を射殺。山口組から絶縁(永久追放)された。その後、拠点を神戸市須磨区から大阪市天王寺区へ移したが、中野会長が病気で療養するなどに伴い、組織は衰退していた。

    山口組の内部抗争である。1997年(平成9年)に山口組5代目のNo2(若頭)を射殺したのは、中野会である。この中野会の直下にいたのが「井奥会」だが、親分の中野会とは、当の昔に手を切った模様だ。

    辻元絡みで「大阪人は何をやっている」「高槻市民として恥ずかしくないのか」という叱咤激励をときどき見かけるが、バックに赤軍や山口組がいるとなると、ビビりたくなる気持ちもよくわかるのである。

    ■もっとピースボートの素顔を知りたい人へ→ヒロさんのピースボート特集

    ■追加1:9月の総選挙で「加盟戦術」(亀井戦術?)がはやったりして・・・
    辻元清美著「なんでやねん」は実は北川明氏が書いた
     北川氏(=辻元とズブズブの「第三書館」の社長)は御存知の通り旧日本赤軍メンバーです。この事実、以前はネット上で囁かれるだけでしたが、最近は週刊誌やスポーツ新聞に登場するようになっています。これは社民党としても都合が悪い事です。社民党は人民革命党(旧:日本赤軍)から加盟戦術(特定の組織に集中加盟して、そこを乗っ取ってしまおうという戦術)をとられていると報じられ事があり、「社民党=過激派の巣窟」というイメージが徐徐に広まっているからです。

    ■追加2:ピースボート新旧トップによる出版書籍
    ・辻元清美「なんでやねん」(第三書館、2002/05)
    ・辻元清美「総理、総理、総理!」(第三書館、2001/06)
    ・辻元清美「今からでも、変えられる」(第三書館、2000/05)
    ・吉岡達也「殺しあう市民たち−旧ユーゴ内戦・決死体験ルポ」(第三書館、1993/06)
    ・吉岡達也「北方四島貸します」(第三書館、1992/10)
    posted by ヒロさん at 09:26 | Comment(15) | TrackBack(2) | ピースボート