2005年09月19日

北朝鮮の擬似「高度経済成長」にどう対処すべきか

私がブログを始める直前の今年の1月のことだ。それまで、アメリカのネオコン分析では「田中宇の国際ニュース解説」をよく読んでいたのだが、経済発展が始まりそうな北朝鮮(2005/1/13)というタイトルをみて、私の田中宇への評価は急落した。

12月に「遺骨捏造疑惑」が騒がれ、2月の「核兵器保有宣言」を控えていたころだ。田中宇のスタイルは「反米親中」だが、「親中」からさらに発展して「親北朝鮮」に成り果てたことにウンザリして、毎回読むのをやめてしまったのだ。「やっぱり共同通信出身か」というレッテルも貼ってしまったのだが、今考えると、彼の分析そのものは外れていない。

 中国から北朝鮮への投資は、温州商人が特に積極的だ。<中略>
 彼らは常に高利回りの新たな投資先を中国全土や海外で探し回ってきたが、最近では良い投資先が見つかりにくく「金あまり」の状態が懸念されていた。そこに出現した新たな投資先が、北朝鮮だった。温州商人たちは2002年から投資先として北朝鮮を検討していたが、昨年までは時期尚早と判断されていた。
 昨年、温州出身で、北朝鮮に比較的近い遼寧省瀋陽市でビジネスを展開してきた曾昌飆氏の会社は、北朝鮮最大の百貨店である「第一百貨店」を賃借し、大改装を行って新規開店させた。
 また、温州の近くの町である楽清市の長距離バス会社「盛金快速汽車」は、北朝鮮の国有バス会社「鬱林運輸」が持つ12の長距離バス路線のうち、平壌−南浦、平壌−元山など3路線を委託され、中国から高級大型バスを持ち込んで運行を開始した。
 温州市では、北朝鮮に対する投資を有望と考えて説明会を開いたりしている。温州商人が浙江省南部などで立ち上げた家内小企業群を使った製造業の運営方法は、北朝鮮で行うことも可能と思われ、浙江省各地のブランド製品の下請け先として、人件費が少しずつ上昇している中国国内から、北朝鮮への製造拠点の移動が行われるかもしれない。

北朝鮮から中国への進出も活発である。

朝日:米朝共存? スタバの上に北朝鮮レストラン 北京(2005/9/17)(記事&写真を引用)
 北朝鮮の核問題をめぐる6者協議の舞台となっている北京で9月初め、北朝鮮レストランが新たに開店した。北朝鮮大使館に近いビルの2階に入居。1階には米国系のカフェ「スターバックス」が入っており、外からみると、ちょうど「米朝」が共存している形だ。
 平壌にある高麗ホテル系の「海棠花(ヘダンファ)」藍島店。テーブルが並んだフロアと貸し切り用の個室、すしカウンターも備えている。「北京の朝鮮食堂で、カウンターがあるのはうちだけ。すしや刺し身をつくるのを見ながら、食事ができますよ」。女性従業員の崔英心(チェ・ヨンシム)さんが自慢した。
 近年、外貨稼ぎを狙って北朝鮮レストランが相次いで中国各地に進出、競争も激しい。

これに加えて、最近は北朝鮮へ投資するイギリスのファンドまで現れた。

中央日報:英国系キャピタルが「北朝鮮ファンド」設立へ(2005/9/12)
 英フィナンシャルタイムズ(FT)紙は12日、英国系ファンドのアングロ−シノ・キャピタルが5000万ドル規模の「朝鮮(Chosun)開発投資ファンド」を設立することにした、と報じた。
 このためアングロ−シノ・キャピタルは最近、英国の金融監督機構(FSA)にファンド営業認可申請書を提出した。このファンドは主に鉱山・鉱物質などに投資される予定だ。 この場合、北朝鮮は外貨を稼ぐことができる。アングロ−シノ・キャピタルは香港・北京のほか、ソウルでも投資意思を打診している。
 同ファンドの投資顧問会社である高麗(コリョ)アジアのコリン・マカスキル会長は「北朝鮮が武器や偽造品輸出以外の方法で現金を儲ける方法は、ファンド投資を誘致することだ」と述べた。
 FT紙は「経済がひん死状態で核兵器保有まで宣言した北朝鮮は、これまで外国人投資家に人気がある投資先ではなかったが、金正日(キム・ジョンイル)政権が3年前から経済改革実験を行っている」と紹介した。
 朝鮮開発投資ファンドの運用者らは「今回設立されるファンドはリスクが高いだけに、高収益も期待できる」と語った。

もちろん、90年代に人気を呼んだ「エマージング・マーケット投資」というわけにはいかない。北朝鮮の「飢餓状態」と「独裁政権」は今なお進行形だからだ。

産経:食糧購入費 北、軍事費に転用 米NGO報告「支援調査も妨害」(2005/9/3)
 【ワシントン=有元隆志】北朝鮮がここ数年、食糧輸入の9割を外国や国際機関からの援助に頼り、本来、食糧購入費にあてるはずの資金を戦闘機などの購入に転用していたことが1日、米国の非政府組織(NGO)「北朝鮮の人権に関する米国委員会」の調査報告で明らかになった。<中略>
 それによると、食糧輸入に占める外国からの支援の割合は1995年以降増え続け、2001年からは全体の9割以上を占めている。北朝鮮は外国からの食糧支援に頼る一方で、外国からの食糧購入を減らし続けた。
 報告は「軍事品や幹部のためのぜいたく品の購入にあてた」とし、具体例として、99年に食糧購入を20万トン以内に抑えた代わりに、カザフスタンからミグ21戦闘機や軍用ヘリコプターを購入したことを挙げた。
 また、支援物資は一般住民には行き渡らず、軍や高級官僚などに横流しされたほか、最近では市場に出回っていることも確認されたとしている。
 これを裏付けるように、脱北者からの聞き取り調査では、4割が外国などからの支援を知らなかったという。支援を受けていることを知っていた人の中でも、支援物資を受け取ったのはわずか7%しかいなかった。

「軍事転用」などいっさい省みず、大規模な援助をしているのが、韓国とワールドビジョンだ。

朝鮮民主主義研究センター:「韓国の中央日報が対北朝鮮支援キャンペーンを開始」(2005/9/3)
 韓国の中央日報がNGOワールドビジョンと共同で対北朝鮮食糧支援のキャンペーンを始めた。9月から3ヶ月募金を集め、ジャガイモの増産のための農機具や肥料を援助するという。
 北朝鮮では1990年代後半からジャガイモの増産が図られてきた。朝鮮新報は最近「ジャガイモ農業革命」についての連載記事を掲載している。中央日報とワールドビジョンのキャンペーンはこの「革命」を助けるものだ。
 しかし、中央日報のような報道機関がこのようなキャンペーンを始めるのはちょっとおかしいのではないか。援助を呼びかける前に、援助がなぜ、どれほど必要なのかを取材し、報道するべきだ。それが報道機関にもっともふさわしいキャンペーンだろう。私が記憶している限り、中央日報でそのような報道がなされたことはない。

北朝鮮の「内部崩壊」はどうやら起こりそうにない。「拉致問題」や「経済制裁」のみで切り込むのは得策ではない。北朝鮮との冷戦が長期化する可能性を踏まえた上で、あらゆる可能性を考えておかねばならないと思う。

たとえばこんな可能性も・・・・

読売:6年後、北朝鮮部隊が福岡占領 村上龍さんが新作「半島を出よ」(2005/4/11)
 目をそむけたくなるような描写が続く。2011年4月、福岡ドームの占拠に続き、2時間後には484人の北の特殊部隊が来襲、市中心部を制圧する。この小説では、日本の未来の最悪のシナリオが展開される。占領者による逮捕、拷問、粛清、白昼の銃撃戦。凄惨(せいさん)な描写が連続する。だが、目をそむけたくなるのは暴力的だからではない。有事に、なすすべもない政府、平和を叫ぶばかりで何もできない、ふがいないこの国の未来が、嫌になるほど克明に描かれるからだ。
posted by ヒロさん at 06:49 | Comment(13) | TrackBack(3) | 韓国&北朝鮮

2005年09月17日

メイちゃん命!! 世界革命の「ナウシカ」が日本に上陸

京都新聞:メディア研究に意欲 重信房子被告の長女、同大大学院入学(2005/4/5)(記事&写真を引用)
日本赤軍最高幹部・重信房子被告の長女でジャーナリストの重信メイさん(32)が4日、同志社大大学院博士課程に入学した。社会学研究科メディア学専攻で「中東での言論の自由」をテーマに研究し、「メディアの力で政治や社会、タブーが国境を超えてどう変わるか探りたい」と意気込む。

みなさん、メイちゃんをご存知? 宮崎駿の映画『となりのトトロ』に出ていた女の子が、ほら、写真のようにこんなに大きくなって、ルンルン歩いている・・・・って話じゃないのよ。この子ね、『神隠し』に遭っていたの。28年間も国籍がなかったのに、2001年から突然、妹と一緒に日本に現れて、みんなにチヤホヤされてるの。

「重信メイ」というのは芸名で、「重信命」が本名。パレスチナ人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフなんだって。

月刊『創』:日本赤軍・重信房子の長女の「母との再会」(2001年6月号)
 今使っているのはカタカナのメイだけど、本当は「命」でメイと読むんです。革命の命だから、お母さんの本にはいつでも載っている(笑)。May(5月)はリッダ闘争のあった月です。<中略>
 私たち3人きょうだいの名前なんですが、妹は「革(あらた)」、弟が「強(つよし)」で「強い革命」なんですよ。私は自分の名前が好きなんだけど、妹はあまり好きじゃなかったみたいです。

ふ〜ん。「重信のために命捧げます!」だとヤクザみたいになっちゃうから、かわいいカタカナにしたってわけかぁ。ヤクザっぽいのも、悪くないのに〜! でもどうして28年も『神隠し』にされていたのかしら?

あなたがあなたであるために:無国籍で過ごした半生(2005/7)
  • パレスチナ人のために戦っている活動家をサポートする形で、仮の身分証明書を作ってくれるアラブの国がいくつかあったんです。私もそうした身分証明書を使わせてもらいました。もちろん名前を変えてね。おかげさまでアラブの学校にも行けたし、他の地域に移動もできました。
  • 外では絶対日本語を話しちゃいけないとか、自分と周りの人たちのために、守らなければならないルールがいっぱいありました。物心がついて、自分が言葉を使えるようになってから、そうした概念を学んだと思います。小学校の頃、自分が守らなければならない『秘密』は、他の子にも普通にあると思ってました。でもだんだん大きくなって小学生ぐらいになると、周りの子にはないことがわかってきたんです。

  • アラブの学校を転々としていた「秘密のアッコちゃん」だったみたいね。アラビア語もペラペラみたい。

    朝日:MYTOWN 神奈川:「小学生にアラブ文化紹介 重信メイさん」(2001/12/16)
     日本赤軍最高幹部の重信房子被告=殺人未遂などの罪で公判中=の長女で、中東のレバノン・ベイルートで生まれた重信メイさん(28)が15日、藤沢市立鵠沼小学校の6年1組の授業でパレスチナの子どもたちのことを語り、アラブ料理の作り方を教えた。アラブ諸国を転々として、パレスチナの難民キャンプで暮らしたこともあるメイさんは「日本とは違う世界と文化があることを知って欲しかった」と語った。
     メイさんは特別な自己紹介はしないで、「アラブ人って知ってますか」と話しかけ、アラビア語で「パレスチナ」と黒板に書いた。筆順が右から左だ。
     1組の担任の名取弘文先生(56)が、異文化理解の一助に招いた。日本とパレスチナの子どもたちのどこが似ていて、どこが違っているかをメイさんは話した。

    いいな〜、帰国子女は! ヒロさんも早く日本帰ってチヤホヤされたいな〜。

    メイちゃんはとても母親想いの子なんだって。『秘密−パレスチナから桜の国へ 母と私の28年』(講談社)を読むと涙がでちゃう。日本人の鏡だわ、メイちゃ〜ん!

    TBSラジオ:下村健一の「眼のツケドコロ」(2002/6/20)
    『日本時間2001年4月3日午後6時、飛行機は高度を下げて成田空港への着陸態勢に入る。お母さん。お母さんのいる日本に、お母さんの大好きな桜の季節に、とうとう帰ってきました。言葉にならない思いがこみ上げてきた。70年代の自分達のやり方を反省していた、母達。アラブにいても、いつも日本の生活や四季を大切にして生きてきた母達。母達を通して、いつしか私は、日本人も、日本も、大好きになっていた。長い間心に秘めてきた愛する人を求めるように、私は日本を求めていた。母が生まれた国。四季の折々が美しい国。人間関係が暖かい国。そんな日本という国の土を、私は初めて踏む。』

    私の好きな瀬戸内寂聴さんも、メイちゃんのことほめてるの。

    重信メイ著『秘密−パレスチナから桜の国へ 母と私の28年』(講談社)
    日本赤軍のリーダー、国際的なテロリストとして、世界に名を轟かせた重信房子に1人の娘がいた。メイである。その生い立ちは、何万人に1人という数奇な運命を背負っていた。28歳まで国籍も持てなかった。日本では犯罪者として捕えられている母を、メイは、「この母の子に生まれたことを誇りに思う」と言い切っている。聡明で、心やさしく、感性の豊かなメイに、誰でも友人として思わず手をさしのべたくなるだろう。そういう魅力をこの手記は持っている。(瀬戸内寂聴)

    メイちゃんはただのアイドルじゃない。「何万人に1人」の選ばれた人なんだよ〜。マスコミが取り上げるもの当然だよね。

    リベラルの朝日も『アエラ』特集を組んでるし。
    週刊『AERA』:現代の肖像 母の娘であること」(2001/12/3)

    TBSだって、こんなに取り上げているし。

    TBS「News23」特集:母は革命家か?テロリストか?(2001/5/14)
     重信房子の娘、重信メイさん(28)が、「NEWS23」の単独インタビューに応じ、母への想い、キャンプでの生活、日本への想いなどを語った。パレスチナ・キャンプで、日本赤軍のメンバーたちは、何とビートルズを愛唱していたという。
     日本の平均的な28歳の女性とは、ちょっと異なる家族観、テロリズムの考え方などを率直に語る。ここから私たちは何を読み取れるか?

    産経グループの扶桑社だって、「才媛」だっていっているよ。
    週刊『SPA!』:革命家の娘は、ジャーナリスト志望の「普通の女の子」(2001/5/2&9 合併号)

    メイちゃんは特に「善・教・答」とかいうクラブの人たちのアイドルなんだって。

    荒 岱介:グラン・ワークショップでの発言から(2002/7/28)
    誰もが自己選択できる自由な社会を
     かつては日本人も、自分の行いを社会に還元したいという気持ちを、奇もてらいもなく言えた。ところがだんだん大人が腐敗し、政財官をはじめとして教育界やメディアといった5賊がみな腐敗していった。そうすると例えば正義なんて、口はばったくて言えないようになってしまう。僕は、今の若者が正義や倫理を口にできないような状況は大人が作ってしまっているのだと思います。戦前の日本人は、もっと違うことを普通に言っていたのじゃないか。
     僕たち全共闘世代の人間も、学生の頃は「北で生まれ南で死ぬ」、つまり北ベトナムの人たちは南ベトナムの解放のために、北で生まれるけれども南で死ぬ気だという言葉に魅せられた。俺たちもそういう風に生きるのだと思った。三里塚に行ったときも、自分たちは七人の侍のつもりでがんばるんだと思っていた。もちろん主観的だったかもしれない。過ちや行き過ぎも含めて、色々なことがあったと思います。けれども、志と言いますか「人間とは何か、どこから来てどこへ行くのか」といったことが、普通に思えたし、考えられた。

    この人は「五賊」を征伐する「七人の侍」というわけ。映画『七人の侍』では7人のうち4人が死んでしまうんだけど、この人は生き残った方の3人なわけね。人生、運がよくないとダメなのよ〜。

    ◆ソース同上
     今日は重信メイさんも発言しましたが、僕は活動をはじめた学生の頃、まさか重信房子さんの娘と30何年もたって同じ舞台に立つとは夢にも思わなかった。まあそれは当然ですがね。メイさんはお母さんよりずいぶんきれいだなと思いましたね。重信房子さんは「ふーちゃん」と呼ばれていたのですが、随分とひらけた人でした。
     1970年の9月にライラ・ハリドというパレスチナの女性闘士がイスラエル機をハイジャックしたことがありました。重信房子さんは、パレスチナの人々の生活とかに憧れたというよりも、そうした女性闘士たちの闘いに憧れてパレスチナに行ったのではないかと思います。
     全共闘運動があった当時の若者というのは、みなそういうふうに何か自分が思い焦がれるものを持っていたんですね。

    ハイジャックって、夢があっていいわよね。この人、「ふーちゃん」のこと好きだったみたい。「ふーちゃん」の娘は救世主かもしれないので、いろんな『ターミネーター』がやってきて、彼女のことをいじめるの。彼女の世界革命を阻止しようっていう魂胆なのね!

    ◆産経:重信被告の長女が授業、イスラエル大使館が抗議 パレスチナの映像など流す「偏向的な政治教育」(2002/1/24)(ネットソース)
     神奈川県藤沢市の市立小の教諭が先月、ハーグ事件の殺人未遂罪などで公判中の日本赤軍最高幹部、重信房子被告(56)の長女(28)を呼んで授業を行い、在日イスラエル大使館が23日、この小学校の校長に「当事者を愚弄(ぐろう)する間違った教え方で、(長女の)日ごろの言動や政治性から慎重に対応すべきだった。甚だ遺憾」などとする強い調子の抗議文を出した。
     藤沢市教委などによると、長女が授業をしたのは先月15日。6年1組の「総合学習の時間」に、パレスチナのスライド映像を見せながら約30分、現地の生活を紹介。続いて現地の料理を作った。授業には校長(57)、保護者約10人、社民党の衆院議員(53)も出席した。
     授業後、「小学生に先入観を植え付ける可能性がある」など市民らから苦情や抗議が寄せられ、市教委は先月中に校長と担任(56)から事情を聴取。市議や県議らも議会で追及する構えを見せている。

    悪の帝国「イスラエル」と「産経新聞」が、メイちゃんを抹殺しようとしているの! 小学校で授業ぐらいしたっていいじゃない! メイちゃんは悪くないよ。悪いのは、阿部知子とかいう社民党の議員よ。メイちゃんのことを政治利用しようと、たくらんでいるんだわ!

    メイちゃんがせっかく『Little Birds イラク戦火の家族たち』という映画に全面協力しているのに、映画評の中にはこんな失礼なものもあるわよ。

    映画評2005年:No92の補足
     『Little Birds』 の最後のテロップで重信メイの名が出てくるのを見て、あれ、と思った。かつて極左の日本赤軍幹部として名を馳せた重信房子の娘である彼女は、パレスチナ側のスポークスマン的な立場で日本でも活動している。彼女は日本の小学校で講演活動をして問題になった。<中略>
     重信メイの講演会は、ウインドが毎月出している雑誌 『月刊ウインド』 の7月号でも報告されたが、報告者は「先輩から聞いたところでは、彼女のお母さんはすごい美人だったという」などと脳天気な文句を並べており、「お母さん」 である重信房子が日本赤軍に属し逮捕されている身の上だということには何も触れていない。 実は脳天気というより、政治的なのだろうが。
     逮捕されていようと日本赤軍だろうと、その思想的立場を支持するということはあってよい。問題なのは、その事実を隠すようにして、母親の行動と無関係に純粋な自発性と善意から行動を行っているかのように見せかける欺瞞である。事実ははっきりと提示しておのれの思想的な主張を行うべきではないか。

    どんな嫌がらせを受けたって、メイちゃんの決意は固いんだから。

    Mammo.tv インタビューNo57:重信メイ(2001/12/3)
    ――やはり母である重信房子さんの影響は大きいですか。
     そうですね。日本のメディアは彼女をテロリストだと言っていますが、母が何よりも大切にしているのは人間で、弱い立場の人のために行動してきたと思います。また貧しい人であれ富んだ人であれ同じように接していました。そうした考えを持っているところは実の母ということを離れても尊敬できます。

    あなたがあなたであるために:無国籍で過ごした半生(2005/7)
     「母たちは革命家として生きていこうとしていました。いろいろな間違いがあるとしても、その中から学んでいき、理想を常に目指していました。
     それは母だけではなく、周りの日本人の人たちみんなに言えることですが。私も、いつも理想をめざして生きていかなければならないと、小さいときから教えられてきました。
     たとえばゴミひとつ取ってもそう。小さなゴミを捨てようとするだけで、『ちゃんとゴミ箱に捨てなさい』と言われました。自分の小さなゴミを捨てることによって、周りの汚さが変わるわけではないと思いながら、疑問を口にしたんですよ。でも『世の中を変えるには、自分から変えないと変わらないんだよ』って教えてくれたんです。つまり私がゴミを捨てないことで、周りが影響を受けていくことによってみんなで世の中を変えていくのです。なるほど、正しい考え方だと思いました」

    ゴミをちゃんと捨てることを教えてくれたんだね。すごい! もうメイちゃんのお母さんのことをテロリストと呼ぶのはやめようよ。東条英機が見直されたり、マッカーサーが「朝鮮半島分断の父」とか呼ばれる時代だよ。もうじき世界革命が成功すれば、メイちゃんのお母さんも見直されるときが来ると思うの。

    グアム島にちょっと隠れていた横井さんだって人気者になるんだから、28年間『神隠し』に遭っていたメイちゃんが、救世主『ナウシカ』になる日もそう遠くはないんじゃないか、って思うんだけど。(微笑)
    posted by ヒロさん at 07:58 | Comment(20) | TrackBack(4) | 映画・ドラマ・アニメ

    2005年09月13日

    9月12日付「天声人語」に小泉首相が返信

    私は中学1年生のときに、毎日「天声人語」を切り抜き、ノートに全文を書き出して、文章力を磨いていました。数十年ぶりに、「天声人語」を書き起こしてみました。

    朝日新聞「天声人語」(05/9/12)小泉首相からの返信(05/9/13)
    冠省 小泉純一郎様。圧勝でしたね。一夜明けて、勝利の味はいかがですか。戦後の日本に保革二大政党の「55年体制」ができて、今年で半世紀ですね。今度の「05年体制」は、「小泉マジック体制」とか「小泉劇場体制」と呼ばれるようになるかも知れません。拝復 朝日新聞様。完敗(乾杯!)だね。一夜明けて、脱力感はいかがですか。戦後の日本に「オピニオンリーダーの朝日あり」と言い古されて、今年で半世紀だね。これからの朝日は、「捏造メモ体制」とか「お笑い劇場体制」と呼ばれるようになるのかも知れない。
    あなたは、郵政民営化の賛否を国民に問うと言って解散しました。しかしこの票の大雪崩は、郵政の民営化への賛成だけで起きたとは思えません。あなたは、NHK報道問題の賛否を問うと言って見開き2面を使いました。しかし最近の販売部数の凋落は、NHK問題への反発ばかりではないでしょう。
    「殺されてもいい」「賛成か反対か」。こんな、あなたの「歯切れの良さ」や、目や耳にはっきりと届く一言・ワンフレーズが、人々を強く引きつけたと思います。尊敬しておられると聞くチャーチル元英首相の語録には「短い言葉は最高」というのがあるそうです。「竹島をゆずれ」「靖国参拝に賛成か反対か」。こんな、あなたの「歯切れの悪さ」や、中韓鮮に媚びる一言・ワンフレーズが、人々をドン引きにさせたと思います。尊敬しておられると聞く毛沢東主席の語録には「反日無罪!斬り!」というのがあるそうです。
    圧勝するさまを見ていて、「独」という字が思い浮かびました。独特な党首の独断による独(ひと)り勝ちでした。今後、国政が小泉自民党の独壇場になって、独走や独善にまで陥ることはないのでしょうか。圧倒的な多数を与えた有権者でも、それは望んでいないはずです。没落するさまを見ていて、「惨」という字が思い浮かびました。陰惨な新聞の惨(みじ)めなウソ吐きが目立ちました。今後、朝日が廃刊寸前になって、自暴自棄に陥ることはないのでしょうか。圧倒的多数の有権者は、朝日が日本を道連れにすることは望んでいないはずです。
    明治時代、口の悪さで知られた斎藤緑雨という文人がいました。「拍手喝采は人を愚にするの道なり。つとめて拍手せよ、つとめて喝采せよ、渠(かれ)おのづから倒れん」(『緑雨警語』冨山房)。執行猶予中のソーリ、ソーリ、ソーリと喧しい元議員がいました。「拉致なんてウソや。犯罪者は韓国みたいになんで、恩赦せーへんの? 販売部数がゼロになっても、へこたれへん!」(『ハラハラ時計』元赤軍)
    タフなあなたのことです。いくら拍手喝采されても、倒れることはないのかもしれません。しかし、郵政以外に、待ったなしの課題は山ほどあります。勝利の勢いあまって、肝心の日本という国が倒れないように、くれぐれもお願い致します。 不尽しつこい朝日のことです。いくら批判されても、倒れることはないのかもしれません。しかし、サンゴ以外に、待ったなしの捏造は山ほどあります。自暴自棄の勢いあまって、肝心の輪転機が止まることのないよう、くれぐれもお願い致します。 理不尽!!

    ■小泉首相の返信文は、ここからパクりました。
  • 朝日新聞を叩き潰す掲示板:「投稿者:朝日に脱力症  投稿日:09月13日(火)」

    ■朝日から手紙がくるとき mumurブログ(05/9/12)
    朝日が手紙形式のコラムを書くときは、朝日が悔しいとき、朝日に不利なとき、「アジア」に媚びるときなどが多い。
  • posted by ヒロさん at 07:13 | Comment(6) | TrackBack(1) | 報道・メディア論

    2005年09月12日

    民主党大敗の日の「私はパソコンをあきらめない!」

    前回のエントリで能天気な「アファメーション」(自分を励ますいい言葉)を紹介したが、「人生何でもありがたい」という脳内お花畑と、「いかなる最悪の事態にも備える」というリスクマネジメントの2つは、人生を豊かにするための両輪ではないかと思う。

    現在5年ぶりにパソコンの買い替えを検討しているため、パソコン上のファイルを整理していたのですが、「アファメーション」というファイルが見つかりました。自分を励ますよい言葉のことです。

    このように前回書いていたのだが、なんと、

    この翌日に、パソコンが死にました!

    民主党の危機は予想通りやってきたが、各自の人生の危機はある日、突然やってくるのだー!! 社会派ネタや暴き系を期待して「ヒロさん日記」にいらしている方、すいませんね。こちらはもう、それどころじゃないんですよ。

    ラッキーなことに、ソフトとデータのバックアップは、LAN接続で別の安物パソコンにつなぎ、ほぼ完了していた。だがこのパソコンは4年前に8万くらいで買った薄型サブノートで、CPUは超低速の上、画面処理に不具合があるため、インターネットはおろか、日常業務にも使えないのだ。

    日本で「刺客ブーム」が来る前から、「パソコンの死」の匂いは感じ取っていた。死亡したパソコンは、2000年に購入したWindows Me搭載の東芝ダイナブックだが、

  • 買って半年でDVDは故障した。
  • CDは読めるが、電源を切らないと取り出し不能。
  • ファイアウォールもスパイウェア対策もなし。
  • 画面の輝度調整は故障。
  • 1年前からは、カーネルエラーが出て、電源を切るときは強制終了。

    というシロモノなのである。「デジタルデバイド」なんて言葉があるけれど、皆さんはどんなパソコンを使っているのだろうか。



    過去100日間に「ヒロさん日記」にアクセスしたパソコンのOS統計だ。私と同じWindows Meを使っている人は6%ですね。ともあれ、すべての予定をキャンセルして、車で40分ぐらいのところにあるパソコン・アウトレット「PC World」に直行でーぃ。

    途中、ガソリンスタンドを通り過ぎたが、あーーー、ついにディーゼルの値段表示が、

    99.9 になってる! まじで3桁なるの!

    リットル当たり99.9円じゃないですよ。99.9ペニーです。99.9÷100×203(9/9の円ポンドのレート)= 202.8円

    イギリスではディーゼルはガソリンよりも3〜4%高いので、レギュラーガソリンの方は196円くらい。ハイオクはディーゼルとほぼ同じ。私の車はハイオクを使わないと坂道がうまく上れないポンコツなので、ハー、ついに200円の飯を食わせているのか。イギリスのガソリンは最初から高いですよ。2年前の安いときで160円ぐらいでしたから。

    「PC World」で買ったのは、1ヵ月前から目をつけていたToshiba Equium M40X-103というラップトップ型。画面が横長で重厚型のラップトップで、このシリーズは日本では販売されていないという。

    ネットで買うと、700ポンド(約14万円)ぐらいの商品だが、イギリスの消費税(VAT)は17.5%(いずれ日本もそうなるぞ)なので、825ポンド(16万5千円)くらい。時間の余裕があれば、一番安いオンライン・ショップから買いたかったのだけれど、もうお尻に火がついてしまったので、値段など構っていられない。結局、900ポンド(18万円)でした。

    死亡した私のパソコンは、過去1年間、起動はいったんSafe Modeが必要で、終了するときは、常に強制終了するしかないという危険なパソコンだった。なぜもっと早く買わなかったのか、というと予算の問題もあるけれど、それよりも「英語OSの上で日本語ソフトが本当に動くの?」という不安があったから。パソコンは日本に帰ったときに、日本語OSの奴を買う、と心に決めていたわけです。

    この5年間、時代は変わったね〜。「Me」ちゃんをかわいがっている間に「2000」が登場し、「XP」の時代となり、もうすぐ「2003」になるわけです。「XP」は完全にインターナショナルになったと聞いて、この8月からその気になり始めた、というわけ。

    この週末は、以下のような手順で、新パソコンの設定と、データ移動で奮闘中です。

  • 海外へ行く人、住む人のためのパソコン活用法:現地語版Window XPの日本語化というサイトを参考に、日本語化は簡単に終了。

  • MS-Office Student and Teacher Edition 2003(約2万円)は、学生証は不要で買えた。このインストールも楽チン。

  • インターネットはBT BroadbandのCDでインストールで、OK。

  • データ移動のためには、古いパソコン「Me」と新パソコン「XP」のLAN接続が必要。LANがつながらなくて、四苦八苦、数時間が経過。でも何とかつながりました。

  • ブラウザはFirefoxを使っていたので、もとの状態に復帰するのが少々大変。「Me」と「XP」では、「Application Data」フォルダの場所も違うじゃありませんか。バージョンは、日本語版1.0.6を導入し、はてなアンテナのAdd-inボタンも設定、ついでにカスタマイズも1歩進んで勉強。

  • 問題は古い日本語ソフトが動くかどうか。結構悲惨でした。文字化けの嵐。いつも使っている投資ソフトは起動すらしません!(トホホ)。各種設定ファイルに日本語文字が含まれている場合は、そのファイルのEncoding形式を「UTF−8」にして再保存しないとダメです。

  • 日本語変換IMEの辞書コピー。IMEの起動トグルが「Shift+Ctrl」であることを、先ほど発見。やれやれ。

  • 後はメールソフトが仕上げれば、ひとまず峠が越えられると思いますが・・・・・。


    インターネットとブログ関連のソフトは、だいたい問題がなく、こうして今日のエントリに至った次第なのでございます。それにしても、パソコンの乗り替えは、よっぽど手馴れた人じゃないと、週末を全部をつぶしても終わりませんよ。まして買い替えを5年間も空けてしまうと、仕組みが変わっています。「Me」→「2000」→「XP」という2世代の格差があるので、

    ジジババが孫と話をするようなもの。

    しかも英語OSのパソコンを使うとなると、

    英語しかわからない孫とのコミュニケーション・ギャップ は結構大変です。

    ともあれ、ソフト&データのバックアップが終わっていた私は、ラッキー中のラッキーと言わねばならない。備えあれば憂いなし。みなさんもリスク管理をお願いしますよ!

    (しばらくパソコン奮闘記が続くので、社会派ネタは当分お休みします。)
  • posted by ヒロさん at 06:59 | Comment(9) | TrackBack(2) | ネット生活と読書

    2005年09月07日

    悲しい尾道3部作:「平和の輪」「糾弾の輪」「首吊りの輪」

    広島の尾道と聞くと、キラキラと眩しい夕暮れの海辺の風景が浮かんでくる。たぶん、大林宣彦監督の尾道3部作(『転校生』、『時をかける少女』、『さびしんぼう』)のイメージがこびりついてしまっているのかもしれない。

    そんな美しい尾道の風景とは裏腹の事件が、広島ではたくさん起こってきた。しかし一方で、広島県の「教育の正常化」は着実に進んでいるとも聞く。教育基本法や学習指導要領を不問にした「8者合意」(1985年)も、県教育長が解放同盟と結んだ「密約=2・28文書」(1992年)も、すでに無効の宣言が出されている。

    サッチャー改革に学ぶ「教育正常化への道」(中西輝政監修)p176より引用
     学習指導要領から逸脱した国旗・国歌指導を容認してきた、いわゆる「2・28文書」も平成11年(1999年)の県議会答弁において「現在においては意味を持たない」と明確に否定した。
     解放同盟による教育介入を容認してきた、いわゆる「8者合意」についても平成12年(2000年)の9月県議会において「あくまでも過去の文書であり、今日においては、これに拘束されるものではない」という県知事の方針を示した。

    実に結構なことではないか。1999年の世羅高校校長の自殺事件で改革の機運が高まり、2002年の同和特別措置法の廃止と相まって、いよいよ広島も、広島高等師範の伝統を受け継ぐ「教育県」として再生が始まったものだと思っていた。ところがである。

    (気付いたときには)遅すぎる日記(2003/9/1)
     広島の教育はどうなっているのか。1999年に世羅高校の校長が自殺して以来、広島県では12人もの管理職、教師の犠牲者(自殺者)が出ている。(『週刊金曜日(03/08/29)』)

    なんたることだ! 「正常化」が進んだといいながら、この6年間に教育関係者が12人も自殺しているのだ。この「12人」と一致するのかどうかは不明だが、 小倉秀夫の「IT法のTop Front」(2005/3/21)のコメントからの情報をまとめると、以下のような自殺・変死事件がある。

  • 2000年2月18日・・・・・尾道市久保中学校教諭が自殺
  • 2001年5月・・・・・県立因島高校教諭が自殺
  • 2001年8月25日・・・・・大柿町柿浦小学校校長(51)が車ごと海に転落して死亡
  • 2001年11月・・・・・県立因島高校教諭が自殺
  • 2002年2月20日・・・・・府中町府中南小学校教諭(39)が車ごと海に転落して死亡
  • 2002年3月1日・・・・・県立三原養護学校校長(55)が自宅で突然死(自殺との見方も)
  • 2002年4月3日・・・・・因島市田熊小学校校長(54)が心筋梗塞で突然死
  • 2002年6月・・・・・県立竹原小学校教諭(26)一家4人が謎の心中、ダム底で発見
  • 2002年12月10日・・・・・県立油木高校事務職員(50)が事務室の不審火で死亡
  • 2003年3月9日・・・・・尾道市市立高須小学校校長(56)が校内で首吊り自殺
  • 2003年3月10日・・・・・甲奴町小童小学校教頭(45)が自宅で首吊り自殺
  • 2003年4月・・・・・県内公立中学校養護教諭が自殺
  • 2003年7月3日・・・・・尾道市教委次長(55)が山中に止めた車の中で首吊り自殺

    1つ1つの事件はそれぞれに痛ましく、衝撃的な事件だが、今回は尾道市の1つの事件に注目してみたい。拙ブログにコメントされる方々からの情報によると、広島県東部は「暗黒地帯」と呼ばれているという。尾道市と世羅郡が隣接していることも、地図で確認してほしい。



    2003年3月の尾道市・高須小学校校長の自殺事件はあまりにも悼ましい。「民間採用校長」の先駆けとして注目された校長だが、就任から1年弱の3月9日、学校の非常階段で首吊り自殺という非業の死を遂げている。

    この事件を時系列で簡単に整理してみたい。

  • 02年4月  広島銀行から民間校長として就任
  • 02年5月  教頭が脳内出血で倒れる
  • 02年5月  運動会の国旗掲揚をめぐり、PTAと全面対立
  • 02年10月 飼育ウサギの惨殺事件
  • 02年11月 2年生児童死亡事件
  • 03年2月  新教頭が心筋梗塞で倒れる
  • 03年3月  校長自殺

    マスコミはおおむね「民間校長は時期尚早」「支援を怠った教育委員会の責任」という論調である。

    北海道新聞夕刊全道 12頁:民間採用校長が自殺(2003/3/11)
     校長を任命した広島県教委には、動揺が広がった。未知の校務、教職員との関係づくり、企業と異なる組織形態…。その中で悩んだ校長の死は、全国でも先進的に民間人校長の採用を進める県教委に、支援態勢と配置の在り方という課題を突き付けた。
     「先生たちの考えが分からず、私の思いも伝わらない。民間企業と命令系統も大きく違う」 昨年7月。県教委が民間出身の校長6人を対象にした研修で、慶徳校長がこう漏らした。
     その2ヵ月前、教頭が病気で倒れ一時、心身の状態が不安定になっていた。別の教頭を配置した県教委は「10月の研修では明るさが戻り、仕事は軌道に乗った」と見ていた。
     その裏でしかし、慶徳校長はPTA役員らに「辞めたい」「校長になったのを後悔している」と打ち明けていた。いつも内ポケットに「辞表」をしのばせていたことも、周辺の校長らは知っていた。
     就任前、慶徳校長が受けた研修はわずか2日間にすぎない。環境が大きく異なる職場の責任者として、トレーニング抜きで配置されたのに等しい。高須小は児童数約710人、教職員は教頭を含め34人。「初任校としては大規模すぎる」との指摘も周囲にはあった。

    銀行から不慣れな小学校校長に転身。右腕となるはずの教頭がいきなり不在。教職員組合やPTAからの圧力に対応できない。2人目の教頭も病欠。絶望して自殺・・・・といったストーリーが想像される。

    広教組(広島教職員組合)の最終報告書(2003/7/1)では、さらに、

  • 本人の希望に反して、長距離通勤(片道90分)を強いた
  • 教育委への提出書類は年間370件にのぼり、凄まじい残業だった
  • ウツ病状態だったのに、県は休職させなかった

    などを指摘している。

    「広教組」のお偉方には、「長距離通勤」や「書類370件」は耐えられない拷問なのだろうが、一般社会で普通にあることなのだ。そんなことよりも、誰がウツ病状態にさせたのか。広島県全体の小中学の「広教組」組織率は30%であるのに対して、高須小学校の広教組組織率は90%であった、ということを忘れてはならない。全員が敵の学校に乗り込んで、頼みの教頭すら不在になったという悲劇なのである。

    広島・民間校長自殺事件の真相(広島県議員 石橋良三)
     意気に燃えて赴任した新任の民間出身校長を待っていたものは、「民間出身校長」に組織的に反対する方針を持つ、排他的な教職員集団であった。高須小学校の組合率は38人中35人と9割以上であり、県全体の30%台に比べて著しく高い。新任校長は早くも4月半ばには嫌気が差し、「こんなことを教員と話すためにきたのではない」と県教委の職員に洩らしていた。
     5月に入り、教頭が倒れた。校長は1人で組合に立ち向かわねばならなかった。5月の運動会での国旗掲揚・国歌斉唱に食って掛かった一部教職員の余りにも非常識な言い掛かりに、慶徳校長は戸惑った。それでも何とか乗り切り、2学期に入ってからは、朝の挨拶運動をただ一人で始め児童と直接接して志を振るい起した。

    広教組の最終報告書では、PTAからの「証言」も掲載している。

  • (運動会に関するPTAの要望書を)学校が受け入れない旨を伝えると、『PTAは学校行事に協力しない。運動会も学校だけでやればよい』という発言もあり、心をいためていた。
  • 一部のPTA役員は学校の玄関の鍵を持っていて自由に学校に入っていた。セコム(機械警備)のセットの仕方も知っていた
  • 7月にジュニアバレーとフットベースボール大会の時、学校に常時掲揚してある国旗を勝手にはずしてPTA役員の一人が持っていった。

    本当だとすれば、もの凄いPTAもいるものである。広教組としては「PTAの無謀さとそれに対処できない校長」を印象づけようとしているが、一部の暴力的PTAは、広教組や解放同盟のお仲間であることは間違いない。

    ◆ソース同上(民間校長自殺事件の真相)
     ところが、11月に学校で飼育していた18匹のウサギのうち17匹が惨殺される事件が起った。教員の異常さはウサギ惨殺事件でピークに達した感がある。この児童の安全に係る問題に、教職員は集団登下校の引率に難色を示し、中途で打ち切ったのである。そのためPTAから抗議が集中し、校長は板挟みになった。

    例えば、神戸の小学校で校門首置き事件(いわゆる酒鬼薔薇事件)が起こったときには、教師とPTAが一体となって、連日、朝夕の引率登下校が行われた。ところが、高須小学校の教職員はこれを途中から拒絶している。ウサギ惨殺の犯人はいったい誰なのだろうか?

    ◆ソース同上
     前略と匿名をお許し下さい。広島県尾道市立高須小学校校長の自殺について、調査をお願いします。具体的な事例の一端は次の通りです。
     民間校長の新任校長を高須小学校の教職員組合は、職務能力・人間性有無について、集団で日常的に非難し、罵声を浴びせ続けた。その上、教員を指導する教科的能力がないこと等、学校管理能力全般について、人格を傷つけるほど嘲笑し、馬鹿呼ばわりした。
     新任・民間出身であることを前面に出して低姿勢で対応しようとする、意欲的な新任校長に対し、教職員組合は集団で継続的に挨拶・会議等で無視することを組合で取り決め、実行した。
     民間から採用した新任校長に経験がなくて、答えられないようなことを全員の前で組織的に意地悪く質問し、答えられないことを馬鹿にし、無能呼ばわりした。例えば、民間会社と学校教育現場と違うことを強調して、『民間会社のエリートのお前に何ができる。やってみろ。何もできないから。同和教育とは何か答えてみろ』と脅迫した。
     4月からの実施予定の人事評価制度について、能力がないのでできないことを校長自ら全員の前で自白させようと脅迫した。(略)
     校長は3学期になると人事・卒業式のことで組合と再び対立し、校内で孤立感を深めた。卒業式に『君が代斉唱とピアノ伴奏』を職員会議で教頭に指示したが、質問等で強い抵抗にあい解決策がなく実施に不安をいだき、そして絶望した。
     自殺の原因は広島県教職員組合高須小分会の陰鬱な集団的いじめの結果であります(後略)」

    上記のような告発の手紙が教育委員会に寄せられている。

    自殺にはさまざま事情があり、さまざまな形がある。彼の自殺の場所は、自宅でも、車中でも、山中でも、湖の底でもなかった。子供たちが毎日通う校舎の中で命を絶たなければならなかった、彼の最期のメッセージを重く受け止めたい。

    『転校生』の校長、必死に『時をかけた』校長、そして1人『さびしんぼう』になった校長。この校長を支えてきた教育次長が4ヵ月後に彼を追いかけるように死を選んだ。裳に服すべきだと、うやむやにされた事件背景の調査。「魔界・尾道」の真相究明は、まだ始まったばかりだ。


    ■追加1:教頭が倒れる、あるいは「病欠を選ぶ」のも偶然ではない
    (気付いたときには)遅すぎる日記(2003/9/10)
    広島でも多くの教師が定年を待たずに退職していますが、その数 2000年度「校長14、教頭11、教諭82」→ 2001年度「校長19、教頭9、教諭83」→ 2002年度「校長28、教頭11、教諭123」という具合に、急増しています

    ■広島教育問題を詳しく調べたい方は、こちらからどうぞ
  • Taurosのインターネット案内−13

    ■今回は引用しないが、広教組&解放同盟県連の活動家たちが「反論」しているサイトも、以下に列記しておく。
  • 命令と処分が横行する広島の学校現場(黒川冨秋:2001/11/20)
  • インタビュー 上意下達が生む教育破壊と戦時体制化(広島県教職員組合執行委員長 山今 彰:2003/8/20)
  • posted by ヒロさん at 08:33 | Comment(14) | TrackBack(1) | 教育問題
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