2005年09月29日

辻元のいとこたち≠ヘ、第三書館で「31を買った」

今回は1975年の新聞記事の整理です。辻元清美のパートナーと言われている北川明の人と成りを整理してみたいので、ノスタルジーに浸る余裕のある方は、どうかおつき合いを。

◆毎日新聞(1975/9/4)(ネットソース)
日本赤軍:支援の実態解明へ 強制送還の北川、島田逮捕
ゲリラ輸出≠笘A絡役 コード名は「欧州のいとこ」

【全文】「日本赤軍」支援メンバーの元京大生、島田恭一(30)と同、北川明(32)の2人が3日午後、スウェーデンから東京に強制送還され、警視庁公安部に逮捕された。天皇ご訪米を間近に控え、海外から強制送還された「日本赤軍」の支援グループは、1日の元ベルリン自由大生、行者芳政(30)についで3人目だが、リーダーの重信房子は日ごろ、この3人を「ヨーロッパのいとこたち」と呼び、その手足としていたという。警視庁も彼らが日本赤軍コマンドの海外送り出し組織、海外アジトなどについてのガギを握る人物と見て追及、組織解明に全力を挙げる。

強制送還された島田、北川らは、日本赤軍の兵站(へいたん)委員会(ヨーロッパ・レポ役)に属し、リーダーの重信房子(30)から「ヨーロッパのいとこたち」と呼ばれていた。

いとこたち≠フ役割はヨーロッパでの連絡。昨年夏の「翻訳作戦」(西独の日本商社幹部誘かい計画)では、ベイルートからパリへ飛んだ重信と謀議を重ねたこと、また北川、行者、高橋武智・元立大助教授が現地の下見をしたことが、元京都産業大生、西田純(25)=奪還されリビアへ逃亡=の自供などからわかった。

この「翻訳作戦」は、実行の全権をゆだねられた元予備校生、山田義昭(26)がパリ・オルリ空港で逮捕され、島田、北川、高橋助教授らもフランスから追放(パリ事件)されるハメになり未遂に終わった。同公安部の得た情報では、重信は「あんな連中にまかせたから失敗した」といとこたち≠批判したという。

いとこたちの、もうひとつの任務は、コマンドの送り出しと受け入れ。島田は昨年4月、元パリ三越店の店員、山本万里子(35)と帰国し、国内支援グループの会社重役、久保園善章(34)や弁理士事務所勤務、青柳義男(30)=いずれも公判中=と共謀、他人名義の旅券を手に入れ、元京大生、奥平純三(26)を送り出した。いとこたち≠ニ久保園ら国内支援グループは「31を買った」(アジトを作ったの意味)「4人の友達が病気になった」(北川、山本らが動けないの意味)など、暗号電報で、ひんぱんに連絡を取っていたことも、久保園らの公判で明らかになっている。

また西川とともにリビアへ逃走した元会社員、戸平和夫(22)は「山崎」と名乗る男から「日本赤軍」入りをすすめられ、現金20万円ちかくをもらった、などと供述しているが、この「山崎」の身元はナゾに包まれたまま。同公安部は、島田らを追及し、国内のゲリラ送り出し組織の解明を急ぐ。

島田、北川、行者の強制送還で、同公安部は、ヨーロッパ・レポ部隊は完全に壊滅したとしている。高橋・元助教授、山本万里子はヨーロッパ各国の厳戒体制に追われシリアに潜入したと同公安部はみている。なおG(26)、O(24)ら数人の女性がヨーロッパにとどまっているが、もはや動きはとれない状態。

一方、元慶大生、和光晴光(27)らマレーシアの米・スウェーデン両大使館占拠のゲリラ5人がまだ逃亡先のリビアにとどまっているのは間違いないと捜査当局はみている。残る重信、元会社員、丸岡修(25)らだけでは大ががりな奪還作戦は不可能と、同公安部は見ており、天皇訪米時の「日本赤軍」封じ込めに自信を深めている。

北川明は日本赤軍の「兵站委員会」に所属していた。この兵站委員会のお仲間は、北川と一緒にスウェーデンから強制送還された島田恭一、カナダから強制送還された行者芳政、当時まだ逃亡中の山本万里子、元立教大学助教授の高橋武智である。

「兵站委員会」は武器調達でもやっているのかと思ったが、コマンドの海外送り出しと受け入れが主な仕事のようだ。武装コマンドそのものは「軍事委員会」の役割なのであろう。「コマンドの海外送り出しと受け入れ」ということは、パスポート&私文書偽造、渡航&宿泊の手配、密会の連絡係、資金調達などが仕事だろう。企業でいえば「総務部」といったところか。

いとこたち≠ヘ可哀想なことに、重信房子から「あんな連中にまかせたから失敗した」と見捨てられてしまったようだ。この見捨てられた「総務部」のうち、北川明は第三書館の「社長」になり、行者芳政は「取締役」になる。

辻元清美は元赤軍が2人もいる第三書館に、ノコノコ乗り込んで「私も仲間に入れて〜」と取締役になったわけである。

★読売新聞 夕刊(1975/9/4)(ネットソース)
「北川」「島田」羽田で逮捕
【部分抜粋】とくに高橋元助教授、元店員山本万里子(35)らは、フランスからの国外追放のあと「フランス当局に多くをしゃべりすぎた」として、重信らの批判を受けた、との情報もあり、この後の動向はつかめていない。

パリの三越で店員をしていた山本万里子も、重信房子に見捨てられてしまった。山本万里子は、2000年3月にレバノンで身柄を拘束され、日本に強制送還された。2002年1月に結審した裁判では、懲役2年6ヵ月、執行猶予5年だ。この執行猶予中の2005年1月26日に、さきいか万引きで逮捕されるにいたった。

さきいか万引き事件の詳細は、社怪人日記:「さきいか2袋は多すぎる」をご参照あれ。

出版社を設立した北川明と行者芳政。さきいかを調達した山本万里子。赤軍の「兵站委員会」は侮れない、ということだ。(w)

■追加:一緒に「赤軍」と「ピースボート」を勉強しませんか?
ヒロさんの「ピースボート」関連記事一覧
posted by ヒロさん at 07:20 | Comment(4) | TrackBack(2) | ピースボート

2005年09月27日

外国人記者クラブが見た、辻元清美の「赤軍疑惑」

辻元清美の「赤軍疑惑」について、FCCJ日本外国特派員協会(通称:外国人記者クラブ)の大阪ウォッチャーはどのように捉えたのか。以下、全文翻訳で紹介する。

外国人記者クラブ:Osaka Diary by Kristen McQuillin (2003/9/29)
7月に逮捕された元社民党代議士の辻元清美だが、彼女にまとわりつく秘密のベールの数々が、タマネギの皮をむくように徐々に引き剥がされている。まずは、北川明という男との長期にわたる関係である。辻元は早稲田大学の学生のときに北川に出会ったが、辻元憎しの人たちに言わせれば、北川こそが彼女を政界に送り込んだ張本人なのだという。

北川は第三書館という出版社のトップだ。彼は、欧州で数々のテロ活動を画策したとされる日本赤軍の元リーダーで、1975年に日本へ強制送還されている。辻元は1988年に第三書館の取締役となり、1996年に衆議院で初当選した直後に同職を退任している。しかし関係が完全に切れたわけではない。第三書館は、議員経験などを記した辻元の著作を、実に6冊も出版しているのだ。

問題の核心はこうだ。本来、辻元の秘書に支払われるべき金が、日本赤軍に横流しされていたのかどうか? 現時点では、赤軍資金問題を取り上げる地元大阪のメディアは非常に少ない。しかし捜査がこの方面に伸びていることは明らかだ。さらに驚くべきことに、重信房子との関係についても疑惑が持ち上がっている。重信は(日本赤軍が解散される直前の)元日本赤軍リーダーで、現在は刑務所にいる。重信は数十年にわたり国際指名手配を受けていたが、3年前に大阪府警によって逮捕された。重信が逮捕されたのは大阪府の高槻市だが、なんと偶然なことに辻元の選挙区なのである。

重信に対する取り調べが進む中、重信の供述からある組織が明らかになり、その組織から文書が押収された。その文書には市民団体「21世紀の希望」が言及されており、この市民団体を通じて、社民党への政治圧力を強化していく、と書かれている。「21世紀の希望」のスポークスマンは、重信との組織的な関与を否定したが、社民党は警察発表を否定せず、特に声明も発表していない。「21世紀の希望」に対する捜査から、さらに「市民の絆」という小グループの存在が発覚した。大阪府警によれば、この「市民の絆」が「21世紀の希望」の実質のブレーンであるという。

重信は2人の男と一緒にいるところを逮捕された。この2人は重信を援助・幇助(犯人隠匿)したとして逮捕されている。地元メディアの報道によると、1人は吉田守(ヨシダ・マモル)という「市民の絆」のメンバーであるという。警察は彼を赤軍シンパと断定しているが、赤軍メンバーであるかどうかの確証を得ていない。

吉田は高槻市の光愛病院に勤務していた。警察供述に関する報道によれば、吉田は職場でパンフレットと小冊子を配って、辻元の選挙キャンペーンを支えていたという。また地元のタブロイド紙は、吉田が辻元の地元後援会のメンバーである、としている。

真相はどうなのか? 辻元は重信、北川、赤軍シンパに操られた傀儡(かいらい)にすぎず、圧力をかけられて秘書給与を赤軍活動資金に横流ししていたのだろうか? 重信の逮捕によって、辻元の政治生命は封印されてしまったのか? 辻元が逮捕されたのは、重信への刑事訴追が行き詰まっていたためなのか? それとも、すべての疑惑は、辻元に濡れ衣を着せようという政敵が、無関係な一連の事件をつなぎ合わせ、さもありそうな話としてリークしているだけのことなのか? 今後の数ヵ月でこれらの疑問が氷解することを期待したい。しかしながら、舞台は日本の政界である。ここをむいたら涙目で絶対に耐えられない、というギリギリの線になるまで、複雑なタマネギの皮はそう簡単に剥げ落ちそうにない。それまでは疑惑と憶測が飛び交うことになるのかもしれない。


■参考サイト:
  • 関西救援連絡センターニュース第234号2000年12月
  • 国民新聞:「社民党との共同工作」という文書

    ■上記の「Osaka Diary」を原文で読みたい方はこちら。
    Osaka Diary: Tales from the Wild, Wild West
    Posted by Kristen McQuillin on Sep 29, 2003

    Kiyomi Tsujimoto, part II

    Like layers of an onion, the secrets surrounding former SDP Diet member Kiyomi Tsujimoto, who was arrested in July, are slowly being peeled back. To begin with, Tsujimoto has long had connections with a man named Akira Kitagawa, whom she met while a student at Waseda University and who Tsujimoto's enemies claim is the person responsible for getting her into politics.

    Kitagawa is the head of the Daisansho publishing company. He is also a former leader of the Japanese Red Army who allegedly planned a number of terrorist activities in Europe. In 1975, he was extradited back to Japan. Tsujimoto joined Daisansho as a senior executive in 1988 and resigned in 1996, after winning a seat in the Diet. But she did not severe her relations completely. Daisansho published no less than six books written by Tsujimoto on her experiences in the Diet.

    The key question now is: Was some of the money that was supposed to pay Tsujimoto's secretary funneled to the Japanese Red Army? As of this writing, only a few local media in Osaka are suggesting that might be the case. But it's clear this is the direction the investigation is taking. More startling, there are unanswered questions about possible connections between Tsujimoto and Fusako Shigenobu, the ex-leader of a Japanese Red Army faction who is now in jail. When Osaka police caught Shigenobu a few years ago, she had been an international fugitive for decades. She was nabbed in an Osaka prefectural town called Takatsuki, which just happens to be where Tsujimoto is from.

    During the investigation into Shigenobu's activities, police seized documents from an organization that she helped found. The documents mentioned a citizen's group named "Hope for the 21st Century" and called for this group to strengthen its political influence with the Social Democratic Party. At the time, a spokesman for Hope denied any organizational link with Shigenobu's group. The SDP did not deny the police report, but did not specifically address the issue. Further investigations into Hope for the 21st Century led to the discovery of a sub-group called "Shimin no Han," which Osaka police believe was the real brains behind the first group.

    When Shigenobu was caught, she was in the company of two men, both of whom were arrested for aiding and abetting her. Local media reported one of the men, Mamoru Yoshida, testified he was a member of Shimin no Han. Police allege he is a Red Army sympathizer, but are not sure if he is a member of the Red Army itself.

    Yoshida worked at a Takatsuki-area hospital, Koai Hospital. He reportedly told police that he supported Kiyomi Tsujimoto's election campaign by passing out pamphlets and brochures at his workplace, while local tabloid media have suggested he was a member of her local support group.

    So what really happened? Was Tsujimoto a political dupe controlled by Shigenobu, Kitagawa and a few Japanese Red Army sympathizers who pressured her to fund their activities with her secretary's money? Was her political fate sealed after the arrest of Fusako Shigenobu, and did her arrest come about because the prosecution's case against Shigenobu is reportedly stalled? Or, are all of the allegations just a series of trumped-up coincidences or half-truths leaked to the media in an attempt by Tsujimoto's enemies to railroad her? In the coming months, answers to these questions will hopefully be found. But this is Japanese politics we're talking about, a very complex onion whose layers get peeled back only until it becomes clear that any more peeling would result in too many tears, leaving the public to wonder and speculate on what might be.

  • posted by ヒロさん at 01:40 | Comment(4) | TrackBack(8) | ピースボート

    2005年09月19日

    北朝鮮の擬似「高度経済成長」にどう対処すべきか

    私がブログを始める直前の今年の1月のことだ。それまで、アメリカのネオコン分析では「田中宇の国際ニュース解説」をよく読んでいたのだが、経済発展が始まりそうな北朝鮮(2005/1/13)というタイトルをみて、私の田中宇への評価は急落した。

    12月に「遺骨捏造疑惑」が騒がれ、2月の「核兵器保有宣言」を控えていたころだ。田中宇のスタイルは「反米親中」だが、「親中」からさらに発展して「親北朝鮮」に成り果てたことにウンザリして、毎回読むのをやめてしまったのだ。「やっぱり共同通信出身か」というレッテルも貼ってしまったのだが、今考えると、彼の分析そのものは外れていない。

     中国から北朝鮮への投資は、温州商人が特に積極的だ。<中略>
     彼らは常に高利回りの新たな投資先を中国全土や海外で探し回ってきたが、最近では良い投資先が見つかりにくく「金あまり」の状態が懸念されていた。そこに出現した新たな投資先が、北朝鮮だった。温州商人たちは2002年から投資先として北朝鮮を検討していたが、昨年までは時期尚早と判断されていた。
     昨年、温州出身で、北朝鮮に比較的近い遼寧省瀋陽市でビジネスを展開してきた曾昌飆氏の会社は、北朝鮮最大の百貨店である「第一百貨店」を賃借し、大改装を行って新規開店させた。
     また、温州の近くの町である楽清市の長距離バス会社「盛金快速汽車」は、北朝鮮の国有バス会社「鬱林運輸」が持つ12の長距離バス路線のうち、平壌−南浦、平壌−元山など3路線を委託され、中国から高級大型バスを持ち込んで運行を開始した。
     温州市では、北朝鮮に対する投資を有望と考えて説明会を開いたりしている。温州商人が浙江省南部などで立ち上げた家内小企業群を使った製造業の運営方法は、北朝鮮で行うことも可能と思われ、浙江省各地のブランド製品の下請け先として、人件費が少しずつ上昇している中国国内から、北朝鮮への製造拠点の移動が行われるかもしれない。

    北朝鮮から中国への進出も活発である。

    朝日:米朝共存? スタバの上に北朝鮮レストラン 北京(2005/9/17)(記事&写真を引用)
     北朝鮮の核問題をめぐる6者協議の舞台となっている北京で9月初め、北朝鮮レストランが新たに開店した。北朝鮮大使館に近いビルの2階に入居。1階には米国系のカフェ「スターバックス」が入っており、外からみると、ちょうど「米朝」が共存している形だ。
     平壌にある高麗ホテル系の「海棠花(ヘダンファ)」藍島店。テーブルが並んだフロアと貸し切り用の個室、すしカウンターも備えている。「北京の朝鮮食堂で、カウンターがあるのはうちだけ。すしや刺し身をつくるのを見ながら、食事ができますよ」。女性従業員の崔英心(チェ・ヨンシム)さんが自慢した。
     近年、外貨稼ぎを狙って北朝鮮レストランが相次いで中国各地に進出、競争も激しい。

    これに加えて、最近は北朝鮮へ投資するイギリスのファンドまで現れた。

    中央日報:英国系キャピタルが「北朝鮮ファンド」設立へ(2005/9/12)
     英フィナンシャルタイムズ(FT)紙は12日、英国系ファンドのアングロ−シノ・キャピタルが5000万ドル規模の「朝鮮(Chosun)開発投資ファンド」を設立することにした、と報じた。
     このためアングロ−シノ・キャピタルは最近、英国の金融監督機構(FSA)にファンド営業認可申請書を提出した。このファンドは主に鉱山・鉱物質などに投資される予定だ。 この場合、北朝鮮は外貨を稼ぐことができる。アングロ−シノ・キャピタルは香港・北京のほか、ソウルでも投資意思を打診している。
     同ファンドの投資顧問会社である高麗(コリョ)アジアのコリン・マカスキル会長は「北朝鮮が武器や偽造品輸出以外の方法で現金を儲ける方法は、ファンド投資を誘致することだ」と述べた。
     FT紙は「経済がひん死状態で核兵器保有まで宣言した北朝鮮は、これまで外国人投資家に人気がある投資先ではなかったが、金正日(キム・ジョンイル)政権が3年前から経済改革実験を行っている」と紹介した。
     朝鮮開発投資ファンドの運用者らは「今回設立されるファンドはリスクが高いだけに、高収益も期待できる」と語った。

    もちろん、90年代に人気を呼んだ「エマージング・マーケット投資」というわけにはいかない。北朝鮮の「飢餓状態」と「独裁政権」は今なお進行形だからだ。

    産経:食糧購入費 北、軍事費に転用 米NGO報告「支援調査も妨害」(2005/9/3)
     【ワシントン=有元隆志】北朝鮮がここ数年、食糧輸入の9割を外国や国際機関からの援助に頼り、本来、食糧購入費にあてるはずの資金を戦闘機などの購入に転用していたことが1日、米国の非政府組織(NGO)「北朝鮮の人権に関する米国委員会」の調査報告で明らかになった。<中略>
     それによると、食糧輸入に占める外国からの支援の割合は1995年以降増え続け、2001年からは全体の9割以上を占めている。北朝鮮は外国からの食糧支援に頼る一方で、外国からの食糧購入を減らし続けた。
     報告は「軍事品や幹部のためのぜいたく品の購入にあてた」とし、具体例として、99年に食糧購入を20万トン以内に抑えた代わりに、カザフスタンからミグ21戦闘機や軍用ヘリコプターを購入したことを挙げた。
     また、支援物資は一般住民には行き渡らず、軍や高級官僚などに横流しされたほか、最近では市場に出回っていることも確認されたとしている。
     これを裏付けるように、脱北者からの聞き取り調査では、4割が外国などからの支援を知らなかったという。支援を受けていることを知っていた人の中でも、支援物資を受け取ったのはわずか7%しかいなかった。

    「軍事転用」などいっさい省みず、大規模な援助をしているのが、韓国とワールドビジョンだ。

    朝鮮民主主義研究センター:「韓国の中央日報が対北朝鮮支援キャンペーンを開始」(2005/9/3)
     韓国の中央日報がNGOワールドビジョンと共同で対北朝鮮食糧支援のキャンペーンを始めた。9月から3ヶ月募金を集め、ジャガイモの増産のための農機具や肥料を援助するという。
     北朝鮮では1990年代後半からジャガイモの増産が図られてきた。朝鮮新報は最近「ジャガイモ農業革命」についての連載記事を掲載している。中央日報とワールドビジョンのキャンペーンはこの「革命」を助けるものだ。
     しかし、中央日報のような報道機関がこのようなキャンペーンを始めるのはちょっとおかしいのではないか。援助を呼びかける前に、援助がなぜ、どれほど必要なのかを取材し、報道するべきだ。それが報道機関にもっともふさわしいキャンペーンだろう。私が記憶している限り、中央日報でそのような報道がなされたことはない。

    北朝鮮の「内部崩壊」はどうやら起こりそうにない。「拉致問題」や「経済制裁」のみで切り込むのは得策ではない。北朝鮮との冷戦が長期化する可能性を踏まえた上で、あらゆる可能性を考えておかねばならないと思う。

    たとえばこんな可能性も・・・・

    読売:6年後、北朝鮮部隊が福岡占領 村上龍さんが新作「半島を出よ」(2005/4/11)
     目をそむけたくなるような描写が続く。2011年4月、福岡ドームの占拠に続き、2時間後には484人の北の特殊部隊が来襲、市中心部を制圧する。この小説では、日本の未来の最悪のシナリオが展開される。占領者による逮捕、拷問、粛清、白昼の銃撃戦。凄惨(せいさん)な描写が連続する。だが、目をそむけたくなるのは暴力的だからではない。有事に、なすすべもない政府、平和を叫ぶばかりで何もできない、ふがいないこの国の未来が、嫌になるほど克明に描かれるからだ。
    posted by ヒロさん at 06:49 | Comment(13) | TrackBack(3) | 韓国&北朝鮮

    2005年09月17日

    メイちゃん命!! 世界革命の「ナウシカ」が日本に上陸

    京都新聞:メディア研究に意欲 重信房子被告の長女、同大大学院入学(2005/4/5)(記事&写真を引用)
    日本赤軍最高幹部・重信房子被告の長女でジャーナリストの重信メイさん(32)が4日、同志社大大学院博士課程に入学した。社会学研究科メディア学専攻で「中東での言論の自由」をテーマに研究し、「メディアの力で政治や社会、タブーが国境を超えてどう変わるか探りたい」と意気込む。

    みなさん、メイちゃんをご存知? 宮崎駿の映画『となりのトトロ』に出ていた女の子が、ほら、写真のようにこんなに大きくなって、ルンルン歩いている・・・・って話じゃないのよ。この子ね、『神隠し』に遭っていたの。28年間も国籍がなかったのに、2001年から突然、妹と一緒に日本に現れて、みんなにチヤホヤされてるの。

    「重信メイ」というのは芸名で、「重信命」が本名。パレスチナ人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフなんだって。

    月刊『創』:日本赤軍・重信房子の長女の「母との再会」(2001年6月号)
     今使っているのはカタカナのメイだけど、本当は「命」でメイと読むんです。革命の命だから、お母さんの本にはいつでも載っている(笑)。May(5月)はリッダ闘争のあった月です。<中略>
     私たち3人きょうだいの名前なんですが、妹は「革(あらた)」、弟が「強(つよし)」で「強い革命」なんですよ。私は自分の名前が好きなんだけど、妹はあまり好きじゃなかったみたいです。

    ふ〜ん。「重信のために命捧げます!」だとヤクザみたいになっちゃうから、かわいいカタカナにしたってわけかぁ。ヤクザっぽいのも、悪くないのに〜! でもどうして28年も『神隠し』にされていたのかしら?

    あなたがあなたであるために:無国籍で過ごした半生(2005/7)
  • パレスチナ人のために戦っている活動家をサポートする形で、仮の身分証明書を作ってくれるアラブの国がいくつかあったんです。私もそうした身分証明書を使わせてもらいました。もちろん名前を変えてね。おかげさまでアラブの学校にも行けたし、他の地域に移動もできました。
  • 外では絶対日本語を話しちゃいけないとか、自分と周りの人たちのために、守らなければならないルールがいっぱいありました。物心がついて、自分が言葉を使えるようになってから、そうした概念を学んだと思います。小学校の頃、自分が守らなければならない『秘密』は、他の子にも普通にあると思ってました。でもだんだん大きくなって小学生ぐらいになると、周りの子にはないことがわかってきたんです。

  • アラブの学校を転々としていた「秘密のアッコちゃん」だったみたいね。アラビア語もペラペラみたい。

    朝日:MYTOWN 神奈川:「小学生にアラブ文化紹介 重信メイさん」(2001/12/16)
     日本赤軍最高幹部の重信房子被告=殺人未遂などの罪で公判中=の長女で、中東のレバノン・ベイルートで生まれた重信メイさん(28)が15日、藤沢市立鵠沼小学校の6年1組の授業でパレスチナの子どもたちのことを語り、アラブ料理の作り方を教えた。アラブ諸国を転々として、パレスチナの難民キャンプで暮らしたこともあるメイさんは「日本とは違う世界と文化があることを知って欲しかった」と語った。
     メイさんは特別な自己紹介はしないで、「アラブ人って知ってますか」と話しかけ、アラビア語で「パレスチナ」と黒板に書いた。筆順が右から左だ。
     1組の担任の名取弘文先生(56)が、異文化理解の一助に招いた。日本とパレスチナの子どもたちのどこが似ていて、どこが違っているかをメイさんは話した。

    いいな〜、帰国子女は! ヒロさんも早く日本帰ってチヤホヤされたいな〜。

    メイちゃんはとても母親想いの子なんだって。『秘密−パレスチナから桜の国へ 母と私の28年』(講談社)を読むと涙がでちゃう。日本人の鏡だわ、メイちゃ〜ん!

    TBSラジオ:下村健一の「眼のツケドコロ」(2002/6/20)
    『日本時間2001年4月3日午後6時、飛行機は高度を下げて成田空港への着陸態勢に入る。お母さん。お母さんのいる日本に、お母さんの大好きな桜の季節に、とうとう帰ってきました。言葉にならない思いがこみ上げてきた。70年代の自分達のやり方を反省していた、母達。アラブにいても、いつも日本の生活や四季を大切にして生きてきた母達。母達を通して、いつしか私は、日本人も、日本も、大好きになっていた。長い間心に秘めてきた愛する人を求めるように、私は日本を求めていた。母が生まれた国。四季の折々が美しい国。人間関係が暖かい国。そんな日本という国の土を、私は初めて踏む。』

    私の好きな瀬戸内寂聴さんも、メイちゃんのことほめてるの。

    重信メイ著『秘密−パレスチナから桜の国へ 母と私の28年』(講談社)
    日本赤軍のリーダー、国際的なテロリストとして、世界に名を轟かせた重信房子に1人の娘がいた。メイである。その生い立ちは、何万人に1人という数奇な運命を背負っていた。28歳まで国籍も持てなかった。日本では犯罪者として捕えられている母を、メイは、「この母の子に生まれたことを誇りに思う」と言い切っている。聡明で、心やさしく、感性の豊かなメイに、誰でも友人として思わず手をさしのべたくなるだろう。そういう魅力をこの手記は持っている。(瀬戸内寂聴)

    メイちゃんはただのアイドルじゃない。「何万人に1人」の選ばれた人なんだよ〜。マスコミが取り上げるもの当然だよね。

    リベラルの朝日も『アエラ』特集を組んでるし。
    週刊『AERA』:現代の肖像 母の娘であること」(2001/12/3)

    TBSだって、こんなに取り上げているし。

    TBS「News23」特集:母は革命家か?テロリストか?(2001/5/14)
     重信房子の娘、重信メイさん(28)が、「NEWS23」の単独インタビューに応じ、母への想い、キャンプでの生活、日本への想いなどを語った。パレスチナ・キャンプで、日本赤軍のメンバーたちは、何とビートルズを愛唱していたという。
     日本の平均的な28歳の女性とは、ちょっと異なる家族観、テロリズムの考え方などを率直に語る。ここから私たちは何を読み取れるか?

    産経グループの扶桑社だって、「才媛」だっていっているよ。
    週刊『SPA!』:革命家の娘は、ジャーナリスト志望の「普通の女の子」(2001/5/2&9 合併号)

    メイちゃんは特に「善・教・答」とかいうクラブの人たちのアイドルなんだって。

    荒 岱介:グラン・ワークショップでの発言から(2002/7/28)
    誰もが自己選択できる自由な社会を
     かつては日本人も、自分の行いを社会に還元したいという気持ちを、奇もてらいもなく言えた。ところがだんだん大人が腐敗し、政財官をはじめとして教育界やメディアといった5賊がみな腐敗していった。そうすると例えば正義なんて、口はばったくて言えないようになってしまう。僕は、今の若者が正義や倫理を口にできないような状況は大人が作ってしまっているのだと思います。戦前の日本人は、もっと違うことを普通に言っていたのじゃないか。
     僕たち全共闘世代の人間も、学生の頃は「北で生まれ南で死ぬ」、つまり北ベトナムの人たちは南ベトナムの解放のために、北で生まれるけれども南で死ぬ気だという言葉に魅せられた。俺たちもそういう風に生きるのだと思った。三里塚に行ったときも、自分たちは七人の侍のつもりでがんばるんだと思っていた。もちろん主観的だったかもしれない。過ちや行き過ぎも含めて、色々なことがあったと思います。けれども、志と言いますか「人間とは何か、どこから来てどこへ行くのか」といったことが、普通に思えたし、考えられた。

    この人は「五賊」を征伐する「七人の侍」というわけ。映画『七人の侍』では7人のうち4人が死んでしまうんだけど、この人は生き残った方の3人なわけね。人生、運がよくないとダメなのよ〜。

    ◆ソース同上
     今日は重信メイさんも発言しましたが、僕は活動をはじめた学生の頃、まさか重信房子さんの娘と30何年もたって同じ舞台に立つとは夢にも思わなかった。まあそれは当然ですがね。メイさんはお母さんよりずいぶんきれいだなと思いましたね。重信房子さんは「ふーちゃん」と呼ばれていたのですが、随分とひらけた人でした。
     1970年の9月にライラ・ハリドというパレスチナの女性闘士がイスラエル機をハイジャックしたことがありました。重信房子さんは、パレスチナの人々の生活とかに憧れたというよりも、そうした女性闘士たちの闘いに憧れてパレスチナに行ったのではないかと思います。
     全共闘運動があった当時の若者というのは、みなそういうふうに何か自分が思い焦がれるものを持っていたんですね。

    ハイジャックって、夢があっていいわよね。この人、「ふーちゃん」のこと好きだったみたい。「ふーちゃん」の娘は救世主かもしれないので、いろんな『ターミネーター』がやってきて、彼女のことをいじめるの。彼女の世界革命を阻止しようっていう魂胆なのね!

    ◆産経:重信被告の長女が授業、イスラエル大使館が抗議 パレスチナの映像など流す「偏向的な政治教育」(2002/1/24)(ネットソース)
     神奈川県藤沢市の市立小の教諭が先月、ハーグ事件の殺人未遂罪などで公判中の日本赤軍最高幹部、重信房子被告(56)の長女(28)を呼んで授業を行い、在日イスラエル大使館が23日、この小学校の校長に「当事者を愚弄(ぐろう)する間違った教え方で、(長女の)日ごろの言動や政治性から慎重に対応すべきだった。甚だ遺憾」などとする強い調子の抗議文を出した。
     藤沢市教委などによると、長女が授業をしたのは先月15日。6年1組の「総合学習の時間」に、パレスチナのスライド映像を見せながら約30分、現地の生活を紹介。続いて現地の料理を作った。授業には校長(57)、保護者約10人、社民党の衆院議員(53)も出席した。
     授業後、「小学生に先入観を植え付ける可能性がある」など市民らから苦情や抗議が寄せられ、市教委は先月中に校長と担任(56)から事情を聴取。市議や県議らも議会で追及する構えを見せている。

    悪の帝国「イスラエル」と「産経新聞」が、メイちゃんを抹殺しようとしているの! 小学校で授業ぐらいしたっていいじゃない! メイちゃんは悪くないよ。悪いのは、阿部知子とかいう社民党の議員よ。メイちゃんのことを政治利用しようと、たくらんでいるんだわ!

    メイちゃんがせっかく『Little Birds イラク戦火の家族たち』という映画に全面協力しているのに、映画評の中にはこんな失礼なものもあるわよ。

    映画評2005年:No92の補足
     『Little Birds』 の最後のテロップで重信メイの名が出てくるのを見て、あれ、と思った。かつて極左の日本赤軍幹部として名を馳せた重信房子の娘である彼女は、パレスチナ側のスポークスマン的な立場で日本でも活動している。彼女は日本の小学校で講演活動をして問題になった。<中略>
     重信メイの講演会は、ウインドが毎月出している雑誌 『月刊ウインド』 の7月号でも報告されたが、報告者は「先輩から聞いたところでは、彼女のお母さんはすごい美人だったという」などと脳天気な文句を並べており、「お母さん」 である重信房子が日本赤軍に属し逮捕されている身の上だということには何も触れていない。 実は脳天気というより、政治的なのだろうが。
     逮捕されていようと日本赤軍だろうと、その思想的立場を支持するということはあってよい。問題なのは、その事実を隠すようにして、母親の行動と無関係に純粋な自発性と善意から行動を行っているかのように見せかける欺瞞である。事実ははっきりと提示しておのれの思想的な主張を行うべきではないか。

    どんな嫌がらせを受けたって、メイちゃんの決意は固いんだから。

    Mammo.tv インタビューNo57:重信メイ(2001/12/3)
    ――やはり母である重信房子さんの影響は大きいですか。
     そうですね。日本のメディアは彼女をテロリストだと言っていますが、母が何よりも大切にしているのは人間で、弱い立場の人のために行動してきたと思います。また貧しい人であれ富んだ人であれ同じように接していました。そうした考えを持っているところは実の母ということを離れても尊敬できます。

    あなたがあなたであるために:無国籍で過ごした半生(2005/7)
     「母たちは革命家として生きていこうとしていました。いろいろな間違いがあるとしても、その中から学んでいき、理想を常に目指していました。
     それは母だけではなく、周りの日本人の人たちみんなに言えることですが。私も、いつも理想をめざして生きていかなければならないと、小さいときから教えられてきました。
     たとえばゴミひとつ取ってもそう。小さなゴミを捨てようとするだけで、『ちゃんとゴミ箱に捨てなさい』と言われました。自分の小さなゴミを捨てることによって、周りの汚さが変わるわけではないと思いながら、疑問を口にしたんですよ。でも『世の中を変えるには、自分から変えないと変わらないんだよ』って教えてくれたんです。つまり私がゴミを捨てないことで、周りが影響を受けていくことによってみんなで世の中を変えていくのです。なるほど、正しい考え方だと思いました」

    ゴミをちゃんと捨てることを教えてくれたんだね。すごい! もうメイちゃんのお母さんのことをテロリストと呼ぶのはやめようよ。東条英機が見直されたり、マッカーサーが「朝鮮半島分断の父」とか呼ばれる時代だよ。もうじき世界革命が成功すれば、メイちゃんのお母さんも見直されるときが来ると思うの。

    グアム島にちょっと隠れていた横井さんだって人気者になるんだから、28年間『神隠し』に遭っていたメイちゃんが、救世主『ナウシカ』になる日もそう遠くはないんじゃないか、って思うんだけど。(微笑)
    posted by ヒロさん at 07:58 | Comment(20) | TrackBack(4) | 映画・ドラマ・アニメ

    2005年09月13日

    9月12日付「天声人語」に小泉首相が返信

    私は中学1年生のときに、毎日「天声人語」を切り抜き、ノートに全文を書き出して、文章力を磨いていました。数十年ぶりに、「天声人語」を書き起こしてみました。

    朝日新聞「天声人語」(05/9/12)小泉首相からの返信(05/9/13)
    冠省 小泉純一郎様。圧勝でしたね。一夜明けて、勝利の味はいかがですか。戦後の日本に保革二大政党の「55年体制」ができて、今年で半世紀ですね。今度の「05年体制」は、「小泉マジック体制」とか「小泉劇場体制」と呼ばれるようになるかも知れません。拝復 朝日新聞様。完敗(乾杯!)だね。一夜明けて、脱力感はいかがですか。戦後の日本に「オピニオンリーダーの朝日あり」と言い古されて、今年で半世紀だね。これからの朝日は、「捏造メモ体制」とか「お笑い劇場体制」と呼ばれるようになるのかも知れない。
    あなたは、郵政民営化の賛否を国民に問うと言って解散しました。しかしこの票の大雪崩は、郵政の民営化への賛成だけで起きたとは思えません。あなたは、NHK報道問題の賛否を問うと言って見開き2面を使いました。しかし最近の販売部数の凋落は、NHK問題への反発ばかりではないでしょう。
    「殺されてもいい」「賛成か反対か」。こんな、あなたの「歯切れの良さ」や、目や耳にはっきりと届く一言・ワンフレーズが、人々を強く引きつけたと思います。尊敬しておられると聞くチャーチル元英首相の語録には「短い言葉は最高」というのがあるそうです。「竹島をゆずれ」「靖国参拝に賛成か反対か」。こんな、あなたの「歯切れの悪さ」や、中韓鮮に媚びる一言・ワンフレーズが、人々をドン引きにさせたと思います。尊敬しておられると聞く毛沢東主席の語録には「反日無罪!斬り!」というのがあるそうです。
    圧勝するさまを見ていて、「独」という字が思い浮かびました。独特な党首の独断による独(ひと)り勝ちでした。今後、国政が小泉自民党の独壇場になって、独走や独善にまで陥ることはないのでしょうか。圧倒的な多数を与えた有権者でも、それは望んでいないはずです。没落するさまを見ていて、「惨」という字が思い浮かびました。陰惨な新聞の惨(みじ)めなウソ吐きが目立ちました。今後、朝日が廃刊寸前になって、自暴自棄に陥ることはないのでしょうか。圧倒的多数の有権者は、朝日が日本を道連れにすることは望んでいないはずです。
    明治時代、口の悪さで知られた斎藤緑雨という文人がいました。「拍手喝采は人を愚にするの道なり。つとめて拍手せよ、つとめて喝采せよ、渠(かれ)おのづから倒れん」(『緑雨警語』冨山房)。執行猶予中のソーリ、ソーリ、ソーリと喧しい元議員がいました。「拉致なんてウソや。犯罪者は韓国みたいになんで、恩赦せーへんの? 販売部数がゼロになっても、へこたれへん!」(『ハラハラ時計』元赤軍)
    タフなあなたのことです。いくら拍手喝采されても、倒れることはないのかもしれません。しかし、郵政以外に、待ったなしの課題は山ほどあります。勝利の勢いあまって、肝心の日本という国が倒れないように、くれぐれもお願い致します。 不尽しつこい朝日のことです。いくら批判されても、倒れることはないのかもしれません。しかし、サンゴ以外に、待ったなしの捏造は山ほどあります。自暴自棄の勢いあまって、肝心の輪転機が止まることのないよう、くれぐれもお願い致します。 理不尽!!

    ■小泉首相の返信文は、ここからパクりました。
  • 朝日新聞を叩き潰す掲示板:「投稿者:朝日に脱力症  投稿日:09月13日(火)」

    ■朝日から手紙がくるとき mumurブログ(05/9/12)
    朝日が手紙形式のコラムを書くときは、朝日が悔しいとき、朝日に不利なとき、「アジア」に媚びるときなどが多い。
  • posted by ヒロさん at 07:13 | Comment(6) | TrackBack(1) | 報道・メディア論