2006年01月30日

誕生日という「年輪」が刻まれる瞬間に、耳を澄ます

週末はわが子が8才の誕生日を迎えたので、その家庭内関連行事でおおわらわになっているが、そういえば「ヒロさん日記」も1年を迎えた。いわゆる誕生日おめでとう、ということだが、誕生日をどの程度おめでたいと思うのか、そしてそもそもなぜにおめでたいのか、というこだわりは人それぞれである。

小さい頃は、多くの人が家族や友人に誕生日をお祝いしてもらっていることだろう。しかしある程度大きくなると、誕生パーティを開くにも、誰を呼ぶのか呼ばないのか、という人間関係の「しがらみ」が表出する儀式になっていたりする。

もっと年がいってくると、そもそも誕生日がわずらわしい。必ず聞かれる「何歳になったの?」という質問もうるさい。プレゼントをどうするかで、あー、めんどくさい、という人もいる。

ある神道系の新宗教では、誕生日は祝ってもらう日ではない、自分が生まれたことを両親に(あるいは神様に)感謝する日だ、と教えていた。素直に感謝できる人にとっては、その感謝を表す「Thanks-giving day」にすればよいだろう。

心の底で正直なところ、親にありがとうという気持ちになれない、あるいはお祝いをする気になれない、という人は、この世で自分が存在する意義、意味は何なのか、静かに考える日にしてみるのもよい。クリスマス(イエスの生誕を考える日)と同じで、1人でいることを淋しがる必要はないのである。

誕生日の「日」にこだわると、たとえば私の配偶者などは23日生まれなので、毎月23日にはおいしいものを食べる、といった勝手なことを言っている。誕生日を「年月日」ととらえると、同じ年月日は2度と訪れないので、誕生日は一生涯祝う必要はない。

「月日」としての誕生日は、四季や雨季・乾季のサイクルの中で、身体の奥深くにまで染みついている「特異日」であるが、天文学的にみると、地球と太陽と星座群の位置関係ということになる。

自分の誕生日の星座(さそり座、射手座など)は、血液型(A、B、O、AB)と同じぐらい知っている人が多いと思うが、なぜか、自分の星座を見たことがないという人が圧倒的である。血液型の違いのほうは、薬品を使って目視確認するのは、医学部や生化学の人たちに限られているかもしれないが、星座のほうは、晴れた日の夜に星空を見上げれば確認できる。

ただ、誕生日を迎えた日に、自分の星座は確認できない。天球上を動く太陽の位置が「自分の星座」なので、ちょうど太陽の裏側の方向にあるからである。ということで、誕生日のちょうど半年後あたりに夜空を眺めてみればいいことになる。かという私も、埼玉の田舎で実際の「自分の星座」(双子座)を見つけたのは、つい4年前である。

天体の位置にもう少しこだわると、シュタイナー思想(人智学)では「Moon Node」の話もよく出てくる。星座のほうは無視して、「地球+太陽+月」の位置関係に着目したもので、自分が生まれた日と同じ「3天体の位置関係」は18.7年に1度めぐってくる。占星術にこだわる人は、さらに太陽系の各惑星の位置関係に特別な意味を見出しているはずである。

親の目からすると、子供の誕生日をきっかけに「急に○○○になった」という変化を(気のせいと思いつつも)感じてしまうのだが、誕生日はぐるぐる回るラセン階段の1段であって、毎年めぐってくる誕生日という「特異日」は、文化的な意味づけこそあっても、生体的・医学的な変化はあろうはずがない、と私も思っていた。

ところが、『日本人の脳』で有名な角田忠信氏の研究によると、誕生日の午前中に、脳内に「年輪」が刻まれているのだという。以下、角田忠信著『右脳と左脳:脳センサーでさぐる意識下の世界』(小学館ライブラリー)の内容をごく簡単にまとめてみたい。

この先生は、瞬間的に両耳に入る音が、右脳と左脳のどちらに振り分けられるか、という研究を長年続けている人である。「純音とホワイトノイズ」、「母音と子音+母音」、「自分の声と他人の声」、「楽器音と音声」、「自然界のさまざまな音」などが、右と左のどちらに流れるか詳細に比較検証している。

『日本人と脳』では、日本人とポリネシア人に限り、この左右振り分けのパターンが、他の全人類と異なるという説を発表して、話題になった。これは民族やDNAの問題ではなく、9才頃までに母国語として日本語かポリネシア語を使っている場合に、脳内の音処理回路が変化するという説明である。

この左右振り分けスイッチは、とても微妙なセンサーで、さまざまな条件のもとで、通常の左右の振り分けとは逆になる「逆転現象」が起こるとされている。たとえば、純音を聞かせた場合、すべての言語圏の人が「右優位」(非言語を扱う右脳優位)としてこの音を振り分けるが、40の倍数の周波数(40、80、120Hz・・・)と、60の倍数の周波数(60、120、180Hz・・・)の場合は、「逆転現象」が起こる。

また聞かせる音源の「組み合わせ数」でも同様の現象がおこり、しかもこの「組み合わせ数」は年齢と関係しているという。たとえば、23才の場合、この年齢の3倍と5倍の数(=69、115)の純音から「合成音」をつくると、左右反転が起こるというのだ。

40才の人は、40×3=120種類または40×5=200種類の音を組み合わせた「合成音」を聞くと、その音を処理する脳内スイッチに異変が起こる、ということになる。「合成音の要素数」が大脳生理学で何を意味するのか、本を読む限りでは皆目見当がつかないが、注目すべきは、40才の人が41才になった瞬間に、「120と200」には反転反応を起こさなくなり、「123と205」に反応するようになる、という点である。

メカニズムはさっぱりわからない。が、誕生日をきっかけとして、脳のセンサーが変化するという話なのである。状況によって多少の誤差があるようで、著者の角田氏の場合は、58才と59才のときは「誕生日の4日前」の「朝6時から7時の間」に、60才のときは「誕生日当日」の同じ時間帯に切り替えが起こったという。海外出張が多かったため、リズムが崩れたのではないか、と疑っている。

この変化は「天体の位置関係」からの影響というよりも、体内に1年を測る正確な「体内時計」があるのではないか、と推理できる。オリンピック年の閏年の場合はどうなるのかも、気になるところである。

いささか神秘主義的にはなるが、誕生日の日は飲み食いやパーティで浮かれ騒ぐよりも、静かに内面の変化に耳を澄ますほうがよいのかもしれない。年輪が刻まれる瞬間の微細な音が、かすかに聞こえてくるかもしれませんので・・・。

■追加:シュタイナー学校では、「誕生日」を重視していて、クラスの休み時間に必ずお祝いが行なわれる。土日や長期休暇中に誕生日がある場合は、日程を繰り上げたり、先延ばしにすることもある。いずれにせよ、誕生日には親がケーキを焼いて、教室に持参しなければならない。「お祝い」では、歌をうたい、ケーキにソウソクをともし、先生がその子供にあった「誕生の詩」をプレゼントする。贈られた子供のほうは、その後1年間、週1回、この詩を朗読する。わが子の7才の誕生日(1年前)には、こんな詩が贈られた。

Baby buds abound in plenty,
Bringing promise of rich bounty,
Bending buds begin to open,
Sun's warm beams and power absorbing.
Bulging buds appear with colour,
Bearing beauty, bloom unfolding.
Bursting buds, parade all proudly,
Pretty trumpets shining brightly.
posted by ヒロさん at 08:05 | Comment(10) | TrackBack(0) | シュタイナー

2006年01月28日

第2言語の習得過程:「心のストーリー」で加速する子供の英語

わが子がイギリスに来てから2年と3ヵ月が経過し、現在小学2年生だが、最近英語の上達が目覚しく、もはや私では太刀打ちができなくなってきている。

この2年間、私にはそれなりの親の「権威」があって、訊かれた単語の綴りは即座に「エッヘン」と答えていた。このブログを書いている途中にも、クレーンってどう書くの? ウォッチは? マウスは? エンヴェロップは?・・・と妨害工作を仕掛けてくるのである。そのたびに、私は「ヴィクトリーはね、V・I・C・T・O・R・Y、サインはV!」といった説明を余儀なくされている。

いちおう翻訳・通訳まがいのことをやったことがあるので、それなりに語彙はあるが、子供が学校から持ち帰る単語は「なんざんしょ?」というものがたくさんある。わが子がピカピカの1年生になった第1週目のこと、先生のお話で「ウォーツ」って何度もいっていたんだけれど、それなーに、と訊かれた。30分以上も調べて、やっとこさ「wart(イボ)」の複数形であることを突きとめた。

同じく1年生のときに、クラスの電話連絡網で「明日、ニッツの検査がありますから」と連絡が回ってきた。「ニッツ」って、編み物(knit)の複数形か、なんて思ったがどうも話が通らない。卵がどうのこうの説明されたので、シラミの卵(nit)であることがわかった。シラミ持ちが結構いるんですよー。

私もこの年になるまで海外生活を1度もしたことがなかったので、生活用語で知らない単語が山ほどあって当然だが、最近太刀打ちできなくなっているのは、弾丸のように話すわが子の英語のスピードである。「今日先生が教えてくれた詩で、『あqwせdrftgyふじこ・・・』があるんだけど、どんな意味?」と訊かれることがあるが、意味より前に、音の流れが流暢すぎて、聞き取れなくて困ることが多々ある。

この4ヵ月、わが子の英語力はおそろしく加速している。去年の9月頃までは、「buy」の過去形を「I buyed it at the shop....」と言ったりしていて、私も「カワイイやっちゃ」と苦笑いしていたのだが、いまや関係代名詞も、現在完了形も、仮定法現在も完璧である。

もちろん文法がどーのこーのという話ではなく、毎日学校で先生の話を聞き、休み時間に「なわとび歌」をやり、放課後に友達と遊んでいるうちに、加速したものである。加速しているのは「話す」ほうだけではなく、「読む」ほうもすごい。

シュタイナー学校には「教科書」がない。ノートはあるが(少なくとも2年生の時点では)自宅には持ち帰らないので、学校に持っていくカバンに入っているのは、10時のおやつと水筒ぐらいである。教科書もノートもいっさい入っていない。ただし、2年生になってから「秘密兵器」が学校から持ち帰られるようになった。

1年生で「ABC」の大文字と小文字が終わり、2年生の1学期では「筆記体(joint-up)」もやっと終了するという、文字学習は亀のようにのろいシュタイナー学校である。1年生のときには、文字は1週間に2〜4文字しか教えないが、先生は1つ1つの文字から「壮大なストーリー」を語り始める。ちなみに、わが子のクラスでは、1つ1つのアルファベットには、以下のような「絵文字」が対応していた。

A=Angel(天使)、B=Butterfly(チョウチョ)、C=Cockcrow(鶏鳴)、D=Dog(イヌ)、E=Eagle(ワシ)、F=Fish(サカナ)、G=Goose(ガチョウ)、H=House(家)、I=Iris(アイリス)、J=Jay(カケス)、K=King(王様)、L=Lion(ライオン)、M=Mountain(山)、N=Net(網)、O=Ogre(人食い鬼)、P=Prince(王子)、Q=Queen(女王)、R=Rabbit(ウサギ)、S=Swan(白鳥)、T=Tree(木)、U=Ukulele(ウクレレ)、V=Valley(谷)、W=Wave(波)、X=Fox(キツネ)、Y=Yacht(ヨット)、Z=Zigzag(ジグザグ)

「S」の文字を扱うときには、美しい「白鳥」の黒板画を描きながら、その中に「S」という文字を「隠し絵」のように忍ばせ、先生の裁量でさまざまな創作童話を語っていく。そして子供たちも「白鳥」のお絵描きが始まる。なんとも、まあ、悠長な授業である。

「本を読むこと」は2年生から始まるが、「Reading」は主要な科目ではない。わが子のクラスでは、レベル別に3つのグループに分かれて、本を読む練習をときどきしているという。で、私が最近感心している「秘密兵器」とは、月火水木の週4回、学級文庫から好きな本を子供に選ばせて、家に持ち帰らせるという、「永続的な読書週間」が続いていることだ。

本といっても、20ページ程度の薄手の小型絵本だが、わが子の場合はこの面白さにはまっていて、毎日これを読むのを楽しみしている。本はさまざまなシリーズものになっていて、1冊が終わると、シリーズの別の本が気になる「仕掛け」になっている。どんなに短い本とはいえ、すでに30〜40冊を読みきっていることになり、わが子の場合、黙読のスピードも、音読のスピードも、最近おそろしく速い。

むろん、すべての子供が読書好きになるわけではなく、ネイティブで「ディスレクシア」に近いクラスメートもいれば、持ち帰ってはいるが、ほとんど読んでいないという子供もいるだろう。一方、中には、すでに6年生並の読書力がある子供もいて、字の小さい100ページ以上の「ペーパーバック」を例外的に渡しているという。

わが家では、日本にいるときから「英語教育」をしたことはない。イギリスに来てからも、英語の絵本を図書館から何十冊も借りてきたが、英語で読むと「わからないからイヤだ」と拒否されるので、もっぱら私が「同時翻訳」でお話をしてきただけである。

英語自体の話ではないが、3才ごろより毎晩欠かさず(日本語による)ベッドタイム・ストーリーをやってきたことの効き目が多少あるのかもしれない。イソップ童話であれ、グリム童話であれ、イギリス民話であれ、日本の昔話であれ、いちおう一通り終わって、何度も繰り返しで読んでいる。「文字を読む技術」ではなく「心の中のストーリー」が加速しているようなのである。

涛川栄太(なみかわえいた)という人がある本の中で、小学6年生になるまでお母さんヒザの上で、お話を読んでもらっていた、と書いていた。母親から彼に伝わったであろう「お話好き」の気質は、中学・高校時代に一気に加速したようで、1日に4〜5冊読み切るのが当たり前になっていったという。

この話はそう簡単にマネができないが、子供が小学校に進んでも「読み聞かせ」をやめずに、自分が子供のときに感動した本をわが子に読んで聞かせて、自らも童心と恍惚の思いに浸れることができるとすれば、贅沢な楽しみである。

わが家では、子供に語り継ぐ「遺産」として、(あまりペースを急がずに)ローラ・インガルスの『大草原の小さな家』シリーズが進行中である。高学年になると『ドリトル先生』が待っている。いずれも配偶者の好みだが、私の場合は、世界中の「民話・説話」短編集あたりかしらね。

■追加1:外国に住むと、コトバの習得では「親は子供にすぐに追い抜かれる」という話はよく聞いていた。そしてシュタイナー学校は読み書きが弱い、という巷のウワサも聞いていた。ところが2日前に私が『子供のなわとび歌』という薄い英語の本を自分用に買ったのだが、これをあっという間に子供に読まれてしまい、私自身が焦っている。そんな驚きから書いてみました。(親バカです)

■追加2:小2の「Reading」の授業の進め方だが、難・中・易の3グループに分かれ、机の上にどっさりと本を積み上げておき、あとは子供に勝手に選ばせる。「難」グループは放置プレイで、「中」と「易」のみに先生が介入する。わが子からの情報によると、1学期(9月〜12月)は金曜日の1コマに「Reading」があったが、2学期はもうやっていないとのこと。
posted by ヒロさん at 11:02 | Comment(8) | TrackBack(0) | シュタイナー

2006年01月26日

古きよきソロモンの知恵に預かる「売りキチ」兄弟たち

本日は、松本大(マネックス証券)をアゴで使う財閥ネットワークの整理です。

図表の右半分は、1990年の株式バブル崩壊の犯人「ソロモンブラザーズ」だが、この会社のお得意は「国債」。80年代に、アメリカ国債を日本の銀行・生保に(強制的に)売りつけた「売りキチ兄弟」で、超円高のおかげで、買い手は目も当てられない大損害を被った。

「株式バブル」を壊すテクニックは、「膨大なる国債の投売り」で長期金利を一気に引き上げ、これと同時に現物株と借株を大量に売りまくるという手法だった。株価を暴落させるために「国債」を使うという「ソロモンの悪知恵」は、旧約聖書を読んでいる個人投資家でもご存知あるめぇ。キチ外に刃物、売りキチ兄弟に国債、である。



この「売りキチ兄弟」の会長ウォルフェンソーンは、ソロモンを卒業したあとは、FRB(連邦準備制度理事会)の議長ポール・ヴォルカーやヘッジファンドの巨人ジョージ・ソロスと手を組んで、ウォール街の買収再編の仕掛け人となる。世界銀行では10年間総裁を務め、世界中の「市場を荒らし」を推進する。

マネックス証券の松本大が「ネ申」と仰ぐジョン・メリウェザー(通称JM)は、国債をこねくり回す犯罪で引責辞任となるが、犯罪者精神が旺盛で、LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)というヘッジファンドをつくり、大財閥のご用聞きとなる。

サンプラザ中野VS松本大(スペシャル対談):第1回ヘッジファンドのドリームチーム「LTCM」
<ジョン・メリウェザーが率いる超優秀な人材たち>

松本:僕の師匠は、ジョン・メリウェザーという人です。
中野:あ、ぼく、知りません。
松本:LTCMって聞いたことありませんか?
中野:ありません。
松本:ロングターム・キャピタル・マネジメント。「ドリームチーム」と呼ばれたヘッジファンドです。ジョン・メリウェザーという人が率いてたんですけど、彼は、若くしてソロモンブラザーズの副会長だった人で、ソロモンブラザーズが'92年ぐらいに、米国債の不正入札っていう事件を起こして、その引責で辞めさせられた人なんですけどね。で、彼のもとに、ノーベル賞学者がふたり。
中野:ノーベル経済学賞?
松本:ええ。ブラック-ショールズモデルっていう、オプションの理論を確立した学者コンビの片割れマイロン・ショールズ、それにロバート・マートン -- 現代金融数学のいちばん有名で、優秀な人たちです。彼らはLTCMに参画したあとにノーベル賞をとりました。
中野:そうなんだ〜。
松本:ほかにも、FRB(連邦準備制度理事会)の副議長をやっていたデビッド・マリンズだとか、ジョン・メリウェザーの下にいたソロモンのいちばん優秀なトレーダーたちが集まって、ロングターム・キャピタル・マネジメントというチームをつくったんですね。「ドリームチーム」と呼ばれて、日本でもいろんな雑誌が書きたてました。ノーベル賞学者までいる、ピカピカだ、と。そして、世界中のいろいろな投資家は、「お願いだから!」と、彼らに自分のお金を運用してもらいたがったんです。

この「ドリームチーム」は、ロシア投資に失敗し、1998年8月に推定4000億円の赤字を抱えて破綻する。(ご参考:ロング・ターム・キャピタル・マネジメント破綻) 松本大の師匠は、債券で「不正入札」をするわ、ノーベル賞の数式で煙をまいて客に大損をこかせるわ、なるほど反面教師として学ぶところがたくさんある人物である。

この破綻事件の顛末だが、アメリカ政府の通達を受けた財閥金融機関が、「穴を埋める」べく資金拠出を行って事なきを得たという話になっている。松本大が信じるストーリーによると、ジョン・メリウェザーはその後の投資運用で借金をすべて返したから「すごい」のだという。

この事件はBCCI事件(1991年)に匹敵するインチキな事件である。ジョン・メリウェザーには、首にナワがついているのではなかろうか。借金を返しきっていないので、財閥にノルマを献上するべく「売り仕掛け」を命じられたのかもしれない。日本には彼に忠実な「お弟子さん」がいるので、師弟の再会の感涙がきわまり、古きよきソロモンの栄華を偲んで「売りキチ」をやってしまったのであろう。

図表の左半分は、この「売りキチ」ブラザーズを呑み込んだ、サンフォード・ワイル(Sanford Weill)帝国の推移である。最初は証券会社のいちオーナーであったワイルだが、アメリカン・エクスプレスで修行を積んだあと、あれよあれよと拡大し、シティバンク(CitiCorp)すらも傘下に入れてしまった。ホリエモンが夢見ていた世界一の企業とは、「ワイル帝国」のことだったのか。

いや、ホリエモンが目指していたのは「リーマン帝国」かもしれない。リーマンをただの証券会社・投資銀行だと思ったらおおまちがい。世界最大級の金融財閥「リーマン」さまは、日本人を奴隷にすべく、今日も朝から大忙しである。リーマンをなめたらあかんぜよ。(そのうち「Lehman Brothers」もまとめるね。ではでは)
posted by ヒロさん at 07:42 | Comment(7) | TrackBack(4) | 経済・ビジネス

2006年01月24日

外資証券会社は「軽マン」か、それともウブな「バージン」か?

80年代前半の株式市場は、日本の4大証券が取りしきっていた。野村、大和、日興、そして今は亡き山一。現在、かろうじて純血を保っているのは野村だが、大和と日興は混血となり、山一は「メリルリンチ日本証券」となって、青い目の証券会社となった。

当時、外資証券といえば「メリル」だった。これから「南京虐殺映画」に出演するというメリル・ストリープの綴りは「Meryl」だが、苗字としての「メリルさん」もたくさんいて、そちらは主に「Merril」。そしてアメリカ証券界の巨人はエルがダブる「Merrill」である。

メリルリンチは1964年に日本駐在所を設立し、1972年には外資初の証券会社として認可を受け、以後10年間、日本株の対外窓口を独占していた。が、80年代になると、バブル経済を見込んで、ゴールドラッシュのように外資証券が参入してきた。ジャーディン・フレミング、ソロモン・ブラザーズ、ゴールドマン・サックス・・・・。外資証券は山ほどできあがったが、彼らは個人投資家を扱うリーテイル業務には興味がなかった。

現在、日本に群がる主な外資証券会社は、以下の通りだ。

ウィキペディア:証券会社
日本で営業する主な外国証券会社
  • UBS証券(旧「UBSウォーバーグ証券」)
  • インスティネット証券
  • ウェストエルビー証券
  • ビー・エヌ・ピー・パリバ証券
  • HSBC証券
  • J・Pモルガン証券
  • カリヨン証券(旧「クレディアグリコルインドスエズ証券」)
  • クレディ・スイス・ファースト・ボストン証券
  • KBC証券
  • ゴールドマン・サックス証券
  • コメルツ証券
  • シティコープ証券
  • ソシエテジェネラル証券
  • ドイツ証券
  • ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン証券
  • バークレイズ・キャピタル証券
  • バンクオブアメリカ証券
  • マッコーリー証券
  • メリルリンチ証券
     (ヒロさん注:「メリルリンチ日本証券」とは別会社)
  • モルガン・スタンレー証券
  • リーマン・ブラザーズ証券

  • 彼らは個人投資家という「クズ」は相手にしない。法人の大口を狙い、これに自己売買をかませ、先物・オプションのディリバティブを買いまくる。そして、どんなに儲かっても日本に税金を落とさない。

    税制調査会:第1回金融小委員会議事録(2001/6/5)
    ・・・外国から日本に投資した場合に、日本で得られる所得を実質的に経済的に非課税とするスキームがかなり幅広く利用されているという現状がございます。<中略>
     最近、日本で活動している会社の中に、例えば何とか証券株式会社という形ではなくて、何とか証券会社というところが多々あるわけです。これはいいとか悪いとかということで申し上げるわけではありませんけれども、何とか証券会社というのは株式会社ではありません。なぜかというと、日本法人ではなくてケイマン法人だからでございまして、ケイマンにダミーのペーパーの本店をつくって、その支店が日本で大々的に活動している。実質は日本法人なのですが、あくまでも設立準拠法はケイマン法で、その支店のみが活動しているわけです。
     なぜこんな形態をとるかというと、支店から本店への送金については、これは単なる送金ですから、源泉徴収がかからないということで、この本店・支店構造を使った節税というのがございます。

    たとえばゴールドマン・サックスの場合は「ゴールドマン・サックス証券東京支店」になっているが、本社・本店はどこにあるのだろうか?

    資料は若干古いが、『金融財政事情』(2000年8月7日号)の資料をもとに、大手外資証券の正式名称、日本での免許年、登記などをまとめてみた。 (ネットソース:「外資金融企業の日本進出状況」p64、pdfファイル

    ◆主な在日証券会社(2000年7月現在)
    会社名/( )は親会社の所在地免許年登記備考
    Merrill Lynch Japan Inc.(米)1972??米国最大手、1997年に山一を継承。
    Jardine Fleming Securities Asia Ltd. (英)1981バミューダ英商業銀行の老舗
    Nikko Salomon Smith Barney Ltd.(米)1982ケイマンシティグループと日興證券の合弁(旧Salomon Brothers Asia)
    Goldman Sachs Japan Ltd.(米)1983バージン代表的な米投資銀行
    Morgan Stanley Dean Witter Japan Ltd.(米)1984ケイマン代表的な米投資銀行+証券会社
    Paine Webber Asia Ltd.(米)1985香港東証非会員/米大手証券会社
    Credit Suisse First Boston Japan Ltd(米・スイス)1985??クレディスイス傘下の米投資銀行
    Schroders Japan. Ltd.(英)1985ケイマン英商業銀行の老舗
    ING Baring Securities Japan Ltd.(英・蘭)1986ケイマンベアリングは英商業銀行の老舗
    Deutsche Securities Ltd.(独)1985香港ドイツ銀行傘下
    ABN AMRO Securities Japan Ltd.(蘭)1986香港ABN AMRO 傘下
    Dresdner Kleinwort Benson Asia Ltd.(独・英)1986香港独ドレスナー銀行傘下の英商業銀行
    Barclays Capital Japan Ltd.(英)1987ケイマン英バークレーズ銀行傘下
    BNP PARIBAS Securities Japan Ltd.(仏)1987香港BNPパリバ銀行傘下
    Fidelity Brokerage Service Japan LLC.(米)1997??東証非会員/米大手投資信託会社
    UBS Warburg Japan Ltd.(スイス・英)1998ケイマンUBS 銀行傘下の英商業銀行
    IBJ Nomura Financial Products plc.(日)1999イギリス興銀、野村證券の在英共同出資会社の日本支店

    日本の大手外資証券会社は、ほとんどすべてが西インド諸島(バージン、ケーマン)、バミューダ諸島、香港に登記されている。例外は、山一証券を引き継いだ「メリルリンチ日本証券」(これはメリルリンチ証券とは別)と、イギリスから「逆輸入」の形で乗り込んだ「IBJ野村」ぐらいだ。

    「ゴールドマン・サックス証券」の英文正式名称は「Goldman Sachs Japan Ltd.」である。「〜 Japan Ltd.」と書いてあると日本にある法人のように錯覚する。「東京支店」とあると、アメリカの Goldman Sachs の東京支店のように思い込む。これが彼らの目くらましなのだ。

    バージン(Virgin Islands)、ケイマン(Cayman Islands)、バミューダ(Bermuda Islands)は、タックスヘイブンとして有名なイギリスの植民地で、カリブ海の島々である。トム・クルーズ主演の映画『The Firm』にもケイマン諸島は登場していた。税金を払いたくない多国籍企業群が、ペーパーカンパニーとして、登記に利用しているのだ。

    日本の証券会社が外資に浸食された理由は多々あるが、所得税を払わない企業群に市場を占有された場合、資本の競争原理から見て、そう簡単に勝てるものではない。税金無用に加えて、見せ板規制も、自己売買規制も、証券会社間の談合規制も何もない、やりたい放題の「無法地帯」であることがわかって、この「黄金のジパング」の国に世界中の金融グループが殺到しているのである。

    この「無法地帯」をどこまでも長引かせることに協力してきた連中が、ウヨウヨいるのである。金融庁にもいい加減に目を醒ましてもらわねばなるまい。

    朝日:与謝野金融相「東証は外部識者の活用を」(2006/1/22)
     与謝野金融相は22日、NHKテレビ番組で東京証券取引所の売買停止問題について発言し、東証改革のため外部の有識者が問題提起する組織をつくるよう求める一方、市場の不正取引を監視する証券取引等監視委員会を強化する方針を示した。<中略>
     証券取引等監視委については「米国と比べると人数も少ない。本当に行き届いた監視ができているか。監視態勢が手ぬるい」として、「調査や捜査能力をもう少し与えた方がよいのではないか」と語った。

    ■付録:マネックスの自己売買



    マネックスは先物・オプション売買はやらないと思っていたのだが、1月23日は、コール15000円を1枚だけ買っている。あまりにもかわいい。これは顧客からの注文か、それとも忍び足の自己売買か?

    ■ゴールドマンサックスの詐欺事件
    Stock Fraud Newswire:Goldman Sachs securities fraud
  • Goldman Sachs stock fraud guaranteed the client companies continued investment funds from shareholders, while selling the shareholder bad stocks.
  • Goldman Sachs stock fraud in IPOs includes inappropriate gifts of IPO stock to executive clients, such as Ford.
  • The Goldman Sachs stock frauds also allegedly inflated stock prices as soon as the IPO hit the market.
  • The various Goldman Sachs stock fraud tactics resulted in the loss of millions of dollars by investors―victims of Goldman Sachs stock fraud include both individuals and client companies.
  • Goldman Sachs Japan (December 19, 2001)
    During the period from 14th November 1998 to 31st July 2001, when executing short-selling of stocks for its own account, Goldman Sachs Securities had failed to disclose the fact of short-selling to stock exchanges.
    posted by ヒロさん at 05:48 | Comment(13) | TrackBack(1) | 経済・ビジネス

    2006年01月23日

    ホリエモンは推定無罪:GSとマネックス証券の「暴落」仕掛け

    前回エントリのタイトルに「牛を殺すミトラ」を入れて、今回は神話・民俗学の話に振るつもりでいたのだが、予定変更である。「ほ〜ぅ、はっは〜ん」という驚きと納得の記事を教えてもらったので、今回も株式市場関連でご容赦を。

    株式市場の大暴落も、東証システムの破綻も、すべては「ライブドア強制捜査」をきっかけとした「個人の狼狽売り」が原因である・・・という話が大々的に宣伝されているが、これは実に巧みな情報操作である。みなさん、騙されないように!

    ◆東スポ:「日経平均 株価下落はホリエモンのせいじゃない」 証券関係者が口揃え解説(2006/1/21)(ソース:拙ブログのコメントより)
     ライブドアショックを受けて17、18日の日経平均株価は1000円以上値下がりする場面もあった。個人投資家からは「あの野郎!」と堀江社長を恨む声が聞かれるが、実は株価の激下がりは、堀江社長の逮捕にかこつけたヤラセの可能性が高いことが本紙の調べで明らかになった。

     ライブドアの家宅捜索の影響で日経平均株価は17日に485円安。18日は735円安まで売り込まれる場面があった。この原因はライブドアの強制捜査によって、個人投資家の狼狽売りが多発したためといわれている。しかし、証券関係者からは、原因はホリエモンではないという重大な証言が飛び出している。
     「ライブドアの強制捜査が終わった17日午前、日経平均株価は200円安した後持ち直して、一時前日より70円近く上がっていたんです。しかし午後になって再度急落した。ヒューザーの小嶋社長の証人喚問で安倍官房長官の名前が出てきたからといわれていますが、ホントはこの時を待っていた人物によるカラ売りが原因と噂されているんです」
     その売りを仕掛けたのが、外資系証券会社のゴールドマン・サックス(GS)と、ネット専業のマネックス証券、さらにヘッジファンド界の超大物ジョン・メリーウェザー氏のグループだと関係者は口を揃える。マネックス証券の松本社長はかつてソロモンブラザーズ証券に勤務していたことがあり、ソロモンブラザーズの副会長だったジョン氏とは今も深い仲だ。また、松本社長はGSにいたこともあり、現在も密接な関係にある。GSは政府関係の情報収集能力がダントツといわれており、事前にライブドアへの強制調査をキャッチし、松本氏やジョン氏とともに売りを仕掛けたというストーリーなのだ。
     「日経平均が突如暴落したのはマネックス証券がライブドア株を担保にして、株を購入している投資家に対し、『ライブドア株の担保能力をゼロにする』と発表したのがきっかけ。この瞬間に、ヘッジファンドや外資系証券が、猛烈に売ったことが確認されており、日経平均はその時点から1000円以上も下げた。このグループが儲けた額は100億円以上にもなるといわれています」(同)
     GSが情報をつかみ、マネックスが下げのきっかけを作り、ジョン氏の巨額な資金を使って売りを仕掛ける。アメリカ在住のジョン氏がなぜ17日に特別に来日していたのかも、噂に拍車をかけている。 (以下略)

    暴落前日の1月16日に、ゴールドマン・サックスがアッと驚くような膨大なプット・ポジション(記憶では7000枚前後のプット)を取っていたことは、私もこのサイトで目撃している。

    ゴールドマン・サックスは、かつてはジョージ・ソロスとも手を組んだ、アメリカ最大級の投資集団である。クリントン政権下では、ゴールドマン・サックスの共同会長(ロバート・ルービン)が米政府の財務長官を務めている。

    そしてソロモンブラザーズは「売り仕掛け」がお得意の会社で、1990年からの株式バブル崩壊で先物とオプションを駆使して、推定1兆円の利益を上げた会社である。(参考:1990年の株式バブル崩壊のメカニズム(2005/10/14)) ロスチャイルド系内部の買収再編が続いたため、ソロモンブラザーズ・アジア証券は、日興ソロモン・スミス・バーニーを経て、現在は日興シティグループ証券になっている。

    マネックス証券の松本大氏の経歴は以下のようになっている。

    ¥塾:松本大(マネックス証券代表取締役)
  • 1963年 埼玉県浦和市生まれ。東京大学法学部卒業。
  • 1987年 ソロモン・ブラザース・アジア証券会社(米国)に入社。
  • 1990年 米投資銀行大手のゴールドマン・サックス証券会社に移籍。
  • 1994年 30歳で同社最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)に就任。
  • 1999年 ソニーと共同出資で株式会社マネックスを設立し、マネックス証券株式会社代表取締役社長に就任。
  • 2000年8月 東証マザーズに株式上場、現在に至る。
  • 2001年5月 米経済誌フォーチューンで「次代を担う世界の若手経営者25人」の1人に選ばれた。

  • 松本大は、ソロモンブラザーズとゴールドマンの両方の経歴があり、特にゴールドマンでは「ゼネラル・パートナー(共同経営者)」となっており、単なる転職組や起業家ではない。「秘密結社」の幹部になった以上、一生涯「あちらの世界」から足を洗うことは不可能だろう。

    外資金融の実態については、書くことがたくさんあるので、このシリーズはもう少し続きます。とりあえず、「マネックス金融道」を読んで、繰り返し復習をお願いいたします。
    posted by ヒロさん at 08:06 | Comment(11) | TrackBack(7) | 経済・ビジネス
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