2006年03月31日

ユングの「集合的無意識」と、1916年の「怪奇現象」

イギリスの学校の春休みは、今週の土曜日(4月1日)からだが、今年はかなり遅い。復活祭を基準にして変動するためだ。2005年の復活祭は3月27日だったが、今年の復活祭は4月16日である。

「キリスト教教会暦の移動祝祭日計算」というサイトでザッーと試してみたが、近年で最も「遅い」復活祭は、1943年の4月25日、最も「早い」復活祭は、1913年の3月23日である。「春分」の後の、「満月」の後の、「日曜日」なので、プログラミングが大変だ、こりゃ。

日本では、君が代の「復活祭」によって、神経症の人が花満開になる季節でもある。

東京新聞:教員むしばむ『君が代神経症』(2006/3/23)
 音楽教員の女性は、「10・23通達」以降は「歩いていても『君が代』が聞こえてくる」ようになった。卒業式でピアノ伴奏をする音楽教員は、特に生徒に斉唱強制を促しかねない“加害者”の立場にもなりうる。
 女性教員は、音楽準備室に入り込んでくる虫(カメムシ)が「都教委に見え、見張りに来たと感じる」ような思いに襲われる。

「カメムシが都教委に見える」という現象だが、一笑に付すわけにはいない。いずれユングの深層心理分析によって解明されるときが来るかもしれないからだ。

F・デヴィッド・ピート著 『シンクロニシティ』(サンマーク文庫)
 1906年ごろ、ユングはチューリヒにおける彼の患者のひとり、あるパラノイア精神分裂病者が、頭を左右にふりながら目をほそめて太陽をみているのに気づきました。患者がユングに説明したところでは、太陽はペニスをもち、このペニスは風の起源であり、頭を左右にふることによって彼はこのペニスをうごかすことができる、というのでした。この幻想はまったく非合理的なものだとおもわれました。それでもユングはそれをノートにかきとめておいたのですが、これがその数年後になって、おおきな意味をもつのです。

数年後にどうなったかというと、ユングは、古代ローマで栄えた「ミトラ信仰」に関する文献をみつけたのである。その文献には、「太陽の顔から垂れ下がり、風をまきおこすものとされる、1本の管」のことが語られており、「精神分裂症の妄想」と「太陽神の神話」が彼の中でユーレカ!とつながってしまうのだ。

ミトラは太陽信仰である。ミトラ以外にも、太陽神と巫女が「聖婚」するという神話はたくさん残っている。男性と交わった覚えがないのに子供ができてしまった人は、「聖婚(処女懐妊)」を疑ってみたほうがよい。太陽との「聖婚」に真実を観る人は、太陽のペニスを見てしまうこともありえるのだ。

しかしながら、日本人の中で、太陽の「おちんちん」を幻視する人は少ないのではないか。日本の太陽神は「アマテラス」という女神なので、見えたとしても「めちんちん」ではなかろうか。(太陽を見つめながら、頭を左右上下に振ってみてちょうだい。見えた人は、こっそり教えてね)

人間の深層心理には、いろいろなものが潜んでいる。フロイトは、生まれて以来「自覚」からはずれてきた経験や欲望がぎっしり詰まっているとみる。一方、ユングは、個人のこころに1度も上ったことのない素材もあるはずだとして、それを「集合的無意識」と名づけた。すなわち、他者や先祖の「記憶」「欲求」「想い」もいっぱい詰まっているかもしれない、ということだ。

自分の心から浮かび上がってくるものが、友人や親の意識であったり、太古からめぐる先祖たちの想いであったりする、ということも考えてみた方がよい。2日前に大学で日本人の集まりがあったが、『オーラの泉』の江原啓之で舞い上がっている女の子がいたので、「彼には能力があるかもしれないが、テレビでやることは、みんなシナリオライターが書いているの!」と一喝しておいた。

GLA(高橋信次・高橋佳子)の「異言」は「演技性の伝染心理現象」の可能性有
  私もGLA内で、過去世誇大妄想狂の女子大生会員や、性格改造セミナーの「洗脳」とGLA活動を両立させる危険な年長会員らと知り合いになる破目に陥った。もちろん、彼らも「異言=特別なステータス」と信じこんでいた。私が異言をしゃべるようになったのは、彼らとのかかわりによる。そうでなければ、決して異言などしゃべらなかっただろう。
 彼らとの交流と並行して、私は信次や佳子の「異言講演ビデオ」や、「異言講演テープ」をさんざん見たり聞いたりしていた。古い先輩会員の中には、販売さえされていない内々の講演録音テープを持っている人がいて、信次や佳子の異言や、佳子に神懸りしたと称する、たどたどしい日本語による、天使、キリスト、賢者のメッセージなるものをたくさん聞いた。
 最初はこわがっていたものの、GLA内部の「異言=実は特別なステータス」という雰囲気を察知するや、私も次第に「異言をしゃべりたい」と思うようになっていた。それが「特別な自分になれる方法」と愚かにも思いこみだした。そうしたら、本当にしゃべれるようになってしまったのだ。

何か共通のものを信じ、分かち合う人たちが集まると、「心の想い」は伝染しやすいものだ。「異言(いげん)」が起こる素地として「特別なステータス」「特別な自分」への憧れや欲求がある、と総括している。

私もGLAとは別の団体で、この「異言」を派手に経験したことがある。出てきたコトバは「擬似フランス語」で、あるセッションで数ヵ月にわたり続いた。なぜ「フランス語」と思ったかというと「Mon Dieu(モン・デュー=My God)」と何度か叫んだからだ。

この団体の中では「異言」の録音は禁止されていたが、私は1度こっそりと録音した。当時の私のフランス語は、NHKラジオ講座4月号レベルである。録音は何度も聞いてみたが、フランス語として意味があるかどうかわからないので、大学のフランス語の教授に聞いてもらうことにした。

教授:「う〜ん、よくわからないね・・・」
ヒロさん:「フランス語ではないということですか?」
教授:「そうでないと思いますけどね・・・」
ヒロさん:「思います、ということはフランス語でない、ということなんでしょうか!」
教授:「このことに関して、親御さんとかは、何て言ってます?」

真意を確かめたい思いで語気を強めた私だったが、教授の方は「あなた、そんなことをやっていて、大丈夫なの」と心配してくれたようである。

私が関わった団体は、GLAのような「異言専門」ではない。私以外にも「別の人格」がベラベラしゃべりだす人はいたが、みんな日本語であり、「外国語の異言」が起こったのは私の知る限りでは、私だけだった。けっこう強烈な経験だったので、いままであまり総括してこなかったのだが、この背景をまとめると、次のようになる。
  • 「霊障解消」の団体なので、参加者全員に「霊が憑いている」ことが共通認識になっている。
  • すでに、他の人に憑いている霊が「語る」場面を、何度も目撃していた。
  • 霊は「語る」ことによって、癒され、納得し、最終的には離脱していくので、はやく自分にも起こってほしいという羨望があった。
どうして擬似フランス語になったのか、という理由だが、
  • フランス語を含む国連5ヵ国語は、必ず全部マスターしたい、そして世界のために役立ちたい、という私の強い想いがあった。
  • 数ヵ月前に映画『ナイル殺人事件』(英語)を観たが、一部にフランス語のシーンがあり、フランス語の響きに胸がキューンとした。
  • この映画を劇場で録音し、英語の勉強のために、何度かプレイバックしていた。
  • 自分にフランス語を話す霊が憑いていることが、霊世界の実証にもなり、かつ自分にだけ「特別に」起こっていることが誇らしく思えた。
などが挙げられる。この「異言劇」の顛末だが、この団体に所属するベルギー人(フランス語のネイティブ)が私の霊を「諭す」ことになり、本場のフランス語で質疑が始まったのだが、ついぞ私の口からは、彼の質問に答えるまともなフランス語は何も出てこなかった。それ以来、この擬似フランス語のご霊さんは、徐々におとなしくなっていくのである・・・。

と、このように総括することは可能だが、「フランス語の響きに胸がキューンとした」という経験自体は、不思議な青春の1ページとして今なお大切にしている。その後、フランス語はまったく上達していないが、「フランス語」のことはずっーと気になっているのである。

いわゆる「憑霊」による口寄せ現象を「潜在意識」で片づけるのは簡単だが、「潜在意識」を経由して出てくるものが何なのかは定かではない。

1) 生まれてからの経験や想い
2) 先人たちの集合的な想い(ユング)
3) 現在生きている「ほかの人」の意識(以心伝心)
4) 他人の念が生み出したバーチャル人格(呪詛、生き霊)
5) 死者が残した怨念(霊のように見える意識の残像)
6) 死者の魂(いわゆる霊)
7) アカシック・レコード(霊界のデータベース)
8) 前世の記憶

という風にいろいろ考えられる。人によっては5〜8は「論外」かもしれない。私はとくに4に注目している。

『呪いの研究:拡張する意識と霊性』(中村雅彦)を読んでみると、「呪詛」「生き霊(いきりょう)」の伝統が今なお受け継がれていることがわかるだろう。「恨み」や「呪詛」で出来上がったものは、生身の人間と変わらない「バーチャルな人格」を持つこともある。ゆえに「霊」や「前世の記憶」というように、単純に決めるわけにはいかない世界である。

ユングという人もまた、凄まじい「霊体験」の持ち主である。「自分の死後に出版するように」という条件で書かれた彼の自叙伝 『思い出、夢、思想(英題:Memories, Dreams, Reflections)』には、1916年の怪奇現象が記されている。

1916年のある金曜日のこと、ユング家には異様な空気が漂っていた。その夜、長女が部屋で「白い物体」を見る。次女は眠っている布団を、何者かに、2度にわたってはぎとられる。長男は悪夢にうなされる。

土曜日の朝、普段は絵を描くことのない長男(9才)が、母親にクレヨンと紙を要求し、昨晩に夢で見たという光景を描き始める。悪魔、魚、川、天使などが登場する。

日曜日の午後、ドアのつり鐘ベルが、大音響を立てて鳴り始める。ユングはドアに誰もいないのに、このベルが大きく揺れて鳴るのを目撃する。空気は息ができないほどネットリと重苦しくなる。

◆C.G.Jung 『Memories, Dreams, Reflections』 p216
As for myself, I was all a-quiver with the question: "For God's sake, what in the world is this?" Then they cried out in chorus, "We have come back from Jerusalem where we found not what we sought." That is the beginning of the Septem Sermons.

ユングが「これは一体何ごとだ」と自問すると、「彼ら」が一斉に叫んで答える。「私たちはエルサレムから帰ってきた。エルサレムには探していたものがなかった!」という。この「彼ら」の叫びを「耳」で聴いたのか、それとも「心の中」で聴いたのかは、定かではない。

いずれにせよ、この夜から3日間、ユングは内なる声に従って『死者たちへの7つ説教(英題:Seven Sermons to the Dead)』を書き上げるのである。そして書き始めると、怪奇現象はピタリと音沙汰もなくやんでしまうのだ。

『死者たちへの7つの説教』では、アブラクサス(Abraxas)の神が頻繁に登場する。ヘッセの『デミヤン』にも登場する古代の神である。私は『7つの説教』が、いわゆる「自動書記」で書かれたものではないか、と想像している。

このような「霊現象」を、ユングは自分の中の「無意識」の反映として説明しつつ、さらに、自分を超えた「無意識」の世界を追及していくのである。1916年のこの衝撃的な事件は、その後の彼の研究・著述の中に縦横無尽に織り込まれていくことになるのだ。

■参考:
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2006年03月29日

「朝日」ともあろうものが・・・社長御曹司は「麻薬」の庭で

『トムは真夜中の庭で(Tom's Midnight Garden)』という児童文学がある。知り合いの家に預けられたトムは、ベッドに入りながら、深夜12時に「ボーン、ボーン、ボーン・・・」と鳴る古時計の音を何気なく数えていた。ところがある日、12回ならぬ13回の「ボーン」を聞いてしまったのだ。こっそりと庭に出てみると、そこには異次元の世界が開けていた・・・、というお話。

この怪奇現象が、つい最近、わが家でも発生した。深夜の12時が過ぎて、3月26日になったそのとき、12時ちょうどのはずのパソコン時計が、ふと見ると13時(=1時)になっているではないか!もしかしたらと、こっそり庭に出てみると、そこには星降る満天の空が広がっていた・・・・。

映画の『スターゲート』ではない。ただのサマータイムの時間調整である。不思議なことに、日本のことがいっそう身近に感じられてしようがない。それもそのはず、日本との時差が9時間から8時間に縮まったのである。

朝日新聞の社長の御曹司が、大麻不法所持により渋谷で逮捕されたと聞いて人ごとではない。私も渋谷に住んでいたし、朝日新聞に入社した友人が、以前、やはり大麻不法所持でお縄になったからだ。

サンスポ:朝日新聞社長の長男が大麻所持逮捕−薬物事件で執行猶予中だった(2006/3/29)
  10日午後10時半ごろ、渋谷駅近くを1人で歩いていた男を、巡回中の警察官が「怪しい」と直感して職務質問。ポケットなどに乾燥大麻約1・5グラムがあり、大麻取締法違反の現行犯で逮捕した。
  目黒区に住む自称テレビディレクター、秋山竜太容疑者(35)。帰宅途中で「自分で使うためでした」と供述。また、尿検査で合成麻薬MDMAの使用も判明。8日ごろ、地下鉄渋谷駅近くで外国人から買ったMDMAを1錠のんだという。東京地検は28日、大麻取締法と麻薬取締法違反の罪で起訴した。
  ありふれた薬物事件だったが、この日になって意外な展開。竜太被告は、朝日新聞の秋山社長の長男とわかったのだ。しかも別の薬物事件で有罪判決を受け、猶予期間中の再犯だった。捜査関係者は「報道関係者の問い合わせで初めて、秋山社長の長男とわかった。本人は一切親の話はしていなかった」と明かす。

自称テレビディレクターなので、もしかしたら、以下のような筋書きがあったのかもしれない。元朝日新聞記者の本を引用しておく。

烏賀陽弘著『「朝日」ともあろうものが。』(徳間書店)p119−120
  94年、2年間のニューヨーク生活から東京に戻ってきたぼくが仰天したのは、街をふつうに歩いていても、ドラッグの売人がごろごろいる、ということだった。渋谷のセンター街、上野公園、新宿駅前といった、裏通りでも何でもない盛り場をぶらぶらしていると、10分もしないうちに、中近東系の顔をした外国人が「クスリ、いらない?」と声をかけてくる。<中略>
  そこでぼくは、よれよれのジーンズで上野公園や新宿、渋谷を歩いて売人に接触することにした。記者であることを名乗らない覆面取材である(もともと普段はそういう恰好なので、変装ではないのだが)。売人とのやりとりを実際に経験して、その一部始終を書こうと思ったのだ。
  キョロキョロと物欲しげな顔をし、ブツブツと独り言を言いながら、できるだけ、挙動不審に、上野公園を歩いてみたら、中近東系外国人の若者が5分もせずに近寄ってきた。
 「クスリ、どう?」
 「クスリって、何があるの」
 「マリファナ、ハシシ、スピード、コカイン、ヘロイン。何でも」
 「ほんと?」
 「ホントウね」
 「じゃあ、ブツを見せてくれるかな」
  彼の案内で、公園近くの雑居ビルの階段をあがった。うす暗い踊り場に、デパートの紙袋が隠してあった。彼はそこから小さなビニールパックに小分けされた白い粉、黒い樹脂、乾燥植物と、デパートのようにドラッグを取り出した。
 「ほら」
  売人はチョコレートのような破片をぼくの手にのせた。匂いをかぐと、アメリカで覚えのあるハシシ(大麻樹脂)である。本物であることがわかると、ぼくの背中に冷たい汗が流れた。いま警官が踏み込んできたら、ぼくは大麻の不法所持で現行犯逮捕である。
  ぐっと平静を装って、品定めするふりをする。もちろん買わない。怪しまれないよう、値段の交渉をして、「高すぎるので今日はやめておく」「カネができたらまた来る」とその場を離れた。その後数回上野公園に通い、新宿や渋谷でも似たようなことをやってみた。ぼくと売人が交渉しているところをカメラメンに隠し撮りしてもらった。
  その一部始終は『アエラ』94年11月28日号に「ニッポンは麻薬天国」という9ページの記事として出ている。「麻薬は絶対悪」という浅薄な論に与するのもいやだったので、こうした薬物が宗教や芸術にどうかかわってきたか、という歴史も2ページ書いた。反響は凄まじく、英字紙に翻訳され、そこからヘラルド・トリビューン紙や韓国のテレビ局が取材に来た。

秋山竜太の場合は、社長の勅命で取材をしていたにちがいない。第2の「麻薬天国ニッポン」キャンペーンを繰り広げ、ニューヨークタイムズのオーニシに記事を書かせ、韓国のテレビ局にネタを売る予定だったのが、取材協力の謝礼のつもりでちょっとだけ大麻を買ってしまったところが、愛国市民の密告でお縄となった・・・・というシナリオである。

私の推理はじつに冴えわたっている。えっ、私の脳内妄想? あれっ、柱時計の音が「ボーン、ボーン、ボーン・・・」と13回聞こえる。ちなみにイギリスのわが家は、グリニッジ線の上に位置している。すなわち東経0度(正確には0゜0' 01'')である。0度線の上では不思議なことがよく起こるのである。

■追加:「麻薬天国ニッポン」宣言
麻薬は
感情的で、
残酷で、
ときに無力だ。

それでも
私たちは信じている、
麻薬のチカラを。

「麻薬天国ニッポン」宣言 日新聞
posted by ヒロさん at 08:03 | Comment(7) | TrackBack(5) | 報道・メディア論

2006年03月27日

敵は「輪廻転生」なり!不可触民の大菩薩アンベードカルの闘い

現代の輪廻転生観の主流は、1つの自我をもつ「個体」が、あの世や過去世の記憶を宿しつつ、別の胎児の中に入り込んで「生まれ変わる」という考え方であろう。きわめて個人主義的な輪廻転生である。

類魂とは何か:生まれ変わりの謎を解く その1
再生(生まれ変わり)に関して、大きく分けて五つの考え方があると思います。
1.輪廻転生説・・・・人間や動物として、何回も生まれ変わる。
2.全部的再生説・・・・同じ人間が、自分の個性を持ったまま何回も生まれ変わる。
3.部分的再生説・・・・再生に際して、未浄化の部分が出てくる。
4.創造的再生説・・・・ある霊のカルマのパターンを、分霊(霊的な種のようなもの)に託して、母胎の中の胎児に宿す。
5.再生など無い・・・・という説。

植物や鉱物にまで転生する「アニミズム」的なものや、魂が「ひと滴」としてあの世の海に溶け合い、新たな「ひと滴」としてこの世にやってくる、という考え方もある。

上記2番目の「全部的再生説」にこだわると「需給問題」が深刻である。現在地球上にいる65億人の全員が「生まれ変わり」だとすると、これに1対1で対応する「前世」が果たして供給できるのだろうか、という懸念があるが、

  • 水星、金星など別の惑星を含めて生まれ変わりの需給がある
  • レムリア、ムー、アトランティス時代の魂が特別に転生してきている
  • この世に救世主が現れるので、本来霊界で贖いすべき霊が、ほとんどすべてこの世に生まれている(よって霊界はスカスカ状態)

    という説明も現れるのである。生まれ変わる「周期」と「回数」も、各教団や指導者でさまざまで、300〜500年ごとに5〜6回というところもあれば、死んだらすぐに生まれ変わり、回数は無制限というところもある。シュタイナーは、天災・事故などの不慮の死を遂げた場合に限っては、あの世に行かずに、すぐに「ふりだしに戻れ、再プレイ」があると言っている。

    輪廻思想は「他者の中に自己をみる」「他者をいつくしみ、憐れむ」ことにもつながる思想だが、過去の王族が再び王族として生まれ、農民はいつも農民ならば、霊界版「大富豪・大貧民ゲーム」としてあまり面白いものではない。

    チベット仏教のダライラマは「観音菩薩」として次のダライラマに生まれ変わる。あまり知られていないが、チベット仏教では、もう1つ「阿弥陀如来」が生まれ変わるパンチェンラマもいるが、中国共産党の陰謀で2人の生まれ変わりが発生してしまった。また、亡命中のダライラマは高齢になっており、次にどこの誰に生まれ変わるのか、チベットの人たちはみな憂慮しているという。

    『ダライ・ラマ自伝』(文春文庫)p336
    新しい化身は前者の死後1年かそこらで普通はだれかの胎内に宿ると考え、これは経験上その期間がわかっており、それをもとに時間帯が推定される。で、もしラマXがY年に死ねば、彼の次の化身は18ヵ月から遅くとも2年以内にはどこかに生まれているだろう、ということになる。

    この話を逆算すると、死後8〜14ヵ月の「休憩」をへて、次の転生が始まることになる。

    スピリチュアリズム・ニューズレター21号
     輪廻思想では、人間は解脱できないかぎり、肉体の死とともに一定の期間を経て、次の輪廻の世界に生まれ変わることになります。人間が輪廻する以上、 前世と現世・来世との間に、何らかの個性の同一性があることを前提としなければなりません。すなわち「輪廻の主体者」としての存在を認めなければなりません。
     では、その輪廻の主体者とは具体的に何なのでしょうか。シャカの死後、この点が大きな問題となりました。私達スピリチュアリズムを受け入れた者にとっては、 「それは霊魂に決まっている」ということになりますが、シャカは霊的自我としての霊魂の存在を認めませんでした。 実際にスピリチュアリズムで言う“霊魂”こそが再生の主体者なのですが、シャカはそれを認めなかったのです。<中略>
     人間は悟りを得て、輪廻のサイクルを脱け出さないかぎり、再びどこかの世界に生まれ変わることになります。仏教では、死後は“中有(ちゅうう)”という時間に入ると考えます。 その長さは49日とされ、その間に次に生まれる場所が決められることになります。そこで少しでもよい所に生まれ変われるように、僧を通じて供養します。 供養は初七日に始まり、7日毎に行われ、49日目に、本人の生前の行為・善悪に応じて生まれ変わる所が決まることになります。

    「輪廻」という考えた方は説いたが、「霊魂」については語っていないとして、仏陀の死後に解釈論争が起こったということらしい。この辺の話は、仏教学者の中村元(なかむらはじめ)の本に詳述されているとのこと。

    ちなみに、上記の「ニューズレター」はシルバーバーチを信奉する人たちによるもので、ご同業の「幸福の科学」(大川隆法)や『オーラの泉』(江原啓之)を批判している。さらに、そもそも49日で生まれ変わるのなら、「あの世で苦しんでいる先祖」を励ますのは49日で十分であり、延々と「先祖供養」でお金を毟り取る仏教教団は、欺瞞の極致である、と強烈に批判している。

    日本テーラワーダ仏教協会:Q&A その22
     仏教、ジャイナ教などで見られるような輪廻転生の概念はVeda聖典の時代でなかったのです。(Orthodox)正統派(主流)のVeda伝統(Brahmanic or Vedic tradition と言います)と違った(heterodox)異統派の宗教思想のなかでのみ輪廻の思考が見えます。<中略>
     文献の設立年代から考えて見ると仏教思想の後になるのです。とにかくバラモン人が輪廻転生を信じていたと釈迦尊が知らなかったのです。バラモン教に驚くほど詳しい釈迦尊が知らなかったということは何を意味しますか?当時ではバラモン人の思想の中で輪廻転生なんかは発展していなかったということです。

    仏教独自思想:
    生まれ変わる意味の輪廻は仏教の独自な思想です。他宗教でも輪廻思想のようものがありましたが、それは不滅の魂の引越しと言う意味の輪廻でした。不滅の魂、実体と言う概念は仏教における「形而上学的」な思想です。何の証拠もない話です。観念です。

    「解脱」に到るまでは、人や動物に何度でも生まれ変わるという思想は、仏教がオリジナルらしい。聖典『ベーダ』には記述がないことから、インドに残ったブラーミニズム、そして後のヒンズー教が頑なに守っている「カルマの輪廻思想」は、仏教からの借用ということになる。

    ネパールの政治文化 第3章「社会経済」(カースト制)
     『マヌ法典』では、人は現世の罪に応じて来世では次の物に生まれ変わる(田辺訳1953、368頁以下;渡瀬1990、154ー155頁)。
  • バラモン殺し → 犬、豚、ロバ、チャンダーラ、プッカサ、(肺病)
  • スラー酒を飲む → 虫、蛾、糞を食う鳥、危険な動物、(歯黒)
  • 黄金窃盗 → クモ、蛇、トカゲ、水棲動物、悪鬼ピシャーチャ、(悪爪)
  • 師の妻との姦淫 → 草木、ツタ、肉食獣、残忍な人間、(皮膚病)
    このように、現世の低い身分、不幸、心身の病気は、すべて前世の罪の報いなのである。

  • 西暦200年ごろには成立していたという『マヌ法典』では、「生まれ変わり」の法則が記述されている。バラモンを殺すとイヌになり、酒を飲むとトリになり、黄金を盗むとクモになり、師の妻を寝取ると草木になってしまう。人間に転生した場合でも、肺病、歯黒、悪爪、皮膚病の症状から、過去の素性が知れてしまう。

    マハトマ・ガンジーが「ハリジャン(神の子)」と呼んだ不可触民は、1930年のイギリスの統計では人口の15%を占めている。「人にあらず」の15%は、すべて前世の報いなのでバラモンに逆らうことはできない。バラモンを殺せば、さらに動物や虫けらに落とされるかもしれないのである。

    現代インドを調べてみると、随所で「15% vs 85%」という比率に遭遇する。

  • 「支配層15%」vs「被支配層85%」
  • 「人でなし=不可触民15%」vs「異教徒を含む人間85%」
  • 「被支配層の公務員15%」vs「支配層の公務員85%」

    1番目の「支配層15%」の内訳は、バラモン5%、クシャトリア7%、ヴァイシャ3%で、「被支配層85%」はシュードラ60%、不可触民15%、異教徒10%である。(1930年の統計)

    2番目の「人でなし」は15%だが、実際はもっと多いと言われている。インドではヒンズーの不可触民よりも、異教徒の方が地位が高い。現代の宗教の内訳は、ヒンズー教82%、イスラム教12%、キリスト教2%、シーク2%、仏教1%となっている。

    3番目の「被支配層の公務員」だが、1949年にアンベードカルが創ったインド憲法によって建前上は「カースト差別」が禁止され、少数派に公務員枠を割り当てる「リザーブシステム」が導入された結果である。それでもなお、公務員の85%は人口15%の上位カーストが独占しているのだ。

    インド政府の発表では「仏教は1%で700万人程度」となっているが、実際は10%を超え、1億を超えていることはまちがいないという。この1億人の仏教徒の源流は、闘う不可触民アンベードカルと、彼を引き継いだ日本人・佐々井秀嶺である。

    アンベードカルはもともと仏教を志向していたわけではない。不可触民を「神の子」と呼び変えて手打ちにしようとしたガンジーと真っ向から対立し、イギリス政府との精力的な交渉でインド初代法務大臣の地位を勝ち取り、奴隷制の元になっている小作人制度やカースト制の改革に尽力した人物だ。

    彼が「ヒンズー教を捨てる」と宣言したときには、イスラム教、シーク教、キリスト教などが秋波を送ったが、彼の最終選択は仏教であった。アンベードカルは、この世を去る直前に『ブッダとそのダンマ』を書き上げた。

    この本は日本の仏教界にも紹介されたが「これは仏陀世尊の説法でも、伝記でもない、アンベードカル思想だ」という批判が相次いだ。いやしくも仏教思想というからには「成仏思想」「往生思想」「輪廻思想」がなけれはおかしい、この3つがない教義は、日本人の心深く流れている「真実の仏教」ではない、というのだ。

    そればかりか、インド下層民衆に仏教が広まっていることを好機とみて、霊友会、立正佼成会、創価学会、天台宗、日蓮宗、浄土真宗、禅宗などの各派が、いっせいに「われこそは本物の仏教だ」として、布教合戦を広げている。

    アンベードカルは意図的に「新仏教」から「輪廻思想」を排除しているのだ。下層カーストにために立ち上がったアンベードカルにとっては、インド独立運動のガンジーですら「欺瞞のかたまり」であり、共産主義運動はトップの首を据えかえるだけの「バラモンの革命」であり、「成仏・往生・輪廻」を謳う既存の仏教は「ヒンズー教の焼き直し」にすぎなかった。

    そもそも日本の仏教界が「真実の仏教」を論じるとはおこがましい。「浄土宗系」は「ミトラ教→弥勒菩薩→阿弥陀如来」と変化する異端教であり、「日蓮宗系」は「法華経を唯一絶対」とするお経原理主義であり、「禅宗」は中国のダルマさんを日本に転がしたヨーガ一派であり、真言宗は「ブッダ不在」の大日如来教で、もとをたどればゾロアスターではないか。

    佐々井秀嶺は現在、ブッダ生誕の地「ブッダガヤ」にある菩提寺を「仏教徒のもとに返せ」という聖地復興運動を展開している。日本の「本流」の仏教界よ。いままでに、ブッダガヤを仏教徒のもとに返せ、と1度でも叫んだことがあったのか!

    ■参考:
  • アンベードカル『ブッダとそのダンマ』(光文社新書)
  • ダナンジャイ・キール『アンベードカルの生涯』(光文社新書)
  • 山際素男『不可触民と現代インド』(光文社新書)
  • 私の宗派? 教えて!

    ■関連記事:
  • インドで復活する「プロテスタント」仏教の大潮流
  • 「アーリア人侵入説」とヒンズー原理主義の斜め上DNA
  • posted by ヒロさん at 09:04 | Comment(42) | TrackBack(0) | 神話・宗教・民俗学

    2006年03月25日

    「前世療法」という自分探し、「霊過敏症」というアレルギー体質

    前回、中丸薫と高橋信次(GLA教祖)の関係を考察してみたわけだが、「前世」の話になった場合、これをトンデモな電波とみるのか、十分にありえる話と考えるのか、意見が分かれるところだ。

    中丸薫は、高橋信次のリーディングでは「卑弥呼の大臣」を経験している。さらに、彼女の著作によると「女帝・推古天皇」も歴任し、さらに遡ると、やっぱりというか「アマテラス」であるという。彼女の「霊統」からすると、今世では「絶対に天皇家でなければおかしい」という不動の信念が、「明治天皇の孫娘」騒動を引き起こしているように思える。

    コメント欄で貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)という折口信夫の「日本文学」用語を教えてもらった。現在の苦難や数奇な人生を「王族としての苦行」と見立て、それによって自らを鼓舞する効果があるならば、それもまたよしだろう。しかし、それを人様に吹聴し始めるとシラけてしまうものなのだ。

    「GLA」の高橋信次も、「幸福の科学」の大川隆法も、あまりにも高貴な「過去世」ばかりを取り上げるので、誇大妄想狂の人たちがこれに感応して舞い上がりはしないか、と私は心配するのである。

    (追加:最近のテレビでは、江原啓之の『オーラの泉』という番組あるそうだ。)

    人生の出会いを、すぐに「過去世」で説明したがる人がいる。不思議な縁で関係が深まり始めたころに「この出会いは、たぶん前世で・・・・だったときの・・・・かもしれない」とか言いたがるので、私はハイハイ、と聞き流している。せっかくの「新しい出会い」を、どうして「過去の焼き直し」にしたがるのだろうか。

    シュタイナー大学に来ている日本人も、ほとんどが「輪廻転生」論者のようだが、先日大学のティールームに行ってみると、日本人女性の一群が「前世療法」の話で盛り上がっていた。

    前世療法、ヒプノセラピー(催眠療法)、ソウルメイトCD:「意識の扉」
    初めての場所を懐かしく感じたこと、ありますか?

    初めて逢った人を、ずっと昔から知っていると感じたこと、ありますか?
    現在の自分の状況に満足していますか?
    魂の癒しを求めていますか?
    何か理由のわからない感情にとらわれたこと、ありますか?
    めぐり逢うべき誰かが、いると思いますか?
    前世は、あると思いますか?
    深い感動を求めてますか?
    あそびゴコロを忘れていませんか?
    意識の扉のなか、少し覗いてみましょう
    どうぞ

    「前世療法」をはやらせたのは『魂の伴侶(ソウルメイト)』を書いたブライアン・ワイスで、「催眠」を使って過去世の記憶を導き出すのだという。「既視感(デジャヴュ)」に誘導されながら、「本当の出会い」と「この世での使命」を探し続けている人には、入りたくなる扉である。

    ヒプノセラピー
     前世療法(過去世回帰療法)は、現在の性格や行動パターンの原因となった心の傷が、今世ではなく過去世にあった場合、催眠下でその原因となった過去世の場面に戻ってもらい、さまざまな出来事を冷静な自分の意識で観察し、過去世からの影響を認識し、現在の自分が陥っている性格や行動パターンに気付き修正する方法です。

    療法を受けると、以下のような過去世が明らかになるのだという。

    (40才 女性 会社員 御本人様了承済)
    『過去世:旧約聖書に出てくるモーゼの時代にモーゼと共に行動した女性の過去世,江戸時代にお蕎麦屋さんの両親のもとで生まれ学校の先生になった男性の過去世、アフリカで男性として生まれイギリスの奴隷船に連れて行かれた過去世、を思い出す。詳細は省略。』

    (35才 女性 既婚 子供一人 御本人様了承済)
    主人との関係(頼りなく感じている)、お仕事、お母様の事等で、不安感や焦燥感を持たれ、「今世での人生の目的/使命は何か?」という事で前世療法を受けられた方のセッション内容及びお話です。

    過去世:『男性の手、グレーの戦闘服着ている、20才位、外国の人、茶色っぽい尖がった布か革のような三角形の帽子(被り物)している、グレーの目、カッコいい顔立ち、指が汚れてる、布と硬い部分が混じった服、刀を左の腰の下げている、気持ちはずいぶん長い間戦い続けている、不毛を感じている、自分の力ではやめられない悔しさ、人を殺さなければならない・・・・・。周りの風景も見えてきた、戦場、二人倒れている、木造の船みたい、海の上だ・・・・、帆が付いているボロボロ、赤っぽい旗、バイキングだ・・・<後略>

    このようなセッションでは「過去世」に加えて、「中間世」という「あの世」での体験も思い出すという。

    心理療法や宗教経験は「体験内容」の個人差が激しいので、何が真実かを語ることは難しい。

    語ることのほとんどは「潜在意識下にある今までの経験」であろう。が、経験以外のことが「テレビの電波」のように意識に流れることもあるかもしれない。でもそれが「前世」である保証はどこにもない。「霊現象」に敏感な人にいわせると、霊的な何かが「前世」を偽って語っていることもあり得る。

    「霊現象」にしてみても、金縛りや妙な肩こり(憑霊?)を1度も感じたことのない幸せな人もいれば、霊は見えるは、声は聞こえるは、人がいつ死ぬかまでみんなわかってしまい、陰鬱な人生を送る人もいるのである。

    霊能者のひとりごと:心霊体質(2006/3/12)
     大人でも同じなのですが一般的に先天的に霊能力を持つと言われる人に共通しているのは精神と肉体のバランスが悪いことがあるのではないかと管理人は考えています。つまり肉体の力に比べて精神力と言うよりも感受性が強すぎる人が霊に影響されやすかったり、心霊現象を体験しやすい人が多いようです。
     そのため管理人は先天的に霊能力を持つ子供であると考える前にこの子供が単に情緒不安定なだけではないかと疑ってしまったのです。もし本当に情緒不安定なことが原因でさまざまな心霊現象を体験しているのであるならばその子供にとって一番大切なことは修行ではなく、情緒を安定させることです。つまりその子供の抱えている不安要因を取り除くことが何よりも有線しなければならないことなのです。
     管理人は心霊スポットについて尋ねられるとそんなに心霊を見たいならば二・三日一睡もせずに意識が朦朧となった状態か、異常に精神が高ぶった状態で墓場にでも行くならばかなりの確率で心霊体験をすることが可能であることを説明することにしていました。ただし、その後でどんなことになるかは責任を持てないからと威かしていたので誰も実践した人はいないようですがこれが誰にでも心霊現象を体験できる一番簡単な方法です。

    私の体験を告白すると、15才から35才ぐらいまでが「心霊現象」の嵐だったが、これが激化するきっかけは

  • 思春期の体内ホルモン分泌
  • 睡眠不足と睡眠リズムの乱れ
  • コーヒーの飲みすぎ
  • 使命感や責任感などのストレス
  • 日記の書きすぎ
  • 社会に対する絶望感、厭世観(+それを助長するテレビ番組や読書)
  • 失恋のトラウマ、特定個人への執拗な恨み

    にあったように思う。

    私の「金縛り」や「枕元に誰かが立っている」と感じる現象は、14才頃から始まり、明け方3〜5時(丑三つ時)に就寝するときに頻発した。運動部をやっていたので疲労困憊しており、夕食のあとは2時間ぐらい仮眠してしまう。目覚めの後はコーヒーを沢山飲んで勉強するが、今度は12時ごろに寝つけなくなり、3時ぐらいに何とか眠ろうとすると、寝入りばなに「悪夢」を体験する。

    中学生のときは毎日、日記をつけていたが、写実的な記録を繰り返すうちに、書いている「その世界」にハマッてしまう。悲しいことがあったときに、それを書き続けると、さらに悲しさが増幅していく。深夜に「恨みごと」を繰り返すとその恨みがさらに深く焼きついていく。

    こんな気分のときに友人から手渡される本も、太宰治の『人間失格』だったり、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』だったりする。(読んだ結果、もっと落ち込み、気分が悪くなる・・・)

    という暗〜い青春時代である。で、こんな状態からどのように抜け出したかは、また別の機会に・・・。さてさて、心霊現象に敏感な人たちの中には、「先天的な体質」が原因の場合もあるようだ。

    シャーマンと巫病(ふびょう)
    2.巫病(ふびょう)とは・・・

     シャーマンがシャーマンになる際に罹る巫病。シャーマンがシャーマンになることを成巫(せいふ)という。シャーマンはその成巫過程において生命に関わるような大きな病気などを負う。そうした病気のことを巫病(ふびょう)という。一種の精神疾患にあたる。
     ☆巫病にかかると、ひじょうに苦しい心身の悩みを受け、人間を疎んじて遠ざかりたがり、しばしば食欲を欠く。(この症状が、ある病気に類似していることがおわかりだろうか?、現代において[ひきこもり]とされる心の病も、ひょっとしたら、そうなのかもしれない・・・。)
     また神経が異常に過敏になり、野・山・河辺に走り出たり、雪中に眠り神秘的霊感を授かるものもある。こういう症状を嫌い、抵抗を試みようとしても無駄に終わることが多く、むしろさらに危険な症状をきたして生命さえも危うくなることがあるという。
     シャーマンとなるものは、シャーマン的性向を示すものに限られる。それは神経質で憂鬱症、感受性が強く、夢みがちであり、癲癇(てんかん)性を備えていなければならない。(これは一種の精神疾患である。)
     シャーマンが世襲的であるのもこの巫病にかかりやすい家系があるためである。たとえばオスチャック族では、そうした精神的特性を持つ子供を後嗣のシャーマンとして選ぶといわれている。この巫病に宗教的意味が付与されると、神霊が憑いたということになり、これがシャーマンとなる基本条件である。

    現代的にいえば「精神疾患」になってしまうのだが、このような家系の人たちを「シャーマン」として活用する共同体の智恵もあったということだ。

    最近読んだ『ダライ・ラマ自伝』(文春文庫)で印象的だったのは、チベットのダライラマがインドへ亡命するかどうか迷ったとき、「お告げ師」が最終判断を下している場面である。

     返事は出したものの、次にどうすればいいのかはたと迷った。翌日ふたたびお告げ師の助けを求めた。「行け、今夜行くのだ!」驚いたことに霊媒はそう叫んだ。憑依状態のままお告げ師は前方によろめき、紙とペンを取るや、ノルブリンカからインド国境の最終点の町までのルートを明瞭に書き写した。彼の指示は意外であった。書き終えると、若いロブサン・ジグメという僧はそのまま意識を失った。 (p217)
  • posted by ヒロさん at 10:01 | Comment(12) | TrackBack(0) | カラダ・気づき・癒し

    2006年03月23日

    大本教の系譜:中丸薫と堀川辰吉郎の「誇大妄想」革命

    明治天皇の孫」を自称する中丸薫の本を書店で見かけたことのある人は多いだろう。中丸薫は「国際金融財閥の浸食と洗脳から目を覚ませ!日本精神よ、立ち上がれ!」とハッパをかける威勢のいい“上品な”おばさまである。

    旦那さまは、映画俳優の中丸忠雄。『日本の一番長い日』(1967)や『メカゴジラの逆襲』(1975)で見たことがある。テレビでは『キーハンター』(1970〜73)、『Gメン’75』(1975)に出ていた、「清潔派」男優だ。(参考:出演映画・TV一覧

    さて、本題の中丸薫だが、かつてTVインタビュアーとしてロックフェラー、キッシンジャー、フォード元大統領などを取材した経験があり、イラクのフセイン、リビアのカダフィ、北朝鮮の金日成などと「サシで」会えるという人脈は、凄いものだなあと感心する。

    しかしながら「国際政治評論家」としてはあまり信用しない方がよい。

    ジャパン・ハンドラーズ:「泥棒作家」が、泥棒国家を論じてはいけない。plagiarismについて。(2006/3/1)
    「泥棒国家日本と闇の権力構造」を出した中丸薫が、また陰謀本を出していた。今度は、元公安の菅沼光弘氏との対談。

    さらっと読んでみて、唖然とした。前回の著作(フルフォードとの対談)では郵政民営化の部分はSNSIのサイトの文章と私も幾らか下調べを手伝った副島隆彦の本をそのままロジックごと盗用していた中丸女史だが、今度は自分の過去のツーショット写真を載せつつ、きくちゆみ女史から教えて貰ったと思われる「911は陰謀だったビデオ」の紹介、さらにユースタス・マリンズの「カナンの呪い」の黒い貴族の下りをロジックごと剽窃している。

    中丸薫の本は4〜5冊立ち読みしたことがあり、最近、思うところがあって『泥棒国家日本と闇の権力構造』を日本から取り寄せたが、確かにツギハギ情報ばかりである。ツギハギの剽窃はさておいても、
    • 【p199要約】金丸信と田辺誠が「日本の外交の枠」を超えて、せっかく2兆円の供与を北朝鮮に約束しようとしたのに、アメリカが核開発の衛星写真を見せて、この動きを妨害した。
    • 【p205引用】日本の朝鮮半島占領当時、100万人近くが行方不明になってしまった。そういう人たちの補償はしていないわけです。
    という記述を見ると、お話にならないトンデモさん、ということになる。もちろん彼女としては、「アメリカに毎年16兆円を使い、塩漬けの米国債が300兆円もある」のだから、「北朝鮮に2兆円与えるくらい、平和を思えば何でもない」という理屈ではあるのだが。

    靖国参拝や教科書問題では「中国は死者につばをかける」「中国にハッキリものをいうべき」と強行路線だが、相手が朝鮮半島になると、盧武鉉絶賛で、金正日万歳である。中丸薫の独特の「特定アジア」観はどこから来ているのか。

    ハンギョレ新聞:「私は明治天皇の孫娘」というニセ寸劇(2004/7/29)(韓国語)
     29日、ある市民団体の行事に参加した日本女性が「明治天皇の孫娘」なのかどうかを巡り、物議をかもす一幕があった。
     中丸薫という日本女性は、この日「世界非暴力平和運動連合」(平和運動連合)がソウルで行なった定例記者会見の席上と、3・1運動記念塔前で行なわれた平和宣言式で、自らを「明治天皇の孫娘」と紹介した。
     パク・インソン平和運動連合理事長は「日本の天皇の孫娘が韓国を訪問し、3・1運動記念塔前で非暴力と平和を宣言することが、今回の記念式典の核心である」と述べ、「中丸氏の韓国行きにあたっては駐日韓国大使が同行し、李明博ソウル市長が平和宣言式に参加する」とつけ加えた。<中略>
     これに対して、在韓日本大使館は「宮内庁に問い合わせた結果、皇籍にそんな名前の女性はいなかった」「彼女は明治天皇の孫娘ではない」という公式見解を明らかにした。一方、駐日韓国大使館も「大使が同行した事実はない」ことを明らかにし、李明博ソウル市長はこの時間に執務室にいたことが確認された。
     キム前賞勲局長は「皇室の孫娘であることを直接確認できなかったが、皇族がこのような行事に参加することに対して、日本国内の世論を考慮して、日本大使館が嘘つくこともあるのではないか」と語った。
     報道陣の確認作業は続く中で、パク理事長は「正室の子孫ではなく、いままで明かされなかった皇室の孫娘だ」とし、「日本で記者会見を開き、本当の孫娘であることを明らかにする」と語った。
    (訳はWeb翻訳にヒロさんが手直し。ハングル専門家のチェック求む)

    中丸薫の最大の売り物は「明治天皇の孫娘」という点である。「日本の皇族」が「駐日韓国大使の同行」で「3・1運動記念塔」に駆けつけてくれるのだから、韓国の某勢力にとってみれば利用価値満点である。「日本で記者会見を開く」と豪語しているが、そんな記者会見など開けるわけもない。

    中丸薫は「天皇は100%朝鮮起源」を主張し、「宮内庁はアメリカの巣窟」であり、「韓国は米国支配から脱した模範生」と純粋に信じている人なのだ。

    帝國電網省喫茶室:過去ログ66(2004.11.1〜11.30)
    投稿者:はる  (2004/11/8)
     先日、宮内庁宛に下記問い合わせをしたところ、返事をいただきました。
     「御迷惑な質問かもしれませんが、“中丸薫”氏という方が“明治天皇の孫”を名乗っておりますが、これは事実なのでしょうか?是非、御返事をいただきたくお願いいたします。」
    宮内庁からの回答
     「お尋ねの件につきましてそのような事実はございません。 宮内庁広報係(電話03-3213-1111(代表))」
     下世話(げせわ)な質問にも関わらず、きちんと回答をもらえるなんて、ちょっと感激です。

    宮内庁に「電突」をする人もいるようだが、ハンギョレ新聞と結果は同じである。彼女の父親・堀川辰吉郎が、明治天皇の子供という可能性はあり得るのだろうか。

    ウィキペディア:堀川辰吉郎
    大アジア主義者。明治天皇と千種任子の間の隠し子とも噂された怪人物(後述の中丸薫がこれを根拠に自分を“落胤”と主張)。ただし堀川自身はその噂を否定していた。井上馨と京都の芸者の間にできた息子ともいわれ、戸籍上は井上馨の兄・重倉の五男

    帝國電網省喫茶室:過去ログ66(2004.11.1〜11.30)
    投稿者:八神邦建 2004/11/5
     彼女の父親の堀川辰吉郎って人は、生涯、日本じゅうに数え切れない女をつくって、子供を生ませて、父親の責務をまったく果たさなかったと、昭和二十年代の関係新聞記事や雑誌インタビューに書いてありました。
     手元にある資料「天皇の伝説」(メディアワークス・1997年)P74-75には、こんなことがマンガの形で面白おかしく書いてあります。
    ---------------------------------------------
    ★中丸薫の手記によれば、「祖母の権典侍(ごんのてんじ:天皇のお付きの女官) 千草任子(ちぐさ・ことこ)」が大奥の争いに敗れて宮廷を追われ、京都堀川御所で生んだのが、父・堀川辰吉郎。それで、辰吉郎が20歳の時、千草任子は病没したといいます。

     ところが、千草任子に関する事実はこうです。

    1. 名前は「千種」任子であって、「千草」任子ではない。
    2. 宮廷を追われたという事実はなく、69歳になるまでお仕えしていた。
    3. その後、お仕えを辞めて移ったのは京都の堀川御所ではなく東京は新宿区砂土原町。
    4. 辰吉郎20歳のとき病没したというが、それが本当なら任子は43歳で亡くなったことになる(辰吉郎は明治10年生まれ)。しかし、実際には88歳の長寿を保って亡くなっている(報道や墓地で確認済)。

    ★また、「歴史と旅・特集:明治天皇といふ人」(秋田書店2001年12月)なるムック本があります。この中に「明治天皇のお側の女性たち」(森まゆみ)という記事があり、千種任子についてこう書いてあります。(P67-71)

    *「権典侍は、天皇の身の回りの世話、風呂での背中を流したりする役で、天皇の側室であり、化粧料150円が別に与えられた。千種任子(ちぐさ・ことこ)は(中略)のちに天皇の側に侍(はべ)り権典侍となったと思われる」
    *「(明治天皇との間に、天皇から見て)三女・韻子<明治14年>と四女・章子<明治16年>を生んだが(中略)二人ともそれぞれ2歳1カ月、7カ月で相次いで夭折(ようせつ)している」
    *「権典侍は基本的に天皇の側室なので、化粧料をもらってはいても、公の場には一切出られなかった」
    *「千種任子は昭和19年、89歳で死去。(中略)明治天皇が逝ってから、千種任子は三十数年を一人生きざるを得なかった。まさに<未亡人>のひっそりとした暮らしであったろう。自分で生んだけれども育たなかった皇女たちのことなど、どんな想いがその胸に去来していただろう。千駄木林町の千種邸のあとは、今も国有地である(後略)」

     つまり、千種任子が「ご落胤(らくいん)」として堀川辰吉郎を生んだなんていうのは「フィクション」であろうということです。当時の皇室の状況からして、なかなか皇子様がお生まれにならなかったのですから、「御落胤」あつかいなどされるわけがありません。

    中丸薫とは一線も五線も画したい副島隆彦の場合は、そもそも「父親が堀川辰吉郎というのがウソだ」としている。副島隆彦の関係者は以下のように説明する。(オリジナルは副島隆彦の掲示板への投稿と思われる)

    火の鳥ホットライン:あの中丸薫が「明治天皇の孫」というのは、真っ赤なウソ!!(2004/5/5)(=副島隆彦掲示板の投稿者の説)
    『中丸さんの父は韓景堂(かんけいどう)と言って、450年続いた満州の旧家の長男で豪農の出身であり、理工系の大学を出て当時は京奉鉄道の技師でした。

     母は中島成子(なかじましげこ)、栃木県小山市出身で、これまた豪農の家の7人兄弟の3番目に生まれ、日赤の看護婦さんとして満州に渡り、帝国陸軍から張学良(ちょうがくりょう)邸に派遣されそこで韓景堂さんと恋愛結婚、姉一人、弟一人の三人兄弟です。当時の中国の風俗習慣をご理解戴きたいと思いますが、韓景堂さんには何人も奥さんがいたのです。
     しかし皆正式に結婚した夫婦です。イスラムには4人までと言う宗教的な限度がありますが、当時の中国には正夫人が何人もいたのです。従って中丸薫さんは正式な韓景堂の子供です。韓景堂さんは国共内戦の時には戦禍を逃れて、最後には台湾に行き、大学教授で晩節を全うしました。従って大陸、台湾共に腹違いの人脈があります。生後すぐ中島成子さんの弟夫婦にあずけられ、実父母との縁薄く育ちました。
     明治天皇との血縁は有りません。昭和31年にアメリカのコロンビア大学に入学しております。サッチーと異なりチャント卒業しております。中丸さんは昭和12年生まれなのでこんな事を言うのですが、昭和31年、又は昭和32年頃に日本の高等学校を卒業して、アメリカの大学に進学出来ると言う制度はありませんでした。
     昭和32年に母中島成子は中共の監獄から無罪として釈放されて日本に帰ってきておりますが、其の時は中丸薫さんはコロンビア大学の2年生で、アメリカにいました。
     母子が何処かで出会ってはいるでしょうが、親子の縁は薄い方です。中丸さんの本をよく読んでも、明治天皇の孫とは断定していません。口の中から細胞を取り出してD.N.A.鑑定をした……そこまでです。

     中丸さんを米子市にこれまで3回迎えて、講演会を開催しました。私はその主催者ではなく、サブの位置につきました。彼女が明治天皇の血を継承していない事を、幹事会の席上で、私が発言しましたので、何かこう気まずい空気となり、2年半前に米子で開催されて以来当地では開催されていません。』

    このDNA鑑定は、中丸薫に注目する人たちの間では話題になった。歴史が塗り変えられるからである。

    中丸薫女史が大室天皇を肯定か!
    実は、中丸女史の今回の著書の中での彼女と大室家の方とのDNA鑑定の件は、既に2001年春から聞いていた。日本では信用できないからアメリカに送って検査をすると言う事で、8月頃この仕掛け人(社?)の大手○○新聞紙上にて記事にするとの事であったので、心待ちにしていたがその後そのまま無しのつぶてであった。

    「大室家」とは、明治天皇替え玉説で登場する「大室寅之祐」の家系のことだ。2006年になっても、無しのつぶてである。

    こんな批判でくじけるような中丸薫ではない。彼女には「神」がついているのである。

    帝國電網省喫茶室:過去ログ66(2004.11.1〜11.30)
    投稿者:八神邦建 2004/11/9
     ちなみに、この中丸薫が27年前に宗教法人GLAの二代目教祖(現教祖)になりたてだった高橋佳子が書いた本に寄せた推薦文を掲載しておきます。この宗教が、幸福の科学とパナウェーブの原点になったことを象徴するような「人脈」ですね。

    『真創世記・地獄編』(祥伝社 NONBOOKS・1977年3/30初版)カバー袖推薦文

    「私たちに価値観の転換を迫る   国際政治評論家 中丸薫
     かつてないセンセーションがここにはある。常識、知識という鎧(よろい)に身を固めた私たち現代人には計(はか)り知れない世界がここにはある。不可解という容易な否定を許さない真がここにはある。私たちに価値観への転換を迫るものがある。自らの存在理由とアイデンティティーを模索する現代人への明快な解答がある。なぜなら、ミカエルに触れる時、私たちの心に勇気と知恵がほとばしり出る。このエネルギーこそ、真実の奇跡だからである。今、輝かしき世界への飛翔がミカエルの翼に約束された。」

    宗教法人GLAは、2代目高橋佳子の『真・創世記』が大ヒットして、私も夢中になって読んだ口である。GLAの分派団体「心のつどい」は、現在「日本会議」にも所属している。

    GLA初代の高橋信次は、人の過去世を読み取って、過去の「異言」を話し、それを瞬時に解読する超能力者である。余談ながら、この流れの影響を受けているのが、書店で本が溢れかえっている大川隆法の「幸福の科学」である。中丸薫の「霊能力」の触媒となったのは、GLAの高橋信次なのだ。

    話題のトピックス:邪馬台国と卑弥呼(=高橋信次の言葉)
    1975年(昭和五十年)3月、宮崎の研修会では、「この人は過去世において卑弥呼であったことを思い出しております。奄美大島から来られたこの二人のご婦人は卑弥呼の女官をしていた方達です。東京でデザイナーのG堂さん、映画俳優の中丸氏の夫人の薫さんは、ともに卑弥呼の大臣をしていた人達です。卑弥呼の過去世を思い出したこの人を中心として、この人達が卑弥呼の時代を思い出すと、今までわからなかった日本の歴史がはっきりとします。邪馬台国は有明海を中心にしてありました。」

    高橋信次によると、中丸薫はかつて「卑弥呼の大臣」をしていたのだ。

    人間・高橋信次
     昭和四十九年のある日

     明治天皇の落胤の娘である中丸薫氏が、大阪の講演会に信次を訪ねた。中丸氏は個人的外交官として、諸外国の王、大統領、首相と直接に逢うことの出来る人である。中近東のオーマンの砂漠を走っている時、突如として天から「祈れ」と声がした。車から降りて、砂の上にひざまづいた時、再び「身につけている宝石、貴金属はみなはずせ」という声がした。しばらく祈って目を明けると、何百万もする宝石、貴金属がみな失くなっていた。探したが、見つからなかった。日本に帰って来て、信次のことを知った氏は、八起ビルを訪ねたというのだ。すると信次は、いきなり「オーマンでは大変でしたネ」と指摘した。

    中丸 薫の活動のあゆみ
     私の人生において大きなターニングポイントと言える1976年のこと。私はある精神的指導者と出会いました。そして、いつもいつも心の中で繰り返されていた、人生の意味や魂のテーマについて理解する、的確な導きをいただきます。すでに亡くなっていた父の魂が、天上界にある今もなお娘の行く末を見守っていると伝えられ、魂は永遠であることを実感したのです。

     さらにその後、私は大変貴重な体験をします。アラブ首長国連邦を訪れザイド国王との謁見を終えた後、なぜか急に祈りたい気分になり浜辺に出て腰を降ろしました。心を静め、3つの問いかけを思い浮かべながら黙想していると、突然、海を引き裂かんばかりの雷光が走り、すさまじい音と共に雷が辺り一面に次々落ちてきたのです。不思議と恐怖は感じず、私はさらに神にすべてを託してひたすら祈り続けました。
     ふと天空を見上げると…、大きな光の柱が降ってきて、私の眉間を直撃したのです。光が身体を突き抜けていった後は、何とも言えない清々しさと調和に包まれた感覚でした。

    中丸薫は1976年に「天啓」を受けて、現在の活動に及んでいる人なのだ。その意味で彼女の真髄は「国際政治」でもなく、「明治天皇の孫」でもない。国際金融財閥の悪に立ち向かう「闘う巫女」であり、「国際派シャーマン」なのである。
    (「明治天皇の孫」は権威づけに役に立ったかもしれないが、その事実がないとすると、先々の展開が少々心配であるが・・・)

    不思議なことに、中丸薫も「大本教」の系譜なのである。

    父親とされる堀川辰吉郎は、
    • 宮崎滔天や梅屋庄吉と共に、中国で孫文の辛亥革命(1911)を支え、
    • 大本教と連携する「紅卍会」の会長となり、
    • 帰国後は「国粋会」の会長を務め
    • 大本系の岡田茂吉の「メシヤ教(世界救世教)」の名づけ親となり、教団最高顧問となった人物
    なのである。

    また、GLAの高橋信次は、大本教の直接の弟子ではないが、「王仁三郎という人は菩薩界の人で日本の宗教の誤りを覚醒させる使命のあった人」と語る、大本教シンパである。大本教から独立した「生長の家」とのつながりも強い。

    いずれにせよ、堀川辰吉郎の話は、『日本を動かした大霊脈』を読んでみないことには始まらないので、いずれまた。
    posted by ヒロさん at 07:40 | Comment(34) | TrackBack(2) | 神話・宗教・民俗学