2007年12月29日

もうすぐ中国・成都に帰るガン君と、筆談を交えた団欒のとき

中国人のガン君(36歳)が4年間のイギリス留学を終えて、もうすぐ故郷の成都に帰るという。4年前に初めて会ったときは、食事は犬食いそのものでマナーが悪く、意味不明の英語を大声で延々と話すことからみんなに煙たがられていたが、その後英語はメキメキと上達し、最近何度か夕食を共にしてみると、相当の知識人であることがわかった。

成都(チョンツー、正しい発音はチャンドゥーに近い)はイギリスの都市に例えるとどこだろうか、と私が質問したところ、そうねぇ・・・といろんな歴史的背景を語り始めた。で、私の反応が鈍いことを見破って「あなた、三国志を読んでないでしょ」と切り込まれた。

成都は三国志(彼曰く、Three Kingdom story)に登場する蜀の都だ。そこで中国4大小説の講義が始まるが、結局英語では埒が開かないので、紙と鉛筆を持ち出して、@紅楼夢、A三国演議、B水滸伝、C西遊記と書いてもらうと、話は滑らかに進展した。

相手が韓国人、ベトナム人、インドネシア人だと、仮にお互いに自国語でその小説を読んでいたとしても、なかなかこうは行かない。漢字を書けば、アッハンと意気投合できる。英語で『論語』に言及するときも、相手が中国人(+台湾人)ならば当然、話が早い。

彼がよく知っているテレビの中の日本人は、山口百恵(シャンコウ・バイフェイ)や三浦友和であり、栗原小巻や高倉健だ。そしてアジア各国に輸出された『阿信(おしん)』の話にまで到り、このガン君が懐かしい旧友のように感じられた。すべては“筆談”のなせる業だ。

日本の小説で何が好きかと聞くと、「春上村樹」と書いたので、笑いを誘いながら食卓が大いに盛り上がった。そういえば、3年前にリンゴの木の下で英訳の『ノルウェーの森』を読んでいたっけ。続いて「川端康成」と「大江健三郎」と書いたが、もちろん彼の頭の中には「カワバタ」や「オオエ」という発音は存在しない。

中国問題や東アジア情勢を英語で議論するときには、中国の固有名詞がネックになる。マオツートン(毛沢東)やチャンカイシェック(蒋介石)ぐらいならすぐ出てくるが、チアンツォーミン(江沢民)は口に馴染んでいない。こっちがチン・ディナスティ(清朝)のことを説明していたつもりなのに、どうも話がかみ合わないと思ったら、「秦」の話として誤解されていたりする。

日本から中国に輸出された「造語」について実験をさせてもらったことがある。この造語リストを台湾出身の25歳の男性に見せると「そんなバカな」と無知をさらけ出したのに対し、さすがは知識人のガン君はあっさりと認めて、明治維新後の日本の近代化をプロシア(ドイツ)の発展になぞらえてみせた。

2年前のこと、私が持ち歩いていた『Mao: The Unknown Story』をわしづかみでひったくり、貸してくれと懇願したガン君。その数カ月前に、大学の図書室に置かれてあった『ワイルド・スワン』をむさぼるように読んだというが、それもそのはず、文化大革命の実話を扱ったこの小説には、彼の故郷の成都が何度も登場する。中国では今なお発禁書となっている小説だ。

中国の政治問題を熱っぽく語り、近未来の最大の懸案は「台湾問題」だという。彼によれば、来年の台湾総選挙では馬英九が勝利し、過激な独立路線はあり得ないとする。「中国の政治体制は西太后のときよりもひどい」と嘆きながらも、老子か誰かの言葉を引用し「大国の治世は小魚を料理するがごとしだ」という。決して大鉈をふるってはいけない、丁寧にコツコツとやるしかない、さもなくば、魚はぐしゃぐしゃになってしまう・・・・ということで、中国政治に大変動はないとの結論だった。

このガン君、成都の親戚や友人とは、大学のインターネットを使ってスカイプ通話を楽しんでいる。故郷に帰って待っているのは結婚話だろうが、「イギリスにいるインド人留学生は90%が見合い結婚を肯定だが、中国では恋愛結婚が普通だ」と豪語する。

だが、産児制限は厳しい。彼は3人兄弟の末っ子だが、成都では厳しい1人っ子政策のため、結婚した兄弟の子供はみな1人だけだ。許可書なしに2人目の子供を作ると、公務員職を剥奪されてしまうので怖い。許可証が下りるのは1人目の子供に障害がある場合だけなので、「お子さんは何人ですか」という会話がほとんど聞かれなくなったということだ。
posted by ヒロさん at 10:17 | Comment(4) | TrackBack(0) | 中国情勢☆毛沢東

2007年12月23日

美の中を歩く:Now I Walk in Beauty

冬の張りつめた空気の中で散歩をすると、口ずさみたくなるのは『Now I Walk in Beauty』だ。私は美の中を歩く、私の前に美が広がり、私の後にも美が広がり、そして私の上にも、私の下にも・・・・という簡単な歌詞だ。(メロディーはこちら楽譜はこちら

Now I walk in beauty
Beauty is before me
Beauty is behind me
Above and below me

アメリカ先住民のナヴァホ族が歩くときにつぶやいた祈りの言葉だという。家の中に帰ってからも、この歌詞が体の中をこだまする。「Now I walk in beauty」とつぶやきながら、美しいわが家をイメージする。「Beauty is before me」なので、私の行く先々はすべて整理整頓。「Beauty is behind me」と振り返って押入れや倉庫を片付け、「Above and below me」で天井のくもの巣払い、ベッドの下やたんすの裏側など床回りをきれいにする。

日常的にナヴァホ族が口ずさむスピリチャルなことばだが、「Beautyway」や「Nightway」という儀式でも使われるという。口承なのでオリジナルはさまざまなバージョンがあり、原語からの翻訳は以下のようにもっと長い。グレッグ・スミス(Gregg Smith)が中心フレーズに曲をつけて、Fire Withinというグループが1991年にレコーディングしたものだ。

http://www.authorsden.com/visit/viewPoetry.asp?AuthorID=4195&id=63518
Today I will walk out,
today everything evil will leave me,
I will be as I was before,
I will have a cool breeze over my body.
I will have a light body,
I will be happy forever, nothing will hinder me.

I walk with beauty before me.
I walk with beauty behind me.
I walk with beauty below me.
I walk with beauty above me.
I walk with beauty around me.
My words will be beautiful.

In beauty all day long may I walk.
Through the returning seasons, may I walk.
On the trail marked with pollen may I walk.
With dew about my feet, may I walk.

With beauty before me may I walk.
With beauty behind me may I walk.
With beauty below me may I walk.
With beauty above me may I walk.
With beauty all around me may I walk.

In old age wandering on a trail of beauty,
lively, may I walk.
In old age wandering on a trail of beauty,
living again, may I walk.
My words will be beautiful.

自分の周辺に美を感じるだけでなく、自らの内面に躍動のリズムを感じ、いま自分の口から紡がれている言葉に美を感じる。

■つぶやき:
年末のお掃除は大好きな曲を鼻歌にして楽しく済ませましょう。ビジョンボードをつくっても美しくないものはダメ。願いごとはきれいな字に思いを込めて、色鉛筆で華やかな後光をつける。絵心のある人は自分の美しい未来を色彩豊かに表現してはいかがでしょうか。
posted by ヒロさん at 23:14 | Comment(3) | TrackBack(0) | ♪音楽たのしいなぁ

2007年12月21日

Slow is Beautiful

その昔、高度経済成長の世相を反映するかのように、「大きいことはいいことだ」というチョコレートのCMがあった。その後、大量消費、環境破壊などに対する反省として、イギリスの仏教徒シューマッハが「Small is Beautiful」という標語を掲げた。で、21世紀に入ったヨーロッパでは「Slow is Beautiful」だ。

「ゆっくりなのはいいことだ」という一見たわいもないスローガンだが、この運動を私なりに解釈すると、生活にメリハリをつけよう、もっと今を感じて生きよう、ときどき時計を捨てよう、技術信仰をやめよう、ということであろうか。

天気のいい日はサンドイッチを携えて、ファーストフード的に歩きながら食べるのもよし、一方で手料理をじっくりと仕込んで、みんなでワイワイとおしゃべりしながら3時間のランチもよし。

テレビは捨てる、インターネットはほどほどにする。携帯電話や時計を持ち歩かない時間をつくる。散歩、庭いじり、編み物、絵画、陶芸、朗読にひたる。

以前、西洋クラシックの演奏ピッチ(=音程)が徐々に上がっている話を取り上げたが、演奏のスピードも加速している。ベートーベンのソナタ106番は1876年当時は約1時間で演奏されていたが、50年後には40分になり、現代は35分に圧縮されている。演奏家がテクニックやスピードを競い合い、これを鑑賞する側もハイテンポを求めるようになったからだ。

「技術は人を豊かにする」という言葉に何度となく躍らされ、騙されてきた。かつてベンジャミン・フランクリンは18世紀後半から始まった技術革命に触発されて「いずれ人間は週4時間以上働くことはなくなるだろう」と言ったが、到来した産業革命では1日15時間労働でこき使われることになった。

人生を楽しむ「ゆっくり運動」ではイタリアが推進力になっている。カタツムリをシンボルマークにした“Slow Food”運動が始まったのも、“Slow City”という都市生活「減速」運動が盛んなのものイタリアだ。クラシックの演奏スピードを落とす“Slow Music”や、寝室を飾り立て、香を炊き、神秘的な音楽を流して「ハレ」のイベントを演出する“Slow Sex”もある。モンテッソーリ教育も、シュタイナー教育と同じく、子供をできる限りゆっくりと育て上げようという理念をもつ。

ローマ大帝国の誇り、人間性回復のルネサンスの記憶、地中海性気候の気質や豊かな食文化などが成せる業なのであろうが、ともあれ、自分に正直で、本音を実践する「イタリア気質」をわが生活にも大いに取り入れたいところだ。

■つぶやき:
『In Praise of Slow』という本は邦訳があるのかどうか知らないが、日本の話題が満載だ。有機農業・地場食では秋田比内鶏や名古屋コーチン、卓袱台ブームを取り上げ、日本人のラテン気質化の話ではナマケモノ倶楽部(俗称ナマクラ、1999年設立)も登場する。“Slow Sex”の話で『週刊現代』(2002年の特集)を参考文献に上げているところは少々怪しいが。
posted by ヒロさん at 00:47 | Comment(1) | TrackBack(0) | 眠り&くつろぎ

2007年12月08日

エイブラハムの17秒ルール:パソコンで苦悩する人たち

約3週間前にパソコンが壊れた。大量の仕事を請け負って、1週間後に締め切りが迫ったところで、パソコンの電源がいきなり落ちて、電源ボタンを何十回押しても何の反応もない。何かの拍子でWindowsが起動することがあるが、30秒〜8分ぐらいで電源が落ちてしまう。

禍福はあざなえる縄のごとし。1カ月前に友人から電気ストーブをもらって、ラッキーと喜んでいた私だったが、同じ延長コードでパソコンと電気ストーブを使った結果、急激な電圧の変化に耐えられず、パソコンの電源回路がいかれてしまったらしい。

1〜2日でパソコンを修理してくれる店を探すとか、即新しいPCを買いに走るとかバタバタしないのがよかった。幸いWordとExcelだけが走るUSBポート付きの超薄型サブノートを持っていたので、このサブノートで仕事を継続する。その一方で、電源が入るときにどんな法則があるのか、起動後に30秒ではなく、8分持ちこたえるのはどんなときなのか、ノートに観察記録をつけることにした。

1週間で100回以上の起動実験となったが、この観察記録は功を奏した。1回電源が落ちると、ひどいときは40分以上も起動が不能になるので、仕事の合い間に、さてどんな具合かなと電源を入れてみる。電源ケーブルの抜き差しの仕方、バッテリーの有無、途中で再起動を入れた場合、ウィルスソフトやビデオを走らせた場合・・・などを細かく検証し、なんとか長時間継続させる法則を発見し、急ぎ早にメールを送ったり、USBのペンドライブに保存したり、外付けHDに少しづつバックアップするなど、綱渡り状態ながらも、仕事の終了はことなきを得た。

前回にパソコン不良騒動があったのは2005年9月のことだった。このときは、隣り町に車を走らせ、速攻で東芝ダイナブック(900ポンド=18万円)の東芝ダイナブックを買った。だが、15.4インチの良質ディスプレイで感激したのも束の間、高周波音とファン騒音に悩まされた。

私は25才〜40才に、パソコンは2年に1度のペースで買い換えた。今まで10台以上のパソコンを「乗り換え」ているわけなので、乗り換えは手馴れたものであるはずだが、毎回毎回、悲惨な思い出が多い。

最初に買ったマック(Mac Plus)は50万円も出費して、ほこりをかぶって終わった。2台目はNEC互換機のエプソンだったが、年の瀬が迫ったちょうど今頃、1万5千円前後で買ったシステムフロッピー(MS-DOS)を「Format」コマンドで一発で消去してしまい、泣く泣く同じものをまた買いに行った。

トラブルは年を追うごとに加速する感があった。バージョンアップや新しいマシン&ソフトの導入は作業効率を上げ、操作性を向上させるためにあるはずなのに、乗り換えるたびにどうしてこんなにストレスが溜まるのか、金を払っている客の方が何でバグの報告をしなきゃならないの、これじゃ体のよい実験台じゃないか、マイクロソフトがにくい・・・という思いが募る。

Win2.0の悲惨な体験。使いこなした「Win3.1」から「Win95」に移行するときの極度のストレス。情報武装しなければと思いNifty Forumに参加したが、回線の手動切断を忘れて、たった1日で2万円の請求料金。設定が面倒なインターネット接続ソフト、インターネットは始めたら悪質なWebダイヤラーがダウンロードされ、KDDIからの海外通話請求・・・。

サービスや使い勝手を向上させるアップグレードなはずなのに、なんでこんなに面倒で、わかりにくくて、イライラして、腹を立てないといけないの!と絶叫したくなる。そうだ、そうだ、とパソコンの前で頷いているあなた〜!!! そうやって嫌な思いを発信すると、私のように、今後も確実にパソコン・トラブルがてんこ盛りでやってきますから、17秒以内におやめなさいってば!

17秒? いったいどういう根拠があるのか知らないが、17秒にわたって感情を込めて思いを発信すると、それが波動となって、物質界の現実を引き寄せるという。宇宙意識エイブラハムによる『引き寄せの法則(Law of Attraction)』の中の解説の1つだ。17秒といえば、ゆったりとした呼吸の2回分だ。腹が立つことや、気分を害することがあっても、2回の呼吸が終わる前に決着・転換ができれば、波動は発信されないと言いたいらしい。

エスター・ヒックスの本のおかげで、私の悲惨なパソコン・ストレスの歴史にも終止符が打たれた感がある。2日前に届いたVista搭載の富士通シーメンスのパソコンは快適だ。@キーが打ちやすい。ACTRLとCAPSキーを取り替え、ATOK方式を採用したので、エンターキーを使わずにすべての入力が確定できる。BVistaのIME日英切り替えがCTRL+Shiftで使いやすい。Cメールを使ってみたがスピードが速い。D音が静かで、キリキリするような音がない。

パソコン本体は5年くらいはもってほしいところだが、5年に1度では「引っ越し上手」になりにくい。私の場合、2年前のパソコン破損のときに、データ&ソフト設定の移行プロセスをすべて記録しておいたので、移行手順も手馴れたものだった。(人生にトラブルが多いという方は、そのトラブルを観察し、記述することが肝要です) また今回、わずか2年で壊れてくれたおかげで、キータッチが快適で、音が静かなパソコンに乗り換えることができた。感謝、感謝。

わずか450ポンド(10万円)だ。私の3台目のパソコンはMac-SEだったが、本体60万円、20M外付けハードディスクは20万円、MS-Wordなどのソフトが20万円で、合計100万円を突破し、5年ローンで払いましたよ、トホホ・・・隔世の感あり。

移行作業の途中で何度か、「Vistaはわかりにくいし、バグがある」「Vistaでは個人情報がネット経由で政府にチェックされる」という瞬間の思いがあったが、Vista Home Premium版はどっちみちWindow XPにダウングレードできないので、即時に「抵抗」することやめ、新しいマシンを受け入れた。

パソコンはツールにすぎない。ツールは楽しく使う。マシン&OSの移行は大変だが、日本で車を運転していた人が、フランスで生まれて初めてレンタカーを借りるくらいの「ギャップ」はある。海外旅行なのだから、ある程度の準備は必要であり、旅行先では楽しむこと。わからないことは人に訊く、ネットで調べる、そうすれば答えがきっと見つかりますから。

それでは、みなさまにも素敵なパソコン人生が訪れますように。

posted by ヒロさん at 08:38 | Comment(9) | TrackBack(0) | 「引き寄せ」の考察