新約聖書に書かれた奇跡をどの程度信じられるだろうか。処女懐妊、除霊と癒しのパワー、水上歩行、5000人分のパンの魔術、死人を復活させる術、死後の肉体消滅、文字通りの復活、など。
一般にキリスト教を信仰する人たちは、
の2つを重視するが、シュタイナー派のキリスト教徒になるためには、さらにもう1つの敷居が用意されている。
イエスは2人存在した
ことを信じないといけない。イエスは0人だった、つまり存在しなかったという説は昔からたくさんある。最近ではイギリスにいるデヴィッド・アイクが「イエスはいなかったろう論」を展開している。日本では聖徳太子は存在しなかった、でも聖徳太子伝承・信仰はあるという説があるが、「イエスはいなかった(でも信仰はすばらしい)」というキリスト教徒がこの世に存在するのかどうか。
ともあれ、シュタイナー派の場合は「イエスは2人いた、でも途中で1人になった」という説だ。この説の基本は、新約聖書の福音書にある「マタイ伝」と「ルカ伝」の記述の食い違いは、2人のイエスがいたことですべて説明できるとするものだ。
聖誕祭(12月25日)や公現祭(1月6日)にちなんで、キリスト教圏ではイエス様の誕生を祝って、東方の三賢者やら羊飼いやらが登場する劇があちこちで上演されている。
東方三賢者を記載しているのは「マタイ」で、羊飼いを記述しているのは「ルカ」だ。中世やルネサンスの絵画ではこの2つを厳格に分けて表現している作品もあるが、大方は、細かいことをいうな、どっちも一緒に載せらいいじゃないの、となっている。演劇でも三賢者と羊飼いの両方が登場することが多い。
細かいことにうるさいシュタイナーはそんな妥協的な態度を許さない。キリスト教徒の人も、そうでない人も、イエス・キリストの秘密にしばし耳を傾けていただきたい
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2つの福音書は家系図が露骨に食い違っている。マタイ伝の冒頭には42代の家系図あり、ルカ伝では3:23で84代の家系図がある。シュタイナーによれば、この2つはまったく別のファミリーで、2組の「ヨセフとマリア」とする。話がややこしくなるので、以降、マタイ伝の登場人物をヨセフM、マリアM、イエスM、ルカ伝のほうを、ヨセフL、マリアL、イエスLとする。
まずベツレヘムで、ソロモンの王族の家系を受け継ぐカップルのもとにイエスMが生まれた。実はこのイエスMはペルシャのゾロアスターの生まれ変わりであり、ゾロアスター教の占星術師(マギ)がいち早く察知してお祝いに現れる。一方この知らせを聞いたヘロデ王は、2才以下の子供を1人残らず皆殺しにすることを決意したが、ヨセフM、マリアMは夢のおつげを受けてイエスMを連れてエジプトに逃れる。
ヘロド王による大虐殺のあとに、ナザレではナタン系の聖職者の血を引くカップルのもとにイエスLが生まれる。内緒の内緒だが、このイエスLには仏陀のアストラル体が取り巻いており、ほのぼのとした羊飼いがやってきてお祝いする。同じ頃にイエスLの従兄弟にあたるヨハネ(洗礼のヨハネ)も生まれる。ヨハネがイエスMの従兄弟であったならば、ヘロデ王に殺されているはずなので、30年後の洗礼ができないではないか。
マタイ伝のファミリーは不幸続きだ。父親のヨセフMはイエスMが幼いときに他界。そして不遇のイエスMも12才のときに(原因不明で)急死してしまう。しかしイエスMに宿っているのは超絶ゾロアスターである。このイエスMの肉体をさっさと捨てて、エクソシストの悪魔のようにエイヤーとイエスLに乗り移る。
ここにきて美しい出会いが生まれた。ルカ伝の少年イエスLの中で、ゾロアスターの魂と仏陀のアストラルが合体することになったのだ。イエスLは幼くして超人パワーを発揮し始める。ルカ伝2:41の「神殿での少年イエス」の物語にあるように、お祭りで3日間も行方不明になっていたイエスLが、捜しににきた両親に向かって「どうして私を捜すのか」という意味不明の言葉を返して、両親を驚かせている。ゾロアスターがしゃべっているのだから、無理もない。
この直後にドラマのごとくマリアLが急死する。奥さんなしで淋しいヨセフLのもとに、夫とイエスMを失った不幸続きのマリアMが、ヤコブ、ヨセフ、ユダ、シモンと2人の娘を引き連れて引っ越し、めでたく同居することになる。2つの家族が合体するのだ。ルカ伝3:23をごらんあれ。「イエスはヨセフの子と思われていた」と書いてあるではないか。
さて、新しい兄弟と一緒に育ったイエスLは、30才のときに洗礼のヨハネから「水の洗礼」を受ける。古代の洗礼は水中に完全に水没する儀式で、イエスLはこのとき仮死状態に陥る。古代にはエレウシス、ディオニュソス、オルペウス、イシス=オシリスなどの密儀があるので、少しぐらい死んでも大丈夫。ヨハネ伝11:38を見てごらんなさい。死んで4日たったラザロも復活しているではないか。
つまりイエスLはここで1度死んだのだ。そしてこのときにゾロアスターの魂が抜けて、かつてこの世にただの1度も顕現したことのない「キリスト」という存在がイエスLに入り込んだ。
これ以降は、キリスト教の方々がよく知っているストーリーだ。つまりイエスが「キリスト」だった期間は、30才の洗礼から33才の磔刑にいたるまでの3年間ということになる。
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・・・・と、ここまでの話について来れた人を褒めてあげたい。この話にはさらに伏線がある。12才で急死したイエスMはなんだったのか、かわいそうじゃないか、ゾロアスターさんは最初からイエスLに生まれればいいものを・・・と愚痴りたいところだが、これにも深いわけがある。
シュタイナーによれば、ゾロアスターが崇めた光の神「アフラ・マズダ」は「キリスト」と同一である。ゾロアスターは何度も生まれ変わっているが、以前生まれたときに、エジプトの祖トト(ヘルメス)とユダヤのモーゼを直弟子にしていた。このときに、トトにはアストラル体のパワーを与え、モーゼにはエーテル体のパワーを与えた。
モーゼはイスラエルの民をエジプトから脱出させたが、このときに、モーゼに与えたエーテル・パワーとトトに与えたアストラル・パワーが合流。マタイ伝でイエスMのエジプト行きを仕組んだ本当の理由は、イエスMに宿ったゾロアスターがこれらのパワーと再合体するためだった。
以上の話は、あまりにも複雑だ。キリストを降臨させるために、キッタり、ハッタり、抜けたり、くっついたりであまり美しくない。これに対してシュタイナーは、
真理を「簡単な」ものにしたいと思うのは、多くの概念を形成したくないという怠慢です。偉大な真理は非常な精神力を以ってのみ考察され得ます。機械を作るのにさえかなりの労力を要するのですから、真理が容易に把握できるものであるべきだと望むのは正しいとはいえません。(シュタイナー『仏陀からキリストへ』p63)
と言っているが、さて、どうでしょう。
シュタイナー大学の1年間の基礎コースでは、カリキュラムとして(1%ぐらい)この「2人のイエス論」が入っているわけだが、あまり評判がよろしくない。アフリカからきたキリスト教徒(カトリック)は「この話は人に絶対してはいけない。○○○と思われてしまうから」と、同じ国から来た友人(英国国教会)をたしなめた。
アジアから来ている非キリスト教徒の場合は、聖書を読んだことがない人がほとんどなので、何がなんだかわからないうちに終わる。で、結論として「キリストを実現するために、ゾロアスターや仏陀やモーゼの力も働いたのね、連係プレーは美しい」というハッピーな認識でごまかすか、いっさい無視して素通りするか、あるいは深く悩みこんでしまうか、いろんなパターンがある。
私はあまりにたまげたので、ティールームで「たまげた!」と声を上げていると、他の学科のドイツ人が「君は正しい。シュタイナーは間違っている」と話しかけてきた。で、このドイツ人は後で何を勘違いしたのか、自分の通っている教会(たぶんルター系)に入らないか、としつこくさそってきたので、これまた辟易してしまった。
これを教えた側はどうであろうか。授業は2人の先生が共同で担当したが、60才近い副主任の先生は「なんか、仏教がキリスト教の下敷きで終わったかのような印象を与えるかもしれないけれど、これは仏教の進化がその後止まったという意味ではありませんから・・・」と軽くフォローアップする。本気で信じていない口ぶりだ。
一方40才ぐらいの主任の先生のほうは、ユダヤ教のことを全然知らないユダヤ人の息子で、シュタイナー信者だ。4つの福音書はキリスト昇天後の五旬祭(使徒言行録2:4)でチャネリング現象が起きたときに、弟子たちが霊的経験が通して記述したというシュタイナー説を信奉している。なので、私がどんなに新約聖書の成立過程を説明して、マルコが古いんですよ、ルカとマタイはコピー&ペーストですよ、ルカと使徒言行録は同じ筆者で、マタイがトップバッターに来ていることや、マルコが一時抹殺されかかったこと、外典(トマス福音書など)がはずされたことなどは、すべて政治的な配慮ですよ、と説明したのだが、理解してもらえなかったようだ。
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さて、シュタイナーはどうして「二人のイエス」という複雑な説を考えた(あるいは霊視した?)のか。その答えは以下の3点にあると私は考える。
1) 薔薇十字団(Rosicrucian)の影響。キリスト教神秘主義の大きな流れは、この薔薇十字団が担っているが、ごく単純化して公式を示すと「薔薇十字=ヘルメス+カバラ」だ。ヘルメスはエジプト神秘思想で錬金術につらなり、一方のカバラはユダヤ神秘思想。両方ともにゾロアスター教から強烈な影響を受けている。
2) 神智学(Theosophy)からの影響。シュタイナーは1902年から1912年までブラヴァツキーが創設した神智学のドイツ支部長を務めている。ブラヴァツキーは植民地主義に真っ向から反対し、仏教徒に改宗しインドから霊性主義を展開し、ドイツ霊性主義と合流した。
3) 社会進化論(社会ダーウィン主義)からの影響。シュタイナーは「個体発生は系統発生を繰り返す」のヘルンスト・ヘッケル(Ernst Haeckel)を絶大に評価。このアイデアを宗教進化論と霊性進化論に適用し、ゾロアスター、仏教、ユダヤ教をキリスト教に進化合体させる着想を得た。
これに加えて、アーリア人優位説も1枚かんでいる。これらについては、いずれ別エントリーで個別に考察してみたい。