
神経言語プログラミング(NLP: Neuro-Linguistic Programming)の「空白の原則」という話を聞いたことがあるだろうか。
脳に未知に関する問いかけを発すると、脳はその未知の「空白」を埋め合わせるべく、潜在意識的にあらゆるネットワークを駆使してその答えを探してくる、という理論だ。
ただしその問いかけの仕方がとても重要だ。「私はどうして×××ができないんだろう」「何であんな嫌なことが起こっちゃったんだろう」という質問をしても、おまえはバカだから、いい大学を出ていないから、親の教育が悪かったから、日頃の心がけが悪いから・・・に始まって、幼児期のトラウマ、胎児期の障害、先祖の祟り、前世のカルマ・・・などの答えが延々と待っている。
変な質問をすると変な答えが返ってくる。
「私はどうしたら○○○ができようになるだろうか?」
という質問を、心がワクワクしているかどうかを感じ取りながら、何度も何度も問いかけることが重要だ。分析や方法論は考えてもいいが、自分の信じている枠組みから出てくるものはタカが知れている。とにかく問いかける、それもリラックスした状態で問いかける。
日本にいて、英語が全然できない、金もない、コネもない、親が許さない、海外生活は1度もやったことがない、でも「私はイギリスに留学したい」という偽りのない気持ちがあるならば、「私はどうしたらイギリスに留学できるのか」と問い続けることだ。
これはネット検索のようなもので、およそ想像もできないような世界がたくさん待っている。人間の脳(あるいは命)もネットワークになっているようなので、質問した答えは意外なルートで意外なところから、ポッとやってくることが多い。実際にインターネットを使った場合でも、明確な「問いかけ」がある人には未来を開くページが見つかるが、「世の中甘くない」と考える人には、ああやっぱりそうだった、というページが待っている。
何かができるようになりたい人は「ジャーナル(日誌)」をつけることも大事だ。主に心の内面に注目してスポーツの上達を目指すティモシー・ガルウェイ(Timothy Gallway)の「Inner Game」という著作シリーズでも、毎日、長期・中期・短期の目標を書き続けるジャーナルを推奨している。
ものごとの上達のコツについて、斎藤孝は<コメント力><段取り力><まねる盗む力>の3つを提唱しているが、1つ目の<コメント力>は「要約力」と「質問力」がテーマだ。ジャーナルをつける意味を、この「要約力」と「質問力」に当てはめるとどうなるだろうか。
「要約力」は自分の状態や問題点を遠目で観察し、これを言語化するという作業だ。が、ジャーナルで最も大切な「要約力」とは、現況の問題点を書き連ねることではなく、
「○○したい」という未来の要約を書き続けることだ。
「質問力」はもっと簡単だ。優秀なジャーナリストに求められるような技能はいらない。ただシンプルに
「どうしたら○○○ができるようになるか?」と問い続けることだ。
人生うまく行っている人たちの思考形態と習慣は実にシンプルなのだ。
■参考:
「わかっちゃいるけどやめられねぇ」の解明及び逆利用
「部分と全体」の楽観主義、「拡大解釈」のアファメーション
内田樹の研究室:妄想のすすめ(2008/5/28)
少年時代から、私は大学の教壇で教えている自分の姿、武道の稽古をしている自分の姿、官能的なスタイルをしたヨーロッパの車を運転している自分の姿、美しい女性とたいへん愉快なことをしている自分の姿などなどを繰り返し想像した。想像のもたらす現実変性能力は侮れない。
しかるに、今どきの人々はどちらかというと「取り越し苦労」的妄想を優先的になしているように思える。「こんなことが起きたら厭だな」ということを選択的に想像する。自分の嫌いな人間がやってきて、自分が聞きたくないことを言い、自分がされたくないことをする。それをまず前件としておいて、それに「どう対処するか」を考える。
「最悪の場合に備えて」いるのだとご本人はおのれの先見性を言祝いでいるかもしれない。けれど、「最悪の事態」をあらかじめ事細かに想像して、それにどう対処しようかということばかり考えている人の身には、「最悪の事態」が計ったように到来する。
posted by ヒロさん at 18:32
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「引き寄せ」の考察