2008年12月29日

上原ひろみ -- 魂魄の全身作曲家、歓喜の全震ピアノスト

1994年10〜12月のこと、NHKの趣味百科は『ピアノで名曲を 〜バッハからプロコフィエフまで〜』の13回シリーズを放映した。 モスクワ音楽学院教授のヴェーラ・ゴルノスターエヴァの指導を受ける形でさまざまな生徒が参加したが、11月7日の第6回「シューマンを弾く」には高校1年生(1979年3月26日生、15歳)の上原ひろみが登場した。演奏曲はシューマンの幻想小曲集作品12から、第2曲“飛翔”と第3曲“なぜに”だった。(参考リンク)

この番組で第5回「ショパンを弾く」に出演した馬場みさき(1978年生)、第6回「リストを弾く」で演奏した上原彩子(1980年生)は、上原ひろみとともにヤマハマスタークラスの受講生だ。ショパンを弾いた馬場みさきは、その後パリ国立高等音楽院を卒業し、現在フランスで活躍中。リストを弾いた上原彩子は、2002年にチャイコフスキー国際コンクールでトップに輝き、プロとして活躍。

ショパン好きはフランスへ行き、リスト好きはチャイコフスキーやラフマニノフを征服していくので、ある意味でわかりやすい。一方、シューマンを弾いた上原ひろみは、その後ボストンのバークレー音楽院に進み、いわゆる“ジャズ”ピアニストとしてデビューする。ヤマハでは彼女のクラシック演奏は“規格外”だったかもしれないが、作曲・編曲では抜群の才能を発揮していた。

中1〜高2のときの上原ひろみは、ヤマハが毎年8月末に主催しているJOC(Junior Original Concert)で毎年、自作のピアノ曲を披露している。

  • 1991年(中1)・・・・『アメリカン・ストリート』
  • 1992年(中2)・・・・『Catch Tomorrow』
  • 1993年(中3)・・・・『Big City』
  • 1994年(高1)・・・・『Target』
  • 1995年(高2)・・・・『Take Action』(エレクトーン2人、パーカッション3人との共演)

    曲名はすべて英語だ。それぞれの年の翌5月には、ヤマハとユニセフが共催するユニセフ・チャリティコンサートがあり、やはり同じ曲を演奏している。国際体験も豊かだ。ヤマハJOCの国際コンサートでは、チェコスロバキアで開催された1993年の身障者向けチャリティーコンサートで地元の交響楽団と共演。また、1997年の米ミシシッピー州のコンサートに(ジュニア資格を卒業した)特別ゲストとして参加している。

    上原ひろみが勉強した浜松北高校は、毎年、東大と京大に計30人を送り出すという進学校。この浜松北高校の国際科を選択しているので、英語の授業は普通科よりも多い。昼休みはいつも学校ホールのグランドピアノを弾きまくり、放課後は軽音楽部でロックピアニストをやるなど、音楽三昧の日々であったという。ヤマハがこの作曲科の逸材をChick Coreaに会わせたのは、高校2年の12月だった。彼のコンサートで飛び入り演奏をするなど、その才能を認められ、かわいがられている。

    インタビュー記事の1つで興味津々だったのは、彼女が高校生のときに惚れ込んでいたというアーティストたちだ。

    ――軽音楽部では、どんな音楽を演奏していたのですか?
    上原「ジャニス・ジョプリン、ビートルズ、コーデュロイをはじめ、当時流行していたアシッド・ジャズだったり、とにかくいろいろなアーティストの曲を演っていました。<中略>TOTOジェフ・ベックも聴いてましたけど、あの頃の音楽はいいですね。音楽が歌ってますし、ビートに頼ってない。ドラムやビートを抜いても、いい音楽なんですよ。それに加えて、上手いドラマーが叩いていますから、たまらないですよね」
    ――かなり幅広く聴いていたんですね。
    上原「本当に、まとまりがないですよね(笑)。でも高校の音楽科に行ってたら、スコット・ジョプリンは知っていてもジャニス・ジョプリンは知らない……そういうことになったかもしれません。当時演っている音楽の中で、一番好きだったのはロックンロール。チャック・ベリーは、赤坂までライヴを見に行きましたし、未だにジェリー・リー・ルイスのHPとか、チェックしてるんです。ルイスの「火の玉ロック」、一度でいいから生で見たいなと思いますもん(笑)
    (ソース:ラプライズ)

    全身全霊の絶叫で魂をゆさぶるロック・シンガーのジャニス・ジョプリン(Janis Joplin:1943-1970)のファンだったそうだ。スコット・ジョプリンは知っていても、ジャニス・ジョプリンを知らなかった私は、麻薬漬けのジャニスが亡くなる直前のYouTube映像を垣間見ることになった。2年間で200万というアクセス数がこの伝説のシンガーの存在感を物語っている。

    上原ひろみはその後、意外にも法政大学の法学部に進学する。法学部を卒業した6歳上の兄の影響だという。が、すでにアメリカ留学を堅く心に決めており、法政中退は時間の問題だった。大学1年の18歳のときにアメリカに1人旅に出掛け、20歳のときにヤマハの留学奨学金を獲得し、アメリカの音楽大学を3つ視察した結果、バークレー音楽院の作曲編曲科に決めた。

    上原ひろみは6歳のときから12年間、ヤマハ音楽教室に通った。ヤマハはこの教室指導に加え、JOCという演奏の場、チック・コリアとの出会い、バークレー留学の奨学金などを提供し、彼女の成長に大いに貢献した。プロデビュー後には、ヤマハのCMにも登場するようになったが、25秒のCM録画のために何度も同じ曲を弾き直すシーンでの彼女のコメントが印象的だ。

    「途中から違う方向に行きたくなりますねー。クラシックのピアニストの人って、本当にすごいなって思うんですよ。同じことを弾いて、それを違うように毎回料理して・・・」(ソース:YouTube)

    一体どの方向に爆発するか、奇想天外で予想がつかないのが上原ひろみの魅力だ。YouTubeビデオのコメント欄には、女版のChick Coreaだとか、Bill Evansをすでに凌駕した、いやしていないとか、そもそも上原はジャズのセンスがない、あれはプログレッシブ・ロックだ、似ているアーチストがいるとすればMichel Petrucciani、そんなことより彼女は神懸かっている、こいつは化け物だ、彼女と結婚して20人の子供を生せたい、最近のあの曲は以前のと似ている、あの表情は受けを狙っている、いや、心の底から全身・全震で音楽を楽しんでいるだけ・・・と、まあ、これも面白い。

    彼女の音楽センスを育てたのは、2人の先生。ヤマハ音楽教室(作曲)の先生はジャズ好きで、インプロビゼーションのセンスがどんどん展開された模様。また、ヤマハと並行で同じく12年間通った自宅近くのピアノの先生も大のジャズ好きで、8歳の頃からこの先生のLPを借りて、聴き始めていた。初めて聴いたジャズは、Oscar Petersonの『ウィー・ゲット・リクエスト』とErroll Garnerの『コンサート・バイ・ザ・シー』で、子ども心に「楽しい!」と感じたのを覚えているという。

    このジャズ好きのピアノの先生は、上原ひろみの『シューマン』もおおらかに指導していたことだろう。NHKの放映で15歳の彼女の演奏風景を観たという人によると、番組のロシア人の先生から「もう少し感情をこめて」「作者の気持ちを考えて」といろいろ注文がつけられたが、これに対して「こうですか?こんなですか?それともこれ?」と気迫を込めて、挑戦的に質問していたのが印象的だったという。そんな挑戦心と納得するまで引き下がらない気迫も、今日の上原ひろみの原点であろうか。(参考リンク)

    ■私がお奨めする上原ひろみ
  • ジャズっぽい感じはこれかも・・・「old castle, by the river, in the middle of a forest」
  • これを聴いて心の不況を吹っ飛ばせ・・・「The Tom and Jerry Show」
  • posted by ヒロさん at 14:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | ピアノが好きなの♪

    2008年12月14日

    映画「いとこのビニー」から、高知白バイ「捏造事件」へ

    国際便の機内でひさびさに映画を観た。『My Cousin Vinny (いとこのビニー)』という裁判もので、司法試験を取ったばかりのド素人弁護士が、殺人容疑をかけられた従兄弟のために奮闘するというハチャメチャの裁判劇だ。

    「犯人の顔に間違いない!」という複数の証人が登場するが、その目視能力や記憶はほとんど信用にならないことを反対尋問で1つ1つつぶしていく。

    だが、検察側が最後に連れてきたのはFBIの科学鑑定官(自動車解晰班)。現場に残されたタイヤ痕の化学成分が被告の車のものと完全に一致したと主張され、弁護士は窮地に陥る。ところが・・・というストーリーだ。

    この映画を観て、妙な“ダブり”を感じさせるのが、2006年3月3日の高知白バイ衝突事件だ。この事件の裁判では柴田秀樹裁判長が、バスに乗っていた生徒の複数の証言、バスの直後を走っていた車の証言を「供述者が第三者というだけで、その供述が信用できるわけではない」と一蹴。しかし、もう1台偶然走っていた白バイの証言のみは信憑性があるとして採用している。

    さらに検察側は事件から8カ月たってから「タイヤのスリップ痕」の証拠を突然提出。被告側はバスは完全に停止していたと主張しており、仮に時速10キロのバスが急ブレーキを踏んだとしても、1メートルのスリップ跡は残らないとして反論の証拠・証言を準備して高等裁に臨んだものの、高等裁は「反省の色がみられない」などの理由でわずか30分で結審。

    『いとこのビリー』はハッピーエンドの二流映画(ただし女優はアカデミー賞)だが、審理の過程はリーズナブルだ。一方の「高知白バイ裁判」は証拠捏造が疑われているのに反論の機会さえもない、共産主義独裁国家のような茶番裁判だ。

    いつまでリンクが残るかわからないが、テレビ朝日の「報道発 ドキュメンタリ宣言」では2008年12月1日(月)に以下の番組『なぜ私が収監されるのか」〜高知白バイ事故の真相〜(45分)』を報道した。文字や写真だけではネットでちらほら見かけても他人事のように思えてしまうが、すぐれた映像は情感に訴えとともに、事実関係の理解を深める。やはり映像の力は大きい。


    「なぜ私が収監されるのか」〜高知白バイ事故の真相〜(45分)

    問題のスリップ痕写真について、飲料水を使って警察が意図的に造ったという推理をしているが、単なるデジタル処理の可能性はないのだろうか。現場捏造であれば、手回しが早すぎるという印象がある。が、現場付近に他に3台の白バイがいたという証言があり、ここで100キロスピードの(違法の)路上訓練をしていた可能性があり、同僚をかばう工作がすぐになされたのではないか。

    参考リンク:
  • JANJANニュース:高知「白バイ事件」の闇(2008/1/1)
  • JANJANニュース:どうすらあや? 「白バイ事件」裁判の行方(2008/2/1)
  • ニュースの現場で考えること:高知白バイ「事件」(2008/11/3)
  • 弁護士紀藤正樹:「冤罪としか思えない高知白バイ事件」(2008/12/5)
  • 雑草魂(バス運転手の家族ブログ)
  • posted by ヒロさん at 13:53 | Comment(6) | TrackBack(0) | 映画・ドラマ・アニメ
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