2009年06月29日

私の心に響いた英語の歌 ― ジェネレーションZからの贈り物

かつて大学生のときに、家庭教師(英語)のアルバイトをよくしていた。高3の生徒は、私がローリング・ストーンズを知らなかったことにショックを受け、その日の勉強が成立しなかった。ギターの好きな子だった、そういえば。

私の高校英語の授業で「歌」をときどき取り上げているが、ビートルズ、カーペンターズ、サイモン&ガーファンクルのたぐいばかりではジジババ臭い。君たちが好きな曲は何なの〜と質問すると、いろいろと答えが返ってきた。その中から、授業で一部扱ってもよさそうなもの、かつ、私の心に響いたものの中から6曲を紹介したい。


Viva la Vida (Coldplay)

I'm Yours (Jason Mraz)

Innocence (Avril LaVigne)

Bad Days (Daniel Powter)

Catch the Wave (DefTech)

Where is the Love (Black Eyed Peas)

経済成長を知らないジェネレーションZからの贈り物。素敵な歌の数々をどうもありがとう。

posted by ヒロさん at 21:37 | Comment(4) | TrackBack(0) | Learning English

2009年06月28日

1日60カロリーの青汁で、健康体を維持する仕組みとは

毎日、青汁ダイエットを実践している人たちがいる。また、1日1食で健康体を保っている人もいる。だが、1日1食の内容が、青汁1杯のみで60kcalだとしたら驚異的だ。

私がヨーグルト生活を始めて間もないころ、辨野義己の『究極のヨーグルト健康法』に出会った。この先生は名前そのままに“べんの”研究の第一人者で、世界中から大便サンプルを集めて、腸内細菌の種類や比率を調査している。

1996年以来、葉菜150gの青汁だけで生きているという女性(森美智代)の排便を、この辨野先生がついに分析することになった。

食物繊維を分解してアミノ酸をつくり出す「クロストリジウム菌」の比率が9.8%と、通常の人の約100倍になっていた。このクロストリジウムは食物繊維の分解だけでなく、腸内のアンモニアを再利用してアミノ酸を合成する働きをしている。辨野先生は「まるで牛のお腹のようだ」と驚嘆する。

草ばかり食べている牛が、牛肉や牛乳などタンパク質を合成できるようなもの、と言えばいいのか。それにしても、彼女の食べる量はあまりにも少ない。脳や細胞に送られるべきブドウ糖はどうなっているのか。通常は毒素となるケトン体のうち、アセト酢酸やβ-ビドロキシ酪酸がブドウ糖の代用で使われている可能性があると書いている。

免疫力と関係がある血中のインターフェロン濃度は、常人の4倍。また、1200kcalは必要なはずの基礎代謝量がその半分で済んでいる。睡眠4時間で鍼灸師としてバリバリ働いているのもかかわらず、だ。1日60kcalしか摂取していないのに、体重はこの14年間で50→60キロと10キロ増えている。

彼女が青汁の食事療法を始めたきっかけは、1984年(21歳)に診断された脊髄小脳変性症という不治の病だった。1988年の頃は1日2食で、葉菜・根菜の青汁が各500g、玄米生粉が70gという1日650kcalの生活だった。その後、お腹が張るような感覚があり、体重も増え始めたため、食事を徐々に減らした結果、1994年から葉菜の青汁だけになったという。

2002年から3種類のサプリメントを追加しているが、スピルリナ20粒(黄緑野菜エキスに匹敵)、エビオス20粒(ビール酵母)、ビタミンC1錠だけで、微々たる摂取量だ。

「食べる」とは一体何なのか、栄養、エネルギー、生命力、免疫、腸内細菌の仕組みは一体どうなっているのか。みなさんもじっくりと考えてみてほしい。

posted by ヒロさん at 00:10 | Comment(6) | TrackBack(0) | 食生活&サプリ

2009年06月21日

「悩まない」力:すべての人に喜びと生きがいを

歴史・教育関係の書棚が豊富で、椅子に座って何時間でも本が読める素敵な書店を発見したので、つい長居をしてしまった。途中からメモが取りたくなって、たくさんメモを取っていたところ、店員さんから「書店内でのメモ書きはお断りしております」とお叱りを受けた。

以前の私ならば、先生に叱られた子供のように、ひどく落ち込んだかもしれない。あるいは「こんな書店に2度と来るもんか」と心の中で反発したかもしれない。しかし今回は「あっ、そうなんですか? それは知りませんでした」とケロっと対応し、その後もあまり気にならなかった。

メモ書きで読んでいた本は、大島清の『悩まない力』だ。私が共感した小見出しを以下に太字で列挙する。

  • 「食べることは、こんなに楽しいことなんだ!」と味わう。毎日繰り返す「食」の世界にできるだけ「快」をもたらす。
  • 「あの角を曲がれば何かが見える」という好奇心を大切にしながら散歩し、新しい店に入り、人に声をかける。
  • 誰でも毎日、いいことが一つはある。今日も面白いことが待っている、を心の合い言葉に。「ちょっといいこと日記」をつけるのもいいかも。
  • 世間に疎いのはいいことだ。自分だけ知らない話題にも、「知らないなぁ」「教えてよ」とニコニコと、ずうずうしく入り込む。
  • 人の楽しさに水を差さない。いずれ、自分の感動や喜びにも水を差すから。
  • 子供だろうが同僚だろうが、相手のいいところだけを眺める。
  • いつでものどかな視線をもつ。“睨む”ことをすべてやめてみる。人なんて変えられるものじゃないので「あれまあ」と驚いて、おおらかに。
  • 自分を幸せな人だと思う。布団の中で、今日もいい日だったなぁ、明日もいい日でありますように、とつぶやこう。
  • 「どうしてこうなんだろう」と悲しまない。「どうしたら○○○になれるかなぁ」と考える。
  • これまでに学んだことはたくさんあるぞ。人生は全部学びのレッスンなのだから、すでに学んだことは、あれもこれも、たくさんある。
  • 「一生懸命の人」が手強いと知る。夢中のパワーはすごい。夢中になれる人、夢中になれる自分を応援する。
  • 「人生に不要なもの」を見つける。人生に必要なものを探すのもいいけれど、あってもなくてもいい「不要なもの」をどんどん捨てようよ。
  • 自己主張にこだわらない。自分の信じている「絶対」なんて、なんぼのものやね。
  • 他人の態度に対して「鈍感」になれ。書店の店員に文句を言われても気にするな。

    私はこれに加えて、トイレ瞑想をお勧めしたい。トイレに座るたびに、あるいはトイレのフタを閉めるたびに「すべての人に喜びと生きがいを」と念じる。すべての人の中で、やっぱり「私」が一番大事なんだけれど、すべての人と言った方が気持ちがよい。

    悩むことができるのは青春の特権だ、創造力のパワーだ、頭の中がグシャグシャするのが大好きだ〜という人は、姜尚中(カン・サンジュン)の『悩む力』で大いに悩んでほしい。


  • posted by ヒロさん at 21:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | 「引き寄せ」の考察

    2009年06月20日

    MISIAのエンタメデイズ:問題解決の回路、人生を楽しむ回路

    高2の授業でMISIAの話をしようとしたときのこと。「手紙の最後にxxxというバツマークをつけるのは、キス、キス、キスの意味ですよ。MISIAの曲にも『Kiss and Hug』という歌があるでしょ・・・」

    ところが生徒は「だれ〜それ?」という感じで反応しない。それもそのはず、今世紀に入ってからJポップを全然チェックしていない私が「ミシア」と覚えていたためだ。「ミーシャ」だったのか、恥ずかしい。(ついでにKAT-TUNとエグザイルも勉強しろ、と言われた)

    ということで、MISIAが雑誌『アンアン』に連載したエッセイ集を読んでみた。学校でいろんな科目を勉強するのは、彼女の小学校の先生によると「いろんな“回路”をつくるため」であり、単に覚えることが目的ではなく、いろんな回路があることで、問題解決の回路や人生を楽しむ回路が開けていくのだよ、とのこと。いいことを言うねぇ。

    ゴスペル系ミュージカルに出会ったのがきっかけで、12歳でシンガーになると強く心に決めたMISIA。好奇心が旺盛で、自分の可能性を切り開くために、次から次へと回路づくりに励んでいる。


    Annie Get Your Gun - Anything You Can Do (3分)
    ■ミュージカル
    MISIAはキャッツ、オペラ座の怪人、サウンド・オブ・ミュージック、コーラスライン、Mama, I Want to Sing、ウィズ、オズの魔法使い、ウェストサイド物語、キス・ミー・ケイトが大好き。私はこれに「アニーよ、銃をとれ(Annie Get Your Gun)を追加したい。

    ■ライブ
    MISIAがアメリカで聴いた感動のライブコンサートは、メアリー・J・ブライジ(Mary J. Blige)、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)、リズ・ライト(Lizz Wright)、ミッシー・エリオット(Missy Elliott)、アリシア・キーズ(Alicia Keys)、ビヨンセ(Beyonce)、レイラ・ハサウェイ(Lalah Hathaway)、ラサーン・パターソン(Rahsaan Patterson)など。

    ■映画
    MISIAの好きな映画は、風の谷のナウシカ、キッド、マトリックス・リローデッド、ショコラ、コーラス、アドルフの画集、トイ・ストーリー、モンスターズ・インク、ディープ・ブルー、バレエ・カンパニー、You Got Served、ベルヴィル・ランデブー(アニメ)、五線譜のラブレター、ネバーランド、エターナル・サンシャイン、海の上のピアニスト、など。

    ■小説
    MISIAがはまった小説は、アヒルと鴨のコインロッカー、重力ピエロ、真夜中の5分前、アルケミスト、博士の愛した数式、インストール、黒冷水、星の王子様。

    ■絵本
    絵本では、おーいでてこい、はろるどとむらさきのクレヨン、100万回生きたねこ、ほくを探しに、ビッグ・オーとの出会い、オリビア。

    ■マンガ
    マンガでは、ドラゴンヘッド、Pluto、20世紀少年、ホムンクルス。

    ■短編・TVドラマ
    その他、徹夜しなくても読めるお勧めの短編は、ジュンパ・ラヒリ「停電の夜に」、エイミー・ベンダー「燃えるスカートの少女」、セオドア・スタージョン「不思議のひと触れ」。TVドラマでは「24」。

    ■趣味
    趣味で新たに始めたのはカメラ。過去の思い出を引き出したり、見直したりするトリガーとして活用しているとこのこと。

    ■現在療法+過去療法
    今を感じることで元気になること(料理やカメラ)もやっているが、さらに過去に浸ることでエネルギーを得る“過去療法”も活用中。MISIAの過去療法は10代の頃に好きだったローリン・ヒル(Lauryn Hill)、ダニー・ハサウェイ(Donny Hathaway)、ミニー・リパートン(Minnie Riperton)を聴くこと、だそうだ。

    posted by ヒロさん at 23:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | ♪音楽たのしいなぁ

    2009年06月18日

    「学級の歴史学」:モニター制度から年令別の修身教育へ

    幼稚園から高校まで、同じクラスには同じような年令の生徒たちがいる。学校教育に携わっていると当たり前の風景だが、同じ学級に同じ年令の子供を集める教育制度はおよそ100年前からだ。イギリスでは1870年に初等教育法が制定され、日本では1872年(明治5)にフランスを手本にした義務教育制度が始まり、年令別の学級システムが始まった。都市部から徐々に普及し、全国的に定着するまでに20〜30年を要した。

    年令を特に規定しない学級制度は、さらに100年を遡り、教育先進国のイギリスで「モニトリアル・システム(Monitorial System)」が発明された。成績優秀の上級生1人(=モニター)が下級生10人を指導するシステムだ。文法学校で古くから行われていた“相互教授法”で、低コストが売り物となり、教育の大量生産を実現。この方式はイギリス国内はもとより、欧州、アフリカ、北米で爆発的に普及した。

    産業革命後のイギリスは、都市部で良質・均質の労働力が必要になる一方、インドなどの植民地において効率的な英語教育が求められていた。軍隊をモデルに導入されたこの制度には、英国国教会とクエーカー教の2流派がある。非教派主義を打ち出したクエーカー派は、英国の貴族・国王などの援助が途絶えて窮地に追い込まれたが、セクト乱立のアメリカ東部では急速に普及した。

    生徒が生徒を管理する方式は、単純な読み書き・計算では効果を発揮したが、教科が地理・歴史・科学・音楽・体育などに拡大するにつれて馴染まなくった。また、学校建設や教員養成への補助金を通じて国家介入が始まり、優秀な教師が一元的に生徒を監視する “ギャラリー方式”(階段型の大教室)や、修道院をモデルにした規律教育が導入されていく。

    教育制度はまず“工場の原理と教育の原理は同じ”と見立てられ、次に個々の規律・道徳心に入り込む “修道院の手法”(フーコーのいう司牧的権力)が重ね合わされた。

    国家統制のもとで年令別の学級システムが始まるのは、日本も欧米もほぼ同時期だ。ただ、日本では江戸時代に寺子屋はたくさんあったが、大量生産のモニトリアル・システムを経験したことがなかった。また、全国一斉に導入できるキリスト教的な修道院モデルもなかった。

    だが、教育勅語や修身教育のモデルづくりでは、キリスト教徒の洗礼を受けた知識人がおおいに貢献している。

    ■年表
    • 1867・・・薩摩留学生の森有礼、ハリスの米コロニーへ
    • 1870・・・イギリスで初等教育法が成立
    • 1871・・・新島襄、ボストンで初めて森有礼と対面
    • 1872・・・明治政府、フランスの学校制度を導入
    • 1875・・・新島襄、同志社英学校を開校
    • 1876・・・クラーク博士、新島襄の紹介で札幌農学校へ
    • 1879・・・明治政府、アメリカを手本に「教育令」
    • 1885・・・森有礼が初代文部大臣、良妻賢母教育を強調
    • 1890・・・教育勅語、修身教育の確立
    日本の初代文部大臣となった森有礼(もりありのり)は、1965年に薩摩留学生としてイギリスに向かうが、スウェーデンボルグを信奉するキリスト教神秘教団に惹かれ、米ニューヨーク州の教団コロニーで1年を過ごす。この森有礼から新島襄、クラーク博士、内村鑑三、新渡戸稲造などにつながり、キリスト教をベースにしたエリート教育のネットワークが広がっていく。

    最初の私費留学生 新島襄と岩倉使節団、そしてヴィーズバーデン
     さて、新島は森と、カトリックとプロテスタントの両者の相違の問題、及び自分の帰国の方法などを話し合った。まず、前者に関して、当時の新島は、プロテスタントをカトリックとは明確に区別しており、カトリックは、ローマ法王に随従して神を忘却し国を衰えさせるが、プロテスタントは、唯一神様だけを信奉し、民を愛する志を養い、国を栄えさせる、と考えていた。<中略>
     森は、これに呼応するように、現在、日本政府の上層部が、カトリックとプロテスタントの間に大きな相違があることをわかり始めていることを新島に話した。そこで、新島は、森の言葉に力を得て「2、3年以内に政府がプロテスタントの宣教師たちに対して国を開くであろう」(同年3月21日付フリント婦人宛新島英文書簡)との見通しを得たのである。

    新島は1870年の普仏戦争でプロシアが勝利したことに言及し、プロテスタントに国を栄えさせる原理があると強調。一方、政府を代弁する森も「日本政府の上層部が、カトリックとプロテスタントの間に大きな相違があることをわかり始めている」と答えている。かつて、“カルト” 一派で1年間の集団生活を送った森だったが、彼自身もキリスト教各派の相違について徐々に理解が深まっていたのであろう。


    posted by ヒロさん at 15:49 | Comment(1) | TrackBack(1) | ○○の歴史・文化史
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