2010年11月30日

重たいわ、重たいのよ、ねぇ、あなた、お願いだから・・・

先日、英語圏の人と国際結婚している大阪のマダムとお茶をして、とても危なくって、おもしろい話を聞いてきました。国際結婚を真剣に考えている方は、どうかご参考に。

彼女の旦那さんは割とゴッツイ体をしており、体の重みがズッシリとあるお方。2人は仲むつまじく愛を交わして、彼女が行ったり、彼が「I'm coming」したり、忙しく行ったり来たりで、めでたく昇天することになったんだって。(ハイ、ハイ、よかったわね)

で、下になっている彼女が、あまりに体重を掛けられるのはたまらないので、日本語で「重たい」と音を上げてしまった。切ない声で2回も。

そしたら、旦那さん、何を勘違いしたのか、すごいハッスルしちゃって、再チャレンジを始めたの。ちょっと、ちょっと、あなたやめてよ、もう重苦しいっていってるじゃない・・・・ねぇ、ちょっと・・・・。旦那さんは日本語はそこそこわかる。「重い」という単語も知っている。でも「重たい」という微妙なバリエーションを知らなかった。それで、彼女の「重たい」は別のコトバに聞こえちゃったのよね。

One more time.

こういうコトバを切なそうにささやかれると、男の人って燃えるのよ。

■ワンポイント英語講座
日本語では「行く」で英語では「来る」だから、気持ちよさのベクトルが違うと解釈する人がよくいるけど、ちがうの。英語では2人称(あなた)のところに行くときは、相手の立場を思いやって「I come to you」という表現を使う。だから「I'm coming」という表現は、素敵な世界を2人称に見立てて「行っちゃう」ということ。ステキな極楽浄土へ、お花畑の世界へ、大好きなあなたのところへ・・・。

posted by ヒロさん at 13:55 | Comment(4) | TrackBack(0) | Learning English

2010年11月28日

世界中がトレーニングジムになる「30秒ドローイン」

食事の量は2年前の約半分だ。ときどき早朝ジョギングや腹筋体操もしている。でも、お腹はなかなかスリムにならない。とくにヘソ下は手強い。何かいい方法はないものか。

スロトレ(ストートレーニング)を調べている間に発見したのが、このドローイン(draw-in)というトレーニングだ。あまりにも簡単で、あまりにも単純だ。でも効果はある。

いつでもできる、どこでもできる。お風呂でも、ソファーでも、仕事場の椅子の上でも、歩きながらでもできる。「仕事が終わって時間があったら」と思っても時間がとれない。トレーニングジムに行くには、さらに時間と費用がかかる。この方法は、世界中でどこにいても「いま・ここ」をトレーニングジムに変えて、スリムなお腹をつくる簡単な必勝メソッドだ。

しごく簡単。

お腹と背中が、くっつくぞ♪

というイメージで、20〜30秒ぐらいヘソをぐっと引っ込める。これを布団の中で、椅子の上で、電車の中で、通勤や買い物へ行く途中の路上で、そして、くつろぎのソファーの上で、さらにダメ押しで、ベッドの中で寝る前にもやる。

なぜこんな単純なことが効くかというと、内部のコアの筋肉が鍛えられ、内蔵の位置が調整されていくからだ。背筋(はいきん)も鍛えられ、背中がのびて、歩き姿勢もよくなる。ただ「出る」に任せていたお腹を、意識的に「出し入れ」できるようにすることで、脂肪が燃えやすいお腹になる。

この本ですばらしかったのは、この単純な方法に、スクワットの組み合わせが紹介されているところ。後ろに手を組んで腕を伸ばし、ドローインをしながらスクワットをする。肩こりにも効いて、お腹も引っ込んで、脚の速筋も鍛えられる。一石三鳥。

ぜひ、お試しあれ!

posted by ヒロさん at 17:40 | Comment(1) | TrackBack(0) | ささやかな健康法

2010年11月27日

「ジャズと生きる」:女性ジャズピアノの先覚者、秋吉敏子

私のピアノの先生が、秋吉敏子の京都コンサートを聴いて感動し、もの凄い「衝撃」を受けたと漏らしていた。彼女は1929年12月12日生まれなので、80才の現役コンサートだ。

以下の2つのビデオを見比べてほしい。左はオスカー・ピーターソンに認められて、ボストンのバークレー音楽院に留学し、メキメキと実力をつけ、1958年(29才)にテレビ出演したときの映像。右はプロデビュー60周年を記念し、2006年(77才)に日本で演奏したときの映像。


Toshiko Akiyoshi Piano Trio (1958年)

Toshiko Akiyoshi - The Village  (2006年)

どちらの映像も、後半でノリノリになってくると、楽しそうにニカッと口角を上げるのが印象的だ。

77才で60周年ということは、17才がプロデビューだ。1929年、満州の遼陽生まれ。四人姉妹の末っ子で、満州紡績社員の父親のもとに生まれた。ピアノを始めるきっかけは小学1年のときのこと。学芸会で小3の女の子が弾いたモーツァルトの『トルコ行進曲』に魅せられて、学校の先生から週2回のペースで習い始めた。16才のときに終戦を迎え、遼陽はロシアの占領化に入ったが、ロシア人兵士の慰問コンサートなどで活躍した。

翌年、九州の別府に引き揚げ、17才で進駐軍ダンスホールのバンドピアニストになる。プロピアニストとしての出発点だ。看護・医学学校に行かせる予定だった父親は当初、猛烈に反対したが、さしあたり収入のない一家としては彼女が高給取りの稼ぎ頭だった。初日に楽長から渡された“楽譜”は曲名とコード記号だけで面食らったものの、すぐに慣れたという。

その後、ファンの自宅に呼ばれ、78回転のレコードで聴いたテディ・ウィルソン(Teddy Wilson)演奏の『Sweet Lorraine』に衝撃を受ける。テディ・ウィルソンのように弾きたい!という強い憧れをもつことになる。

1953年(24才)に東京のライブハウスでオスカー・ピーターソンとの出会い。夜は麻布で演奏、昼はバド・パウエルのレコードを採譜して、その通りに弾けるようになるまで、何度も練習した。1954年に、アメリカの『ダウンビート』誌に自分のレコードに関する評が掲載。1956年1月、バークレー音楽院に留学。

アメリカでデビューしてからも、まとまった仕事は入らず、生活は厳しい。今でこそ女性ジャズピアニストは珍しくないが、当時は基本的に男の世界、かつ黒人の世界。日本人への人種差別もある上に、取り立てて美貌というわけでもない彼女は、着物をまとってジャズピアノを弾く「もの珍しい見せ物」のように思われていたのかもしれない。

ニュージャージーに在住し、1963年(34才)に最初の夫マリアーノとの間に一女を出産。夫は前妻との間に4人の子供がおり、前妻が家出をしたため、彼のみボストンへ。別居はやがて離婚となり、家賃を払うのが大変になった。子供がいるため、地方巡業の仕事ができない。安定した収入を求めて、コンピュータープログラマーの養成学校に申し込みをいれたほどだ。

2度目の結婚の後に、もうピアノはやめて子育てに専念しようか、と真剣に迷ったことがある。姉の結婚式で一時帰国したときに、知人(庄子さん)の紹介で京都の高名なお坊さんを訪ね、「ピアノを捨てるべきでしょうか」と答えを求めた。

◆秋吉敏子 『ジャズと生きる』(岩波新書) p202
私の姓名の書いてある紙を見ていた恰幅の良いそのお坊さんは、テーブルの前に座った私に、紙を差し出した。見るとそこには「一女、離婚」と書いてあった。驚いている私に「何を知りたいのですか?」とお坊さんはおっしゃった。私は自分が庄子さんと同様、仕事を持っている人間であること、しかし、それを捨てようと思っているが、果たして私はそれを捨てる運命にあるのか、それを知りたい、といった。お坊さんは「捨ててはいけません。あなたは今、2つ目の山を越した下の所にいる。しかし、私にはもう1つの山が見える。そしてこの山は今までよりももっと高く大きいのですから、今やめてはなりません」といった。

彼女はこのコトバ通りに、高く大きな山を登りつめることになる。

posted by ヒロさん at 15:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノが好きなの♪

2010年11月20日

ロックと共に年をとる、ビートと共に胸は高鳴る

『ロックと共に年をとる』の著者がロック遍歴を始めたきっかけは、少年時代に聴いたQueen の『Killer Queen』だったという。私もこの曲だけは曲調をしっかりと覚えている。だが、ロックなるもの傾倒したことは一度もなく、ビートルズにもほとんど関心がなかった。学園祭で流れていた Deep Purple の『Smoke on the Water』もウワの空だった。

高校生のときに買ったレコードと言えば、岩崎宏美と井上陽水ぐらい。ラジカセ録音で夢中になっていたのは、中南米のフォルクローレ音楽(ケーナ、パンフルート、チャランゴ、スペイン語の歌)だった。

大学生になって高校3年生に英語を教えたときに、私が「ローリングストーン」というバンドを知らなかったため、その高校生との会話が凍りついた。CNNやBBCのアルバイト翻訳をするようになってからも、芸能ニュースで「Sting escaped the Police.」(スティングが警察から逃げた?)というくだりが理解できず、ひとりで悶々と苦しんだ。

そんな私が、2010年の10月からロックにドップリとはまっている。現在自宅でウェブリサーチの仕事もしているため、仕事の能率をあげるBGMを探し始めたことが発端だった。1980年前後に活躍したアーチストで、軽快なドラムのリズムに舞い上がる高音の男性ボーカルの曲が私の好みだ。

この1カ月半の間に聴いた古きよきCDは30〜40枚。その中で私のベスト曲は以下の通り。

  • The Police・・・Every Breath You Take(1983) YouTube
    君の息づかい、足どり、話すコトバ、遊ぶゲーム、作り笑い・・・その1つひとつを僕はじっと見つめている。夜になると君の顔しか思い浮かばない、辺りを見回しても君に代わるものなどありはしない。寒さに震えながら、君を抱きしめることを思う。君は僕のものだってことがわからないの?

  • Wham!・・・・Last Christmas(1984) YouTube
    去年のクリスマス、僕はハートをあげたのに、翌日にポイと捨てちゃうなんて。今年は涙を流したくないから、僕のハートは別の人にあげちゃうもん。君には会わないようにしているけど、いつも気になっちゃう。もう僕のことなんか、覚えてないよね。もう1年になるんだから無理もないか。キスしてくれたって、結局はからかってるだけでしょ?

  • Toto・・・・Stop Loving You(1988) YouTube
    去来する想い、高鳴る鼓動、君の写真を見ているだけで笑い声が聞こえてくる。一瞥しただけで何千もの意味があふれ出す。上手なウソもあったし、周到なアリバイづくりもあった。僕が責めているのは、君のことなのか、いや僕のことなのか。君を愛さずにはいられない。時の流れは速く、チャンスはわずかしかない。僕は君を愛し尽くすまで、愛することをやめない。

    ■つぶやき:
    The Police、Wham!、Totoの他に、Chicago、Culture Club、Duran Duran、Queenも私のお気に入りに。曲想がノリノリで、歌詞が共感できる曲をず〜っと大切にしていきたいですね。いつまでも、どこまでも。

  • posted by ヒロさん at 23:12 | Comment(6) | TrackBack(0) | ♪音楽たのしいなぁ

    2010年11月16日

    どうしてピアノを弾くのか、という静かな問いかけ

    私の周囲にはいろんなピアニストがいる。一流のコンサートピアニスト、全国レベルの天才少女、ベテランのピアノ教師、ピアノ評論家、毎月最低1曲新しいレパートリーを増やす人、子供の頃にやっていて20年のブランクを埋めようとしている人、中高年になってから始めた人、などさまざま。

    私は「中高年」組。同じ仲間と話しをすると、かつて子供をスパルタのピアノ教育で育て上げようとした人もいる。その子が社会人になってからは、ただの1度もピアノを触らないので、ピアノを粗大ゴミにするのはもったいない、しようがないな、じゃあ自分が弾くか〜と始めたマダムもいる。

    かつては「もっと練習しなさい」「何でこんなのが弾けないの」と子供をなじったものの、自分がやってみて、これってヤバっ、難しいのね・・・とため息をつきながら、毎日練習している人の姿は微笑ましい。いつの日か、娘・息子をさそって、連弾できる日がくれば、ピアノを通して親子の絆がぐっと深まるかもね。

    ピアノ教育って、いったい何だろう、ってこのごろ考える。音楽による情操教育にピアノを使う。19世紀ヨーロッパの上流社会の伝統を踏襲して、女の子には花嫁修業のピアノと考える人もいる。指をよく動かすので、脳の活性化につながり、少なくても、ワープロを打つスピードは速くなりそう。姿勢をしっかり指導された人は、座り姿勢も美しくなるはず。車の免許をとったら、ペダルで鍛えた右足はアクセルやブレーキを的確に踏んでいるはず。(ピアニストが運転する車に乗ると、私、なぜか安心します)。


    Sport Stacking 5.59 (1分)
    おっと、でも手の速いピアニストも多いからね。特にマニュアル車を運転しているときに、ギアシフトを切り替えるフリをしながら、隣りの人のヒザをサッと触ってみたりとか。指先が起用だから、モグラ叩きやビデオゲームも強そうだし、ジャグリングや手品も上手じゃないかしら? ピアノの先生は右のビデオのような「カップ・スタッキング」もやればできるでしょ。ピアノで食いつぶしが効くか、だけれど、本当の本当に人生が行き詰まったときは、スリや万引きに転職しても 生きていけるかもね。(このブログ、教育関係者も見てるから、ヒソヒソ)

    腕もそれなりによく動かしているので、子供が生まれて片腕だっこするときのパワーも大丈夫かな。音感もそれなりにいいはずだから、子供をあやすときの声は440Hz付近で調整するとか、すぐできるものね。ピアニストはいい母親になりますわ。ピアニストの元に生まれてきた子どもは幸せね。

    あとは、発表会の経験を積むことで、人前で自分を表現する練習になったり、プレゼンの喜びを知ったり(あるいはトコトンいやになったり)するかもね。衣装を着飾って、自分ひとりの演奏に会場すべての人の目と耳を釘づけにするリサイタルって、もの凄いことだと感服します。

    で、幼少期・青少年時代にステキなピアノ教育に恵まれなかった人でも、中高年ピアノは楽しいですよ。私の仲間はみんな「ボケ防止になりますやろ」と言いながら、日々研鑽とズッコケを続けていますから。

    私の知り合いの高校の先生は、「ピアノは裏切らない」と文集に書いていた。学校の行事で忙殺されそうなときに、ピアノをかき鳴らすことで一人の時間が持てる、心が癒される。人は裏切ることがあっても、ピアノはけっして裏切らない、という意味のようだった。

    自分で自分を癒すひとり音楽療法としてのピアノもあるけれど、他の楽器や声楽とのアンサンブルや、大好きな人の隣りに座って連弾ができたりすると、さらに楽しい人生が送れるかも。ボケないためのコツは、手をよく動かすことと、恋をすることですって。ピアノに恋をする、ピアノの曲に恋をする、ピアノを通じて知り合えた人に恋をする・・・

    posted by ヒロさん at 19:40 | Comment(4) | TrackBack(0) | ピアノが好きなの♪