2011年09月25日

911テロを支援したサウジアラビア王族のネットワーク

ロイズ保険のシンジケートの1つが、サウジアラビアが911テロの実行犯を支援していたとして、サウジアラビアの国営企業など数社に対して、支払い保険金の損害賠償を求める裁判を起こしている。(その後、この裁判は数日前に取り下げられた。)

イギリスのインデペンデント紙が9月19日付で報道したため、ニュースは広がった。提訴日は不明だが、米ペンシルバニア州のトリビューン・デモクラット(Tribune Democrat)紙がすでに9月9日付で報道していることから、911の10周年を狙った真相究明派による提訴であろう。ロイズ保険は2008年時点で85のシンジケートから構成されており、訴えを起こしたのはイギリス南部のブライトンを本拠とするシンジケート「3500」だ。同シンジケートは911テロ関連で、2億1500万ドルの保険金を支払っていた。

訴えられていたのは、サウジ赤十字、ジェダに本拠を置く国営商業銀行(National Commercial Bank)、ラジ・バンキング&インベストメント(Al Rajhi Banking and Investment Co.)、コソボ・チェチェン救援のサウジアラビア合同委員会(SJRC: Saudi Joint Relief Committee for Kosovo and Chechnya)など。とりわけ、最後のSJRCは、1998〜2000年に国連援助を偽装しながら7400万ドルの資金をアルカイーダに流していたとされる。

これと連動するかのように、ジャーナリスト2人がマイアミ・ヘラルド紙とBrowardBulldog.orgに、フロリダ州でテロリストを支援していたと見られるサウジアラビア人一家が、911の2週間前に国外逃亡を図ったという記事を載せている。

この一家は、サウジアラビア王族が経営するEIRAD Trading and Contractingの子会社重役ファミリー(姓はGhazzawi)。娘夫婦にフロリダ州サラソタ(Sarasota)の高級コミュニティ住宅を買い与えていたが、彼らはほとんどすべての所持品を残したまま、2001年8月末にバンに乗り込んでバージニア州アーリントンの父親の別宅に向かい、その後、ロンドン経由でサウジアラビアに帰国した。以降、アメリカの土を踏むことなく、このファミリーは2003年までに米国の資産をすべて売却した。

911テロ後に容疑者に関する報道が次々に始まり、怪しんだ隣人やコミュニティーのセキュリティ担当がFBIに通報。当時、捜査を担当したFBI捜査官の話によれば、モハメド・アタなど12人のハイジャック犯と通話した電話記録があり、コミュニティ通過ゲートにも、モハメド・アタやジアド・ジャラーが問題の娘夫婦の自宅を訪ねた記録が残されているという。

彼らの失踪の時期は、モハメド・アタらがハイジャックしたとされる航空機のチケットを購入した時期とほぼ一致している。ハイジャック4機を操縦したとされる4人のうち3人がフロリダ州ベニスの飛行訓練センターに通っているが、このセンターは失踪夫婦の自宅から約15キロに位置している。

2004年大統領選の民主党候補にもなったフロリダ州選出のボブ・グラハム(Bob Graham)元上院議員は、当時FBIがサウジアラビア関与の捜査情報の提供で非協力的な姿勢を示したことを指摘すると同時に、「サウジアラビアの深い関わりに関して、新たな調査を開始するドアが開かれた」とマイアミ・ヘラルド紙に語っている。

以下は、この事件を取り上げたMSNBCの報道番組。マイアミ・ヘラルド紙に記事を書いたジャーナリストAnthony Summers とボブ・グラハム元上院議員が登場する。



■ソース:
  • Independent:Lloyd's insurer sues Saudi Arabia for 'funding 9/11 attacks' (2011/9/19)
  • Tribune-Democrate:Insurer sues Saudi Arabia over 9/11 (2011/9/9)
  • BrowardBulldocg.org:FBI found direct ties between 9/11 hijackers and Saudis living in Florida (2011/9/8)

  • posted by ヒロさん at 15:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | 911真相究明

    2011年09月20日

    公式発表の切り崩しは、制御爆砕疑惑の第7ビルから

    911テロ事件の真相究明グループのビデオを久しぶりに眺めてみた。建築・工学関係者が集う「Architects & Engineers for 9/11 Truth」は健在で、メンバーは1500人を超え、911の10周年に『Experts Speak Out』という新しいビデオを発表している。

    このビデオの冒頭は、制御爆砕(controlled demolition)以外では説明のつかない第7ビル(WTC7)の崩落から始まる。アメリカでも日本でも、911当日の夕方に崩落したこの3番目のビルについて知らない人は多い。911調査委員会の最終報告書でも何1つ触れられていない。

    巨大ツインタワーが全壊した後の混乱の中で、この47階建てのビルはなぜ破壊されなければならなかったのか。そして、危機管理庁(FEMA)はなぜこのWTC7の瓦礫をまっさきに撤去し、証拠隠滅ともいえる行為に踏み切ったのか。

    私の推理になるが、WTC7にはツインタワー攻撃の作戦指令本部があり、作戦終了後に意図的な火災を引き起こし、多少の不自然さは覚悟の上で「ドサクサ紛れの解体」という証拠隠滅を図ったのではないか。あるいは、このビルに証券取引委員会(SEC)の捜査資料が多数あったことから、これをご破算にすることを条件にウォール街金融資本が一枚かんでいたかもしれない。

    ただ、このような推理をしてしまった後の泥沼と闇は限りなく深い。WTC7の制御解体の準備には数週間を要するため、テロ攻撃はかなり前から想定されていたことになる。「作戦本部」がツインタワーの人工的な崩落を演出したとすると、謀略は桁違いに大きくなる。さらに、ボーイング機が遠隔操作されていた可能性や、そもそもハイジャックが本当にあったのか・・・といった推理や妄想が膨らんでいくことになる。

    “911陰謀論者”を徹底攻撃するテレビ論客たちは、「WTC7はどうして自由落下速度で崩落したのか」と問い詰められると「私はエンジニアでないから、そんなことわかりませんよ」と逃げを打って、別の話に逸らそうとする。私も、ツインタワー爆砕疑惑の科学的解説に関しては、「Architects & Engineers for 9/11 Truth」など専門家グループによる追究にお任せすることにしたい。

    <追加>911テロの米政府関与説を徹底的に嘲笑していたテレビ論客の Geraldo Rivera(Fox News)が、2010年11月に自らのホスト番組で「WTC7の崩落の謎」を紹介し、911真相究明運動に対していくぶん好意的な姿勢を示し始めた。これは驚くべき、大いなる転換だ。2010年11月放映のビデオも追加で添付する。

    ■3機目と4機目についてはこちら
  • 「撃墜された」ユナイテッド93:その証拠と証言の数々
  • AA77はペンタゴンに接近したが、衝突していない?

  • posted by ヒロさん at 15:45 | Comment(4) | TrackBack(0) | 911真相究明

    2011年09月12日

    音楽ビートジョギングでついに8キロコースに突入

    音楽ビートによるジョギングに調子をよくした私は、20分で走り終えるいつも3.5kmから約30分の5.5kmのコースに変更した。約1カ月前の8月15日のことだ。

    朝のジョギングはその後のストレッチや水浴・シャワーの時間を含めると、それなりに時間がかかるため、20分以上は走らないという、とりあえずのルールを決めていた。わざと負荷を高めるために、足にはアンクルウェイトも巻きはじめた。この1年半、雨続きや仕事絡みで最長1週間のブランクをつくったことはあるが、だいたい週に2〜3回のペースで走り続けてきている。

    朝の空気がおいしかったり、日の出の光景がキラキラと美しかったり、MP3で聴くオーディオに励まされたりと、「快」を感じる要素はいくらでもあるが、走ることがひたすら快・快・快でおもしろいかというと、そんなことはなかった。

    坂道を上ったあとに一服したいことが何度もあって、実際に何度も歩いたことはある。心臓や呼吸のしんどさは、もうほとんどなくなったが、坂道で足がくたびれて重さを感じることはある。

    ところが、である。音楽ビートでジョギングの体のリズムや脳内風景に不思議なことが起こり始めたのだ。MP3やiPodで音楽を聴きながら、速歩きやジョギングをしている人は山ほどいると思うが、私が試したのは、ほぼ一定のリズムを刻むビート系の曲を聴きながら、そのビート通りに足を動かすというジョギングだ。この実験を開始したところ、足の苦痛も、歩きたいと一瞬脳裏によぎる思いも消滅してしまったのだ。(ただし、アンクルウェイトはヒザに負荷がかかり過ぎるので、はずしている)

    走り始めの3曲は、♪=80→83→86のようにロー→セカンド→サードと少しずつ足の回転数を上げていく。その後の曲は、♪=84〜88の間で緩急をつける。そして開始から30分が経過するといつの間にかゴールに到着していて、息が切れることも、走り終えてぐったりすることもない。

    「You've Got A Friend」(キャロル・キング)の You just call out my name, and you know wherever I am, I'll come running, running to see you again…という歌詞でステップに弾みがついたり、「A Brigher Day」(カーク・フランクリン)の I never knew I could be so happy, I never know I would be so secure…で胸にジーンと熱いものを感じたりする。あるときはバッハのフルートソナタで丘を駆け上がり、ウズベキスタンの民族音楽で竹林や水辺の気配を感じ、最後の直線コースはデュラン・デュランの「Come Undone」で軽快に走りきれば仕上がりだ。

    このようなビート音楽がないと、自分はどのように走っているのだろうか。まず、駆け出しはハイペースで、人に出会うと、ええかっこしいの気持ちが働いて、ペースが速くなる。上り坂は当然遅くなりがちで、とくに上り切ったあとにペース少しを落としてしまう。また、最後の直線コースは妙にがんばってスピードを上げようとする自分がいる。

    音楽ビートはコーチ伴走で走っているようなものだ。少し疲れた程度ではペースが落とせない。人前で格好つけて速く走ろうという見栄も許さない。心臓破りの上り坂も、足がもつれそうな下り坂も、音楽のビート通りに走るのだ。音楽は自分が大好きなものだけを選び、歌詞があるものは前向きなものだけを選ぶ。(ただ、♪=82〜88のインテンポの曲だけをストックしていくのは、それなりの根気がいるけれど)

    村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』では、自分の墓碑を以下のように刻みたいと書いている。

    十十十十十十十十十十十十十十
    村上春樹
    作家(そしてランナー)
    1949―20**
    少なくとも最後まで歩かなかった
    十十十十十十十十十十十十十十

    8月15日から始めた5.5kmの新コースだが、私も少なくとも1度も歩いていない。そして本日、8.0kmの延長コースにも挑戦してみたが、5.5kmと何ら変わりなく走破することができた。違いといえば、5キロ以降は足がロボットのように自動的に動いているような感覚になり、この状態がずっと続いてもそれでいいかな、というちょっとしたハイな気分になることだ。

    ベータ・エンドルフィンとドーパミンに続いて、セロトニンの分泌も多くなってきたせいであろうか。

    ■速足歩きの音楽
    走る前にまず速足歩きから、という人には以下のようなCDもある。
  • ウォーキング・セラピー ― セロトニン活性


  • posted by ヒロさん at 15:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 四肢は百獣の王