アントニオ・ヴィヴァルディとの出会いは大学3年目の秋と記憶している。中南米のスペイン語の歌が聴きたくて、東京の下宿先でステレオのレコードプレイヤを思い切って購入した時期だった。レコード屋さんであれこれと物色しているときに、なぜかヴィヴァルディの弦楽曲のLPも衝動的に買ってしまった。自ら進んでクラシックのレコードを聞くのは、中学生のときに「くるみ割り人形」を聴いて以来のことだ。
当時、スペイン語と英語の勉強に没頭していたが、(今思えば)相当に偏った食事をし、運動はいっさいせず、睡眠の昼夜が逆転してばかりいた私は、頭の中にただただコトバばかりがめぐって、情緒も不安定なときだった。そんなときに聴いたヴィヴァルディは「天啓」というにふさわしいものだった。夜遅くにこのレコードをかけると、頭にかぶさっていた雲がサッーと払われて、ほんとうに天に昇るような気分になった。
音楽でこんな経験をしたことは、いままで一度もなかった。いったい何だろう、と考えた。それまでの人生で聴いてきた曲は、歌謡曲が圧倒的に多い(岩崎宏美とか、郷ひろみとか、そんなやつ)。クラシックでもシューベルトの歌が好き。中南米フォルクローレに傾倒したため、スペイン語の曲が多い。チャランゴやケーナ、パンフルートの器楽曲も好きだったが、どれも人の声のような響きがある。
一方、目の前に拓けた新しい世界は、人の声が聞こえない世界。幾何学模様のような整然とした構成。バイオリンの高い周波数の音色。
これをきっかけに、音楽療法について少し調べ始めた。しばらくすると、ヴィヴァルディのマンドリン曲が使われている「スーパーラーニング」という語学教材にも出会った。バロック音楽は精神安定とリラックスにはとてもよいらしい。さらに、学園祭でバロック室内楽のクラブの発表会があり、行ってみると、リコーダーの名人がソプラノでヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲(RV356)イ短調の第一楽章を吹いているではないか!
結局、遅まきながら、このクラブに大学4年目から入部し、リコーダー演奏に励むことになった。部室にあふれていた楽譜には、ヘンデル、テレマン、バッハが多かったので、わたしもセッセとその世界に馴染むことになった...
... という30年以上前のむかし話でございます。
ヴィヴァルディのピアノ曲を探そうと思っても、なかなか見つからないわけだ。
だが、同時代のバッハがヴィヴァルディの楽譜を入手し、協奏曲集「調和の霊感(L'estro Armonico)」のうち、数曲をチェンバロとオルガン用に編曲している。この中で一番好きなのは、第10番(4本のバイオリン)を4台のチェンバロ用に編曲したBWV1065。この曲の第1楽章をピアノソロ用に編曲した楽譜が見つかったので、レパートリーにすることに決定!
わたしのヨハン(バッハ)とアントニオ(ヴィヴァルディ)に感謝の気持ちをこめて、練習開始です!
■つぶやき
ヴィヴァルディは同じような曲想ばかりで飽きるという人もいるが、山ほど聴いた上で、自分の好みの曲の好みの楽章ばかりを寄せ集めて、ヴィヴァルディのBGMをつくる。喫茶店の音楽はモーツァルトの方がいいという人も多いけれど、私は静かなヴィヴァルディがさりげなく流れていればサイコー。ヴィヴァルディはヘビーメタルロックの元祖だ、とつぶやいている人もいるが、チェロやチェンバロの通奏低音をばしばしと弾く協奏曲では、確かにちょっとしたヘビメタ気分にもなれる。
■私のお薦めのヴィヴァルディ
★リコーダー協奏曲ハ短調 RV441 |
★調和の霊感9番 RV230→BWV972 |
★オーボエ協奏曲ニ短調 RV454 |
★ストラヴァガンザ協奏曲ホ短調 RV279 |