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一方の私は35年ぶりの50才スキーヤー。恐る恐るで滑り始め、だんだん調子に乗ってスピードを上げると、カーブの後のバランスを崩し、凄まじい転倒。最初はこんなに頭を打っても大丈夫か、と案じたほどの脳天パンチだった。1つのゲレンデを3回続けて滑れるようになったら、レベルを1つ上げる。そしてまた2〜3回は転ぶ。
最後は上級ゲレンデの頂上まで行って、これも見事にスキーを外す転倒を何回もやりながら、何とか生きて降りてきた。コブのある急斜面はとても滑れません!
思えば、最後に滑ったのは中3のとき。当時のスキー板は「身長+10cm」など言われる長いタイプで、足からはずれたストッパーのない板が斜面をスタコラサッサと逃げていくのを何度も見た。ハの字平地滑走や横登りでいつも疲れ果てていた私だが、私のスキーにはエッジがなかったのだから無理もない。
あれから、35年。レンタルを使ったが、板は軽く、短く、幅も広い。リフトカードも自動認識で通過が楽チン。中3のときに苦手だった右カーブの後のバランス処理もコツがつかめ、当時よりも少しだけ上達を実感しながら山を降りてきた。縦横無尽に徘徊するスノーボードとの接触もなく、満足ゆくデビューとなった。
いきなりのスキーなのに、昼食以外は休みなしで6時間も滑ったということは、体の調子もよく、とても楽しかったということだ。リフトに乗りながら、先日歌の会に参加したときの曲が鼻唄まじりに出てきたことも、その証かもしれない。
日頃100回連続のスクワットをやったり、2kgのアンクルウェイトをつけてジョギングしていたせいか、足首、すね、ふくらはぎ、ひざの痛みはなかった。転倒したときに起こした肩・腕の軽い打ち身や捻りは少しだけある。(アンクルウェイトは三浦敬三『101歳の少年』からの影響)
温度は1日中氷点下だったので、リフトに乗っているときに肩や腰を冷やしやすく、足先もちょっとだけ冷たかった。今後は防寒を強化し、肩回しなどの運動をさらに心がけて、近々再挑戦してみたい!
■追加:
さて、気になるのは翌日以降の筋肉痛。翌日は大腿筋の外側に心地よい筋肉痛が少しあるだけで、下半身は問題ゼロ。上半身は谷側にもろに転んだときの肩の打ち身と、そのあと起き上がるときに使った腕の筋肉痛。2日後もつらい症状は何もないので、めでたし、めでたしで、とても若返った気分。

35年ぶりのスキーですか??すごいですね・・偉いですね〜〜〜
私はスキーを始めたのが遅かったので20代後半から30代前半まで、(バブルの頃?)
かなり楽しく行きましたが、子供の小さい時に2回ほど行って膝が笑って
もう全身の筋肉が悲鳴を上げて…スキーは無理・・とあきらめました><
ヒロさん、きちんと毎日トレーニングされているのですね。
私も股関節が悪いので、どうにかトレーニングすればよくなるのかな・・
本を買ってやろうかな?と思っています。
スキーはやっていた時はどんなに寒くても平気だったのに
今は、もうその勇気が無くなってしまいました・・・
出来ることを出来る範囲で・・ということで今は
インドアで週に1回テニスをやっています。運動って楽しいですよね〜〜
>私も股関節が悪いので、どうにかトレーニングすればよくなるのかな(yasukohatensiさん)
基本はやはりスクワットかな、という気がしてます。あとは、アンクルウェイトをつけて早歩きもいいですよ。老人パワーでは三浦敬三、あこがれ系の基礎体操では上村愛子の本に触発されてます。彼女のすすめる片足立ちの軽いスクワットにも挑戦してみようかしら。
スキーの話題とくれば、生粋の道産子である私の出番でありあましょう。私が最後に滑ったスキー場は広島県の芸北だったかと思います。福岡に住んでいた頃だから、10年以上前でしょう。私はおっかなびっくりボーゲンで滑ってました。実は、その時がスキー初体験で、その後はスキーに行ってないのでアルペンスキーは1回しか滑ったことがありません(笑)。
わはは、北海道はスキーの地域とスケートの地域に分かれていて、私はスケートしか滑ったことないのです。出不精な私のことだから、今後もスキーには行かないだろうなあ。
道産子のピンちゃん、こんばんわ。
私も15才以降は、ズッーとスケート派だったんですよ。好きな人と手を握って滑れるのが唯一のメリットかな?
一方、スキーは大自然のまっただ中だし、スリルが満点だし、日頃から体も鍛えようとするし、そこそこお金もかかるのでリッチになろうと頑張るし・・・と、私は100才まで楽しもうなんて、妄想を抱いています。スキー場は長野、新潟、山形、北海道みたいに勝手に想像していたのですが、関西もいっぱいありますね。今週末は福井で滑ってきますよ!
6歳からスキーを始めて現役時代には都代表選手で某全国大会に大回転に出場し、見事に転んだ記録が公式試合に残されている私メの出番ですな。
今でも毎年欠かさずスキーをやり続け、唯一滑らなかった年はあの『難民船』に乗った年だけでした。何だかんだでスキー歴44年になりました。
小学生の頃の板って『身長+30cm』と云われていませんでした?それにエッジが付いていなかった?ホンマかいな、そりゃ・・・却って危なそうです。
中学時代にショートスキーと呼ばれた160cmの板が一時的に流行りましたが、今と違って安定性に乏しく、とても競技に使える代物ではなく、中学では190cm、高校からはずっと200cmを履いていましたね。回りが競技スキーヤーばかりでしたから、それが当然と思っていました。
社会人になってからはスキーメーカーの商業主義に騙されることも無く(それまでは毎年買い換えていた)、30歳に買った198cmの回転用を履き続けえていたら、長野オリンピックで驚いたのはショートスキーの復活していたこと、いや、カービングの出現で競技用までが160cm前後という短さになっていたこと。
「あんな短い板で高速に耐えられるのかな?」と不思議でしたが、板そのものの性能が向上していたんですね〜、何年か前に私も遂に『物干し竿』とまで云われた時代遅れの板とオサラバし、170cmの板に乗り換えたら・・・・楽チン楽チン。それでもやっぱり2Mの板履いてスキー場を直滑って(チョッカッテ)いた頃の自分が懐かしい。
さて、年を取ってからの私のスキーに付きものとなったのは、やはり筋肉痛です。
今でもある意味本気で滑っていますから、かなりの運動量になっていると思います。この10年以上転んだ記憶がありませんが(ポールをやらなくなってからはゲレンデで転ぶことは無い)、腿と腕に筋肉痛が襲ってきます。大体3日目からでしょうか。これは防ぎ様が無いので、スキーのもう一つの醍醐味、温泉でよく身体を温めて、更に柔軟体操やストレッチをすると多少は筋肉痛の度合いが和らぎます(あくまでも『多少』です)。
新幹線で日帰りスキー、なんてのも良くやりますが、これも良し悪しですね、温泉入らずに帰宅して(我が家東京駅から約10分)、そのままろくに風呂に入らずに疲れ果てて寝入ってしまうと、翌々日は激痛で目覚めます。
身体が交訴えています、「もういい加減齢を自覚しろ」と・・・・
スキーヤから視ると・・・・
『ボーダーは敵だ!!』
目の前で急に倒れるから危なっかしくてしょうがない。
以前の様にスキーとスノーボードを別にすると・・・・
ゲレンデの端っこを滑らされるのは私たちなんでしょうなぁ・・・
。・°°・(>_
ちゃねらーさん、こんにちは!
6歳から始めてスキー歴44年(!)ということは、私とほぼ同い年なんですね。ぐーっと親しみが湧いてしまいました。難民船では水上スキーはおやりにならなかったの?
>小学生の頃の板って『身長+30cm』と云われていませんでした?それにエッジが付いていなかった?
>ホンマかいな、そりゃ・・・却って危なそうです。
「身長+10cm」というよりも、手をまっすぐ上に伸ばしたときの高さ、って言われてました。エッジはほんとうになかったんです。お下がりのもの凄く古いスキーで、エッジの部分は板が削れて丸いカーブになってました。うちは新しいスキーを買ってもらえなかったのです。私、バスケットで県大会3位までいったチームの選手なので、けっこう運動神経よかったはずなんですけど、みんなのようにうまく滑れない。なぜかな・・・と思っていたら、ある日、エッジの存在を知ることになりました。
私も本気でリフト4〜5本分を連続で滑ったりしたら、筋肉痛がどうなるかまだわかりません。でも、アンクルウェイトとスクワットをやっていなかったら、悲惨な結果になっていたと思います。友人からは当日の夜に、お風呂・温泉でよくマッサージをするのが大事だよ、ってアドバイスはされてます。
短いスキーで上手な人がたくさんいました。1m以下のスキーで、ストックなしで滑っている人は、魔法使いのようでした。アレはほとんど二本足のスノボーみたいです。『ボーダーは敵だ!!』というのは同感です。土曜日に行く福井のスキー場は、日中はスキーオンリーのゲレンデなので、たのしみ
http://www.imajyo365.com/
世界中でファンスキーと呼ぶのかと思っていたら、これは和製英語なのかそれとも商品名なのか?
英語名はスキーボードだそうですbyウィキ
もう10年以上前になりますが、最初に見かけたときに私も買ったことがありますよ、受け狙いで派手な奴。裸足の足型でしっかり指先にはツメまで描いてありました。ところが私はスケートがダメで、スキーの長さに頼ってしまっていて、この足型ファンスキー履いてリフトに乗って、下りるときに見事にコケました。暫らくしたら慣れましたけれど、うまい人と違ってなんとなくヨタヨタしているし、スピードは出せないし、あんなもん上手くなかったらバカみたいなので一日で飽きてしまい、すぐに友人にあげちゃいました。
コケた話しにも幾らでも笑い話あるけれど、それは体力・脚力がまだまだあってスピードも出していた頃の話し。今みたいに「安全第一:絶対に人にぶつからない(ぶつかられない)」「目の前でボーダーに転ばれてもそいつを踏みつけないで止まれるスピード」では、こけるわけないわなぁ・・・・以前は目の前で転んだボーダーに雪引っ掛けるようにして曲がっていたものですけれど。
ところで今ガルミッシュで世界選手権やっていますね。
今日は男子滑降、クラシックレースのカンダハーコース。ライヴ生中継をずっとみていました。やっぱり男子DHはアルペンの華だなぁ。悪天候で順延に継ぐ順延の後、NHK工藤アナウンサーの「白馬には青空が似合います」の台詞を今でも憶えていますよ、ヘルマン・マイヤーの世紀の大転倒と共に。
さて、このガルミッシュ、ミュンヘン中央駅から1時間半でいけるスキー場なので、日帰りでカンダハー滑ったことがあります。林間コースなのでバリバリのアイスバーンでしたけれども、以前に滑った同じくクラシックのキッツビュエール、ハーネンカムコースに較べたら随分と楽(?)なコースに感じました。ウェンゲンの4300m2分30秒の長さ、キッツビュヘールのスケートリンク並みの氷(マジに透き通っていた)と急斜面の難しさに較べると、このコースはなんでクラシックレースに選ばれたんだろう?
ハーネンカムではコースに入った瞬間から「懺悔」が始まりましたからね。スキーやっていてあんなに死を実感させてくれたコース、他にはありません。さて、それでは私はここでコケたか?コケていないんですね〜、何せコケたら最後、ツルツルに滑っていますから林の中まで入りそうなので、デラパージュ(横滑り)掛け捲って全制動で慎重に慎重に滑り降りて行ったのです。その真横を”Bahn frei!"の甲高い声と共に、地元のガキが直滑降ですっ飛んでいく・・・これじゃ日本選手が高速系で順位出せないはずだよと悔し涙でした。それでも2本目からはコースを覚えたことも有って、ナンとか普通(イヤ、地元のガキに較べたら超初級者並み)に滑っていました。リフトで一緒になった人を見ると、この街出身の超有名人に似ているので、
「Mr.トニー・ザイラーに似ていますね」と声を掛けたら出された名刺と共に、
「私がそのトニー・ザイラーですよ」
ひぇぇぇぇええ。名刺を良く見ると『ペンション・ザイラー』の名刺にもなっていて、
「今、英国から日本人の方が着ているから良かったら夕食時にいらっしゃい」と招待されてしまいました。ちなみにその日本人とはオクスフォード大の留学生でした。
私が滑ったことの欧州のスキー場はこの2つだけですが(もう1つのクラシックレースのウェンゲン・ラウァバーホーンコースはスイスの物価高で諦めました)、日本人観光客(?)にも凄い人がいますね。海外だけでも60箇所以上、国内合わせると300箇所以上のスキー場に行っている。
この人一体何者でしょうか?
http://snow-reports.net/index.htm
福井の今庄は大雪と渋滞のため断念して、滋賀の奥伊吹で2度目のデビュー。今回は板は1度もはずさず、転倒は1回のみだったので、やや上達。アルペンコースが気に入って、自分なりにすごいスピードがでました。前方100mに1〜2人しか滑っていないことが多かったので、心おきなく。
ちゃねらーさんは、とっくの昔に1級レベルなんでしょうね。お奨めのサイトいっぱい読みました。彼は広告代理店勤務で、同僚と上司の影響で社会人になってから始めた人みたいです。レポート、写真、エッセイはみな面白いです。素敵なサイトの紹介、感謝です
私の住んでいるところも、今日はすごい雪が降ってます!
16歳のときに取りました。と言うより、競技スキー1級を取ると否応無く基礎スキーの1級を受けさせられ、ほぼ全員が受かって(こけたりしたら落ちます)正式に競技1級となり、全国レベルのA級の試合の予選に出られるようになります。昔の、と云うから何か変ったのかと思って調べて見たら、テストの中身が変っていたんですね。私の頃にはゲレンデ・シュブング(ジャンプ)などが有りましたが、競技立っている連中ですから誰も怖がらなかったし、私の受験した回では誰も落ちませんでした。まぁ、馴れ合いのテストでしたね。
ちなみに学生を終えてからはSAJの年会費払っていませんので、今は資格剥奪だと思います。
私は東京生まれ東京育ちの雪無し県の出身ですが、東京って人口が多いから予選のレベルも結構たかいですよ。
転ぶのを恐れずにどんどん滑ればスキーは今でも上達しますよ。
い付記は中々いいスキー場と聞いています。
管理人さんも中年カッ飛びスキーヤーを目指してください。
何時の日か八方尾根で会いましょう。
3度もの立候補そして選出、それに関しては素直におめでとうと言わせて貰います。
しかしスキー会場のドラゴン・バレー(確か感じでは竜平?)、過去にワールドカップは
2回か3回開かれていますが、すべて回転・大回転の技術系で、滑降等高速系は
一度も開かれていないと記憶します。
ドラゴンバレーはコースが短く標高も低く、高速系が出来ないと聞いています。
ブログ主さん、この五輪をテーマに取り上げてくれませんか。
ドラゴン親父(松本龍)のあとは、ドラゴンバレーですか?
スキー素人の私がこんな話題を取り上げたら、あとでちゃねらーさんのストックでメッタ刺し、エッジでメッタ切りにされるのがオチではありませんか・・・。滑降系はこれから山を切り開くのでありましょう、たぶん。
外れております