素数を扱う整数論は魔性の泥沼だ。完全数、友愛数、社交数、婚約数などに取り組んでも、たいして友愛が感じられぬばかりか、いずれは社交性も失い、婚期も逃してしまうように思える。
せめてもの慰みで、完全数の完全さを考えてみた。完全数(perfect number)とは「自身を除く約数の和が、その数自身と等しい自然数」のことで、古代ギリシャではピタゴラス学派が以下の4つをすでに発見していた。
こうして眺めると、2のn乗に関係がありそうなことがわかる。現代数学は完全数の正体をつきとめており、以下のように表現している。

つまり、素数になる「2のn乗マイナス1(=メルセンヌ数)」を探せば、完全数が見つかる。
2^3-1 = 7 は素数なので、2^(3-1) * (2^3-1) = 4 * 7 = 28。よって28は完全数だ。
だが、約数の和ごときで「パーフェクト」を主張されてもな、だ。私ならば三角数、平方数、立方数の方が完璧で美しくみえる・・・と考えたのだが、なんと完全数はすでに三角数の条件を満たしている。

また、最初の完全数である6を除き、奇数の立法数の和で表すことができる。

少しは神秘的な気分になってきた。ピタゴラス学派は、最初の完全数が 6 なのは「神が6日間で世界を創造した」ためで、次の完全数が 28 なのは「月の公転周期が約28日である」ためだ、と講釈をつけている。(で、続く「496-8128」はきっと救世主の電話番号だろう)
完全数とメルセンヌ数(2のn乗から1を引いた数)の関係を眺めていると、もう1つ神秘的なことが意識に浮上してきた。127(2の7乗マイナス1)というメルセンヌ数だ。
◆秦氏と八幡信仰(2008/7/23)
日本書紀の応神天皇14年の条に、秦氏の祖「弓月君(ゆづきのきみ)」が、127県の民を率いて百済より渡来したという記述がある。応神天皇は、河内王権の始祖ともいうべき大王であり、後に八幡信仰の主祭神となり、崇敬の対象となる。
百済経由で渡来してきた謎の大豪族&技術者集団の秦氏だが、不思議なことに旧約聖書のエステル記にもペルシャ大王の統治地域の総数として127州という記述がある。秦一族が「大秦=古代ローマ帝国」から逃れてきたユダヤ教徒または古代キリスト教徒だとすれば、救済を高らかに語るエステル記の伝承を日本にもたらしたとしてもおかしくない。
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ヒロさんは定期的に数学関係の興味深いエントリを書いてくれるから嬉しいです。「数学の女王」と呼ばれている整数論は、ピンちゃんには少々高級すぎるのだけど、「数」って、ほんと不思議ですよね。
「聖書」にも、数々の不思議なナンバーが散りばめられていると仄聞しておりますので、次はそのへんをお願いします(笑)。
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