オリックスに登場したイチローは「打率4割」がささやかれたが、彼の最高打率は2000年の「.387」、次が1994年の「.385」だった。これが日本プロ野球の最高打率だろうと今まで思っていたが、さにあらず。最高はランディ・バース(阪神)が1986年に記録した「.389」だったとは!(Wiki:首位打者)
アメリカの大リーグでは4割打者は19世紀末にもたくさんいたが、20世紀に入ってからは8選手による13回のみ。最高は1901年のナップ・ラジョイ(Nap Lajoie)で「.426」、最後の4割打者は1941年のテッド・ウィリアムズ(Ted Williams)で「.406」だった。(Wiki:4割打者)
1941年以降に4割打者がピタリと消滅した理由について、さまざまな憶測が流れてきた。外的要因としては近代野球を取り巻く商業主義が挙げられた。
だが、何を言うか。交通手段は発達し、宿泊施設は近代的になり、クーラーまであるではないか。ナイターのおかげでダブルヘッダーも減り、涼しくプレーができる。マスコミなんて、イチローみたい無視すればいいじゃないか、との反論もある。
いや違う。打率が上がらないのは、ピッチャーや守備の技術が向上したからだ。つまり野球の内部要因を指摘する人もいる。
さて、どうだろう。投手や守備も向上したかもしれないが、バットやピッチングマシンなど打撃力も向上したはずだろうし、科学的野球は打者にも有利だろう、と反論される。
で、これを調査したグールドの結論は、投手・守備も打撃力も一貫して向上している。1880年〜1920年は野球の黎明期であり、守備のフィールディング技術も低く、投手力も打撃力もバラつきが大きかった。つまり、標準偏差(バラツキ)が大きかったということだ。
変異・偏差・バラツキが大きいもの同士を掛け合わせると、結果は富士山のようにすそ野の広い山型になりやすい。試験そのものに慣れていない生徒(たとえばシュタイナー学校の生徒)が試験に取り組む。その中で、先生の出題傾向をいち早く見抜いた生徒が1人だけいたとすると、テストの4割打者になって、偏差値92のような記録を残すかもしれない。だが黎明期が終わり、ゲーム全体の技術的要素が向上してくると、バラツキは減少し、統計的分布は富士山型から釣り鐘型に近づいていく。グールドの分析によると、ベスト打率は1920年以降に頭打ちになったが、ワースト打率も底上げになって平均に接近している。つまり、右も左も圧縮されて、釣り鐘状になったという分析だ。
技術向上で「人間の限界」に接近すればするほど、標準偏差(バラツキ)は小さくなり、「末広がりの山」から「釣り鐘」に変化していく。失策率はわずかならがも年々下がっているので、プロ野球の単純ミスはどんどん減っている。技術を上げながら、標準化・科学的分析が進み、「遊び」「変異」「意外なこと」が減ってきた結果というわけだ。(サッカーの場合はどうなんだろう?)
で、これが生物学や進化論とどう関係あるのか興味がある人は、グールドの本を読んでみてね。
>タイ・カップ
打率順で見てしまいましたね。
打率8位(.406)のテッド・ウイリアムズが「最後の4割打者」です。
Wikipediaの冒頭にありますが、野球ファンにとっては「決まり文句」ですので。
本文訂正しましたぁ。
わがブログの失策率はどんどん高まる一方です。
標準偏向率も。
私もグールドが好きで、日本語と英書を半々で読んでます。4割打者消滅のエッセイは説得力があり、自分が担当する様々なレクチャーで参考文献として紹介してます。それにしても、これほどの才人を失ったことは本当に残念でなりません。
彼は本当に野球好きだったんですね。私は『Richness of Life: The Essential Stephen Jay Gould』を図書館から2回借りましたが、読み進まずでした。次の邦訳探訪は『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』あたりにしようかなと考えております。