モンシロチョウといえば、小学で国語の教科書に載っていた『白いぼうし』を思い出す。
アクセルをふもうとしたとき、松井さんは、はっとしました。
「おや、車道のあんなすぐそばに、小さなぼうしが落ちているぞ。風がもうひとふきすれば、車がひいてしまうわい。」
緑がゆれているやなぎの下に、かわいい白いぼうしが、ちょこんと置いてあります。松井さんは車から出ました。
そして、ぼうしをつまみ上げたとたん、ふわっと何かが飛び出しました。「あれっ。」
もんしろちょうです。あわててぼうしをふり回しました。そんな松井さんの目の前を、ちょうはひらひら高くまい上がると、なみ木の緑の向こうに見えなくなってしまいました。
「ははあ、わざわざここに置いたんだな。」
ぼうしのうらに、赤いししゅう糸で、小さくぬいと取りがしてあります。
「たけやまようちえん
たけの たけお」
小さなぼうしをつかんで、ため息をついている松井さんの横を、太ったおまわりさんが、じろじろ見ながら通りすぎました。
「せっかくのえものがいなくなっていたら、この子はどんなにがっかりするだろう。」
ちょっとの間、かたをすぼめてつっ立っていた松井さんは、何を思いついたのか、急いで車にもどりました。
運転席から取り出したのは、あの夏みかんです。まるで、あたたかい日の光をそのままそめ付けたような、見事な色でした。すっぱい、いいにおいが、風で辺りに広がりました。
松井さんは、その夏みかんに白いぼうしをかぶせると、飛ばないように、石でつばをおさえました。
(ネットソース)
「おや、車道のあんなすぐそばに、小さなぼうしが落ちているぞ。風がもうひとふきすれば、車がひいてしまうわい。」
緑がゆれているやなぎの下に、かわいい白いぼうしが、ちょこんと置いてあります。松井さんは車から出ました。
そして、ぼうしをつまみ上げたとたん、ふわっと何かが飛び出しました。「あれっ。」
もんしろちょうです。あわててぼうしをふり回しました。そんな松井さんの目の前を、ちょうはひらひら高くまい上がると、なみ木の緑の向こうに見えなくなってしまいました。
「ははあ、わざわざここに置いたんだな。」
ぼうしのうらに、赤いししゅう糸で、小さくぬいと取りがしてあります。
「たけやまようちえん
たけの たけお」
小さなぼうしをつかんで、ため息をついている松井さんの横を、太ったおまわりさんが、じろじろ見ながら通りすぎました。
「せっかくのえものがいなくなっていたら、この子はどんなにがっかりするだろう。」
ちょっとの間、かたをすぼめてつっ立っていた松井さんは、何を思いついたのか、急いで車にもどりました。
運転席から取り出したのは、あの夏みかんです。まるで、あたたかい日の光をそのままそめ付けたような、見事な色でした。すっぱい、いいにおいが、風で辺りに広がりました。
松井さんは、その夏みかんに白いぼうしをかぶせると、飛ばないように、石でつばをおさえました。
(ネットソース)
あまんきみこが書いた、タクシー運転手・松井さんの物語の一節だ。帽子の中のモンシロチョウが夏みかんに化け、助けられたモンシロチョウが女の子に化けるという、春うららかなストーリーだ。
日高敏隆『動物と人間の世界認識 -- イリュージョンなしに世界は見えない』では、モンシロチョウやアゲハチョウの飛ぶ経路について「必ず日の当たるところを飛ぶ」という詳しい解説があるが、この本で気になったのは、万葉集の中にチョウが1度も詠われていないという記述だ。
現代日本では、女の子は蝶よ花よと育てられ、幼稚園ではチョウチョのお遊戯があり、小1でスペイン民謡の「ちょ〜ちょ」を歌い、教室中をチョウチョのごとくフラフラと飛び回る多動性症候群もあるという。
万葉の時代にもチョウはヒラヒラと飛んでいたはずなのに、なぜ歌に詠まれなかったのか。チョウに情緒がない、比喩として重視されなかったということだろうか。『胡蝶の夢』など中国の古典を引用した歌もなかったということだろうか。
では、万葉集ではどんな動物を詠っていたのか。「たのしい万葉集: 生き物に関連した」と「生きもの歳時記 万葉の生きものたち」の2つのサイトからデータを拾ってみた。
まずは鳥が圧倒的だ。
四つ足の動物はどうか。
その他の生き物はというと・・・
歌に詠まれるには、生活に密着し、季節の情緒を感じさせ、声を出す生き物が優位のようだ。カエル(かわづ)、セミ、コオロギはそれなりに詠まれているが、クモやトンボ(あきづ)はわずか1件ずつだ。セミはほとんどすべてが「ヒグラシ」だという。
クジラは捕鯨と結びついているというよりも、「得たいの知れない海の化け物」を表現する文脈が多い。ホトトギスもその声を頻繁に聞いていたというよりも、掛け詞や流行言葉として歌に入り込んでいた様子がある。ゆえに、生活に密着しているから、とは必ずしも言えない。
さて、私の大好きなネコはどこにいるのかと訝ってみたが、ネコは「渡来系」なので、日本に定着するのはかなり後になってからだ。ネコの原産はペルシャ方面とのこと。
■遠つ国から来た動物…ネコのお話 その一
ネコは実は外来動物なんですというと、エッ? と思う人は多いでしょう。一万数千年前に大陸から分かれて弧状列島になった日本本土には縄文、弥生時代とネコはいなかったらしいのです。
奈良時代になって経典や大事な書物をネズミから守る益獣として中国から連れて来られたのが日本のネコの始まりです。ではネコの呼び名はどこから生まれたのでしょうか?
古くは禰古万(ネコマ)と呼ばれていたのがいつの頃からか「マ」が抜けて「ネコ」になったようです。よく寝るから「寝る子」、ネズミを好むから、鳴き声が「ねうねう」だからなどなど諸説があります。
平安時代は宮中で大事に飼われていたのですが、鎌倉時代になると怪談話の主人公として登場。年老いたネコは妖怪「猫股」として忌まれるのですが、ヨーロッパ中世でもネコは魔女狩りと一緒に「猫狩り」の受難の時代があったそうです。
さて江戸の中頃、「生類憐れみの令」おふれで「猫をつないで飼ってはいけない」とありますから、当時のネコは紐でつながれて飼われていたんですね。
奈良時代になって経典や大事な書物をネズミから守る益獣として中国から連れて来られたのが日本のネコの始まりです。ではネコの呼び名はどこから生まれたのでしょうか?
古くは禰古万(ネコマ)と呼ばれていたのがいつの頃からか「マ」が抜けて「ネコ」になったようです。よく寝るから「寝る子」、ネズミを好むから、鳴き声が「ねうねう」だからなどなど諸説があります。
平安時代は宮中で大事に飼われていたのですが、鎌倉時代になると怪談話の主人公として登場。年老いたネコは妖怪「猫股」として忌まれるのですが、ヨーロッパ中世でもネコは魔女狩りと一緒に「猫狩り」の受難の時代があったそうです。
さて江戸の中頃、「生類憐れみの令」おふれで「猫をつないで飼ってはいけない」とありますから、当時のネコは紐でつながれて飼われていたんですね。
http://nire.main.jp/sb/log/eid154.html
『「蝶」をチョウというのは中国の漢字の音読みで、つまり中国から来た言葉(漢語)である。大和言葉には蝶を意味する言葉はないのだろうか、またあったとしても、なぜ大和言葉で呼ばれずに、漢語だけになってしまったのだろうか、という疑問がある。』
http://www.nikkoku.net/ezine/kotoba/ktb046.html
『蝶は古くから親しまれてきたはずなのに、「万葉集」には一首も詠われていなくて、初めて文学に登場するのは「懐風藻」で、「柳絮(りゅうじょ)未だ飛ばず蝶先づ舞ひ、梅芳猶遅く花早く臨む」(紀古麻呂)をはじめとして多くの蝶が漢詩に出てくる。』
羅浮山蝶ゆらり
https://info.shinmai.co.jp/book/datafile/001522.php
『最初に注目されたエッセーでは、万葉集に蝶が登場しないことに着目し、古代人は現代と違い、蝶を「死者の魂の化身」と恐れ、忌み嫌ったからだ―と分析した。』
>http://nire.main.jp/sb/log/eid154.html?
蝶の古い和語は、古語辞典には「かはひらこ」とか「ひひる」とかいう言葉が見える。
蝶は不吉なものとされたため、中世の絵巻にも描かれることはなかったらしい。
しかし蝶は、古事記や日本書紀には登場し、また平安時代以後の調度品類の模様や家紋(丸に揚羽蝶)などには、よく使われた。
>http://www.nikkoku.net/ezine/kotoba/ktb046.html
初めて文学に登場するのは「懐風藻」で、「柳絮(りゅうじょ)未だ飛ばず蝶先づ舞ひ、梅芳猶遅く花早く臨む」(紀古麻呂)をはじめとして多くの蝶が漢詩に出てくる。
「胡蝶の夢」は「荘子」の「斉物論」にある故事で、荘周が胡蝶になった夢を見、覚めた後、自分が夢で胡蝶になったのか、胡蝶がいま夢のなかで自分になっているのか疑ったという話である。蝶の別名の「夢見鳥」はこの故事に由来する。睡眠中は霊魂が体を抜け出すという考え方は普遍的なもので、その霊魂が姿を変えたのが蝶とされたのだろう。
「ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にとまれ。菜の葉にあいたら桜にとまれ」という小学唱歌があった。しかしこの蝶は紋白蝶とされているが、紋白蝶は桜にはとまらないといわれている。なぜ桜にとまることになったかというと、もとの戦前の歌ではこのあとに「さくらの花の、さかゆる御代(みよ)に、とまれよ あそべ」とつづいていたからである。この歌の作詞は明治七年のことで、この桜は明治天皇を象徴していて、明治政府によって桜にとまることを強要されたわけである。
えのさ〜ん、大変勉強になりました。
千夜千冊『世界大博物図鑑』荒俣宏
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0982.html
「『日本書紀』皇極紀にある常世虫(常世神)の記事にはかねてから関心はあったけれど、それがアゲハチョウの幼虫であることも、この図鑑解説で知ったのである。」
倭文(しどり)神社
http://genbu.net/data/suruga/sitori_title.htm
「『日本書紀』によれば、大化改新の一年前に、大生部多という人物が、虫(蚕?)を祀るよう村民を扇動したため、秦河勝によって討伐されたとあり、大生部多が倭文部であったと思われる。」
『皇極紀3年7月条・常世神信仰における覚書』毛利美穂
http://hikaku.fc2web.com/pre/024.html
「『日本書紀』(以下、書紀)の皇極紀3年7月条に、東国において大生部多をリーダーとする常世神信仰が、秦河勝によって弾圧されるという記事がある。」
斎宮千話一話 第3話
http://www.pref.mie.jp/saiku/hp/senwa/0003/senwa-0003-20080920.htm
『一方、「唐猫」というネコが文献資料にはしばしば出てきます。10世紀初頭の宇多天皇の日記は現在では断片的にしか残っていませんが、その中に、背たけが 20センチほどもある黒の唐猫をペットにしていたという記述があります。こうしたブランド・ネコは、経典の輸入とともにもたらされたかとも思われます。そして文化人の高級ペットとして買われ始め、ともにネコをめぐる文化も同時に入ってきたかと思われます。』