2008年03月02日

母を尋ねて三千キロのオオカミ少女、虚言の舌の根が干上がる

極限状況から奇跡の生還を遂げた人々の物語は、惰性の人生にカツを与える。ナチス強制収用所の極限の日々を描いた『夜と霧』。アンデスの雪山で遺体を食べながら生き残ったラグビー選手たちの『アンデスの聖餐』。ナチス占領下の欧州で、オオカミの群れと一緒に三千キロを歩いて生き延びた8歳の『少女ミーシャの旅』。

欧州の奇跡の“もののけ姫”こと少女ミーシャの物語は、知り合いのベルギー人がフランス語版を読んでいたので、私も2日前に英語版の『Surviving with Wolves』の注文を入れたところだった。ところが・・・・。

AFP:実話を元にしたベストセラー本の著者が告白、「オオカミと暮らしたのはうそ」(2008/3/1)
【3月1日 AFP】第2次世界大戦中のベルギーで、両親をナチス(Nazis)に連行されオオカミに育てられたという実話を元にした物語『少女ミーシャの旅』の著者ミーシャ・デフォンスカ(Misha Defonseca)氏が、「自伝」はフィクションだったと認めた。ベルギーの日刊紙「ルソワール(Le Soir)」が28日、報じた。

物語では1941年、両親をナチスに連行された8歳の少女ミーシャが、オオカミの群れの一員となって、ベルギー・ドイツ・ポーランドを3000キロにわたり旅し、両親を捜す。この本はベストセラーとなり、映画化もされた。

しかし、現在米国で暮らすデフォンスカ氏が同紙に発表した声明によると、両親がブリュッセル(Brussels)でナチスに連行されたのは本当だが、その後は祖父とおじの家を転々として、ひどい扱いを受けていたという。

「ねつ造」疑惑が持ち上がったのは、デフォンスカ氏の本名がモニク・ド・ワエル(Monique de Wael)であることが明らかになったことがきっかけ。「ド・ワエル」はユダヤ名ではなかったためだ。さらに、出生記録によると同氏は1941年にはわずか4歳だった。

デフォンスカ氏は声明で、「わたしには実際の出来事と自分の内部で起こっていることの区別が付きにくい時期があった」としたうえで、「この本はわたしが作った物語だが、現実に基づいていないにしても、わたしが嫌悪する者と自分を切り離して生きていくために必要な『真実』だった」と主張。さらに「裏切られたと感じた読者には許しを請いたい。でも、たった4歳ですべてを失い、生きていかなければならなかったわたしの気持ちを察してほしい」と述べた。

デフォンスカ氏は、一家は戦時中ベルギーから移送され殺害されたものの、ユダヤ人ではないことも認めた。

2月にフランスで行われた物語を原作にした映画の上映会で、デフォンスカ氏は、「わたしの1番大切なお守り」として、旅で使用したとされる小さなコンパスを手に登場した。また、今回「ねつ造」を認めるまで同氏は、人々の疑惑に深く傷つけられたと語っていた。

デフォンスカ氏は、自分は物語の出版を望んでいなかったが、米国の編集者に説得されたと主張している。(c)AFP

このオオカミ少女おばさんは、ローマ建国のロムルスとレムルスの末裔なのであろう。1997年の出版以来17カ国語に翻訳され、映画や講演会なども含め、世界中をおおいに騙し続けてきた“奇跡の物語”は、10年を経て捏造の白旗が上がったことになる。マスコミのウソ報道と同じで名誉毀損でもない限り取り締まるすべがないが、多くの人を何十年も騙し続けている“ノンフィクション”や“証言”は他にもたくさんあるので、注意しよう。

■追加:
もうじき届く『Surviving with Wolves』だが読むつもりはない。私にこの物語を紹介したベルギー人に献呈するつもりだ。英仏対訳で英語の勉強に使えるだろう。
posted by ヒロさん at 02:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | 報道・メディア論
この記事へのコメント
TITLE: 聖書もノンフィクション
世界最大のインチキノンフィクション本は聖書でしょう。

久しぶりに訪れましたが、いつも素晴らしい記事に感心し、感謝いたします。
Posted by Shoon at 2008年03月09日 13:12
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