現代人にとってギリシャ神話とは何であろうか。創生神話としてのガイアやカオス、プロメテウスの火、パンドラの箱、エディプス・コンプレックス、王様の耳はロバの耳、アキレス腱、イカロスの翼、モルヒネ、サイレン、エコー(木霊)に加え、笛好きにはアウロスにシューリンクス、女好きにはゼウス、アポローン、ディオニュソスの助平話、映画好きには『黒いオルフェ』(オルペウスとエウリュディケ)、投資家には地獄の番犬ケルベロス(サーベイラス)はいかがだろうか。国際政治謀略を研究する人には、地球を支えているのは俺様だ、俺が肩をすくめたらどうなるか、というタイタン族のアトラス(=国際金融財閥)や、そのアトラスの7人娘セブンシスターズ(=国際石油財閥)の神話はぜひとも押さえておきたい。
ギリシャ神話の神々の系譜は、広瀬隆の『赤い盾』(ロスチャイルドの系譜)に匹敵するような怪奇面妖さがある。とりあえず、パルテノン神殿にも飾られるオリンポス12神を私なりに並べてみる。
最初の4神(ゼウス、ヘラ、ポセイドン、デメテル)はすべて兄弟姉妹。ゼウスとヘラは近親相姦の正式な夫婦。デメテルは前の前の前の奥さん。
「男」「女」の符号がついているとはいえ、神々は両性具有でもある。3行目のアテナはゼウスが勝手に1人で生んだ娘だが、これ対して正妻ヘラも、それじゃ私も勝手にやらせていただきます、と息子パイストス(鍛冶の神)を1人で生んでいる。
4行目のアポロンとアルテミスはゼウスの子供だが、母親は正妻のヘラではなく、前妻(愛人)のレト。「レト」は小アジアの女神「ラダ」の変形で、ゼウスが白鳥に化けて交わった「レダ」と同一と思われる。ゼウスが化けたという話はたぶん後付けで、「レト」「ラダ」「レダ」は女神であると同時に、首の長いトリ(男性的シンボル)を備えた両性具有神の伝承の名残だろうか。旧約聖書のアダムの前妻リリトは鳥(バビロニア神話ではフクロウ)のように飛んで家出したが、ゼウスの前妻「レト=ラダ=レダ」にも白鳥神話があることは興味深い。
正妻との子供は武神アレスのみ。秘書官ヘルメス(ゼウスの鞄持ち)はセブンシスターの1人マイアと浮気してできた子だし、ディオニュソスはなんと人間と交わってできた子だし、アフロディテにいたっては、ゼウスが父親ウラノスの陽根をエイヤーと切り落としたときに泡から生まれたクローン娘だ。神話は事実よりも奇なり。
オリンポス12神はペロポネソス半島の神話に、クレタ、ミノア、小アジアの神話を融合させて登場した新作劇といえる。古代の神話は「大地母神+植物神(童子神)」の関係で整理するとわかりやすい。
誕生日が近づいている人は、丸くて甘い誕生ケーキの起源が、月の神アルテミスに捧げた「ハチミツ入りの丸いパン」にあり、月光を象徴するようにロウソクを突き刺していたことを思い浮かべ、古代に思いを馳せましょう。
いまお酒を飲みながら読んでいる人は、お酒の神様ディオニュソスのお祭りが世界中にあることを調べながら、頬を紅潮させましょう。ローマでは「バッカス」という神に翻訳されてしまったが、これは本地垂迹に似たトリックなので、お気をつけあそばせ。
また、ゼウスの正妻ヘラは牛をトーテムとする女神であり、ギリシャ勢力の拡大とともにクレタ島で盛んだった牛神信仰にゼウスが“婿入り”したのが真相だろう。「牛を殺すミトラ」で知られる太陽信仰ミトラ教の影響もあったに違いない。
オリンポス神話とはジャンルの異なる伝説になるが、トロイア戦争(BC1200年頃)直後の伝承を描いたホメロスの『オデュッセイア』(知将オデュッセウスの帰還の物語)は宮崎アニメファンなら必読だ。なにしろ、風の谷のナウシカが出てくるのだから。トロイの木馬で知られるトロイヤ戦争を紐解きたい人は、手塚治の『火の鳥』もお勧めだ。
シュリーマンによる発掘で伝説から歴史書になってしまったトロイヤ戦記だが、これを単純に現代風に読んでしまうと、古代人の意識や精神を読み違えてしまう。ジュリアン・ジェインズ(Julian Jaynes)の『The Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind』では、トロイア戦争にまつわるホメロスのもう1つの伝説『イーリアス』を資料に使い、霊や神々の声を聴いてしまう古代人の自我意識と左右の脳機能ついて説明しようとしている。
◆内田樹の研究室:「神々の声」(2008/1/16)
ジェインズが資料に使うのはホメロスの『イーリアス』である。この古典には「意識」とか「意志」とか「精神」とかいう語が存在しない。ジェインズによると、それは「『イーリアス』に出てくる人々は自らの意思がなく、何よりも自由意思という概念そのものがない」(94)からである。古代ギリシャというのは「意識」という概念がない世界なのではないかとジェインズは推論する。
ジェインズの仮説は、この「自己同一的な私」というものが人類史に出現してきたのは、私たちが想像するよりはるかに近年になってからであろうというものである。「自己同一的な私」が登場する以前には、「それまでの人生で積み重ねてきた訓戒的な知恵をもとに、何をすべきかを告げる」機能は「神々」が果たしていた。だから、その時代の人々は、何か非日常的な事件に遭遇して、緊急な判断を要するとき、「神々」の声がどうすべきかを「非意識的に告げるのを」待ったのである。(111)これは現代の統合失調症患者の聴く「幻聴」にきわめて近い。患者たちはそれを「神、天使、悪魔」のようなものが発しているのだと感じている。
ジュリアン・ジェインズはたいへん刺激的な思想家であるが、私が個人的にいちばん面白いなと思ったのは、「自我」の起源的形態が「神々」だというアイディアである。私はこの考想はきわめて生産的なものだと思う。だから、「自分探し」が「聖杯探し」とまったく同一の神話的構造をもっているのも当然なのである(地の果てまで行ってもやっぱり聖杯はみつからないという結論まで含めて)。
ロンドンの大英博物館で以上のような薀蓄を垂れていた私だが、帰りぎわに友人が「今日見たパルテノン神殿の彫刻って、なんでイギリスにあるの?」とつぶやいた。「そりゃ、イギリスのいつもの得意技で、盗んできたにきまってるでしょ」と答えた私だが、これは濡れ衣のようなのでプロメテウスの火で乾かしたい。
中東やアフリカ諸国と違って、イギリスはギリシャを植民地にしたわけではない。パルテノン神殿をめぐる歴史は以下のようなものだ。
ということで、盗んできたわけではないものの、ギリシャ人からは「泥棒、返せ〜」という声が上がっているとか、いないとか。
■おまけ話:
イギリスのギリシャ熱事情。イギリスで子供につける名前は聖書系が圧倒的に多いが、女の子の場合はしゃれた名前がはやっており、近年の上位10傑にはギリシャ系の「Chloe(クローイー)」と「Sophie(ソフィー)」が登場している。日本でいえば「若菜」と「智子」。
http://www.bk1.jp/product/02332276
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000314.html
神のマテリアリズムを探求する学術エンターテインメント (『神の発明』のbk1書評)
http://www.bk1.jp/review/0000225805
『それは「神(ゴッド)の観念」の出現を、マルクス・エンゲルスの顰みに倣って「自然史の過程として」探求しようとするもので、中沢氏が議論の出発点に据えた「マテリアル」とは脳、それも認知考古学が想定する現生人類の脳──スイス・アーミー・ナイフのようなネアンデルタール人の「特化型」の脳ではなく、認知的流動性をもった「一般型」へと進化した現生人類の脳(スティーヴン・ミズン『心の先史時代』)──である。』
中沢新一が推定する旧石器人類の脳は、スティーヴン・ミズンの「スイス・アーミーナイフ」のような脳でも、ジュリアン・ジェインズの「二分脳」でもないということですね。なるほど、なるほど・・・。
カイエ・ソバージュ5巻の文庫本化を待ち望んでいる私でございます。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/godbushu.html
http://www.j-cast.com/2007/08/27010694.html
「日本の国教である『神道』があまりに狂信的」
http://facta.co.jp/article/200802033.html
アテネのパルテノン神殿の破風はほとんどが空っぽです。
柱として造られた物意外・・全て外れる物は全て外されたからです。
泥棒・・そういう時代だったという事でしょう。・・現代では考えられませんが、インディー・ジョーンズの事を考えれば不思議は無いかも知れません。
濡れ衣ではないですよ。