2007年07月04日

翻訳した瞬間に過去の映像が流れる、マドレーヌ現象について

催眠を掛けるときに重要なのは、ワークポジションの把握であるという。

◆林貞年『催眠誘導の極意』(現代書林)p144
  人間は自分の思いをある決まった空間に配置する習性をもっています。その空間を探し出すために相手の目線やしぐさを観察するのです。ある人は嫌なことを左斜め下の空間に集めているかもしれません。ある人は、楽しいことを右上の空間に集めているかもしれません。このように、人は自分の空間に独特の地図をもっているんです。<中略>
  私が中学2年の女の子に催眠をかけたとき、「あなたにとって一番集中できる声をもっている人は誰ですか?」と聞くと、「塾の先生かな・・・」と言いながら、斜め右前方を見る。距離的には約1.5メートルというところ。この方向と距離をしっかりと覚えておいて、施術のときはこの場所から催眠をかけます・・・

上記の例は、相手の記憶マップの中で「権威」の空間ポジションを把握し、そのポジションを利用しながら相手の心をコントロールしていくという手法だ。こんな手法をマスターしている人は多いので、誘導的な話術には気をつけたほうがいい・・・という話はまたいつかやるとして、今回は記憶マップの話だ。

この1週間、「英語→日本語」の翻訳の仕事に没頭してみたが、頭の中に脈絡もない過去の記憶が次々と浮かび上がってくることに当惑してしまった。不思議なことに3年前、10年前、15年前といったワンカットシーンがフッと頭をかすめていく。これはいったいどういうことなのか。

単語がトリガーになるという理屈ならわかる。「Agreement」という単語があると、「Agreement」→「契約」→「過去に自分が契約を交わした場面」というような連想が発生することは、何ら不思議ではない。プルーストの『失われたときを求めて』のように、マドレーヌ菓子の香りや味覚から、延々と少年時代を思い浮かべるもの、勝手気ままな回想ゲームである。

が、今私が問題にしたいのは、単語や文章の意味とは何ら脈絡のない(ように思える)記憶が、ランダムに突然浮上してくる現象のことだ。

読書や仕事の最中に、あれこれと回想モードになってしまうのは、集中ができていない証拠ともいえる。しかし、集中とは無関係に、翻訳作業にはこれを起こしやすい仕組みがあるのではないか、と考え直した。

翻訳では、お堅い英文になればなるほど、文章のコンポーネントをどう並べ替えるのか、あれこれと考える。読書とは違い、文章をリニアに読んで、流れを追うだけでは終わりにならない。ジクソーパズルのように動詞はどれか、副詞句はどこからどこまでか、というような構造分析をしながら、単語の訳語を同時に考える。

この作業では、二重の意味で「視点移動」が発生する。

1)原文の構造を解析するための視点移動
2)記憶マップの中から訳語を探しだすときの視点移動

という2つの視点移動だ。

訳語を思い出すときに視点移動などないという人がいるかもしれないが、脳内変換が重くて0.5秒ぐらい余分にかかるときとか、「object」は目的、目標、対象のどれにするかと迷う瞬間などに、記憶マップの検索が発生している。

記憶の想起には、視点の座標だけではなく、移動のベクトル(方向と長さ)も関係があるらしいという話は、以前『速読講座2:あなたはどちら系の「斜め上」ですか?』で少しだけ考察したことがある。

今日のところの結論では、翻訳作業で、1)英文を「左から右」に追っていた視線の流れを、ときおり「右から左」に逆走させて、2)日本語は何かなぁと思い出そうとする一瞬の寸隙に、視点移動がもたらすランダムな掛け合わせで、別段見たくもない膨大な過去の映像クリップが流れることになる、としておこう。

posted by ヒロさん at 07:44 | Comment(8) | TrackBack(0) | 言語学&コトバ遊び
この記事へのコメント
TITLE: 眼球運動って
関係ないですけど、眼球運動が活発な人と、そうじゃない人っていますよね。
眼筋の鍛え方が違うのかな、私は眼球運動が弱いんで、速読が出来ません。

眼球運動を活発にする秘策があれば教えてください。
Posted by アルルの男・ヒロシ at 2007年07月04日 09:08
TITLE: 究極の速読は周辺視野
眼球運動も日頃の訓練ですよね。スポーツでは卓球がよさそうですが。
速読も名人になると、眼球運動をあまりしないそうです。
むしろ、周辺視野の認知能力が高いとか。周辺視野を鍛える訓練として、画面の角に中心視野を置きながら、テレビやDVDを見るというのもありました。さて、これで楽しめるでしょうか。
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2007年07月04日 09:43
TITLE: 速読不可
私は眼球の問題ではなく頭が悪くて速読ができません。

しかし、ただひとついえることは、日本語と英語と比べた時に、英語は絶対出来ないのが分かります。何故なら、TVや映画で一瞬出る文字が、日本語なら読めるのに、もちろん短い文字なら別ですが、英語では不可能だからです。

フランスに行ったときに道の表示を理解するのに苦労しました。アラブ諸国なんかにいったらあのミミズののたくった文字を一瞬にして読むのは不可能なので、いちいち止まらなければならないのでしょうね。

>翻訳では、お堅い英文になればなるほど、
つまらなし、私の弱い頭では理解出来ないので、いろいろほかの事を考えてしまいます。

>誘導的な話術には気をつけたほうがいい・
是非早く掲載願います。
Posted by Shoon at 2007年07月04日 20:48
TITLE: バタフライイフェクト
すごい能力ですね。凡人には考えられない現象です。この脳内メカニズムの
話をもっと聞きたい(興味あります)です。ちなみに私はふとしたことから
習い始めた英語ですぐに詩をかくことに興味を持ち、(日本語で詩など作った
こともないのに)英語でイメ−ジが沸いて、書きつづけています。英語のイン
トネ−ションに脳が興味をもったようです。割合、短時間で仕上がるので、あとで
日本語の詩をかいてみようと思ったら、それは全然ダメでした。
脈絡のない過去の記憶が次々に浮かびあがってくるというのは私も似たような体
験がありますね-。 あ、これはどうですか、PCで文章を書きながら、オ−ル英語
のラジオを聴き、同時にTVがなにを話しているかも聞き(これ皆やってること?
。。単に注意散漫かも〜)
しかし、翻訳って想像力のたまものなんでしょうね。。尊敬します〜
Posted by 天下泰平 at 2007年07月04日 22:03
TITLE: 言葉とイメージの自由乱闘劇場
>フランスに行ったときに道の表示を理解するのに苦労しました。(Shoonさん)
特に車を運転しているときは、交差点やロータリーで一瞬の判断力を要しますが、私は読み取りが苦手。視力が弱いせいもあるけれど。鈍い認知力と弱い視力を補うためには、地名を徹底的に予習しておかないと、リラックスして運転ができない性分です。

>しかし、翻訳って想像力のたまものなんでしょうね。。尊敬します〜(天下泰平さん)
今回やった翻訳はIT規格(法律とか仕様書とか)なんですが、想像力も創造力もあまり使わない世界なのです。過去の記憶が浮かび上がる現象は、
1)単純に言葉を置き換えれていればそれでよし(いわゆる直訳をしてればOK)
2)でも時間に追われている(集中している)
という時に、起こるんですよ。ニュアンスを変えようとか、わかりやすい文章にしようと考えているときの現象ではないのです。

>習い始めた英語ですぐに詩をかくことに興味を持ち、(日本語で詩など作った
>こともないのに)英語でイメ−ジが沸いて、書きつづけています。
それはすごい! 詩文というのは言葉のルールから自らを解き放つ、自由乱舞(乱闘?)みたいなものですから、外国語の方が、ええぃ、えいやー、と枠をはずし、いなおりで書けるということはないでしょうか。
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2007年07月05日 02:06
TITLE: ながら
私も昔は「ながら」勉強をよくやっていましたが、最近は英語の内容もよくわかるようになってきたので、どうも耳について「ながら」出来なくなってしまいました。
最近では、単純作業の場合の「ながら」は、CBCのニュースを見ながらとかやっていますけど、真剣な場合の「ながら」はフランス語の歌や歌詞なしでないと駄目になってしまいました。

フランスの運転は、この私でさえびびりました。大体なんで環状線の出口が左にあるんじゃい!イギリス人も結構飛ばしますよね。一番運転が下手な国民はアメリカ人であると私は確信します。

本題に戻ります。ヒロさんてまったく無関係のものを記憶できますか?例えば、百人一首を覚えるとか、歴史の年代を覚えるとか、人の名前を覚えるとか。私は出来ません。論理的に繋がっていないものは、自慢できるほど一切記憶できません。ですから、記憶力を必要とせずむしろ論理展開が命の数学や物理はよく分かるのですが、記憶を重視する科目は不得意でした。いわゆる滅茶苦茶私立理系(ちなみに一応私は国立理系でしたけど)なのです。歴史とか最近ブッシュのおかげで、根本原理が分かり初めて、非常に分かるようになりました。また、夢も見ません。私の妻からは、「頭が悪いので覚えていないだけだ」といわれるのですが、いずれにしろ私にとっては「夢を見ない」なのです。そして、寝ている間は全くの空白の時間なのです。で何がいいたいかというと、私にはそういった整理されていない記憶が留まらないので、翻訳中に過去の記憶が蘇ることがまずないのだと思います。私の論理は、記憶を散在しているヒロさんは、思考中にそういった散在した記憶にぶつかるのではないのでしょうか?私みたいに論理でしか繋がっていないものにしか記憶が出来ないものには、そういった散在した記憶があまり無いのではないかと思います。

もうひとつ関係あるかどうか分からないけど、質問があります。道順を言うまたは聞くとき、右左で言うまたは聞きますか?それとも東西南北ですか?私は「どこどこを右に曲がって」とか説明されると分かりません。「北に曲がって」とか言われないと駄目なのです。

この質問に対しての、私の持論の一つ。関東の人は、右左派が多いです。東西南北を分かっていない人が多いです。私の生まれ育った場所は、東西南北に碁盤目状に区切られているので、東西南北が分かりやすいです。静岡市の人は、東西南北がくるっています。海側が南で、山側が北だと認識している人が多いのですが、実は、完璧に45度ずれているのです。海側は、南東で、山側が北西です。静岡市で道を聞くときは気をつけましょう。

とにかく、人間の脳みそって面白いですね。
Posted by Shoon at 2007年07月05日 18:05
TITLE: イメージ記憶と地図感覚
>ヒロさんてまったく無関係のものを記憶できますか?例えば、百人一首を覚えるとか、
>歴史の年代を覚えるとか、人の名前を覚えるとか。私は出来ません。
年代や数字の記憶は、語呂合わせか、数字にイメージに変える記憶術でがんばりました。かつては電話番号も記憶術でがんばっていましたが、舞台俳優をしている友人は、「そんなもの、セリフを覚えるときの要領ですぐ覚えられる」と言っていました。これは職業柄でしょうか。

>私にはそういった整理されていない記憶が留まらないので
私は業が深いのだと思いますよ。若いころにためた「恨み言」「未決の思い」「癒されない記憶」とかがたまっているのかな、とも考えています。人と会話をしているときも、いろんなイメージが浮かびますけど、そこにフォーカスがいくと相手の話を受け止める力が弱くなるので要注意。でも、いろんな意外なところに話が進展するので、あなたは面白い人だねぇ、といっていただいておりますが。

>道順を言うまたは聞くとき、右左で言うまたは聞きますか?それとも東西南北ですか?
東西南北を意識できる人は、生まれ育った場所の地形的要因や都市構造の要因が大きいのでしょうね。京都や奈良の人の空間マップは独特になっているかもです。今イギリスで済んでいるところも、くねくねと曲がる田舎道なので、道の説明で「東西南北」を使ったことも、聞いたこともありません。とはいえ、地図や地理が大好きなので、東西南北を意識しながら地図を描くことはできますけれど。
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2007年07月05日 20:52
TITLE: 天才は発達が遅い
というのを聞いたことがありますか?天才は最初言葉を発声するのが遅いが、一度法則を理解すると喋りだすということを聴いたことがあります。頭の中の整理が重要なようです。天才と気違いは紙一重であるのも事実ですけど、非常に興味深い話ではあります。

>いろんな意外なところに話が進展するので、
私は下ネタに発展します。それはおいといて、私も話が別のところに飛ぶようなので、似たようなことをしているのかもしれませんね。

イギリス人も同じなのかもしれませんが、アルファベットを使う人たちってどうも一次元で把握しているようで、漢字を使う私たちが二次元で把握しているのとは違う思考能力をもっているようです。ですから、道順を聞いても、電話ならともかく、文字でつらつら書く人が多いです。日本人に道を聞くと殆どの場合方向と縮尺が滅茶苦茶ですが、少なくとも大抵地図を書いてくれます。私の今住んでいるところは、例外もたくさんありますが基本的に限りなく碁盤の目上なので、便利です。アメリカはいろいろな場所に行くといろいろ違うので、その場所の教育水準や頭の良し悪しが場所によって分かります。例えば南部に行くと道が大抵ごちゃごちゃですし、進んだところに行けば碁盤の目上で高速で運転しててもあらかじめ次の道を示してくれたりするので、分かりやすく、田舎に行くと町が碁盤の目上でも表示が頭が悪い所も多々あります。最近新しいところは、ラウンドアバウトが増えているのですが、皆運転が下手糞なので、かえって渋滞になります。またちょっと前の住宅街はわざと車が早く走らないように曲がった道にしたりして、非常に迷惑です。アメリカ人は直線しか慣れていないので、カーブの運転がやたらと下手糞なので、かえって危ないような気もします。殆どの車がAT車なので、それも理由にあるのでしょうけど、ドリフトして曲がっている人なんか見たことがありません。ですから、最新の住宅街はそれ程曲がりくねってはいません。町も人間の脳と同じように試行錯誤されて整理されていくのでしょうね。

東西南北で認識しているかなぜ聞いたかというと、頭の中で2次元もしくは3次元で認識しているかどうかを知りたかったのです。ヒロさんはさらに4次元目の時間軸まで接続しようとしているのではないでしょうか?そうすると、昔の現象がちらつくのかもしれません。
Posted by Shoon at 2007年07月06日 18:43
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