先日ロンドンに行ったときに、「メイフラワー(Mayflower)」というパブで食事をしてきた。ピルグリム・ファーザーズを乗せて新大陸に向かったメイフラワー号は、1960年9月に、イギリス南西部のプリマス(Plymouth)から出航した。
しかし、プリマスは大西洋への出航ポイントである。メイフラワー号の最初の出航ポイントはロンドンのテムズ川を臨むロザーハイズ(Rotherhithe)であった。
◆Traditional and Historic London Pub Guide:Mayflower Pub, Rotherhithe
From a Rotherhithe quayside, near a pub called the Shippe, the Mayflower set sail for America. It was the spring of 1620, on board were a group of Protestants fleeing religious persecution. Captain Christopher Jones couldn't have known that his passengers were to become the most famous Americans ever, the Pilgrim Fathers.
このパブは当初、船を意味する「Shippe」と呼ばれていたが、のちに「Spread Eagle and Crown」と改称され、1957年の改装で「Mayflower」となったものだ。
◆ウィキペディア:メイフラワー号
メイフラワー号が出発したのは1620年9月16日。同号に乗っていた25〜30名の乗員を除く船客102名のうち、およそ3分の1がイギリス国教会の迫害を受けた分離派に属していた。船上で、社会契約説に基づくメイフラワー誓約を結んだ。11月19日にコッド岬、そして12月26日に現在のマサチューセッツ州プリマスのマサチューセッツ湾沿岸に到達した。彼らの上陸した土地は偶然にもニュー・プリマス(New Plymouth)と出発地に因む名がつけられていた。後にPlymouth Colonyとよばれた。
この「偶然」だが、ピルグリム・ファーザーズが「神に選ばれた人たち」という伝説を流布するための偶然と思いきや、本当に偶然であったようだ。現在は3〜5日で横断できる大西洋だが、当時はなんと66日間の航海だったので、その困難は忍ぶに余りある。
アメリカでは11月の第4木曜日が「感謝祭(Thanks Giving Day)」だが、住居や食糧を与えてくれた先住民たちに感謝を捧げたのが起源である、という「美談」と「タテマエ」になっている。
◆ウィキペディア:感謝祭
ピルグリムがプリマスに到着した1620年の冬は大変厳しく、大勢の死者を出したが、近隣に居住していた北米先住民ワンパノアグ族(Wampanoag)の助力により生き延びることができた。翌1621年の秋は、とりわけ収穫が多かったため、ピルグリムファーザーズはワンパノアグ族を招待し、神の恵みに感謝して共にご馳走をいただいたことが始まりであるとされる。しかし、イギリス人の入植者もワンパノアグ族も秋の収穫を祝う伝統を持っており、この年のこの出来事は特に感謝祭と位置づけられてはいなかった。プリマス植民地で最初に祝われた1623年の感謝祭は食事会というよりもむしろ教会で礼拝を行い、神に感謝を捧げる宗教的な意味合いが強かった。
先住民にではなく、自分たちの「神」に感謝する礼拝である。もしも「感謝祭」が先住民に感謝を捧げる日であったというならば、その後の、先住民に対する凄まじい迫害と虐殺は起こらなかったであろう。合衆国憲法に基づいて、先住民の政権参画も実現していていたことであろう。
◆ゲームの達人:真実に目を向けよう!
元々清教徒はカルバン派でその教義は予定説(人間や魂が救われるのは善人,悪人を問わず神によってあらかじめ決められている=そうでない人たちが救われなくても構わないというカルト的な思想)にあり、聖書を信仰の基礎にという福音主義をとり、また人は信仰によってのみ救われるとしたものです。それが拡大し今の米国のキリスト教右派と呼ばれる人々です。
清らかなピューリタン(puritan)こと「清教徒」は、禁酒、禁煙、勤勉、倹約で、「プロテスタンティズムの倫理と(アメリカ型)資本主義」を体現した主役であった。清教徒はカルヴァン派(カルビン派)の落とし子である。
◆キリスト教について
スイスのジュネーブではフランス人”ジャン・カルヴァン”が聖人像の破壊運動などを行い改革を推し進め、礼拝堂のステンドグラス以外のオルガンなども含め信仰上不必要と考えた教会の装飾品を否定し、牧師と司式を補佐する長老とで運営する長老制度を採用した教会を設立しました。(スイス・オランダ長老派等)カルヴァンはスイスで教会改革を行い、カルヴァン派の教会はスイス、オランダ、イギリス等へ信仰改革の影響を与えました。
宗教改革を主導した人物として、ドイツのルターとスイスのカルヴァンを世界史で勉強するわけだが、カルヴァンの素顔については、もっと研究する必要がありそうだ。
◆ユダヤにより計画された英ピューリタン革命
革命が決意されると、ユダヤ人陰謀者はカルヴィニズムを英国に導入して教会と国家、そして国民を引き裂いた。一般通念に反して、カルヴィ二ズムはユダヤにその起源があり、キリスト教の信者を分派させ、国民を分立させるために入念に考え出されたものだった。カルヴインの本名はなんとコーヘンなのである。ジユネーヴからフランスに移って、その思想を広めはじめたときにはコウインとして知られ、英国に渡ってからカルヴインとして知られるようになったのだった。スイスで目論まれない革命が存在しないように、その名を変えないユダヤ人事命指導者も存在しないーまさに歴史が示すところだ。 一九三六年にパリ (フランス) でブナイ・ブリスの祝典が催されたとき、コーヘン、コウイン、カルヴイン (いずれが本名であるとしても)、彼がユダヤの血を引いていたことが喝采のうちに承認された。
英語で読みたい方はこちら。
◆Esau/Edom, and the Trail of the Serpent - XII
When the Protestant Reformers split with the Roman Catholic church the Jews set their resources behind the Reformers, and infiltrated that Movement. Agents provocateurs in the ministry were soon perverting the Gospel of Truth and sowing discord. John Calvin, for instance, was the Jew, Cohen. When he began preaching his doctrine in France he was known as Cauvin. There's hardly a Jewish revolutionary leader who has not changed his name, be he Marx, Trotsky, Eichmann, Hitler or the men behind the scenes such as Rothschild (Bauer) and Rockefeller (Roquefeuille). (William Guy Carr, "Pawns in the Game," page 20:1-2).
こんにちは。
カルヴァンがユダヤ人でしかもコーヘン姓ですか?
エクサンプロヴァンス旧市街唯一のプロテスタント聖堂にはカルヴァンが寄った旨の石板が壁にはめ込まれておりますよ。
ジュネーヴの教会群は内部破壊の痕が垣間見られ、カト贔屓としては教会なのになぜかムカつく教会なんであります。何もあそこまですることなかろうよ、と思います。
で、アメリカ移民史ですが、各村落ごとに決まった宗教がありましたし、州ができてからは州教が決まっており、おピューリタンな州にはユダヤ人、カトリックは移住不可でしたね。最初にユダヤ人、カトリックを平等に受け入れたのは1681年に誕生したペンシルヴァニア州、州教はクエーカーです。
チャールズ二世、ウイリアム・ペン、フィラデルフィアなどのキーワードで探すと面白い話しがワンサカ出てくると思います。ピューリタンと比較しても面白いですよ。
最後にもいっちょ。ピューリタンは現在のキリスト教右派には連なりません。
当時のピューリタンですが、子孫は残っていても、当時のセクト状態での信仰(典礼面で)はほぼ消滅しています。ったくなあ、ついでにブッシュ家をWASPと勘違いしているニポーン人も多すぎです。彼の家は南部メソジストなので英國国教会の流れであり、ピューリタンのPの字も関わりない外様大統領(彼で確か3人目のWASP以外のプロテスタント信者大統領)です。
13州時代の米国生活文化史は面白すぎです。大好きです。
http://native.way-nifty.com/native_heart/2006/11/post_4aa4.html
ペンシルヴァニア州の州教はクエーカーですか!それはおもしろい。
ピューリタンは現在のキリスト教右派に連ならないとしても、初期のアメリカ政権の「思想」にどんな影響を与えたのか興味があります。
ブッシュは英国国教会の流れを汲む南部メソジストだそうですが、歴代アメリカ大統領の中で、就任以前にヨーロッパにただの1度も訪れたことのない初の大統領は、ブッシュ・ジュニアだそうです。これは第二次大戦後以来の「初」ということでしょうか。まさか初代大統領リンカーンにまで遡って「初」ではないと思いますけど。
>http://native.way-nifty.com/native_heart/2006/11/post_4aa4.html
『新大陸に移住してきた清教徒たちが、無事に生き延びたことを感謝し、先住民(ワンポアノグの人たち)たちを夕食に招いて、みなで親しくスカッシュやコーンや七面鳥を分けあって食べたことが起源だとされているが、これは真っ赤な――じゃなくて白々しい――嘘なのだな。どこを調べてもそのような歴史的な事実は全くないという。』
『感謝祭がアメリカで認定されたのは、清教徒たちがボートピープルとしてイギリスから新大陸にたどりついてから200年ほど経た1863年で、時の大統領だったエィブラハム・リンカーンが休日を宣言したものだ。リンカーンは清教徒とインディアンが仲がよかったことを顕彰するためにこの日を休日にしたのではなく、血で血を洗うアメリカ合衆国国内の内戦(独立戦争)に嫌気がさしていた人たちに、このあたりでひとつみなの心が温まるような祭りでも提供する必要があるのではないかと考えたからに他ならない。』
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200612070028.html
『英レジャー大手のランクは7日、傘下に置く世界的なレストランチェーン「ハードロックカフェ」を、米フロリダ州の先住民族セミノールへ売却することで合意した、と発表した。売却額は9億6500万ドル(約110億円)。』
“インディアン・カジノ”の光と影
http://www.asahi-net.or.jp/~fx8m-nkzw/articles/articles_0801.html
アメリカン・インディアン―その過去・現在・未来―
http://www.clair.or.jp/j/forum/c_report/html/cr096/
『居留地におけるカジノ経営は、1978年、フロリダ州のセミノール部族が民間のゲーム業者と共同で自分たちの居留地の中にビンゴセンターをつくったことから始まった。』
http://wordpress.rauru-block.org/index.php/435
http://www.seminolehardrock.com/
http://www.seminolehardrockhollywood.com/
http://www.seminoletribe.com/enterprises/casinos.shtml
黒人インディアンについて初めて知りました。
>http://wordpress.rauru-block.org/index.php/435
奴隷商人がアフリカから黒人奴隷を連れてきたとき、北米先住民も白人から黒人奴隷を購入した。
リンカーンが奴隷解放宣言を行なった後も先住民は奴隷制度を撤廃しなかった。
その後、政府と先住民部族との間に 「解放条約」が結ばれた。
このような経緯で解放された黒人は、黒人インディアン (Black Indian) と呼ばれる。
http://www.blackindians.com/
http://www.africanamericans.com/BlackIndians.htm
Eartha Kitt
http://www.audio-visual-trivia.com/2005/05/eartha_kitt.html
Radmilla Cody
http://www.radmillacody.net/
http://www.buffalosoldiermuseum.com/
"African Americans have served proudly in every great American war. In 1866, through an act of Congress, legislation was adopted to create six all African American Army units."
BUFFALO SOLDIERS & INDIAN WARS
http://www.buffalosoldier.net/
"It should be noted, that Regimental returns show that the Buffalo Soldiers were not involved in Indian massacres, though they were camped near the sites of two incidents and assisted those who survived. It is this author's stated belief, that the Buffalo Soldiers did not mistreat Native-Americans and were not responsible for their removal from reservations."
今日ロンドンに行ったら、ハードロックカフェの話題で盛り上がった。このカフェはイギリス資本で、1号店はロンドンである。
http://gnavi.joy.ne.jp/wdi/hardrock/
『ボリュームあるアメリカ家庭料理をエキサイティングなロックを聴きながら楽しめるレストランとして、また、数多くの有名ミュージシャンの来店や、ミュージシャンの記念品が壁面に飾られた“ロックの博物館”、街中でよく見かけるロゴをプリントしたTシャツ、などなど従来の常識を超えたレストランとして知られる「ハードロックカフェ」(以下、HRC)は、1971年ロンドン1号店開店以来、全米、カナダ、ヨーロッパ、南米、カリブ、アジアへと世界の主要都市に100店余と広がり、その都市の特徴をいかしながらも、統一された共通のコンセプトの元、年間 3億人以上の方々にロックンロールの世界を楽しんで頂いております。』
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/30843/
『AP通信によると、ジミ・ヘンドリックスのギター「フライングV」やマドンナの衣装、エルトン・ジョンのハイヒールなど、著名なロックミュージシャンの愛用品や記念品を含む約7万点にのぼるロック関連コレクションもともに売却される。』
『マンハッタン島のど真ん中、タイムズスクエアで会見したセミノールの代表は、「われわれの祖先はつまらない装身具でニューヨーク・マンハッタン島を売ってしまった。これから、ハードロック・カフェでハンバーガーを1つ1つ売って、マンハッタンを買い戻したい」と発言した。また、「これは先住民族の誇りだ。セミノールの事業多角化の好機ともなる」と話した。』