その昔、せっかく旅行に出かけても、身近な知り合いに偶然会うことが多かった私です。特に好きでもない、嫌いでもない知り合いに、頻繁に会ってしまうのです。こんなとき、「これは自分の意識が固定化している証拠だ、だから旅行に出てもしがらみから逃れられないのだ」と自分をなじっていました。
ほとんどのシンクロニシティは、どうでもいいことなのです。でも、確率的に限りなくゼロに近いことが、どうして起こってしまうのだろう、と心の中で気になります。
私はこんな経験がありました。
かなり嫌な別れ方をしてしまったなあ、と苦々しく思っていた、異性の友達が2人いました。ある会社に勤めたときに、直属の上司と同僚とで「3人組」のプロジェクト・チームを構成することになりました。あるとき、上司と同僚に誕生日を訊くと、なんと、苦々しい思いをしたあの「2人の恋人たち」と同じ誕生日でした。
私の親友(男性)はこんな経験をしています。
「Aさん」とつき合っていて別れた。その後に「Bさん」とつき合った。Bさんの母親の名前を訊くと、なんと、別れたAさんと同じ名前で、漢字も一緒だった。
その後、そのBさんとも別れ、今度は「Cさん」に出会った。AさんとBさんは、彼の好みのタイプでしたが、Cさんは「可もなく不可もなく」という人だったそうです。
あるとき、Cさんに母親の名前を訊いてみると、彼は目を全開にして驚いた! Cさんの母親の名前は、別れたBさんとまったく同じ名前だったのです! 彼はCさんと結婚しました。
このようなシンクロニシティの「意味」は、第三者があれこれ口を挟めるものではありません。その意味は当人が自分で気づくものです。「夢分析」でもそうですが、その人の人生全般を深く理解し、何百何千と見ている「他の夢」も同時に分析しない限り、「意味」に辿りつけないものです。
夢であれ、現実であれ、同じような出会いやパターンを繰り返す場合は、自分の中に「未決」があるからです。「終わっていない」のです。これをどうやって終わらせるか。簡単な答えがあります。「いやな感じがすること」を、呼吸を深くしながら、受け入れることです。静かな気持ちでこれを「認める」ことです。
以下のうち、どれか1つをやってみてください。不思議なことが起こります。
3)は少し毛色が違いますが、未決として溜まっているものを整理する、ということです。
私はこの1週間、上記を実行してみたのですが、不思議なシンクロニシティの嵐が起こっています。もう何ヵ月もやり取りをしていない人から、次々とメールが来ます。半分は「とてもいい話」です。外に出ると、次々と珍しい人に出会い、意外な発見が待っています。
1)の例をもう少し詳しく説明しましょう。たとえば、次のように「ひっくり返す」のです。
現状:「私は夜はぐっすり眠れず、睡眠時間は不規則で、目覚めもスッキリしない」
転換:「私は夜はぐっすりと眠り、朝6時にスッキリと目覚めます」
現状:「私は本を買ってもたまるばかりで、積読がたくさんあります。英語の本を読むスピードは一向に上がりません」
転換:「読書は出会いです。私は必要な本を必要なときに、深く、速く読むことができます」
現状は何も悪いことではありません。「おっしゃる通りです」と呼吸を深くしながら、ただ受け入れます。「悪いことを受け入れると、もっと悪くなる」というのはウソです。「悪い(と思っている)ことを認めたくない」と抵抗するから、もっと悪くなるのです。
ひっくり返しの転換で書く文は、いわゆる「願望」でOKです。現状を受け入れたように、「願望」も受け入れればいいのです。ここで秘訣は、この転換の「願望」は、別の紙に書き直して、朝、目覚めた後に必ず読むことです。それだけで人生は変わっていきます。
「いやな部分を受け入れる」「不要な紙を捨てる」というだけで、なぜ、シンクロニシティが加速的に起こるのか、私も今日考えました。
テレビのニュースや日常で起こっている「外部」のことを忘れて、自分の過去や、心の中という「内面」を見つめたとします。部屋で一人っきりになって考えごとをすることを「内にこもる」という表現をすることがあります。ところが実際は、「内面」の世界では、インターネットを遥かに凌ぐような、メッセージや情報が飛び交っているのです。
今あなたが「困っている」ことは、テラバイト級の容量で、世界中の人にメールが発信されています。「この世で私のことは誰も構ってくれない」という思いで発信した人のメールは、ほとんど誰も開いてくれません。スパムメールと同じです。開いてくれる人がいたとしても、あなた同じように「困っている人」ばかりです。
一方、「この世で私の才能を認め、ありのままに受け止めてくれる人がいる」という思いを発信した人は、誰かがこれを「無意識の世界」で読んでくれています。読んだ人の中には「返信」をくれる人もいるのです。その「返信」がシンクロニシティとなって、いきなり懐かしい人に偶然出会ったり、まったく知らない人から助けられたり、教えられたりします。
ところが「未決」をたくさん抱え、「認めたくない」記憶をたくさん放置していると、それは「悪性ファイアウォール」となって、ステキな返信メールをたくさんはじいてしまっています。あるいは、「着信通知機能のないメールボックス」のようなもので、何ヵ月も読まれることになしに放置されてしまいます。
こんな「ファイアウォール」や「メールボックス」を何とかしませんか?
ステキなシンクロニシティを起こしたい方は、次のことも実行してみてください。「私は毎日、シンクロを2つ以上、書き続けます!」と決めて、専用の日記なり、パソコンファイルなりを用意します。毎晩書いてみてください。書くと決めると、それに合わせて、シンクロも起こってくるのです。これは本当です。
シンクロの大部分は「しがらみ」の世界です。「へぇ〜」と不思議がって楽しむものです。しかし中には「想像を絶するようなうれしいシンクロ」もあるのです。「シンクロ」を「奇跡」というコトバに置き換えたらどうなりますか。もし、毎日2つ以上の「奇跡」を書き続けることができる人生があるとしたら、ステキだと思いませんか?
■ご参考:「シンクロ」と神話の考察
http://art-random.main.jp/samescale/index.html
『そうした人生のセイムスケールを作り始めてみると、ある人とある人の不思議な縁(えにし)、意外な共鳴現象、思わぬ共時性が見えてきた。「人生のシンクロニシティ」である。享年の非因果的連結と呼び直してもいい。』
『これらの符合をすべて必然と思うほどオカルティックでもなく、すべて偶然と感ずるほどモダニスティックでもない。ここでの立場は、偶然と必然の淡いの中にあるとしたい。』
私はできるところで、これから不要な紙は3枚捨てる!というのをやってみます。
なんとなく最近は整理整頓していかないといけないこともあります。
屈託なく生きる!というのは非常に難しいことで、どんな人でも、何もしなくても、
年を取るとなんとなく屈託のようなものが増えていくように思います。
これからはぐっすり眠れてすっきり起きると思えば、なんだかさわやかな気分になりますね。
ちょっとやってみようと思います。
3枚捨てるという作業は、午前様で帰ってきた日でも、15秒〜1分あればできることです。時間と心の余裕があるときは、10枚、50枚を捨ててもいいし、紙以外の不要なものを捨てるのもOKです。とにかく少なくても2週間くらい「毎日やる」と決めてやるのがいいですよ。
夜寝るときは「ありがたいなぁ、ゆたかだなぁ、しあわせだなぁ」と布団の中でつぶやくのもお奨めです。ついでに「明日は○時に起きる。ありがたいなぁ・・・」を追加しながら、眠りについてください。それでは、おやすみなさい。
まったくもってその通り。良くぞ文章にしてくれました。漠然とどうにもならないことを考えているよりも、「こうしたい」という思いに変えることが如何に大事か。
欲しいもの、やりたいことを写真にとって見えるところに貼っておくというのも有効ですね。
はじめまして。いつも読ませていただいています。今日の記事も本当にステキです。さっき読んだばかりなので、まだ試していませんが、読んでいるだけでワクワク(願いが叶いそうな?)気持ちになりました。私も、抱えている問題を挙げて、「それは解決する」と念じながら眠って、本当に解決した経験があります。今日からさっそく1)〜3)を始めます。そうすれば天下無敵?
これからも「ヒロさん日記」を楽しみにしております。
本当に偶然に見つけたこのページ。
参考にさせて頂きました。m(_)m
そしてお気に入りにまで入れさせてもらい(笑)今日3度目に訪問させていただきました。
そこで気づいたのですが、イギリス在住なのですね。私も4月に行きます。