以下は、BBC News:「The Japanese Jesus trail」 (2006/9/9)の翻訳である。
■■■■■■十■■■■■■
◆誤訳御免!: 日本でキリストの子孫に取材 英BBC記事(2006/9/13)
The Japanese Jesus trail
イエス・キリスト、日本への痕跡
By Duncan Bartlett
BBC News, Japan
日本の伝説では、エルサレムから脱出し日本の青森まで逃げのびたイエスは、そこで米作農夫になったと主張している。キリスト教信者は、そんな話はナンセンスだと言う。しかしながら、そこにあるキリストの墓として知られる記念碑が世界中から訪れる観光客の興味を引付けている。
キリストの墓、又はKristo no Hakkaとして地元では知られている場所へ行くには、あなたは日本の北部田園地方(水田とりんご園の場所)の奥深くへと向かう必要がある。
竹林で囲まれた人里離れた山を上って行く途中に、巨大な木の十字架で飾られた土盛りの塚があった。多くの訪問客は、目を凝らしてその墓をもの珍しそうに見つめ、近くの喫茶店でりんごアイスを食べに向かう前に、写真を撮るために十字架の前でポーズを取る。だが、一部の巡礼者は祈りに答えてくれた事への感謝を込めて、墓の前にコインを投げ入れる。
この十字架は人々の混乱の象徴だ。何故なら、この地元の伝説によるとイエスはカルヴァリーで死んでいないのだから。イエスの地位は兄弟の一人に引き継がれたが、その人物は何らかの理由からか日本でイエスの傍らに埋葬されている。
この伝説の筋書きでは、エルサレムから逃れた後、イエスはロシアとシベリアを横断し、日本のはるか北、青森へと進んだ。そこで米作農夫となり、結婚して家庭を持ち、平和の内に114歳の人生を終えた、という事らしい。
ある村人は、私にイエスの子孫と会えるかもしれないと仄めかした。その子孫は、サワグチ・サジローという現在80代の男性らしい。彼の家族は墓の立っている土地を所有しており、家がその山のふもとにある。私は彼を見つけようとしたが、話も出来ないほど病んでいると聞かされた。
イエスの子孫?
しかし、彼の孫にあたるサワグチ・ジュンイチロウが、取材に応じてくれた。私は神の品格を持った人間に合おうとしているのだろうか? 私と話をしてくれた小太りの眼鏡をかけた中年紳士は、とりわけ救世主のようには見えなかった。
「あー実は内の家族、みんな仏教徒でクリスチャンじゃないんです」 サワグチ氏はそう言った。
「それに私は、イエスの子孫と主張するつもりはないんです。私の祖父がその伝説の親類関係なんだと言う人がいるのは知っていますけどね。でも子供の頃、母が幸運のシンボルとして私の額に十字架の印を描いてくれた事がありました」 そう彼は私に話してくれた。
確かに十字架はこの村人達に幸運をもたらしいる。訪問客やこの墓を探しに来たメディアが、お金を落としていってくれるのだ。そして、そこはこの地域で唯一の国際的に認識された観光の名所にまでなった。
だがその一方で、イエスが米農家になったという伝説は、遥か昔から語り継がれてきた訳ではない。ヘブライ語の文書にイエスの日本での生死が記述されていると主張するものがあり、それを発見した1930年代から始まったばかりの伝説なのだ。
現在、それらの文書は不思議な事に消失しており、その墓も発掘調査された事は一度も無い。私は村の職員サトウ・マサオキに尋ねた、イエスの磔での死と復活を信じるクリスチャン達を怒らせるかもしれないという事に気付いているのかと。
「私達は、伝説の物語が真実であるとか、聖書に書かれていることが間違っている、と言っている訳ではないのです」 彼は礼儀正しく説明してくれた。「私達が言っているのは、これは大変興味深い古い言い伝えだという事だけなんです。どのように受け止めるかは、ここに来て頂いた人達次第だと思っています。」
儀式と伝統
多くの日本人がキリスト教を理解するのが困難である事が想像できる。学校は、どんな宗教でも教える事を禁止されているし、人々は概して神学より儀式や伝統に関心があるようなのだ。
またその一方で、クリスチャンスタイルの結婚式は非常に人気がある。十字架やステンドグラスが完備された特別な教会を備えたホテルで、度々結婚式が催されている。海外留学生は時々、牧師の1人として雇われている。その結婚式でのイベントは全て、どの教会からも正式な認可を受けていないのだが。
【未訳部分:ヒロさん追加】教会風の建物が、娯楽目的に使われているケースもある。名古屋市で、私はテーマ・レストランに行ってみたが、ここではイエスや聖人の絵に囲まれた礼拝席に座るチャペル風情を選ぶこともできれば、鉄格子に囲まれたテーブルで床に腰を下ろして刑務所風情の食事を楽しむこともできる。
日本人の僅か1%だけが、正式なクリスチャンだ。しかし、東京にあるNew Life Ministryの様に活気のある教会もある。私が日曜の午後に到着した時、その教会は若い礼拝者ですし詰めになっていた。彼らは賛美歌に合わせてずっと手を叩き、喜びの内に手を突き上げていた。
私は牧師のワタナベ・シンタロウに会った。彼は、花模様のハワイアン・シャツを着ており、顔にはまず変わる事のない笑みを浮かべていた。彼はイエスの墓の伝説にショックを受けなかったのだろうか?彼は笑って、あれはただの馬鹿げた話で全く気にしていないと言った。
「多くの日本人がイエスと聖書に敬意を感じていると、私は思います。その伝説も敬意に結びついているんです。恐らくそれは、人々が何らかの形でイエスと結びついていたいと望んでいる事の現われだったのではないでしょうか。」牧師はそう話してくれた。
彼の教会は、以前に数え切れない程の宣教師が日本で試みていたと同様に、崇高な好奇心を満たそうと努力している。
今までのところ、日本人の宗教観にはかなり困惑させられる事があると、多くのクリスチャンが理解したようだ。米作農夫イエスの墓で困惑させられた様に。
BBCは「世界中から訪れる観光客」という大袈裟な表現をしているが、ここを訪れるのは、「竹内文書」の信奉者や古代史マニアの人たちが多い。「ヘブライ語の文書にイエスの日本での生死が記述されていると主張するもの」というクダリは「竹内文書」のことである。
◆キリストの墓
いきさつだけ紹介しますと… 茨城県磯原市に鎮座まします『皇祖皇太神宮』の初代官長「竹内巨麿」が、古代史研究家「鳥谷幡山」らと共にある日突然この村を訪れ「竹内家に伝わる古文書にキリストがこの村で106歳の天寿を全うしたとの記述がある」と説き、沢口家の敷地にあった「2つの土まんじゅう」を見つけ右側をキリストの墓「十来塚」左側をキリストの弟イスキリの墓「十代墓」であると断言してしまったからさあ大変。 村中が大騒ぎとなったそうです。
その後自称考古学者らがぞくぞく村を訪れ「キリストの遺書」が発見されたり地質学者で考古学者の「山根キク」女史が「光は当方より」の著書内でこの村のことが紹介されると、マスコミはこぞって「神秘の村」とあおりたて「キリストの里 新郷村」として現在でも村人達に語り継がれています。
遺言書には、キリストが21歳の頃始めてこの日本に訪れ(十一代垂仁天皇の御代)日本の越中国で11年間日本語を会得しし、そのあと33歳で故郷に戻り日本の尊さを説いて回っていたんだそうです。磔に処せられたときは、実は弟のイスキリが身代わりとなりイエス自身は、シベリアから日本に船で渡り八戸へ上陸し「十来太郎大天空」と名を改め陸奥国 戸来村(今の新郷村)に移住し「ミユ子」という婦女を娶り三人の女子を授かり106歳の天寿を全うしたと記されています。
キリスト伝承は、この「竹内文書」が発祥というわけではなく、古代ユダヤ教やネストリウス教を日本に持ち込んだ集団が確かにいたということだろう。
◆ウィキペディア:キリストの墓
また日本において「桔梗紋」と言われるこの村の旧家に伝わる家紋はユダヤのシンボル「ダビデの星」と酷似しており、イスラエルの失われた十氏族やイエスとの関わりを指摘する説もある。現在でも戸来小学校の校章はダビデの星そのものである。また、戸来村では子供の額に墨で黒い十字を書く風習があったという。
BBCの企画は、おそらくは『ダビンチ・コード』の人気を背景として、フランスにあるかもしれない「キリストの墓」の話を掘り起こしているうちに、青森の伝承にたどり着いたものとみる。
◆ソース同上
英国のテレビ作家ヘンリー・リンカーンらは、これを追って、BBCのテレビ番組で放映したほか、『レンヌ=ル=シャトーの謎』を著した。墓石の碑文には「ET IN ARCADIA EGO」とある。この碑文はプッサンに先行して1621-1623年のグェルチーノの絵にもあり、「われアルカディアにもあり」とか、いろいろに解釈されている(→ニコラ・プッサン)。 リンカーンらは、これはアナグラムであり、「I TEGO ARCANA DEI」(立ち去れ! 私は神の秘密を隠した)と読めるとした。「神の秘密」としてリンカーンらは、イエスの血脈を想定し、シオン修道会がそれを守っているとするのだが、イエスの墓がある可能性も示した。
リチャード・アンドルーズとポール・シェレンバーガーもこれを追って、問題の絵はイエスの墓の位置を示しているとして、近くの山中にその位置を推定した。(『イエスの墓』NHKブックス、1999年)
BBCは、最後は「日本人の訳のわからない宗教観」としてまとめているが、「世界中から訪れる観光客」とか「国際的に認識された観光の名所」と持ち上げながら、「キリストの墓」を語るところが少々気になるのである。
■つぶやき:ついでに、豪華版コスプレ喫茶のような名古屋の「テーマ・レストラン」とは、いったい何であろうか。とてつもなく気になる。誰かご存知の方がいたら、おしえて!
会社の送別会で入所。
アルカトラズA.D銀座店
http://www.eyoru.com/ginza/alcatraz/
監獄レストランの歴史
http://www.hy-japan.com/history.html
エドガー・ケイシーというアメリカ人が昔こういうことを言ってました。
「主なるキリストは、御自分が教えを述べた土地では決して受け入れられませんでした。主は、パレスチナ・エジプト・インド・ペルシア・中国・日本・・・・・少なくとも以上の土地で教えを垂れました。」
磔にされた前なのか後なのか、この記述のみでは分かりませんが。この記述のあとにキリストは地獄にも下って教えをたれたとありますから、地獄は霊界にあるんでしょうから、そもそもキリストは肉体をもって船に乗って日本に来たのかは分かりません。まあ、磔の後説を私は取りたいです。
『日本霊異記』に「聖徳太子と乞食の出会い」のエピソードが出てきます。聖徳太子の着衣の移動に関するエピソードですよ。巡行途中で聖徳太子はある乞食に出会います。聖徳太子は自分の着物をその乞食の肩にかけます。巡行からの帰り道、その着衣が木の枝にかかっているのを見てふたたび自分の身につけます。木の枝は十字架の形をしていたのでしょうか。それは書いてありませんが。付き人が「なぜそんなけがれた着物をきるのか」ととがめると「そのことは黙っていたほうがよい。お前たちには彼が誰なのか分からない」と言います。その乞食が後に亡くなり、聖徳太子は彼を葬ります。しかし後に使いを遣わして墓の様子を見させると、死体がなくなり、短歌が残されていたというエピソードです。聖徳太子は密かにキリストの影響力下に活動したのでしょうか。乞食の身につけた着衣を再び身に帯びるというのは、いったい何の象徴なんでしょうか。非常に意味深長な話ではありますよ。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4884810015/
エドガー・ケーシーは前世霊視で有名なので、日本にも転生したというリーディングをしたのでしょう。
『江上波夫氏と三笠宮崇仁殿下』百瀬直也
http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/TZ/C-IL-egami.html
『隠された十字架の国・日本』ケン・ジョセフ シニア&ジュニア
http://www20.tok2.com/home/takapan/hon/h_crossJapan.html
http://www010.upp.so-net.ne.jp/iraija21/dokushohome/juujika.html
『秦氏の謎−失われた原始キリスト教徒』P141(以下引用)
この会議(=325年ニケーア宗教会議)では、大きくふたつの宗派が対立した。ひとつは「アタナシウス派」といい、「父である神(御父)」と「イエス・キリスト(御子)」と「精霊(精神)」は、本質的に一体であることを主張した。これが有名な「三位一体説」である。
これに対抗したのが「アリウス派」で、イエス・キリストの人間性を重視し、神ではないと主張した。会議の結果、三位一体説が正統とされ、アリウス派は異端の烙印を押されてしまう。異端とされてもなお改宗しないアリウス派は教会を追放され、ゲルマン人への布教を行った。<中略>
431年、今度は「エフェソス」で、宗教会議が開かれた。「エフェソス公会議」で問題となったのは、「ネストリウス派」という宗派であった。その名にあるように、コンスタンティノープルの総司祭「ネストリウス」が主張した説である。その教義はこうだ。イエス・キリストには人間と神のふたつのペルソナ(人格、神格)がある。また、イエスの母「聖母マリア」は、あくまでも人間であり、そこに神性はない。<中略>
こうして、ネストリウス派はアタナシウス派と相容れない異端とされた。だが、それでも正統を主張するネストリウス派は、再び議論を展開する。そして、最終的に451年、「カルケドン公会議」で教会を追放され、彼らはシリア教会へ逃げ込む。
シリア教会と合流したネストリウス派は、やがて勢力を回復し、布教の矛先を東方に定め、大々的な活動を始める。
現在でも、シリアやイラン、インドには、ネストリウス派の教会が存在する。世界史上最大の帝国を築き上げたチンギス・ハーンの側近にも、数多くのネストリウス派のキリスト教徒が存在した。
>えのさん 再臨論でいうとシュタイナーとケイシーはまったく一致してますよ。すなわちキリストは肉の体に戻ってくるのではない、エーテル界に出現する、というのがシュタイナーとケイシーの見解です。ケイシーがあいまいに表現していた転成するイエス・キリストの魂については、シュタイナーの二人のイエス論が参考になるでしょう。イエスと呼ばれる地上の体は、ふたりの人間の肉と魂の合作であり、そこにキリストという超越的別存在が宇宙から到来します。2000年前にイエス・キリストという、肉の体で地上を歩いた存在は、人間界から提供された肉体と魂の場に、宇宙霊が入り込んだ合作だというのがシュタイナーの見解ですね。イエス・キリストを形成した、その三要素のうち、ケイシーのリーディングに登場してきたのは、おもにゾロアスターの転成歴ですよ。もともと人間ですから、彼なら地上の転成歴が何度もあります。ケイシーの奇妙なリーディングに「イエスは人間だったが、キリストは神であった」というのがありますが、これを唯物論的な合理主義で解釈するのは間違いです。「文字通り」なんですよ。イエス・キリストとは、アダムと呼ばれる初発の人間の魂を担った肉の体に、ゾロアスターというもう一人の人間の魂の智慧が加わり、そこに最終的にはキリストと呼ばれる宇宙から来た霊が受肉したというのが、シュタイナーとケイシーの発言から読み取れる結論ですからねえ。
シュタイナーの「二人のイエス論」を上手に説明してくれる先生がいないので、シュタイナー大学でも、この「二人のイエス論」をまともに信じている学生はほとんどおりません。
>イエス・キリストとは、アダムと呼ばれる初発の人間の魂を担った肉の体に、
>ゾロアスターというもう一人の人間の魂の智慧が加わり、
>そこに最終的にはキリストと呼ばれる宇宙から来た霊が受肉したという
シュタイナーの説をもう少し具体的にいうと、
1)「イエスA」には、人間の体にブッダの霊質(アストラル体)が宿っていた。
2)「イエスB」には、人間の体にゾロアスターの魂(エゴ)が宿っていた。
3)11才のときに、「イエスB」のゾロアスターの魂が、「イエスA」に移った。(「イエスB」は死去)
4)荒れ野で修行中に、ゾロアスターの魂が抜けて、キリストの魂が入り込んだ。
という話になっています。私の理解では、イエスという存在は、ブッダに育てられ、ゾロアスターの知恵を受け、キリストの神性をもって成就したということになります。
しかし、この話が現代人には「トンデモ」としか受け入れられない理由は、「二人のイエス」がいた根拠を、マタイ福音書とルカ福音書の記述の差においていることです。福音書を神聖視するあまり、マタイとルカの記述はそれぞれ「歴史的に正しい」、しかし両者の記述は矛盾している、よって「二人のイエスがいた」に違いないと。聖書学が発達していない100年前の考え方です。もちろんシュタイナーの理解は「聖書学」とはまったく無関係に、彼の霊視なるものが見た世界と思われますが。
どうせなら、「二人のイエス」をまったく想定せずに、「一人のイエス」にブッダ、ゾロアスター、キリストの「何らかの力」が順次宿ったという解釈であれば、受け入れる余地はあるのではないでしょうか。今のところ「何らかの力」という以外、私としては言いようがないのですが。
いずれにしても、エドガー・ケイシーの本は読んでみたいと思います。Gina Cerminaraの原書の2冊を注文しました。ご紹介ありがとうございます。
霊学になんの関心もない普通の人々が「私は合理的にこう理解したいから信じることができません」という反論方法は理解できますよ。ジナ・サーミナラはイエス・キリストの磔の意味をまったく理解できないまま、ケイシー・リーディングの敷衍を行っているところがちと不満です。
で「根拠弱い」の件ですが、あれはシュタイナーの霊視の結果を補給する材料として用いられたのであって、「証拠資料が福音書の該当箇所だけだからちと弱い」というのは、奇妙な反論方法です。シュタイナーは文献学者ではありませんし、現代の社会科学の方法を用いて論文を発表してきた歴史学者でもないというのは、シュタイナー研究者には折り込み済みの思考の前提条件ではなかったのでしょうか。
「どうせなら」という反論句がナイスな感じがしました。それはまるで、ポスターのレイアウトに悩んでいるグループの人の意見の出し方みたいです。一人のイエスでも二人のイエスでも、いわゆる普通の人には「こういう議論そのものがトンデモなんだ」ということに思い至りましょう。そしてこういう議論をする私たちは、そういう普通の人から見れば二つのトンデモ論内部で議論するトンデモな人々でしかありません。そのことを、どうぞまず最初に認識してくださりたく存じます。そうすれば他の意見を自分自身をさしおいて「トンデモ」なぞとは表現できなくなるはずですから。
『二人のイエス』論については日本の翻訳は既読でしょうか。未読ならば『第五福音書』と『仏陀からイエスへ』を読まれてみるとよいかと思われます。くれぐれも自分の内部に巣くう「自分基準の合理主義」へ安住したいという誘惑にご注意ください。
「トンデモ」という言葉は、ある場面においては、切捨てであり、差別的であるかもしれません。しかしながら、シュタイナー系の大学で「教育学」を修める人たちは、いわゆるシュタイナーの「霊学」や「神秘学」の研究者ではないのです。その意味で、シュタイナー教育を勉強している人たちの間で、この「二人のイエス」論は、論外になっている、あるいは、議論の対象外(言い換えれば「トンデモ」)になっている、ということです。みな口々に「シュタイナーのことを全部受け入れているわけではない」といっております。それでよいと思います。
>そういう普通の人から見れば二つのトンデモ論内部で議論するトンデモな人々でしかありません。
もちろん、それを承知の上であえて「トンデモ」と使っております。今回のエントリで、シュタイナーのキリスト論の議論には発展させたくないのです。『仏陀からイエスへ』は読んでおります。『第五福音書』は、今のところ目を通すという以上に私にとって響く内容の本ではありません。私は、20世紀にドイツで進展した「聖書学」(文献学、正文批判)に重きを置いており、この「聖書学」が到達した英知を理解せずに、聖書解釈、キリスト論を議論はできないと考えているものです。かといって、文献学至上主義が昂じて、「人間としてのイエスのみ」を見るつもりもありません。
http://park8.wakwak.com/~kasa/Religion/makuya.html
http://www.makuya.or.jp/
「ビッグ・リンカー達の宴2−最新日本政財界地図(17)」園田義明
http://www.yorozubp.com/0410/041021.htm
『この岡崎久彦と藤岡信勝の名前から、「新しい歴史教科書をつくる会」、チャンネル桜、産経正論につながる人脈が浮かび上がり、この人脈から宗教的な団体を見出すことができる。日本におけるユダヤ=イスラエル・ロビー的な役割を演じている「原始福音・キリストの幕屋」の存在である。』
〜キリシタン殉教と原爆廃虚〜
http://www.nagasaki-heiwa.org/n2/urakami.html
> http://www.yorozubp.com/0410/041021.htm
『イラク戦争における日本の米国追従姿勢も、ハマコーこと浜田幸一のように「米国の秘めたる凶暴性を原爆という手段によって経験したからこそ、今はまだ追従するしかないのだ。」とはっきりと言い切ってしまえば説得力もあった。』
http://www.d4.dion.ne.jp/~arakawas/mosepark/mosepar1.html
http://homepage1.nifty.com/sawarabi/5hibakuseibo.htm
被爆マリア聖堂
http://www1.odn.ne.jp/tomas/hibakuseidou.htm
http://mii-art-r.com/document_kamata2.html
http://home2.highway.ne.jp/miiboat/HP_Theosophy_Trans-himalaya.html
『シュタイナーは、「イエスが三〇歳のとき、キリスト存在という高次の存在がイエスの内に入りこんだ。この存在こそ、ザラスシュトラがアフラ=マズダーと呼んだ存在である」と述べている(シュタイナー『ルカ福音書講義』第七講、イザラ書房、1991、p153-154)。神智学では、イエス(4 B. C.-30 A. D.)が三〇歳になったとき、弥勒=ミトラがイエスの内に宿り、イエスの最後の三年間を導いたと考える(『シークレット・ドクトリンを読む』p309-310;クレーム『マイトレーヤの使命第三巻』シェア・ジャパン、1997、p60)。シュタイナーが説くことと神智学が説くことは両立する。なぜなら、この種の目覚めた明性が降るるとき、そこには必ず弥勒=ミトラがオーヴァーシャドウするからだ。』
広隆寺/弥勒菩薩半跏思惟像/牛祭り/京都太秦
http://www.uzumasa.net/koryuji/
摩多羅神はどこから来たのか?
http://home10.highway.ne.jp/ikko/Japanese/Frame_N_J.html
妙見菩薩
http://www.reihokan.or.jp/syuzohin/hotoke/bosatsu/myoken.html
http://www.butsuzou.com/jiten/myouken.html
蔵王権現
http://www.butsuzou.com/jiten/zaougongen.html
『本地は釈迦如来・千手観音・弥勒菩薩の三体』
http://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithra_Theosophy_Chaldean.html#Mithra_in_Japan
星田妙見宮
http://kamnavi.jp/mn/osaka/hosida.htm
『当霊山は平安時代の弘仁年間(810〜824年)に弘法大師空海上人が私市の獅子窟寺の岩屋で仏眼仏母尊の修法をされたときに当霊山に七曜の星が降臨し大師自ら「三光清岩正身の妙見」と称され北辰妙見大悲菩薩独秀の霊岳、神仏の宣宅諸天善神影向来会の名山、星の霊場としてまつられました。
また当宮を一 点として、当村内の光林寺と星の森の三点に一辺を八丁として降臨するを以て「八丁見所」と云われ、当村を三宅庄星田村と称されました。当御祭神は神道にては天御中主大神、仏教にては北辰妙見大菩薩、陰陽道にては太上神仙鎮宅霊符神と申されます。』
高野山真言宗 但馬妙見 日光院
http://www.fureai-net.tv/myoukensan/index.html
http://tanakanews.com/g0221iran.htm
『シーア派信者の多くは、古代から大文明があったペルシャ・メソポタミア地方におり、シーア派の神秘的、密教的な性格は、彼らがイスラム教に帰依する前にこの地域に存在していた古代文明の神秘宗教(ミトラ教、ゾロアスター教など)の影響を受けている。この神秘宗教は、日本仏教の密教や、古代のギリシャやインドの宗教と共通性がある。』
http://otorisama.jp/otorisama/otorisama01.html
『鎌倉時代、文永2年(1265年)宗祖、日蓮大聖人が上総国鷲巣(かずさのくにわしのす-千葉県茂原市)の小早川家(現在の大本山鷲山寺)に滞在の折、国家平穏を願って祈ったところ、にわかに明星(金星)が動き出し不思議な力をもってして現れ出でたと伝わるのが鷲妙見大菩薩です。』
> http://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithra_Theosophy_Chaldean.html
『妙見は暴君や愚かな王をしりぞけて、民のために良い君主をすえる。これは『天真弥勒讃願経(太古のミトラ賛歌)*』27.108-111に記されているミトラの言葉を反映している。27.109でミトラは「わたしは誰に、多くの軍隊ともっとも完全な畏怖される統治権(指導力と権威)をさずけようか。全権力を掌握しようとも、暴君は頭から転落し、うちくだかれる。その後、わたしは、彼に与えていた統治権を別の者にさずける」と語っている。』
「南無妙見大菩薩」某国の暴君をなんとかしてください。
北斗の星、千葉氏伝
http://www.ryomonet.co.jp/p-soft/chiba/chiba01.html
将門の死 〜宗教伝説〜
http://www004.upp.so-net.ne.jp/dhistory/masa_03.htm
北辰一刀流 千葉周作
http://www.infomadonna.ne.jp/~hirohumi/hokuto.htm
http://members.jcom.home.ne.jp/bamen1/kenshou4.htm
『新渡戸家は千葉介常胤の孫にあたる境常秀(上総介)を始祖とする千葉一族です。』
イーハトーブ紀行
http://www.harimaya.com/harimaya/iwate/iwate.html
神智学・・・マイトレーヤ・・・妙見大菩薩・・・北辰一刀流・・・千葉氏・・・新渡戸稲造・・・イーハトーブ・・・
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/N/nitobe_m.html
月星紋
http://www.harimaya.com/o_kamon1/hanasi/kamon_o.html
新渡戸記念館
http://www.towada.or.jp/nitobe/nito11.htm
新渡戸夫人の子孫が来盛
http://news.ibc.co.jp/item_2507.html
http://dr-gan.spaces.live.com/
『蔵王権現は過去・現在・未来の三世救済の仏である.また,この蔵王権現というお方は正式名称『金剛蔵王権現』であり,曼荼羅世界の金剛界そして胎蔵界の両方を統括する王であるというのがその名の由来である.金剛界胎蔵界はもちろん大日如来が最上の仏尊であるが,その上の存在であるとしている.
これは密教や仏教の考え方だけではなく,日本古来存在する自然崇拝がここに関与してくるのである.日本人にとって,神仏を超越した存在がある.それは『自然』であると...』
http://f17.aaa.livedoor.jp/~kmaz/keikyo/keikyou-hi.htm
五條天神社・天使の宮
http://kamnavi.jp/yamasiro/gojout.htm
天使突抜通
http://www.cre-m.bb4u.ne.jp/~kyt-saku/discover14.html
五條天神社 上野公園
http://www.asahi-net.or.jp/~vm3s-kwkm/zue/gojou/index.html
『宇陀の少彦名命と大己貴命が京都に運ばれたとき、秦氏など渡来氏族がもたらした景教の医療と救済思想がジョイントして登場したのが「五條天使社」であった可能性は高いと思われます。』
http://dsr.nii.ac.jp/narratives/discovery/09/
http://dsr.nii.ac.jp/narratives/discovery/09/
> http://home2.highway.ne.jp/miiboat/HP_Theosophy_Trans-himalaya.html
『現在クルド人*はクルド人自身の統計によれば三四〇〇万人*いる。そのうち75%約二五五〇万人が天使教に属している。天使教は、ミトラ教のことだが、今日では天使教(Yazdanism)と自称することが多い。』
http://home2.highway.ne.jp/miiboat/HP_Mithraism_Myth_Yazdaniyya.html
『ヤズダン教は、イスラームと習合したミトラ教、すなわち現代のミトラ教である。』
『孔雀王 Melek Tawus。アザゼルをつつむオーラには、万の目があり、それが孔雀の尾羽のように見えることに由来する。』
「クルドの独立、トルコの変身」田中宇
http://tanakanews.com/070209kurd.htm
「クルドの星」安彦良和
http://www.chikuma-shuhan.co.jp/books/b_detail/0436.html
http://www.chikuma-shuhan.co.jp/books/b_detail/0437.html
「南無妙見大菩薩」孔雀王アザゼル、某国の暴君をなんとかしてください。
七大天使の名の由来
http://home2.highway.ne.jp/miiboat/HP_Mithraism_7Archangels_Names.html
孔雀明王
http://www.reihokan.or.jp/syuzohin/hotoke/myo/kujaku.html
http://www10.ocn.ne.jp/~mk123456/zyko.htm
『日本に於いては密教経典の請来と共に奈良時代頃からの信仰があり、日本霊異記には「孔雀王の呪法」が存在し創建当初の西大寺金堂に安置されていた記録もある。』
http://www.shiga-miidera.or.jp/doctrine/be/107.htm
『修験道の祖、役小角も孔雀明王を篤く信仰したといわれております。採灯大護摩供を奉修する際、採灯師(導師)が腰に孔雀の尾羽根(ほうき扇)を一本差します。これは孔雀明王の徳力を授かり、それによって諸魔の退散を祈願するということなのであります。ですから、孔雀と密教とは重要な相関関係にあるのです。』
http://www.ubasoku.jp/introduction/ennogyoja.htm
『日本霊異記』「孔雀王の咒法を修持し、異しき験力を得て、 現に仙と作りて天に飛ぶ縁 第二十八」
> http://home2.highway.ne.jp/miiboat/HP_Mithraism_7Archangels_Names.html
『アザゼル 'Azazel
別名ルシファーLuciferは、『イザヤ書』14:12に由来し、ラテン語で「光を帯し者」を意味する。』
アルバート・パイクの“予言”
http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hap/_floorB1F_ap.html
「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界的な紛争の拡大が計画されている……」
「キリストの教会と無神論の破壊の後、ルシファーの宇宙的顕示により、真の光が迎えられる……」
「予言は当たるものではなく、当てるものだ!」
えのさん、沢山リンクが貼ってあって、それぞれ面白そうなんですが、それらをえのさん的に纏めると、つまりどういう事か、教えていただいてもいいですか?興味あるんですが、知識が乏しいので、ざっくり要約してもらえると助かります。
(ブログ主さん、場所お借りしてすみません)
http://home2.highway.ne.jp/miiboat/HP_Mithraism_History_EastProp.html
『日本には、陰陽道と仏教をとおして断片的にミトラ教の知識が持ち込まれた。これらは、陰陽道・修験道・仏教の中で醸成融合し、妙見信仰や摩多羅神の秘儀を成立させた。戦国時代以降、亡命者・難民・商人などさまざまなかたちで、中国から弥勒教が断片的に持ち込まれ、庶民の間に広まった。江戸時代中期になると、弥勒教は、修験道(富士講)と結びついて、妙見=弥勒を本尊とする弥勒講を成立させた。これと呼応するかたちで、庶民の間で日本版ミトラ七神が形成され、七福神というかたちをとった。』
「古代におけるイラン・日本の文化交流の歴史」東條真人
http://www.hcn.zaq.ne.jp/shamogoloparvane/Speech_Text_Part1.pdf
「現代イランの新異教主義と現代のミトラ教」東條真人
http://www.hcn.zaq.ne.jp/shamogoloparvane/Neo-Paganism.pdf
http://inri.client.jp/hexagon/floorA7F/_floorA7F_mitra.html
『キリスト教とミトラ教の共通点』
なおカトリックは(大地母神)マリア信仰、(ケルト精霊信仰)ハローウィン、(ドルイド僧の残像)サンタクロースなどヨーロッパ土着宗教を習合している。
青森の奥地にキリストの墓を見た!!
http://bachelors.moura.jp/?cat=16
http://www.bk1.jp/product/02913820
http://www.tokyo-np.co.jp/book/shohyo/shohyo2007101401.html
『著者らの説を深く検証すれば、真実にたどりつくだろう。例えば、摩多羅神のルーツは、ミトラ神にあり、灌頂のルーツは、ミトラ教で香油を頭から注ぐ儀式からきているのではないか。だとすれば、「史上初の世界宗教」とされるミトラ神が日本にも弥勒(みろく)信仰や牛頭信仰や摩多羅信仰に形を変えて、深く浸透していたことになる。』
http://canpan.info/open/news/0000002349/news_detail.html
http://kokusekiji.e-tera.jp/sominsai.html
黒石寺蘇民祭のポスターお断り JR東
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20080109_2
http://bachelors.moura.jp/?p=212
キリストは1000年ぶりに日本において受肉しました。
そして、前回と同じように33歳にて死去。
前回と違ったのは、今回は子供(男の子)を分身として残したこと。
そして、キリストの神性のほうは、その子供の中に。
人間としての魂のほうは、子供を育てる母親のほうに入りました。
3つは1つ(3みいったい)。。。
文字通りの父親としての現世キリストだった男性の意識、受け継がれた子供の潜在意識、両者につながる高次元の意識精神、はイコールでつながっています。
そして、それとアクセスできる唯一の女性がいます。
子供は、前世(33歳でなくなった父親)の記憶をもっているだけでなく、さらにキリストとしての意識も持っていて、現世人物としての子供本人は無自覚ですが。。。
http://b-spot.seesaa.net/article/20337439.html
鹿角は新郷村と接しています。実は鹿角市には世界的に有名な「ストーンサークル」があります。古代文字の破片も見つかっています。この周辺いったいに、大きな「国」があった証拠です。高速道路の建築中も、あちこちから、ストーンサークルが出土し、関係者は、文化庁とのかかわりを恐れ、みんなただの石ころとして廃棄しました。
ストーンサークルの周辺には、多くの「ほこら」が存在し、ご神体は「聖母マリア」でした。これは事実です。わたしも見ましたから。キリスト伝説は、へブライ難民が、この地を訪れて、生まれた伝説と思われます。郷土歴史家も鹿角市や小坂町にまつわる伝説を詳細に研究して、公にしてはならない(つまり天皇とのかかわりがある)ことをつきとめています。竹内文書は、紛失していますが、理由は弾圧されたと聞き及んでいます。