◆『文体とパスの精度』のアマゾン・ブックレビュー
2002年のワールドカップ以前の内容なので、話題としては古い。が、体1つでヨーロッパを渡り歩く「プロ」の男の気概と哲学がひしひしと伝わってくる本である。
この本はメールをダラダラをまとめた感じの本だが、「パス」と「文体」を掛け合わせたタイトルは、さすがにうまい。
私が「文体の精度」で配慮するとすれば、できる限り「二義性を排除する」ことぐらいだろうか。「いやよして」が、「いや、よして」なのか、「いやよ、して」なのかをはっきりさせるような、語順や句読点の編集である。
プロの作家としての「文体の精度」は、私のような編集こだわり型とは、別のところにあるように思える。
◆ミュンヘンなんて、どこ吹く風:走れよ!(2005/8/31)
「精度の高いパス」とは、必ずしも「受け手の足元にピッタリ到達するパス」ではない。時には受け手の一歩か二歩先を狙って放ったパスの方がよい場合もある。中田は代表になった当初「カズを走らせるパス」を出したとして物議をかもした。スーパースターカズに走って球を取りに行かせるとはなにごとか、と。でも中田のその「受け手を走らせるパス」には人だけでなくゲームを前へと動かす力があった。いや、一歩先二歩先に放たれたボールは、日本サッカー界全体をも動かしてしまった。
「精度の高い文体」とは、読者を「一歩先、二歩先」へと走らせて、序から破、破から急へと、巧みに導いていくテンポのよい文体なのかもしれない。
最近読んだ本の中でこのような「テンポ」を感じさせたのは『「朝日」ともあろうものが。』である。17年勤めた記者が、朝日新聞の内情をユーモアたっぷりに揶揄する暴露本である。
三重県・津支局デスク(次長)の捏造譚、ありもしない「魔の道路」のストーリーの挿入、日常茶飯事のコメントの捏造・改変。消費税3%の導入を批判するために、企画・構成・写真など、すべてを捏造して作り上げた「100円ラーメン」の記事。ちょっと調べれば、誰のことかすぐわかる形でかかれた露骨な「告発」である。
相手の急所を突く、絶妙なる波状攻撃である。興味のある方は、以下のサイトもご参考に。
さて、文体の話に戻るが、新聞記者をやると文章がうまくなるかというと、さにあらずだ。初出の難語は「解説する」とか、文章は逆ピラミッドにするとか、5W1Hがどうのこうのと、つまらない「型」ばかりが身につくのである。自分で日記を書いていても、「北朝鮮」とか「斜め上」とか書けばいいものを、初出の場合は「北朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と思わず書いてしまうような、律儀な性格になる。
しかし、もともと「文章が書くこと」が大好きな人は、ひと味もふた味も違う。
◆烏賀陽弘道 『「朝日」ともあろうものが。』 第1章 p17
ぼくは「文章を書くこと」が何より好きだ。感じたこと、考えたことを書いて人に伝える作業がおもしろくて仕方がないのである。これからも書くことだけは一生やめないつもりだし、それ以外に職業としてできることも思い浮かばない。今でも、ぼくが「優れた書き手」であるかどうかは自信がないが、優れた書き手になるために努力を惜しまなかったことだけには自信がある。
彼の文体は「短め、短め」のショート・パスで、全体をつないでいく。そして、わかりやすく説明するために「たとえ」のレトリックを多用する。たとえば、自浄能力のない朝日新聞を次のように「解説」する。
◆ソース同上 「まえがき」p12
ぼくが見た朝日新聞は、手足が壊死し、失明するまで放置した、瀕死の糖尿病患者に似ていた。
末期症状のたとえとして「瀕死の糖尿病患者」を使っている。糖尿病の人は、朝日にたとえられて不愉快な思いをしないのかと、ほんのちょっぴり心配である。だが、次はどうか。
◆ソース同上 「まえがき」p10
社外から見る朝日新聞と、社内で見る朝日新聞は、壮絶に食い違っている。聖書に感動し修道僧として生きる決心をして、修道の甲斐あってローマ教皇庁に招かれたので、胸躍らせつつ登庁してみると、中では泥酔した高僧たちがオンナを片手にドンチャン騒ぎ。そんな感じかもしれない。
外で見るのと、内に入って見るのとでは大違い、と言いたい訳だが、「ローマ教皇庁」と「オンナを片手にドンチャン騒ぎ」する高僧を持ち出して、言い得て妙のたとえをしたつもりなのだろうか。「メッカに巡礼してみたら、そこはノーパンしゃぶしゃぶ状態だった、そんな感じ」と書いたらどうなるか。
どうも、文章に自信のある新聞記者さんは、ハンパに薀蓄を傾ける、余計なレトリックが多すぎるように思える。この本は「まえがき」の10ページにして、よせばいいのに変なヘディングをして、レッドカードで退場ものだ。バチカン(イタリア)を敵に回したら、勝ち目はないぞよ。
(でも、内部告発は面白いので、読んでみてね)
■つぶやき:『文体とパスの精度』では、日本のメディアがインタビューするときの、あきれるほどのワンパターンを批判している。どこのメディアも、1)苦労話、2)きっかけ、3)秘訣、の3つばかりを訊くんだとさ。簡単に先が読まれるパスは、インターセプトされまくりだ。「取材とパスの精度」という本もほしいなぁ。
>メディアがインタビューするときの、あきれるほどのワンパターン
あと、「日本のファンに一言」が抜けてますよ(笑)。
あと、「日本のメディアと電通に一言」も訊いてほしいなぁ。
(おめえらの都合で、炎天下でやらせるんじゃねぇよ!!)
あとは「大局を無視した願望のみの報道」とか。
今年のワールドカップがそれがひどかったようで。
http://xtc.bz/index.php?ID=396
『意見が違うというだけで、企業が個人に5000万円を求めるなんて!
これは武富士と同じ手口の言論封殺の恫喝訴訟じゃないのか。オリコンは雑誌だってたくさん出しているのだから、烏賀陽の言うことが間違っているのなら「烏賀陽のいうことはウソです。なぜなら××」と反論すればいいのだ。それこそがまっとうな「言論」というものじゃないのか。意見の異なる者を高額訴訟で社会的に抹殺するなんてのは、民事司法の体裁をとった言論妨害じゃないのか。』
『訴訟の対象になったのは、「サイゾー」06年4月号51ページの「ジャニーズは超VIP待遇!?事務所とオリコンの蜜月関係」という1ページの記事に掲載された烏賀陽のわずか20行ほどのコメントです。』
朝日の内情を暴露した烏賀陽に対するいやがらせか。オリコンとジャニーズの裏に何があるか。