2006年07月05日

英アヘン財閥を手本にした、満州・華北の「麻薬争奪カップ」

「日の丸」に反対する反日左巻き集団は、いまなお後を絶たないが、「日の丸は、麻薬密売の象徴だから、許せない!」という論拠を唱える連中は、寡聞にして知らない。そろそろ出てきてもおかしくないのだが・・・・。

アジア国際通信 No.213:「続・ドラッグ・ウォー」 (1999/12/1)
  「事変当時、日本で喰いつめた一旗組が、中国の奥地に流れ込んで、アヘンの密売に従事しているものが多かった。かれらは治外法権を盾に、日の丸の国旗を掲げて公然とアヘンを売っているのである。だから中国人のうちには、日の丸の旗をみて、これがアヘンの商標だと思っていたという。まったく笑い話のような滑稽談さえあった。
  戦前に、ある日本の名士が中国奥地を旅行した。車窓から山村の寒村に日の丸が翻っているのをみて、『日本の国威がかくも支那の奥地に及んでいるのか』と随喜の涙を流したという話がある。なんぞ知らん、それがアヘンの商標であることを知ったら、かれはなんといって涙を流したであろうか。…」
  これは、元陸軍中将・池田純久著『陸軍葬儀委員長』(1953年)の一節である。池田は関東軍参謀副長の地位から、敗戦直前に内閣綜合計画局長官に昇進した人物で、第一級の証人である。

「一旗組」というのは、暴力団の名称ではない。新天地の満州で一旗上げようと移住した、山師の数々である。麻薬密売のトレードマークとして「日の丸」が翻っていたとあっては、笑うに笑えない話である。

◆ソース同上
  現行の高校用日本史教科書は20種類余あるが、その中に「直木孝次郎『日本史』」(実業出版)というのがある。1988年5月、この教科書が文部省の指示による4回の書き直し「検定」の末、『三訂版』における「日中戦争」という項に、次のような新たな脚注が加えられた。
  「*日本軍は中国戦線で化学兵器(毒ガス)を使用したこともあった。またハルビンなどに細菌部隊を配置したり、内蒙古などでアヘンを生産し、中国領地へ販売したりした。
  高校用教科書で、「日中戦争下のアヘン政策」に触れたのはこれが最初であった。ちょうどバブル全盛の時期だが、これ以前には「中国大陸における日本の麻薬政策」の解明はまったくおざなりであった。

1988年になって、高校の教科書に初めて「日本軍とアヘンの関わり」が掲載されたという。1982年の「近隣諸国条項」に則って、左翼史観・自虐史観が強化された結果である・・・という方向に話を振ることもできるが、「アヘン」に関わっていたのは日本軍ばかりではない。「関わる」も何も、麻薬やアヘンに手を出すことは、当時の軍閥・軍隊の「常識」だったのである。

◆佐野眞一 『阿片王 満州の夜と霧』(新潮社) p138
  軍部を無謀な日中戦争に踏み切らせた心理的理由の1つとして、中国の軍閥たちが独占するアヘン利権を武力で収奪することにあったことは確かだった。
  アヘン戦争でイギリスのジャーディン・マセソン商会やサッスーン商会は、アヘン販売の利権を独占的に手中におさめることによって、巨万の富を得た。満州におけるアヘン漸禁主義と専売制度は、満州帝国経営の基礎的資金となったばかりか、特務機関や憲兵隊の豊富な謀略資金ともなった。

坂本龍馬や、長州・薩摩の藩士をバックアップしていたのは「ジャーディン・マセソン商会」だが、そのパワーの源は、なんといってもアヘン貿易である。イギリス派の日本としては、この瞠目のパワーを見習わずにおれるわけがない。

日中戦争から「アヘン」を抜くと、見えるものも見えてこない。関東軍による華北侵略を、ありきたりに記述すると以下のようになる。

日本ペンクラブ:ファシズムへの道 準戦時体制へ(大内力)
華北侵略の開始  同じころ戦争は華北にひろがりつつあった。これより先、関東軍は、昭和八年二月から熱河(ねっか)作戦を開始していた。熱河は蒙古の一部であったが、関東軍ははじめからこれを満州国の一部と考えていた。熱河には当時湯玉麟(とうぎょくりん)がいたが、かれははじめは東北行政委員会に参加し、参議府副議長の職を与えられていた。しかしこの地が長城を境に河北省と接していたこともあって、ここへは張学良の勢力の滲透がいちじるしく、七年七月ころには湯は張学良側につくようになった。こうしたいきさつで熱河作戦がはじまったのである。

熱河省は、渤海のすぐ北側に位置する、現在の河北省承徳市、遼寧省朝陽市、内モンゴル自治区赤峰市などを占める一帯の地域である。当時の地図を見たい方は、こちらをぞうぞ。

◆『阿片王 満州の夜と霧』 p144
  中国東北部の奉天省(その後、遼寧省と改称)、吉林省、黒竜江省の東三省を武力で制圧して満州国を建国した関東軍は、翌昭和8(1933年)、遼寧省の西側に接する熱河への侵攻を開始した。熱河は満州の一部だと言うのが、熱河侵攻を正当化する関東軍の一応の大義名分だった。
  だが、別角度からこれを見るなら、熱河侵攻は関東軍のアヘン獲得作戦だったとも言える。張学良ら東北軍閥の財源である熱河アヘンを奪取し、これを満州国の財源にすることが、熱河侵攻の隠されたもう1つの目的だった。関東軍が支配する東三省ではアヘンの原料となるケシは、地味の関係であまりとれなかった。その上、熱河アヘンは甘味があり香りも良いと、アヘンいん者(=吸引者)たちの間で評判となっていた。

中国大陸は、世界最大のアヘン消費地帯になっていた。イギリスに習って、中国の軍閥・匪賊もこのアヘン利権を牛耳っていた。中国のアヘンの中でも、とりわけ上玉を供給していたのが、「熱河地区」であり、その利権を握っていたのが張学良であったというわけだ。

熱河地区を手に入れた関東軍は、さらに「華北」へと進出していく。蒋介石の国民党軍を抑えこむには、天津方面のアヘン市場を支配するしかない。

◆『阿片王 満州の夜と霧』 p146
  関東軍が熱河アヘンの獲得に躍起となったのは、関東軍と敵対する蒋介石のアヘンルートを遮断するためでもあった。この当時、蒋介石の支配下にあったのは、雲南産や綏遠(すいえん)産のアヘンだった。雲南産や綏遠産のアヘンは辛味が強く、香気も乏しいため、熱河産のアヘンより人気がなかった。
  それでも蒋介石は、品質は熱河産より一段落ちるとはいえ、自分の勢力下にある雲南産や綏遠産のアヘンで、天津のアヘンマーケットを支配したいと考えていた。そこに上質の熱河産アヘンが流入すれば、雲南産や綏遠産アヘンは誰も見向かぬようになり、ひいては蒋介石の勢力を削ぐことができる。
  アヘンを制する者が、支那を支配する。関東軍も国民党軍も、まさに真剣にそう考えていたのである。

先にあげた実業出版の高校『日本史』では、「(日本軍が)内蒙古などでアヘンを生産し、中国領地へ販売したりした」と書いてあるが、説明が足りない。日本軍が内蒙古や華北を押さえたのは、「アヘン地帯」をめぐる、中国軍閥との熾烈な争奪戦の結果なのである。

イギリスのジャーディン・マセソンが天文学的に儲けたくらいだから、関東軍も大いに潤ったわけである。

学習会歴史に見る被害報道:通州事件
  当時、遼寧省と河北省の間に熱河省がありました。「満州」国の独立という日本の侵略行為が国際連盟で大きな問題となっていた1933年3月4日、熱河省の省都・承徳を関東軍が占領し、さらに長城を越えて北京のすぐ近くまで軍を進めます。そしてついに、5月31日、関東軍は中国軍との間に「塘沽停戦協定」を締結します。その内容は、長城と、盧台と延慶を結ぶラインの間を非武装地帯とし、中国軍は入ってはまかりならぬというものです。そこは日本軍に手なづけられた傀儡の軍である保安隊が治安を担当することになります。
  ところが、中立地帯というか非武装地帯は全く無法地帯になります。ここを拠点にして密貿易を行って、関東軍は膨大な利益をあげます。阿片・モルヒネ・コカインとかを軍が売り、得たお金を軍の様々な活動資金にします。田中隆吉という関東軍の参謀がここで得た金を蒙古の独立運動につぎ込んだことはよく知られています。一説によると岸信介の資金というのは、この密貿易、麻薬の取引で得たもので、彼の戦後の政治資金も、この時に作られた金だとされています。

さて、この一説は、どこから手をつけたらよいものやら・・・。
posted by ヒロさん at 04:22 | Comment(11) | TrackBack(0) | 日本史・世界史
この記事へのコメント
TITLE: サッスーン財閥
「アヘン戦争」の舞台裏
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe100.html
上海のホテル
http://www.shanghai.or.jp/kanko/prokan/005.html
『上海の租界時代の建物については、サッスーン財閥を抜きにして語ることができません。サッスーン財閥は、租界時代に最も多くの不動産を支配し、その最盛期には上海の全資産の20分の1を支配したとさえ云われています。』
和平飯店
http://www.jhc.jp/resv/htl/choice/nostalgic/shactrjjpea.htm
錦江飯店
http://www.jhc.jp/resv/htl/choice/nostalgic/shactrjjjin.htm
Posted by えの at 2006年07月05日 09:50
TITLE: 馬賊(大陸浪人)
「馬賊戦記―小日向白朗 蘇るヒーロー」朽木寒三
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434067451/
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/443406746X/
「満州馬賊の群れに投じた一人の日本人 野中進一郎」野中雄介
http://www.geocities.jp/mansyu_bazoku/
Posted by えの at 2006年07月05日 11:52
TITLE: 最後はチンパンの話までたどり着く
一時興味を持って調べ始めたのですが、さっさとあきらめた。笑。わかんないんですよ。

だいたい当時の蒋介石をはじめとして、みんな匪賊の親玉あがり。アヘンというおいしい利権を巡って、チンパン人脈が裏でかんでいるのがちらちらする。

下手にフレームアップすると、現在の中国にとって都合の悪い話が出てくるので、南京大虐殺など、自分にとって無害な話を全面に押し出していると邪推しております。はい。

藤瀬一哉さんの本「昭和陸軍“阿片謀略”の大罪―天保銭組はいかに企画・実行したか」
の紹介は、ずいぶん前の自分のHP(今はない)でやりましたが。

萩原遼さんみたいにアメリカの公文書館で何年かこもると、絶対面白い話があるはずだとは思っているのですが。
Posted by グリフイン at 2006年07月05日 15:49
TITLE: グリフインさん、えのさん
>グリフインさん
私も時間があれば「アメリカ公文書館こもり」と、薩摩・長州イギリス留学組の「フリーメーソン遍歴」の研究をやってみたいですねぇ。

>えのさん
◆佐野眞一『阿片王 満州の夜と霧』p124
『木原氏(=「満州中野学校」(仮称)という特務機関のメンバー)によれば、奉天特務機関と白系ロシア人社会をつないだのは、自称“馬賊”の小日向白朗という男だった。木原氏と同じ新潟県三条出身の小日向は、尚旭東という中国名を名乗り、奉天特務機関長の土肥原の配下として、ソ連極東の動向に関する情報を集める特殊任務についていたという。』
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年07月05日 20:11
TITLE: 女馬賊萌え
http://home.interlink.or.jp/~5c33q4rw/nikki/2001_02.htm#8
家あれど帰り得ず(川島芳子)
http://www9.wind.ne.jp/fujin/rekisi/china/karyu/kawasima.htm
「王女様、不思議クール、ツンデレ、ボクッ娘、軍服、女馬賊」萌え。
Posted by えの at 2006年07月05日 20:48
TITLE: アヘンの撲滅策
>さて、この一説は
ソースが「ノーモア南京の会」では、今一信用できかねますね〜w

満州における日本軍のアヘンの統制・専売は、軍部の資金調達の目的もあったにせよ、その第1の目的は、兒玉源太郎が台湾で行ったようなアヘンの撲滅策であったと思いますが……。
佐野眞一の本では、そこのところをどのように記載していますか?
Posted by SM at 2006年07月05日 21:10
TITLE: アヘンの漸禁策
>ソースが「ノーモア南京の会」では、今一信用できかねますね〜w
いや、反日にも一分の理があるかもしれないですよ〜w

大陸のアヘン吸引は人口の3%にも及んでいたそうで、台湾と違って、「撲滅」などは空夢ごとで「漸禁策」。表向きは「撲滅」を謳い、しかし特務機関を中心に徹底的にアヘンを利用した、という流れで書いています。アヘン関連の特務機関の親分が、関東軍第四課の里見(=阿片王)ということです。里見は、満州国通信のトップになり、このときの配下が、戦後、電通に大挙して流れ込んだ、と言っております。

台湾の撲滅の話も、本当ですかねぇ?
http://www.jca.apc.org/~altmedka/yom-6-6.html
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年07月05日 21:28
TITLE: チンパン、阿片王、三井物産
◆元日本経済新聞記者・中野雅夫の『橋本大佐の手記』(みみず書房)
『1937年(昭和12年)日中戦争が始まったとき陸軍省は戦費調達のため藤田(=里見が登場する前の阿片王)に20万ポンドのアヘン密輸を依頼した。20万ポンドは9万720キロだ。今日1キロ1億円という麻薬密売市価でいうと9兆720億円というばく大なものだ。麻薬史上最大である。
 この密輸資金の一部300万ドルは手付金として中国の秘密結社チンパンが出した。麻薬の一括販売を条件としてである。藤田はそれをもって三井物産を通じイランから密輸した。この報酬は当時200万円を陸軍省が藤田に支払う条件であったが、密輸後に陸軍省は変心して報酬を出さず、紛糾のすえ20万円を支払った。』

(『阿片王 満州の夜と霧』 p154より孫引用)
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年07月05日 22:26
TITLE: 阿片王
そうですかどうも
佐野の本を読んでみます
Posted by SM at 2006年07月06日 13:17
TITLE: 上海にサッスーン財閥が甦った
上海浦東 HSBC Tower
http://www.mori.co.jp/recruit/students/projects/projects07.html
『2000年11月、このビルは名称を「上海森茂国際大厦」から「HSBCタワー」に変更している。これは香港上海銀行(HSBC)がアジア本部を香港から上海に移すにあたり、床の一部を譲渡することになったのだが、ビル名称として彼らの名前である「HSBC」を冠したいという強い要望があったため、フロアに加えて「ビル名称権」を譲渡したのである。』
日本だけ「変」と気づくだろうか???
http://d.hatena.ne.jp/JAMES/20050817/1124309870
Posted by えの at 2006年07月08日 19:13
TITLE: 違う
31日の元公安部長の講演によれば、満州国家を資金を得る為に、日本の敵である麻薬王である上海のサンスーン財閥に資金調達を哀願したのが日本の汚名を作ったのである。其れは里見ではない。敵と悪魔に魂を売ったのは児玉機関と日産の会長であった鮎川と元岸総理である。だから、悪魔のアメリカ財閥に魂を売ったからA級戦犯を逃れたのである。そして、満州で健全な生活指導を行った東條大将を抹殺させたのである。
東條大将や石原将軍も犯罪を犯してまでも資金調達は、考えていなかった。
Posted by 愛 at 2006年09月04日 14:36
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