2006年06月28日

「あなた」好みの暴走族・・・汝、シェークスピアを観るべし

「シェークスピアは人殺し(1564年)に生まれて、いろいろ(1616年)あって死んだのよ」

高校2年のときに、留学帰りの同級生がシェークスピアのことを楽しそうに語っていたが、そもそも、そんな古典のどこが面白いんだ〜、16世紀後半の英語を学んでどうするんだ〜、と抵抗していた私である。

イギリスに来て、シェークスピア専門の「グローブ座」にも行ってみたが、5ポンドの立ち席は疲れ果てるし、値段の張る椅子席でも目の前のドーンと柱があったりする。

舞台の回りはこんな感じ(写真)
舞台のヨコの座席に座るとこんな感じ(写真)

しゃべっている英語はさっぱりわからない。意味を理解しようと頑張っていると、気疲れして、そのうち眠気がさしてくる。日本でいえば、豊臣秀吉のころの英語なので、理解しようと思ったら、やはりお勉強は必須である。

最近、シェークスピア劇のDVD全集を購入したので、『夏の夜の夢(Midsummer Night's Dream)』の最初の30分を眺めて、基本語を拾ってみる。

  • ere・・・・before
  • erewhile・・・・a while ago
  • erelong・・・・before long
  • hither・・・・here
  • thither・・・・there
  • whither・・・・where
  • betwixt・・・・between
  • for aye・・・・forever
  • for aught・・・・for all
  • forsooth・・・・for sure
  • anon・・・・soon
  • o'er・・・・over
  • oft・・・・often
  • perforce・・・・by force

    「whither」は「whether」かと思ったら、「where(どこ)」のことである。「hither(ここ)」「thither(あそこ)」とセットで覚えるに限る。「ere(前に)」「for aye(ずっーと)」「anon(もうすぐ)」も何十回も出てくるので、必須単語だ。

    その他、現代語と綴りが同じでも、意味が違ったりすることもあるので、マジメに勉強したい人は、The Shakespeare Glossaryを調べることになるだろう。仮に単語が全部わかったとしても、次のような「言葉の弾丸」をかわすべきか、受け止めるべきか、それが問題だ。

    ■■■■■■十■■■■■■  

    『ヘンリー4世』第4幕・第3場:ペトルーキオのセリフ
    O monstrous arrogance! Thou liest, thou thread, thou thimble,
    Thou yard, three-quarters, half-yard, quarter, nail!
    Thou flea, thou nit, thou winter-cricket thou!
    Braved in mine own house with a skein of thread?
    Away, thou rag, thou quantity, thou remnant;
    Or I shall so be-mete thee with thy yard
    As thou shalt think on prating whilst thou livest!
    I tell thee, I, that thou hast marr'd her gown.

    【拙訳】途方もない傲慢のウソツキ野郎!おめーなんぞ、糸くず、糸抜き、三尺、二尺、一尺、一寸の、ノミ、ウジ、冬コオロギ!よくも俺様の家に糸束持って来れたな、出て行け、ボロ切れ、ボロかせ、切れっぱし野郎!生きて無駄口を抜かしている間に、おめーの3尺でおめぇさまを計ってやろうか!妻のガウンをよくも台無しにしてくれやがったな!

    仕立て屋を叱る「罵倒」のシーンだが、シェークスピアはある意味で「言葉の暴走族」である。舞台装置も、照明器具も、背景画も使われていない時代なので、昼夜の場面転換も、周辺風景の説明も、すべて「セリフの中の言葉」が頼りだが、それにも増して、シェークスピアは「饒舌」なのである。

    しかしながら、この「饒舌」で注目すべきは、セリフ1行の「定型的」な長さである。

    弱強五歩格 iambic pentameter
    韻文でもっとも大切な要素はリズムだ。専門的には韻律(meter)と呼ぶ。弱い音、強い音を交互に5回くり返して一行を作る。これを「弱強5歩格」(iambic pentameter)という。シェイクスピアが最も愛用したリズムであり、信じられないかも知れないがシェイクスピア劇のせりふのほとんどがこのリズムで書かれている。

    詩学では、韻律のことを「meter」と呼ぶが、これは長さの「メートル」と同じ単語である。詩の長さを示す単位のようなもので、以下のようなものがある。

  • Iambic・・・・弱強(・●) 例「resolve」
  • Trochaic・・・・強弱(●・) 「forward」
  • Anapestic・・・・弱弱強(・・●) 「re-possese」
  • Dactylic・・・・強弱弱(●・・) 「pulverize」
  • Amphibrachic・・・・弱強弱(・●・) 「re-double」
  • Spondaic・・・・強強(●●) 「no more」

    『ハムレット』の有名な独白は
    “To(・) be(●) or(・) not(●) to(・) be(●), that(・) is(●) the(・) question(●)”
    と読まれる。

    つまり、シェークスピアは「弱強(・●)」を5単位使った詩文形式を多用したということ。(「pentameter」は「5歩格」とも「5詩脚」ともという)

    言語の岸辺で:(4)定形と韻律と
      定形詩は長詩や劇詩の部類では単調さがさけられず、一定の律格(弱強五歩格)に基づきながら脚韻を不規則に用いる無韻詩がうまれた。シェークスピアの劇や、ミルトンの『失楽園』はこれが使われて書かれている。くわえて韻律の要素をもたない散文形式で効果を求める散文詩がつくられる。自由詩も韻律からはなれ、口語のリズムを駆使して自由にして闊達であった。
      これもアメリカの詩人フロスト(1874〜1963)は、「自由詩はネットを使わないでテニスをするようなものだ。韻律の価値はテニスにおけるネットと同じで、それを使ったほうがはるかに楽しい」と定形詩を擁護した。定形は日本以外の国のほうが重んじられているようだ。
      押韻は語頭にあるものをアリタレーション(頭韻)、語尾にあるものをライム(脚韻)、母音だけの押韻、類音の一致をアソナンス(半諧音)というが、西欧のような意識的な詩作はわが国ではごくまれで日本語ではむずかしいとされている。

    脚韻(ライム)なしの5歩格を「無韻詩(Blank Verse)」と呼んでいる。マザーグースの童謡などをのぞいてみれば、ライムの嵐である。シェークスピアの場合は、ライムというある意味で「単調になりがちな型」を破って、リズムオンリーで「5歩格」を徹底的に展開したということだ。

    たぶん、「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ・・・(平家物語)」という感じの、生き生きとしたリズムに溢れていたのだろう。

    映画『恋におちたシェイクスピア』-- Shakespeare in Love
    1592年にシェイクスピアの先輩の作家、ロバート・グリーンが赤貧洗う失意のどん底で書いた文章が残っている。

    There is an upstart crow, beautified with our feathers, that with his Tygers heart wrapt in a Players hide supposes he is as well able to bombast out a blank verse as the best of you; and, being an absolute Johannes Factotum, is in his own conceit the only Shake-scene in a country.
    それというのも、ここに一羽の成り上がり者の烏がいる。われわれの羽で美しく身を飾り、その虎の心を役者の皮で包んで、諸君の誰にも負けずみごとに無韻詩を、大げさな調子で述べたてることができると思っている。また驚くべき「何でも屋」で、この国の舞台をゆり動かせる【シェイク・シーン】のは自分ひとりだ、とうぬぼれている。(小津次郎他訳)

    ここで「虎の心」と出てくるのは『ヘンリー六世第三部』の中の言葉のもじりであるし、何よりもシェイク・シーンというのはシェイク・スピア(「槍を振るう」という意味の名前)から「舞台を震えさせる」とかけているものでシェイクスピアを揶揄していることは明らかだ。

    大学も出ていない「成り上がり者」のシェークスピアなので、同業者から皮肉や嫉妬の陰口を叩かれたことは、想像に難くない。

    ■■■■■■十■■■■■■  

    もう1つ文法で、必ず押さえておくべきは、2人称の古い形である。

  • thou(主格)、thy(所有格)、thee(目的格)
  • thou art・・・・you art
  • thou hast・・・・you have
  • thou wilt・・・・you will
  • thou shalt・・・・you shall
  • thou canst・・・・you can
  • thou didst・・・・you did

    主語に「thou(ザウ)」を使った場合は、動詞変化は「〜st」が基本形となる。

    慣れるのに時間がかかる「2人称」表現だが、すべて「thou、thy、thee」で統一されているなら、お気楽なのに、「thou」と「you」が混在しているので、やっかいである。

    もともと「thou」は2人称単数で、「you (ye)」が2人称複数を意味していた。しかしシェークスピアの時代のころに、「thou」=「親しい間柄」、「you」=「丁寧で正式な用法」に変化していくのである。フランス語の「tu」「vous」、スペイン語の「tu」「usted」、ドイツ語の「du」「Sie」の違いに相当する。

    『ロミオとジュリエット』や『夏の夜の夢』でも、「thou」と「you」が入り乱れている。2つの「あなた」の使用頻度を調べている論文があるので、これをもとに「あなた」のニュアンスを解明してみたい。(参考:シェイクスピアの作品における二人称代名詞―『ロミオとジュリエット』と『夏の夜の夢』を中心に― pdfファイル)

    まずは『ロミオとジュリエット』で、ジュリエットいるキャピレット家における「親子の会話」である。( )の数字は、使われた回数を示す。

    ★親子の会話
  • 子 → 親・・・・thou(0)/you(24)
  • 親 → 子・・・・thou(29)/you(32)

    子が親を呼ぶときは「you」が基本形で、親が子を呼ぶときは「thou」が基本形である。しかし、親が子に「you」を使うときもあり、このときは、「よそよそしさ」「心理的な距離」「突き放した感じ」などを表している。

    次に、キャピレット家の夫婦の会話は次のようになっている。

    ★夫婦の会話
  • 妻 → 夫・・・・thou(0)/you(17)
  • 夫 → 妻・・・・thou(2)/you(11)

    夫婦の間では「you」が基本形である。妻が夫を呼ぶときは一貫して「you」だが、夫の場合は妻を「子供」のように「thou」で呼びつけるケースもある。

    ご主人様と使用人の上下関係では、どうだろうか。身の回りの世話をやく「乳母」とジュリエットとの関係である。

    ★ジュリエットと乳母の会話
  • J → 乳母・・・・thou(33)/you(5)
  • 乳母 → J・・・・thou(9)/you(50)

    基本形は「上位→下位」は「thou」で呼び、「下位→上位」は「you」で呼ぶ。親子関係のケースに類似する。しかし、家族のように生活していると、場面場面で心は揺れ動くものだ。乳母がジュリエットの結婚を喜ぶシーンでは「thou」が使われる。一方、ジュリエットが乳母に敬意を表すシーンでは「you」も登場する。

    フランス語などをやったことがある人はお分かりだと思うが、「you=あなた」で、「thou=おまえ」と、上下関係で線引きするわけにはいかない。自分に「距離の近い存在」が「thou」なので、神様も「How great thou art(なんとあなたは偉大なお方)」と表現されるわけである。

    この「thou」と「you」の使い分けは、17世紀以降に一気に廃れて、英語圏は「オ〜ンリ〜、ユ〜〜」(Only You)の世界に染まった感がある。神も仏も、先生も旦那も、子供もペットも、み〜んな杓子定規に「you、you、you」と呼びまくっておりますよ(笑)。

    注:ただしキリスト教の世界では、ジェームズ1世時代の「欽定訳聖書」の影響は、いまだに濃厚。クウェーカー教徒ではとくに)

    状況によって、2人称を微妙に使い分ける「人情の機微」「心のひだ」がわからない、とノタマッテいる鈍感な英語のネイティブがおりましたら、
    「汝、シェークスピアを観るべし」
    と、どうか、みなさまからも、ご一喝をお願い致します。

    ■参考:3人称の動詞の使い分けもある
    英語の歴史:シェークスピアの英語
    動詞の三人称単数現在の接辞にも二つあり、 "-(e)th" を付けて maketh のように書かれたり、 "-(e)s" を伴い、 makes と表現する場合があるが、前者は固苦しい場面で、後者はくだけた場面で使い分ける傾向があったようです。

    ■シェークスピアの全文テキストと全文検索
  • The Collected Works of Shakespeare
  • Complete Works of Shakespeare, Biography, Study Guides

    ■関連記事:
  • 「聖母マリア崇拝」と「中世騎士道精神」のシェークスピア

      
  • posted by ヒロさん at 22:10 | Comment(5) | TrackBack(0) | Learning English
    この記事へのコメント
    TITLE: Our Father, who art in Heaven
    あてくしの母校では英語Reader の日は主祷文、Composition の日は天使祝詞を英文で唱えてからの授業開始でしたが、英語における主祷文は現在もThou, Thy, Theeとそれに伴うBe動詞変化(art)ではないかと思われ。21世紀に入って変わってしまった??
    いや、変わっていないようです(ほっ、前世紀の遺物なもんで)。
    OUR FATHER, Who art in Heaven, hallowed be Thy Name. Thy kingdom come, Thy will be done on earth as it is in Heaven. Give us this day our daily bread, and forgive us our trespasses, as we forgive those who trespass against us. And lead us not into temptation, but deliver us from evil. Amen

    ついでに天使祝詞もいまだこの活用で唱えているようですよ。
    Hail Mary, full of grace, the Lord is with thee; blessed art thou among women, and blessed is the Fruit of thy womb, Jesus. Holy Mary, Mother of God, pray for us sinners, now and at the hour of our death. Amen.
    Posted by Ma_cocotte at 2006年06月29日 04:50
    TITLE: まここっと様、blessed art thou!
    O, Madam MaCocotte, blessed art thou!

    >but deliver us from evil. Amen
    このフレーズは懐かしい。「deliver」は古い意味で「救う」ですね。ハロウィーンの歌で「O Lord, Deliver us!」というのがあります。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年06月29日 05:26
    TITLE: 【Julius Caesar】
    おお!なつかしの古典英語・・・
    パブリック・スクールに入ったとき、この手の言葉の羅列に『こりゃラテン語と違うの?』と思ったことがある。

    だけど日本の高校の国語の授業に『ジュリアス・シーザー』が載っていて(翻訳者忘れました)、これが実に面白く興味も沸き、これは勉強になるかも・・・・と、始めてシェイクスピアの原文買って見たら、これは一気に読みきった。するとあれは昔の変な(?)古典英語ではなく、既に現代語訳されていたのか知らん??
    他にはシェイクスピアの原文など読むこともなかったが・・・(それでもAレベルが通った不思議)、こうして見るとシェイクスピア劇ってやっぱりサー・ピーター・セラーズをクルーゾー警部で世界に売り出しちゃう基礎があったんですね〜〜。
    Posted by ちゃねらー at 2006年06月30日 10:37
    TITLE: 売れる男、Sellers
    日本では2005年に『ライフ・イズ・コメディ ピーター・セラーズの愛し方』なんていう映画がやってたんですね。シェイクスピアは「Shake + spear」で大ナタ振り男ですが、クルーゾー警部のピーター・セラーズは「Peter Sellers」だから、売れる運命だったのかも。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年06月30日 16:21
    TITLE: ブリティッシュパンク
    英国、「言葉の暴走族」というと思い出すのはこれ
    セックス・ピストルズ
    http://www.barks.jp/artist/?id=1024052
    http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/sex-pistols.htm
    ザ・クラッシュ
    http://www.barks.jp/artist/?id=1005331
    Posted by えの at 2006年07月02日 23:55
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