◆ウィキペディア:「一神教」
現代の一神教といえば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教で「他の神々の存在を認めない」という。「他の神々」にどれほどの寛容を示すのかどうかは、宗派や個人に負うところが大きい。過去に遡ると、古代イスラエルの宗教や、インドのヴェーダの宗教もある。
大乗仏教伝来の過程で、ガンダーラ時代に西洋のキリスト教の教義の影響を受け、西方にある聖地エルサレムが、西方浄土に転じた浄土信仰の発生につながったとする考えがあり、これが阿弥陀仏への一神教的な信仰形態の類似性の理由であるとする見方がある。 紀元前1世紀ごろから造られ始めた法華経の釈迦牟尼仏も、一神教的な信仰形態であり、法華経の中では他の仏は釈迦牟尼仏を褒め称える存在に過ぎない。
阿弥陀信仰や法華経の釈迦牟尼仏も、一神教的であるという。浄土信仰はキリスト教の影響あり、とかかれているが、ゾロアスター教の影響もある。
唯一神教はユダヤ教だけに興り、現在はユダヤ教と、それをから派生したキリスト教、それから大きく影響を受けたイスラム教に引き継がれている。なお、ゾロアスター教はアケメネス朝ペルシャ時代の宗教の研究から、実態は必ずしも一神教でないことが解っている。
ゾロアスター教は、光明神アフラ・マズダの一神教ともいえるし、破壊神アーリマンと対比した二元論の多神教ともいえる。
日本の宗教は、大部分、実態的に一神教である。少なくとも、宗教を持っている人は、拝一神教である。<中略>
日蓮宗・・・・日蓮上人は、法華経のみが正しく、他は間違っているとして、激しく攻撃した。「念仏地獄、禅天魔、真言亡国、律国賊」 現在の大教団の創価学会、霊友会などは皆日蓮宗の流れであり、日蓮上人の国立戒壇の目標は依然残っている。
浄土真宗・・・・親鸞聖人は、末法の世では阿弥陀仏のみが救ってくれると教えた。また、阿弥陀仏以外の諸仏や菩薩や諸神を排斥した。和讃でも「日本の神を信じている人を嘆いている」のが有名である。だから門徒では家では神棚を祭らなく、神棚を取り外した逸話が褒められて伝えられている。これが一向宗とも呼ばれる理由である。
日本曹洞宗・・・・道元禅師は、坐禅のみが正伝の仏法とした。「念仏は、田んぼの蛙が一日中鳴いているのと同じで価値・意味がない」と言っている。
浄土宗・・・・法然上人は、末法の世だから人の質が悪くなり、聖道門(それまでの仏教の教え)では救う力がない、「阿弥陀仏だけを信じろ」と勧めている。
昨日まで日本の宗教を「一神教」として感じたことのなかった私である。グローバル宗教ではないが、ローカル宗教としての一神教である。日蓮宗が「一神教」としての性格が最も強いと思ったのだが、これももう少し考えてみる必要がある。
「神道系」とはいっても、教派神道のいわゆる新興宗教は、やはり一神教が多いのではないか。これは「仏教系」も同様で、たとえば「幸福の科学」は「主エル・カンターレ(釈迦大如来)」を本尊としているので、仏教ということになる。その他の新興宗教の本尊・祀神をいずれ調べてみるとしよう。
では、次に多神教。
◆ウィキペディア:「多神教」
文化人類学などで初期の頃、原始宗教やシャーマニズムなどの多神教が発展した頂点に一神教が存在するとした進化論的な考えは現在では否定されており、宗教の形態に序列はない。多神教は具体的に言うと、日本の神道、中国の道教、インドのヒンドゥー教などが現存する代表例である。
日本の神道、中国の道教、インドのヒンズー教を多神教としている。それにしても、記述が少ない。
◆多神教
E. B. タイラーは多神教は精霊崇拝の段階に続いて現れ,そこから一神教に進化すると説く。C. P. ティーレはアミニズム,多霊教の劣等自然宗教の次におこるのが高等自然宗教の多神教であるという。これらの宗教進化論に対し,人類の始源の宗教形態は一神教であるとする文化史学派がある。多神教の成立には祖先崇拝,自然崇拝,英雄崇拝,さらには職業の分化に伴う職業神・文化各般にわたる守護神の発生が重要である。しかし,何といっても民族の混合,わけても広範囲の民族が政治的に統一される場合に多神教の現出が著しい。その例は古代エジプト,バビロニア,インドに顕著にみられる。
「多神教」→「一神教」という宗教進化論は物議を醸す。「広範囲の民族が政治的に統一される場合」に多神教は出現するそうだ。
最後に、いつもお世話になっている松岡正剛センセ。
◆松岡正剛の千夜千冊『モーセと一神教』ジグムント・フロイト
フロイトは紛れもないユダヤ人である。むろんユダヤ教に対しては敬虔な気持ちをもっている(フロイトは社会的にはカトリック教会に親近感をもっていた)。
一方、モーセはユダヤ教を開始した張本人である。モーセによって一神絶対者としてのヤーウェ(ヤハウェ・エホバ)が初めて語られ、初めて「十戒」が定められ、初めてユダヤの民が選ばれた。割礼も始まった。ということは、こう言ってよいのなら、それまで歴史上、ユダヤはなかったのだ。ユダヤ人もいなかったのだ。
しかしそのフロイトは本書において、なんとモーセはユダヤ人ではなくエジプト人であると断定したのである。それだけではない。フロイトは、モーセはエジプト第18王朝のアメンホーテプ4世が名を変えてイクナートンとなったときに、ごくごく限られた宮廷集団で信仰していた「アートン教」の“直系”だとみなしたのだった。
一方、モーセはユダヤ教を開始した張本人である。モーセによって一神絶対者としてのヤーウェ(ヤハウェ・エホバ)が初めて語られ、初めて「十戒」が定められ、初めてユダヤの民が選ばれた。割礼も始まった。ということは、こう言ってよいのなら、それまで歴史上、ユダヤはなかったのだ。ユダヤ人もいなかったのだ。
しかしそのフロイトは本書において、なんとモーセはユダヤ人ではなくエジプト人であると断定したのである。それだけではない。フロイトは、モーセはエジプト第18王朝のアメンホーテプ4世が名を変えてイクナートンとなったときに、ごくごく限られた宮廷集団で信仰していた「アートン教」の“直系”だとみなしたのだった。
フロイトの仮説が何を示しているかというと、「エジプト人モーセがユダヤ教を作った」ということを告げている。まさにパウロがキリスト教を作ったように、だ。
しかしパウロが作ったキリスト教は「キリスト人」とか「キリスト民族」という血の創造ではなかった。パウロはそこまでの創作はしていない。パウロがしたことは情報の編集である。けれどもフロイトによれば、モーセはユダヤ教を作っただけでなく、ユダヤ人を作ったのである。実際にもそれまでユダヤ人の母集団であるセム族とヤーウェとはまったく結びついていなかったし、だいたいヤーウェという神の名がなかった。またセム族の集団や部族が割礼をするということもなかった。割礼はエジプト人の一部の慣習だった。
しかしパウロが作ったキリスト教は「キリスト人」とか「キリスト民族」という血の創造ではなかった。パウロはそこまでの創作はしていない。パウロがしたことは情報の編集である。けれどもフロイトによれば、モーセはユダヤ教を作っただけでなく、ユダヤ人を作ったのである。実際にもそれまでユダヤ人の母集団であるセム族とヤーウェとはまったく結びついていなかったし、だいたいヤーウェという神の名がなかった。またセム族の集団や部族が割礼をするということもなかった。割礼はエジプト人の一部の慣習だった。
一神教と多神教の宗教学的な差異については分かりませんが、私は世俗社会との関わり方でその違いを理解すると便利だと思っていたのです。つまり、個人相互間の関係性の構築に神(々)がどのように関わるのか、といった点を考えると良いのではないかと。。。
一神教の場合、個人相互間には直接関係性(契約・合意等)が成立せず、神を媒介にして初めて成立しますよね。例えば、A男はB女を妻とする契約を神と結び、他方B女はA男を夫とする契約を神と結ぶ、その結果A男とB女の間に結婚という関係が生じる。したがって、同じ神を信仰していないと個人相互間の関係性を構築することは不可能となり、当然非信者に対しては排他的・非寛容になる。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の基本はこれですよね。(イスラム社会では、今でも基本はこのままですが、西欧キリスト教社会では、市民革命により「合意は個人相互間に生じる」と宣言した時点で初めて、政教分離と信仰の自由が確立されたということでしょうか。)
一方、多神教の場合、個人相互間に直接関係性が生じるのが原則で、神々はそれを担保ないし監視する役割を果たす。したがって、他者の信仰する神々を信頼し、少なくとも担保価値(?)を認めなければ個人相互間に関係性を構築できない。(たまたま同じ神を信仰していたり、契約神に誓う場合も基本は同じ。)日本の場合、神道・仏教ともに、基本はこれですよね。
したがって、日蓮宗に一神教としての性格を感じるとしても、それは宗教というより(朱子学のような)一種のイデオロギーないしドグマとしての側面だと思うのですが。
「一」か「多」か、という見方より、「契約」から見るべきということですね。小室直樹の『日本人のための宗教原論』を読んだことを思い出しました。どうも私の頭の中には、「多」から「一」に進化したという「宗教進化論」に強い反発心があって、その説に対するアンチテーゼを立てたいという妄想を抱いていたのですが、しばらくは素直に勉強いたします。ご教示ありがとうございました。
熊野三山
http://wadaphoto.jp/japan/kumano2.htm
『自分の他者に対する約束を熊野三山の権現にかけて誓うという誓紙で、破れば神罰たちどころにくだるという。』
郵政反対と血判
http://blog.goo.ne.jp/mks13/e/859af15f49a3c782a8253371369e08dd
『亀井議員が発案し、ちゃんと誓紙を用意して、仲間に署名を頼んだが、血判まではお願いをしていないとの言い訳も。応じたおよそ20人、誓い通りに採決でみな反対票を投じたと。牛王(ごおう)宝印と呼ばれてる熊野神社発行の誓紙を使ったようらしい。まこと牛王宝印の誓いを破ると血を吐いて死ぬと伝えられているという。』
一神教の勉強は、まずオドン・ヴァレから始めるのがよさそうだ。以下、アマゾンの読者レビューから抜粋。
★オドン・ヴァレ『一神教の誕生―ユダヤ教、キリスト教、イスラム教』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4422214969/503-5152373-7954317
『基本には農耕や文字(や印鑑)と同じく一神教もメソポタミアが生んだ発明としている。そして、砂漠が一神教を生み出したとするフランスの宗教家エルネスト・ルナンの説をそのまま肯定するわけではないが、砂漠が重要な役割を果たしただろうとする。』
『旧約聖書は、紀元前400年ごろにヘブライ語でかかれたものであり当時、ユダヤ人を支配していたペルシャの神ゾロアスター神の影響が大きいという。』
『キリスト教の三位一体説を否定し、完全な一神教を回復しようとしたのがイスラムだという。一方、イスラムはキリスト教から万人の父としての神のイメージを借り、ユダヤ教からは性や生殖を超越して存在する絶対神のイメージを借りたとする。』
『神学論争はギリシャ哲学の譜系をひくものであるので、イスラムにはないという説なども面白い。』
★岸田秀『アメリカの正義病・イスラムの原理病 一神教の病理を読み解く』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4393341171/503-5152373-7954317
『一神教を神経症と言い、多神教のほうが寛容などということは経験的に裏づけがない精神分析の衣装を来た俗説に過ぎない。多様な人種や民族といった多様性を維持するには共通の普遍的なコードが必要であって、そのようなコードがなければ、相互理解もない無数の分裂へと陥るだけである。実際歴史上は多神教はそうしたコードを供給することができないために専制君主の暴力に依存することになり、結果的には神経症的な思想統制へと道を開いてきたではないか。』
★本村凌二『多神教と一神教』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004309670/qid=1146134172/503-5152373-7954317
『問題の、「一神教」が発生した原因についての仮説は、期待通り興味ぶかかった。根本的な理由は二つ。アルファベットという汎用性の高い表音文字の開発・普及と、そして何よりユダヤ民族の「危機と抑圧」によるルサンチマンの裏返し的な創造力である。後者はフロイト=岸田秀の仮説を歴史学者の観点から再検討したものだが、おもしろいと思ったのは前者の方だ。古代文明が複雑化しすぎたがゆえに、多様な文字言語の整理統合が進む中で、とりわけ便利なアルファベットが主導権を握った。文字の一元化は神々の一元化とパラレルに進行し、やがて「神々」の「沈黙」の続く悲劇の時代を生きる人々の魂の空白に、唯一の絶対的な〈神〉が宿る。』
★ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314009780/qid=1146145237/503-5152373-7954317
『「意識」が登場しない「イーリアス」などのギリシアの古典世界で神々の声に従う人々、古代世界で広く見られる語る神のモチーフ、神の言葉を聞き、それを伝える旧約聖書の預言者たち、デルフォイの神託やトランス状態の巫女たち、「使徒言行録」に現れる使徒たちの語る「異言」、脳に直接電流を流したペンフィールドの有名な実験、「神の声」を聞く現代世界の統合失調病の患者たち。一見無関係なさまざまな破片がくみ上げられ、「二分心」(Bicameral mind)というキーワードによって完璧に統合されていく。』
DNAからみた氏族の系譜
http://plaza.harmonix.ne.jp/~onizuka/Clans.html
アフリカの7つの力 〜ブードゥーの神々〜
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/voodoo2.htm
ヨルバの宗教ジュジュ
http://www.k2.dion.ne.jp/~dambala/yoruba.html
流石、ヒロさんですね。
いやはや締切でテンパっていたんでこちらにこれなかった。済みません。
で、「ロゴス化」の問題があるかも。
例えば、キリスト教の問題は、ロゴス化する時に起きているんですよね。
しかし異文化の対話にはロゴス化しないとはじまらないわけで。その時に衝突が起きる。日本の多神教も説明する必要のなかった時はそれで済むわけです。現代は靖国にしても天皇の問題にしても論じられるという、本来のあり方とは違うものを求められていて苦しいですよね。
で、神道系とか仏教系の新興宗教の持つ一神性とは、つまり近代というロゴス化された時代に生じたものだからだと思うんですね。伝統的な宗派ってのはどこかにロゴス化されない要素を内包していて、キリスト教でもカトリックや正教などはそういうものを内包しているし、イスラムにもそういうのはあると思うんですがそっちの知識はないんで。けれどもそれらも異文化との衝突が起きるといきなりロゴス化させる必要がある。
ですんで、日本の伝統的宗教も異文化からの攻撃を受ければ剣呑な様相を見せる根はある。
・・・・・・・・・・・・・とまぁ、そういう意味のことを訴えたかったんですが、
忙しくて説明不足で来れなくなっていて済まんでした。
畢竟、言語というものの限界があるんでは?と、最近、思うのですね。
ところで前エントリの
「イスラムとキリスト教の調停」は結局当事者達で解決しないと無理だとは思います。宗教間の問題だけで考えればですが。
・・・・といっても、そもそもこの対立、宗教関係ないんですよね。
近代主義とイスラムとの対立だから。
やっぱり、あんとに庵さん、締め切りが終わると、明快整然なロゴス!私もトイレを我慢しているときとか、涙目でエエイと書いたときの記事は牽強付会でことば足らずですよ〜。
「契約」にくわえて、「ロゴス化」(言語化)ということで、すっきりしてきました。「文明の対話」の経験、といっていいのかもしれない。よく日本の政治に言われる「アカウンタビリティ」(説明責任)という話にも通じることかもしれない。
>「イスラムとキリスト教の調停」は結局当事者達で解決しないと無理だとは思います。
>そもそもこの対立、宗教関係ないんですよね。
>近代主義とイスラムとの対立だから。
そうなんです、西洋近代法とイスラム法の「ロゴス」の対立でもある。イスラムとキリスト(+ユダヤ)は世界の2大勢力で、この2つの文明の衝突のゆくえが21世紀を左右しかねない。あ、あと、中国共産党というもう1つの「一神教」がありますけど、たぶん10年後に崩壊しているのでは、と思ってますが・・・。で、前回エントリでは、「消極的」調停者としての仏教、そもそも「アカウンタビリティ」がヘタクソな日本をかみ合わせると、「ロゴスの限界」に何らかの触媒を投じることができるのではないか、といいたかったのです。
ロゴスの対立に、ロゴスの調停者が現れても、ぐしゃぐしゃでわからなくなる。ブログが炎上して、コメントが入り乱れるときに似ておりませんか?
『神の下のひとつの国:宗教国家アメリカの正体』三宅善信
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-128.htm
モナ丼『聖書がわかればアメリカが読める』鹿嶋春平太
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/books077.htm
「ネオコンの政治哲学とその起源」山崎行太郎
http://yamazakikoutarou.gooside.com/neocon.html
『筋金入りのネオコンは、ユダヤ人のウォルフォヴィッツ(国防副長官)を筆頭に、ブッシュ政権内部に20人ぐらいいると言われています。決して多数派ではありません。つまりネオコンは、キリスト教原理主義ではなく、ユダヤ教であり、しかもユダヤ教左派です。その意味では、決して大衆的基盤を持つグループではなく、むしろ少数精鋭の思想集団とでも言うべきです。それがキリスト教原理主義グループ(ブッシュ大統領)と連携して成立しているのがブッシュ政権です。』
「佐藤優氏の『国家の自縛』に教えられたネオコンとアイン・ランドの関係」藤森かよこ
http://www.aynrand2001japan.com/akira/akira20051106.html
『レオ・シュトラウス』
http://adbusters.cool.ne.jp/strauss.htm
こんにちは。
イスラームからユダヤ教、キリスト教を眺めると「不完全体」であり、それらを含めた「この世における完全無欠の宗教」である以上、イスラームが仲介者とはいえ異教徒の言うことを聞くつもりはないのではないでしょうか?
イスラームにおいてアブラハムを父祖とする世界三大宗教は「一神教」であり、アブラハムが祖でなければ「一神教」と彼らは認めません。イスラームの男子が異教徒の女子二名と結婚できますが、この異教はユダヤ教、キリスト教であって、他の異教(神道、仏教、ヒンズーなど)の女性にはイスラム改宗をさせねば宗教上の婚姻できないことになっています(ちなみにアラファト氏の未亡人はギリシャ正教徒、イスラームに改宗したという噂もあり)。
フランスでも仏教は宗教というより哲学カテゴリーで、カトリックと並行して思想を持っているヒトが結構います。
数日前にイスラームにおける一方通行の寛容さを改宗問題に絡めてエントリーしました。ご笑覧くださいましたら幸いです。http://malicieuse.exblog.jp/4418804/
そして、イスラム教からキリスト教に改宗した人は、「殺してしまえ」という論調になっている。
まここっとさんの記事に注目!→http://malicieuse.exblog.jp/4418804/
日本人の多くは、神道と仏教はぼんやりと理解している。少数派ではあるが、話のわかるキリスト教徒も多くいるので、キリスト教も勉強すればわかる。ユダヤ教も、ヨイショと踏み込めば見えてくる。しかしながら、最も遠い存在はイスラム教なので、これを理解する「手がかり」をいくつかもっておいたほうがよいです。特にまここっとさんはフランスで「文明の衝突」をモロに体験しておられますから、イスラムの一面を知るために、とてもわかりやすいお話になっています。
>イスラームの男子が異教徒の女子二名と結婚できますが、この異教はユダヤ教、キリスト教であって、
>他の異教(神道、仏教、ヒンズーなど)の女性にはイスラム改宗をさせねば宗教上の婚姻できない
>ことになっています(ちなみにアラファト氏の未亡人はギリシャ正教徒、イスラームに改宗したという噂もあり)。
そうなんですか!そういえば、私の向かいに住んでいるのは、イラン人と日本人のカップルだ。どうなっているのか、訊いてみようかな・・・・、いつも挨拶しているとはいえ、さてどんな風に訊いていいものやら。アラファトは金髪の若いお姉ちゃんと結婚してますよね。あれは確かに気になる!
極東ブログさんはこう書いている。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/11/suha_arafat.html
『スーハ夫人の結婚前の名前はスーハ・タヴィル(Suha Tawil)。エルサレムで生まれたがユダヤ人ではない。カトリック教徒だ。家庭も裕福だった。ヨルダン川西岸パレスチナ自治区ナブルスで育ち、後同じくヨルダン川西岸ラマラに移る。カトリック修道院の学校で初等教育を受けたのちフランスのソルボンヌ大学に留学。つまり母語はフランス語であり、なによりその金髪の相貌からは、この人フランス人なんだと思われてもしかたがない。』
『父親はオックスフォード大学卒の銀行家とのことだが一応影は薄い。母親ルエモンダ・タヴィル(Reemonda Tawil)はパレスチナ問題で知名度の高いジャーナリストである。っていうかすげーパレチナよりの過激なおっかさんである。』
『結婚は極秘だった。そりゃねである。結婚にあたり、スーハはキリスト教徒(カトリック教徒)からイスラム教徒に改宗した。』
>http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-128.htm
『公立学校で唱えることが半ば強制されているこの『(合衆国に対する)忠誠の誓い』に対して、今回、西海岸地域を統括するサンフランシスコ連邦控訴裁判所の管轄権の及ぶカリフォルニア、ワシントン、オレゴン、アリゾナ、ネバダなど9つの州の公立学校にだけ適用されるだけであるが、ともかく違憲判決が出たのである。』
『そもそも、ピルグリム・ファーザーズたちは、宗教的自由を求めてこの国を造ったはずである。したがって、「如何なる意味の国教も持たない」という精神が、合衆国憲法の修正第1条にも書かれている。にもかかわらず、そこにある実態というのは、まさに、ユダヤ・キリスト教的な意味での「神によって導かれた国である」という矛盾撞着を孕んでいるのである。ただこの神が、Godであるから、皆、不思議に思わないだけである。試しに、そのGodの代わりに「(ヒンズー教の)シバ神であるとか、阿弥陀仏であるとか、素戔嗚尊(スサノヲ)という神の下にあるひとつの国」という表現に変えれば、アメリカ国民から一斉にブーイングが起こるであろう。』
★「神の下の1つの国(One Nation under God)の始まり
>http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-128.htm
『この「神の下のひとつの国」という表現は、実はそんなに古くからあったのではない。米ソ冷戦対立が厳しさを増したアイゼンハウアー大統領の時代(1954年)に各州でバラバラに行なわれていた『忠誠の誓い』の文言に、この「神の下の」という語句を加える法律が連邦議会で制定され、全米に普及したのである。』
★で、2004年6月14日の最高裁判決は・・・・
極東ブログ http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/06/post_11.html
『14日(米国時間)、米連邦最高裁はひとつの判決を出した。が、話題の中心には触れず、原告の提訴の資格の有無という問題に絞り、原告にその資格がないとした。』
『問題の「忠誠の誓い」だが、こんなものだ。
I pledge Allegiance to the flag
of the United States of America
and to the Republic for which it stands,
one nation under God, indivisible,
with Liberty and Justice for all.』
>「ネオコンの政治哲学とその起源」山崎行太郎
>http://yamazakikoutarou.gooside.com/neocon.html
『では、ネオコンとは何か。ネオコンの中心人物の一人、ロバート・ケーガンの翻訳(『ネオコンの論理』光文社)もすでに出ました。おそらくこれからその種の本が、解説書も含めて続々と出てくるでしょうが、ネオコンの正体は、単なる保守・右翼ではありません。彼等の出自は、社会主義革命を目指す元左翼であり、特に「ネオコンの始祖」と言われるアービング・クリストルは、(ネオコンの若手リーダー、ウリアム・クリストルの父親…)、永久革命=世界革命を信奉する元トロッキストという過去の持ち主です。つまり彼等は、左翼過激派からの転向組なのです。』
>http://www.aynrand2001japan.com/akira/akira20051106.html
『 ネオコンの思想は、唯物論的です。唯物論は、通常、無神論と神話的なのですが、ネオコンの唯物論は神を認める構成になっています。
ここではユダヤ思想の「カバラの知恵」が利用されています。神学的な細かい説明はわかりにくいので、単純化すると、当初、神は全世界を覆っていますが、あるときに自発的に収縮して、隙間ができます。この隙間が自然です。通常の神学では、神が自然を創造したと考えますが、「カバラの知恵」では、「神の収縮」つまり自然を人間が「神によって追加的に創造されたもの」と勘違いしていることになります。
この隙間、つまり自然の世界には神がいないので、唯物論的な世界なのです。ですから、神の意思が自然に直接反映されることはありません。それだから自然の世界には悪が実在します。ただし、この唯物論的な自然界の悪に対しては神は責任を負わないのです。「神の収縮」によって自然が生まれたことを知っているネオコン思想家は、神の存在は認めるが、同時にこの世界は唯物論的だということについても確信する、有神論的唯物論という論理構成をとるのです。』
(佐藤優『国家の自縛』pp.164-65)
「予言は当たるものではなく、当てるものだ」
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20051109
「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界的な紛争の拡大が計画されている……」
> http://yamazakikoutarou.gooside.com/neocon.html
『彼等は,「アメリカ的価値観」を軸にした新しい世界秩序の再構築を目指しています。つまり、これは右からの世界革命=永久革命です。言いかえれば「革命の輸出」です。』
現代アメリカのカースト制度
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060428
『次の超大国は中国だとロックフェラーが決めた』ヴィクター・ソーン 副島隆彦訳責任編集
http://snsi-j.jp/boyakif/wd200603.html
EUで有名なパレスチナ人♀と言えばスーハ・アラファトとヨルダンのラーニア王妃でしょうね。お二人とも知性と美貌と身体で現地位をゲットしたと反パレスチナ陣営に悪口叩かれまくっている女性です。
極東ブログさんの元記事はおそらく英文のコレですね。そのまんまの和訳かも。
http://www.washtimes.com/upi-breaking/20041110-095140-9584r.htm
。。。ですが、私がこちらで彼女の半生ドキュメンタリーを映像で見た限り、彼女の宗旨はローマンカトリックではなくオーソドックスです。おそらくオーソドックスは教育活動をしないのでローマンカトリックの学校に通っただけなんぢゃないかと思います(現在、イスラエル国内のカトリック校はイスラム子女で溢れています)。もうひとつドキュを見て気付いている点ですが、彼女は結婚後もしばらくオーソドックス信者で、彼女のチャリティ精神でパレスチナ孤児を20人以上引き取り、教育を与えていました(彼女が巴里に移住する以前です)。
ラニア王妃もイスラーム女性の地位向上活動で大活躍していることでフランスでは好意的に語られる人物です。スーハさんもラニア王妃もムスリマとは思えない派手なお召し物で現れるのもよく知られる話ですね。
お向かいの方はラマダーンあたりに挨拶がてら「そろそろラマダーンですね。何かスペシャリテの準備でも?」とでも声をかけてみられてはどうでしょう?ラマダーンになると丑三つ時にマダムが台所でご馳走の準備に取り掛かるのでなんとなく伝わってくるものがあるかも。
アラファトの奥さんスーハは、カソリックの学校に通っただけで、実はオーソドックス(東方正教会)ということなんですね、なるほど。お向かいの日本人には「ラマダーン挨拶」がいいかもですね。
もう1つ、まここっとさんのブログをみて「なんだとー!」と驚くの忘れていた、トルシエのイスラム改宗の話。3月26日の話なのに、マスコミ記事のリンクは切れまくってますね、なぜでしょ?
元日本代表監督トルシエ氏、イスラム教に改宗
http://ichinisan.daa.jp/index.php?ID=202
『 元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏がイスラム教に改宗したと23日(現地時間)、モロッコやフランスなどの各メディアで報じられた。
トルシエ氏は妻のドミニクさんとともに、現在居を構えるモロッコの首都ラバトで改宗の儀式に臨み、名前も「フィリップ」から「オマール」、「ドミニク」から「アミナ」に変えたという。また、モロッコの夕刊紙『コティディアン・ソワール』によると、夫妻はモロッコ人の少女2人を養女に迎えた。
トルシエ氏はコートジボワール、ナイジェリア、南アフリカなどの代表監督を歴任した後、1998年にサッカー日本代表監督に就任。2002年W杯後に退任するまでの4年間に、日本代表を率いてW杯ベスト16、2001年コンフェデレーションズカップ準優勝、2000年アジアカップ優勝などの成績を残した。』
トルシエ監督ですが、日本では「3度の食事にワイン必須」と大袈裟に書かれるほどの酒量で、しかもChacuterie (豚肉惣菜店)に生まれ、豚惣菜の味にウルさすぎるフランス人だそうです。彼の主成分二品を断っての改宗、しかも養女を迎えるため?など謎が多いですね。
こちらの小田嶋隆氏のブログでも取り上げられています。面白いですよ。
http://takoashi.air-nifty.com/diary/2006/03/post_f7f9.html
おそらく英国も養子縁組は多いと思いますが、改宗事情はいかがですか?
フランスでは教会も養子縁組を勧めますが、養子を引き取るために養子側の宗教に改宗するという話はまずありません。元よりマグレブ系との縁組は後々トラブルが多いのであまり聞かない話です。が、中道より左の思想を持つ家庭だとありえるかもしれません。
例えばイスラーム男性と欧州系女性が結婚して子供ができた後に離婚となると、男性が子供を連れて母国に戻ってしまうケースが多発しており、社会問題になっています。親戚全員で子供を隠し守ってしまうので、母親が子供を一目も見れません。
トルシエ氏は永遠にモロッコ移住なのかも。近年、フランスではモロッコ大西洋岸に家を買うのが流行っているみたいです。確かに気候良く、物価、税金も安いのだ。
ヒロさんもいかがですか? http://www.palaiskasbah.com/ (英文あり!)
先に殴ったのは...
http://www.aa.tufs.ac.jp/~masato/awr_29.html
『国民投票でイスラーム共和国となったイランは、対外的には「西でなく東でなく(西側=資本主義体制にも東側=共産・社会主義体制にもくみしないこと)」と「被抑圧者たち(モスタザフィーン)の解放」の二つのスローガンを軸として、全世界のイスラーム教徒の覚醒を求める方針を打ち出しました。これは「革命の輸出」と呼ばれ、イスラーム革命の波及を恐れる国々との間に摩擦を生じさせています。』
三大一神教の父祖とされるアブラハムの割礼についてですけれど、彼が99歳の時、長男イシュマエルと共に割礼を行っていますよね。イシュマエルの母ハガルはエジプト人(=出稼ぎでサラの侍女だった)なのでロジックになっていると思います。
「萌えで世界を平和に」オタク新雑誌「メカビ」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0606/02/news057.html
>http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0606/02/news057.html
『「本田透さんが『萌えは多神教』と発言してくれたおかげで楽になれた」(井上さん)。オタクは他者の信仰も認め合える多神教。妹萌えも姉萌えも、メイドさん萌えもツンデレ萌えも、それぞれ対立することはない。「妹萌えの人に対して『妹はおかしい、姉萌えだろ、という議論は起きない。『妹もいいよね、姉もいいよね、メイドさんもいいよね』となる」(松下さん)
『「オタク系の人気個人サイトは基本的に、『私は○○が好き』ということしか書いてないが、それだけで万単位のアクセスを稼ぎ、媒体として成立している。逆に、ケンカをふっかけるようなサイトはすぐにつぶされる」(松下さん)』
私も平和な多神教ブログをめざします。ケンカをふっかけるのは、もうやめましょう・・・っと。
シスターカフェ St.GraceCourt(グレースコート)開店
http://www.akibablog.net/archives/2006/06/_stgracecourt.html
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062582716/
書評:
http://blog.goo.ne.jp/ydon21929/e/1f8f8cb0e4366e7f24573beb3c143733
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/000314.html
「かみちゅ!」(は「神様で中学生!」の意味)
http://www.tv-asahi.co.jp/kamichu/
平成17年度(第9回)文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門 優秀賞
「かみちゅ!」舛成孝二
http://plaza.bunka.go.jp/festival/sakuhin/sakuhin/anime03.html
折口信夫原作「死者の書」川本喜八郎
http://plaza.bunka.go.jp/festival/sakuhin/sakuhin/anime02.html
http://www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/bookkami.html
http://www.bk1.co.jp/product/1904710
「神国日本」佐藤弘夫
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/books217.htm
http://www.bk1.co.jp/product/2663245
貧乏神神社
http://www4.ocn.ne.jp/~je0jue/binnboukami.htm
飛行神社
http://homepage1.nifty.com/hon/2/2-023/2-023.html
法輪寺電電宮(電電明神)
http://www2.ocn.ne.jp/~horinji/dendengu/dendenintro.html
神田明神「IT情報安全守護」
http://blog.livedoor.jp/geek/archives/11672455.html
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1147.html
『鎮魂行法は宗教学的にはシャーマニズムの系譜に入る。そこには憑霊型のものと脱魂型のものがある。そんなことはシャーマニズムの歴史このかたずっと続いていることだ。しかし、そのシャーマニズムが今日の日本の神社のそこかしこでも“近代的”に継続されているというふうには、ふつうは思わない。けれども、そうした見方をいっさいしないようにしたとたん、むしろ日本は奇怪なオカルティズムに犯されることになるのである。いささか、じっくり考えなおすべきことだろう。』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4047913960/
「日本人は繁殖していないようだ。そのうち、贅沢と静けさを好む老人ばかりの国になるだろう」「前はね、ヒロ、きっと神様はわたしのことが嫌いなんだと思っていたの。でも神様はわたしのことが嫌いなわけじゃなかった。神は日本が嫌いなだけなの。」
http://www004.upp.so-net.ne.jp/saitohsy/nagasaki_suwa_jinja.html
枯松神社
http://www.fwd-net.com/jin/kare.html
「奇談 プレミアム・エディション」ジェネオン エンタテインメント
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000ERU9TQ/
『おらといっしょにぱらいそさいくだー』
http://tanakanews.com/g0221iran.htm
『昨年8月に就任したイランのアハマディネジャド大統領は、マフディの再来を強く意識した政策や言動を展開している。(中略)
この演説が興味深いのは、イスラム教徒だけでなく、キリスト教徒やユダヤ教徒までを視野に入れて「現代西欧のリベラルな思想を捨てて、一神教の宗教知識に戻ろう」と呼びかけて、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教に共通する救世主待望論に結びつけていることである。イスラム教は、キリスト教とユダヤ教の教義を取り込んで創設されているので、こうした主張はイスラム教的には無理なく発せられている。』
「イラク日記(5)シーア派の聖地」田中宇
http://tanakanews.com/d0124iraq.htm
『シーア派の存在は、古代ペルシャの宗教という名の「大きなカエル」を飲み込んだばかりの、元祖イスラム教という名の「小さなヘビ」のようなものだ。無理やりカエルを飲み込んだので、ヘビのお腹には少しずつ消化されていくカエルの形が残っている。』
「初期シーア派のミトラ神話」東條真人
http://homepage2.nifty.com/Mithra/HP_Mithraism_and_Early_Shiism.html
神を問い為政者の道を問う ブッシュが黙殺したイラン大統領書簡全文(上)2006/5/8
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200605311252563
大量破壊兵器を口実に、かくも巨大な悲劇が、占領される国、する国双方の人々を飲み込んだのでした。のちに大量破壊兵器はそもそも存在しなかったことが明らかになりました。
なぜ、中東でなにか科学技術上の成果が達成されると、それはシオニスト国家の脅威と解釈され、そのように描き出されてしまうのでしょうか。科学的な研究開発は国の基本的権利ではないでしょうか?
9・11事件は単純な作戦ではありません。諜報機関や安全保障機関との連携、あるいはそれらが広範囲に浸透することもなく、あんなことを計画、実行できたでしょうか?もちろん、これは経験にもとづく推測にすぎません。しかしなぜ、あの攻撃のさまざまな側面が秘密にされてきたのでしょう。なぜ、私たちは責任をはたさなかったのが誰なのかを知らせられないのでしょうか。そして、なぜ、あの事件に責任のある者と犯罪を行った連中が特定されて裁判を受けないのでしょうか。
2カ月で5800人死亡 イラク、国連集計
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060725-00000043-kyodo-int
『イスラム教シーア派とスンニ派による宗派対立の激化を数字で裏付けた形だ。』
イラクでシーア派攻撃予告 ビンラディン容疑者が声明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060702-00000020-kyodo-int
「イラク・モスク爆破の深層」田中宇
http://tanakanews.com/g0303iraq.htm
今度はイラン(シーア派)の挑発のためにビン・ラディンが登場!
>イラクでシーア派攻撃予告 ビンラディン容疑者が声明
>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060702-00000020-kyodo-int
『【カイロ2日共同】国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者のものとみられる録音声明が1日、ウェブサイトで発表され、イラクのイスラム教シーア派によってスンニ派が「全滅」の危機にひんしていると指摘、シーア派に対する攻撃を予告した。(2006/7/2)』
FBI says, "No hard evidence connecting Bin Laden to 9/11"
http://www.teamliberty.net/id267.html
「ウサーマ・ビン・ラーディンその思想と半生」石野肇(成甲書房)
http://library666.seesaa.net/article/9511746.html
http://web.chokugen.jp/tahara/
http://www.cismor.jp/
> http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20051109
「第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人とのあいだに、イルミナティ・エージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界的な紛争の拡大が計画されている……」「キリストの教会と無神論の破壊の後、ルシファーの宇宙的顕示により、真の光が迎えられる……」
「アメリカにつぶされるイスラエル」田中宇
http://tanakanews.com/g0808israel.htm
『イスラエルの現実派の論客は最近「イスラエルは、早くアメリカのネオコンやキリスト教原理主義と縁を切るべきだ。ネオコンやキリスト教原理主義は、イスラエルを、中東諸国との間違った戦争の最前線に立たせようとしている。彼らと組むことは、イスラエルの破滅につながる。イスラエルは、アメリカを国際協調主義の方向に引き戻す努力をせねばならない」と主張する論文をイスラエルの新聞に載せた。』
「キリストの再臨とアメリカの政治」田中宇
http://tanakanews.com/e0721secondcoming.htm
メギド遺跡発掘
http://www2.odn.ne.jp/~ccm53520/excavationtop.html
ヨハネの黙示録第16章〜第22章
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/1310144.htm
「キリスト教原理主義の危険な旅立ち」園田義明
http://www.yorozubp.com/0211/021119.htm
「キリスト教原理主義の危険な旅立ち(2)」園田義明
http://www.yorozubp.com/0303/030318.htm
「イラク派遣に隠されたキリスト教の世界」園田義明
http://www.yorozubp.com/0402/040209.htm
イランを読む:強硬派大統領の1年/3 モハマドナセル・ビリヤ氏
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/mideast/irn/news/20060803ddm007030050000c.html
『「おお主よ、早くマフディを出現させて下さい」。アフマディネジャド大統領は演説で大抵マフディに触れる。マフディとはイランの国教イスラム教シーア派(12イマーム派)が信じる救世主だ。9世紀、こつ然と姿を消した第12代イマーム(聖人)が世界の圧政が極まった時にマフディとして再来するという。
大統領は就任早々「私はマフディの使徒であり、マフディ再来に備える(善政を行う)ことが政府の役目だ」と述べ、閣僚にはマフディへの忠誠を誓う文書に署名させた。昨年9月の国連演説でも「マフディ待望」を語り、後に「演説の最中、自分を後光が包んだ」などと語ったという。』
ニコライ堂〜湯島聖堂〜神田明神〜湯島天神〜弁天堂〜東照宮〜東叡山寛永寺
http://www.asahi-net.or.jp/~ma6t-nsd/tokyo/suidou1.html
http://www.asahi-net.or.jp/~ma6t-nsd/tokyo/yushima.html
耶蘇教、儒教、神道(天神地祇、山王一実)、仏教(天台宗)の御利益あり。
http://www.business-i.jp/news/sato-page/rasputin/200609140007o.nwc
http://www.afpbb.com/article/894059
『法王は12日、母国ドイツを訪問中にRegensburg大学で行った神学の講義中に、14世紀の東ローマ帝国皇帝の次のような言葉を引用した。「ムハンマドがもたらしたものは邪悪さと非人間性だけだ。剣によって己の信仰を広めようと命じているのだ」これは同皇帝がイスラム教の創始者である預言者ムハンマド(Mohammed)について述べた、歴史的に有名な言葉である。』
http://www.afpbb.com/article/902286
http://www.afpbb.com/article/927294
FACTA 10月号(p52−55)
http://facta.co.jp/backnumbers/note/200610.shtml
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20060929/mcafe.htm
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/061019.htm
http://kiyotani.at.webry.info/200612/article_3.html
東日本の縫製工場、イスラム教徒研修生に「礼拝禁止」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061204-00000505-yom-soci
http://www.cismor.jp/jp/comments/061012.html
『問題は、イスラームにおける「暴力」について語りながら、キリスト教における「暴力」については、まったく触れていないところにある。十字軍やアメリカの戦争の歴史を見ても明らかなように、キリスト教の歴史においても「暴力」とキリスト教信仰は深く結びついていた。』
『ギリシア哲学をはじめ、膨大な「理性」の遺産をヨーロッパに伝えていたスペインの中世イスラーム世界は、まさに「理性と信仰」の融合の実例であったのではないか。』
『教皇はキリスト教の歴史における「暴力」について触れなかったのと同様に、イスラームの歴史における「信仰と理性」の融合の実例については、一切触れてはいない。』
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070130-02-0401.html
『イスラエル政府はアフマディネジャード・イラン大統領の性格分析を行なったが、同大統領はハルマゲドン(世界最終戦争)を本気で信じ、殉教者(シャヒード)が天国で永遠の生命を得ることも額面通りに信じているという結果が出た。05年10月26日にアフマディネジャード大統領が「イスラエルは地図上から抹消されなければならない」と述べたが、これは本気の公約で、ヒズボラの越境攻撃はその延長線上にある。』