2006年04月26日

「一神教」で分裂する地球に、ホトケの御心が輝くとき

イギリスにいる韓国の人と茶飲み話をしていたら、宗教の話になった。イギリス国教会に通っているキリスト教徒だが、仏教は嫌いだというので、どうして嫌いなのかを訊いてみると、「頭を地面に擦りつけるようにして、お祈りをするのがイヤ」なのだという。

uumin3の日記:「跪礼」(2006/4/23)
 跪礼が日本文化に定着していなかった理由はさまざまあろうとは思いますが、以前から気になる一節が日本書紀にはありまして、これは天武帝の勅として語られるものです。
 日本書紀 巻第二十九
 天武天皇十一年九月(682年)
 九月の辛卯の朔壬辰に、勅したまはく、
  「今より以後、跪礼、匍匐礼、並に止めよ。更に難波朝庭の立礼を用ゐよ」と
 のたまふ。(※難波朝庭…孝徳天皇の朝廷)

「跪礼(きれい)」は、両手両膝を地面につけての礼拝、「匍匐礼(ほふくれい)」は、同じカッコウで軍隊の「匍匐(ほふく)前進!」をする礼拝。これを禁止して、唐風の起立礼(=お辞儀)にしましょう、という政令である。

天武天皇は「反百済」のクーデター政権だが、いままでの「九州王朝=倭」の風習と決別するために、この「土下座礼拝」を禁止したのだろうか。清朝や満州国では「三跪九叩頭」があったが、朝鮮半島では現代もこの風習が残っているようだ。(写真は、WTO総会に抗議する韓国の団体。2005年12月の香港)

朝鮮半島の女性たちは「片足立て膝」という座り方をするが、中世の西日本でも、この風習が残っていたという。野村雅一 『しぐさの世界―身体表現の民族学』(NHKブックス 1983)にその話が載っているらしいが、イギリスからは手に入らないので、興味のある方はどうぞ。

さて、先の韓国の人の話だが、「土下座は嫌いだから仏教は嫌い、キリスト教はすばらしい!」というので、少し鼻を折ってやろうと思い、私は「仏教もキリスト教と同じで、一神教なんですよ」という話を始めた。

「キリスト教は、唯一絶対の神といいますけどね、大天使とか守護エンゼルとかいるじゃないですか。これは仏教も同じで、弥勒菩薩やら観音菩薩やら、やたらとホトケ様がたくさんあるように見えて、中心にあるのは『宇宙の法』で、これが絶対神に相当するんですよ・・・」

と説明したが、まったく聞く耳を持たないようなので、途中でやめることにした。

一神教は自己主張が強い。人の心の中にズカズカと入り込んできて、全面的な帰依を要求する。「神は私生活も見ている」とかいって、公安や秘密警察まで送り込んでくる。一神教の神さまに惚れ込んで、参りましたと“無防備都市宣言”をする人もいるが、人さまに対しても「無防備はすばらしい、あんたも無防備になりなさい」と押しつける困ったさんもいる。

押しつけといえば、キリスト教には「黄金律」というのがあって、私は「Do to others as you would be done by.」で覚えたが、聖書のバージョンによって表現はさまざまである。

◆ルカ福音書6:31 (聖書検索はこちら)
  • Treat others the same way you want them to treat you.
  • Just as you want others to do for you, do the same for them.
  • And as you wish that others would do to you, do so to them.
  • And just as you want men to do to you, you also do to them likewise.

  • 自分だったら「こうされたい」と思うことを、人にもやってあげなさい、である。一方、これに対応する仏教の「黄金律」は、「自分がされてイヤなことは、人にもしちゃダメだよ」である。

    1) 私はAをされると気持ちいいから、人にもAをやってあげよ〜うっと。
    2) 私はBをされるのはイヤだから、人にもBをするのはやめよ〜うっと。

    「黄金律」というからには、キリスト教的な「利他愛」と、仏教的な「慎み」の両方をカバーしたいところだ。願望達成法にも似たような話があって、「自分がやりたいことを全部書き出す」ことがよく奨められているが、これを裏返しにして「自分がやりたくないことを全部書き出す」から始めたほうが、心が整理されていくこともある。

    仏教で冷たいなーと思うことは、「成仏の輪廻転生ゲーム」というやつである。自分が成仏すると、サッサと「あがり」となってしまうので、この世に来るのは未熟者ばかりである。成仏したセンセたちの教職員組合はどうなっているのだろうか。あるスピリチュアリズムの教えでは、地球は劣等生ばかりが集まる、全宇宙で最低レベルの星ということなっているようだが・・・・。

    これではいけない、ということで、『法華経』では「久遠実成(くおんじつじょう)」のホトケが登場している。お釈迦様は、自分だけが悟って、サッサと天上界にいった非情な人じゃありませんよ、とっくの昔に悟っていたのに、何度も転生して、教えを説いているんですよ、という話。何度でもこの世にあらわれて、地球上の全ての人が「成仏」するまで、辛抱強く教えを説く。もはやブッダという個人の枠を超えて、「宇宙の慈悲」としての一神教である。

    佐藤弘夫 『偽書の精神史』(講談社選書メチエ) p24
    日蓮は久遠実成の釈迦を、キリスト教やイスラム教の神のような絶対的存在として実体現した。その上でこの経文を拠り所として、虚空会で釈迦で地涌の菩薩に授けたという法が『法華経』の題目であると解釈した。さらにその弘通(ぐずう:教えを広めること)を委託された地涌の菩薩とは、日蓮とその一門にほかならないとした。

    その意味で、この「久遠実成」を説く日蓮宗系は、仏教の中でもとりわけ一神教的なのである。一神教であるがゆえに、排他的かつ強権的であり、その結果引き起こした昭和ファシズムの反省と総括は、知らんぷりをしている。

    戦前の神道系の日本原理主義が「天皇万歳」の一神教であったと考える人がいるかもしれないが、教派神道の中心にいた大本教は「万教同根」を主張する国際協調主義であり、大アジア主義である。「現人神」の天皇を利用したのは、むしろ狂信的な日蓮主義者ではなかったか。

    本村凌二 『多神教と一神教』(岩波新書 2005) p214
    たとえば、前216年、ローマ軍はハンニバルの率いるカルタゴ軍に大敗北を喫した。いわゆるカンナエの戦いであるが、その死者数を上回る戦闘は第1次世界大戦までなかったといわれるほどである。このときローマ人はかかる大敗北の原因として自分たちがあがめるべき神への崇拝を怠ったからではないかと自問する。地中海世界で広く霊験さらたかと信じられていた巫女シビュラの予言にうかがいを立てると、それは小アジアのキュベレ女神であるという。このようにしてキュベレ女神の聖石は大母神としてローマの都に迎えられ、その祭礼の跡は今日でもパラティヌス丘に残されている。

    最近ぼんやり考えていることだが、戦前の日本が「崇めるべき神」とは、何だったのだろうか。それは、多極主義の大本教と、知行合一の陽明学ではなかったか。大本教の神殿をダイナマイトで吹っ飛ばしたことで日本の「霊力」が弱ってしまった。陽明学派が十分に育たなかったため、日蓮宗の暴走(=皇道派)と国際財閥による浸食(=統制派)を食い止める、理性的な行動集団が不在になってしまった・・・・。

    それはさておき、上記の『多神教と一神教』という本では、「表音文字」の導入が「一神教」が広まる要因の1つではないか、と考察しているので興味深い。「表音文字」とはアルファベットのような文字であり、一方その対極にあるのが「絵文字」としての漢字である。日本は「表音文字と絵文字の混合」であり「神仏習合」である。

    表音文字が導入されるとどうなるか。

  • 「最小の原理」で「万象」(あらゆるコトバ)を目指す志向
  • 多くの人が学習可能になり、文字は「神聖」から「世俗」へと移行
  • カタログ的な多様性と混沌を毛嫌いする思考
  • 「文字依存症」が起こり「記憶力」「イメージ力」の減退

    といった「表音文字」効果が表れてくる。その意味で、一神教の拡大とは、「神聖の体験」を「脳内のコトバ」に置き換えてしまう人たちの増加であり、文字の記録力に頼って、神々のささやきを聴く力を喪失していく信仰なのかもしれない。

    ■■■■■■卍■■■■■■  

    今日、キリスト教とイスラム教という2大「一神教」が、世界の人口の半分を覆っている。この2つの宗教を調停できるのは、「ゆるい一神教」としての仏教ではなかろうか。

    中共の侵略によって、チベット仏教の寺院はほとんどすべて破壊された。誠に不幸な事件ではあるが、その一方で、ダライラマは世界中を駆けめぐり、その非暴力と非報復の精神を全世界に訴え続けている。国を失いながらも信仰を守る続ける姿に、2000年前の過去とダブらせるユダヤ教徒たちとの間に、共感と連帯が生まれている。

    また、ダライラマが最初にインドを訪れた年(1956年)に、奇しくも不可触民の社会運動家アンベードカルが、50万人の同胞を引き連れて、仏教に改宗している。その後、ダライラマはインドに亡命し、アンベードカルが起こした「新仏教」は燎原の火のごとくインドに広がっている。

    この2つ仏教は、水と油のような存在だ。一方は「輪廻転生」と「シャーマニズム」を全世界に知らしめ、もう一方は「現世の救済」と「理性の改革運動」でインド社会を根底から揺さぶっている。だが、いずれこの2つは、協働して1つの流れに合流していくのではないか。

    これに加えて、「日本的霊性」と「森の思想」の影響を受け、「漢字とひらがな」で育った日本の仏教界が連なっている。世界に対して、何ができるか、わがニッポン。
  • posted by ヒロさん at 10:55 | Comment(22) | TrackBack(1) | 神話・宗教・民俗学
    この記事へのコメント
    TITLE: 生命主義も…
    たいへん面白く記事を読ませていただきました。まあ歴史の謎がすぐなくなるわけもありませんし、無くなっては却って面白くありませんので、謎を謎のまま考えていくのが楽しいということでしょうか。
    さて戦前の日本の思潮に関してですが、そこに「生命主義」の流れというものも置いて考えると興味深いと思います。鈴木貞美氏の『「生命」で読む日本近代』(NHKブックス)はお読みになりましたか?無類に面白かったです。まだでしたらぜひ…
    Posted by uumin3 at 2006年04月26日 12:04
    TITLE: 「『絶対正義』についての研究」Bokujin
    http://homepage2.nifty.com/Bokujin/ronbun/ronbun003.htm
    Posted by えの at 2006年04月26日 12:48
    TITLE: ハナシはちまいますが、
    『タイムズ』の記者からケンカ売られたブロガーさんです(↓

    今日の覚書、集めてみました
    ばーか!うるせーんだよ!との事@タイムス
    http://blog.goo.ne.jp/kitaryunosuke/e/9d0fef062128f3a7ebd16dd2541e1e90

    元ネタ(↓

    Times Online- Comment -
    Where does The Times keep its private parts? Well, look no further . . . http://www.timesonline.co.uk/article/0,,6-2150129,00.html
    Posted by truly_false at 2006年04月26日 12:49
    TITLE: まぁ一神教というより・・・
    。。。どの思想でも原理主義者はいるもんで。
    キリスト教がすべてそうだとするならその視点もまた、
    鏡のように一神教的なわけでございますよ。
    単純化は危険ですだ。
    Posted by あんとに庵 at 2006年04月26日 19:11
    TITLE: >uumin3さん
    『「生命」で読む日本近代』(NHKブックス)を買ってみようと意気込みましたが、これも中古市場でしか手に入らず、残念。財力もなし、本を置くスペースもなしの私が、イギリスで「本読み知的生活」をするのは、まあ、最初から無理なのですが・・・。でもいつか読んでみたい本です。ご紹介ありがとうございます。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年04月26日 19:15
    TITLE: >antonianさん
    「どの思想でも原理主義者はいる」と言われる、その「原理主義」の原点が、やはり一神教的思考にあると思うわけですよ、私は。大多数のクリスチャンの場合は、神学論争を長年やって、しかも世俗化が進んでいるので「多神教的な多用な見方」がとれると思うのですが。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年04月26日 19:28
    TITLE: 原理主義の原点
    http://homepage2.nifty.com/Bokujin/ronbun/ronbun003.htm

    えのさん紹介の「論文」は、「絶対主義」を以下のように分類しています。

    A:一神教信者(キリスト教・ユダヤ教・イスラム教)
    B:思想系(左翼・右翼など)

    B1:狂信者
    B2:理想主義者
    B3:相対主義者

    B31:ニヒリスト(虚無主義者)
    B32:オポチュニスト(ご都合主義者)

    《『絶対正義』信者の原型とも言えるこのタイプの人にとって最も重要なのは、自分を見ている『神の視線』です。「全知全能の神様が何時でも何処でも貴方を見ていますよ。貴方が他人に見つからない悪事を働いても神様はお見通しです。だから何時いかなる時も神様の命に背くことをしてはいけません。」だいたいこのような感じです。そして神様の命は、神の代弁者たるモーゼ・キリスト・マホメッド等の預言者、その後継者たる司祭が伝えます。

    この思想は元来はこの神の視線を意識させる為のものでしょう。神様が何時も見ているとすれば悪事は全てばれているものなので、悪事を行うことは出来ません。この考えによって人は自分の行動を正すことが出来ます。これで誰が見ても信用がおける立派な人物になれる。元来は自分を高めるための思想です。

    問題はこの考えで他人を見る場合。相手を見ている『神の視線』を見て判断しようとしますから、ある意味全く相手を見ていません。「自分の神の命に背いているから悪だ。」と普通に見てしまいます。宗教がらみの対立が泥沼化する原因はこれです。互いに別の『神の視線』を見て相手を見てないから、歩み寄りようが無くなります。 》
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年04月26日 19:37
    TITLE: それは違う
    「多神教的な多元主義である原理主義」というのも存在するんですよ。
    無意識化し過ぎているから気付かないだけで。
    マイノリティになってみればよく判ることしょう。
    ここでの文脈は既に原理化した思想を孕んでいる。対立構造として見ているという点で。
    それ故にここでの論の、その自己撞着への危険性は持っておいた方がいいと思いますですよ。
    Posted by あんとに庵 at 2006年04月26日 19:42
    TITLE: やっぱり違わないかも
    えのさん紹介の論文は、すごい長文ですが、おもしろいですよ。ただし、「歴史解釈」と「絶対主義」という切り口です。上記の引用は、特にあんとに庵さんへの反論としてもってきたわけでありませんので、あまり説得力がなかったかも、ですね。この論文はじっくり読んで、別エントリでまとめてみたいと思います。

    「原理主義」をどういう意味で使うのか、もう少し私も考えてみたいところです。ヒンズー教のような多神教的な「原理主義」も当然あります。「教条主義」や「教典主義」というのもあります。あんとに庵さんのいう「危険」とは、「一神教を信仰する→→原理主義に陥りやすくなる」と解釈する危険のことでしょうか? 私の考えでは、現在、一神教を信仰していない人にも、歴史的な積み重ねとして(ユング的な集合意識として)教条主義・原理主義があって、その原点はやはり一神教的思考であり、教典主義であり、文字を扱った結果ではないのかなぁ、ということです。

    一神教の成立と発展は、もちろん戦争、民族の抑圧、それに対するルサンチマンとしての神・・・・というような民族対立から説明したりもありでしょうが、文字と一神教という関連に注目しておりますよ。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年04月26日 20:26
    TITLE: アースデイ
    初投稿です。
    今年のアースデイ東京のオープニングセレモニーは
    「イスラム者の祈り、キリスト者の祈り、仏教者の祈り。
    最後に三者が共に、地球と地球上全てのいのちの平安、
    共生のための祈りを持ちます。」
    というものでした。
    http://www.earthday-tokyo.org/2006/event/index.php?c=2
    http://ameblo.jp/earthday2006/entry-10011676496.html
    もちろん、所謂正統派同士が集うわけもなく、セクト感はありました。
    イスラム教の人については紹介を半ば聞き逃してしまったのですが、大物らしいです。
    キリスト教の人は、灯台(物見の塔=エホバの証人)から、
    仏教の人は、日本山妙法寺(日蓮宗系)から、といった具合です。
    宗派にこだわらず平和や共生のために祈るというのは、とても精神性が高いと思います。
    しかしまた、宗派にこだわって命を賭けるのも宗教的だとは思います。ので難しい。
    Posted by ava ho at 2006年04月26日 20:27
    TITLE: 「再生と循環の文明」
    日本のルーツ? 長江文明
    http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog304.html
    『日本の縄文の民は森と海から食物を得て、自然との共生を大切にする文明を持っていた。そこにやってきた長江の民も、稲を栽培し魚を捕る稲作漁撈民であった。両者ともに自然との共生を原則とする「再生と循環の文明」であった。
    この両者の出会いは「幸福な邂逅」と言うべきだろう。』

    『(仮題)天皇の遺伝子 』蔵琢也(同志社大学ITEC研究員、京都大学理学部教務補佐)
    http://ethol.zool.kyoto-u.ac.jp/kura/JapanEemp/content.htm
    『約半々であった縄文人と弥生人
    しかし、多様化した年代が新しいY染色体は違った。縄文系と渡来系が、だいたいはっきり別れたのである(図3.2)。そして、縄文人由来のY染色体と渡来人のY染色体の比率は、だいたい半々であった。これは意外である。』
    Posted by えの at 2006年04月26日 21:24
    TITLE: 縄文宗教
    『縄文人の祈りについて』下野博
    http://www5.ocn.ne.jp/~vorges/sub6.html
    『死体化生型神話 南太平洋の作物起源神話とその観念』安住陽子
    http://www2.dwc.doshisha.ac.jp/agoto/sp_index.files/text_files/v2_azumi_yoko.htm
    『あの世は縄文時代どこにあったのか』永井俊哉
    http://www.nagaitosiya.com/a/afterlife.html
    『東山道:もうひとつの「国譲り」』三宅善信
    http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-86.htm
    縄文時代につながる諏訪の神様
    http://www.ne.jp/asahi/rekisi-neko/index/moriya.html
    Posted by えの at 2006年04月27日 00:59
    Posted by えの at 2006年04月27日 18:57
    TITLE: なるほど日本人の愛するホトケは心が広いわけだ…
    えのさん

    遺伝子分布って調べると面白いですね。
    日本人が、世界各地から移住してきた様子が目に浮かぶようです。
    チベット人と日本人に特徴的な(一見外見が似ている北中国人や韓国人には非常に少ない)YAP+遺伝子が話題になったことがありますが、私たちの先祖は一体どこから日本列島へやって来たんでしょうね?マレー系に特徴的な遺伝子や、中央アジアに特徴的な遺伝子や、中国大陸奥地のチベット人に特徴的な遺伝子など…自称(ほぼ)単一民族国家のクセに何故こんなにバランスよく存在しているんだ、と感心します。
    Posted by stranger at 2006年04月29日 16:33
    TITLE: 呉の太伯の後裔
    http://kamnavi.jp/ny/nyutu.htm
    『周の王子であった太伯は、聖人の資質を持つ末弟に王位を譲るべく自ら南方の地に去り、文身断髪して後継ぎの意志のないことを示した。太伯は自ら勾呉と号し、呉の太伯と呼ばれた。なお倭は自らを呉の太伯の後裔と信じていた。』

    周王室(姫姓)は姜族と古くから通婚の関係にありました。姜族は羌族の一派ともいわれる。
    http://home.t02.itscom.net/izn/inn02.html
    『羌
     古代、青海を中心に中国西北辺で活動したチベット系遊牧民。姫周の文王・武王を扶けて滅商に大きく貢献した姜族は羌族の一派ともいわれるが、詳細は不明。漢代には一括して西羌と呼ばれた。』
    Posted by えの at 2006年04月30日 01:27
    TITLE: 羌族
    チャン(羌)族
    http://www.allchinainfo.com/ethnic/jiang.html
    ぺー(白)族
    http://www.allchinainfo.com/ethnic/bai.html
    『ペー族は、古代羌人を祖先に持つ。蒼山・アルカイ湖遺跡、海門口遺跡によって、新石器時代以前からアルカイ湖地区で生活していたことが明らかになっている。』
    ナシ(纳西)族
    http://www.allchinainfo.com/ethnic/naxi.html
    『長い歴史をもつ民族の一つで、南へ移住した古代羌族の一派。』
    チベット(藏)族
    http://www.allchinainfo.com/ethnic/zang.html
    『羌人の遊牧民の集落は150余りに達し、青蔵高原西部の辺境に分散していて、そのなかの発羌、唐羌などの集落は、中原から遠く離れた析支河西部の水源一帯であり、古代の西羌人がチベット族の祖先であろうと考えられている。』
    Posted by えの at 2006年04月30日 08:02
    TITLE: 呉の太伯の子孫
    えのさん

    呉の太伯には子供がいなかったようですし、当時呉人が「太伯の子孫」と称していたようですので、太伯の後裔というのは「周王朝に連なる」というよりも「呉の出身」ということではないでしょうか?
    太伯の後裔=呉人=倭人(?)のように思います。

    となると、チベット系はどこから日本に来たんでしょうね?
    南に下ったチベット系の人々が日本に来たんでしょうか?
    Posted by stranger at 2006年04月30日 18:06
    TITLE: 呉太伯
    史記 卷三十一 呉太伯世家 第一
    http://www001.upp.so-net.ne.jp/dassai/shiki/shiki_gotaihaku01.htm
    『荊蠻之を義とし、從いて歸するや千餘家。立てて呉の太伯と爲す。』
    周のお家騒動で千家族以上が呉に政治亡命した。周の支配階級は羌族が多かったのでその遺伝子が呉の支配階級に入った。

    「安曇族」のあらすじ
    http://www2.odn.ne.jp/~nov.hechima/contents.html
    「『魏志・倭人伝』や『晋書』『梁書』など中国史書にある倭人は入墨などの習俗から会稽地方(現在の浙江省から江蘇省)と共通している。またAD57年に洛陽へ行った奴国の使者は呉の祖といわれている太伯の後裔と述べたと記述されている。」
    Posted by えの at 2006年05月03日 23:04
    TITLE: 千餘家
    えのさん

    >從いて歸するや千餘家。

    周王朝の支配階級がゾロゾロと呉に亡命し後に彼らの子孫が日本へ亡命したとする説は、残念ながら中国でも日本でもあまり注目されていませんね。
    あえて注目しないようにしているのか、もともと注目に値しないのかは分かりません。
    古代倭人が「太伯の後裔」と自称したり、「大夫」自称した事をもって、「蛮族(倭人)の見栄っ張り」と一笑に付す中国人が非常に多い事は事実です。
    思うに、「未開の倭奴が名門の出身であるわけがない」という決め付けもあると思います。
    徐福がすなわち神武天皇であり、未開の蛮人(倭人)に鉄器の製造と進んだ稲作技術を伝えたとする説が一般人の中国人の間で高い気を博しているのとは好対照であると思います。
    Posted by stranger at 2006年05月04日 09:35
    TITLE: YAP+
    Y chromosome polymorphisms indicate an ancient migration from the Himalayas to Japan

    http://hgm2002.hgu.mrc.ac.uk/Abstracts/Publish/WorkshopPosters/WorkshopPoster11/hgm0584.htm

    >Tibetans are the most diversified population and have the haplotype ancestral to those in Japan.

    色んなところから人間が来ていますわ。
    文化と宗教と言語の坩堝がすなわち日本だとも言えるでしょう…
    Posted by stranger at 2006年05月05日 10:21
    TITLE: 呉太伯の末裔説と日本人の宗教
    http://www.rekishikaido.gr.jp/time-trip/gengo/cha/01ise.htm

    (超訳すると大体こういう事が書かれています。)

    例えば、天皇の行う大嘗祭であるが、これは稲作に関係する儀式である。
    『古事記』にも『日本書紀』にも、実に沢山の稲に関する神話が登場する。
    稲作の発祥地としては、近年では、長江中・下流域が注目されており、これらの地では、6〜7千年前の稲作に関する遺跡が見つかっている。
    およそ3千年前に、寒冷化によって、中国の北方にいた民族が南下を始め、南方の農耕社会に進出して行った。南方民族の一部は、ボートピープルとなって日本に到達したと考えられる。
    紀元前3世紀頃に、水稲栽培と鉄器文化とそれに伴う太陽や鳥に関する神話が日本にもたらされた。
    神話と信仰は密接に関係する。日本人は稲を育て、米を主食としている。


    呉の地域はまさに大稲作地帯でした。
    その地からボートピープルとなって列島に渡って来た者は多かったでしょう。
    この文章では、呉や越の地域と日本の皇室とのつながりを暗示しているようです。
    ただし、チベット系の事は分かりません。
    Posted by stranger at 2006年05月05日 22:56
    TITLE: Taibo of Wu
    実は、Taibo of Wu(呉の太伯)は海外でも有名人であったりします。

    http://www.reference.com/browse/wiki/Kingdom_of_Wu

    >History books do have records of Wu Taibo sending 4000 males and 4000 females to Japan.

    4千人の男性と4千人の女性を率いて日本に渡った、としていますが、何の歴史書でしょうか?どうも徐福伝説とゴッチャになっているような気がしますが(誰か教えてください;)、とにかく呉太伯は有名人です。
    呉太伯の他にも、呉音や呉服、稲作は勿論ですが、日本人の信仰とからめてこの地域を紹介する文章は、けっこうヒットします。(英語、中国語)
    確かに、稲、太陽、鳥、舟、しめ縄、道教の影響等々…日本人の信仰は「南方」的要素が非常に濃厚です。これらが、日常生活をはじめあちこちに影響を与えているので、日本の仏教は極めて特殊な仏教になっているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
    Posted by stranger at 2006年05月06日 08:05
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