◆西尾幹二のインターネット日録:「怪メール事件(四)八木秀次氏の犯罪の可能性を立証」(2006/4/19)
11月と1月の理事会で私は私が「四人組」と名づけた固い団結の分派活動に、異質の政治性を見た。会を呑み込まんとする陰険なネットワークの暗い闇を感じた。「四人組」とは新田均皇學館大学教授、内田智弁護士、勝岡寛治明星大学職員、松浦光修皇學館大学助教授であり、それに宮崎正治前事務局長がからむ。彼らは昭和44年5月発足の全国学生連絡協議会という早大を中心とした右派系学生運動の一団につながる。
文化大革命の「四人組」(江青、張春橋、王洪文、姚文元)になぞらえられたのは、以下の4人。
これに加えて、紛争が表面化する引き金となったのが、宮崎正治(つくる会前事務局長)だ。さしずめ彼は、文化大革命の黒幕として知られる「康生」か。
◆ソース同上
彼らの目的は歴史教科書ではない。政治的支配権そのものが狙いだ。そして、新田氏の早大大学院政治学科の後輩である八木秀次氏は会長である立場を忘れ、昨年10月頃から事実上このグループの一員となって行動している。
「四人組」は私に言わせれば「つくる会」の一角に取り憑いたガン細胞のようなものであって、放って置けばどんどん増殖するだろう。新しい理事として昔の組織の仲間を多数入れて、やがて八木氏も追い払ってしまうかもしれない。思い切って切除し、今のうちに強権で排除するか、それができなければ会そのものをスクラップにするしか、増殖を阻む手はない。Scrap and build againである。
「四人組」は私に言わせれば「つくる会」の一角に取り憑いたガン細胞のようなものであって、放って置けばどんどん増殖するだろう。新しい理事として昔の組織の仲間を多数入れて、やがて八木氏も追い払ってしまうかもしれない。思い切って切除し、今のうちに強権で排除するか、それができなければ会そのものをスクラップにするしか、増殖を阻む手はない。Scrap and build againである。
一連の暴露記事で、西尾幹二は歯に衣を着せず、「ガン細胞」というコトバすら出てくる。上記のエントリのコメントには、「4人組+α」をさらに詳しく分析した投稿も出ていた。西尾幹二によれば、投稿者は「著作もある若い思想家」で、「背景の諸事情によく通じている人」であるという。
◆ソース同上 (投稿者:ストーンヘッジ 2006/4/20 22:45)
今回明らかになったつくる会の問題は、実はつくる会内部の問題だけではありません。もっと大きな保守界全体の問題であるということをまず指摘しておきたいと思います。まだこのブログ、ならびにインターネットの掲示板などでも指摘されていない重大な事実があります。それは、「なぜ宮崎正治事務局長を解任しようとしただけで、4人組(松浦光修、勝岡寛次、内田智、新田均)が反対したのか」というところに最大の鍵があるということです。<中略>
まず、西尾先生がお書きになられているように、昭和44年の全学協というものが発足したとあります。しかし、そのさらに3年前に通称、生学連、生長の家学生連盟という組織が作られていた事実に目を向けなくてはなりません。生学連とは宗教団体である生長の家の学生組織です。保守系の学生運動では強い力を保持していた団体でありました。その中心的人物が日本会議事務総長の椛島有三であり、日本政策研究センターの伊藤哲夫であり、今回辞任に追い込まれた宮崎正治つくる会事務局長だったのです。
また、あの4人組のうち3人は早稲田大学出身です。しかも3人とも同じサークルに属しており、そのサークルこそが早稲田大学ニューソート研究会というサークルだったのです。ニューソートとは生長の家の教えのことです。この組織は谷口雅春を教祖と仰ぎ、その思想を実践し、学生をオルグする集団です。生学連のトップだったのが長崎大学教育学部出身の日本会議事務総長の椛島でした。ちなみに、長崎大学は現在でも生長の家系のサークルが学生自治会を乗っ取っているという全国でも珍しい大学であります。大学自治会のほとんどは左翼に乗っ取られています。長崎大学教育学部自治会だけは生長の家のサークルが持っています。
まず、西尾先生がお書きになられているように、昭和44年の全学協というものが発足したとあります。しかし、そのさらに3年前に通称、生学連、生長の家学生連盟という組織が作られていた事実に目を向けなくてはなりません。生学連とは宗教団体である生長の家の学生組織です。保守系の学生運動では強い力を保持していた団体でありました。その中心的人物が日本会議事務総長の椛島有三であり、日本政策研究センターの伊藤哲夫であり、今回辞任に追い込まれた宮崎正治つくる会事務局長だったのです。
また、あの4人組のうち3人は早稲田大学出身です。しかも3人とも同じサークルに属しており、そのサークルこそが早稲田大学ニューソート研究会というサークルだったのです。ニューソートとは生長の家の教えのことです。この組織は谷口雅春を教祖と仰ぎ、その思想を実践し、学生をオルグする集団です。生学連のトップだったのが長崎大学教育学部出身の日本会議事務総長の椛島でした。ちなみに、長崎大学は現在でも生長の家系のサークルが学生自治会を乗っ取っているという全国でも珍しい大学であります。大学自治会のほとんどは左翼に乗っ取られています。長崎大学教育学部自治会だけは生長の家のサークルが持っています。
個人的には、生長の家の「ニューソート(New Thought=新思考)」には好意的な印象をもっている。「思ったことは実現する」「この世の事象は、すべて潜在意識の表れ」のように考えるグループで、渡部昇一がペンネーム「大島淳一」で長年紹介してきたジョセフ・マーフィーも、これに分類される。
◆ソース同上
この生長の家系保守派学生運動の一連の流れの中で大きな力を持っていたのが早稲田大学、九州大学、長崎大学の3校でした。そのうちの早稲田大学出身なのが勝岡寛次、内田智、新田均です。新田均と内田智は同学年、一つ上の学年なのが勝岡寛次に当たります。彼らの運動方針に「生学連の会員は、谷口哲学と生学連運動方針に対し絶対の忠誠を誓う誓約者でなければならない」いうものがあります。さらに、「生長の家の教えを理論化するのが教育学だ」と説くのがあの高橋史朗です。高橋史朗は今回辞任した宮崎正治事務局長の早稲田大学時代の後輩に当たり、つくる会の内部においても宮崎事務局長は高橋史朗を「高橋君」と呼んでいたのはその所以である。<中略>
さらに言うと、生学連が大きく発展してできた組織が日本青年協議会です。30周年を迎えた団体であり、この日本青年協議会が日本会議を実質的に動かしています。その証拠に日本会議と日本青年協議会の住所を見比べると、同じマンションの同じ階になっています。そのことからも察して頂けると思います。
従って、生学連のトップを務めていた椛島事務総長が日本会議を仕切り、生学連の流れを組む日本青年協議会が日本会議を仕切っているとあっては、今回の一連の行動は幕屋云々や他の宗教団体などという問題では全くありません。これはあくまで生長の家の問題なのです。彼らの意識の中では当初からつくる会よりも日本会議、さらにそれを動かしている日本青年協議会こそ第一に置く見方をしていたのです。彼らは「日本会議を動かしているのは我々日本青年協議会である」という意識を常に抱いて行動しています。その日本青年協議会のあくまで「出先機関」としてつくる会を考えていたわけです。彼らの一人が言ったセリフで「つくる会の執行部に西尾と藤岡を据えているのは客寄せパンダになるからだ。私たちが実質的につくる会を動かしているんだ」と言っているのを聞いたことがあります。
つまり、今回の宮崎正治の辞任問題に関して言えば、いわば「出先機関の客寄せパンダごときが本部のお目付け役をクビにするなどとはどういうことか!」というのが今回の真相なわけです。ですからつくる会は、初めのうちは心ある知識人の「日本の歴史教科書を良くしよう」という心から始まった活動だったのが、知らず知らずのうちに生長の家グループの組織構造の中に投げ込まれていったというのが真相であります。
さらに言うと、生学連が大きく発展してできた組織が日本青年協議会です。30周年を迎えた団体であり、この日本青年協議会が日本会議を実質的に動かしています。その証拠に日本会議と日本青年協議会の住所を見比べると、同じマンションの同じ階になっています。そのことからも察して頂けると思います。
従って、生学連のトップを務めていた椛島事務総長が日本会議を仕切り、生学連の流れを組む日本青年協議会が日本会議を仕切っているとあっては、今回の一連の行動は幕屋云々や他の宗教団体などという問題では全くありません。これはあくまで生長の家の問題なのです。彼らの意識の中では当初からつくる会よりも日本会議、さらにそれを動かしている日本青年協議会こそ第一に置く見方をしていたのです。彼らは「日本会議を動かしているのは我々日本青年協議会である」という意識を常に抱いて行動しています。その日本青年協議会のあくまで「出先機関」としてつくる会を考えていたわけです。彼らの一人が言ったセリフで「つくる会の執行部に西尾と藤岡を据えているのは客寄せパンダになるからだ。私たちが実質的につくる会を動かしているんだ」と言っているのを聞いたことがあります。
つまり、今回の宮崎正治の辞任問題に関して言えば、いわば「出先機関の客寄せパンダごときが本部のお目付け役をクビにするなどとはどういうことか!」というのが今回の真相なわけです。ですからつくる会は、初めのうちは心ある知識人の「日本の歴史教科書を良くしよう」という心から始まった活動だったのが、知らず知らずのうちに生長の家グループの組織構造の中に投げ込まれていったというのが真相であります。
この件は、私も「つくる会」と「日本会議」を支える、宗教団体の顔ぶれを書いたときから、気になっているものである。
◆ソース同上
生長の家がなぜ危険なのかと言いますと、いわば一種のカルト的要素を保持しているというところです。戦前の八紘一宇の精神をさらに突き詰めて、「天皇国日本の下に全てを従える」という独善的な発想があるのです。そのことを指摘しておかなければならないと思います。<中略>
なお、現在は生長の家本体と日本青年協議会や日本会議との関係は非常に弱くなっています。その背景には谷口雅春の死去後に教団を継いだ2代目と3代目が左翼的思想の持ち主であり、谷口雅春の本を次々に廃刊に追い込んでいるという事実があります。いわば谷口雅春的な右派から政治色を除いた純宗教的な左翼的宗教になっているのです。そのあたりの確執から生学連は生長の家という名前を捨て、日本青年協議会あるいは日本会議という組織に生れ変わり未だに保守界の中で活動しているのです。
なお、現在は生長の家本体と日本青年協議会や日本会議との関係は非常に弱くなっています。その背景には谷口雅春の死去後に教団を継いだ2代目と3代目が左翼的思想の持ち主であり、谷口雅春の本を次々に廃刊に追い込んでいるという事実があります。いわば谷口雅春的な右派から政治色を除いた純宗教的な左翼的宗教になっているのです。そのあたりの確執から生学連は生長の家という名前を捨て、日本青年協議会あるいは日本会議という組織に生れ変わり未だに保守界の中で活動しているのです。
生長の家の2代目は、「天皇教」をやめて、むしろ「左翼」に転向してしまっている。
◆絶版は一出版人として納得できない!
『台湾人と日本精神』の文庫本(小学館)が復刊されるという『産経新聞』(8月3日朝刊)の記事を読み、さっそく書店で買いました。平積みの文庫復刻版を手にしている若者の姿を目にし、「これで多くの人が読むことができる」という安堵感とともに、「なぜ、こんな素晴らしい内容の本を“絶版”にしてしまったのか!」と、改めて日本教文社と生長の家に対し、悲しみと怒りがわき上がってきました。
『産経新聞』の記事によれば、関係者らは「復刊できてホッと」しているとのことだが、これで3月の絶版事件を引き起こした日本教文社と生長の家の責任が回避されるわけではない。今回の復刊実現に力を尽くされた小学館の雑誌「SAPIO」の竹内編集長の「蔡さんは日台の懸け橋としてかけがえのない人。その著書を日本の読者の前から消し去ることは、一出版人として納得できない。」というコメントや、「私の気持ちはまったく変わっていません。国を愛し、先祖を愛し、日台友好のために死ぬまでがんばらせてもらいます」という蔡焜燦氏の談話を読むにつけ、著者の権利を一方的に踏みにじった日本教文社と生長の家の谷口雅宣副総裁の犯した罪は重いと言わざるを得ない。
『産経新聞』の記事によれば、関係者らは「復刊できてホッと」しているとのことだが、これで3月の絶版事件を引き起こした日本教文社と生長の家の責任が回避されるわけではない。今回の復刊実現に力を尽くされた小学館の雑誌「SAPIO」の竹内編集長の「蔡さんは日台の懸け橋としてかけがえのない人。その著書を日本の読者の前から消し去ることは、一出版人として納得できない。」というコメントや、「私の気持ちはまったく変わっていません。国を愛し、先祖を愛し、日台友好のために死ぬまでがんばらせてもらいます」という蔡焜燦氏の談話を読むにつけ、著者の権利を一方的に踏みにじった日本教文社と生長の家の谷口雅宣副総裁の犯した罪は重いと言わざるを得ない。
日本教文社は生長の家の出版社である。台湾語でいう「日本精神(リップンチェンシン)」のことを書いた本だが、出版の準備が順調に進んでいたところが、「政治には関わらない」という2代目さま(=谷口清超)と3代目候補さま(=谷口雅宣)のご意向で、出版が中止されたという事件だ。詳しく知りたい方はこちらへ。
◆生長の家
谷口雅宣先生は祖父・谷口雅春先生の右翼的な主張(明治憲法復興、天皇信仰)を退け教義を現代化する動きを見せており(右翼的な思想を残すことは教団の世界進出にあたり、とくに韓国・中国への布教に対して大きな障害となるため)、これがもとで古株の信者の間では谷口雅春の思想に立ち返る「原理主義」運動が起こり、後継者・谷口雅宣に帰依する者との間で紛争が起きているという・・・。
そこで初代・谷口雅春の原点に戻ろうという強力な復古運動の部隊が「生長の家学生連盟」(生学連)であり、そのトップにいるのが日本会議事務総長の椛島有三や、つくる会元事務局長の宮崎正治ということになる。
問題の「四人組」が属するグループを「カルト」と呼んでいいのかどうかは、議論が分かれるところだが、「つくる会」=「生長の家・天皇崇拝主義」となってしまうのは、さすがにまずいのではないか。
■追加:カルトといえば・・・・
参考までに、日本に淵源を発するものとしては、「幸福の科学」、「霊友会」、「清明教」、「神慈秀明会」、「真光(崇教真光)」などが含まれています。SGIフランスについては、そこに「Soka Gakkai internationale France」と表現されています:
うちは家の宗教(葬式などの時お世話になる様式くらいの意味です)が神道。
仏教にくらべても教えがどーとかあんまり言わないよなくらいにしか思ってなかった。
神道は日本の民族的土着習慣として根付いているものだくらいに思っていましたが
神道系宗教団体というのもいろいろあるのですね。
神道というのは日本の自然風土と共鳴しあって立ち上がってくるようなものくらいにしか思ってなかったのですが
こんなサイトを見つけました。
神道国際学会
http://www.shinto.org/isri/jpn/top.htm
いきなりモスクワ代表部というのがめまいがします。オウムも行ってたね、モスクワ。
>いきなりモスクワ代表部というのがめまいがします。オウムも行ってたね、モスクワ。
そこまで心配することはないでしょう。
日本の「森の思想」は、全世界の環境問題に提言できることですから。
カルトの意味するところは、1)個人崇拝、2)閉鎖的・洗脳的手法、3)社会的な排他性、などでしょう。カルトなら、統一協会や、部落解放同盟のように大問題なグループはたくさんあるわけで、生長の家の「初代・谷口雅春派」や「ニューソート」がカルトということは(たぶん)ない。
つくる会の話でいうと、西尾幹二ブログを見る限りでは、同じ「宗派」の人がいろいろな追い出し工作を仕掛けているわけで、その「宗派」の印象が悪くなってしまったということ。「四人組」の政治的なやり方が、いやらしい「カルト的」である、と言ったほうがいいのかもしれない。
神道フォーラム第7号
http://www.shinto.org/isri/jpn/forum/forum7/hibizakan.htm
『ドイツ国籍で、韓国で造船された貨物船が、どうして、日本の横浜で、しかも神道式の命名式を執行することになったのか、それには、神道国際学会のネットワークが大きな役割をはたしたのである。』
「天照大神」はもとは対馬の漁師の守り神(阿毎氐留神社)であったという説もあるので海の守り神として最適です。
『弥生の土笛と出雲王朝』古田武彦
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kouen4/j4kouen2.html
>そこまで心配することはないでしょう。
>日本の「森の思想」は、全世界の環境問題に提言できることですから。
言われてみるとそうですね。
自然と調和する、というのは外国でもいい方向で活かせる考え方だし。
政治的野心と民族信仰のようなものが野合すると危ないのかもしれない。
政治的野心を持つ側が、そういうものを利用するというかね。
ナチもゲルマン神話やらユングの言ったことをつまみ食いして利用していたから。
>「四人組」の政治的なやり方が、いやらしい「カルト的」である、と言ったほうがいいのかもしれない。
西尾先生の書いてるのを読むと、そんなかんじしますね。つくる会周辺から新たにカルト的な集団ができつつあるように見えます。
なるほど。古神道は「森の思想」で、弥生神道は「海の守り神」と、おおざっぱに理解しておきましょう。
>『弥生の土笛と出雲王朝』古田武彦
>http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kouen4/j4kouen2.html
ご紹介のリンクに柳田國男のフィールドワークの話が載っていますが、彼には2つの弱点があり、1つは「セックス忌避」で、もう1つは「天皇崇拝主義」。そういえば、遠野物語には「性的な話」は載っていないですね。
『日本近代史の中の日本民俗学−柳田国男小論』萬遜樹
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-160.htm
『つまり柳田によって本当に隠されたこととは一体何なのだろうかと問うべきだろう。それは、戦争や植民地を含めた、時代を丸ごと生きた日本人の現実の生活だ。そこにこそ、醜い農民の姿も日常の性という営みもある。柳田そして彼の日本民俗学は「政治」を隠蔽、あるいは忌避したのだ(それが彼の「政治」だ)。』
編箒『熊楠という方法 〜南方熊楠と日本の民俗学を語る〜』
http://www.eel.co.jp/anywhere/archives/2006/04/post_15.html
『南方が熊野の森に宇宙を見出したのに対して、柳田国男は、常民の暮らしのなかで伝承されているものに着目していった。』
南方熊楠
http://www.nanki-town.jp/history/kumagusu.htm
『生物学者でもあった昭和天皇は、熊楠の粘菌研究に興味を持たれていたこともあり、昭和4年(1929年)に南紀行幸が実現しました。天皇が神島に渡る際に乗船した御座船は、現在、白良浜の近くにある熊野三所神社に格納されています。熊楠は神島の林中を案内し、粘菌や海中生物について標本を見せながら説明、更にキャラメルのボール箱に入れた粘菌の標本110種などを献上しました。』
青空文庫『神社合祀に関する意見』南方熊楠
http://www.aozora.gr.jp/cards/000093/files/525.html
千夜千冊『非常民の性民俗』赤松啓介
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1135.html
千夜千冊『死者の書』折口信夫
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0143.html
旧字旧仮名
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/24379_14244.html
新字新仮名
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/4398_14220.html
> http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1135.html
"ウタ喧嘩"
雲南省少数民族の文化 白族(ペー族)の歌垣
http://www.asahi-net.or.jp/~QB2T-OKB/sub3-2.htm
「中国少数民族歌垣調査全記録 1998」工藤隆 岡部隆志
http://www.china.jpn.org/utagaki.htm
世界最大のコンテナ船の命名式/横浜港・大さん橋
http://www.kanalog.jp/news/local/entry_14956.html
フルコンテナ船 KYOTO EXPRESS
http://satoimo99.blog10.fc2.com/blog-entry-706.html
横浜総鎮守 伊勢山皇大神宮
http://www.iseyama.jp/
「安曇族」龜山勝
http://www2.odn.ne.jp/~nov.hechima/book%20cover.html
『その海人の安曇族について調べていくと、彼らは紀元前473年に亡びた呉からの亡命者であり、後から続いて中国大陸から亡命して来る人々を日本列島の水田稲作適地へ入植させ、豊葦原瑞穂の国の基礎に大きく貢献していたことがわかってきた。』
神武天皇の母系(祖母、母)氏族は安曇族です。
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-145.htm
『長江文明と東アジアの胎動』室伏志畔
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou45/kaihou45.html
『呉がBC四三六年に、越がBC三三三年にそれぞれ滅び、その上流にある蜀も秦にBC三二九年(あるいは三一二年)に滅ぼされたことによって、長江文明は滅び。黄河中心の中原史観はそそり立つこととなった。しかし歴史の逆説はこの長江文明の滅亡によって周辺に押し出された江南の民によって、周辺の東アジアの国々は新たな胎動期に入るのである。その意味で日本古代史は東アジア民族移動史の一齣でしかない。』
『長江文明と少数民族文化』岡部隆志
http://www.asahi-net.or.jp/~QB2T-OKB/sub13-3.htm
『かつて長江流域に栄えていた自然との結びつきの強い長江文明は、黄河流域の文明に圧倒されることで歴史の表面からは消えてしまいました。だが、実際は消えたわけではありません。例えば、貴州省や雲南省には多くの少数民族が住んでいますが、彼等は、長江文明を担った民族の生き残りであると言われています。これら少数民族の文化は、とても自然との結びつきの強い文化でして、宗教は自然を神とする自然宗教です。つまり、長江文明は、これら少数民族文化に受け継がれていると言っていいと思います。』
カルトの定義は熱狂を伴うという意味で
正に今の「生長の家」はカルトであり
如何教義を変えようとも・・・もう
世界的な運動体にはなり得ないのですね
天皇は戦後人間宣言したのだから
天皇への信仰は先ず今あり得ないのです
天皇も人の子であり平成天皇は特に
もしかするとクリスチャンかもしれませんね
となると日本の国家神道の根幹が揺らぎます
21世紀右派も左派も無く本流も亜流も無く
カルトの狭い論議には付き合いたくないですね