2006年03月31日

ユングの「集合的無意識」と、1916年の「怪奇現象」

イギリスの学校の春休みは、今週の土曜日(4月1日)からだが、今年はかなり遅い。復活祭を基準にして変動するためだ。2005年の復活祭は3月27日だったが、今年の復活祭は4月16日である。

「キリスト教教会暦の移動祝祭日計算」というサイトでザッーと試してみたが、近年で最も「遅い」復活祭は、1943年の4月25日、最も「早い」復活祭は、1913年の3月23日である。「春分」の後の、「満月」の後の、「日曜日」なので、プログラミングが大変だ、こりゃ。

日本では、君が代の「復活祭」によって、神経症の人が花満開になる季節でもある。

東京新聞:教員むしばむ『君が代神経症』(2006/3/23)
 音楽教員の女性は、「10・23通達」以降は「歩いていても『君が代』が聞こえてくる」ようになった。卒業式でピアノ伴奏をする音楽教員は、特に生徒に斉唱強制を促しかねない“加害者”の立場にもなりうる。
 女性教員は、音楽準備室に入り込んでくる虫(カメムシ)が「都教委に見え、見張りに来たと感じる」ような思いに襲われる。

「カメムシが都教委に見える」という現象だが、一笑に付すわけにはいない。いずれユングの深層心理分析によって解明されるときが来るかもしれないからだ。

F・デヴィッド・ピート著 『シンクロニシティ』(サンマーク文庫)
 1906年ごろ、ユングはチューリヒにおける彼の患者のひとり、あるパラノイア精神分裂病者が、頭を左右にふりながら目をほそめて太陽をみているのに気づきました。患者がユングに説明したところでは、太陽はペニスをもち、このペニスは風の起源であり、頭を左右にふることによって彼はこのペニスをうごかすことができる、というのでした。この幻想はまったく非合理的なものだとおもわれました。それでもユングはそれをノートにかきとめておいたのですが、これがその数年後になって、おおきな意味をもつのです。

数年後にどうなったかというと、ユングは、古代ローマで栄えた「ミトラ信仰」に関する文献をみつけたのである。その文献には、「太陽の顔から垂れ下がり、風をまきおこすものとされる、1本の管」のことが語られており、「精神分裂症の妄想」と「太陽神の神話」が彼の中でユーレカ!とつながってしまうのだ。

ミトラは太陽信仰である。ミトラ以外にも、太陽神と巫女が「聖婚」するという神話はたくさん残っている。男性と交わった覚えがないのに子供ができてしまった人は、「聖婚(処女懐妊)」を疑ってみたほうがよい。太陽との「聖婚」に真実を観る人は、太陽のペニスを見てしまうこともありえるのだ。

しかしながら、日本人の中で、太陽の「おちんちん」を幻視する人は少ないのではないか。日本の太陽神は「アマテラス」という女神なので、見えたとしても「めちんちん」ではなかろうか。(太陽を見つめながら、頭を左右上下に振ってみてちょうだい。見えた人は、こっそり教えてね)

人間の深層心理には、いろいろなものが潜んでいる。フロイトは、生まれて以来「自覚」からはずれてきた経験や欲望がぎっしり詰まっているとみる。一方、ユングは、個人のこころに1度も上ったことのない素材もあるはずだとして、それを「集合的無意識」と名づけた。すなわち、他者や先祖の「記憶」「欲求」「想い」もいっぱい詰まっているかもしれない、ということだ。

自分の心から浮かび上がってくるものが、友人や親の意識であったり、太古からめぐる先祖たちの想いであったりする、ということも考えてみた方がよい。2日前に大学で日本人の集まりがあったが、『オーラの泉』の江原啓之で舞い上がっている女の子がいたので、「彼には能力があるかもしれないが、テレビでやることは、みんなシナリオライターが書いているの!」と一喝しておいた。

GLA(高橋信次・高橋佳子)の「異言」は「演技性の伝染心理現象」の可能性有
  私もGLA内で、過去世誇大妄想狂の女子大生会員や、性格改造セミナーの「洗脳」とGLA活動を両立させる危険な年長会員らと知り合いになる破目に陥った。もちろん、彼らも「異言=特別なステータス」と信じこんでいた。私が異言をしゃべるようになったのは、彼らとのかかわりによる。そうでなければ、決して異言などしゃべらなかっただろう。
 彼らとの交流と並行して、私は信次や佳子の「異言講演ビデオ」や、「異言講演テープ」をさんざん見たり聞いたりしていた。古い先輩会員の中には、販売さえされていない内々の講演録音テープを持っている人がいて、信次や佳子の異言や、佳子に神懸りしたと称する、たどたどしい日本語による、天使、キリスト、賢者のメッセージなるものをたくさん聞いた。
 最初はこわがっていたものの、GLA内部の「異言=実は特別なステータス」という雰囲気を察知するや、私も次第に「異言をしゃべりたい」と思うようになっていた。それが「特別な自分になれる方法」と愚かにも思いこみだした。そうしたら、本当にしゃべれるようになってしまったのだ。

何か共通のものを信じ、分かち合う人たちが集まると、「心の想い」は伝染しやすいものだ。「異言(いげん)」が起こる素地として「特別なステータス」「特別な自分」への憧れや欲求がある、と総括している。

私もGLAとは別の団体で、この「異言」を派手に経験したことがある。出てきたコトバは「擬似フランス語」で、あるセッションで数ヵ月にわたり続いた。なぜ「フランス語」と思ったかというと「Mon Dieu(モン・デュー=My God)」と何度か叫んだからだ。

この団体の中では「異言」の録音は禁止されていたが、私は1度こっそりと録音した。当時の私のフランス語は、NHKラジオ講座4月号レベルである。録音は何度も聞いてみたが、フランス語として意味があるかどうかわからないので、大学のフランス語の教授に聞いてもらうことにした。

教授:「う〜ん、よくわからないね・・・」
ヒロさん:「フランス語ではないということですか?」
教授:「そうでないと思いますけどね・・・」
ヒロさん:「思います、ということはフランス語でない、ということなんでしょうか!」
教授:「このことに関して、親御さんとかは、何て言ってます?」

真意を確かめたい思いで語気を強めた私だったが、教授の方は「あなた、そんなことをやっていて、大丈夫なの」と心配してくれたようである。

私が関わった団体は、GLAのような「異言専門」ではない。私以外にも「別の人格」がベラベラしゃべりだす人はいたが、みんな日本語であり、「外国語の異言」が起こったのは私の知る限りでは、私だけだった。けっこう強烈な経験だったので、いままであまり総括してこなかったのだが、この背景をまとめると、次のようになる。
  • 「霊障解消」の団体なので、参加者全員に「霊が憑いている」ことが共通認識になっている。
  • すでに、他の人に憑いている霊が「語る」場面を、何度も目撃していた。
  • 霊は「語る」ことによって、癒され、納得し、最終的には離脱していくので、はやく自分にも起こってほしいという羨望があった。
どうして擬似フランス語になったのか、という理由だが、
  • フランス語を含む国連5ヵ国語は、必ず全部マスターしたい、そして世界のために役立ちたい、という私の強い想いがあった。
  • 数ヵ月前に映画『ナイル殺人事件』(英語)を観たが、一部にフランス語のシーンがあり、フランス語の響きに胸がキューンとした。
  • この映画を劇場で録音し、英語の勉強のために、何度かプレイバックしていた。
  • 自分にフランス語を話す霊が憑いていることが、霊世界の実証にもなり、かつ自分にだけ「特別に」起こっていることが誇らしく思えた。
などが挙げられる。この「異言劇」の顛末だが、この団体に所属するベルギー人(フランス語のネイティブ)が私の霊を「諭す」ことになり、本場のフランス語で質疑が始まったのだが、ついぞ私の口からは、彼の質問に答えるまともなフランス語は何も出てこなかった。それ以来、この擬似フランス語のご霊さんは、徐々におとなしくなっていくのである・・・。

と、このように総括することは可能だが、「フランス語の響きに胸がキューンとした」という経験自体は、不思議な青春の1ページとして今なお大切にしている。その後、フランス語はまったく上達していないが、「フランス語」のことはずっーと気になっているのである。

いわゆる「憑霊」による口寄せ現象を「潜在意識」で片づけるのは簡単だが、「潜在意識」を経由して出てくるものが何なのかは定かではない。

1) 生まれてからの経験や想い
2) 先人たちの集合的な想い(ユング)
3) 現在生きている「ほかの人」の意識(以心伝心)
4) 他人の念が生み出したバーチャル人格(呪詛、生き霊)
5) 死者が残した怨念(霊のように見える意識の残像)
6) 死者の魂(いわゆる霊)
7) アカシック・レコード(霊界のデータベース)
8) 前世の記憶

という風にいろいろ考えられる。人によっては5〜8は「論外」かもしれない。私はとくに4に注目している。

『呪いの研究:拡張する意識と霊性』(中村雅彦)を読んでみると、「呪詛」「生き霊(いきりょう)」の伝統が今なお受け継がれていることがわかるだろう。「恨み」や「呪詛」で出来上がったものは、生身の人間と変わらない「バーチャルな人格」を持つこともある。ゆえに「霊」や「前世の記憶」というように、単純に決めるわけにはいかない世界である。

ユングという人もまた、凄まじい「霊体験」の持ち主である。「自分の死後に出版するように」という条件で書かれた彼の自叙伝 『思い出、夢、思想(英題:Memories, Dreams, Reflections)』には、1916年の怪奇現象が記されている。

1916年のある金曜日のこと、ユング家には異様な空気が漂っていた。その夜、長女が部屋で「白い物体」を見る。次女は眠っている布団を、何者かに、2度にわたってはぎとられる。長男は悪夢にうなされる。

土曜日の朝、普段は絵を描くことのない長男(9才)が、母親にクレヨンと紙を要求し、昨晩に夢で見たという光景を描き始める。悪魔、魚、川、天使などが登場する。

日曜日の午後、ドアのつり鐘ベルが、大音響を立てて鳴り始める。ユングはドアに誰もいないのに、このベルが大きく揺れて鳴るのを目撃する。空気は息ができないほどネットリと重苦しくなる。

◆C.G.Jung 『Memories, Dreams, Reflections』 p216
As for myself, I was all a-quiver with the question: "For God's sake, what in the world is this?" Then they cried out in chorus, "We have come back from Jerusalem where we found not what we sought." That is the beginning of the Septem Sermons.

ユングが「これは一体何ごとだ」と自問すると、「彼ら」が一斉に叫んで答える。「私たちはエルサレムから帰ってきた。エルサレムには探していたものがなかった!」という。この「彼ら」の叫びを「耳」で聴いたのか、それとも「心の中」で聴いたのかは、定かではない。

いずれにせよ、この夜から3日間、ユングは内なる声に従って『死者たちへの7つ説教(英題:Seven Sermons to the Dead)』を書き上げるのである。そして書き始めると、怪奇現象はピタリと音沙汰もなくやんでしまうのだ。

『死者たちへの7つの説教』では、アブラクサス(Abraxas)の神が頻繁に登場する。ヘッセの『デミヤン』にも登場する古代の神である。私は『7つの説教』が、いわゆる「自動書記」で書かれたものではないか、と想像している。

このような「霊現象」を、ユングは自分の中の「無意識」の反映として説明しつつ、さらに、自分を超えた「無意識」の世界を追及していくのである。1916年のこの衝撃的な事件は、その後の彼の研究・著述の中に縦横無尽に織り込まれていくことになるのだ。

■参考:
posted by ヒロさん at 08:09 | Comment(22) | TrackBack(0) | 神話・宗教・民俗学
この記事へのコメント
TITLE: 「有翼日輪の謎」齋藤尚生
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/books088.htm
Posted by えの at 2006年03月31日 10:40
TITLE: こういう話
似たような体験、思い出が少しですがありますね。「ほんとうにあった怖い話」のネタになるような事。でも、こういう話は、どう持ち出すか気を使いますよね。相手によっては妙な受け取られ方をされそうで。
男の人は女の人をうまく利用して、自分が妄想的であることを認めないでいいようになってるな、なんていうのも派生的に考えてしまいます。
ユングの偉いところは死後出版するように配慮したことかもしれない。またシュタイナーも、子供の頃に見えない筈のものが見えたりすることがよくあったそうですが、他の人にそのことを言うことがなかったそうですね。大人になって社会的に認められてから思い出話としてやっとそういう子供時代のことを語るようになったということです。
Posted by nessko at 2006年03月31日 11:59
TITLE: TBありがとうございます
TBありがとうございます。次回の投稿の際にこちらのサイトを紹介させていただくことにします。さてGLAについては高橋信次氏の著書を数冊と生前の講演会のテープを聴いたことがありますが「異言」との言葉も知りませんでした。高橋信次氏に関しては尊敬する部分の多いのですが教えに関しては疑問を持っています。
あまりにも霊能力を過信されたことから霊能力信仰に陥ったのではないかとの印象しかのこっていません。

また、記事の中に精神分裂病との記載がありましたが現在は統合失調症との名称が使用されています。

小さな親切大きなお世話と言われそうですが天照大神の太陽神起源説に関しては下記の本が参考になるのではないかと思います。
講談社学術文庫 アマテラスの誕生  筑紫申真著
講談社学術文庫 日本神話と古代国家 直木孝次郎著

最後に阿弥陀信仰西域起源説のようなコメントが多く書き込まれていましたので手元の資料から引用しておきました。
Posted by 星 良兼 at 2006年03月31日 15:13
TITLE: 女神かどうか?
>日本の太陽神は「アマテラス」という女神なので
主題とは離れますが、
この頃では、天照大神は女であると言い切るのは乱暴かも。ま、ここいら辺の聞きかじりです。
↓● 『天照大神』は『男性』か『女性』か?
http://www1.ocn.ne.jp/~hotsuma8/ht109.html
● 天照大神〔天君(アマキミ)〕は男性である
http://www1.ocn.ne.jp/~hotsuma8/ht200.html
↓アマテル神の誕生と即位
http://www.hotsuma.gr.jp/aya/aya04.html

まあ、偽書だという説も根強いのですけど「漢字化した古事記の神々」はおぞましすぎるので、こっちがいいなぁ。(笑
Posted by 田舎トレーダー at 2006年03月31日 16:55
TITLE: 天照大神
千夜千冊『アマテラスの変貌』佐藤弘夫
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0668.html
諏訪春雄教授プロジェクト『東アジア地域の演劇形成過程の比較研究』
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/let/rihum/project_suwa.html
『トン族のあいだに薩神とよばれる女神信仰がゆきわたっている。薩はトン族語で祖母の意味である。祖先の女神が薩神である。薩はまた薩歳ともよばれる。最高の祖母、亡くなった祖母の意味である。(中略)この太陽信仰と薩神信仰はふかい関わりがあり、トン族の人々は、両者を同一とみなし、太陽の光線は薩神の威力をあらわすものとかんがえている』
Posted by えの at 2006年03月31日 19:26
TITLE: 二分心
初めて書き込みをさせてもらいます。
最近次の本を読みました。
『神々の沈黙』ジュリアン・ジェインズ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314009780/
アメリカで30年前くらいに出版されたものですが、日本では去年翻訳出版されました。
帯には、出版当時の書評が載っており、進化論や精神分析並の衝撃作ということでした。
内容は凄く納得いくものであり、「二分心」で人類の歴史の歩みや、そのなごりであると著者が考えている統合失調症、異言、催眠、何か偉大なモノへの帰依などを説明する内容でした。
Posted by 通行にん at 2006年03月31日 21:47
TITLE: 神々の沈黙、偽書の精神史
>『神々の沈黙』ジュリアン・ジェインズ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4314009780/
『イリアス』には「意識」というコトバがないとのことですが、「体(Body)」にあたるコトバも存在しない、とオックスフォードの教授から最近聞きました。30年前の本なので、これを発展させている研究者が他にいるのかもしれませんが、とりあえず、中古の英語版が2000円ぐらいで見つかりましたので、さきほど即購入しました。(珍しく即決注文です)ご紹介、ありがとうございました。

これと関連するかどうかわかりませんが、私、現在こちらを読書中です。
佐藤弘夫『偽書の精神史−神仏・異界と交感する中世』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062582422/503-5152373-7954317
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年03月31日 22:53
TITLE: レスありがとうございます
内容も素直に受け止めることが出来ますし、凄く説得力のある論説で、とんでも本ではなさそうなのですが、その後の心理学なり、文献考証なりにあまり影響を与えているようには思えません。私が寡聞にして知らないだけかもしれませんが、その後の著者の影響を受けた学説、実験、論証などをご存知の方がいらした教えて欲しく思いました。
Posted by 通行にん at 2006年04月01日 00:57
TITLE: 4千年前には「意識」はなかった
【書評】神々は沈黙し心は取り残される
http://www.tenpo.ne.jp/mt/archives/000329.html
『あえて簡単に言うと、今から4千年くらいまでの人間には、意識というものが無かったという仮説です。ではどんなだったかというと、今で言うところの統合性失調に近いような感情構造、というか情動をもった動物だった、という。』
『むろん言葉も話し、文字も持っているし、巨大でモダンな遺跡も建造した。こうした非常に高い水準で繁栄した文明を作った人間達に実は意識というものが存在していなかった。心的に、科学的に、脳内の現象として全く無かった。』

【書評】神々の沈黙 その2
http://www.tenpo.ne.jp/mt/archives/000330.html
『第二章の方では、この2分心の存在を仮定することにより、これまで、あまりにも不透明で不自然だった社会生活観や社会制度を非常に明確に説明できるいう数々の論証をあげています。人間という動物が、感情だけの素体が”恐れ”に支配されその衝動に行動する。こうした”恐れ”の存在を神と呼んでいた。そして言葉の過剰な使用によって形なした観念が、次第に自意識として機能するに従ってその神の声はだんだん聞こえなくなっていく。この神は自分にとっては常に実在である。そのリアリティーは自身によっては虚実の判別不能だという認知科学的論証を行います。』
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年04月01日 02:13
TITLE: ?
Idiosyncrasy? To against didactic theory became dichotomy?
Posted by chosei at 2006年04月01日 08:11
TITLE: 審神者(さにわ)
『心霊学より日本神道を観る』浅野和三郎
十三章 審神者の悲喜劇
http://www.paperbirch.com/shinto/shinto13.html
『要するに霊媒の潜在意識に存在するもの、または世間で通りの良いものを、口から出まかせに述べるものと思えば、間違いありません。その点は西洋でもほぼ同様で、バイブルに書いてある天使だの、預言者だのがたびたび濫用《らんよう》されます。』
Posted by えの at 2006年04月01日 12:22
TITLE: カメムシ幻想
トラバどもどもです。
先生達の3月病といってもいい日の丸君が代問題の季節。
先生方の間の集団無意識が働いてる?
一種エキセントリックな状況が教育の現場で起きているんでしょうがねぇ。

「神々の沈黙」はかなり興味深いですね。
Posted by あんとに庵 at 2006年04月01日 15:57
TITLE: 審神者(さにわ)の能力
http://www.asahi-net.or.jp/~bq9t-tkhm/saniwa.html
『神道は、禊ぎ祓いとともにこのような審神者のシステムの下に霊性の高さを維持し、純粋さを保ってきたのである。
 因みにシャカムニブッダは、自身は比類のない能力を持っていたが、弟子達の純粋な修行のために、神霊やシッダ(超能力)についてあえて語らず、無記(有るとも無いとも言わない)の姿勢を通した。その根本姿勢、意識のキーワードは“捨てる”ことである。ブッダの示した道は、あくまでも組織や教団によらない、個の転換と智慧による、ニルヴァーナに至る道であった。』
Posted by えの at 2006年04月01日 17:19
TITLE: 浅野和三郎の常識と批判力
http://www.paperbirch.com/shinto/shinto13.html
『審神者というものは、その本来の性質上、徹頭徹尾人間としての立場を厳守すべきもので、したがって審神者に必要なのは、健全なる常識であり、また透徹《とうてつ》せる批判力です。ところが、常識と批判力とは、とかく霊媒能力と両立しない傾向があります。』

浅野和三郎はなんてすばらしいいい文章を書くのだろう、と思ったら、これは現代語訳なんですね。ペーパーバーチという方の力作です。出口王仁三郎といえば「なんでもありの幅広さ」、堀川辰吉郎は「豪放磊落の革命精神」、谷口雅春は「普遍的なニューソート(新思考)」と私なりにまとめてしまいますが、浅野和三郎は「理性のスピリチュアリズム」でしょうか。まとめて読まれたい方は、こちらからどうぞ。
http://www.paperbirch.com/shinto/index.html
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年04月01日 19:38
TITLE: 「もう1つの脳」は「親知らず歯」みたいなもの?
choseiさん、idiosyncrasyの話ではないですよ。古代人は「2つの別々の脳」があって、1つは日常生活に、もう1つは神々・霊の世界に開けていて、この2つの脳が勝手に別々に動いていた、という話。首が2つある人間を思い浮かべてください。で、この4千年の間に、「神々の首」の方は萎縮して、「親知らず歯」(wisdom tooth)のようになってしまったけれど、いまだに4本の親知らず歯がガンガン生えている人がいるように、霊能力ギンギンの人もいるということ。choseiさんも、そのタイプでしょう?

いままで抑圧され、瀕死状態の「もう1つの脳」は、これから4千年かけて、徐々に復活していくのかな〜と想像しています。
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年04月01日 19:55
TITLE: 親知らずの不思議?
それは非常に難しい。そんな事言われると困る人が出て来る。

不思議な事に本当に親知らずが6本ありました?
マジです。下あごに計18本ありました。(乳歯は数えていません)2度目でまとめて4本ぬいたとき口腔外科さんに言っても信じてくれませんでした。
最初の2本は保存していなので今でも夢のようです。21歳と22歳の時、下の奥を一回ずつ抜きました。それから27歳でまた上下4本ですよ。最初のレントゲンには全部写っていなかったのかな?
エープリル・フールじゃないすよ。あのときまじめに自分の中に2人の人間が宿っていると考えましたよ。つむじも二つだし。わかりません。
Posted by chosei at 2006年04月01日 21:14
TITLE: 過剰歯(Hyperdontia)
管理人さん2回投稿してしまいました。最初のを消してください。
今調べると過剰歯っていうのは:
In dentistry, hyperdontia is the condition of having supernumerary teeth, teeth which appear in addition to the regular number of teeth. The occurrence of hyperdontia ranges from 0.1% to 3.8% in various populations. There is evidence of hereditary factors along with some evidence of environmental factors leading to this condition. Many supernumerary teeth never erupt, but they may delay eruption of nearby teeth or cause other dental problems. Molar-type extra teeth are the rarest form. Dental X-rays are often used to diagnose hyperdontia.

Hyperdontia was a common genetic trait among certain Native American tribes that existed prior to 2000 BCE, with every individual in the tribe having a full double set of teeth.
という事で確かに4000年まえのアメリカ・ネイティブ・インディアンは2セットの歯があったらしいですよ。
Posted by chosei at 2006年04月01日 21:27
TITLE: Hyperdontia
心配ではないですが考えないようにします。
Posted by chosei at 2006年04月01日 21:33
TITLE: アルカディアのアマテラス
「アルカディアのアマテラス」南政次
http://homepage2.nifty.com/~cmo/Zure17.htm
反ギリシャ神話「ペルセポネ(Persephone)」
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/persephone.html
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《プロセルピナ》
http://www.h6.dion.ne.jp/~em-em/page129.html
Posted by えの at 2006年04月06日 11:28
TITLE: エレウシスの密儀
エレウシスの密儀の謎
http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/f3121d1d2f079b27515c51c1e8ade1fb
『エレウシスの密儀発祥の神話とされるホメーロスのデーメーテール讃歌のモチーフが、非常に古事記と共通するところがあるのが気になる。』
エレウシスの遺跡
http://www.mesogeia.net/trip/eleusis/eleusis.html
ザクロの実
http://pro.tok2.com/~bymn/advent/1218.html
Posted by えの at 2006年04月07日 00:35
TITLE: 安石榴
7月の花
http://park2.wakwak.com/~ncf/7hana.html
『安息(石)国から伝わった、幹にこぶ(榴)の多い樹という意味で、「榴」の一字でもザクロだそうです。漢の武帝の頃(紀元前176年頃)、張騫(ちょうけん)が大月氏国(中央アジアの甘粛省にいたイラン系遊牧民の国で安息国の東にあった。今のイラン地方)を訪れたさい持ち込まれたと言われています。安息(アンクシー)は古代パルティア王国に対する古代中国人の呼称。この王朝が始祖ARSAK(アルサク)にちなんで、アルサケス朝(ARSACES)と呼ばれていた事に由来する。』
Posted by えの at 2006年04月07日 09:05
TITLE: 「古代オリエントにおける東西文化の交流」深井晋司
http://www.city.okayama.okayama.jp/museum/orient/exchange.html
Posted by えの at 2006年04月07日 11:04
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