2006年03月27日

敵は「輪廻転生」なり!不可触民の大菩薩アンベードカルの闘い

現代の輪廻転生観の主流は、1つの自我をもつ「個体」が、あの世や過去世の記憶を宿しつつ、別の胎児の中に入り込んで「生まれ変わる」という考え方であろう。きわめて個人主義的な輪廻転生である。

類魂とは何か:生まれ変わりの謎を解く その1
再生(生まれ変わり)に関して、大きく分けて五つの考え方があると思います。
1.輪廻転生説・・・・人間や動物として、何回も生まれ変わる。
2.全部的再生説・・・・同じ人間が、自分の個性を持ったまま何回も生まれ変わる。
3.部分的再生説・・・・再生に際して、未浄化の部分が出てくる。
4.創造的再生説・・・・ある霊のカルマのパターンを、分霊(霊的な種のようなもの)に託して、母胎の中の胎児に宿す。
5.再生など無い・・・・という説。

植物や鉱物にまで転生する「アニミズム」的なものや、魂が「ひと滴」としてあの世の海に溶け合い、新たな「ひと滴」としてこの世にやってくる、という考え方もある。

上記2番目の「全部的再生説」にこだわると「需給問題」が深刻である。現在地球上にいる65億人の全員が「生まれ変わり」だとすると、これに1対1で対応する「前世」が果たして供給できるのだろうか、という懸念があるが、

  • 水星、金星など別の惑星を含めて生まれ変わりの需給がある
  • レムリア、ムー、アトランティス時代の魂が特別に転生してきている
  • この世に救世主が現れるので、本来霊界で贖いすべき霊が、ほとんどすべてこの世に生まれている(よって霊界はスカスカ状態)

    という説明も現れるのである。生まれ変わる「周期」と「回数」も、各教団や指導者でさまざまで、300〜500年ごとに5〜6回というところもあれば、死んだらすぐに生まれ変わり、回数は無制限というところもある。シュタイナーは、天災・事故などの不慮の死を遂げた場合に限っては、あの世に行かずに、すぐに「ふりだしに戻れ、再プレイ」があると言っている。

    輪廻思想は「他者の中に自己をみる」「他者をいつくしみ、憐れむ」ことにもつながる思想だが、過去の王族が再び王族として生まれ、農民はいつも農民ならば、霊界版「大富豪・大貧民ゲーム」としてあまり面白いものではない。

    チベット仏教のダライラマは「観音菩薩」として次のダライラマに生まれ変わる。あまり知られていないが、チベット仏教では、もう1つ「阿弥陀如来」が生まれ変わるパンチェンラマもいるが、中国共産党の陰謀で2人の生まれ変わりが発生してしまった。また、亡命中のダライラマは高齢になっており、次にどこの誰に生まれ変わるのか、チベットの人たちはみな憂慮しているという。

    『ダライ・ラマ自伝』(文春文庫)p336
    新しい化身は前者の死後1年かそこらで普通はだれかの胎内に宿ると考え、これは経験上その期間がわかっており、それをもとに時間帯が推定される。で、もしラマXがY年に死ねば、彼の次の化身は18ヵ月から遅くとも2年以内にはどこかに生まれているだろう、ということになる。

    この話を逆算すると、死後8〜14ヵ月の「休憩」をへて、次の転生が始まることになる。

    スピリチュアリズム・ニューズレター21号
     輪廻思想では、人間は解脱できないかぎり、肉体の死とともに一定の期間を経て、次の輪廻の世界に生まれ変わることになります。人間が輪廻する以上、 前世と現世・来世との間に、何らかの個性の同一性があることを前提としなければなりません。すなわち「輪廻の主体者」としての存在を認めなければなりません。
     では、その輪廻の主体者とは具体的に何なのでしょうか。シャカの死後、この点が大きな問題となりました。私達スピリチュアリズムを受け入れた者にとっては、 「それは霊魂に決まっている」ということになりますが、シャカは霊的自我としての霊魂の存在を認めませんでした。 実際にスピリチュアリズムで言う“霊魂”こそが再生の主体者なのですが、シャカはそれを認めなかったのです。<中略>
     人間は悟りを得て、輪廻のサイクルを脱け出さないかぎり、再びどこかの世界に生まれ変わることになります。仏教では、死後は“中有(ちゅうう)”という時間に入ると考えます。 その長さは49日とされ、その間に次に生まれる場所が決められることになります。そこで少しでもよい所に生まれ変われるように、僧を通じて供養します。 供養は初七日に始まり、7日毎に行われ、49日目に、本人の生前の行為・善悪に応じて生まれ変わる所が決まることになります。

    「輪廻」という考えた方は説いたが、「霊魂」については語っていないとして、仏陀の死後に解釈論争が起こったということらしい。この辺の話は、仏教学者の中村元(なかむらはじめ)の本に詳述されているとのこと。

    ちなみに、上記の「ニューズレター」はシルバーバーチを信奉する人たちによるもので、ご同業の「幸福の科学」(大川隆法)や『オーラの泉』(江原啓之)を批判している。さらに、そもそも49日で生まれ変わるのなら、「あの世で苦しんでいる先祖」を励ますのは49日で十分であり、延々と「先祖供養」でお金を毟り取る仏教教団は、欺瞞の極致である、と強烈に批判している。

    日本テーラワーダ仏教協会:Q&A その22
     仏教、ジャイナ教などで見られるような輪廻転生の概念はVeda聖典の時代でなかったのです。(Orthodox)正統派(主流)のVeda伝統(Brahmanic or Vedic tradition と言います)と違った(heterodox)異統派の宗教思想のなかでのみ輪廻の思考が見えます。<中略>
     文献の設立年代から考えて見ると仏教思想の後になるのです。とにかくバラモン人が輪廻転生を信じていたと釈迦尊が知らなかったのです。バラモン教に驚くほど詳しい釈迦尊が知らなかったということは何を意味しますか?当時ではバラモン人の思想の中で輪廻転生なんかは発展していなかったということです。

    仏教独自思想:
    生まれ変わる意味の輪廻は仏教の独自な思想です。他宗教でも輪廻思想のようものがありましたが、それは不滅の魂の引越しと言う意味の輪廻でした。不滅の魂、実体と言う概念は仏教における「形而上学的」な思想です。何の証拠もない話です。観念です。

    「解脱」に到るまでは、人や動物に何度でも生まれ変わるという思想は、仏教がオリジナルらしい。聖典『ベーダ』には記述がないことから、インドに残ったブラーミニズム、そして後のヒンズー教が頑なに守っている「カルマの輪廻思想」は、仏教からの借用ということになる。

    ネパールの政治文化 第3章「社会経済」(カースト制)
     『マヌ法典』では、人は現世の罪に応じて来世では次の物に生まれ変わる(田辺訳1953、368頁以下;渡瀬1990、154ー155頁)。
  • バラモン殺し → 犬、豚、ロバ、チャンダーラ、プッカサ、(肺病)
  • スラー酒を飲む → 虫、蛾、糞を食う鳥、危険な動物、(歯黒)
  • 黄金窃盗 → クモ、蛇、トカゲ、水棲動物、悪鬼ピシャーチャ、(悪爪)
  • 師の妻との姦淫 → 草木、ツタ、肉食獣、残忍な人間、(皮膚病)
    このように、現世の低い身分、不幸、心身の病気は、すべて前世の罪の報いなのである。

  • 西暦200年ごろには成立していたという『マヌ法典』では、「生まれ変わり」の法則が記述されている。バラモンを殺すとイヌになり、酒を飲むとトリになり、黄金を盗むとクモになり、師の妻を寝取ると草木になってしまう。人間に転生した場合でも、肺病、歯黒、悪爪、皮膚病の症状から、過去の素性が知れてしまう。

    マハトマ・ガンジーが「ハリジャン(神の子)」と呼んだ不可触民は、1930年のイギリスの統計では人口の15%を占めている。「人にあらず」の15%は、すべて前世の報いなのでバラモンに逆らうことはできない。バラモンを殺せば、さらに動物や虫けらに落とされるかもしれないのである。

    現代インドを調べてみると、随所で「15% vs 85%」という比率に遭遇する。

  • 「支配層15%」vs「被支配層85%」
  • 「人でなし=不可触民15%」vs「異教徒を含む人間85%」
  • 「被支配層の公務員15%」vs「支配層の公務員85%」

    1番目の「支配層15%」の内訳は、バラモン5%、クシャトリア7%、ヴァイシャ3%で、「被支配層85%」はシュードラ60%、不可触民15%、異教徒10%である。(1930年の統計)

    2番目の「人でなし」は15%だが、実際はもっと多いと言われている。インドではヒンズーの不可触民よりも、異教徒の方が地位が高い。現代の宗教の内訳は、ヒンズー教82%、イスラム教12%、キリスト教2%、シーク2%、仏教1%となっている。

    3番目の「被支配層の公務員」だが、1949年にアンベードカルが創ったインド憲法によって建前上は「カースト差別」が禁止され、少数派に公務員枠を割り当てる「リザーブシステム」が導入された結果である。それでもなお、公務員の85%は人口15%の上位カーストが独占しているのだ。

    インド政府の発表では「仏教は1%で700万人程度」となっているが、実際は10%を超え、1億を超えていることはまちがいないという。この1億人の仏教徒の源流は、闘う不可触民アンベードカルと、彼を引き継いだ日本人・佐々井秀嶺である。

    アンベードカルはもともと仏教を志向していたわけではない。不可触民を「神の子」と呼び変えて手打ちにしようとしたガンジーと真っ向から対立し、イギリス政府との精力的な交渉でインド初代法務大臣の地位を勝ち取り、奴隷制の元になっている小作人制度やカースト制の改革に尽力した人物だ。

    彼が「ヒンズー教を捨てる」と宣言したときには、イスラム教、シーク教、キリスト教などが秋波を送ったが、彼の最終選択は仏教であった。アンベードカルは、この世を去る直前に『ブッダとそのダンマ』を書き上げた。

    この本は日本の仏教界にも紹介されたが「これは仏陀世尊の説法でも、伝記でもない、アンベードカル思想だ」という批判が相次いだ。いやしくも仏教思想というからには「成仏思想」「往生思想」「輪廻思想」がなけれはおかしい、この3つがない教義は、日本人の心深く流れている「真実の仏教」ではない、というのだ。

    そればかりか、インド下層民衆に仏教が広まっていることを好機とみて、霊友会、立正佼成会、創価学会、天台宗、日蓮宗、浄土真宗、禅宗などの各派が、いっせいに「われこそは本物の仏教だ」として、布教合戦を広げている。

    アンベードカルは意図的に「新仏教」から「輪廻思想」を排除しているのだ。下層カーストにために立ち上がったアンベードカルにとっては、インド独立運動のガンジーですら「欺瞞のかたまり」であり、共産主義運動はトップの首を据えかえるだけの「バラモンの革命」であり、「成仏・往生・輪廻」を謳う既存の仏教は「ヒンズー教の焼き直し」にすぎなかった。

    そもそも日本の仏教界が「真実の仏教」を論じるとはおこがましい。「浄土宗系」は「ミトラ教→弥勒菩薩→阿弥陀如来」と変化する異端教であり、「日蓮宗系」は「法華経を唯一絶対」とするお経原理主義であり、「禅宗」は中国のダルマさんを日本に転がしたヨーガ一派であり、真言宗は「ブッダ不在」の大日如来教で、もとをたどればゾロアスターではないか。

    佐々井秀嶺は現在、ブッダ生誕の地「ブッダガヤ」にある菩提寺を「仏教徒のもとに返せ」という聖地復興運動を展開している。日本の「本流」の仏教界よ。いままでに、ブッダガヤを仏教徒のもとに返せ、と1度でも叫んだことがあったのか!

    ■参考:
  • アンベードカル『ブッダとそのダンマ』(光文社新書)
  • ダナンジャイ・キール『アンベードカルの生涯』(光文社新書)
  • 山際素男『不可触民と現代インド』(光文社新書)
  • 私の宗派? 教えて!

    ■関連記事:
  • インドで復活する「プロテスタント」仏教の大潮流
  • 「アーリア人侵入説」とヒンズー原理主義の斜め上DNA
  • posted by ヒロさん at 09:04 | Comment(42) | TrackBack(0) | 神話・宗教・民俗学
    この記事へのコメント
    TITLE: 禅宗
    臨済禅 黄檗禅
    http://www.rinnou.net/
    『仏心宗、達磨宗とも呼ばれる、いわゆる禅宗は中国で起こり、発展し、やがて日本に伝来された仏教の一宗です。日本に伝わった禅宗には、臨済宗 [りんざいしゅう] や黄檗宗 [おうばくしゅう]、そして曹洞宗 [そうとうしゅう] があります。』
    曹洞宗
    http://www.sotozen-net.or.jp/

    道教の神仙思想、インド土着の密教ヨーガと大乗仏教が入っていますが、日本の仏教の中で仏陀仏教に一番近いのは禅宗です。曹洞宗は徳川幕府宗教政策「檀家制度」に迎合したので、在家信者に対してニッポン教(祖先供養、葬式仏教)を習合しています。

    天照山明泉禅寺
    http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nagaland/
    Posted by えの at 2006年03月27日 10:53
    TITLE: なんでもありの世界
    だというのが、よくわかりました。しかし、仕事早い!
    Posted by グリフイン at 2006年03月27日 15:43
    TITLE: パンチェン・ラマ
    http://www5e.biglobe.ne.jp/~rengein/sub4013.htm
    『「パンチェン」とは、「大いなる学者」の意味で、阿弥陀如来の転生とされており、ダライ・ラマ三世が称号を与えました。』
    Posted by えの at 2006年03月27日 16:12
    TITLE: 真言宗
    『古都に隠された十字架(後編)』百瀬直也
    http://www.ne.jp/asahi/pasar/tokek/SJF/pdf/252Kyoto2.pdf
    『その時、真言宗のお坊さんは「ええ、うち(真言宗)は景教から来ていますから」と、い
    とも簡単に答えたという。
    そして「うちは単なるグレた景教にすぎないんです」とも。』
    Posted by えの at 2006年03月27日 17:01
    TITLE: えの大菩薩さま
    今日の悟り:
    やはり禅宗が仏陀仏教に一番近いのでしょうか。とすると、西洋に禅を広めた鈴木大拙は偉大なり。
    ダライラマ=観音菩薩(観世音菩薩)、パンチェンラマ=阿弥陀如来でした。訂正しておきます。
    真言宗を揶揄するときは「グレた景教」といのもありなんですね。勉強になりました。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年03月27日 18:36
    TITLE: 「坊主丸儲け」
    = 日本における宗教の概要 =
    僧侶1人当たりの門徒数の分析
    http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r10.htm
    『逆に考えると、檀家システムに安住して、宗教本来の「伝道・教化」活動をほとんど行わずに、法事や葬儀の時にだけ儀式を執行する(それだけで十分食ってゆける)真言系・浄土系・日蓮系各宗派と異なり、禅宗には、外国人を対象とした海外伝道も含めて、社会活動(たとえば、曹洞宗ボランティア会など)を積極的に推進してゆく気風があり、それだけ伝道・教化形態は新宗教に近いものがある。』
    Posted by えの at 2006年03月27日 19:12
    TITLE: 反カーストの宗教者「沙門(シュラマナ)」
    臨済宗妙心寺派 東京禅センター第5回公開講座 NO.10
    【上座仏教と大乗仏教】佐々木閑
    http://www.myoshin-zen-c.jp/c_record/record_10.htm
    『このカースト制度に反対する立場の宗教家たちが現れました。その人たちの主張は唯一つ。人間の価値は生まれで決まらない、ということ。つまり、反カースト制度の立場に立ちます。生まれた後に、その人が何をどうするか、その人のやった行いがその人間を決めるのである、というふうに主張するわけです。インドで、その努力をする、という意味が「シュラマナ」ですね。シュラマナというのは、インドのことばで、「努力する人」、つまり、カースト制度に反対して、人間の価値は努力で決まる、というふうに主張した人たちは全部まとめてシュラマナと呼ばれたわけです。』
    Posted by えの at 2006年03月27日 22:15
    TITLE: 浄土真宗坊主
    肉食妻帯
    http://www.venus.dti.ne.jp/~bouzu893/iitai/it41_60/iitai41.html

    もとが東方ミトラ教なので(妻に内緒で)牛肉食うのは祭祀で全く問題ない。
    Posted by えの at 2006年03月28日 00:45
    TITLE: 真言立川流
    http://www.h4.dion.ne.jp/~sanryu/b~singon-tatikawa.htm
    『真言宗から派生した荼枳尼天(ダキニテン)を本尊とする左道密教。』

    真言立川流が日本の国教的な地位にあった時代がある。後醍醐天皇は護持僧文観を使って真言立川流を武器に武家を調伏しようとした。
    Posted by えの at 2006年03月28日 11:09
    TITLE: しかしなおかつなんかある
    と、思っている一人ではありますが。でも変な商売人はお断り。
    Posted by グリフイン at 2006年03月28日 18:37
    TITLE: 魂の近親相姦
    グリフインさんのブログのコメント:
    http://d.hatena.ne.jp/jimrogers/20060325
    『魂が大きくなると、複数に分割されたり、ソウルメイトという現世で出会うべきカップルになったり、するようですよ!』

    魂にも「株式分割」や「細胞分裂」がある、という話です。配偶者のことを「ベターハーフ」ということがありますが、いわゆる魂の片割れですから、不純ではない、「正しい」結婚の方々は、配偶者が「ソウルメイト」の可能性もある。そうすると、自分の前世とパートナーの前世が同じ、ってこともある。魂の近親相姦。結婚は「異質」とするのが面白いと思うのですが・・・。うちも国際結婚にすればよかった・・・。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年03月28日 22:46
    TITLE: インド思想史
    千夜千冊『インド古代史』中村元
    http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1021.html
    『インド思想史略説』野沢正信
    http://lapc01.ippan.numazu-ct.ac.jp/b/bukkyou1.htm

    アンベードカル大菩薩はインド宗教、哲学思想の正統な後継者であるわけです。
    Posted by えの at 2006年03月29日 09:11
    TITLE: 輪廻転生は仏教のオリジナル思想?
    輪廻転生は仏教の成立以前からの思想であると記憶していましたので手元の資料を調べてみましたところ異なった見解がありましたので投稿します。

    講談社現代新書 輪廻と解脱−苦界からの脱出 花山勝彦著 P14
     ”このような「業」「輪廻」の思想が明確に説かれているのは、『ヴェーダ』聖典の付属文献の一つである「ウパニシャッド」(奥義書)の中である。このウパニシャッド」という文献は、『ヴェーダ』聖典の最後の部分で、西暦紀元前六百年〜三百頃に成立したと考えられ、インドの正統バラモン思想の淵源をなし、さらにその後のインド哲学・思想の根拠となっているほどの重要な文献である。”

    仏教学者ではありませんのでどちらの意見が正しいのかは判定できませんが私が過去に読んだ仏教書では仏教成立以前からあった思想であると書かれたいたと記憶しています。
    また阿弥陀信仰の源流がミトラ信仰にあるとの説は知っていますが一つの説であり、断定はできないのではないでしょうか?
    Posted by 星 良兼 at 2006年03月29日 14:41
    TITLE: 弥勒菩薩と阿弥陀如来の関係
    >講談社現代新書 輪廻と解脱−苦界からの脱出 花山勝彦著 P14
    >”このような「業」「輪廻」の思想が明確に説かれているのは、『ヴェーダ』聖典の付属文献の一つである
    >「ウパニシャッド」(奥義書)の中である。

    ウパニシャッドにも書かれておりましたか!ご情報ありがとうございます。
    「ミトラ教→弥勒菩薩→阿弥陀如来」の件ですが、1)弥勒菩薩の語源が「ミトラ」である、2)日本には弥勒菩薩と阿弥陀如来が同時期に伝来している、とまではわかりましたが、日本の国内事情として、「弥勒→阿弥陀」がどうつながっているのか、私はまだ理解しておりません。これから調べるつもりです。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年03月29日 16:16
    TITLE: 浄土教
    中国浄土教が見た夕陽
    http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/bun059.htm
    「『観無量寿経』も古代インドではなく西域で書かれたことが分かっている。更に、安世高の『無量寿経』漢訳というのもアヤシイ。インドからの経典をなぜパルティア人が翻訳しなければならないのか? 当時、パルティアはミトラ教を国教としていた筈。『無量寿経』はサンスクリット底本があるとしても、本当にインド仏教の下で書かれた物か? 経典その物を怪しんでいるのではなく、インド仏教かどうかを怪しんでいるのである。無量寿 = 永遠の命 〜 ズルワーン 〜 クロノス という関係や、無量光 = 神格化された太陽 〜 ミトラ という関係を見てしまうわけである。」
    『偉大なるシルクロードの遺産展』其の七 ガンダーラ美術の誕生
    http://blog.goo.ne.jp/nammkha0715/e/16548bd4ef389c853a2144aab56b7261
    「クシャン朝の宗教彫刻は、基本的に仏教パンテオンの像により代表されている。これに加え、仏教の影響は、アヴェスター信仰、ギリシャ・ローマの諸神崇拝、さらには土着の信仰と結合していたことを指摘しなければならない。
    ここに、私達が仏教だと信じているものが、釈尊在世中の原始仏教とはまったく違ったものである理由が書かれています。」
    アヴェスター=ゾロアスター教の聖典
    Posted by えの at 2006年03月29日 16:54
    TITLE: 「仏教文化学概論」蓮池利隆
    http://homepage3.nifty.com/T_Hasuike/newpage2.htm
    「しかし、阿弥陀仏の信仰がガンダーラ地域、そしてクシャーン朝という時代に成立したとされることを重視すれば、ゾロアスター教との関連を無視することはできないでしょう。『アヴェスター』の中に見られる唱名・契約・光明土・無限の寿命・フラワシ(祖霊)の来臨という概念は、浄土教の思想と多くの点で符合するからです。」
    Posted by えの at 2006年03月29日 17:49
    TITLE: 「神仏習合」義江彰夫
    http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/books085.htm#3
    「阿弥陀浄土信仰1〜2世紀ころ、おそらくはゾロアスター拝火教やキリスト教を含むメシア思想の影響を受けた大乗仏教の一流派として西インドに登場し、4世紀までに『浄土三部経』をもって独特の教理を構築していた。その教理を端的にいえば、人間を生まれながら欲望に根ざす5つの大罪を背負った者と見、贖罪のため念仏と修行に励めば、死の際に絶対神である阿弥陀仏が来臨して死者を彼の住居である西方極楽浄土に誘い、救済してくれるというものである。…天国と絶対他者と死を代表とする救済は、たしかにキリスト教を含むメシア思想に近似し、永久の寿命を象徴する阿弥陀の光=無量光を強調するところは、ゾロアスター教に酷似している。」
    Posted by えの at 2006年03月29日 23:10
    TITLE: スピリチュアリズム
    こんにちは。コメントをお書きいただきありがとうございました。

    「うちの神様にお布施を納めれば天国へ行けますよ。」
    何かに依存すると、いつの間にか自分で考える事を放棄してしまいますね。
    シャカにせよ、イエスにせよ、古典宗教の教祖は自分の真似をしろとは言わなかったと思いますが、今では儀式等形骸化したものがは盛りだくさんです。

    日記と関係のないコメント、失礼しました。
    Posted by ケンジ at 2006年03月29日 23:14
    TITLE: 浄土宗の源流に関する整理
    えのさんのリンクなどから「浄土宗」の整理です。

    浄土宗系では、「浄土三部経」=1)無量寿経、2)観無量寿経、3)阿弥陀経、の3つが教えの中心。
    浄土三部経(現代語版) http://www.bunbun.ne.jp/~namo/sub9992joudosannbukyou.htm
    「無量寿経」は、148年頃に安息国(パルティア)の王子・安世高によって漢訳された。安息国はペルシャに位置し、「安」という姓は、安息国の出身を意味する。安世高は洛陽で20年にわたり訳経を続けた。ペルシャ人が漢訳していたとすると、何語のお経を訳していたのか?
    浄土宗で使う「無量光如来」はゾロアスターのアフラ・マズダ(光の神)あるいはミトラ、「無量寿如来」はズルワーン(無限時間の神)に相当するのではないか。
    アフガニスタンとパキスタン付近にある「クシャーナ」は、カニシカ王の時代に栄え、ミトラ教が国教だが、ギリシャ・ローマやインドの神々も習合状態であった。仏教はもともとユダヤ教のように「神像」が存在しなかったが、クシャーナでは、仏像や彫刻が登場した。日輪のレリーフや、円盤系の光背は、ミトラとシャカが合体したイメージではないか。

    日本で法然が浄土宗を起こすのは12世紀だが、7世紀ごろにすでに「阿弥陀信仰」が登場していた。
    円仁が唐の五台山より念仏三昧法を持ち帰り、851年に「不断念仏」(阿弥陀さまを唱えること)が始まる。
    その後、天台宗の相応、増命、延昌、良源、源信などの継承される。源信は948年に『往生要集』を著す。
    中国では7世紀に、善導が『観無量寿経疏』という解説書を著し、これを勉強した法然が1175年に「専修念仏」を開始。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年03月30日 04:37
    TITLE: 中国浄土教開祖は慧遠
    廬山東林寺
    http://jp.chinabroadcast.cn/chinaabc/chapter16/chapter160310.htm
    『西暦381年の東晋の時代に、慧遠法師は弟子を率いて廬山に来て、江州刺史の援助の下に東林寺を建て、それを仏教の聖地である浄土宗(古代インドの大乗仏教の主な派別の一つ)の発祥地とし、またここは中国南方の仏教の中心的道場となった。』
    http://jp.cnta.gov.cn/2j/world/whyc/ls.asp
    『廬山には早くから「神仙」の伝説が伝わっており、晋代の高僧慧遠は、東林寺を建てて「浄土法門」宗を創立した。』
    > http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/bun059.htm
    『彼は、般若経の空の哲学が理解できなかった。晩年の羅什との往復書簡に現れているという。そこで、慧遠はもともと儒学を学んでおり儒教的徳で仏教を解釈しようとしたのである。』
    Posted by えの at 2006年03月30日 09:09
    TITLE: 鳩摩羅什
    http://www10.ocn.ne.jp/~mk123456/kyoten/amiyo.htm
    「阿弥陀経」は、401年から409年頃に西域のオアシス都市「亀茲(きじ)」(クチャ)の王子・鳩摩羅什によって長安で漢訳された。
    鳩摩羅什は「元祖電波男」、その訳は喪男文学という説があります。
    http://ya.sakura.ne.jp/~otsukimi/
    Posted by えの at 2006年03月30日 11:04
    TITLE: クシャーン朝の公用語
    古代アフガニスタンのバクトリア語文書
    http://www.gengo.l.u-tokyo.ac.jp/~hkum/bactri_j.html
    『バクトリアが北からの遊牧民族によって征服された時、この新しい支配者であるクシャーン朝の王達は最初は行政用語としてギリシア語を使いつづけていたが、間もなく同じギリシア文字を用いて土着の言語、バクトリア語を書くようになった。(中略)新たに発見されたバクトリア語文書のうち宗教的なものは二点のみである。どちらも仏教文献で、仏陀・菩薩等々に対する呼び掛けを含む。』
    Posted by えの at 2006年03月30日 22:26
    TITLE: 阿弥陀信仰の起源について
    無量寿経は何回か漢訳されていますので手元の資料を引用します。

    なお無量寿経は、古来「五存七欠」といわれ、十二訳があったと伝えられているが、『仏説無量寿経』のほかには次の四訳が現存する。
    一、『仏説阿弥陀三耶三仏薩楼仏壇過度人道経』二巻(『大阿弥陀経』と通称。呉の支謙訳。二二二〔または二二三〕−二五三年の訳出。ただし後漢の支婁迦鑯訳とする説もある)
    二、『仏説無量清浄平等覚経』四巻(平等覚経と略称。後漢の支婁迦鑯訳。ただし魏の帛延による二五八年頃の訳出とする説や西晋の竺法護訳とする説などがある。)
    三、『無量寿如来会』二巻(『大宝積経』巻十七・十八。『如来会』と略称。唐の菩提流志訳。七〇六−七一三年の訳出)
    四、『仏説大乗無量寿荘厳経』三巻(『荘厳経』と略称。宋の法賢訳。九九一年の訳出)
    なお『仏説無量寿経』の訳者について、実際は仏駄跋陀羅(覚賢)と宝雲の共訳で、四二一年頃の訳出であるとされている。また、西晋の竺法護訳であって三〇八年の訳出であるとの説もある。
    本願寺出版 顕浄土真実教行証文類 P654−655 訳注より抜粋

    また阿弥陀信仰についてはその起源は古く八宗の祖と言われる龍樹も阿弥陀信仰を説いています。以下手元の資料を引用します。

    8『十住昆婆沙論』(原名はDasabhumi-vibhasa-sastra ・本当は発音記号ですので記号が加わっています。・10種類の階梯の註解、であったと考える)漢訳のみ存する。クマーラジーヴァ訳。本書も全訳ではなく、抄訳である。本書は『十地経』に対する註釈で、信仰にもとづく易行道について述べているのでとくに重要なものとされている。そして阿弥陀仏に対する信仰が易行であり、人が阿弥陀仏の名を聞いて、これを思念し、信仰の心をもってその名をとなえるなら、かれはすみやかにさとりに向かって決してしりぞくことのない(不退転の)状態に達することができることができると述べているが『大智度論』の著書と同一かどうかについては疑義がある。しかし、ナーガールジュナは、その全著作を通じて、『無量寿経』の思想に賛同していたことは認められている。第四章『十住昆婆沙論』も参照
    講談社学術文庫 龍樹 中村元著 P316より

    43 浄土論 一巻 天親菩薩造、菩提流支訳。詳しくは『無量寿経優婆提舎願生偈』といい、略して『往生論』ともいう。 中略 本書は、往生浄土の行を大乗仏教の実践道として明確化したものであり、本書の最初の注釈書である曇鸞大師の『往生論註』を通して、後世の浄土思想に多大な影響を与えた。七祖聖教の一
    本願寺出版 顕浄土真実教行証文類 P657 訳注より抜粋
    天親(世親)の浄土論に触れている本は他にもあったはずなのですがどの本に書かれていたがわかりません。浄土論においては阿弥陀仏だけの信仰が説かれているのではなく、幾つかの仏の浄土について説かれてはいますがその中でも阿弥陀仏の信仰が重視されていると書かれていたと記憶しています。
    龍樹と天親(世親)は共に大乗仏教の基礎を築いたインドの学僧ですので大乗仏教の成立以前から阿弥陀信仰が存在していたと考えるべきではないでしょうか。
    Posted by 星 良兼 at 2006年03月31日 13:41
    TITLE: 「元祖電波男」の喪男ノベル
    > http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/bun059.htm
    『梅原氏は、鳩摩羅什のことを大乗仏教への信仰も厚く多くの仏典の漢訳という偉業をなしたとは言え、絶望したニヒリスト「不幸なる意識」だという。彼は言語能力が極めて高かったが、訳と称しながら羅什自身の書としたほうが良い仏典もある。『龍樹伝』と『提婆伝』、さらに龍樹の『大智度論』と『十住毘婆沙論』も怪しいのである。後者の「易行品」は、龍樹が念仏往生をすすめた証拠として後の浄土教の建設者によって大切な証拠とされる仏典である。『大智度論』は『阿弥陀経』を褒め称えている。これらの信頼性は高くないのである。梅原氏は、羅什をいかがわしくメフィストフェレス的とまで言っている。女犯の戒をいとも簡単に破る。彼は「業」の強い者であり、彼の浄土信仰は内なる絶望に発していたのである。』
    Posted by えの at 2006年03月31日 14:06
    TITLE: 観世音菩薩の変化身
    http://www.butsuzou.com/jiten/kannon.html
    『法華経の「観世音菩薩普門品第二十五」に観音菩薩が三十三身に変化してあらゆる人々を、男になり、女になり、または仏にもなって自由自在に救われる姿が説かれています。観音の経典として最も人気があります。』
    ダライラマはおやzうわあなにをすr...一番好きな変化身は
    綾波観音
    http://homepage2.nifty.com/pinetop/eva/eva06.html
    『…初号機の角のようにただ独り歩むのよ』
    『愚かな者を道伴れとするな。独りで行くほうがよい。孤独(ひとり)で歩め。悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。林の中にいる象のように。「法句経(ダンマパダ)」』仏陀
    Posted by えの at 2006年04月01日 09:19
    TITLE: 千手観音
    舞踏「千手観音」
    http://www.sanin-chuo.co.jp/newspack/modules/news/264092009.html
    http://show.yomiuri.co.jp/photonews/photo.php?id=7170

    『無益な語句を千たびかたるよりも、聞いて心の静まる有益な語句を一つ聞くほうがすぐれている。「法句経(ダンマパダ)」』仏陀
    Posted by えの at 2006年04月01日 14:02
    TITLE: 「世界ふしぎ発見!」に佐々井秀嶺老師
    インド 巨大石窟に封印された伝説の都を求めて!
    http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery962_1.html
    Posted by えの at 2006年06月03日 10:17
    TITLE: 「ブッダは輪廻を説かなかったか 仏教と輪廻」石飛道子
    http://homepage1.nifty.com/manikana/essay/essay.idx.html
    Posted by えの at 2006年06月03日 11:13
    TITLE: ブッダの論理学体系=「十二因縁」と「演繹論理」
    ブッダは輪廻を説かなかったか  仏教と輪廻(上)
    http://homepage1.nifty.com/manikana/essay/reincarnation.html

    ブッダの体系は、大きく二つの部分から成っている。まず、中心に置かれるのが、縁起(因果関係)の論理学である。彼はこれを第一義とし、縁起を「これに縁ること」と具体的に呼んで、「如来が出現しても、如来が出現しなくても、これ(=「これに縁ること」)は確立している」と述べたのである。これは、わたしたちの住む自然界、つまり、現象世界を直接表現するための論理学である。
    この一方、ブッダは、思考の世界、つまり、言語世界についても論理学を打ち立てた。これは、演繹論理学の体系であって、彼の教説の中に非常に目立たない形で示されている。ここを明らかにしたのが、龍樹の『方便心論』なのである。
    一切のことがらは、この二つの論理学によって語られうる。
    ブッダの論理学体系の最大の特徴であり、また、彼の非凡さを示す点は、彼の体系が「閉じている」ということである。これは、体系の中で問われたこと一切に、答えが出せるという意味である。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年06月03日 16:59
    TITLE: 親鸞と立川流
    http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/itki/gaiden/gai2.htm
    『釈迦は弟子の要請に応えて、守るべき性的戒律を抽象的にではなく、おそろしく具体的な事例とそれに対する釈迦の判断を述べた問答集『律蔵』をのこした。』
    荼吉尼天
    http://ex.dakiny.com/dakiniten.html
    「弁財天と荼吉尼天」中村雅彦
    http://homepage3.nifty.com/yahoyorodu/bendaki.htm
    『荼吉尼天の原型はインドの夜叉神ダーキニーから来ている。ダーキニーは愛染明王の前身であり、その起源はインドのパラマウ地方(ベンガル地方の南西部)に居住していたドラビタ族の一部族、カールバース人が地母神の配偶者として信仰していた女神であり、元は農業神だった。』
    神仏混淆の「寺」・豊川稲荷
    http://www.ne.jp/asahi/rekisi-neko/index/toyokawa.html
    Posted by えの at 2006年06月04日 11:26
    TITLE: 「倉木麻衣の"Time after time〜花舞う街で〜"」中路正恒
    http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/aakayou/hanamau.htm
    『「もしも君に巡り逢えたら」とは、ほんとうは、わたしたちが死んで、またこの世に生れてきて、そしてその時また巡り逢えたら、ということなのである。だから「花御堂」なのである。今生の別れと、後の世の出逢いを繋いでくれるもの、祝福してくれるもの、お釈迦様の他にそんな存在があるだろうか? 「花舞う街」とは、だから、後の世の出逢いを、散り行く花とともに、お釈迦様が祝福してくれる、そういう街の姿なのである。(中略)それをこんなにも美しく、優しく、歌い、祝福した芸術が、かつてこの国に存在しただろうか。わたしはそれを知らない。倉木麻衣と大野愛果のこの曲は、まさしく、この時代の深さと優しさを久しく記念するものとなるであろう。』
    http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00011ZF58/
    Posted by えの at 2006年07月02日 14:23
    TITLE: 歌姫とは、巫女であり、神の依り代
    Time after time〜花舞う街で〜
    http://www.geocities.jp/mai_k_i_like/s_15.html
    「山口百恵という逆説 歌姫ということ」
    http://www5a.biglobe.ne.jp/~toppon/momoe.htm#utahime
    『思えば、芸能とは、宗教から派生したものだった。神社や寺院の勧進興行が、芸能の始まりだった。そして、歌姫とは、巫女であり、神の依り代であり、彼女の肉体と精神が恍惚感に満たされるとき、観客は涙を流すであろう。』
    「玉依姫という思想」中路正恒
    http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/tohoku/tamayori.htm
    麻衣タンに女神が憑依して作詞させたのであろうか。
    http://www.yume-jinja.net/contents/venus.php
    Posted by えの at 2006年07月04日 14:09
    TITLE: 和歌三神
    住吉明神、玉津島明神(衣通姫)、柿本人麻呂
    玉津島神社
    http://kamnavi.jp/ki/city/tamatu.htm
    古代史の中の姫君たち:衣通郎女
    http://www.infonet.co.jp/nobk/hime/sodousi.htm
    Posted by えの at 2006年07月06日 08:52
    Posted by えの at 2006年07月08日 03:22
    TITLE: 大阿弥陀経寺
    >中国浄土教開祖は慧遠
    http://www.jodo.jp/32-349/
    『大阿弥陀経寺(山田俊明住職)を開く澄円(ちょうえん)菩薩は仏教に精通し、天台宗を学んだ後に、浄土宗の教えを学んでいる。正中二年(1325)には浄土教の源流を求めて中国(元)に渡り廬山(ろざん=江西省)の東林寺において中国浄土教の祖である廬山慧遠(えおん)が念仏修行のために結んだ結社である白蓮社(びゃくれんじゃ)の流れに学んだ。そして、帰国後の元徳二年(1330)故郷である泉州堺浜に、旭蓮社(ぎょくれんじゃ)と名づけ廬山の寺に模した寺を草創した。これが大阿弥陀経寺の開創となっている。
    現在浄土宗僧侶の戒名には○蓮社という文字がつくが、この初めとなったのがこの寺ということになる。』
    Posted by えの at 2006年10月01日 01:23
    TITLE: 戒名と法名。何が違うのか(西原祐治)
    http://www.jade.dti.ne.jp/~otera/siki-houmyou.htm
    『目黒区にある祐天寺の巌谷勝雄師が往生(註2)されたときのことです。
     早速、ご仏前をお預かりして祐天寺へ行きました。焼香し、巌谷勝雄師の戒名を手帳に控えていると、この戒名が長い。その私の様子を見た案内役の僧が、『これをどうぞ』とはし袋のような長い紙編を下さいました。そのはし袋のような紙には祐天寺第二十世中興とあり「一心光院徹蓮社貫誉上人顕阿白道愚精進勝雄上座大和尚」とありました。』

    印度山日本寺
    http://homepage2.nifty.com/nipponji/
    Posted by えの at 2006年10月09日 11:43
    TITLE: 「蓮阿弥陀仏」
    神田山日輪寺
    http://www.ne.jp/asahi/meitei/pedantry/region/tokyo/masakado9.html
    『1305年、時宗の真教上人が首塚の地を訪れた時には、塚は荒れ果て、周辺には将門公の祟りが原因と言われる疫病が流行っていた。そこで上人は“蓮阿弥陀仏”の法号を与え、塚を修復して供養した。』
    http://www.ippusai.com/hp_home/edo_tokyo/edo120.htm
    Posted by えの at 2006年10月09日 13:01
    TITLE: 「楼蘭芸術からみたヘレニズム芸術の東伝」陳暁露
    http://dsr.nii.ac.jp/narratives/discovery/04/
    『『出三蔵記集』支謙伝の記載に、大月支の高僧、支謙の「祖父法度、漢の霊帝の世(168-189年)を以て国人数百を率いて帰化し、率善中郎将を拝せり」とある。ここから北京大学の林梅村教授は、仏教の中国伝来は、幾千幾百ものクシャーン大月氏移民が後漢の霊帝年間に于闐、亀茲、鄯善、西安、洛陽に居留したことに直接関係するという』
    Posted by えの at 2007年02月08日 12:14
    TITLE: 「いにしえの国際人・鳩摩羅什」山上證道
    http://www.kyoto-su.ac.jp/~yamakami/kumarajiva.html
    『インドの出家者がインド中国を結ぶシルクロード亀茲国へきて、そこで知り合った聡明な女性との間に生まれたのが鳩摩羅什である、という事実からみても、彼は、はじめから経典翻訳を担う運命にあったのかもしれない。』
    Posted by えの at 2007年02月10日 11:21
    TITLE: クシャーン大月氏
    > 一、『仏説阿弥陀三耶三仏薩楼仏壇過度人道経』二巻(『大阿弥陀経』と通称。呉の支謙訳。二二二〔または二二三〕−二五三年の訳出。ただし後漢の支婁迦鑯訳とする説もある)

    http://www.kosaiji.org/Buddhism/china.htm
    『支謙(195?‐254)は大月氏の帰化人で、在俗の訳経家。支婁梼讖の孫弟子にあたる。洛陽で西域諸言語を学んで六ヶ国語に通じた。』
    支婁梼讖、支謙の支は大月氏であることを示す。
    http://www.kaho.biz/gessi.html
    Posted by えの at 2007年02月10日 12:00
    TITLE: 残念ながらあったのです。
    「校長自殺事件の真相」を初めとして本当に秀逸な記事が多いですが、あまりに守備範囲が膨大すぎるから、時にへんてこなこともお書きになられているので、ちょっと書かせていただこうと思います。

    <日本の「本流」の仏教界よ。いままでに、ブッダガヤを仏教徒のもとに返せ、と1度でも叫んだことがあったのか!>

    残念ながらあったのです。明治年間に戒律復興運動に尽力したが勧修寺と仁和寺門跡にもなったが結局は真言宗から浮いてしまった雲照律師がそれです。ブッダガヤの大菩提寺遺跡を復活させて仏教僧団の国際組織の共同管理という形体で運営できないかと資金集めと交渉を働きかけていた。英国の総督府に独立運動の隠れ蓑になるのではと疑われてうまく行かなくなってしまった。
    この雲照律師のおかげで後七日御修法も場所は宮中から東寺へ追いやられたが、なんとか廃絶を免れて真言宗という組織が崩壊せずにすんだことは真言宗の坊さんの間でもあまり意識されていないようです。

    ******

    これに対して龍樹を自称したアンベードカルの幽霊から引き継いで偽龍樹先生(ささいさん)が率いる団体は四諦の苦諦(輪廻)を否定しているので、三宝をも否定していることになる。一言でいうと「仏教」とは看板だけの賤民一揆です。そんなものが大菩提寺を持っていたことなどは一度も無いので、中国が「尖角列島は自国の領土だ〜」と主張することと同じです。

    また偽龍樹氏は南天の鉄塔(実在したら真言宗は成立していないことになる)を発見したと触れ回り、勝手に名前をつけている。仏教遺跡であることをかなり疑っていた頼富先生が彼よりの記事を書いているが、個人的な弱みにつけ込まれてゾンビ宮本(こーけん)達に取り込まれてしまったというのが真相です。この三月まで勤務しておられた大学にも◯◯峰哲(ボンチョル)という畜生顔な悪者(ゾンビ宮本と同じ派の真言宗僧侶)がいて己の野心の為に先生を引きずり込んだという伏線がある。

    そもそも賤民一揆でなくてもインドには仏教徒という在家の集団は厳密には存在していなかった。あったのは出家の僧団のみ。インドの宗教のあり方として仏教信仰は個人的なものであって、基層部分の冠婚葬祭はバラモン種姓の神職が行っていた。バラモン種姓の仏教の信者は多く、お釈迦さんの弟子たちの多くはバラモン出身です。信者というのは布施によって関わった関係である。在家信者がジャイナ教の僧団にも布施をしたし、他の宗教の僧団にも布施をした。出家教団や神職は布施の分捕り合戦で対立することはあって書物には相互の批判だらけであっても仏教がヒンドゥー社会に於いて異質なものではなかった。在家の冠婚葬祭にも関わりを持つ今のヒンドゥー諸教の形体はイスラムが入って来てから形成されていったものである。奈良康明『インド仏教史』(山川出版)をみられたし。
     ヒンドゥーという語はペルシャ語が語源であってイスラムの人々から出た言葉です。仏教のお坊さんから出た言葉ではないです。仏教はジャイナ教やシヴァ教やヴィシュヌ教etcと同様にヒンドゥーの構成要素の一つにすぎなかった。イスラムにお寺が壊されて坊さんたちがネパールなどの辺境で仏教が残るところへ逃れたから消えていった。歴史的に仏教をヒンドゥーと対立するように書くのは誤りです。

    日本人にはアンベードカルが仏教復興をしたなどと書く者がいて困り者ですが、彼は最初はシーク教でやっていくつもりだったが、ある時政治的な理由から空き巣狙い的に仏教を利用できることに気がついて鞍替えしたて体よく教義を改変してでっち上げたににすぎない。連中よりの記述ではお釈迦さんは時代の制約で不完全だったので、アンベードカル菩薩様が完成させたと書いている。


    もしも大菩提寺が賤民一揆の手中に帰したら、インドに地獄の門があいてポルポト的な世界が現出することになることを指摘する声が全く聞こえて来ないのが不思議です。高い理想を掲げたのはポルポトも同じであり、ガーンディーが「死の断食」をしたのはアンベードカルを抑える為であったことは日本ではあまり書かれないようですね。独立の混乱期に賤民一揆を容認すれば、ヘドロを引っ掻き回した状態となるからです。

    稿を改めますがこれは実は偽龍樹の高尾山での師匠である山本秀順を介して広島の校長自殺事件とも深い部分で繋がっていることです。
    Posted by Shahpuhr at 2011年04月25日 20:44
    TITLE: >残念ながらあったのです。
    >残念ながらあったのです。明治年間に戒律復興運動に尽力したが勧修寺と仁和寺門跡にもなったが結局は真言宗から浮いてしまった雲照律師がそれです。(Shahpuhrさん)
    おー、そうなのですか。ご教示ありがとうございます。

    >奈良康明『インド仏教史』(山川出版)をみられたし。
    参考文献もありがとうございます。

    アンベードカルの運動は日本の水平社・部落解放同盟と似たところもあります。彼はアメリカ留学でデューイのプラグマティズムを学び、黒人解放運動の影響を受けてインドに帰ってきた人。行動力、交渉力もあり、イギリスの政界に取り入り、ガンジーに対抗して弁論を貼り、ついには初代法務大臣にまでなったので、偉いではございませんか!

    まあ、彼にとってはシークでも、イスラムでも、キリスト教でも何でもよかったわけです。部落解放運動の上に、新興宗教が乗っているわけですから。疑似キリスト教にたとえれば、アメリカのモルモン教やエバンジェリスト系みたいなものでしょうか。仏教のようで仏教でない、でも仏教かも、さてどうでしょう。

    まあ、あまり「賤民、賤民」とおっしゃらずに。なぜポルポトとまで?確かに1億を超える勢力になっており、権力闘争もあるはずでが、ヒンドゥーのバラモン系を頂点とした支配構造と差別はいまだに凄まじいものがありますから、社会運動はまだまだ続いているわけです。

    >実は偽龍樹の高尾山での師匠である山本秀順を介して広島の校長自殺事件とも深い部分で繋がっていることです。
    それは興味深いですね。おっしゃっている校長自殺事件の記事とは、以下のことですか? 別稿をお待ちしております。
    http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1180013
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2011年04月26日 10:57
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