■■ 親王・内親王 ■■
現在、「親王」と呼ばれる人が6人いる。
訂正:高円宮憲仁(のりひと)親王は2002年に逝去・・・・天皇のいとこ(大正天皇の孫)
「親王」は男の皇族につけられる敬称のようなものだが、適用範囲を知らなかったので、調べることにした。「天皇から数えて3世までの男子」という説明がよくがあるが、もっとわかりやすくいうと「元天皇または現天皇の、子供または孫」ということ。お父さんかお祖父さんに天皇がいる人のことである。女子の場合は「内親王」になる。(ただし皇籍を離れた場合は除く)
ひいお祖父さんに天皇がいる場合は、男子は「王」で女子は「女王(にょおう)」になる。まあ、あまり使う機会はないと思うが、「○○王」(ラーメン王、盗塁王etc)と自称する人がいたら、「ひょっとしたら、皇族の方ですか」と気を遣ってみることにする。
■■ 宮家と幼名 ■■
皇室・皇族の呼び方でやっかいなのは、「〜宮」が2つの意味で使われていること。1つは「○○家」という「宮家」であり、もう1つは「幼名」である。「宮家」は本籍を分籍するようなもので、苗字のかわりにもなる。
一方、浩宮(ひろのみや)のような幼名は、皇族ならば誰でももらえると思いきや、さにあらず、天皇あるいは皇太子の子供に限定である。ということで、秋篠宮の長女(眞子)と次女(佳子)に「〜宮」という幼名が存在しない。
幼名や諱(いみな)をつけるときの出典由来だが、あいかわらず中国の古典がよく使われている。
第124代(昭和)天皇の新宮以降の称号と名前
敬宮(としのみや)愛子(あいこ)の出典は、「孟子」の「離婁章句下〈りろうしょうくのげ〉」の「孟子曰(いわ)く、君子の人に異なる所以(ゆえん)の者は、其(そ)の心を存するを以(もっ)てなり。君子は仁を以て心を存し、礼を以て心を存す。仁者は人を愛し、礼有る者は人を敬す。人を愛する者は人恒(つね)に之(これ)を愛し、人を敬する者は、人恒に之を敬す」で、「人を愛する者は、他人も常にその人を愛し、人を敬〈うやま〉う者は、他人も常にその人を敬うものである」との意味」である。
◇◇昭和天皇の子供の場合
◇◇今上天皇の子供の場合
■■ 諱(いみな) ■■
「裕仁」などの諱(いみな)は、男子では「〜仁」が圧倒的で、女子はすべて「〜子」と決まっている。「昭和天皇」などの諡(おくりな)に加えて、この諱(いみな)まで覚えている人は、かなりの皇室オタクである。私は次の7人ぐらいにしておきたい。
憲仁さまは、既に故人でいらっしゃって「現在…」に入れるのは、どうかと。
もしお元気でいらしたら、皇統問題をどうお考えか、お聞きしたかったような気がします。発言なさるかどうかは別ですが。
また曽祖父が天皇でいらっしゃって、皇族のお生まれの方のうち女子は
「王女」じゃなく「女王」かと。
でもって、これは「じょおう」じゃなくて「にょおう」と読むんだそうですよ。
目の前に、のどかな平安朝の世界が見えてしまいそうです。
いやはや、大変なまちがいを2つもご指摘いただきました。訂正いたします。お勉強ブログで、申し訳ございません・・・。
しばらくは日本の皇室の解説が続くものと思われますが、明治政府が強く意識したヨーロッパの王族システムってそのうちに出てくるのでしょうね。
オランダでは4/30がQueen's Dayという祝日なんですが、第二次大戦後に即位した前女王の誕生日でして、亡命したり、お家が断絶したり、オランダからベルギーが分離独立して新しい王族が赴任(っていうのかなぁ)するってどういう風にやったのかも参考になりそうです。
>目の前に、のどかな平安朝の世界が見えてしまいそうです。
早良親王
http://www.linkclub.or.jp/~mcyy/kyo/makai/sawara/sawara.html
悪路王の首像をみる
http://osaka.yomiuri.co.jp/katati/ka50328a.htm
平安時代が平和だと思ったらおおまちがい。逆説の日本史・えの不動明王を怒らせてはいけません。鎮魂のお祈りをしましょう。ナウマクサマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソハタヤ・ウンタラタ・カンマン・・・・・
>悪路王の首像をみる http://osaka.yomiuri.co.jp/katati/ka50328a.htm
「アルテイ」はすでに演劇になっているんですね。楽しみ、楽しみ。宮崎駿の『もののけ姫』は、終わり方(=デウス・エクス・マキナの手法)はいまいちでしたが、蝦夷アルテイの末裔(=アシタカ)を取りあげた点は、画期的でした。
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31016543
神田明神(平将門)にほうに「縁」があるので不動明王の真言はおやめください。
成田山と平将門の永久戦争
http://kumokiri.net/kumo/kumo2.html
平安朝は、そういう時代でもありましたね。
皆様、ご指摘、かたじけのうございます。
でもって、
「のどかな、七段飾りの世界が、見えてきそうです」と訂正。
あの中は、さすがに凄まじい権力闘争なぞないと…思いたい…
>神田明神(平将門)にほうに「縁」があるので不動明王の真言はおやめください。
神田明神(平将門)の
怨霊シリーズ(1) 「長銀破綻と将門怨霊」三宅善信
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-16.htm
レルネット主幹の三宅善信は、金光教ではありませんか!!!!
現代の世情を宗教学・神話学・民俗学から縦横無尽に斬る、現代日本の碩学。
このコラムシリーズはすごいぞ!!
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/index-3.htm
三宅善信制作番組が「スカパー!」で大好評
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/sky00.htm
『文字化けした歴史を読み解く―われわれは日本のことをどれだけ知っているのだろうか』 三宅善信対談集
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4893369377/503-5152373-7954317
三宅善信は、同志社大学神学部で、佐藤優の1年上の先輩
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/4fab59d041498039f58566a4bf8153cc
×アルテイ ○アテルイ (お恥ずかしい)
東北王朝のアテルイ様です。「蝦夷」を「熊襲」とバカにしたサントリーの皆様、アテルイ様の祟りをお忘れなく。
岩手県水沢市 黒石寺 薬師如来坐像(国重文)
http://www.yamagata-net.jp/usr/yamagu2/bukkyo/page/A0002.html
は会津藩士池上武輔の第4子
http://kingendaikeizu.net/akisinomiyakikohi.htm
http://www4.airnet.ne.jp/soutai/07_douzou/02_i/ikegami_shirou.html
親王殿下(皇孫殿下)は会津藩に「縁」浅からず。
保科・松平氏時代(1643〜1868)
http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/j/kanko/history/rekisi_new/hosina.html
保科正之が残した会津藩の家訓
http://www7a.biglobe.ne.jp/~jigenji/kakin.htm
白虎隊記念館 池上四郎籠城少年隊員(12才)(後大阪市長)
http://www.db.fks.ed.jp/txt/20042.001/html/00002-03.html
http://www.koyasan.or.jp/info/news/cont/060914.html
http://www.choshuya.co.jp/prince/royal_sword.htm
『平成十八年九月六日午前、秋篠宮妃の紀子様新宮悠仁様をご出産。同日天皇陛下から新宮様に護身の印である「守り刀」が贈られた。「賜剣(しけん)の儀」である。守り刀は刃長八寸五分(25.7cm)の白鞘入の短刀で赤地錦袋に納められている。短刀の作者は、今回は重要無形文化財保持者の天田昭次刀匠である。』