人の国の歴史をいい加減に扱うアメリカのことである。「ヒンディー語はアラビア文字で書かれている」とか、ヒンズー教のバラモン(僧侶)の写真に「ムスリム」というキャプションをつけるとか、とんでもないことをやっている。インド人が怒るのも無理はない。
が、勢いつけたヒンズー原理主義の諸団体が、これらの訂正と同時に「アーリア人がインドに侵入した」という記述を削除するように要求している。(参考:Christian Science Monitor:India history spat hits US(2006/1/24))
「アーリア人侵入説」は、言語学の分野から持ち上がってきたものだ。『グリム童話』でおなじみグリム兄弟は、辞書編纂や言語学者としても有名で、インド・ヨーロッパ諸語の子音を比較し、「グリムの法則」(ゲルマン第一子音推移)を発見した。比較言語学のさきがけである。
「インド・ヨーロッパ語族」という分類から、北インドのヒンズー支配層は、BC3000〜8000年に、欧州・中東・小アジア・コーカサスから移動してきた西ヨーロッパ人ではないか、と推理されるようになった。つまり「白人、金髪、青い目」の侵略者たちが、先住民のドラヴィダ語族の民族を南に押しやり、北インドではカーストの支配者となったのではないか、という話なのだ。
これに噛みついているのは、ヒンズー原理主義のインド人民党(BJP)と、その関連団体(アメリカでは「ベーダ財団」や「ヒンズー教育財団」)だ。インドでは、マハトマ・ガンジーや初代首相のネール以来、国民会議派(Congress)が与党となって政権を担当してきたが、1997年にインド人民党が第1与党となって、政治マップが塗りかえられている。
この動きの伏線となったのが、1992年のアヨーディアのモスク破壊事件だ。インド北部ウッタルプラデシュ州のアヨーディア(Ayodya)は、古代叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公「ラーマ」の聖地だ。ヒンズーの聖地にイスラムのモスクがあるのは許せない、というヒンズー過激派がモスクを襲撃した事件である。
この動きは現在にまで連綿と続いており、イスラム教やキリスト教には「インドから出て行け」と叫び、下層カーストには「ヒンズー教の秩序を乱すな」と睨みを利かせている。この勢力の極右グループの間では、女性の権利はなきに等しい。女性の再婚は論外であり、夫が死んだ場合は、一緒に生き埋めにされるサティ(sati)という習慣もある。夫や義理の父母にタテをついた女は殺されても「事件」にならない。
このようなヒンズー原理主義者たちにとって、もう1つ許せないのは、5年前から話題になり始めた「DNA分析」である。
◆San Francisco Chronicle:History of Aryan Conquest of India Told in Modern Genes(1999/5/26)
Thus today's genetic patterns, the researchers explained, vividly reflect a historic event, or events, that occurred 3,000 or 4,000 years ago. The gene patterns "are consistent with a historical scenario in which invading Caucasoids -- primarily males -- established the caste system and occupied the highest positions, placing the indigenous population, who were more similar to Asians, in lower caste positions."
アメリカのユタ大学とインド南部のアンドラプラデシュ大学による共同研究である。インドのカースト別のDNA分析から、侵攻したのは「コーカソイドの男子」であり、先住民の下層階級の女子と混血してきたことが証明された、というものだ。
インドのカースト制度は、「4階層+不可触民」で、実質5階層になっている。1930年にイギリスがとった人口統計によれば、
という比率で、これにイスラム教、シーク教、キリスト教、ゾロアスター教などの「異教徒10%」をたすと、100%になる。1930年以来、1度も統計調査がないというも驚きだが、不可触民(穢多非人)の「15%」という比率は、実際はもっと高いと言われている。
DNA分析の共同研究では、上層カースト(バラモン+クシャトリア+ヴァイシャ)、中層カースト(シュードラ)、下層カースト(アンタッチャブル)に分類し、アフリカ人、アジア人、ヨーロッパ人のDNAと比較している。
表内の数字は、小さいほど関係性の距離が短い(先祖の共通性が高い)ことを示す。(表のソース:Genetic Evidence on the Origins of Indian Caste Populations(初2000.11.29/更新2001.3.22))pdfファイル
■Y染色体のSTR分析
| アフリカ人 | アジア人 | ヨーロッパ人 | |
| 上層カースト | 0.0166 | 0.0104 | 0.0092 |
| 中層カースト | 0.0156 | 0.0110 | 0.0108 |
| 低層カースト | 0.0131 | 0.0088 | 0.0108 |
ここで使われているDNA分析は、STR(short tandem repeats)分析と呼ばれるもので、DNAの中の3〜7塩基対で構成される短鎖反復配列のパターンを調べるもの。ニットのセーターに例えていうと、連続反復される「単純編み」の部分が、セーター全体でどのようなマッピングになっているか調べるものだ。マッピングのイメージは、たとえばこんな感じ。
日本の皇位継承問題でもおなじみの「Y染色体」だが、これは男系の遺伝を示す。インド人の「男系遺伝子」は、ヨーロッパ人とアジア人と同じぐらいの距離にある。カースト別でいうと、上層カーストとヨーロッパ人の関係がもっとも近い。低層カーストはアジア人にもっとも近い。
■ミトコンドリア染色体のHVR1分析
| アフリカ人 | アジア人 | ヨーロッパ人 | |
| 上層カースト | 0.0179 | 0.0037 | 0.0100 |
| 中層カースト | 0.0182 | 0.0025 | 0.0086 |
| 低層カースト | 0.0163 | 0.0023 | 0.0113 |
ミトコンドリアのDNAは、母親のものだけが子供に伝わり、父親のものは次世代にはまったく関与しない「母系遺伝」になっているので、母系分析に使われる。ミトコンドリアDNAでは大きく変化する場所(HVR=Hyper-Variable Region)が2ヵ所あり、それぞれHVR1、HVR2と呼ばれる。
この分析によると、インド人の「先祖の女性」は、歴然とした数値をもって、アジア人に近い。低層カーストがもっとも近く、上層になるにつれて距離が離れていく。
以上の研究から、インド人の母系と父系に明らかな「系統」が生じており、1)「アーリア人の男性」が「ワンランク下の先住女性」と混血を繰り返した、2)「低いカーストの男性」が「高いカーストの女性」と結婚するケースはほとんどなかった、という結論になる。
しかしながら、ヒンズー原理主義グループの悪あがきはタチが悪い。「Y染色体」の話は隠蔽し、「ミトコンドリア染色体」のみを強調して、「インド人はみな同じ、5万年前まで遡る同種である」と宣伝している。
◆Hinduism Today:DNA Exposes India's Past New theory posits that today's Indians arrived over 50,000 years ago(July/August 2001)
カリフォルニア州の教科書修正問題でも、悪あがきを続けている。「アーリア人侵入説」はインドを分断するための「19世紀のヨーロッパの陰謀」だといい、ヒンズーは古来より1つであって、女性差別やカースト差別の記述は不当である、という。
◆Christian Science Monitor:India history spat hits US(2006/1/24)
In one edit, the HEF asked the textbook publisher to change a sentence describing discrimination against women in ancient society to the following: "Men had different duties (dharma) as well as rights than women."
【要約】女性差別など存在しない、男性には女性とは異なる義務と権利がある。
【要約】女性差別など存在しない、男性には女性とは異なる義務と権利がある。
In another edit, the HEF objected to a sentence that said that Aryan rulers had "created a caste system" in India that kept groups separated according to their jobs. The HEF asked this to be changed to the following: "During Vedic times, people were divided into different social groups (varnas) based on their capacity to undertake a particular profession."
【要約】「アーリア人がカースト制度をつくった」はウソ。「ベーダ時代には、人々はそれぞれの職能に応じて、異なる社会グループに分かれた」に書きかえろ。
【要約】「アーリア人がカースト制度をつくった」はウソ。「ベーダ時代には、人々はそれぞれの職能に応じて、異なる社会グループに分かれた」に書きかえろ。
カリフォルニア州は以前、「南京虐殺を教科書に入れろ!」という中国ロビー軍団の要求をはねかえした実績がある。今回のインド軍団に対しても、同様の善処を期待したい。
■つぶやき:歴史教科書の問題といえば、「つくる会」の内紛で執行部の総入れかえが起こっている。「つくる会」の役割はこれで終了かと思われる。中核派の活動や、中国や韓国の異常性を多くの人に知らしめた「つくる会」の活躍に感謝したい。と同時に「ヒンズー原理主義」ほどひどいとは思わないが、「日本会議」という団体のやり口は(いまのところ)賛同できないので、私の「つくる会」応援も、これで終了としたい。
参考:西尾幹二のインターネット日録:「つくる会」顛末記(2006/3/7)
http://www.ffortune.net/symbol/sinwa/sinwa/sin012.htm
『イラン人の宗教ゾロアスター教とインド人の宗教ヒンズー教は兄弟の関係にあり、互いに似た神格が存在します。(中略)ここでペルシャでは善神がアフラと呼ばれ、悪神はダエーワと呼ばれているのに対し、インドでは善神がデーヴァと呼ばれ、悪神はアシュラと呼ばれています。つまり善悪が反転しています。』
千夜千冊『ゾロアスター教』メアリー・ボイス
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0376.html
『互いに神と神判を取りあい、互いにその絶対化を競って、先にアフラの絶対化に走ったイラン系を、インドはこれに対抗して同格のアスラを悪神化してしまったのだ。』
インドの神々
http://www2u.biglobe.ne.jp/~india/home60-6.htm
インド、問題になってる時代が昔すぎてなんでも言えそうで収拾がつかないかもしれませんね。染色体はともかく、その時代何があったのかなんてわかんないですよ。白人の発想としては白人男が侵入した先で先住民の女に子供産ませるというのは、馴染みやすいストーリーなんだろうけどもね。
ところで、西尾幹二ですが。教科書をつくる会には関心なかったけど、西尾幹二のファンだったりしてるんで、気になりますね。日本会議ですか。
http://www.nipponkaigi.org/index.htm
サイトのトップに、「誤解してくれ」といわんばかりの写真を載せてるのは何故なんでしょう?いきなり無神経な印象を受けてしまいました。
朝日を襲撃した赤報隊についての本を読んだりしたので、日本の保守系の大衆運動がどないになってるのか、興味が湧いてきたところだったんですよ。右も左も真っ暗闇ということなんでしょうか?
デーヴィッド・フローリー(David Frawley)による「アーリア人侵入説」ttp://nierika.web.infoseek.co.jp/sarasvati.htm への反論があります。
日本人でもバーガヴァタ・プラーナを訳された方がこの視点に立っています。
その主張は、最近発売されたバーガヴァタ・プラーナ下巻の末尾に
収められています。
>【要約】女性差別など存在しない、男性には女性とは異なる義務と権利がある。
こうした言い換えをもってよしとする相手であるため、
ヒンドゥー側の主張には眉に唾をつけて相対することが必要ですが。
イスラム教原理主義とか、キリスト教原理主義と同じく
ウソ八百の自慰的主張ばっかりですよ。
アーリア人といえば聞こえはいいが、結局のところは
タリバーンで有名なアフガンのパシュトゥーン人ですよ。
タリバーンはイスラム教原理主義の組織だと思われてますが
実はそれ以上に偏狭なパシュトゥーン至上主義の組織です。
ヒンドゥー教の中にもこういう野蛮極まりない精神が生きている。