■推進派の言い分
1)性犯罪の防止・・・・好奇心と欲求への対処
2)予防医学・・・・性病、妊娠、避妊の理解
3)個性の尊重・・・・男女の「色分け」は多様性をつぶす
4)非「差別」教育・・・・身障者、同性愛への理解
5)精神衛生、おおらかな性・・・・自慰、性交は「恥ずかしいもの」にあらず
■反対派の言い分
1)性非行の助長・・・・導入早い、内容露骨、寝た子を起こす
2)歯止めなき「混合名簿」・・・・出欠簿に始まり、同室宿泊まで
3)男女別という豊かさの軽視・・・・性教育、体育は分けたほうが効果的
4)伝統文化の破壊・・・・ひなまつり、服装コード、言葉づかい
5)反「男社会」への執心・・・・権力と男社会に「復讐」する女教師群
推進派と反対派の言い分を5つずつ挙げてみたが、どうでしょ?他にこんな大事な点が抜けている、と思われる方はコメントへどうぞ。
以下、上記の分類はあまり気にせずに、私の脳内整理ノートである。
「性犯罪」は男子が加害者のケースが圧倒的だが、思春期前の「男の子が女児にいたずらする」行為は、外性器の図解や性のしくみを解説することで軽減できるらしい。特に知的で好奇心旺盛な男の子の場合がそうなのだが、「隠されているものは見たい」という欲求が強い。見てしまえば「な〜んだ、そうなっているのか」とある程度安心する効果はある。私が小学6年のときも、女子トイレには「大」「小」の区別がないので、おしっこもお尻の穴から出ると信じている男の子がいて、かなり悩んでいた。
性教育は結構だが、いくらなんでも小学3年生にこれは早過ぎないか、という意見もある。一番いい性教育は、家庭に年の近い「異性」の兄弟姉妹がいることだが、最近は1人っ子が多く、これもままならない。
◆ヌード写真をじっと見る小学生の息子に悩んでいます
先日、小4の息子が、父親が買ってきたらしい週刊誌の女性のヌード写真を、しげしげと見つめている光景に出会いました。高校生くらいになると、そういうこともあるのかなと思っていたのですが、こんなに早くから女性の裸に興味をもつものなのでしょうか。男の子たちの性への関心は、どのようになっているのでしょうか。
33歳 母親
33歳 母親
こんなことを不思議がっている母親もいるので、子供の性教育の前に、大人の性教育も必要かもしれない。男の子の「ヌード写真」遍歴は、早くは小3ぐらいから始まって、線路はつづくよ、どこまでも、なのである。中学・高校になると、過激なビデオやDVDを学校でこっそり交換しているかもしれない。インターネットをつなげば、おぉぉ〜という「豊饒の海」が広がっている。
いかに過激な「性教育教材」があろうとも、学校の「保健教科書」や「副教材」で満足する男の子はいない。学校で「美しいヌード写真」を配布したり、「健全なビデオ」「スパムのない健全なエロサイトのアドレス集」を配ってくれるなら、話は別だが。エロをネタに金を騙し取るサービスは、古来より尽きることがないので、これに騙されないための「エロ・リテラシー」や「消費者の知恵」も、どうせなら教育したほうがよい。(政治家と外交官の「性教育」も絶対必要だ、と思わない?)
私が小学生のときは、女子だけを集めての「性教育」はあったが、男子版はなかったようだ。(いまはあるの?) 男女が一緒に学ぶ「性教育」よりも、男女別のほうが突っ込んだ意見交換ができること、まちがいなし。女子の初潮・生理の問題は、女の先生のもとで女子だけでやればよいし、男子の朝立ち・射精の問題は、男の先生のもとで男子だけで派手に盛り上がればよろしい。
最近「男女混合名簿は性犯罪・性非行の温床だ」という意見を目にして、最初は何を極端なことを言っている、というのが第一印象だった。イギリスのわが子の学校も「男女混合」だが、これをもって「性犯罪・性非行の温床」という人は皆無である。
「男女混合名簿」の第1歩は、「出席を取る順番」を男女混合の五十音順にするわけだが、場合によっては、雨具やロッカー、靴箱の配置もこれに順ずることになる。さらに集会の整列も混合となり、体育の授業も、着替えも、身体検査も、運動会の騎馬戦も、と発展し、修学旅行の同室宿泊もあるとか、ないとか。
「混合名簿」が「混合配置」になり、「混合整列」や「混合体育」に発展し、「混合性教育」や「混合着替え」にエスカレートするわけである。
この良し悪しは学年にもよる。幼稚園や保育園では「混合トイレ」はあるだろうが、さすがに小学校では聞かない。小学校で雨具掛け、ロッカー、靴箱が混合になることを心配する人もいるが、そもそもクラスの座席配置も男女混合をやめよ、という意見だろうか。
着替えは、小学5〜6年になると少々微妙である。私の小学校では6年生になっても同室だった。特に夏のプールの時間で水着に着替えるときは、女の子は一生懸命に「隠し技」を披露するが、これを見破ろうと、いじわるな視線をじ〜っと送る男の子は必ずいるものである。
二十歳をすぎてから聞いてビックリしたことだが、私の友人が育った地域では、体育のある日は、女子は自宅からブルマー穿いていくのが「常識」だったという。水泳のある日は自宅から水着を着ていくという。そんな「窮屈」な話は、私の育った地域では信じられません・・・。
地域差は意外に大きい。私は田舎ものなので、東京に出てくるまで「コンドーム」を見たことがない。渋谷界隈で遊んでいる中学生を見ていると「目覚めないわけがない」と思ってしまう。実際、首都圏育ちの女友達は、初体験が15才とか、18才とか言っていた。これを聞いたときは、ぶったまげたが、彼女たちからすると、私は「化石のような人」だという。
私のような「化石」はこの30年間で、ぐんぐんと減少中である。(財)日本性教育協会の「青少年の性行動調査」によると、高校生の性交経験者の比率は以下のように推移している。
で、大学生になるとこんな具合である。
このような現状の中で、予防医学や避妊&中絶の問題、「傷つかない、傷つけない」異性関係を考えていく必要がある。
斎藤美奈子の『妊娠小説』(ちくま文庫)という本があるが、「望まれない妊娠」を描写した小説を分析したものだ。「妊娠小説」群には、妊娠の結果悲劇を迎えるものが大半だったが、最近はあっけらかんとしたものある。「性交」を肯定し、「避妊の知識」を深め、男女が豊かに生きていく「ビルドゥングス・ロマン(成長型青春小説)」はないものであろうか。
本田透『電波男』
http://ya.sakura.ne.jp/~otsukimi/hondat/kimoi/kimoiden.htm
千夜千冊『恋愛と贅沢と資本主義』ヴェルナー・ゾンバルト
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0503.html
押野武志『童貞としての宮沢賢治』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480061096/
ヘンリー・ダーガー『非現実の王国で』
http://www.tssplaza.co.jp/~visual/k/darger/darger%20top.html
付け加えるとすれば、ジェンダーフリーを支えている人たちの問題があります。女性・人権・平和といったプロ市民連帯や、国際女性団体の連帯、国連NGOを舞台とした左翼活動がうさんくさいっていうのもあります。
その一方で反ジェンダーフリーの連中の影に統一教会ありとも言われています。まぁ統一教会なんておっそろしい団体の名前を挙げなくても、同性愛と中絶を容認するキリスト教団体は少ないわけで。
ジェンダーフリー推進派の一部は、器具や避妊薬を売りつける企業群(製薬会社など)と連携しており、「恋愛資本主義」の一派ともいえます。
ヴェルナー・ゾンバルトは20世紀初頭の考察ですが、テレビ・映画の映像メディアが登場して以降の分析は、『Consuming the Romantic Utopia: Love and the Cultural Contradictions of Capitalism』でしょうか。
http://www.amazon.co.uk/exec/obidos/ASIN/0520205715/202-6136524-6605457
イデオロギーの話でいくと、ジェンダーと解放同盟が結びつくと、「トイレの女性マークに赤色を使うことは、生理の血液を連想させ女性蔑視」というトンデモな理屈もでてきます。
http://genyosya.blog16.fc2.com/blog-date-200512.html
人と交わること、人を愛することが、「体を交えること」なのかどうか。「性教育」が「聖教育」に昇華できるかどうか。
このような感じでやり取りが進めば疲れないのに。と思います。
非推進派の「統一教会」説について:
他の「社会問題化」している宗教もそうですが、
「社会問題」を引き起こしている部分が問題であって、
彼らの教義の中に一般人の考え方とリンクする部分があるから
「この考え方」は「彼らの教義だ」という論法は
とても宗教差別のような気がするのですけど。
自分には記憶がないのですが、
幼稚園のころ
近所の書店に山積みみになっていた外国人女性セクシー雑誌のまえで、
ドチテがじっとその雑誌を見ていたことがあるのだそうです。
年上の男の子たちが「すげえガキ!」といっていたそうです。
そのとき一緒にいた8歳年上の姉はとても恥ずしい思いをしたと
何度も繰り返して語っています。
そのころのドチテにはおそらく
「いったいこの動物は何?」と言うレベルのものだったのだと思いますが、
小学校高学年である姉にはとても迷惑をかけたなあと言う感じです。
いい年をした今でも米国で「この動物は何?」と言う感じで
目が行ってしまうことがあります。
今ではヘソダシ+後ろT−back下着ちょいミセが
流行っているようです。
デザインを学ぶた立場から言えば
これパーフェクトなクライアントゲット戦略です。
どういうクライアントが来るのかは定かでありませんが。
どうも失礼しました。
>「この考え方」は「彼らの教義だ」という論法は、とても宗教差別のような気がするのですけど。
ジェンダーフリー教育に反対していることが古臭くて悪いことという考えに立っていれば、そうした考え方を信者さんをむすびつけることはレッテル張りであり、差別だと思いますが、そうじゃないですよ。私はジェンダーフリー教育推進派がプロ市民と通じていると断定しています。
ジェンダーフリー教育のよくないところは、夫婦や家族で役割を分担することに口を出し、進歩的でないとか決め付けることです。「多様性を認めよ」という主張の実体が伴っていないところです。
Kawai Oyajiさん、はじめまして。
勘違いしていたらすみません。
>・・差別だと思いますが、そうじゃないですよ。
と言う意味が今ひとつわかりません。
Kawai Oyajiさんが書かれた、
>その一方で反ジェンダーフリーの連中の影に統一教会ありとも言われています。
ということをジェンフリ派が指摘するときに、「教義とジェンフリ思想が一致しないから云々」とか「反ジェンフリの○○は統一教会の手先」といっています。
ですから、
>「この考え方」は「彼らの教義だ」という論法は、とても宗教差別のような気がするのですけど。
と書きました。
もちろん統一協会がどのように存在するかにも問題はあるのでしょうが、
ジェンフリ「論争」のときに、その主張内容ではなく「○○」と言う宗教だからというのは
宗教差別ではないでしょうか? と思ったまでです。
あすから3日ほど東海岸へ旅しますので。すぐにお返事できません。
dochitebouay_usaさん、少しずれているかも。3日間の旅行で頭を冷やしてきてください。
推進派と反対派の論点として、イデオロギー(思想、信条など)もありますよ、とKawai Oyajiさんが「対立軸の読み方」を1つ追加したわけです。お互いに攻撃する際に、話の内容ではなく、相手の「素性」や「母体」を攻撃し合うことがあり、反対派は「おまえらは、反日左翼プロ市民だろ!」と攻撃し、推進派は「あんたらのバックに統一協会がいるのはわかってるぞ!」とか騒ぐわけです。
で、こう言われると「そんなことは議論の内容とは関係ない」とか、「うちらは左翼団体じゃありませんよ、このネットウヨ!」「おいらは統一協会でもキリスト教でもねーよ」というつまらぬ書き込みが続いていくわけであります。でも、Kawai Oyajiさんが指摘している通り、ジェンダーフリー推進派とプロ市民連合が重なっている状況証拠はかなりある、ということでしょう。
運命に生きた純愛の終着点
http://osaka.yomiuri.co.jp/koimono/km51227a.htm
http://www004.upp.so-net.ne.jp/kuhiwo/dazai/eisei.html
水晶色のかまいたち レモン哀歌
http://www6.ocn.ne.jp/~kanpanda/chieko.html
http://www6.ocn.ne.jp/~kanpanda/chieko2.html
愛新覚羅 浩著 『流転の王妃の昭和史』 (新潮文庫)
http://www.bk1.co.jp/product/840363
高村光太郎著 『智恵子抄 改版』 (新潮文庫)
http://www.bk1.co.jp/product/2392756
http://www1.tmtv.ne.jp/~hsh/20seiki12.htm
流転の王妃・最後の皇弟
http://www.tv-asahi.co.jp/ruten/
愛新覚羅溥傑・嵯峨浩 北京住居跡
http://www.npokyoto.or.jp/2003/fuketu_hiro/fuketu_hiro_guju.htm
溥傑氏と浩夫人への周総理の配慮
http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200510/tebie62.htm
浩の曾祖父母
http://www.sekimusume.co.jp/html/history/history.htm
中山忠光卿は明治天皇の叔父
http://www.tokyo-kurenaidan.com/aishinkakura-2.htm
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1051.html
『時雨はこう書いています、「ものの真相はなかなか小さな虫の生活でさえ究められるものではない。人間と人間の交渉など、どうして満足にそのすべてを見尽くせようか」と。』
性モラルを堕落させた法人資本主義
http://www.tokyo-outlaws.org/takarada/capital1.html
http://www.tokyo-outlaws.org/takarada/capital2.html
セックスと株式投資
http://www.tokyo-outlaws.org/takarada/toushi.html
青少年のための少女マンガ入門(13)〜清原なつの『花図鑑』〜
http://www.tinami.com/x/girlscomic/kiyohara-natsuno/page1.html
『このボノボはなんで有名かと申しますと、ま、何といいましょうか、とにかくヤリまくるということで大変特色のある方々なのです。立花隆の「サル学の現在」によると、同性愛行為や売春行為も頻繁に見られるという、かなりご発展されている皆さんのようです。』
What is bonobo? ボノボって何だろう
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/shakai-seitai/shakai/BONOBOHP/bonobo.htm
「性の進化、ヒトの進化―類人猿ボノボの観察から」古市剛史
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022597380/
「ボノボ―謎の類人猿に性と愛の進化を探る」榎本知郎
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4621060597/
千夜千冊『ネオテニー』アシュレイ・モンターギュ
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1072.html
ネオテニー的な形質(エニアグラム性格学)
http://www.mirai.ne.jp/~ryutou-m/eneagram/active/page15/15-201~/15-209.htm
>千夜千冊『ネオテニー』アシュレイ・モンターギュ
>http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1072.html
『いまあげた例は実は系統発生におけるネオテニーで、生物学的には「ペドモルフォシス」(paedomorphosis)という。ペドモルフォシスは「幼形進化」と訳す。系統発生している生物において、先行した生物の幼形にみられた特徴が後発してきた生物の成体にジャンプして発現してくることをさしている。』
ネオテニーの話には、ちょっとしたタブーがあります。
1)アウストラロピテクス・アフリカーヌス(アフリカ南部類人猿)の赤ちゃんは、ホモ・エレクトス(直立原人)の成人に似ている。
2)ホモ・エレクトス(直立原人)の赤ちゃんは、ネアンデルタール人の成人に似ている。
3)ネアンデルタール人の赤ちゃんは、ホモ・サピエンスの成人に似ている。
4)ホモ・サピエンスの赤ちゃんは、現在の人類の中では、モンゴロイドの成人に似ている。
5)モンゴロイドの赤ちゃんは、・・・・・・・
この4)以下を語ってしまうと、モンゴロイドが進化の最先端ということになり、進化論の中で議論を呼ぶところ。
みなさんの赤ちゃんの顔つきが、次の人類の成人の顔になる、という可能性がある、ということです。
モンゴロイドのなかでも新モンゴロイド(弥生タン)のほうが(寒冷地適応のため)ネオテニー化が進んでいます。
http://d.hatena.ne.jp/Denim/20050726/p3
山田花子 朝青龍からのラブコールを断る!?
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2048294/detail
>イギリスのわが子の学校も「男女混合」だが、これをもって「性犯罪・性非行の温床」という人は皆無である。
指摘する人は皆無なのかも知れませんが、イギリスの様な未成年の妊娠が問題になっている国を引き合いに出されても説得力が有りませんよ。