
先週末にわが家に届いた『Economist』最新号(2006/2/11-17)では、「ムハンマドの風刺画」問題で3つの特集記事を組んでいた。国際版の表紙は地味だが、国内版では街頭演説をするムスリムの男女の写真が使われている。
論説(leader)の「The limits to free speech」と特集(special report)の「Mutual incomprehension, mutual outrage」の内容をまとめると以下のようになる。
発端は、デンマークの新聞『ユランズ・ポステン紙』が昨年9月に掲載した12枚の風刺画だが、デンマークはナチス占領以来の最大の政治危機を迎えているという。(
問題の風刺画を見たことがない方は、こちらへ)
先週末までの暴動被害、死者、解雇、発禁処分などの動きは以下の通りだ。
シリアで、デンマーク大使館とノルウェー大使館が放火され、炎上。(2月4日)
レバノンで、デンマーク大使館が放火され、キリスト教徒居住地区で破壊活動が起こる。(2月5日)
アフガニスタンで、ノルウェー平和維持活動部隊の基地を群集が取り囲み、警察の発砲で数名が死亡。アメリカ軍基地の周辺でも車への放火や投石が起こり、数名が射殺される。
イエメンとヨルダンでは、風刺画掲載の新聞が発禁処分となり、編集者も逮捕。
アメリカの『New York Press』が風刺画掲載を自粛、これに抗議して編集者3人が辞職。(2月8日)
フランスは「言論の自由」を強調、『Le Monde』、『Liberation』、『Charlie Hebdo』が風刺画を掲載する方針。
フランスの『France-Soir』が12枚の風刺画を掲載、これに対し、経営者(フランス人とエジプトのハーフ)が編集者1人を解雇。
サウジアラビア、シリア、リビア、イランが、デンマーク駐在大使を召還。
米ライス国務長官がイランとシリアの煽動行為を批難。(2月8日)
『Economist』の2つの記事が触れていない補足情報として、
イランで、オーストリア大使館、デンマーク大使館に投石行為(2月6日)、ノルウェイ大使館にも投石(2月7日)。
フィリピン南部のミンダナオ島で、数百人がデンマーク国旗を焼く。
主要イラン紙が、ユダヤ人大虐殺「ホロコースト」に関する漫画を賞金つきで募集。(2月7日)
などがある。(参考:産経(2006/2/8))
アメリカがイランとシリアの「煽動行為」批難している背景は、以下のようなものだ。
シリアでは、反シオニズムの「プロ市民」が拡声器を使って暴動を煽動。
レバノンで逮捕された400人のうち、3分の1はシリア人。
イランの宗教指導者が「今回の事件は、パレスチナ選挙でハマスが勝利したことに対するシオニスト勢力の策謀」と批難。(風刺画の掲載は、パレスチナ選挙の4ヵ月前であるにもかかわらず)
イラクやシリアが声高らかに攻撃するのは、西側の「ダブルスタンダード」だ。
「言論の自由」を謳歌しながら、「ホロコースト」に疑問を持つことを禁止しているのはなぜか?
「ホロコースト否定論」を唱えたものは投獄し、イスラム教への中傷誹謗は、どうして野放しなのか?
イランの核兵器開発はその「可能性」を攻撃するが、イスラエルの「実質的」な核兵器開発にどうして目をつむるのか?
欧州では、ヒットラーによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を否定した場合、逮捕・投獄される国が7つあるという。『Economist』の記事はその7ヵ国を明らかにしていないが、Wikipediaでは12ヵ国を挙げている。
◆Wikipedia:Holocaust denial
Public denial of the Holocaust is a criminal offence in Austria, Belgium, Czech Republic, France, Germany, Israel, Lithuania, Netherlands, Poland, Romania, Slovakia and Switzerland, and is punishable by fines and jail sentences.
田中宇氏のサイトでは以下のように説明している。
◆田中宇の国際ニュース:ホロコーストをめぐる戦い(2005/12/20)
逮捕したのは、ドイツとオーストリアの当局で、この2つの国では、ホロコーストを否定したりナチスを礼賛する言動が、違法行為とされている(ほかにフランス、スイス、ベルギー、イスラエルなどが同種の法律を持っている)。
このような法律によって、すでに3人がドイツで、1人がオーストリアで逮捕・起訴されている。
◆ソース同上
エルンスト・ツンデル(Ernst Zundel)は、ドイツ生まれだが1958年からカナダに住み、デザイナーをする傍ら、1980年に「本当に600万人も死んだのか」(Did Six Million Really Die?)という題の、ホロコーストの死者数は誇張されていると主張する本を書いた。彼は2003年にアメリカを旅行中、米入管当局に入国管理関係の法律違反で逮捕され、カナダに送還され、そのままカナダで2年間、勾留された後、今年3月にドイツに送還された。その後ドイツ当局から、ホロコーストを否定した容疑で逮捕起訴され、11月8日に裁判が始まった。
2人目のゲルマー・ルドルフ(Germar Rudolph)はドイツ生まれの化学者である。彼は「チクロンB」という毒ガスを使ってユダヤ人が殺されたとされているアウシュビッツとビルケナウの収容所のシャワー室の壁の煉瓦の表面のサンプルを調べた結果、チクロンBが実際に使われたとしたら煉瓦に残るはずの残留物が残っていなかったことから、1985年に「チクロンBは使われておらず、ガス室は存在しなかったのではないか」と主張する論文「ホロコーストの検証」(英文題名"Dissecting the Holocaust")を発表した。
3人目のジークフリート・フェルビーケ(Siegfried Verbeke)はベルギー人である。彼は、ナチスに迫害されたユダヤ人一家の話として戦時中に書かれたとされる「アンネの日記」について、日記は戦時中に書かれたものであるはずなのに、その原版を見ると、戦後の製品であるボールペン(1951年に市販開始)で加筆された部分がかなりあり、後から意図的に改竄されている、などと主張する論文(他のリビジョニストの主張の引用が中心)を刊行したが、オランダの裁判所で今年8月、発禁処分になった。
オーストリアで逮捕されたのは、イギリス人の歴史学者デビッド・アービングで、1989年にオーストリアで行った講演でホロコーストを否定する発言をしたとして、11月14日に逮捕された。アービングは、ナチス時代のドイツの歴史を詳細に研究した人で、自らの研究の結果として「ヒットラーがユダヤ人の絶滅を命じたという定説は間違いである」などと主張していた。
イギリスではこのような法律はないが、神聖冒涜罪(不敬罪)の対象は「キリスト教の神」のみとなっている。そのため、ロンドンのモスク(Finsbury Park)で「冒涜的」な発言をしたAzu Hamzaは逮捕され、有罪となったが、「イスラム教は悪(vicious and wicked)」と発言したNick Griffinは、先週の陪審で無罪となっている。
一方、「モハンマドの風刺画」に関して、エジプト、ヨルダン、モロッコはおおむね平静である。
エジプトでは、有名な聖職者がTVで「西洋人はモハンマドを愛せよ」と呼びかけた。またこれと競合する別チャンネルでは「ムハンマドの勝利をたたえて、2日間の断食を捧げよう」と呼びかけた。ヒステリックな反応は「信仰が浅い証拠」としてたしなめている。
今回の事件は、イスラム教にとって大きな進展だ、というのが主流派の意見だ。イスラム教の本拠地メッカの大聖堂では、サウジアラビアの聖職者が次のように発言している。
「偉大な新しいスピリットが、イスラムという国の中を流れている。世界はもはやイスラムという国と、その感情を無視することができなくなった」
posted by ヒロさん at 08:01
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神話・宗教・民俗学
私たちの神様がスサノオノミコトやオオクニヌシノミコトのように「人間くさい」神様でよかった。富士山や日光、筑波の山のように現代人に形のあるものを与えてくれそうにない神様でよかった。世の中はすでに末法の世に突入しているので仏様に多くを期待しないできないのでよかったとつくづく感じます。
>田中宇氏によれば以下の7ヵ国だ。
6ヵ国しか記載されていませんが?
英語版Wikipediaによるともっと多い。
http://en.wikipedia.org/wiki/Holocaust_denial
Public denial of the Holocaust is a criminal offence in Austria, Belgium, Czech Republic, France, Germany, Israel, Lithuania, Netherlands, Poland, Romania, Slovakia and Switzerland, and is punishable by fines and jail sentences.
>6ヵ国しか記載されていませんが?
本文の記述を修正し、Wikipediaソースを追加しました。
愛・賭け・遊び 伊勢から出雲へ 植島啓司
http://shinsho.shueisha.co.jp/column/aikake/040707/index.html
世界中の抗議行動を眺めていて不安になるのは「恐怖を与えることによって筆を止める」ということです。果たしてムハンマドさまがそれを望んでいるのか?と疑問が沸いたのでツル脳なりに調べてみました。
http://malicieuse.exblog.jp/4138569/
・・・モモは望んでいないみたい。聖職者と民衆に解釈のギャップがあるのかしら?
そしておフランスのホロコォスト事情ですが、国境を越えずともアルザスに収容所がありますし、戦時中のフランス本土はナチ支配下であったので、その辺の事情による法をはじめとする現状は米英のそれとは異なると思われます。
http://www.crdp-reims.fr/memoire/enseigner/Natzweiler_Struthof/01site.htm#memoire
↓は、「ホロコースト否定論」についてのサイトです。
歴史的修正主義研究会
http://www002.upp.so-net.ne.jp/revisionist/text_menu.htm
上出のゲルマール・ルドルフの対談もあります(↓
試訳:ゲルマール・ルドルフとの対話
http://www002.upp.so-net.ne.jp/revisionist/rudolf_09.htm
この事件、怪しくありませんか?WSJなどは、この事件に関するイスラム諸国の反応を評して、Premodernだと書いていますわ。プレモダンだと三度も使ってる。去年のフランスでの暴動事件で明らかになったように、欧州には「エイリアン」であるところのイスラム教徒が知らない間に移民で次々と入ってきた。グローバリズムの進展で、人件費が安いところに仕事が流れる。それで、ナショナリズムは、イスラム教徒に向けられても不思議ではない・・・・。しかし、今回の漫画の件は、デンマークの新聞が最初に「言論の自由のリミットを確かめよう」という理由で行った、ムハンマド似顔絵特集で始まっており、要らぬ刺激をまず欧州の方がやっている。“幸い”にして、デンマークのイマームが怒ってくれて、この問題をエジプトにまで出かけて広めてくれたから・・・・かどうかも判らないのだが、ともかく再度欧州の新聞に問題の漫画が転載されることでイスラム教徒の抗議運動に火がついた。火がついたらこっちのもの。先に手を出させれば、欧米の側は批判が出来る。折しもシリア・イラン問題がこじれているとき。火を付けたかったのは本当に、ネオコンのウィークリー・スタンダードのいうように「イスラム教徒の過激派」や「イスラム国家の先制指導者たち」なのか?
種明かしをすると、最初にこの漫画を載せようとしていた新聞社の関係者が、ビルダーバーグ会議の常連だったと。さらに別の関係者は、リベラル派の大敵のイスラム研究者である、ダニエル・パイプスと関係が深かった、と。
http://malakandsky.blogspot.com/2006/02/denmark-cartoons.html
この問題にはハンチントンが新著『Who are We?』で示したような、白人の間の危機感が隠れているように感じます。
結局、燻っている人種問題に、欧州のイワクのある新聞が火を付けた問題なのですが、巧妙に「表現の自由」の問題にすり替わっています。
>種明かしをすると、最初にこの漫画を載せようとしていた新聞社の関係者が、ビルダーバーグ会議の
>常連だったと。
>http://malakandsky.blogspot.com/2006/02/denmark-cartoons.html
どれどれ、と読んでみますと、
問題のデンマークの新聞「ユランズ・ポステン」の支配人はMerete Eldrepである。
彼女の夫Anders Elderpは、金融大臣経験者で、ビルダーバーグ会議には5回連続で出席している。
「ユランズ・ポステン」の姉妹新聞「ポリティケンズ」の元編集長Toger Seidenfadenも、ビルダーバーグの常連である。
新聞社の名称は「JP(Jyllands-Posten)/Politikens Hus」で、「ユランズ・ポステン」と「ポリティケンズ」を発行している。両者ともにビルダーバーグの息のかかった新聞ということ。
イラクとシリアを第2のイラクにすることを狙っての「揺さぶり」なのでしょうか。
元ネタの漫画は論ずるに値しないほどの低能というか「これで言論の自由だと?へそが茶を沸かしちまうぜ」なすこぶるどーでもいい代物ですが、これがどんどん騒ぎが拡大してくるにつれて様相が変容しておりますね。イスラム対欧米といういつものパターン。更にはなにやらアメリカの方からイランに向けてきな臭い動きも。。。
で、おフランスには「涜神権」すなわち神を冒涜する権利があるそうですじゃ。キリスト教関連はそれはそれは酷い目に遭っておりますが、フランスのライシテ(政教分離)に対するプライドというか、これまたすごいものがありますね。
どこまでも煽りますね。教科書は、小学・中学・高校・大学で掲載の意味が違ってくるが、真相はいかに?
http://ukmedia.exblog.jp/3520067(「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より孫引用)
2006/02/13-05:43 預言者風刺画、教科書掲載へ=次世代へ知らせる−デンマーク
【コペンハーゲン12日AFP=時事】デンマークで教科書を出版しているギルデンダル社の関係者は、12日付の同国紙ポリティケンに対し、世界各地でイスラム教徒による抗議行動を招いた預言者ムハンマドの風刺画12枚を、教材として教科書に掲載する方針を明らかにした。
うへぇ、デンマークの出版社もついに切れたか????
どういう意図でもってそれをそうするのかという辺り、興味深いですが、部外者からすると逆切れって風にしか見えないですなぁ。
森田センセが毎日新聞の編集局長を絶賛しとります。
―毎日新聞は以下の理由から、預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載しません。―
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/
森田逆神に褒められてしまった毎日新聞、ガクブルですな(((( ;゜Д゜)))
デンマークでは移民排斥を訴える極右政党、デンマーク国民党の支持率が17.8%と、
1ヶ月前の前回調査より3.6ポイント増加したそうです。(AP)
しかし、極右の支持率が元々10%以上あったのはちょっと驚き(ヨーロッパではこんなもんですかね?)