2006年01月12日

ヘッセの『デミアン』にみる、秘密結社と成功哲学のすすめ

ネットで「薔薇十字団」を調べていると、「ヘルマン・ヘッセの『デミアン』はグノーシスの秘密結社のことを描いている」という記述がチラホラあったので、大学の図書室で『デミアン』(岩波新書 実吉捷郎訳 1959年)を読んできた。

大学に日本語の本があるとはいっても、日本人の学生が帰国時に寄贈したものが積もり積もって、300冊ぐらいになっている程度である。オンライン書店以外、実物の書店とは縁のない生活をしている私にとっては、この300冊だけでもありがたい。

私が最初に『デミアン』を読んだのは30代の半ば頃だったと思うが、子供から大人になる内面の成長を描いた、とてもいい小説だと思った。英語では「coming-of-age novel」、ドイツ語では「ビルドゥングスロマン(Bildungsroman)」とか呼ばれているジャンルだが、日本では青春小説とでも呼ぶのだろうか。

この手の小説はまさに思春期に読んで心の糧にするべきなのに、私のように30代半ばで感動するのは「いかがなものか」。思春期に学校から推薦された本はいろいろあったが、トルストイの『幼年時代』も、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』も、井上靖の『夏草冬涛』も、全然心に響かなかった。

背伸びをして手に取った三島由紀夫は『金閣寺』と『仮面の告白』から入ったので、14才の私には難しすぎてアウト。有島武郎と武者小路実篤には胸がキューンとした記憶があるので、何がどうキューンと来たのか、いつかもう1度探求してみたい。

皆さんが思春期に読んで糧になった「ビルドゥングスロマン」はどんな本だったのだろか。日本は何といってもアニメ大国なので、アニメが「ビルドゥングスロマン」の役割を果たしているという人もいる。まずはガンダムの富野由悠季から。

「Ζガンダム劇場版で見る富野と宮崎の教育観の違い」(2005/6/6)
富野作品のダブルヒロイン「子供時代からの近所の幼なじみ」「共闘する異性の戦友で姫」は有名だが、ΖΖのジュドーの妹に、自身の娘像が反映されているのが興味深い。その反面、Ζガンダム以降、キングゲイナーまで「少年が大人の導きで男になる」というビルドゥングスロマンを、正当に描くことに失敗し続けているのが面白い。

アカデミー賞の大御所、宮崎駿はいかがでしょう。

◆ソース同上
・・・「未来少年コナン」「天空の城ラピュタ」では描けていたはずの、ビルドゥングスロマンが近作になるに従って、どんどん成就しずらくなっている。
 「紅の豚」は、追いつめられるまでは自分の心の傷が痛くて、戦争と向き合わなかった中年男の話だし、少女の大人への過程を描いたはずの「魔女の宅急便」以降、「もののけ姫」「ハウルの動く城」「千と千尋の神隠し」も、最後を強引にファンタジーもしくは、デウス・エクス・マキナでまとめるようになってきている悪癖がマズイ。

「デウス・エクス・マキナ」とは「古代ギリシアの演劇において、劇の内容が錯綜してもつれた糸のように解決困難な局面に陥った時、いきなり絶対的な力を持つ神が現れ、混乱した状況に解決を下して物語を収束させるという手法」(ウィキペディア)のこと。『もののけ姫』のテーマは結構行けてると思っていたのだが、最後の「デウス・エスク・マキナ」が原因で、私は2度と観る気持ちになれないでいる。

話を本題の『デミアン』に戻すが、あの小説はただの「青春小説」ではなく、「秘密結社」の暗喩小説だというのは、どういう理由からなのであろうか。

ピュペリオンの書斎
 『デミアン』を読んだことはあるでしょ?ヘッセの。あの小説は結社員むけの符号だらけですよ、なによりあからさまにグノーシス主義そのものを描いてるし。第一次大戦で社会が混乱したあとに組織を立て直すため発表されたに違いないです。鳥の姿をした神アプラクサスの名前まで出して。フラウ・エヴァは地母神そのものじゃないですか。ヘッセがこの作品に限って用いた〈シンクレア Sinclair 〉という変名は、スコットランドの貴族でフリーメイソンやテンプル騎士団と関係の深いシンクレア家を暗示するのが一つ、そしてもう一つ、ヘレニズム期のアレクサンドリアの、つまりグノーシス主義の生まれた土壌である場所と時代の〈宗教混交〉を意味する言葉〈シンクレティズム syncretism〉を連想させる言葉遊びです。<中略>
 少数者の結社なんですよ、要するに。アベルを殺して神に呪われたカインのほうをたてている、もろに異教的でしょう。デミアンとはデーモンをもじっている。異端や悪とされたものこそ本当に真理を含むものだということで、古い世界は卵の殻のように破壊され、新しいものが生まれる。しかしそれは殻の中にずっと隠されていたものなんです。

エヴァ夫人はデミアンの母親で、主人公ジンクレールの憧れの聖母。ヘルマン・ヘッセはこの小説に限って「ジンクレール(シンクレア)」というペンネームを使い、自叙伝形式にした。映画『オーメン』のダミアンは、ヘッセの『デミアン』を題材にしたらしいというのは本当であろうか。

「アプラクサス」という神さまは初耳だったので、調べてみた。

◆河合敏雄『ユング』(講談社) (ネットソース)
 「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアブラクサスという」。これは、ヘルマン・ヘッセの小説『デミアン』(高橋健二訳)の中に出てくる言葉である。<中略>
 「アブラクサス」という神が、ユングのグノーシス派の研究によって、神性と魔性の両方を併せ持つ存在として抽き出されてきたことを知っていた私は、この一節を読んで、なるほどヘルマン・ヘッセもユング派の分析を受けて心理学的「元型」に強い関心を持ったのだな、というくらいにしか当時は思わなかった。<中略>
 ヘッセは「アブラクサス」を「神的なものと悪魔的なものとを結合する象徴的な使命を持つ一つの神の名」と説明している。アプラクサスとは、「神でも悪魔でもある神」なのであった。<中略>さしずめ、中世の神秘家ニコラス・クザーヌスであれば、「反対物の一致」(コインキデンティア・ポジトールム)というべき存在様態である。
 実に、「鳥」は、こういう「神」に向かって飛ぶのであった。

◆C.G.ユング著『ユング自伝2』〜死者への七つの語らい (ネットソース)
 神と悪魔は充実と空虚、生産と破壊によって区別される。「はたらき」ということは両者に共通である。はたらきは両者をつなぐ。従って、はたらきは両者の上に存在し、神の上の神である。なぜなら、それはその働きによって充満と空虚を一にするからである。これはお前たちの知らない神である。人類がそれを忘れ去っていたからである。われわれはそれを、その名に従って「アプラクサス」と名づけよう。それは神や悪魔よりもなお不確定なものである。<中略>
 アプラクサスは、太陽であると同時に、虚空の永遠の吸い込み口であり、非難するもの、切断するもの、悪魔である。アプラクサスの力は二面的である。しかし、お前たちの目には、その互いに対抗する力が相殺されてしまうので、それらを見ることができない。太陽の神の語るところは生であり、悪魔の語るところは死である。アプラクサスは、しかし、尊敬すべくまた呪わしい言葉を語り、それは同時に生であり、死である。アプラクサスは、同一の言葉、同一の行為の中に、真と偽、善と悪、光と闇を産み出す、従って、アプラクサスは恐るべきである。<中略>
 神は太陽の後に住み、悪魔は夜の背後に住む。神が光からもたらしたものを、悪魔は夜の中に引き込む。しかし、アプラクサスは世界である。その去来そのものである。太陽の神のすべての恵みに、悪魔はその呪いをなげかける。お前たちが太陽の神に乞い求めるものはすべて、悪魔の行為をよびおこす。お前たちが太陽の神と共に創り出すものはすべて、悪魔の働きに力を与える。これが恐るべきアプラクサスである。

「アプラクサス」とはユングの命名らしい。ヘルマン・ヘッセはユングばかりでなく、シュタイナーとも交流があったらしいので、互いにどのような影響を与えあったのか、興味津々である。(追加:アブラクサスの詳しい解説はこちら

『デミアン』の目次
第1章・・・・ふたつの世界
第2章・・・・カイン
第3章・・・・ぬすびと
第4章・・・・ベアトリーチェ
第5章・・・・鳥が卵からむりに出ようとする
第6章・・・・ヤコブのたたかい
第7章・・・・エヴァ夫人
第8章・・・・終りのはじめ

第1章の「ふたつの世界」とは、「自分の頭で考え、主体的に生きる」少数派の世界と、「権威を盲従して生きる」大多数派の世界のこと。旧約聖書の「カインとアベル」では兄カインが悪者で、弟アベルが良い子になっているが、カインこそが「印をもった」本物であるとする。

西洋の神話・説話では、姉・兄が常に悪者で、妹・弟がいい子ちゃんである。3人兄弟では、最後に勝利するのは末っ子と相場が決まっている。神話学者のジョセフ・キャンベルに言わせると、「先に定住していた(農耕)民族=兄」、「後から土地を奪いにきた遊牧民族=弟」であり、「後に来たものが、先にいたものを追い払う」ことを正当化する伝承体系として解釈している。

私が今回読んでみて、唸らされた点をいくつか挙げてみたい。

  • 権威ではなく「観察」を大事にすること。(ゲーテからの影響か)
  • 意志の力で「ほしいものは必ず手に入る」。が、その力で「人を動かす」ことはできない。
  • 見た夢を語ったり、絵で表現したりすることで、人生に転機が訪れる。
  • 夢、直観、胸騒ぎに導かれながら「命と命」は助け合っている。
  • 聖画の模写、音楽の鑑賞、瞑想の習慣は大切である。
  • 今の自分を変えるものは「過去の知識」にはない。自分の中に答えある。
  • 自分が信じていないような「願望」に身をまかせてはいけない。

    というようなメッセージがたくさん詰まっているので、「成功哲学」や「願望達成法」として読んでも、とても深みのある本だと思う。岩波文庫よりも、高橋健二訳の『デミアン』(新潮文庫)の方がはるかに訳がこなれているので、お奨めだ。

    ■つぶやき:『デミアン』は男の子向きの成長物語だが、女の子向きの成長物語は何がいいでしょうか。どなたか、教えてください。
  • posted by ヒロさん at 07:21 | Comment(16) | TrackBack(0) | 神話・宗教・民俗学
    この記事へのコメント
    TITLE: わたしのBildungsroman
    もろ「デミアン」です。高校生のときに読みましたよ。あとは「次郎物語」、プラムディア・アナンタ・トゥールの「人間の大地」。

    女の子向けのは・・・・「赤毛のアン」とかでしょうか。
    Posted by ビアンカ at 2006年01月12日 08:18
    TITLE: デミアンはドイツ語で?
     ビアンカさんは「デミアン」はドイツ語でも読まれましたか?私はどんなにシュタイナーに影響されても、ドイツ語だけはやろうという気力が湧いてこないのですが、ヘルマン・ヘッセだったら、もしかしたら・・・と儚い老後の希望を抱いています。
     「次郎物語」と「人間の大地」もよさそうですね。私は「赤毛のアン」はダメでした。あのおしゃべりで、キャピキャピした気質に、自分を重ね合わせることはどうしてもできませんでした。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年01月12日 08:48
    TITLE: アブラクサス
    http://www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/y1-abrax.html
    『アブラクサス(Abraxas)またはアブラサクス(Abrasax)と云う名は、バシレイデース派グノーシス主義におけるアルコーン・アイオーンであった。その名は、バシレイデースまたはその弟子・信徒たちが発明したものであると云われているが、ギリシア語文字数字で、丁度、一年の日数である365に等しい数が算出されるような名称は、やはり偶然の所産と云うより、意識的な造語と考えるのが妥当であろう。』
    Posted by えの at 2006年01月12日 09:04
    TITLE: アプラクサスの検索方法
    アブラクサスで検索すれば、こんないいサイトがあるのですね。
    えのさま、Orz!
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年01月12日 09:44
    TITLE: グノーシス
    図像学派タナローグ
    http://www.isis.ne.jp/tanalogue/011205.html
    『【高橋】そう。完全なものではなく、不完全な宇宙を派生してしまったんだね。そこがグノーシスの魅惑的なところで、それはわれわれの宇宙をつくった光に、わずかな瑕(きず)があったからだというんだ。』
    光粒子の密度むらが起源か=宇宙の磁場−国立天文台など
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060106-00000007-jij-soci
    Posted by えの at 2006年01月12日 11:10
    TITLE: 私の青春小説
    宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
    http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0900.html

    ユングによる「宮沢賢治とグノーシス」
    http://www.kcn.ne.jp/~tkia/monogusa/mmh-00.html
    アインシュタインによる「私と宮沢賢治」
    http://www.kcn.ne.jp/~tkia/monogusa/mmh-20.html
    Posted by えの at 2006年01月12日 12:21
    TITLE: ヘッセと宮沢賢治
    ヘッセとの対比では、宮沢賢治ははずせませんね。この本も図書室にありますので、もう1度読み直してみたいと思います。ユングやアインシュタインがここまで賢治に思いを寄せているとは知りませんでした。千夜千冊もまれにみる長文です。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年01月12日 18:43
    TITLE: 萬遜樹氏のエッセイ
    http://www.kcn.ne.jp/~tkia/monogusa/index.html
    萬遜樹氏にアインシュタイン、ユングの霊が憑依した霊夢です。
    Posted by えの at 2006年01月12日 21:12
    TITLE: 憑依文学にビックリ
    出典が「ものぐさ本舗」なので、はて、そのような学術雑誌でもあったかな(笑)と気になっていたのですが、萬遜樹の作品なのですね。あー、びっくりした。松岡正剛も憑依エッセイかもしれないので、今後は慎重に読ませていだだきます。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年01月12日 22:09
    TITLE: 「光の霊」の歌
    鬼束ちひろ「月光」はグノーシスの世界像の表現です。
    http://www.ne.jp/asahi/village/good/gnosis.htm
    http://soranosohu.exblog.jp/1761154/
    「I am God's child.
    この腐敗した世界に堕とされた。
    How do I live on such a field?
    こんなもののために生まれたんじゃない。」
    Posted by えの at 2006年01月13日 01:39
    TITLE: グノシェンヌ(Gnossienne)
    エリック・サティ「グノシェンヌ」
    http://www.pippo-jp.com/tower/y01/yuji_0706.html
    「ジムノペディ(はだしの踊り)」や「グノシエンヌ(グノーシス派の女)」のようなタイトルには、古代や東方への憧れがある。「グノシエンヌ」には、サティがパリ万国博で知った東欧音楽にヒントを得た増2度音程を含む音列が使われている。
    http://saya.pianomidi.org/musica/html/satie.shtml
    Posted by えの at 2006年01月15日 00:28
    TITLE: 鬼束ちひろと、薔薇十字団のサティ
    >エリック・サティ「グノシェンヌ」
    この曲は何度か聴いたことがあります。「グノシェンヌ」=「グノーシス派の女」であったとは驚きです。サティは宗教家と聞いてました、薔薇十字団に入っていたんですね。
    http://one2.s35.xrea.com/kanshogeijyutsu2.html
    『1891年には神秘主義の宗教団体「バラ十字教団」に入団し、その指導者ベラダンの戯曲「星の息子」の付随音楽を作曲する。』

    一方、鬼束ちひろは、どうしてあんな詩が書けるのか不気味でしたが、「憑依音楽」なのか、はたまた現代の「巫女」なのか。彼女に興味が湧いてきました。
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年01月15日 01:13
    TITLE: Gnossienne
    ミランダリス・セクンダ
    http://homepage3.nifty.com/mirandaris/mirster.html
    「ピラデルピアの翠の眸の巫女」
    Posted by えの at 2006年01月15日 02:12
    TITLE: ネオコンとカバラとグノーシス
    http://www.aynrand2001japan.com/akira/akira20051106.html
    『「神の収縮」概念と言われるとイメージが湧きませんが、ユダヤ・キリスト教文化圏では、「善である神が世界を創造したのに、現実世界には悪が存在する。仮に神が悪を創造したとするのならば、神に悪という概念が内在していることになる。しかし、神は悪ではない。それならば、現実世界に悪が存在することをどう説明するか」という深刻な疑問(神義論あるいは弁神論)が存在します。これに対する理論的整合的な回答の試みが「神の収縮」なのです。』
    「国家の自縛」佐藤優
    http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594050239
    Posted by えの at 2006年03月14日 09:33
    TITLE: 勝鬘夫人(SrImAlA)はグノシェンヌ(Gnossienne)
    > 「仏教文化学概論」蓮池利隆
    > http://homepage3.nifty.com/T_Hasuike/newpage2.htm
    『如来蔵教義とグノーシスの類似性
     グノーシスが勢力を伸ばしたのは紀元1〜2世紀、さらに後期グノーシスであるマニ教が広まったのはその後の3世紀以降であった。この時代、地中海地域との交易はクシャーン朝の経済的基盤ともなっていた。したがって、インドより西方世界で展開したグノーシスはインドにもなんらかの影響を与えたと考えられる。仏教思想の中でグノーシスと酷似するものとして如来蔵思想を挙げることができよう。』
    Posted by えの at 2006年03月31日 15:32
    TITLE: 月光
    学生の時、ヘッセのデミアンに衝撃を受けて以来、グノーシス、フリーメイソン、ニーチェ、ユング辺りをちまちまと勉強しています。ニーチェのツァラトゥストラ、ヘッセの荒野の狼にも強烈な衝撃を受けました。
    映画グッドウィルハンティングの中で、マットデイモンは、友達はいるのか?と訊かれ、ゲーテ、シェークスピア、カント、ニーチェ、ヘッセなど、グノーシスの人たちの名前を挙げたのには驚きました。そして今思えば、脚本兼主演のMat DamonのDamonとは、もろにデミアンとつながっていすね。偶然か必然か、これまた驚きです。今、気になっているのはユダヤ教における月光の意味です。いくつかの事例から、日光=現実の、月光=真実の象徴として捉えているいる気がするのですが、ご存知でしたら教えてください。
    Posted by 月光仮面 at 2011年10月16日 10:46
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