写真は、昨年の暮れからわが家の食卓に置かれている粘土人形である。子供がつくったものだが、聖フランシスのお話だという。大きな動物は2匹の犬かな、と思っていたのだが、オオカミとシカだそうだ。そういえば右側に小さなトリもいる。最近、このブログでもキリスト教関連の話はボチボチと書いているが、わが家は私を含めてキリスト教音痴である。聖フランシスと聞いて、あぁ、あれね、貧しい人に尽くした有名な修道院の人ね、ということでマザーテレサにような女性をテキトーに思い浮かべていた。
英語の「フランシス」という名前は女っぽい感じがする。イタリア語でも「フランチェスなんたら」らしいので、なぜか(なぜなんだ?)東京五輪の女子体操で金メダルを取ったチャフラスフカ(チェコスロバキア)が思い出される。ガリガリ少女のコマネチ(ルーマニア)とは違い、豊満な女性美の世界であった。
この聖フランシスをテーマにした映画はないかと探したところ、フランス在住の「Tant Pis!Tant Mieux!そりゃよござんした」ブログさんが『Brother Sun Sister Moon』(1973年)をどこかで話題にしていたので、DVDを取り寄せて観ることにした。DVDのカバーにも、キレイな修道女が描かれている。私は1年だけ「聖霊幼稚園」というカトリック系の幼稚園に通ったことがあるので、シスター姿には不思議な憧憬がある。しかしながら、DVDを見ているうちに、どうやら主人公の聖人は男性らしい。「フランチェスコ」というのは、男の名前だから当たり前か・・・。アホでした。
修道院を扱った映画ということでウンベルト・エーコ原作の『薔薇の名前(Name of the rose)』もついでに観賞した。こちらの方は、かの副島隆彦先生が絶賛していると聞いたので、私としても買いである。
◆副島隆彦『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ・下』(講談社α文庫 1998)p199
日本で知識人を気取りながら、まだこの『薔薇の名前』のすごさをわからないままの人がいたら、その人はモグリである。日本の知識人の大半は、国際基準からすれば、『日本国内』だけで通用するただの一般大衆レベルである。
この先生は国際水準の先生なのに、2ヵ所で「異端審問=ordeal」と書いている。なぜ「Inquisition」という言葉を使わないのだろうか・・・。
ミステリーを解明する「探偵」になる主人公は、フランチェスコ修道会士を演じるショーン・コネリー。映画の時代背景は1327年に設定されているが、当時はいろいろな事件があったものだ。
こういったヨーロッパ中世史に興味がある人には、楽しめる映画である。フランチェスコといえば、もう1つ興味深いのが「聖痕(Stigmata)現象」の話である。
聖痕現象とは何か?
記録上、最初の聖痕示現者はアッシジの聖フランチェスコである。1224年、彼はモンテアルヴェルニアで断食しながら祈りをささげていた時、十字架に架けられた熾天使を見て気絶した。そのとき、熾天使は聖フランチェスコの身体に磔刑の傷跡を押しつけたという。彼は聖痕示現者の典型例で、両手、両足、脇腹に聖痕をもっていた。また、彼の伝記を書いたトーマス・セラノによると、傷だけではなく、傷の中にあった釘状の組織についても記している。聖人の葬儀では多くの参列者が、足から突き出たその特異な形成物を目にしている。
カトリックでは62人の聖人に対して「聖痕現象」として正式認定しているという。
この「聖痕現象」は一体どのように説明したらよいかであるが、13世紀からの「写実主義的」な絵画表現が原因かもしれない。
聖痕現象とは何か?
また、大多数は女性で、大半が宗教上特別重要な時期に出血する。そのことに関して、おもしろい報告がある。聖痕示現者に今日は聖日だと信じ込ませると、普通の日にもかかわらず出血したという。また、聖痕者は自分が見た宗教美術に影響される傾向がある。例えば、キリストが左脇腹を突かれている象を毎日目にしていた人は、聖痕は左側にでき、右脇腹の場合は、やはり右側に聖痕が出現する、という具合に。
また、多くの宗教美術では、キリストが傷を受けたのは手のひらと足の甲として描かれている。実際、聖痕示現者も手のひらと足の甲に傷跡を出現する。しかし、これは間違いだ。ローマ人は手首とくるぶしに釘を打ったのである。そして、このことが広まるにつれ、新たな聖痕者は手首とくるぶしに傷跡を現しだした・・・このことが示唆するのは、聖痕をつくるのは神ではなく、人間自身に内在している信仰の力ではないかということだ。もっといえば、聖痕は強烈な自己暗示が原因だ!<中略>
聖フランチェスコが登場する13世紀以前の1千年以上にわたる長きキリスト教の歴史の中で、聖痕示現者の記録がまったく存在しない理由を説明してくれるように思われる。
13世紀とは宗教芸術の大変革が起きた時代、写実主義が勃興した時代である。当時、カトリック教会は新神学の台頭によりキリストの人間性を強調し、暦に新たな祭日として聖体祝日を定め、キリストの肉体的な受難について思索せよと奨励するようになった。宗教画家たちは、当時の思潮に沿った唖然とするほど血なまぐさい情景や、引き裂かれ、血を滴らせ、苦悩の表情を浮かべる磔刑場面を連作し、先代の様式化された穏やかなイメージにとって変った。聖フランチェスコに最初に聖痕が出現したとき、祈りを捧げていた十字架像も然りだったのである。
また、多くの宗教美術では、キリストが傷を受けたのは手のひらと足の甲として描かれている。実際、聖痕示現者も手のひらと足の甲に傷跡を出現する。しかし、これは間違いだ。ローマ人は手首とくるぶしに釘を打ったのである。そして、このことが広まるにつれ、新たな聖痕者は手首とくるぶしに傷跡を現しだした・・・このことが示唆するのは、聖痕をつくるのは神ではなく、人間自身に内在している信仰の力ではないかということだ。もっといえば、聖痕は強烈な自己暗示が原因だ!<中略>
聖フランチェスコが登場する13世紀以前の1千年以上にわたる長きキリスト教の歴史の中で、聖痕示現者の記録がまったく存在しない理由を説明してくれるように思われる。
13世紀とは宗教芸術の大変革が起きた時代、写実主義が勃興した時代である。当時、カトリック教会は新神学の台頭によりキリストの人間性を強調し、暦に新たな祭日として聖体祝日を定め、キリストの肉体的な受難について思索せよと奨励するようになった。宗教画家たちは、当時の思潮に沿った唖然とするほど血なまぐさい情景や、引き裂かれ、血を滴らせ、苦悩の表情を浮かべる磔刑場面を連作し、先代の様式化された穏やかなイメージにとって変った。聖フランチェスコに最初に聖痕が出現したとき、祈りを捧げていた十字架像も然りだったのである。
フランチェスコのような聖人になると、朝から晩まで、1日も休むことなくイエス様を心に宿すわけなので、十字架像による暗示が起こってもおかしくない。偶像や儀式による「暗示力」はとても強いものなので、さまざまな「奇跡現象」は、プロテスタントよりもカソリックの方が多いような気がする。
この「聖痕現象」はとても気になったので、映画『スティグマータ』のDVDも注文を入れてしまった。そのあとは、遥か昔から気になっている『Last Temptation of Christ』や『Passion』もあるので、キリスト教関連の映画は、鑑賞リストに積み上がる一方である。
■聖フランシスコのお奨め記事
Tant Pis!Tant Mieux!:「美しい心」は動物にも伝わるのだ、そうだ(2005/10/4)
■「血の涙を流すマリア像」は何なのかしら・・・
Economist:「Tears in Sacramento」(2006/1/5)
お誘いを受けて参りました。笑)
「薔薇の名前」の映画ごときでモグリと言われてもなぁ。原本が重要なわけで。>ふくすま
わたくしの霊的指導司祭であるところのフランシスコ会神父は、スティグマの記念日に生まれている。彼は昔洗礼を受けるとき洗礼名をナニにするか悩み、自分の誕生日にまつわる聖人を調べたら聖フランシスコという人で乞食坊主だというので「乞食聖人は嫌だ」と別の名を貰った。まぁ・・・そんなもんです(^^;後にフランシスコ会に入るんだから判らないものだけど。
ところで棄て熊・・・スティグマに関しては。なんというかわたしゃヒステリの一種みたいなもんじゃろなぁ。ぐらいに思っております。まさにおっしゃる通り暗示力のもたらすものではないかと。しかしそれほどまでにイエス・キリストに一致したかったんだねぇ。というフランシスコの熱情には流石に頭が下がる思いでございます。この時代、キリスト教はどんどん大衆化していくわけです。図像の発達、アレゴリーの発展。これらによって大衆はキリスト教を文化的に、日常的に、慣習的に、俗化させていくのですね。大衆が求めるは「判りやすいもの」スティグマの奇跡はまさに大衆的信仰の象徴でもあると思われなのです。(身体にいうこと聞かせないと判らんのか?的な・・・・(^^;)ただ「写実主義」は13世紀というよりはもっとあとの時代だと思います。何故ならばフランシスコの生きた13世紀はまだゴシック期であり図像の曙の時代でございます。美術世界ではいちおうプロトルネッサンスとしての14世紀、そして写実については15世紀とみると思われです。
因みにフランシスカンたるわたくしはヒッピー君のバイブル「ブラザーサンシスタームーン」は未見です。
たびたび降霊していただいて、恐縮です。
わがブログでは、フランシス、フランシスコ、フランチェスコのどれを使ったらいいものやら、迷える子羊です。「スティグマータ」よりも「スティグマ」が一般的でしょうか? 私の英語の辞書では「stigmatism」しか載ってないですね・・・。でもイギリス人はそういえば「スティグマ」と言っていたような気もします。
13世紀は「写実主義」といってもまだ曙なんでしょうね。映画「Brother Sun Sister Moon」では、朽ちはてた荒れ野の教会を、フランチェスコたちが修復してつくり直すのですが、キリストの十字架像(たぶん木像に色をつけたもの)は、目はものすごく大きく、顔もマンガチックでした。写実美術の影響というよりも、強烈な想像力と同一願望なのでしょう。そしてひとたび「スティグマ」が認定されると、「前例主義」というか「先人に学べ」の教えというか、同じ症状の人がたくさん出てくるのもうなずけます。とにかく、何事も最初にやった人は偉いということです。
集団ヒステリーもよい方に働けば、エバンジェリストの集会で(一時的らしいですが)車椅子から突然立ち上がる人も出てくるわけで、何かに「同一化」や「イメージ」の力はもの凄いものです。
みごとに餌に引っ掛かっております。笑)
どれでもいいと思われ。下村寅太郎先生は「フランシス」と使っておったとです。「薔薇の名前」の訳は「フランチェスコ(伊)」日本のフランシスコ会は「フランシスコ」で統一という按配でする。他、フランソア、フランコ、フランツ・・・・・。「スティグマ」は「スティグマータ」というとなんざんしょ?イタリア語でございましょうか?無意識に「スティグマ」と使っておりましたです。
フランシスコが祈った十字架はその小さき荒れ野の聖堂の名を取りて「サン・ダミアーノの十字架」などと呼んでおりますが、あれはビザンツ崩れの様式なき様式。ビザンツを土着的解釈に拠ってみた絵画ですね。(要するに技術的にへた)ですが祈りに満ちておるためになにか想像力(もしくは創造力)のエッセンスは感じられる一品かと。
スティグマはおっしゃられる通りプラシーボ効果的な善き自己暗示の延長線かもしれません。(なんせ当人はイエスと一致したいわけでそれは歓びである)しかし、実のところその真偽すら云々する論考も出ていまして、まさにイエスの物語に於ける「復活」という奇跡的な出来事とパラレルにあるようです。この辺りは「玉響のコロッセオ」のユリアヌス先生が書いていたようなおぼえが。スティグマ一つ取っても学会論文で色々あるようです。
異端審問という言葉に惹かれて参りましたら、あたくすのブログ名が!
早速、TBさせていただきました。よろしくお願いいたします。
スティグマですが、確か私が耶蘇女学校高2頃の宗教の授業でキリストの処刑現場についての講義がありました。磔というのは頭がどんどん前へ倒れていくので、両手が釘打ちだと傷は丸ではなく線になる、指股に達する可能性もあるそうです。そんなことを童貞様からレクチュアされた私がまかり間違ってスティグマとなると手にかなりグロテスクな傷が出てくるかも?やっぱり「痛いの、嫌い」な私は傷口に指を突っ込むトマ子が良いです。
集団ヒスというか集中力から連想するのはクエーカー礼拝ですね。沈黙の礼拝と名づけられていますが。
ついでですが、カトリックではまれに腐らない遺体という現象もあります(ルルドのベルナデットが知られていますが)。これはどう考察すべきでありましょうか?
リンクありがとうございました。
宗教画に見るお笑い精神とレジナルド・スコット
http://www7.ocn.ne.jp/~elfindog/sclagh.htm
>宗教画に見るお笑い精神とレジナルド・スコット
>http://www7.ocn.ne.jp/~elfindog/sclagh.htm
えのさんが「お笑い系」をやるとは珍しい。なたで頭を割られるペトロというのは、ペトロ(=石)は石頭だからノー・プロブレムという乗りなのでしょうか。聖女アントニアンもこの話題を取り上げておられます。
http://d.hatena.ne.jp/antonian/20050714
あんとに庵さんいわく。
>フランシスコが祈った十字架はその小さき荒れ野の聖堂の名を取りて「サン・ダミアーノの十字架」
聖ダミアンとは何者? ヘルマン・ヘッセの「ダミアン」との関係がとてつもなく気になります。
ま・ここっとさんのこんな素晴らしいエントリ(http://malicieuse.exblog.jp/3569428)があるとは!
ま・ここっとさんいわく。
>やっぱり「痛いの、嫌い」な私は傷口に指を突っ込むトマ子が良いです。
これはキリスト教の秘密結社の表現で、「トマ子」=「トマス」のこと。ご興味のある方は、こちらあたりをご参考に。
http://home9.exblog.jp/2931407/
マザーテレサは聖フランシスコの大ファンだったわけですね。で、マザーテレサがフランシスコ修道会だったかというとそうでもない。ウィキペディアによると、旧ユーゴのコソボ地区でアルバニア人の家庭に生まれ、アイルランド系のロレト修道女会に入って、カルカッタに派遣されています。
クウェーカーといえば、明治に日本の皇族に入り込んだキリスト教徒はクウェーカー。明治維新とクウェーカーの活躍(暗躍?)も研究すると面白いかも。
なんぢゃ、そりゃあ?と飛び出てジャジャジャジャーン♪です。
トマ男、トマ子は私の造語なのでそのうちどこかからご批判も届くかと思いますので、それまでこの造語を楽しみたいと思っておりまする。
日本におけるクェーカーはやはりニトベんですね。港区三田の普連土学園が有名かも。彼のつながりで津田仙、河井道、内村鑑三などがプロテスタント教育界で名を連ね、YMCAなどで誉めよ、讃えよ、されています。
独立前のアメリカではクエーカー教徒のWilliam Penn が英国から移住してペンシルヴァニア州を作り、13州のうちで唯一カトリック、ユダヤ教徒をフィラデルフィア(理想郷)に受け入れ差別も行わなかったという美談が残っています。フレンド派(=クエーカー)は聖職者を置かない在家集団というのがキリスト教諸宗派比較ではミソかもしれませんね。
パリ北部にSaint Denis という土地(アラブ系移民の町、国際サッカー場があることで有名)があり、ここの大聖堂はフランス王家の墓所として知られていますが、聖ドニというヒトはパリで首を切られたものの、その首を抱えて北上し、現在のSaint Denis で命尽きたそうです。ですから聖像や聖画は腕に頭を抱えた首なしのお坊様ですよ。
ダミアンといえば・・・・666
ではなく、中世の人にとってのダミアヌス(ダミアーノ)は有名どころではコスマスとダミアヌスという医者の聖人の一人ですが、この教会の守護聖人は7世紀のパヴィアの司教であったダミアヌスさんです。超マイナー。
スティグマですが・・・掌に釘をうがたれると身体の重荷で手が裂けてしまうんで手首ではないか?という説が出たら手首にあらわれよる人もいたそうですぞ。
「普連土学園」というの「フレンド学園」と読むのですね!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E9%80%A3%E5%9C%9F%E5%AD%A6%E5%9C%92
「ニトベん」とは(やはり秘密結社ま・まこっとの用語で)新渡戸稲造のことですね。「武士道」を読んで以来、クウェーカーとしての新渡戸に興味津々です。そのうち、皇族と婚姻関係を結んだ壮大なクウェーカーネットワークを調べようかしら。それから美智子皇后を皇室に送り込んだイエズス会(聖心女子)ネットワークも。
ヘルマン・ヘッセの「デミアン(ダミアン)」は666の方で、7世紀のパヴィア司教とは別なのですね。さっきシュタイナーの人智学に詳しい人がわが家に遊びに来て、スイスに住む人智学信奉者の女性に「スティグマータ」が発現し、(シュタイナー信奉者の間で)話題騒然になっている、といってました。詳しく聞いた上で、またレポートいたします。
Monty Python and the Holy Grail (Special Edition) (1975)
http://www.amazon.com/gp/product/B00005O3VC/
アーサー王が円卓の騎士たち共に、キリストの聖杯(ホーリー・グレイル)を求めて旅をするという中世の英雄伝説を下地にした長編映画。が、そこはモンティ・パイソン。まともなアーサー王伝説になるわけがありません。
Monty Python's Life of Brian (1979)
http://www.amazon.com/gp/product/6305388458/
キリストをパロディ化したことから、各国で上映禁止が相次いだという問題の長編映画。(キリスト教圏の人々にとっては)余りに過激な内容に恐れをなした映画会社EMIが、途中で手を引いてしまったため、ジョージ・ハリスンの設立した会社ハンド・メイド・フィルムズ HANDMADE FILMS がその後を引き継ぐかたちで制作されました。
Jabberwocky (1977) Terry Gilliam
http://www.amazon.com/gp/product/B00005OKQK/
ルイス・キャロルの「ジャバーウォックの歌」を骨格にしてテリー・ギリアムが作り上げた中世暗黒メルヘンである。「殉教したがる人々」ネタあり。
Holy Grail 以外はDVD日本未発売のようです。
"666"は獣の数字に非ず - 新約聖書に新たな研究結果
http://x51.org/x/05/05/0327.php
皇室と馬鹿珍・・いやバチカンの蜜月といえば、戦後処理絡みでイギリスは諜報機関の秘密文書が最近公開されたかなんかで、昭和天皇はバチカンとの太い絆を所望していたとか。(ヒロさんはもうご存知かな?)天皇はバチカンの情報網に興味をしめされていたらしいです。GHQ支配下に対抗しての動きかもしれない・・・・。その時の橋渡しはパリ宣教会の司祭だった気がする。米国に対抗するにはバチカン勢力を味方に・・と思っていたとするなら昭和天皇もなかなかの策士。カトリック関連の土地が皇族関係の所有物と関わりがあるのも・・・。
まぁかなり仲が良かったことは事実でございますね。
人智学信奉者にスティグマってのもすごい組み合わせですが、どのような心理的経緯でそうなったんでしょうか。レポ楽しみです。
えの様>
モンティ・パイソンはかなりいいっすね。「ライフオブブライアン」ユダヤの活動家がローマへの怒りの檄文を考えている最中かナニかに「ローマはインフラを整備してくれた」とか評価してしまった下りとかかなり受けました。
ヒロさんが「秘密結社」と認めてくださっても社員ひとりだんべよ・・・。誰とも契りを結んでおりません。社員募集しましょうかね。条件は「学校の教育方針を理解し、これに賛同する家庭の子女であること」。あ、母校の志願資格をそのまま載せました。ひひひ。
えーとですね、まず皇室と馬鹿狆、いや馬鹿朕ですが、もにょもにょ事項です。書きたいこと多々ありますが、書く勇気がありません。ただひとつ、ヒロさんがおっしゃるイエズス会(SJ)が美智子妃入内に絡んでいるか?はちょと疑問です。昨晩から検索しましたが雙葉や聖心がイエズス会傘下とは簡単に言えないと思います。修道会それぞれに「イエ(ズ)ス」というKWが入ってはおりますが兄弟姉妹会ではござんせん。確かにヨツフタは道を挟んでSJなのでSJから司祭が授業やクラブ活動などで出張しますですが、ヨコフタやデンフタはどうかしらん?
戦後のクエーカー絡みでは枇杷さんのこちら↓をぜひご覧くださいまし。
http://fruitsofloquat.seesaa.net/article/7403680.html
ペーパー結社の作成法
http://www7.ocn.ne.jp/~elfindog/hoax.htm
拡散する黄金の夜明け団
http://www004.upp.so-net.ne.jp/akibba/gd/gdenlarg/gdenlarg.html
「序 誰でも、何処でも、黄金の夜明け団...」
えのさんご推薦のモンティ・パイソンの「渦巻き」に思い切って飛び込む予定です。その揶揄精神と歴史理解の深さは、「オースティン・パワーズ」ごときの比ではない、とお見受けしました。25年前の大学生のときに、モンティ・パイソンに熱狂的な友人がいたのですが、異教徒のうわごとにしか聞こえませんでした。イギリスのシュタイナー系大学にいるおかげで、「アーサー王と円卓の騎士」、「聖杯伝説」も勉強しましたし、スピーチ(発声練習)の授業では、なんと「ジャバーウォック」を使ってるんですよ!! ということで、えのさん推薦DVDは3つとも買い。(あぁ、わが家の財布が・・・・)
昨日の夜は届いたばかりのDVD「スティグマータ」を見ていました。日本では2000年に公開で、評価はいまひとつのようですが、「トマス福音書」をめぐるバチカンの内紛に、「エクソシスト」を掛け合わせたような映画。最近、映画はほとんど見ていない私には、とても「刺激的」でした。壁に自動書記で書かれるアラム語の文字群もよし。探偵役のバチカンの神父もとてもいい男です。映画の音声は英語で、一部スペイン語とイタリア語ですが、「聖痕現象=stigmatism、stigmata」、「聖痕をもつ人=stigmatic」で表現しておりました。やはり「スティグマ」ではなく「スティグマータ」が正解のような気がしますが、いかがでしょうか?
あんとに庵さん曰く。
>戦後処理絡みでイギリスは諜報機関の秘密文書が最近公開されたかなんかで、
>昭和天皇はバチカンとの太い絆を所望していたとか。(ヒロさんはもうご存知かな?)
こっ、こっ、これはすごいではありませんか!これはどの辺の本、またはサイトを見たらよいでしょうか。お勧めがありましたら、是非教えてください。
>人智学信奉者にスティグマってのもすごい組み合わせですが、
>どのような心理的経緯でそうなったんでしょうか。
シュタイナーは悟りの道、超人の道として3つを挙げていて、1つは古代から伝わるヨガなどの修行による方法、1つはキリスト教の修道院的な修行の方法、もう1つは薔薇十次団やテンプル騎士団の修行の方法、の3つです。で、スティグマータが発現したという女性は、「キリスト教修道院」の手法はとっていないそうなので、残りの2つのどちらかだと思います。いずれにせよ、シュタイナーの人智学では、「ゴルゴダの秘蹟」(イエスの磔刑の現場で起こった奇跡)が絶対的な意味づけをもっていて、「人智学信者とゴルゴダ」は強烈に結びついているのであります。
ま・まこっとさん曰く。
>ヒロさんがおっしゃるイエズス会(SJ)が美智子妃入内に絡んでいるか?はちょと疑問です。
「陰謀論」のいくつかの本では、イエズス会はキッシンジャーとつながっているとか書いてますが、真相はいかに。ウォーターゲート事件の隣のビルは、バチカンのビルだったとか。イエズス会というよりも、私はバチカンには、アメリカのCIAやイギリスのMI6に匹敵する情報機関が当然あると夢想しておりますので。
>戦後のクエーカー絡みでは枇杷さんのこちら↓をぜひご覧くださいまし。
>http://fruitsofloquat.seesaa.net/article/7403680.html
これは9月28日、枇杷さんのエントリ。こんな大事なものをどうして見落としていたのでしょう!(赤軍とか辻元にかまけていた私がいけなかったわ・・・) 記事の紹介、ほんとうにありがとうございます。
うむ。棄て熊となにげに使っておったですよ。でだ、「聖痕」そのものと「聖痕現象」と違うのではないかと調べたら「スティグマ」はギリシャ語だそうでする。カトリック大辞典がそう言ってました。イタリア、おフランス、英語はスティグマータでございますね。
モンティはお勧めです。私も疲れると「ホーリィグレイル」見ています。ゲームももっていた。ゲームは下らなすぎて面白いですよ。「ライフ・オブ・ブライアン」は福音書を知っている人なら誰でも楽しめます。ジャバヲッキーは忘れちゃった。
例の秘密文書は、昨年の「文藝春秋」に出ていたですぞ。わたくしブログに紹介記事を書いたんだが、それ掘りだそうと思ったら現在ハテナが重くて出てこないっす。泣)馬鹿珍の情報網はかなり侮れないらしいっすね。やはりここは一つヒロさんに文藝春秋誌をお読みいただくのが一番かと。
シュタイナーのはそういう感じですか。そうなるとやはり騎士団もしくは薔薇十時系かもしれませんね。
ま・ここっとさま>
雙葉はフランシスコ会系列のミニモ会ニコラ・バレ神父が創設した女子修道会「サンモール会(現・幼きイエズス会)」の経営する学校ですが派遣されてくる神父は色々だった気がします。うちんトコはパリ宣教会とかいらしていた気がする。うちの霊的指導濱ちゃん(フランシスコ会)は静岡の雙葉フランチャイルズ店の理事やってたりするし。
黄金の夜明団・・・懐かしいなぁ、クロウリー様。
Stigmataについてちょいっと調べてみました。フランス語だとStigmates、複数形で聖痕を指します。5箇所ですから。ということはイタリア語だとStigmati(複数形)が正しいのでは?と思います。ちなみにStigmates、StigmatiにCatholicやらCatholiqueを掛け合わせてググるとまったく違うものに引っかかり始めますよ。英語はStigmasでドンピシャ・・・のはず。
SJとキッシィ関連ですが、Washington, D.C.そばにGeorgetown Univ. がございます。
http://www.georgetown.edu/home/about.html
ここ、つとに合衆国における(表向き)外交官養成学校として知られておりますが、SJ経営なのですよ。それと躊躇って書きますが(笑)、ヴァチカン情報機関はモサド級と信じてよろしいかと存じます。SJは「ヴァチカンの兵士」という異名も確かあり。
美智子さまについては小泉信三氏から引かれると見えてくるものがあるかもしれません。
戦後直後のカト&キリ人脈ではこれ↓が的を得ているかな?と思います。吉田家−三笠宮家ラインにご注意を。
http://www.yorozubp.com/0407/040705.htm
皇太子殿下がご幼少の頃の浜尾実侍従は退官後は聖心女子学院の科学の先生でらっしゃいました。弟君は元横浜司教、現枢機卿の浜尾文郎氏。
調べました。2005年10月号に載っております。
>「英国機密文書」発見
>昭和天皇「占領2400日」の戦い
>徳本栄一郎
・・・・という記事です。残念ながら実家にあるので内容が紹介出来ませんです。
http://www.k3.dion.ne.jp/~a-246ra/keizukingendai6.htm
公開当時見ました。ドノバンの歌う主題歌のメロディが今も耳に残っています。
「フランチェスコは現代(1970年代)ならばヒッピーだ」というようなコメントがのった映画評があったような記憶があります。
最後の場面に出てくる教皇はアレック・ギネスが演じていましたが、短いながら印象に残りました。この役は日本でしたらさしあたり仲代達也さんが演じるのでしょうか。
ヒッピー映画の生き証人の方ですね。ようこそ!
あの音楽はドノヴァンなんですね。彼の娘は女優でアイオン・スカイ。
教皇イノケンティウス3世のアレック・ギネスは、日本ならば仲代達也というのは、切に同意いたします。とすると、フランチェスコは誰が演じるべきか?
今の俳優さんの中から選ぶとすれば吉岡秀隆さんあたりでしょうか。
ゼッフェレリ監督は当時「ロミオとジュリエット」の監督として知られておりました。それに比べて「ブラザーサン シスタームーン」は恋愛映画の要素がなかったので、公開当時はあまりヒットしなかった記憶があります。
ドノバンの歌う主題歌は著作権か何かの関係でサントラ盤が発売されませんでした。
歌を覚えたくて何回も観るため何時間も映画館にいたものです。当時は今のシネコンのように入れ替え制ではありませんでした。
著作権という言葉を初めて知った映画です。
フランチェスコといえば、アテネにそういう名前の教会があります。
そこは平日閉まっています。
でもその教会にあの聖バレンタインの遺骨があります。
私は日本で最初にその遺骨と対面しました。
昨今のバレンタインデーのミラクル騒ぎでずっと秘密にしていたようです。
ギリシャがギリシャ正教でローマンカトリックではないので押しかけたりする人はいませんが、2月14日は花を買う日になりました。
http://lemonodaso.exblog.jp/3369097 その1 アテネに眠る聖バレンタイン
http://lemonodaso.exblog.jp/3375007 その2 聖バレンタインの遺骨の旅
フランシスコからバレンタインにつながるとは興味深い! 2月14日はチョコ狂いは卒業して、バレンタインが愛していた「花を贈る日」にしましょうか。