この血統主義が1500年以上も続いているのは、おそらく人類史上唯一の現象であり、これを「国宝」または「重要文化財」的な視点から、今後も継続させようと考えるのは当然のことだ。
一方でこの「国宝」は「親から子への世襲制」という形では、そもそも成立しないシステムになっている。「側室容認」や「旧宮家の復活」、「皇族の維持経費」という議論にも発展する。
charisの美学日誌:「三笠宮発言に思う」(2005/11/6)
我々は「側室制度の復活」などと聞くと、笑い話のように思ってしまうが、実はそうではない。<中略>この問題の第一人者の一人である笠原英彦氏(慶応大学法学部教授)は、「<男系の男子>にのみ皇位継承権を限定する原則は、本来側室制度を認め庶子の皇位継承権を容認してはじめて維持可能なものであった」と述べている(『女帝誕生』、新潮社)。
明治天皇も大正天皇も側室の子であり、庶子であった。大正天皇は、幼少の頃、正妻の子と聞かされたので、それを知ったときは苦しんだと言われている。彼は皇族として初めて自分の結婚式を神前結婚式として行った。「神の前で誓いの言葉を述べて夫婦が誕生する」というのは、キリスト教に影響されたもので、江戸時代以前にはこのような「結婚式」は日本になかったとも言われる。また大正天皇は、家庭を大切にし、事実上の一夫一妻制を好んだと言われ、昭和天皇による側室制度廃止に先立って、近代市民社会の「ファミリー」像を先取りしてもいた。皇室もまた、日本社会における市民社会の形成と平行して、自らの近代化を行ったが、そうでなければ「国民が自己投影できる」皇室になれなかったのである。戦後の「天皇の人間宣言」や、ヴァイニング夫人による皇太子教育などを含め、現在の皇太子一家に見られる「ファミリー」人気は、こうした一世紀にわたる皇室近代化の産物である。
そうであるならば、しかし、三笠宮発言における「男系継承」の主張は、近代市民社会にふさわしい皇室像に正面から衝突する「無理筋」であることが分る。「男系継承」は側室制度がなければ維持できないことは、たとえば、日本の武士階級が示している。武士はその本質が「戦士」であるから、必ず「家」を男子が継がなければならなかった。それゆえ武士は「妾(しょう)」を持つことが許され、「側室」という語は本来、大名などの高級武士の「妾」の呼称といわれる。
charisの美学日誌:「三笠宮発言に思う(続)」(2005/11/8)
11月7日の「朝日」“天皇制特集”は面白い。「神武以来」125代の歴代天皇のうち55人が「側室の子」とある。でも実在の天皇は15代応神天皇からと言われるから、それ以前は神話に属する。「側室の子」55人の内訳が「神話の天皇」をどの程度含むかは分らないが、仮に実在の天皇111人を分母とすれば、約半分の割合になる。「男系継承」がいかに「側室制度」と不即不離であったかが分る。<中略>
しかし、「朝日」記事によれば、側室があっても親子や兄弟の継承だけでは足りず、「その他の継承」28例がある。遠縁からの継承もたくさんあり、いかに「男系継承」が困難であるかが分かる。皇位があまり遠くへ「飛ぶ」のでは、正当性が疑わしくなるからだ。それを考えると、「ともさん」の主張する、旧宮家の復帰も正当性は疑わしい。なぜかというと、現在の旧宮家はすべて伏見宮家の血筋で、現天皇と共通の先祖をたどると600年遡るという(600年ですよ、600年!)。愛子内親王からその「共通の先祖」まで遡って、また現代のその子孫の男の子まで辿り着くのに1200年かかるわけだ。「ともさん」、いや恐れ多くも、寛仁親王殿下、ちょっと遠すぎる親戚ではないでしょうか!
ネットで“尊王系”の掲示板やブログを見ると、有識者会議が「国賊」呼ばわりされている。有識者会議のメンバーには極左派はもちろん「サヨク」すらいないのに、「天皇制の廃止を画策する陰謀家たち」と非難されている。だが、中には面白い議論もある。その一つに、愛子内親王が皇位継承者になると「配偶者は絶対にありえない」という主張がある。その理由は、女性天皇の夫の「称号」がないからだという。男性「天皇」に対しては「皇后」、「皇太子」に対しては「皇太子妃」という名称があり、民間から嫁いで苗字がなくなっても「美智子皇后」「雅子妃」と呼ばれる。だが、民間の男性が女性天皇と結婚して苗字がなくなったら、どうするのか! 名前に続けるべき称号がないではないか! だから女性天皇は不可能、というのが彼らの論理だ。ふーむ、なるほどね。でも、日本語は自在だから、誰か知恵者がうまい名前を考えますよ、きっと(^^;)。
女性天皇の夫の称号については考えたことがなかった。今まで女性天皇は10代・8人が存在するわけだが、そのご亭主たちは何と呼ばれていたのだろうか? ともあれ、過去の女性天皇は以下の通り。
Snobbist Club:「女性天皇についての予備知識」(2001/12/1)
第33代 推古天皇(592年〜628年) 第35代 皇極天皇(642年〜645年) 第37代 斎明天皇(665年〜661年)※皇極天皇の重祚 第41代 持統天皇(690年〜697年) 第43代 元明天皇(707年〜715年) 第44代 元正天皇(715年〜724年) 第46代 孝謙天皇(749年〜758年) 第48代 称徳天皇(764年〜770年)※孝謙天皇の重祚 第109代 明正天皇(1629年〜1643年) 第117代 後桜町天皇(1762年〜1770年)
「重祚(ちょうそ)」とは、退位した天皇が再び即位することをいう。10代のうち8代は590年〜770年、すなわち聖徳太子の時代から平安時代にいたる約200年の間に起こっている。
女性天皇はあくまでも「代打」であり、男系皇族と結婚していない限り、その子供が天皇になることはできない。男系継承の血統なのはいいとして、女系の家系のほうには、何らかの傾向があるのだろうか?
泉 幸男:皇室が「藤原王朝」でない理由
藤原道長が3人の娘を天皇家に嫁がせ栄華を誇ったのは、小学6年生も習う有名な話である。道長の子、頼通(よりみち)も娘寛子を入内(じゅだい)させたが、皇子誕生ならず、藤原氏の絶頂期は頼通をもって終る -- ということになっている。
院政期を経て、平氏と源氏が歴史の主人公となり、藤原氏の名は歴史教科書の本文からは消えてしまう。ところが、藤原氏は皇室をしっかりおさえていたのである。
試みに、鎌倉時代から今日にいたる歴代の天皇の母となった方のご出身を調べてみよう。後鳥羽天皇から今上陛下まで、49代の天皇の生母は46名。そのうち、藤原氏の流れでない方は9名にすぎない(うち6名が源氏の出身)。つまり、46名のうち37名は、藤原氏(その流れをくむ中山家、柳原家、九条家をふくむ)の出身であられる。
角川書店『日本史辞典』(平成8年刊)の付録の「天皇表」を見て知った。
女系は藤原氏系が圧倒的になっている。とすると、天皇家の血統は「天皇家男系」と「藤原氏女系」という内縁性の強い血統である。上記の引用タイトルには「藤原王朝」という言葉が使われているが、藤原女系の元祖は、聖武天皇の母親である藤原宮子にさかのぼる。
藤原氏は女系がゆえに、「藤原王朝」という言葉を使っても問題はないが、男系で「王朝」を使った場合には、別の男系始祖が登場したことになり、万世一系という神話は崩れてしまう。
世に倦む日日:「女系天皇雑感(4) 万世一系の神話と水野祐の三王朝交替説」(2005/12/2)
手元に教育社新書の水野祐『大和の政権』があるが、それによると、始祖を崇神天皇とする古王朝、仁徳天皇から始まる中王朝、継体天皇から現在まで繋がる新王朝の三王朝があり、三王朝は全く血統を異にしていて、崇神王朝と仁徳王朝の二つは血統が断絶している。万世一系を頑なに信仰する右翼にとっては衝撃の研究だろう。
特に武烈天皇(25代)と継体天皇(26代)の血統断絶と王朝交替についての説明が説得的で、日本書記に描かれた武烈天皇の残虐行為の数々は、武烈天皇を比類なき暴君に仕立てるたための作為的な記述であり、これは中国の易姓革命の思想が投影されたもので、徳の無い武烈天皇の代で仁徳天皇始祖の中王朝が滅び、新王朝を建てた継体天皇の擁立が正当化されていると指摘するのである。「越前から迎えられた新王朝の天皇が、継体天皇といわれたのは、この天皇から、前王朝と血統が異なるということを、奈良時代の有識者が明確に知っていたことを示している。継体天皇の「継」という字は、後を継承するのではあっても、血統を同じくしてつぐ「嗣子」という場合の「嗣」字とは異なり、血統的つながりがなくて継承する時、すなわち「継子」・「継母」と同じ意味の「継」字である。「継体」という漢風諡号を定めたことは、この天皇が。それ以前の天皇と、全く血統的つながりがなかったという認識が古くは明確にもたれていたことを示しているのである。(教育社歴史新書 『大和の政権』 P.155-156)
「漢風諡号」については、ウィキペディア:「諡(おくりな)」や漢風諡号 、 字義一覧をどうぞ。万世一系問題では、松岡正剛の千夜千冊:『天皇誕生』遠山美都男(2005/10/31)を参照されるとよい。
「王朝」という話では、「天智王朝」と「天武王朝」という言葉を使う人たちがいる。天智天皇と天武天皇は兄弟ということになっているが、この2系統は「壬申の乱」を発端にすさまじいお家騒動を演じており、その対立の深さは、別々の「男系」を疑わざるを得ないほどである。

さらに詳しい家系図を見たい場合は、天皇家家系図1(神武天皇〜桓武天皇)でどうぞ。
上記の家系図は「男系」の観点で線引きされているが、「女系」を含めて捉えると、複雑怪奇な血縁関係が見えてくる。天智系と天武系の「血の争い」を、以下の表に整理してみた。
| 天皇 | 天智との関係 | 天武との関係 | 留意点 |
| 38天智 | 元祖(中大兄皇子) | 中臣鎌足と共に大化改新 | |
| 39弘文 | 子(大友皇子) | 日本書紀では即位していない | |
| 40天武 | 元祖(大海人皇子) | 天智の弟とされている | |
| 41持統(女) | 娘 | 正妻 | 天智の娘が4人も天武に嫁いでいる |
| 42文武 | 曾孫 | 孫 | |
| 43元明(女) | 娘(文武の母) | 子の嫁(文武の母) | ご亭主は草壁皇子(天武の子) |
| 44元正(女) | 孫娘(元明の娘) | 孫娘(元明の娘) | |
| 45聖武 | 曾々孫(文武の子) | 曾孫(文武の子) | 母は藤原宮子(藤原王朝の始まり) |
| 46孝謙(女) | 曾々々孫娘(聖武の娘) | 曾々孫娘(聖武の娘) | |
| 47淳仁 | 孫 | 廃帝、追放 | |
| 48称徳(女) | 曾々々孫娘(聖武の娘) | 曾々孫娘(聖武の娘) | =孝謙(女)が再即位/道鏡を寵愛 |
| 49光仁 | 孫 | 道鏡を左遷、藤原氏を重用 | |
| 50桓武 | 曾孫(光仁の子) | 母親は百済系の高野新笠 |
天智の子(大友皇子)を天皇に据えた結果、「ちょっと待ったー!」とお家騒動が勃発したことになっている。最初の大喧嘩である「壬申の乱」では、弟の天武が勝利しているにもかかわらず、天武の息子は天皇になれていない。42代で天武の孫が何とか天皇になったが、天武系の男児を絶対に即位させないという執念があるかのように、その後、女性天皇が続出している。47代の淳仁は待ちに待った「天武の純系」だが、即位後に廃帝にされ、追放である。天武系の血筋は、49代の光仁で完全に排除され、50代の桓武で「百済偏重路線」が復活することになる。
天武は弟ではない、と疑われる根拠は以下のようなものだ。
★皇室の位牌がある泉湧寺で、40〜48代は祀られていない。
★日本書紀では「弟」だが、南北朝時代の『本朝皇胤紹雲録』『神皇正統記』では天武が年上。
★天武が弟ならば、大化改新や百済出兵でどうして登場しないのか。
★なぜ天武だけが生年月日が不明なのか。
★天智の娘が4人も天武の妻として嫁いでいるのは不自然ではないか。
で、この不気味な「お家騒動」を解明する推理として「天智は近江王朝」で「天武は出雲王朝」だ、という説がある。
★近江王朝・・・・・百済(特定アジア?)一辺倒外交/藤原氏の勢力
★出雲王朝・・・・・唐・新羅にも目を向ける全方位外交/蘇我氏&物部氏の勢力
中臣鎌足(藤原氏の祖)が百済の皇太子である、という説(関裕二)もある。当時の東アジアは激動であり、現代の東アジア史を彷彿とさせるものがある。
| 古代 | 現代 |
| 白村江の戦い | 大東亜戦争? |
| 半島から撤退 | 大東亜共栄圏の夢破れる? |
| 大化改新のクーデター | 村山政権の誕生? |
| 百済一辺倒外交 | 特定アジア中心外交? |
| 壬申の乱 | 小泉政権の誕生? |
| 大帝国「唐」の肥大化 | 中国共産党の肥大化 |
| 高句麗滅亡 | 韓国滅亡? |
| 新羅が半島を統一 | 北朝鮮が半島を統一? |
上記の対比は、よ〜く考えるとかなり不謹慎なところがあるが、深い意味はありませんので。(もっといい対比があったら教えてください)
■追加1:「女性天皇の子供が即位した例はない」という記述がネット上で散見されるが、本日エントリの表に記述してある通り、43代の元明天皇は女性で、その娘が44代元正天皇になっている。42〜44代は複雑で、まず文武が天皇になり、その母(元明)が続き、さらに文武の姉(元正)に継承されている。女性天皇の詳しい系図はこちら(pdfファイル)。
■追加2:コメント欄に秀逸なリンクがたくさんあるので、どうかご参照を。特に「えの」さんにご注目。
加納はピンチヒッターとしての「女性天皇」には賛成ですが、「女系天皇制」、「長子相続制度」には反対です。
>有識者会議のメンバーには極左派はもちろん「サヨク」すらいないのに、「天皇制の廃>>止を画策する陰謀家たち」と非難されている。
はい、嘘。少なくとも、正確ではない。
http://d.hatena.ne.jp/drmccoy/20051103
・岩男 壽美子 武蔵工業大学教授、慶應義塾大学名誉教授
どうやら社民党や公明党ともつながりのある、強力なジェンダーフリーの信奉者であり、フェミニストの視点から皇位継承問題を政治利用しようとの意図も感じられる。歴史や伝統を否定しようとする思想の持ち主に皇室を論じさせるとは、皇族の方々も恐々としているのではなかろうか。
とりあえず一人あげただけで、この危険度。
ほかにも中国のポチことトヨタの奥田会長やら皇室に対する敬意のない連中がゴロゴロ。
女系天皇推進派の理論解析のサンプルとしては役に立つ文章ですね。
朝日新聞を参考にしているあたりがなんとも香ばしいですが。
「世に倦む日日」はgoriさんのところでコテンパンにやられた御人ですよね?
http://www.wafu.ne.jp/~gori/diary3/200510211459.html
今回のシリーズ「女系天皇雑感」もお祭りになりそうで楽しみです。
すみません、、、ヒロさんのエントリと関係ないコメントでした〜失礼をば。
加納 綾一郎さん、リンク(Dr.マッコイの非論理的な世界 http://d.hatena.ne.jp/drmccoy/20051103 )のご紹介ありがとうございます。
>緒方貞子 国際協力機構理事長
>国連人権委員会日本政府代表であり、人権擁護法案を日本に持ち込んだ張本人の一人とのこと。
>笹山晴生 東京大学名誉教授
>日本歴史学協会の一員で、そこの出している「建国記念の日に関する声明」というのが、かなり左翼的。
「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーでは、トヨタの奥田碩は当然怪しいですが、緒方貞子や笹山晴生も「左」傾向ということですか!
「Dr.マッコイの非論理的な世界」も引用している産経新聞の記事ですが、
産経新聞:「皇室典範会議 女性・女系を容認 政府、通常国会に改正案」(2005/10/26)
>歴史上、十代八人の女性天皇がいるが、いずれも男系の皇女で、
>即位後に子供を出産、その子供が即位した例はない。
>将来、皇太子ご夫妻の長女、愛子さまが皇位を継承し、
>その子供が即位すれば皇統は初めて女系に移る。
「即位後に子供を出産、その子供が即位した例はない」は怪しい表現です。「即位後に出産」した例はないかもしれないが、子供が即位した例はあります。43代の元明天皇は女性ですが、その娘が44代元正天皇になっている。43代元明天皇のご亭主は、草壁皇子(天武の孫)です。どうやら「お家騒動」で起こったことは、掘り起こしたくないかのようです。愛子さまの場合は、昭和天皇の孫、大正天皇の曾孫、あるいは明治天皇の曾々孫と結婚されれば、男系は保たれます。
kitsさん、そうです、あの「世に倦む日日」閣下です。「STOP THE KOIZUMI」では奇妙な立ち回りの方でしが、皇室問題では「自分の専門にかなり近い話」なのだそうですので、やはり「有識者」の1人として敬意を払うべきかと・・・。
皇室は男系で継続していただきたいものですが、推進者が「万世一系、125代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として1度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」のように「125代」を強調しすぎると、歴史研究者から煙たがられます。
>43代元明天皇のご亭主は、草壁皇子(天武の孫)です。
草壁皇子は、天武の「孫」ではなく、天武の「子」です。
http://www.ffortune.net/sex/social/wj/wj05.htm
『宝皇女が最初に産んだ子供漢皇子が、実は大海人皇子ではないか、とい
う説があるようです。』
子連れ再婚の大后
http://www5d.biglobe.ne.jp/~dynasty/people/saikon2.htm
「漢皇子=天智」
>「即位後に子供を出産、その子供が即位した例はない」は怪しい表現です。「即位後に出産」した例はないかもしれないが、子供が即位した例はあります。
なるほど、そこまで遡るとそういう例もあるんですね。
勉強になりました。
殊更に万世一系、125代を強調するのは、男系維持の面から見ても問題があるかも。
天皇家の起源や、王朝交代説は井沢元彦氏の著作(逆説の日本史シリーズ)が面白かったですね(確か三王朝交代説だったっけ?)。
ただ、そういう事情があるにせよ、長い間続いてきた「世界最古の王家のひとつ」には違いない訳で、この伝統をどう守るか、といった観点からの議論がもっとなされるべきだと思います。
他の人のブログで恐縮ですが、くっくりさんが最近この問題に力を入れておられますね。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri/
宝皇女は別の男性(高向王)と先に結婚し、これと別れて、34代舒明天皇の皇后になった「子連れ再婚」の后です。宝皇女は、のちに35代皇極、37代斉明の2代の「重祚(ちょうそ)」天皇になります。モトカレ(高向王)との間に生まれたのが謎の「漢皇子」で、この人物を天武天皇か、あるいは天智天皇と見立てることによって、国を二分した大騒乱が理解しやすくなります。私は「天武天皇=漢皇子」のほうに(今のところ)惹かれています。今回、皇室系図を少し勉強してみての総括ですが、
1)「125代2600年」の万世一系があるというのは、かなり妄想の世界かと思います。私今のところ、「1400年の歴史がある」あたりにしておきます。「1500年以上」と本文で書いたのですが、西暦600年前後があまりにも怪しい事件が続いており、かなり引けてしまいました。
2)女性天皇が出てくると、政治的には動乱となり、暗殺、権謀術数の嵐の感があります(これは印象で、男性天皇のときも、相変わらず動乱だったかもしれません)。特に女性天皇が「重祚(ちょうそ)」するあたりでは、お家騒動たけなわです。
「聖徳」太子と山背大兄王
http://www.ten-f.com/yamashiro-ooe.htm
真の首謀者は誰だ!? 「大化改新」秘史
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/taika2.html
天武と天智の関係(「非兄弟」説の流れと根拠の詳細)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/032.htm
神武の妃が事代主の娘、綏靖の妃がその妹、安寧の妃が事代主の孫娘。
母系社会の意識で考えれば神武以降は出雲(賀茂)氏族の子孫です。
大國主神−事代主神+姫踏鞴五十鈴媛命(神武天皇の皇后)
|
+五十鈴依媛命(綏靖天皇の皇后)
|
+(鴨王)−淳名底仲媛命(安寧天皇の皇后)
母系制について
http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/dust/bokei/bok-1.htm
『本当の天皇権力とは、母系制による氏族の頂点にはなく、父系制の頂上にこそ成り立つものだということです。』
以下、「運スレ的に皇室の在り方を論じましょう」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/1733/1130982975/
に最初、投稿したものです。
*****************************************
男女平等だから女性を天皇に、現在の皇室典範では女性は天皇になることができない。だから、女性も天皇になることができるようにしよう、といった声があります。
そもそも、職業や地位に関する「男女平等」とは、ある仕事や地位に就こうと決心した人間が、選抜されたり、報酬を受ける際等に、性差による差別があってはならない、ということです。
したがって、これまで女性が就いたことのない職業・地位に女性が就く事が、男女平等の見地から評価されるわけです。
仮に、その女性に選択の余地が与えらておらず、無理矢理その職業・ポストに就かされていたのなら、その状況を男女平等の見地から評価する人はいるでしょうか?
さて、ここで一つ注意しなければならないのは、近代・現代の天皇という立場の特殊性です。近代・現代の天皇は、首相とか大統領のような、なりたい人がなろうとし、なりたくない人はならなくてすむ立場とは根本的に違っているのです。
近代民主制の根底には、私利私欲の追及が「神の見えざる手」により公益をます、という古典経済学からの発想があるのではないでしょうか。
対して、私利私欲の追及だけで世の中を運営しようとするのは無理がある、ここ二百年ほどはそれで良かったかもしれないが、という大昔からの常識があります。
私利私欲の追及があたりまえになってしまったために、かえって、近現代の天皇は、基本的に私欲と関係なくその地位にある事が公的に重要な意味を持つようになっています。
「天皇になる」ということと、職業選択の自由は関係ありません。
あけすけに言ってしまえば、特定の個人の内心・決心を根拠とせずに「日本国」を背負ってもらい、その立場がもつべき義務と名誉、そして誹謗・中傷などの「雑音」を生涯にわたって担っていただく事なのです。
名誉や高い生活水準が保証されていても、「ぼろくそに言われるし、殴られるかもしれない、ひょっとすると殺されるかもしれない」といったマイナス面がある立場に、選択の権利を与えず人をつけるというのは、近現代的には、本来あってならない事です。
が、たまたま日本には、近現代を越える習慣・伝統、慣習法的制度があったので、それを利用させていただいてしまっているのです。
これは本来、人としてのモラルの問題なのではないでしょうか。
*****************************************
(「運スレ的に皇室の在り方を論じましょう」に投稿したものは以上)
男系、女系以前に、君主制のもつ意義、男女の役割等について、根本的な考察が必要ではないでしょうか。
古代日本の母系制について
http://www.amigo2.ne.jp/~yaji/bokeisei.htm
中国雲南省納西(ナシ)族、摩梭(モソ)の母系社会を訪ねて
http://www2.ttcn.ne.jp/~orie/yunnan2000J.htm
インドネシア、ミナンカバウ族
http://www.faminet.net/padang_indonesia/cerita_ketiga.htm
えのさんのリンクは、読みやすく、深みのあるものばかりです。みなさんも、是非。
http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/dust/bokei/bok-2.htm
◆天皇族はいなかった
----<引用はじめ>----
「天皇族」はいなかった。しかし「天皇」はいた。ならば天皇は一人で歩いてきたのでしょうか。そんなはずはない。そんなはずはないからこそ、つい「天皇族」の存在を無意識に前提においてしまうことになるのでしょう。その気持ちは分かりますよ。なぜって、そうでもしなければ「万世一系」なるものを突き崩せないからです。気のとおくなるような「万世一系」に対峙するとき、ひとは誰しも「天皇はどこからきたのか」と考えはじめるからです。そしていつの間にか「天皇族はどこからきたか」にすりかわっていることに気づかない、という陥穽にはまってしまいます。自戒をこめて、本当にそう思うのです。
「天皇族はどこからきたか」と問うかぎり、おそらく「万世一系」を突破することは不可能ではないでしょうか。天皇の万世一系とは、いうまでもなく父系を辿ったものだからです。父系のうえにしか天皇は存在していません。むろん女帝もいますが、それは繋ぎとしての天皇です。そして、天皇系図以外の各氏族がのこした古系図をみても同じで、父系を辿って記録されています。母系を連綿と記録した系図は皆無といえるでしょう。記録にのこされたもののみが正しいと思われるなら、ここでリセットしてください。記録されなかった母系とは、記録するまでもない日常的な現実だったのです。もしも母系社会で母系を辿った系図が記録されたならば、それは天皇系図に勝とも劣らぬ実体的な「万世一世」だったことでしょう。
----<引用終わり>----
天皇家は母系は藤原氏系が圧倒的なわけですから、母系でさかのぼっても「万世一系」になる可能性は、もしかしたらあるかもしれません。私たちは天皇「家」と読んでいますが、いわゆる「族」や「姓(かばね)」の長ではない、「苗字のない天皇」という存在をもっと深く考えてみたい気がします。またリンクの本文中にある、大和岩雄著『古事記成立考』と、日本の女性の鏡、高群逸枝による『母系制の研究』は、是非とも読んでみたい本です。
日本神話の深層についての一考察「地の王・天の王」:
天孫たちはなぜ海神の娘と結婚したのか、あるいは天照大神はなぜ女神なのか
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-145.htm
阿曇(安曇)氏
http://homepage2.nifty.com/amanokuni/azumi.htm
「ちはやぶる 金の岬を過ぎぬとも 吾は忘れじ 志賀の皇神 (万葉集1230)」
えのさんのリンクはおもしろすぎるので、つい古代史の世界にのめり込んでしまうのですが、現実世界(政治の世界)に絡むTBが園丁日記さんから来ました。雅子様のことです。
皇太子と雅子様のご結婚は、もっとも対極的な存在の「むすび」のように思われました。外務省キャリア組で、ハーバード大学、オックスフォード大学にも行き、フランス語もドイツ語もできるという方が、皇室という「お箱」に収まるのは大変なことです。むろん過去は何であれ、新たな「役割」の中に「無私」の態度で臨まれているわけですが、約束の「皇室外交」の出番はほとんどなく、ひたすら「男子製造器」か否かという話になると、つらいところです。
「誰が雅子さまの人格を否定したのか」
http://kishida.biz/column/2004/20040512.html
「自民党をぶっ壊すの本当の意味」
http://kishida.biz/column/2004/20040521.html
遅れてここを知りました。
感想を。
−−−−
朝日は男系が続くことが難しいなんてまわりくどいことを書いているらしいが、それは皇位争いの時代のことと混同させているし、 側室制度が必要だと思わせることとつなげているみたいだな。
純粋の原理継承が現代では半永久には難しいのはわかっているが、天皇家自身の断絶だってありうるし、そのときどこまでを継承権と認める案なのか。
女性天皇の子が天皇になったことはあるが(43代、44代)、男性の皇太子(45代)が存在した上での、その継承を守るための代理のようです。
ただ、男系がいったん 絶えている疑い があるというのは面白いですね。
しかし、継体天皇の字は継子(ままこ)の継だから、当時の学者は血のつながりを認めていなかった、というのはさてどうだか。
血の繋がりがあろうがなかろうが、‘継’承権という言葉は使う。
まして片田舎から探してこられた後ろ盾のない継承者。
継体という言葉を前面に出した名前に、背後の頼りなさがある気もするが、血のつながりに欠けるという意味とは限らない。
天地天皇→天武天皇でいったん何かの血のつながりが切れているのでは?
という疑いが書かれているが、戦があったから血のつながりがないのでは、という以上の根拠に見えない。
別に、いいんだけど、それはどうだって。
実際、大事なのは文化としての信頼性なので、戦国時代以降に続いていて、江戸時代に継承されて来たシステムと矛盾がなければ十分だと思う。
大事なのは、万世一系かという事実ではなく、 文化的な安定 の中心・象徴なのだし。(政治ではなく)
古代歴史の事実なんて無粋なものを、‘今すぐに’‘だからどうこう’という態度でもってくる議論自体が非日本文化的ということであり、議論に値しない。 そんな人は、もともと天皇のある国なんて必要ないのだ。
花筐の秘密 謎の継体天皇
http://www.h6.dion.ne.jp/~asano/keitai.htm
藤原不比等と天の鼓
http://www.h6.dion.ne.jp/~asano/tenko.htm
『天武天皇(大海人皇子)の正体』
藤原氏の閨閥
http://www.page.sannet.ne.jp/tsuzuki/fujiwara.htm
http://kamnavi.jp/mn/osaka/hiraoka.htm
『春日大社の先の宮司さんは、藤原氏の祖先は天兒屋根命でもなければ鎌足でもない。不比等であると言っておられる。不比等は天智天皇の子であるが、鎌足の子として育てられたとのことである。従って不比等以後の藤原氏は、その祖先を不比等においている。』
http://www.doblog.com/weblog/myblog/4198/1623966
『そのソ連のスパイのゾルゲと共に、日本人も処刑されました。尾崎秀実です。彼は、日中戦争当時の日本の首相近衛文麿の政治ブレーンでもあり、ある意味、尾崎秀実の考えが日本の政策に影響を及ぼしていたとも言えます。』
足利簒奪、南朝革命、それでも「万世一系」は成立する
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/bansei_ikkei.html
源氏と日本国王
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/books198.htm
>足利簒奪、南朝革命、それでも「万世一系」は成立する
>http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/bansei_ikkei.html
『たとえ、「蘇我王朝」が存在していようが、足利氏が北朝皇統を「簒奪」していようが、明治維新に於いて「南朝」末裔の大室寅之祐(おおむろ-とらのすけ)が、孝明天皇の皇子・睦仁(むつひと)親王とすり替わって「明治天皇」として即位していようが、「男系によって連綿と続いてきた日本の皇統」は、聊(いささ)かも揺るがないのです。』
ここまで言い切れる「男系天皇論」はすばらしい!!
『源氏と日本王国』もゲット!(わが家の財布は大丈夫か・・・) 尾崎秀実は頭の片隅にインプット!「満鉄調査部」、「阿片王」、「其の逝く処を知らず」も手許に揃いました!
「神殺し」の国ニッポン
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-214.htm
『歴代天皇の皇后・中宮・女御等の内、藤原摂関家から嫁した女性は百人はくだらないであろう。また、それらの女性たちの腹から次代の天皇が誕生したのである。男系・女系どちらでも良いというのなら、遺伝子的には「藤原天皇」と呼んでも良いくらい天皇家には藤原氏の血が大量に入っているのに、天皇家は天皇家で決して藤原氏ではないのは、天皇という家柄が「男系」によって連綿と引き継がれてきたからである。この伝統は、後に、平氏が天下を取っても、足利氏が天下を取っても、徳川氏が天下を取っても、権力者たちは自らの娘を妃として入内させるだけで、決して、皇女(天皇の娘)と結婚した権力者やその子孫が皇位に就くということはなかったのである。』
ホリエモンと一夫多妻男と皇室典範
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-213.htm
『皇室典範改正問題で、男系男子天皇論者の最後の手段である「側室」という論法を封じるために、今回の「一夫多妻男」をスケープゴートにしたのである。』
http://night-news.moe-nifty.com/blog/2005/04/post.html
「宮中祭祀に非常に熱心な現天皇夫妻と、そうでない皇太子妃の対立があるように見える」
http://night-news.moe-nifty.com/blog/2005/04/post_1.html
『「神ながらの道」を極めれば皇祖神アマテラスになれるとし、「神を敬わなければ必ず神罰あるべし」と子の昭和天皇に絶えず言い続けていた貞明皇后の「意思」のようなものが平成の今でも生きている。この「意思」は昭和の香淳皇后に移り、平成の現皇后にもそれがある。』
http://www.kunaicho.go.jp/03/d03-01.html#KYUTYU
『天皇皇后両陛下は,皇太子同妃両殿下の時代から,宮中三殿(賢所,皇霊殿,神殿)における祭祀を大切にしてこられました。古くから伝えられる祭儀を忠実に受け継がれ,常に,国民の幸せを祈っておられます。』
紀宮さま宮中三殿に参拝 歴代天皇に別れ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051112-00000084-kyodo-soci
賢所皇霊殿神殿に謁するの儀(平成17年11月12日)
http://www.kunaicho.go.jp/sayako/sayako-essuru-h17-1112.html
「神罰」の例:
二百年影を落とした一夜の愛「伊勢物語」
http://www.infonet.co.jp/ueyama/ip/episode/isejingu.html
住吉大明神
http://brotherjin.exblog.jp/2804895/
『仲哀天皇に神罰を与えたのが住吉大神だが、』
諏訪大明神
http://www.geocities.jp/rois_77/kiryu-s-taisya.htm
『大祝には大変厳しい物忌みがあり、これに背いた時は神罰があるとされていました。実際に神罰を受けたものとしては諏訪為仲の例が知られています。』
天皇の信仰に見る日本人と仏教
http://www.kcn.ne.jp/~tkia/mjf/mjf-77.html
『天照大神を祭る宮中の「賢所」(かしこどころ)そばに神々は集められ、歴代の皇霊は「皇霊殿」に、八神と天神地祇は「神殿」に祭られ、宮中三殿として今に至っている。』
延喜式神名帳 宮中神36座
http://www.genbu.net/engi/kyucyu.htm
宮中には紀記神話にでてこない神が祭られていることに注意。不比等...
えのさん、いつもお世話になります。
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>紀宮さま宮中三殿に参拝 歴代天皇に別れ
>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051112-00000084-kyodo-soci
『秋篠宮ご夫妻をはじめ三笠宮寛仁さま、高円宮妃久子さまら皇族方も続いて拝礼した。宮内庁の羽毛田信吾長官が見守った。』
いま天皇・皇室を語る
http://www1.odn.ne.jp/~cbb75250/syomotu.html
岩波 天皇・皇室辞典
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000803034/
大正天皇 朝日選書
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022597631/
<出雲>という思想
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/buakf907/books152.htm
継体天皇は20年も大和に入れませんでした。たぶん応神天皇の子孫だというのはでっちあげでしょ。征服者が前の王朝の皇女と結婚するというのはよくある話で、欽明天皇が女系天皇であることはまちがいないと思います。それに万世一系といってもたかだか1500年。人類の歴史に比べればなんと短いことやら。万世一系ってそんなに大切なの??
皇室典範は女性差別撤廃条約違反ですしね。女性が上に立つのがいやな男性がわめいているにすぎないのでは?まあ今回の事例は日本が男尊女卑の伝統を守るということを世界中に証明しただけです。海外の大学では日本は男尊女卑の国であると教えれられているのを知っていますか?テストでも日本は男尊女卑の国である=yes=正解!
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/yuushikisha_kaigi4.html
大東亜戦争に負けて占領されていなければ竹田恒泰氏は「竹田宮恒泰王」。
誰か昭和を想わざる 斜陽の人々
http://www.geocities.jp/showahistory/history4/23e.html
堤康次郎氏の経営と西武グループ
http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/seibu/060125_2nd/index1.html
『宮家の土地を買収し、プリンスホテルを建設』
西武と堤義明の“悪業”を暴く
"宮様"土地収奪の手練手管
http://www.uwasanoshiokinin.com/seibu2.html
お彼岸の中日に皇女「和宮」の墓を壊す
http://www.uwasanoshiokinin.com/seibu4.html
旧宮家復帰のシミュレーション
http://tech.sub.jp/2006/01/post_318.html
ちくっと東武皇帝の話をしようか
http://tech.sub.jp/2006/01/post_317.html
幻の北日本連邦〜奥羽越列藩同盟
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/nanboku5.html
北白川宮能久親王
http://www.geocities.jp/ahmadjan_aqsaqal/ssr/4n5/no010001.html
台南神社(廃絶)
http://www.genbu.net/haizetu/tainan/tainan_title.htm
台湾神社(廃絶)
http://www.genbu.net/haizetu/taiwan/taiwan_title.htm
『祭神:北白川宮能久親王』
http://blog.goo.ne.jp/fuji2630/e/2927e3583ff0a6c7e0e892679c85622f
『男系維持とは、旧皇族の男系男子の方に皇室復帰を先づはお願ひするといふことです。
一方女系容認とは、民間人の男子の皇室入りを認めるといふことです。』
http://deepchinalife.livedoor.biz/archives/50212049.html
コメント:
『日本の皇室の話題は中国の人も結構興味があるようで、「次世代の天皇が女性だったら何の問題があるの?日本人のお婿さんが見つからなければ中国人でもいいじゃん」と言われて驚きました。』
日本の予言書
http://www.mars.dti.ne.jp/~techno/column/text9.htm
『象徴的な表現もあってわかりにくいが、大意をとれば、古代中国の周王室(姫姓)の流れをくむ東海の国(日本)は百世にわたって代々栄える。しかし、戦乱の世に入るや、皇室は絶え、かつての大臣、内実は猿や犬のような輩(申年・戌年生まれの人という解釈もある)が国を奪って相争う。その結果、国中ことごとく焼土となり、あとかたもなく滅びてしまうというのである。
(中略)
一九七五年、空前の予言ブームの最中、演劇研究家の故武智鉄二は『邪馬台の詩』(白金書房)を著し、『野馬台詩』について新解釈を出した。すなわち、越前から出て新王朝を建てたという継体天皇(第二六代)から見れば、昭和天皇(第一二四代)は九九世ということになる。したがって、『野馬台詩』が予言した終末の世は、当時の皇太子の即位後、武智自身のついに見ることのなかった平成の御代のことだということになる。』
「天皇家百代限定史観」
http://www.infomadonna.ne.jp/~hirohumi/metubo02.htm
「家父長制」の謎
http://www.netlaputa.ne.jp/~eonw/sign/sign53.html
『日本の「家父長制」は多分に名目的な、タテマエのようなものであった』
日本の母系社会
http://www2.ttcn.ne.jp/~bokeishakai/newpage1-3.htm
妻の力
http://www.asahi-net.or.jp/~BH3H-SMJY/zuiso/d253.htm
所功氏との対決
http://blogs.yahoo.co.jp/takebom1024/25508853.html
http://blogs.yahoo.co.jp/takebom1024/25232402.html
かつての皇族たち〜11宮家の人々
http://www1.ncv.ne.jp/~amu/page018.html
『特に東久邇宮家については4でも名前が出たように、昭和天皇の女系子孫となるため、現皇室が大正天皇の男系子孫で構成されることを考えると、「女系」を認めた場合は三笠宮系皇族より直系に近い』
東久邇成子(照宮成子内親王)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~nobon/higasiku.htm
http://www.geocities.jp/showahistory/history5/showa36b.html
伏見宮系旧宮家の使命 ―血の「スペア」としての役割―
藏琢也(京都大学大学院理学研究科教務補佐)
http://ethol.zool.kyoto-u.ac.jp/kura/JapanEemp/FameleEmp/3-15.htm
『女系(多系天皇)の推進者は、都合の良いときだけ「男系の系譜」での五百年の時間の差をいうが、単なる血の近さ、つまり遺伝学的にいう近親度では、東久邇宮家は今上帝を除いたすべての天皇に近いのである。』
笹山先生は、昭和天皇も教えたことのある人。松村派の政治家・故・笹山茂太郎(農林省事務次官→かつての自民党から大臣一歩手前までのぼりつめた人。数少ない気骨ある政治家として知られています)の長兄です。兄弟に元衆議院議員・笹山登生がいます(自民党→民主党→無所属)。笹山先生ご自身は学者の中の学者というか、若い頃から歴史学の世界に没頭されていた方ですから、政治的な偏りはなく、あくまでも中立な立場から有識者委員会に参加なさっていると思います。
それにしても、このような経歴を調べもせずに極左だとかいう「ガセネタ」を流す愚かな人がいたとして、それを簡単に真に受けて恥ずかしげもなくネット上に流す人達の顔がみたい。極右サンということでしょうかね。
笹山先生は、何十年も皇室御用達の家庭教師をしている方で、昭和天皇から美智子皇后、皇太子夫妻にいたるまで、教えてきた人です。松村派の政治家・故・笹山茂太郎(農林省事務次官→かつての自民党から大臣一歩手前までのぼりつめた人。数少ない気骨ある政治家として知られています)の長兄です。兄弟に元衆議院議員・笹山登生がいます(自民党→民主党→無所属)。笹山先生ご自身は学者の中の学者というか、若い頃から歴史学の世界に没頭されていた方ですから、政治的な偏りはなく、あくまでも中立な立場から有識者委員会に参加なさっていると思います。
それにしても、このような経歴を調べもせずに極左だとかいう「ガセネタ」を流す愚かな人がいたとして、それを簡単に真に受けて恥ずかしげもなくネット上に流す人達の顔がみたい。極右サンということでしょうかね。
つまり笹山先生とやらは、笹山某の二世という一点のみにおいて信用に足る人物とされているわけなのだな。
親兄弟の血縁の恩恵を受けてきた人物であろう。
そういう人物が信用される時代直系重視主義に陥るのも分からぬではないな。
21世紀にそぐわないシステム
天皇制を守る必要がなぜあるのか。
不要な理由
・国民の象徴という意味が理解できない。
・国民であれば、当然納税の義務あるのが当たり前。
・天皇にぶら下がる、まあヒモとでも言おうか無駄飯食い、宮内庁職員を解体する
ためにも天皇制は不要。
・徳川の最後の将軍のように現在の皇太子までは、一時金支給後、天皇制解体。
男系に賛成
(理由)私自身は男女同権の世代で、女性であるために差別されることに敏感に反応してきました。しかし、日本の天皇制は男女同権とは根本的に異なる制度であるにもかかわらず、秋篠宮ご夫妻が男のお子様を授かったときに、ある女性党首や女性キャスターは、「男女同権の時代だから云々。」と、インタビューに答えていました。異説はあるものの1000年以上にわたり、男系の天皇が存在するということは、奇跡に近い世界に類をみない由緒ある血統であると思います。ご存知のように男性か女性かは性染色体で決定されます。XとYの性染色体があるときに男性になり、XとXの染色体がある人が女性となります。男系ということは、天皇家の男子のみが持つY染色体を1000年以上も引きついできたことを意味しています。(女性天皇もみえましたが、私が見た系図では、女性天皇の子孫が天皇にならずに男性の天皇の子孫が後に天皇となっていました。)
でも、最近の世論調査では女性天皇容認の方が多いようですが、人々はこれら科学的なことを承知の上で、女系を認めるとアンケートに答えているのか疑問です。女系を認めるということは、1000年以上にわたって天皇家と国民が守ってきた日本の天皇を意味するY染色体を捨てることです。すなわち、古来よりの天皇家は消滅することを意味しますから、極論すれば赤字国家である日本は皇室のために税金を無駄遣いすることなく、皇室の方々は一市民として暮らしていただいた方がいいようにも思います。そして、アメリカのように時の首相とファーストレディが海外からの賓客をもてなすようにすればいいと思います。私は天皇家の人々が大好きですし、テレビで拝見すると心が温かくなりますので天皇家が存続することを願っています。しかし、悠仁様がお生まれになったにもかかわらず、男女に関係なく長子優先で天皇になるのであれば、遺伝的にはどなたが天皇になっても変わりはないのですから、天皇家の方々をお守りするために税金を過剰に投入しないでいただきたいと思うのです。
http://www.haruo-suwa.jp/tuusinnmatome-2.html
>http://www.haruo-suwa.jp/tuusinnmatome-2.html
『前回の通信で「読んでもらう文章」という題で、よい文の条件として、独自性、一般性、平明性の三つをあげました・・・・』という書き出しで始まる、いい論文ですねぇ。えのさんの抜群のセンスがきらりと光ります。
http://www.bk1.jp/product/02998044
「天皇制を支えてきたのは女性の霊力である。日本人の宗教観に根づく女性霊力とその価値観が、どのように継承・変質したかを探り、日本人とは何か、また日本における女帝のゆくえにせまる。」
万世一系とか騒いでいるが、天皇といっても元々は古代の豪族上がり。
日本もいつかは天皇制はきっと廃止となるはず。GHQのマッカーサーにも
出来なかったが、いつ廃止とするかが、日本人全体の問題だ。