2005年12月07日

「神々の履歴書」(1988年)が語る天皇の「渡来説」

私が「師匠」として仰ぐ『日々是チナヲチ』(中国共産党の「神々」と「妖怪」を扱うブログ)の管理人さんが、1988年の頃をふり返り、留学体験記を書かれています。(「幻の留学日記(上)」(2005/12/4)

私も師匠に触発されて、1988年の回想録です。1988年といえばソウル五輪の年で、私は10月に5日間ほどの休暇を取って韓国に行きました。この話は「日帝の黙示録:朝鮮半島に再臨したキリストたち」(2005/8/27)に書きましたが、その後も韓国語の勉強をぼちぼちと進めて、年末にはある自主上映映画を観ることになります。

この映画は、なんじゃこれはー!!という衝撃的な映画で、上映終了後の会場で同じ内容の「ビデオ」も販売されていたので買ってしまったほどなのですが、なにしろ17年前のことで、映画のタイトルが全然思い出せず、困っていました。ところが数日前のエントリのコメントで「神代文字」が話題となり、脳内シナプスが反応し、記憶がよみがえりました。

毎日:『映画:「神々の履歴書」、きょう再上映−千代田区』(2005/11/26)
 日韓の文化交流を中心にシンポジウムや講演会などを行っているNPO法人「ハヌルハウス」(前田憲ニ代表)では26日午後2時半と同6時から2回、千代田区猿楽町2の在日本韓国YMCAホテル内のスペースワイ文化ホールで長編ドキュメンタリー「神々の履歴書」(前田憲ニ監督、2時間作品)を再上映する。
 同作品は前田監督が構想20年を経て、日本の中の朝鮮文化を主テーマにした異色作で、1988年に制作され、上映当時、話題を呼んだ作品。鑑賞券は1800円(前売り1600円)。問い合わせは「ハヌルハウス」(電話03・5996・9426)。【沢田猛】

17年前の映画が先日11月26日に、日本韓国YMCAで上映されたようです。「再上映」と書かれていますが、もしかしたら17年ぶりの上映なのかもしれません。この映画がいま取り上げられる理由は、おそらく、最近活発になっている「女性天皇」「女系天皇」の議論との関連でしょう。

この映画は日本の風習、祭り、芸能、神社、建築物などを韓国のそれと比較し、従来「日本固有」と信じられていたものが、どれほど朝鮮半島からの影響を受けていたのかを比較検証しようとするドキュメンタリー映画です。

私が最も衝撃を受けたのは、エンディングのナレーションでした。

「日本の天皇は、百済系なのか、新羅系なのか、それとも高句麗系なのか?」

上記のような「禁じられた問い」を発しながら、エンディングの音楽とともに終了していきます。当時はといえば、昭和天皇逝去(1989年1月7日)の数週間前のことです。こんな映画を上映して大丈夫か、襲撃されないのか、と心配したと同時に、天皇の出自についてはっきりとモノが言える、いい時代が来たものだ、と胸を熱くしたものです。

映画の中には金達寿(キムタルス)が何度も登場するところからみても、ドキュメンタリーのバックボーンは、彼が研究していた『日本古代史と朝鮮』(講談社学術文庫)ならび『古代朝鮮と日本文化―神々のふるさと』(講談社学術文庫)あたりがベースになっていたようです。

講談社学術文庫の彼のシリーズは全部揃えてあるのですが、日本の倉庫に眠っております。で、買って精読したのか、心に響いたのかというと、専門的な記述がありすぎて、手に負えなかった感があります。今なら深く読めそうな気がするので、もう1度手に取ってみたい本です。内容をアマゾンのレビューから引用したいと思います。

アマゾン:金達寿 『日本古代史と朝鮮』(講談社学術文庫)
金達寿氏の姿勢は、戦前に唱えられた「日鮮同祖論」とか、逆に『万葉集』が「韓国語」で読めるといったものとは一線を画する。氏は今日的意味での日本民族と朝鮮民族の成立は白村江の敗戦で倭が半島での影響力を失い、新羅が半島を統一してからだという。それ以前の半島は百済、新羅、高句麗の三国が対立した状態であり、列島でも南に隼人、熊襲、北に蝦夷といった「異民族」が存在し、両者とも単一民族が存在したなどとは言えないからである。さらにアイヌや琉球人は明治以前は「日本人」ではなかった。そう考えれば「渡来人」は朝鮮人でもないし、日本人でもない。日本人は縄文人を主体に、大陸や半島からの渡来人と混交したり、隼人、熊襲、蝦夷と記紀に記される異民族なども徐々に組み込んで成立したとみなすのが妥当であろう。氏はこのような古代民族のダイナミズムを前提に玄界灘を挟んだふたつの地域の交流、そして日本民族と朝鮮民族の成立を追う客観的な視点に終始している。

bk1(2001/11/18 日経朝刊):金達寿 『日本の中の朝鮮文化』(講談社学術文庫)
 日本の朝鮮遺跡を探ってきた著者が、山城、摂津、和泉、河内の各地を訪ねた記録だ。山城の大田神社の老みこは朝鮮のムダン(みこ)にそっくり。祇園祭も高麗氏族の祖先の祭りを起源としていた。摂津の伊居太神社では宝物の朝鮮兜(かぶと)を拝観している。関東よりも関西は古代の朝鮮文化が濃密、濃厚に残っていると実感させられる。

戦後の関西では、反日左翼がうごめき、これに同和、在日、暴力団の利権が縦横無尽に絡みあっているため「大阪は独立しろ」みたいな揶揄も聞こえてくるわけですが、平安時代以前の関西は、もともと「在日」「帰化人」だらけの外国みたいなところでした。当然「天皇家は半島出身」という説も出てくるわけで、1990年代以降、この手の本を書店で目にした人は多いはずです。

その真偽のほどは研究者にお任せするとして、映画『神々の履歴書』のほうに戻りますが、この映画の制作者は「神々の履歴書」製作委員会となっていました。監督の素性が気になるので、プロフィールを調べてみました。

『渡来の祭り 渡来の芸能』:著者略歴
前田憲二(まえだ けんじ)
 1935年12月5日生まれ.映画監督.
 1960年代後半から日本各地や中国・朝鮮半島に祭りや芸能を追い続け,祭事を記録したテレビ・映画作品は250本以上におよぶ.
 長編記録映画の代表作に,『おきなわ戦の図 命(ぬち)どぅ宝』(1984年),『土佐の泥繪師(どろえし) 繪金(えきん)』(1986年),『神々の履歴書』(1988年),『土俗の乱声(らんじょう)』(1991年),『鉄と伽耶(かや)の大王(おおきみ)たち』(日韓合作,1992年),『恨(ハン)・芸能曼陀羅』(1995年),『百萬人の身世打鈴(シンセタリョン)』(2000年).
 現在,学習院大学東洋文化研究所アジア文化研究プロジェクト運営委員.NPO法人ハヌルハウス代表理事を務める.2001年10月,韓国政府より玉冠文化勲章を授与される.

私としてはこの監督にはそれほど「政治色」を感じないのですが、彼の視点から見た『渡来の祭り 渡来の芸能』には興味があるので、この本の注文を入れたところです。面白い視点があれば、いずれ紹介してみたいと思います。

この監督が在日の方なのかどうかはわかりませんが、これだけ韓国と密着した仕事をしていると、「政治的」な側面も避けて通ることができないはずです。彼の作品の1つ『百萬人の身世打鈴(シンセタリョン)』(2000年)の音楽を担当した人のコメントです。

今井重幸:「百萬人の身世打鈴」より三つの情景
 この『百萬人の身世打鈴』という作品は、『神々の履歴書』と同じく前田憲二さんの脚本・監督による記録映画でして、225分の大作です。その内容は映画の副題が「朝鮮人強制連行・強制労働の恨」であると言えばおおよそ見当はつけて貰えるかと思います。約7年にわたる日中韓の取材によって、主に第2次大戦期に日本が半島の人々に残した傷の深さ、その実態を告発した作品ということになりますね。
 韓国の特定の旋律を使っているわけではありませんが、民族のリズムや音階はいろいろに活用しています。オーケストラに韓国の伝統楽器を取り入れる工夫もしました。サウンドトラックでの演奏は、金洪才指揮新星日本交響楽団その他、テグンという韓国の笛の独奏には閔栄治さんを韓国から招きました。

歴史という潮流の中で「心ならずも」いろいろな波に呑み込まれてしまう「辛い体験」はたくさんあるはずですが、その思いを芸術で表現することは大いに歓迎します。

2000年12月の「女性国際戦犯法廷」の場合も、「天皇憎しの想い」を糾弾集会の形でガス抜きし、元慰安婦の方々の心のトラウマを少しでも癒すことができたのであれば、集会自体に何もいうことはありません。しかし、政治利用をたくらむ連中が群がると「癒し」からは程遠いものになります。

今後、映画『神々の履歴書』が継続上映されるのかどうかは不明ですが、「政治」から離れたところで上映されることを願っています。
posted by ヒロさん at 05:00 | Comment(24) | TrackBack(2) | 日本史・世界史
この記事へのコメント
TITLE: 1989
昭和天皇崩御の年に大学を卒業した私も一言。朝鮮人はこの手のお話(騎馬民族説)が大好きで、留学先で韓国人留学生からこの手の話を聞かされて閉口したことがあります。所詮、西から来た遊牧民(や他の民族)が今の中国に相当する地域に侵入して南下していくユーラシアの巨視的な歴史過程を考えれば、朝鮮半島など廊下というかストローのようなものに過ぎないのですが、何でも都合のよいもの(例:サムライ、柔道、剣道)は朝鮮半島起源としてでっちあげたがる誇大妄想狂の多い韓国人には堪えられない話なのでしょう。ただ、現実問題として、日本の王族の起源が百済ということは大いにあり得るでしょう。ただ、大事なのはマクロな西から東へという民族移動であって、朝鮮半島内のミクロな各種起源説にはあまり興味は湧きません。どっちでもいいかなという感じですね。
Posted by wnm at 2005年12月07日 10:33
TITLE: 朝鮮半島は「スルー回廊」
 スメラミコト(天皇)の「スメラ」は「シュメール」と関係があるという人もいます。朝鮮半島の檀君神話も、もとをたどればフェニキアまで、さかのぼれそうです。景教(ネストリウス教)というユダヤ教的な古代キリスト教徒が極東にまで来ていたことはまちがいなく、日本列島にも「秦(はた)」一族が大挙して定着しています。そういえば、岩手の南部藩の紋章がかつて「ダビデの紋章」で、南部せんべいにもマーキングされていたとか、いないとか。青森に行くと「キリストの墓」まであります(笑)。たぶんこれは、景教のグループが北上したものでしょうが。
 この手の話は民族主義的に熱くならずに、おおらかな大局的な視点がたしかに必要です。朝鮮半島は「スルー回廊」としてとらえる視点も大切です。
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2005年12月07日 11:22
TITLE: 金達寿・・・
わたしは日本列島への大陸からの影響を認めるものですが、金達寿の議論には大いに疑問です。
というのは彼の朝鮮起源の根拠のカナリの部分が「朝鮮語でこう読める」という後々大流行したトンデモ理論で占められているからです。(「わっしょい」は「ワッソ」起源説も確か彼じゃなかったか?)また帰化氏族(大和朝廷成立後に移住したのなら、渡来ではなく帰化というべき)についても普通に資料をあたれば多くて3割と見積もられるのに、「○○氏は伝承から推定すると本当は朝鮮系だ」云々というので8割に増やしてしまうし、秦氏のように大陸系氏族と自称しているものも「朝鮮差別のために中国系を名乗った」ということで朝鮮系氏族に分類したり、恣意的な朝鮮系全盛への誘導がひどすぎます。
そもそも彼の議論に決定的に欠落しているのは、半島にいたから「朝鮮人」か?という疑問です。彼は朝鮮半島由来=「朝鮮人」という結びつけを完了した段階で議論を止めてしまいますが、もともと朝鮮半島中核は中国の植民地だったため、中国人が多数居住していたはずです。漢字で有名な王仁なども、当時は姓名が中国化するまえですから朝鮮半島に済んでいた中国からの移住者ではないかと考えるのが自然です。また最近の研究で明らかなように日本列島の諸勢力の根拠地も半島にありました。そういった混住地であった半島から文物が伝来したのはある意味当たり前です。感情的な半島起源否定は戒められるべきですが、その逆も真なりです。
もっと言えば、以上のような考察を進めれば「朝鮮人単一民族説」が崩壊するので、朝鮮半島に住んでいたのは誰なのか?を議論するのは韓国国内ではタブーになっているらしいです。金達寿もその範囲内で発言していたように思えます。
Posted by 微糖珈琲 at 2005年12月07日 12:42
TITLE: 石塔寺
三重の石造宝塔
http://www.asahi-net.or.jp/~hm9k-ajm/tabi/isidouji/ishidouji.htm
「百済からの渡来人たちが、ノスタルジアのあらわれとして、また、信仰の対象として、塔をつくった・・」
Posted by えの at 2005年12月07日 15:09
TITLE: なんでも韓国起源
日本人はこの日本列島で独自に猿から進化した・・・などと考える日本人は、まずいないでしょう。
だとすれば、縄文人も含めたすべての日本人が、海を越えて列島に辿りついた渡来人の子孫である筈です。そういう意味での日本人のルーツには興味深いものがあるのですが・・・

しかし、どうもそれが韓国人の主張する「日本人の起源」となると、ウンザリしてしまいます。だって、韓国人の日本研究は、天皇にしろ日本の文化・風俗にしろ言語にしろ、すべて韓国と結びつけて「起源は韓国」と結論することだけが目的なのですから。
“この点は中国からの直接の影響かもしれない”とか“韓国と異なる部分には東南アジアとの強い結びつきが感じられる”などという結論を、韓国の研究者からは聞いた事がありません。それは韓国人が、韓国と関わりのない日本の歴史や文化には全く興味がなく、調べもせずに排除しているからでしょう。
それではまともな日本研究と言えないし、なんでも韓国起源には、もういい加減あきてしまいましたよ。
Posted by かおる at 2005年12月07日 16:28
TITLE: 祭り
フラメンコの長嶺靖子さんの元だんなさん。
元々、日本の祭りを撮っていた映画人。
そこから、朝鮮半島の祭りへと遡っただけでしょう。
Posted by たける at 2005年12月07日 18:37
TITLE: DNAを見ると
日本人も中国人も韓国人も大して変わらないのです。日本人の中のDNAの相違の方が中国人と日本人の間のDNAの相違より大きいかもしれないという話もどこかで聞きました。また、日本人のDNAの中に一体どこから来たのかという部分(私の記憶が正しければ、コケイジアンと共通するDNA)が存在することも事実です。ギリシア系中央アジア人(中国の初代皇帝始皇帝も中央アジア出身のはず)が作った国であるバクトリアからやって来たという秦氏の渡日を裏付ける証拠になるのかもしれません。まあ、朝鮮人が執拗に拘っているのは、DNAの一致というより、ミームのレベルなのでしょうが、文明としても朝鮮半島・中国と日本では全然違うでしょ。要は、最低限の近所づきあいと商売以外のおつきあいは、日本は朝鮮半島とも中国とも今後金輪際したくありません、ということなんですが、全く空気が読めない人達です。そんなに起源論が好きなら、人類発祥の地とされるアフリカとアフリカに発生した人類の末裔たる韓国の連続性でも探せばいいと思うのですが、それは韓国人は嫌なんでしょう。
Posted by wnm at 2005年12月07日 18:59
TITLE: おおよそ丸一年
「今日の日本を作った原動力の一つは韓民族」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/12/07/20051207000073.html

おおよそ丸一年、南北朝鮮の主張をネットで拝見させていただいたわけですが、
彼らが起源に拘るのは、ゆくゆくは彼らが日本の宝を収奪しようと虎視眈々と
狙っているからとしか思えなくなってきました。もう虱一匹渡したくない気分です。
Posted by Kawai Oyaji at 2005年12月07日 22:52
TITLE: 韓国も足下が!
金達寿さんは日本文化=朝鮮起源説と朝鮮通信使の顕彰と再評価を、金慶植さんは在日朝鮮人強制連行説を言い出して、戦後日本に広めた人びとです。
彼らは元朝鮮総聯盟員の在日知識人で組織を離れて雑誌『三千里』の発行や著作活動を通じて大きな影響を与えました。ただ、彼らの著作は歴史学界の批判や評価に晒されることは少なかったと思います。トンデモ学説に近いと思っています。ヘンドリック・ハメル『朝鮮幽囚記』(1653〜66年、朝鮮に抑留されたオランダ人の回想記)を読んでも、朝鮮は清の属国であることが明記されています。
で現状です。今月号の『諸君』を読むと、今北朝鮮に中国資本が続々と流入し、経済的支配が強まっていることが述べられています。北を巡って中国が先手を取り、その他の国、とくに韓国が手をこまぬいている状況です。日本に噛み付いている場合ではないのだと思います。
Posted by 花風病夫 at 2005年12月08日 00:45
TITLE: 間違えました!
さきほどのコメント。
「金慶植」は「朴慶植」の間違いでした。失礼しました。金慶植さんは別人です。
Posted by 花風病夫 at 2005年12月08日 00:53
TITLE: 夜郎自大
にして、拝外/排外/人種差別主義者、嘘を平然と言う、注意されると逆ギレする、異常なほど嫉妬深い、独善的である、常に強者に媚びへつらい、弱者を叩きのめす事大主義者、規則を守らない(日本領海内で拿捕された韓国人乗組員の捜査権を韓国に渡すよう要求したことからも明らか)、人のものはみんな自分のものだと思う、著作権を守らない(日本の製品のパクリでもうお馴染み)、等々、私も正直、ここまで醜い人たち(例外はいくらもありますが、これだけメディアで、おかしなトンデモ記事が延々と垂れ流されるということはかなり多くの韓国人がこうした考えに染まっていると考えざるを得ません)だと思っていませんでした。残念ですね。
Posted by wnm at 2005年12月08日 01:02
TITLE: 金達寿とは、懐かしい...
金達寿氏の「日本古代史と朝鮮」は、江上波夫氏の「騎馬民族征服説」などの影響もあってか、一時期話題になりましたが、今はどうなんでしょう。

2001〜2002に放送された『NHKスペシャル「日本人はるかな旅」』では、(1) 約2万年前、氷河期が終わるころ日本列島にやって来たマンモスハンター、(2) 1万年〜6千年前に、黒潮にのって日本列島にやって来た南方系の人々、(3) 2千数百年前、縄文時代が終わるころにやってきた稲作・漁労民族(倭人?)を日本人の三大起源として取り上げていました。
< http://www.nhk-ep.com/view/10344.html >

近年、DNA分析などの新手法のほか、長江下流の折江省の河姆渡(かぼと)遺跡〔約7000年前の稲作集落〕(1978年発掘)に始まり、青森の三内丸山遺跡〔約5500〜4000年前、縄文前期から中期の集落〕(1992発掘)、鹿児島の上野原遺跡〔約9500年前〜7500年前、縄文草創期・早期の集落〕(1991〜1994年発掘)などの大発見が続き、古代史に対する見方も随分と変わってきているようです。(古墳時代から、飛鳥・奈良時代の新発見もあるようですし。)

新羅統一以前の朝鮮半島は、北方系半農・狩猟民族(高句麗)、南方系稲作・漁労民族(百済南部・倭人)、雑穀を主とした農耕民族(新羅)、漢人などの雑居地帯でしたし、朝鮮半島には「三国遺事」(高麗時代、13世紀後半に僧一然が撰した高句麗・百済・新羅の三国の遺事を採録したもの)以前の独自の古文書が存在しませんから、どうしても日本の古文書を、根拠も無く適当に解釈するものが多すぎる気がします。(最近の傾向では、朝鮮半島ストロー説も怪しくなってきていますしw 黒潮ストロー説(?)の方が有力?)

金達寿氏の著作も李御寧氏の「縮み指向の日本人」程度の本、と考えておくのが無難ではないでしょうか。
Posted by MMS at 2005年12月08日 04:00
TITLE: 大航海時代の未開人と白人の感覚に囚われ過ぎ
>wnmさん
>ただ、現実問題として、日本の王族の起源が百済ということは大いにあり得るでしょう。

いや、「後漢書東夷伝」では西暦57年に列島の良くわからない国の王が、中国から金印もらってますし、その前の「漢書地理志」にも列島の良くわからない国百ヶ国が、定期的に中国に朝貢してたらしいんで、むしろ現実問題として百済起源は100パーセントありえないかと。
Posted by J/as at 2005年12月08日 13:17
TITLE: wnmさまのご投稿について少し資料を。
ここら辺に分かりやすい図と文章があります。
NHKの番組からだそうです。

サンカ(山窩)を考える 参考資料(日本人の遺伝子)
http://www.kumanolife.com/History/kenshi1.html#Anchordna
《遺伝子・DNAから日本人のルーツを考える》
〈参考資料・NHKスペシャル3日本人のルーツを探れ〉
http://www.kumanolife.com/History/dna.html
> 日本人は、原日本人系(縄文人)と渡来系の二重構造の中で混血があって、
> その混血が今でもまだ続いているという。

コレ見てると、中国人も韓国人も日本人も遺伝的にやたら変わってるわけでもない。
ただ、文化が違うわけでその理由については地政学的なものもあると思うんですが。
本当に特定アジアの皆さんは大人気ない。言ってる事もロジックじゃなくてレトリックだらけ。

http://bbs1.on.kidd.jp/?0105/hatsuse

ここの掲示板で中国人留学生さんに噛んで含めるように、
掲示板論議のマナーから何から対応している方々が非常にお気の毒。
仕切っている管理者さんは偉いなと思ってみています。
(ここ、留学生さんが乗り込んでこられたときからのログが残っているので、
 分量がつらくなかったらアクセスお勧めします。ROMも多いかな?)
Posted by 枇杷 at 2005年12月08日 16:47
TITLE: 桓武天皇の生母と、百済ストロー説
皆様のご意見、すべてタメになります。DNAもおもしろいですね。

天皇家と百済の関係については、「桓武天皇の生母は百済の武寧王(ぶねい)の子孫であると『続日本紀』に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」(2001年12月)の今上天皇の発言で、「そーらみたことか」と韓国が盛り上がりました。女系に渡来人はまちがいなくいたわけです。
http://www.blu.m-net.ne.jp/~tashima/c5.html

で、男系に渡来人があり得たのかどうか。井沢元彦の推理では「天武天皇は暗殺されていた」という線で、謎解きゲームをしていたと記憶しています。いい資料が見つかりませんが、参考はこちらあたりで。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~tsuboi/67718505/

「百済ストロー説」ということばもあるんですね。コミックの「美味しんぼ」というのは、いろいろと物議を醸しだしているのですね。私は読んだことがありませんが。
http://www1.odn.ne.jp/~aaa23320/oisinbo/oisinbo_vol7.html

『嫌韓流』は5巻シリーズぐらいにして、古代編も扱うとおもしろいかもしれません。
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2005年12月08日 18:38
TITLE: 百済系渡来人
百済王明信
http://www.infonet.co.jp/nobk/kwch/myousin.htm
『表に見るように百済王家から十指に余る女性たちが後宮に入っているのも、彼女の力によるものである。』
百済王敬福
http://www.infonet.co.jp/nobk/kwch/keifuku.htm
『天平二十一年、陸奥守であった百済王敬福が陸奥国小田郡で、我が国で初めて産出された黄金九百両を献上した。』
百済王俊哲
http://www.infonet.co.jp/nobk/kwch/syuntetu.htm
『陸奥鎮守将軍百済王俊哲は、敬福の孫、理伯の子、明信の弟、そして、嵯峨天皇の女御になった貴命の父である。』

四天王寺舞楽
http://www.garyokai.org/kaisetu_F.html
『蘇利古(そりこ):百済からの帰化人で須々許理(すすこり)という人が、この舞を伝えたという。』

株式会社金剛組
http://www.kongogumi.co.jp/enkaku.htm
578年:聖徳太子の命を受けて、海のかなた百済の国から三人の工匠が日本に招かれました。
Posted by えの at 2005年12月09日 00:40
TITLE: 天武天皇は、天智天皇の弟ではない
>井沢元彦の推理では「天武天皇は暗殺されていた」という線
 自己コメントを訂正します。「天武」ではなく「天智」でした。
 天智天皇は青年期は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と呼ばれ、中臣鎌足と共謀して、蘇我入鹿を暗殺する宮廷クーデターを起こした人物です。皆さまおなじみの「大化の改新」です。天智天皇の後継をめぐって、息子(大友皇子)と弟(大海人皇子=天武天皇)が対立し、「壬申の乱」となります。
 井沢説のポイントは、1)天智天皇は暗殺で死亡、2)天武天皇は弟ではない、の2点。中臣鎌足(藤原氏の祖)を渡来人とする説もあるので、そのあたりから「天智天皇+藤原家」連合は外来王朝の集団ではないか、という推理が出てくるのでないでしょうか。

井沢元彦 『隠された帝―天智天皇暗殺事件』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396325525/503-8135798-2373559
日本の歴史の謎:「邪馬台国と大和国(前編)」
http://www.geocities.jp/yas862/his1-2.html
Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2005年12月09日 07:00
TITLE: 古代の政治亡命と戦争難民
百済からの相次ぐ亡命と、武蔵の国に亡命した高句麗王
http://toron.pepper.jp/jp/kodai/to660/boumei.html
『日本書紀』「百済の遺民20万人程度が、白馬江、錦江、海浜を伝わって日本へ渡ってきた」

武蔵国高麗神社
http://www4.ocn.ne.jp/~fkoma/
『高麗神社の主祭神はかつて朝鮮半島北部に栄えた高句麗国からの渡来人高麗王若光です。』
武蔵国狛江(こまえ)郷
http://homepage3.nifty.com/k_harada/komaego/komaego.htm
狛江郷虎狛(こはく)神社
http://members.jcom.home.ne.jp/7e8e/kohaku.html
Posted by えの at 2005年12月10日 11:16
TITLE: 井沢元彦氏の説はトンデモ
井沢元彦氏他何人かの方(作家が多い)が主張していた「天智・天武非兄弟説」は、学会ではトンデモ説の扱いです。私もトンデモ説だと思います(^^;)
というのも、彼らが根拠としている天智・天武の没年齢が記載されているという史料は、すべて室町時代以降に書かれた根拠の弱い物ばかりだからです。『日本書紀』などほぼ同時代に書かれた史料では彼らの没年齢は記載されていません。

陸奥国の国司となって奈良の大仏に塗る金を発見した敬福や、桓武天皇の愛人とも言われる明信(藤原継縄妻)を輩出した百済王氏は白村江の戦いで亡命した王族です。既に書かれているように桓武天皇の母親が百済人の傍系に当たるために桓武天皇の時には重用されますが、これには非常に批判があり(当時の史料である『日本後紀』に書かれていたと思います)その後は大臣を輩出することもなく急速に歴史から消えていった一族です。

江戸時代の朝鮮通信使は「善隣友好の使い」として辛基秀氏や京都造形芸術大学教授の仲尾宏氏によって’90年代に熱心に取り上げられましたが、実体を無視して持ち上げられすぎでしたね。実際は李氏朝鮮王国は日本より清との関係に熱を入れていましたし、日本人は釜山までしか上陸できなかった史実をみれば江戸時代の日朝関係も表面的な物で「善隣友好」とはほど遠い状態でした。今の方が韓国ドラマも国営放送で流れてますし、ネットで(喧嘩腰で一方通行のすれ違いですが)討論はしてますし、これだけを見てると江戸時代より現代の方がよほど友好関係にあるといえますです(オイ)。
そうそう、2001年に京都の文化博物館で行われた「朝鮮通信使」のパンフを読んだことがあります。今みると解説は朝鮮万歳!一色であり、噴飯物のお粗末な物です。展示物は面白い物が多かったんですけど。

ややテーマと外れましたが、興味深い話だったのでおじゃましました。では失礼します。
Posted by ばんない at 2005年12月11日 01:14
TITLE: 皇室お家騒動「壬申の乱」
日本書紀には神武天皇から持統天皇まで歴代の天皇の崩御の年齢は、一人を除いてすべて直接、間接に書かれている。書かれていない一人とは天武天皇(大海人皇子)である。その真偽は別として神代の天皇の歳がまことしやかに書かれていて、直前の天皇の年齢が書かれていないというのは不自然である。日本書紀の作者が意図的に書かなかったとしか考えられない。

「御寺」の位牌に隠された秘密
http://www.ten-f.com/mitera-no-himitu.htm
『完全に途絶えた「天武」の血筋』
Posted by えの at 2005年12月11日 10:55
TITLE: 史実と論議
感情論や心情風景の描写からは「物語り」的な「お話し」は産まれても、生産的で実証的な議論は生まれないでしょう。
確かな「事実」を論議の基礎に据え、それぞれの立場の違いをも認めつつ、何が、かつて起こったのか、を一つ一つ明らかにして行くことが、自由な立場を尊重する者の取るべき方法だと思います。
また、国内外では今上陛下の「出自」のみが興味の的となっている憾みがありますが、この、極東の小さな島国で、何故「一つ」の命が連綿と行き続け、全ての国民とは云えないまでも、大多数の国民が「一つ」の血筋の存続を好ましいものだと支持してきたのか?その事実にも注目すべきであると考えます。
Posted by ten-f at 2006年05月29日 18:41
TITLE: 日本人と朝鮮人は別民族
DNA的にみても朝鮮人(韓民族)は中国系の民族と言われていますし、日本人はチベット人やブリヤート族と同じDNAを持つ民族であり朝鮮系民族とは別民族なのは明らか。なお日本に優れた文化を伝えたのはツングース系扶余民族の百済と同じツングース系扶余民族の高句麗であり韓民族朝鮮人の新羅ではない。扶余族と韓族は言語も別だし文化も違う
現在の韓国人に偉そうにいわれる筋合いはない!(韓国)新羅こそ唐の手を借り半島統一した為朝貢するはめになり、以来、日本が日清戦争での勝利により中華支那帝国(清)からの独立をはたすまで千年以上も属国であった事実は隠す事が出来ない歴史的真実
Posted by 大和 at 2006年12月16日 17:13
TITLE: 神功皇后(の母方)は新羅系
【三宅氏】
http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/03/03017.htm
出石神社
http://kamnavi.jp/ym/hiboko/izusi.htm
「『日本書紀』垂仁天皇三年の条
 はじめ天日槍命、播磨国穴栗村にいたが、天皇が大友主と長尾市を但馬に派遣した。天日槍命は「私は新羅の主の王子である。」と名乗った。」
Posted by えの at 2006年12月16日 21:52
TITLE: 「宇佐八幡神は新羅の神だった」萬遜樹
http://www.eonet.ne.jp/~mansonge/mjf/mjf-51.html
Posted by えの at 2006年12月17日 01:16
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