表記文字が如実に示す、日本と中国の姿
ノリミツ・オーニシ (東京)
世界中のあらゆる言語の中で、外来語や外国人を区別するために、まったく異なる文字セットを用意しているのは、日本語だけだ。日本人たちはこの文字セットをみるだけで、対象となるモノやヒトが「日本のものではない」とわかるのである。
外国人の名前は、ジョージ・ブッシュからサダム・フセインに至るまで「カタカナ」という文字で記述されている。さらに、外国の市民権をもつ日本人の子孫たちにも、この文字セットが使用されている。日本人の名前を冠していても、本当の日本人とは見なされない、ということだ。
これとは対照的に、中国ではこのような区別は存在しない。中国人ではない人たちの名前も、ときに非常な困難を伴うものの、中国語の文字のみで表記される。外国人もある意味で中国人にされてしまうのだ。
実際のところ、このような違いは、両国の対極的な世界観を反映している。島国日本の「内向き」な見方とは対照的に、中国には自らを「中原の王国」「世界の中心」と見なす伝統がある。日本にとって、(外来の)ヒトやモノを、ある種の警戒心をもって「よそ者」とみなすことが自然であるように、中国にとって、「コカコーラ」や「ジョージ・ブッシュ」を受け入れ、もっとも適切な中国の文字(=漢字)で表現しようとするのも、当然の成り行きなのである。
「内」と「外」を厳格に仕切り分けるという日本語のあり方は、日本で延々と続いている「非日本人」に対する曖昧な態度にも、如実に表れている。中国との対比は歴然としており、世界のボーダーレス化が進む中、その影響力を互いに競い合う、このアジアの2大経済大国の将来をも暗示している。
今日の日本人は、わずか2世代前には想像もできなかったことだが、お気楽に、自信をもって海外旅行に出かけている。しかしその一方で、海外からやってくるヒトやモノに関しては、気を休めることができない。はっきりと「異質」のレッテルを貼ることをよしとしている。
しかし中国は違うのだ。
「中国は大きな大陸(国家)で、みずからをNo1と見なし、他国を非文明国と見なす傾向があります」 NHK研究員のミノル・シバタ氏は語る。「それゆえ、外国人に中国語名を与えることで、恩義をかけたと感じているのでしょう」
中国文字(漢字)をいまなお広範囲に使用している国といえば、中国と日本である。中国はこの体系の創始者であり、いまなお漢字を全面的に使用している。
日本はというと、恐ろしく複雑だ。日常生活では、日本人は3種類の文字セットを使用している。広く普及しているローマ字を含めると、4種類の文字セットだ。
1つ目は中国の文字で、日本では「カンジ」と呼ばれている。日本人の名前は「カンジ」で書かれる。現在、人名に使用が許されている文字は2230字で、それ以外の文字を使うことは違法である。親たちはこのリストの拡張を強く要求しており、法務省も最近500から1000文字の追加を検討している。
2つ目は日本語の単語を表すために使う表音文字のセット(=ひらがな)だ。そして3つ目は「カタカナ」という外来語に使う文字セットだ。
「3種類の文字セットをもつ言語は、日本語以外にありませんね」 国立国語研究所のムツロー・カイ所長はいう。
アメリカでは、子供の命名の自由は、絶対に譲れないだろう。だが、日本では、政府とマスメディアが名前の表記と選択で境界線を引いており、結果的に、日本人のアイデンティティにも境界線が引かれてしまっている。
マスメディアでは「ジョージ・ブッシュ」や「サダム・フセイン」といった名前には、外来語用の文字セット(=カタカナ)を使っている。そして、日本人を先祖にもつ人たち(=日系人)に対しても、例えば日本に亡命中のアルベルト・フジモリ元ペルー大統領であれ、5才のときにイギリス国籍を取り『Remains of the Days(邦訳:日々の名残)』を著したカズオ・イシグロであれ、同じようにカタカナが使われる。彼らの名前は「カンジ」で書けるはずなのに、彼らが本当の日本人ではないことを示す因習に従わされてしまうのだ。
線引きは時として難しくなっている。「誰をもって日本人とするのか」あるいは「どの時点で日本人でないと認定するのか」という難題に触れているからだ。もしイシグロ氏が日本国籍のまま(イギリスで作家になったの)だとしたら、彼の名前は、日本では果たして別の表記(=漢字)で書かれていただろうか? フジモリ氏は日本国籍を有し、日本を亡命地としているのに、どうして他の日本人と同じように漢字で表記されないのだろうか? マスメディアはこれに対する基準を用意していない。
基準となるものは、国籍なのか、血縁なのか、それとも日本語や日本の習慣に対する習熟度なのだろうか? あるいは、島国日本を離れることは「村社会」から離れることを意味し、日本の国土から足を1歩でも離した瞬間に非日本人になってしまうのだろうか?
これに関しては徹底的に議論されねばなるまい。海外転勤で日本を数年離れた帰国子女たちは、帰国後、例外なく問題に直面している。帰国組は往々にして同級生たちにいじめられ、「外国人」や「よそ者」を意味する「ガイジン」ということばで呼ばれる。海外に行く日本人が増えるにつれて、近年この問題は減少している。しかし、この子供たちの海外経験は「不遇な体験」と見なされるのであり、子供たちの海外在住体験が通常「プラス」として考えられているアメリカなどとは、大違いである。
中国人のアイデンティティは違っている。あなたがバークレイ大学で勉強する中国系アメリカ人の4世であれ、ナイジェリアのラゴスにある中華料理店に生まれた中国人の子供であれ、ひとたび中国に戻れば「身内」たる中国人として認めてもらえるのだ。そして名前も他の人たちと同じように表記される。日本人とは違って、中国人のアイデンティティは国境を越えているのだ。
「中国人は海外の中国人に対しても強い親近感を抱いていますね」 中国に留学経験のある、朝日新聞校閲部のナオカズ・ヒルマは語る。「海外の中国人たちには長い伝統があり、何世代たっても中国人なのです。一方、海外にいる日系2世や3世の場合は、どんなに日本人の血が流れていても、『向こうに住む人たち』と見なされています」
中国は内外の区別のない国、日本はカタカナで外国人や日系人を差別する国だそうだ。言いたいことは山ほどあるが、1点だけ。
おい、オーニシ! 自分の生い立ちと重ね合わせるように、5才で日本を離れた「カズオ・イシグロ」を引き合いに出して、何が言いたい? 差別意識で「カズオ・イシグロ」と書いている人間など、この日本に1人もいやしない。あんたの盟友を「ナオカズ・ヒルマ」としたのは、ひとえに漢字が確定できないからだ。「ナオカズ・ヒルマ」と書くと在日差別だ、とでも騒ぐのか? それとも「ノリミツ・オーニシ」は自動的に「糊密鬼紙」に変換され、偉大な「オオニシ・ノリミツ」は自動的に「大西哲光」ただ1人に確定されるとでも思っているのか?
これ以外に50点ほど突っ込めるところがあります。あとは皆さんにお任せします。
■追加 (2005/12/5):オーニシのこの記事に反論するサイト
在日・元在日は何かと言うと「日本人は我々在日を差別するのか」「日本人は在日の人権を侵してる」
と声高に叫びますが、オオニシの記事は日本・日本人差別以外の何物でもないですね。
さすが元在日。ご都合主義な民族の血はカナダに移住してもしっかり生きてます。
初めまして。
私も絞りに絞って2つだけ突っ込みたいです。
1、子供の海外在住体験は、必要以上に羨望の的。
2、これを読む米国民は、他国文化をあからさまに否定する記事に拒否反応を示さないのかしら?
オーニシさん、名前を漢字で書いて欲しいなら、きちんとそう主張すればいいのに・・・。
こういう文章を長々と書けば、言語学者や日本学者がすかさず突っ込みを入れるに違いない、と思うんですが、やはりこの程度の悪意はアメリカのマスコミ界では常識なんですかね?
現在最も個人的に関心があり知りたい点は、ジャーナリストはどの程度までの虚言・妄言・捏造・歪曲が許され、どのあたりで罰せられるのか…ということです。
こういった文章を量産して大西氏はメシを食って生きている訳けですから、相当に緩いんだろうなぁ…とは想像するんですが。どなたか教えてください。
ノリミツオーニシと日本人っぽい名前は捨てて、
本名の朝鮮名を名乗ったらどうですか。
完全に工作員です。
バレバレです。
またオオニシですか
大西氏の論点のひとつは、日本語における名前のカタカナ表記の基準は「誰をもって日本人とするのか」という基準にほかならない、というものですね。
『外国人の名前は、ジョージ・ブッシュからサダム・フセインに至るまで「カタカナ」という文字で記述されている。さらに、外国の市民権をもつ日本人の子孫たちにも、この文字セットが使用されている。日本人の名前を冠していても、本当の日本人とは見なされない、ということだ。』
しかし、この主張にはまったく説得力がありません。外国の市民権をもつ日本人の子孫ばあいでも、本人の名前に漢字表記が存在し、本人がそれが使用されることを希望すれば、そのように表記されるでしょう。カナダの市民権をもつ大西氏の名前も朝日新聞の記事で漢字表記されていましたね。ですから「外国の市民権をもつ日本人の子孫たちにも、この文字セット(注:カタカナ)が使用されている。」というのは間違い(というか嘘)なわけです。実際、第二次大戦以前にアメリカやブラジルへ移民した日本人の子弟、いわゆる二世の方々を、例えばマスメディアが取り上げるとき、その方々の名前の日本語表記が存在し知られていればそれを使用するのはふつうのことでしょう。大西氏のようなケースは珍しいことではないわけです。また、フジモリ元大統領やカズオ・イシグロ氏の場合は、彼らの名前がまずアルファベット表記で広く知られるようになったということがあり、他のアルファベット名の日本語表記に従ったということでしょう。今後もし両氏が、両氏の名前の日本語表現として、漢字あるいはひらがな表記を希望するのであれば、マスメディアがその希望に沿うことがあり得ないわけではありません。結局、名前におけるカタカナ使用の原則は、当の人物の名前がアルファベット表記でのみ広く知られている場合カタカナを使用してその音を(不完全ながら)示す、しかし当事者の意思が異なればそのかぎりではない、ということにつきるのではないでしょうか。当の人物の「日本人性」とは直接関係ないわけです。
とは、日本における通名なんでしょう。
偽日本人が日本名で日本や日本人を貶める。
これぞ、朝鮮人による日本差別の極み。
>「中国人は海外の中国人に対しても強い親近感を抱いていますね」
↑は確かに事実でしょう。ただし“血縁を同じくする”「中国人」と限定されますが。まあ、“血縁を同じく”しているということは、住んでいる“地域”も“同じく”しているワケですから、事実上「中国人」というカテゴリー自体が、無意味になってしまうんですがね。つまり、彼らは“上海人”“北京人”“福建人”etc.として「親近感」を持っているに過ぎません。ただ、“反日”という場面で、「中国人」というカテゴリーが意識されるに過ぎないのです。ヒルマ氏は、シナへの留学経験があるそうですが、在支邦人ならば、必ずや彼の地で“地域主義”を目や耳にしているハズです。それをしてないとは、おかしな方ですね。朝日の記者さんは、こないだ“チベットぶらり旅”をしてきた、『報ステ』の加藤さんみたく、シナの都合の悪いところは見聞できなくなるんでしょうかね。
二十世紀の初頭までのヨーロッパで、ユダヤ人がしばしば暴力的迫害を受けた。これを煽動したのが改宗ユダヤ人であった。貴族に取り立ててもらうため、キリスト教徒になったが、その後、生まれつきのキリスト教徒以上にキリスト教徒らしい行動として、ユダヤ人の陰謀を言い立て、同胞を売った。
ノリミツ・オオニシの書いた記事を読んで、いつも思い出すのはこの史実である。白人社会に生きることを選択したオオニシは、白人社会に対する忠誠心の証として、必要以上に日本の悪口を言い立てる。哀れな奴だが、許しておけない。
>彼らの名前は「カンジ」で書けるはずなのに、
>彼らが本当の日本人ではないことを示す因習に従わされてしまうのだ。
↑
勝手に解釈しないようにな、と思いますが…。
同じ「フジ」でも「藤」「富士」「不二」…など色々あるわけで、
で、彼等が日本語のフォントでそれを表記してない限り、
カタカナで書くしかなかろうよ。って、適切な突っ込みはKさんがされているので
これ以上はと思いますが、『最初に結論ありき』だからこうなる。
彼に元々の民族名があるならそれを名乗って欲しいものです。
日系人としても許せん。
アホくさいですが、オオニシノリミツを変換してみたらこうなりました。
「大西の利蜜」…だから、言わんこっちゃないのです。
作る会西尾さんが oonishi のインタビューを受けたの話。
これから続くみたいです。楽しみです。
http://nishiokanji.com/blog/2005/12/post_260.html
わははは♪ なんという浅薄な分析なのやら>大西記者
うちの田舎のばあちゃんは、本名がカタカナの「トミ」でしたよ。カタカナが外来語に使う文字セット? うちのばあちゃんは外人ですか?
内と外の線引きをするために表記文字を変えるのだとしたら、なぜ中国・韓国人が漢字表記のままなのかも謎ですね。読みが日本と異なるのだからカタカナ表記にすればいい。日本人は日系人より、中国・韓国人に親しみを感じているとでも?
日本では漢字を表意文字、カタカナとひらがなを表音文字として使っているだけです。外来語だけでなく、動植物名や学名もカタカナ表記が普通です。なぜカタカナ表記にするかというと、全て平仮名よりも読みやすいから。単純な話ですよね。
中国には漢字と別の表音文字はありません。ですが日本のように漢字の読みが複数あるわけでもないので、漢字を表音文字として使えます。また、使うしかないわけです。
へ理屈をこね回し、「アメリカと表記するのは閉鎖的で、亜米利加だったら国際的」なんてあほな事を考えるのが、偏見に凝り固まった閉鎖的思考と言えるんじゃないですか?
中国には漢字一つしか表記法がないわけですから
外国人の名前を無理やり漢字で表記するのは当たり前です。
アルベルト・フジモリの「アルベルト」は漢字で表記できないので
カタカナで表記するしかないでしょう。
このオオニシ記者は、日本人は排他的と決めつけたいために
無理やりコジツケしてますね。
>うちの田舎のばあちゃんは、本名がカタカナの「トミ」でしたよ。
>うちのばあちゃんは外人ですか?
↑うちのおばは「テル子」です、この場合どう判断すればよろしいでしょうか?
「あの大西哲光記者」に関するクイズを作りました。
「「日本は法治国家か」と疑問を呈するNYタイムズはタブロイド紙(三流)か?」というタイトルの記事です。
問題は「大西記者がいままでに書いた記事はどれ?」
選択肢が3つあります。
正解は→ http://q-q.at.webry.info/200603/article_38.html
(ご迷惑でしたら、お手数ですがコメント、TBの削除をお願いします)
1:カタカナは外来語の他に擬音語・擬態語・学術用語に使うし普段ひらがなや漢字で
表記している言葉でもわざとカタカナで表記するケースはよくある。
というか自分の子供の名前カタカナでつけた親は自分の子供差別してるのか?
別に差別するためにカタカナで表記するなんて考えてる日本人いないと思うけど。
2:中国は漢字しか表記方法が無いので何でも漢字で表記するのは当たり前。
日本人の文字の使い分けはあるようにしてない。感覚的なものだと思う。
漢字:男性的、事務的、知的、硬派。
ひらがな:女性的、かわいらしい、幼い、柔らかい。
カタカナ:外国的、先鋭的、機械的、科学的、擬音・擬態。
何となくこんな感じ。
何よりカタカナは差別のために発明された文字ではない。
大西氏はカタカナに謝罪してくれ(藁)
ウチの祖母はミエ、曾祖母はトミですが何か?
カタカナを差別的に使うツールだと認識するこいつは馬鹿ですか?
そういえば昔は日本も外国語に漢字を当てましたがこれが機能的ではない、とい理由で
カタカナが通用したまでのことです。
もうね、話になりませんわ。
一体この情操はどんな風にすれば出来あがるのですかね?
出自と経歴を見ればいいんですね。納得。
近代社会を言い表す漢字表現は殆ど全て日本由来だと中国人学者が言ってます。
中国語の8割にまで及ぶらしいです。
で、日本は外来語を全てカタカナってのはどういう根拠なんだろうか?
オオニシに聞かないと謎ですけどね。
オーニシさんは通名の日本名を名乗るのはもう無理がありますね。
そろそろ記事には本名で署名したらいかがですか?
すいません。飛び入りです。
私は今中国の上海付近に赴任しております。まあ色々な「日本人」が居ますが、
・会ってすぐに「日本人同士仲良くしましょう」と言う奴。
・「はあー中国生活が長いですねえ。中国名はあるのですか」と真顔で聞く名刺上の
日本人。金○お前のことだ。日本人は世界のどこに行っても日本名を名乗る(はず)
・ゴルフ場で片言の日本語を操り、中国人の係員にセクハラを働く日本人モドキ。
>日本語で喋る奴は日本人だと信じて一生懸命サービスしている子が可愛そう。
・とにかく。日本人というだけで仕事くれとかあの会社紹介しろとか、得体の知れない
自分らを臆面も無く「日本人同士」という。
本物もしくは日本式の教育をされた台湾人は。日本人であることをネタにして摺り寄る
ことはしない。そんなもん話すれば分かるし、擦り寄れば失礼だ。
困っていることに付け込むのも良くある話。私が助けましょうとか会って3秒で言う奴。
飲み屋で遊び散らかして金を値切り倒して、帰り際に朝鮮語でエヘラエヘラ笑う奴。
とにもかくにも。中国のエセ日本人やらには困ってます。
本土にもいっぱいいますが、こちらにはかなりの数で進出して日本人の顔して商売して
現地人におもいっきり嫌われてますな。
日本のジャーナリストだとしたら勉強不足な大西さんですね
怖くて記事が読めません。 朝鮮人が創氏改名でがたがた
騒いでいましたが 中国人と大分違いますね。中国人は
二つ名前を持ってますよ。
日本は排他的。日本で生きてれば自覚できる。
日本人が外国人名にカタカナを使うのは、差別ではなく区別。悪意がある訳じゃない。訪問者に対する敬意を持つ為の最初の一歩で、明治維新から続く、外来の文物を学び吸収するための伝統だ。
だから、日本人の価値観を極論すれば、「学ぶ価値のある何者か」を心から尊敬し、見下して差別するのは「学ぶ価値の無い何者か」という事でもある。中国人は日本人を「強いものを尊敬する民族」と思っているらしいが、それは大きな間違い。
表記から、確かに日本では外来のものが分かるが、それは主に西洋の『源流が全く異なる文化』に対する、ある種の敬意だ。だから、既に実質日本に帰化した『カレーライス』を、いまだに「カレーライス」としてインド起源の料理だと認識している。本場のインド人曰く「こんなのはカレーじゃない」そうだが。
カタカナ表記に関しては、漢字の当て字って、日本だと珍走団のイメージが強いし、勝手に奇妙な漢字当てるのは失礼だし、かつそれでトラブルになっても困るからだろうと思う。それなら、安直に『表音文字』を使う方がいい。ひらがなは日本文のベースになる文字だから、人名までひらがなだと読みにくいってだけ。理屈を考えればすぐに分かる事だと思うんだけどねえ。
それともう一つ。漢字で表記できる人物名には漢字を使ってる。日本に於ける中国人名の表記にも触れるべきだ。フェアじゃない。あと、帰化しているなら、戸籍に基づいて表記している筈だし、そうするべきだ。ラモスとか漢字持ってるじゃない?
韓国人名が漢字だったりカタカナだったりするのは、恐らくはあちらの国が漢字からハングルにシフトしているからだと思う。これは私の憶測だが。
この人がもし在日だったとするなら、同胞の為にも悪意を出発点とする記事は書かないほうがいいね。それこそ日本人の差別を助長する。在日にも真面目な好感を持てる人はいっぱいいるよ。周囲とうまくやってる彼らの足を引っ張らないでやって欲しい。揺るぎない真実だと言うのなら、いくらでも書けばいいが。長文失礼しました。