おおくの「にほんじん」は、「にほんごは かんじ ぬきでは かけない」と おもいこんでいる。だから、このような かんじを つかわない ぶんしょうを バカに する ひとが おおい。
そもそも、はなしことばが、かんじ ぬきで なりたっている からには、かきことばでも、かんじの たすけを かりるひつようは どこにも ない。たしかに、にほんごには、おなじおとの かんじごが たくさん ある。しかし、それは「かんじを みれば わかる」というたいどが うみだした もの である。もし、かんじを つかわないと わかりにくい ばあいが あるなら、そのときは かんじを つかえばいい。なにより、そういった まぎらわしい ことばは、つかわない ほうが もっといい。
おそらく、たくさんの「にほんじん」は かんじを、「ひょうい もじ」だとかんがえている。しかし、かんじを「ひょうい もじ」と よびはじめたのは、ちゅうごくごや、にほんごの ちしきに とぼしい ヨーロッパじんだった。ことばの いみは はなしことばに ゆらいする もので、かんじ そのものに いみが あるの ではない。
また、かんじを まぜた ほうが はやく よめる という かんがえにも かがくてき・こんきょが ない。それは、なれから くる ものに すぎない。
おおくの ひとは、げんごと もじとは、きりはなせない ものだと かんがえている。しかし、だれでも、てんじで かかれた にほんごも、おなじく にほんご である ことは みとめる だろう。
てんじ・しようしゃは、100ねん いじょうに わたって、にほんごを かんじ ぬきで よみかきしてきた。しかし、ワープロが ひろく ていちゃく して、めの みえない もうじんたちも、ワープロを つかって かんじで ぶんしょうを かくようきょうせい され はじめた。そもそも、かのじょら/かれらには、かんじは ひつようの ないもの なのに である。それは、ただ たんに たいはんのにほんじんが、かんじに いぞん している からである。さらに、てんじで よみかき している ひとたちは、かんじの せいで、じょうほうを えるけんりを うばわれている。きかいを つかって ぶんしょうを てんじに なおす にも、かんじが ネックに なって、うまく てんじに なおせない。
また、かんじ だらけの ぶんしょうに くるしめられて いる ひとも かず おおい。
こういった げんじつを ふまえて、これからは、かんじを なるべく つかわない ように こころがけ なくては ならない。そして、かんじがにがてな ひとには、「かんじを つかわない じゆう」を みとめる べきだ。もし、かんじを つかわない ぶんしょうは「よむきがおきない」といって、かながきの ぶんしょうを はねのけるなら、マイノリティだけが そんを すること になる。にほんごを、だれにでもひらかれた、いきいき とした ことばに して いかなくては ならない。
そもそも、はなしことばが、かんじ ぬきで なりたっている からには、かきことばでも、かんじの たすけを かりるひつようは どこにも ない。たしかに、にほんごには、おなじおとの かんじごが たくさん ある。しかし、それは「かんじを みれば わかる」というたいどが うみだした もの である。もし、かんじを つかわないと わかりにくい ばあいが あるなら、そのときは かんじを つかえばいい。なにより、そういった まぎらわしい ことばは、つかわない ほうが もっといい。
おそらく、たくさんの「にほんじん」は かんじを、「ひょうい もじ」だとかんがえている。しかし、かんじを「ひょうい もじ」と よびはじめたのは、ちゅうごくごや、にほんごの ちしきに とぼしい ヨーロッパじんだった。ことばの いみは はなしことばに ゆらいする もので、かんじ そのものに いみが あるの ではない。
また、かんじを まぜた ほうが はやく よめる という かんがえにも かがくてき・こんきょが ない。それは、なれから くる ものに すぎない。
おおくの ひとは、げんごと もじとは、きりはなせない ものだと かんがえている。しかし、だれでも、てんじで かかれた にほんごも、おなじく にほんご である ことは みとめる だろう。
てんじ・しようしゃは、100ねん いじょうに わたって、にほんごを かんじ ぬきで よみかきしてきた。しかし、ワープロが ひろく ていちゃく して、めの みえない もうじんたちも、ワープロを つかって かんじで ぶんしょうを かくようきょうせい され はじめた。そもそも、かのじょら/かれらには、かんじは ひつようの ないもの なのに である。それは、ただ たんに たいはんのにほんじんが、かんじに いぞん している からである。さらに、てんじで よみかき している ひとたちは、かんじの せいで、じょうほうを えるけんりを うばわれている。きかいを つかって ぶんしょうを てんじに なおす にも、かんじが ネックに なって、うまく てんじに なおせない。
また、かんじ だらけの ぶんしょうに くるしめられて いる ひとも かず おおい。
こういった げんじつを ふまえて、これからは、かんじを なるべく つかわない ように こころがけ なくては ならない。そして、かんじがにがてな ひとには、「かんじを つかわない じゆう」を みとめる べきだ。もし、かんじを つかわない ぶんしょうは「よむきがおきない」といって、かながきの ぶんしょうを はねのけるなら、マイノリティだけが そんを すること になる。にほんごを、だれにでもひらかれた、いきいき とした ことばに して いかなくては ならない。
とういうことで、きょうは かんじを つかわないと わかりにくい ばあいに かぎり かんじを つかって みようかと。こんな 感じで いかが?
上記の論文は、点字を使う視覚障害者の人たちの「視点」で書かれているようだ。「バカ」「ヨーロッパ」「ワープロ」「ネック」「マイノリティ」というカタカナは使っているが、点字に「ひらがな」と「カタカナ」の区別はあるのだろうか、という素朴な疑問はある。
それはさておき、漢字に変換できるからといって、必ずしも漢字で書く必要がない、という点は理解できる。「此の度の御取り計らいの件、誠に感謝致します」は、「この度のお取り計らいの件、まことに感謝いたします」でもいいわけである。このような多様性については、このサイトあたりをご参考に。
漢字で書けても漢字を使わない「基準」については、私はマスコミでしばらく仕事をしたので、マスコミ用の「表記マニュアル」(新聞用語集)というのがあって、いつも参考にしていた。しかしワープロが発達した今日、ワープロに変換制限機能でもつけておかない限り、漢字の氾濫を止めることはできない。
マスコミのマニュアルは、人名&固有名詞の場合を除き「常用漢字+α」を基本にしているので、「頃」「箇」「俺」も使えない。「達」は使えても「たつ」という読みしか認めていないので、「朝日は中国の友達」と書くことはできない。同じ理由で「拉致」は「ら致」になってしまうので、軽薄な私は、大黒摩季の『ら・ら・ら』を思い出してしまう。拉致を実行する側の「ら・ら・ら」な視点に思えてしまうのだ。
最近ブログを書いていて、漢字にしようかなー、どうしよーかなー、やっぱりやめようかなー、と悩む瞬間が何度かあった。
そんなの「文脈」で簡単にわかるからいいじゃないですか、という人がいるかもしれない。「おこなう」の送り仮名はかつては「行なう」だったのが、ある時期から「行う」に変わってしまい、過去形が混乱してしまう。植物の話をしているときに「実はですね」とあまり書きたくない。「方」は人の場合だけにして、方向のときは「ほう」にしようか・・・などと悩んでいる。文脈がないと読み方が決まらない、というのはイヤなのである。
一方で「こだわり」の漢字もある。「聞く」と「聴く」の使い分けは習った人も多いと思う。「作る」と「造る」「創る」、「暖かい」と「温かい」など。先日チャン・ツィイーの記事を書いたときも、「映画を見る」と「映画を観る」のどちらかにするのか、悩んだ。急に風が吹いて、スカートがめくれ上がったとき「パンチラを見た」と「パンチラを観た」とでは、マニアックなほどの違いがある。(心の目で「観る」人もいる) (追加:「パンチラを看る」こともある)
「きく」は私もこだわっていて、「聞く」「聴く」「訊く」の3つを使い分けている。自動的に聞こえるのが「聞く」で、注意を払って耳を澄ますのが「聴く」で、質問したり尋ねるのが「訊く」だ。「この件で彼に聞いてみると」と書いてあると、少々違和感がある。
しかし、敢えてひらがなにするという逆の「こだわり」もありえる。「彼女にきいたのだが・・・」という表現では、こちらが積極的に質問したのか、話の流れの中で聞き拾ったのか、あるいはメールのやりとりでポロっと漏らしただけなのかは問題ではない。彼女がソースであることを示せればそれでよいわけだ。
そもそも訓読み漢字の使い分けなんぞ、全部無視してしまえ、と言う人もいる。本来、中国で使い分けがあったにしても、そんなものに「三跪九叩頭」して、中国さまに媚びることはないという主張だ。
◆高島俊男 『漢字と日本人』(文春新書)(ネットソース)
よくわたしにこういう質問の手紙をよこす人がある。−「とる」という語には、「取る」「採る」「捕る」「執る」「摂る」「撮る」などがあるが、どうつかいわければよいか、教えてください。あるいは、「はかる」には、「計る」「図る」「量る」「測る」などがあるが、どうつかいわけるのか教えてください。
私はこういう手紙を受けとるたびに、強い不快感をおぼえる。こういう手紙をよこす人に嫌悪を感じる。こういう手紙をよこす人は、かならずおろかな人である。おそらく世のなかには、おなじ「とる」でも漢字によって意味がちがうのだから正しくつかいわけねばならない、などと言って、こういう無知な、おろかな人たちをおどかす人間がいるだろう。そういう連中こそ、憎むべき、有害な人間である。
私はこういう手紙を受けとるたびに、強い不快感をおぼえる。こういう手紙をよこす人に嫌悪を感じる。こういう手紙をよこす人は、かならずおろかな人である。おそらく世のなかには、おなじ「とる」でも漢字によって意味がちがうのだから正しくつかいわけねばならない、などと言って、こういう無知な、おろかな人たちをおどかす人間がいるだろう。そういう連中こそ、憎むべき、有害な人間である。
さらに、使い分けうんぬんよりも、中国による漢字をつかった「差別的」な呼称は、もういい加減に書くのはやめようじゃないか、という意見もある。
◆谷沢永一 『「新しい歴史教科書」の絶版を勧告する』(ビジネス社)(ネットソース)
倭というのは「背が曲がってたけの低い小人」という意味で、チャイニーズが日本人のことを呼ぶときの軽蔑語なのである。チャイニーズが日本人をそのように呼ぶのは勝手だが(本当は非常に礼を失するのだが、チャイニーズの傲慢は度し難いので、黙殺するしかないであろう)、日本人が自ら「倭人」を名乗る必要はない。
「奴国」も同様である。奴というのは、奴ひ(下男下女)の奴であり、召使いあるいは金で買われた住みこみの使用人という意味である。つまり、「奴国」とは召使いの国という意味なのである。
「邪馬台国」も「卑弥呼」も、すべて軽蔑毀誉貶斥の意味である。邪悪の邪が使われていたり、卑しいという字が使われているのだから、悪意に発するということは直ちにわかるはずだ。
しかし、だからといって、いまさら「邪馬台国」や「卑弥呼」を他の名前にするのも大変である。そこで、せめてカタカナで書こうじゃないかというのが、かねてからの私の提案である。
「奴国」も同様である。奴というのは、奴ひ(下男下女)の奴であり、召使いあるいは金で買われた住みこみの使用人という意味である。つまり、「奴国」とは召使いの国という意味なのである。
「邪馬台国」も「卑弥呼」も、すべて軽蔑毀誉貶斥の意味である。邪悪の邪が使われていたり、卑しいという字が使われているのだから、悪意に発するということは直ちにわかるはずだ。
しかし、だからといって、いまさら「邪馬台国」や「卑弥呼」を他の名前にするのも大変である。そこで、せめてカタカナで書こうじゃないかというのが、かねてからの私の提案である。
「しな」をワープロ変換しても「支那」は出て来ないのに、「ひみこ」のほうは簡単に「卑弥呼」に変換されていいのであろうか。私も「ヒミコ」にすることに賛成である。
漢字はテキトーにして、かなをもっと増やそうという話になってしまったが、人名となるとそうもいかない。「社怪人日記」(2005/11/25)によると、要職者や有名人の名前の表記が乱れており、シンパや応援団を自称する人たちの「誤記」は許しがたいほどであるという。
民主党議員の「西村眞悟」の場合も、検索してみると
のように誤記がヒットするのだという。
保守系ブログで「渡辺昇一」「安部晋三」と書いてあるのは確かに恥ずかしい。「よしこたん、萌え〜」とか言っているオタクが「櫻井よしこ」と書けないのは情けない。「無防備」なんたらで騒いでおきながら「辻本清美」と書く奴らは、いっさい信用できない。
ということで、今すぐ「単語登録」をお願いいたします。
ノリミツ・オーニシは、2004年3月17日のNYTで、日本の漢字文化を「罵倒」し、外国人の名前に「カタカナ」を使っている日本は差別主義の国だ、中国さまは一貫性がある、という妄言記事を書いている。次回はこの歪曲記事を取り上げるニダ!
■つぶやき:ヒロさんの漢字失敗談。広告編集の職場に勤めていたころ、お偉方の「岩崎さん」の名刺を大至急つくるように言われて、大量に注文を出した。ところが岩崎の「崎」の「大」の部分が実は「立」であることが判明し、つくり直しとなって、えらく怒られた。みなさんも、漢字には気をつけてね。
さすが、お仕事が早いですね。
谷沢センセの「〜絶版を勧告する」は一読三嘆、のたうち回るほどの面白さです。
ネットソースなんてどこにあったのかしらと見てみたら・・・
>論争家・永谷永一氏の著書を論評する
谷沢センセは永谷園でも山本山でも、矢沢永吉でもなーい!
ヒロさんには何の責任もないのですが、面白かったので。
あら、早起きは「一読三嘆」の得、haruhicoさん。
谷沢先生を「永谷永一」と書いている人もいるんですね。
本文中にあるリンクと同じですが
こちら→http://www.workers-net.org/wk206item.html
はじめまして。
近年発見された古事記・日本書紀の原典、ヲシテ文献を研究している者です。
記紀の書かれた由縁は、当時渡来人・帰化人が識者の3割を占め(新撰姓氏録)、その勢力と政治的な思惑が結びつき、初の女帝推古天皇の即位を正当化させるためでした。
また独立国家としての主張を支那に対して行うためでもありました
そのため、本来の「国字」を漢字に改め、一般には読めないものとしました。
ヲシテ文献を漢訳し、歴史の神話化が行われたのです。もちろん、今までの記録は禁書とされました。(日本書紀序文・先代旧字本紀序文・続日本紀)
現在はその時以来の国難の時期と思っております。
またもや、大陸の思想的、政治的支配の歴史が繰り返されております。
漢字による思想の混乱は大変なものです。
それまでの、ヲシテ文字は48文字からなり、文献から推定される成立年代は紀元前の建国以来のもので、大陸の殷王朝に成立した漢字よりも古い独自のものです。
拙ブログでは「ヲシテ文献」の内容をご紹介しております。
参考にして頂ければ幸いです。
山口県立大学卒のあべ・やすしサンが漢字を「否定」するのは、
「2002年3月から2004年2月まで韓国のテグ大学に留学してました。2005年の6月から朝鮮語講師をしています。」
という経歴にヒントがありそうですね〜w
http://www.geocities.jp/hituzinosanpo/sooieba.html
「ヲシテ文献」とは初めて聞きました。
陰謀論好きのヒロさんのことですから、超古代史にものめり込みそうですね?(失礼w
そうそう、大峯山か大峰山かっていうお話もあります。
地元の人は 大峯山 と書いております。
新聞記事は 大峰山 と書いております(常用漢字じゃないからか、納得)。
そして、市民団体は、大峰山 って書くんですね。
アカいですねー。漢字もなくそうとする人たちですからねー。
新聞、テレビで気持ち悪いこと。熟語の半分をひらがなにすること。
あれは本当にやめてほしい。半分をひらがなにするぐらいなら、
易しい言葉に言い換えてほしいものだと思っております。
ではまたー。
という訳でエントリにしてTBを送信させていただきました。
それから上記でコメントされているびーちぇさんのブログからも引用させていただきました。
最後に「オランダせんべい」も絡めてみました(笑)
とてもいいTBがきました。「ヲシテ?・・・なあに?(びーちぇの「ヲシテのクニ」)」をエロトラバと勘違いしてはいけません。
http://julian.way-nifty.com/woshite/2005/10/post_a435.html
日本に漢字以前の固有文字があったのか、という議論は江戸時代から延々と続いており、現在は「片仮名も平仮名も漢字の崩しで、それ以外はない」は通説になっていますが、どれが「固有」かはわからないのですが、私も「50音に対応する固有文字はあった」の説をとります。岩や石に書かれたものが数多く残っていますので「ペトログラフ」とも言われています。
http://www.hikoshima.com/vestige/petrography/
読者受けを狙って、怪しい表現が多い人ですが、吉田信啓がいろいろ本を出しています。
http://khon.at.infoseek.co.jp/chosha/y072.html
私は「カタカムナ」の会員で、宇野多美恵さんの本(これは市販されていません)を全部買ったのですが、現在日本の倉庫で眠っており、いますぐにでも、もう1度紐解きたい思いです。カタカムナ文献の文字のイメージは、とりあえずこちらのサイトでどうぞ。
http://www3.ocn.ne.jp/~x484kok8/ktkm1.html
「オシテ文献」を教えていただき、ありがとうございます。私も勉強いたします。
ヲシテ文字ですが、48文字という時点ですでに後世に捏造されたものであることが明確で、失格なんではないでしょうか。
>mobanamaさま
むしろ逆です。
50音図というものの最初は、11世紀のはじめ書写された、醍醐寺「孔雀経音義」に
つけられたものが最古の例です。
漢字導入後、ヤマトコトバをよりまっすぐに伝えられる、カタカナ・かなが誕生し、
7世紀になって、47音の「天地の詞」という手習い歌が作られ、
48音の「たゐに」が作られ、やっと「いろは歌」になりました。
ヲシテ48音成立は、建国以来のものです。
詳しくは、拙ブログ「不思議な文字」をお読みになって下さいませ。
また、偽書説ですが、
日本書紀、古事記と一字一句比較された結果、
平成14年以来、真書であると証明されました。
疑問に思われる方は、ぜひ三書比較の定本「ホツマツタヱ」をお読みになって頂ければと思います。私もこの3つを原書で比較しながら勉強しています。
漢字導入後、仏教がはいってきたわけですが、
聖武天皇の天平8年(736年・・・8世紀半ば)ペルシャ人が来日しています。
インドやかの地では、母音の数が多く、大陸においては音図も100を超えるものがあるのが彼らの常識でした。
我が国の母音が5つということは、彼らには考えられないことで、
おそらく日本にも古代にはあったのだろうと推定してしまったのです。
これは音楽にも言えることです。
我が国は古来から5音階ですが、
ペルシャ、インドは少なくとも48音を1オクターブで刻み、
今でも歌い分けています。
ヨーロッパでは、バッハ以来12音階が主流になりました。
ちなみに私は民族音楽を大学でも学びましたので、
そちらの方面からも考察、検証が可能です。
橋本進吉「古代国語の音韻について」はご存知ですか?
なぜヲシテには甲乙の区別がないのでしょうか?
横レスで申し訳ありませんが、『古代国語の音韻に就いて』の電子テキストは以下の通りです。
(青空文庫)http://www.aozora.gr.jp/cards/000061/files/510_2729.html
(またはこちら)http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/hasi/kodai0.htm
私は吉田信啓は「ロマン」の1つとしてあげただけで、特にファンではありません。カタカムナの方は文献の考証としては論外ですが、宇野多美恵の「相似象」シリーズは、日本語の「音」を扱った哲学書としてとても深みのある良書です。「超古代」=「陰謀」という短絡回路の人もおるようですが、縄文時代のロマンとして、私は楽しんでおります。ということで、私は文献学・史学は素人なので何も口を挟めませんので、詳しい方の議論を待つところです。
私がシュタイナーとの関連で個人的にも興味をもっているのは「ペンタトニック(五音階音楽)」なので、そのうち駄文を書いてみようかと思います。
お教えいただきありがとうございます。久々に再読してみます。
私もその手の「文献」のロマンとしての側面は否定しないし、信仰する人がいたってかまわないんですよ。というか歴史IF物は大好きですし。
しかし個人的に信仰するんではなく布教をするのなら、もうちょっときちんとだましてほしいんですよね。SFでも時代小説でも、細部の考証がしっかりしていてこそリアリティをもって楽しめるというものではないでしょうか。「定説」を否定するのに「学者さんの理屈」ってだけじゃ説得力がありませんよ(この分野には詳しくないので、実は定説ではないということならばこの文は撤回します)。
サイトでも古代史との関係を述べてらっしゃいますが、「夏」につなげるのに現代日本語の漢字音で「カ」って読んで関連性を述べていても説得力はありませんし(まあ私も古代音については知識がなく、「夏」については酒見賢一の小説中で知っただけですが)。
>mobanamaさま
そうでした。48文字と書いておられましたね?当方のはやとちりで、申し訳ございません。
文字は簡単にご紹介したのですが、他に異字体があり、使い分けております。
数詞ですとか、アメ・・・つまり創造神意味する時の、アは通常と違いますし、アだけでも3種以上はあるようです。濁音の場合も助詞の場合の打ち方など、また古い時代の濁音の打ち方は違いますね。異字体を付け加えれば、100文字以上になるのではないでしょうか・・・
まだ、私も取り組み始めて日が浅いので、全部読了した訳ではないのです、
ほんの一部分です。
それでも、内容にものすごく共感を感じています。
とにかく、最古の写本発見が平成4年です。今までに発見されたものとの校異をもとに研究は続けられていますが、大部分はこれからというところでしょうか。
とにかく、ヒロさんもおっしゃるように、ヤマトコトバといっても超古代のわけで、
漢字文献にはないコトバも、同じようでも意味が違っていることも、多々あります。
そういう意味では、面白く解読を楽しんでいる訳です。
布教などとは、とんでもない!
そのようなことは思っておりません。
ただ、ご紹介することで、mobanamaさまのような方が、ご自分で調べられたらステキだなあと・・・そして判断は。それぞれなさった方が良いのではないかという立場です。
夏についても、つながるかもしれないような記述があるというご紹介のつもりなのです。
これ、本当にロマンがあって楽しいなと思ったものですから。
とにかく頼りになるものがある訳は無く、各自が検証しつつ、取り組んでいくしかないというところでしょうか。
しかし、内容からいっても取り組み甲斐があるというものですので、お一人でも興味を持って頂ければ嬉しいです。
橋本進吉さんについての情報ありがとうございます。
読ませて頂きますね?
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
信じております。
これまでの経緯や、古事記・日本書紀との三書比較を、
自分で取り組んでみて感じました。
「びーちぇ」さんと「mobanama」さんのやりとりに触発されて、素人をかえりみず、懐かしい古文の復習のつもりで書いてみます。
びーちぇさんのブログの「ふしぎな文字」(2005/10/25)http://julian.way-nifty.com/woshite/2005/10/post_fd9d.html では、謎の神代文字の1つとされる「ヲシテ」の48音図が載っているわけですが、ワ行に「わ」と「を」しかなく、「ん」も追加されています。万葉仮名が使われていた当時、ワ行の「わ」「ゐ」「ゑ」「を」は、「wa」「wi」「we」「wo」という発音だったわけですが、どうして「ヲシテ」にはワ行がないのだろうか、という素朴な疑問があります。
また、ア行の「え」とヤ行の「え」は、万葉仮名でも区別されており、発音も「e」と「ye」であった。ア行の「え」を甲類、ヤ行の「え」を乙類と呼ぶ。しかし、ア行の「い」とヤ行の「い」、ならび、ア行の「う」とワ行の「う」は、文字上でまったく区別なく使われていた、という話。「ヲシテ」では、ア行の「え」と、ヤ行の「え」は別の字を当てて区別しているようです。
よく「ヤマト言葉」といいますが、漢字到来以前の日本各地の言語も、博多弁、河内弁、茨城弁、津軽弁と音韻構造も多様なはずですから、かりに「表音文字」があったにしても、その体系は異なることもありえるでしょう。
>記紀の書かれた由縁は、当時渡来人・帰化人が識者の3割を占め(新撰姓氏録)、
>その勢力と政治的な思惑が結びつき、初の女帝推古天皇の即位を正当化させるためでした。
>また独立国家としての主張を支那に対して行うためでもありました
>そのため、本来の「国字」を漢字に改め、一般には読めないものとしました。
>ヲシテ文献を漢訳し、歴史の神話化が行われたのです。
びーちぇさんは、上記のような「大胆」な仮説を述べているわけですが、これが成立するためには、「ワ行」や、「え」の甲乙という基本事項は、ぜひ説明がつくようにしておきたいところ。渡来人、帰化人の言語(古代百済語、高句麗語、中国語)の影響を受けて音韻体系に「歪み」ができていた、という可能性もありますが。
今回のエントリは、韓国マンセーっぽい人の「漢字敵視論」から始まり、元在日がウワサされる「ノリミツ・オーニシ」で終わるように構成してあるのですが、まさか、甲類・乙類の勉強までさせていただくことになろうとは、夢にも思わずでした。とても刺激になりました。お2人には感謝しております。
>万葉仮名が使われていた当時、ワ行の「わ」「ゐ」「ゑ」「を」は、「wa」「wi」「we」「wo」という発音だったわけですが、どうして「ヲシテ」にはワ行がないのだろうか、という素朴な疑問があります。
ヒロさま、問題提起有り難うございます。
これは、どこに足を置いているかということだと思います。
万葉仮名の無かった時代に、漢字というものの影響が無かった時代に、立脚して考察研究をしている訳なので、論点が違っているのではないでしょうか?
「ン」がヲシテ文書にはあるのに、漢字では表す言葉が無かった・・・そこで、
「ン」を無視し、抜かしてしまったのだと、池田満さんは著書の中で述べられています。
逆にこのことが、独自の文字が漢字以前から存在したという証明になると。
>事実「ン」の表記については万葉仮名でも訓点でも苦労していたことが窺える。漢字には「ン」の発音を表記する最適の文字が無かったのである。つまり「ン」の確実な表記のあるヲシテ文献には古格がある証といえる。 池田満著『ホツマツタヱを読み解く』展望社 23p.
ヰ、ヱについても、ヤ行であるということは、むしろ他国の影響が無い時代だと私は思うのですが・・・
同書には甲乙類についても記述があります。Amazonで手に入りますので、ぜひお読みになって頂きたいと思いますが・・・
池田満さんは、もう30年近く正当な研究を続けていらっしゃる唯一の方です。
「ワ行にヰとヱはない」
ヰとヱはヤ行であるということが、書きたかったのですが。
生来のオッチョコチョイ、なおかつ早とちりの傾向があります。
ヒロさまや、mobanamaさまのようなきちんとした文章は、ゆっくりと時間をかけてしか無理なようです。・・・かけても無理?(笑)
かえすがえすも、失礼のほどお許し下さいませ。
>びーちぇさん
「ヲシテ」という単語は初耳だったので、新手の神代文字かと思ったのですが、要は非漢字版の『ホツマツタヱ』の文字のことで、池田満さんが「ホツマツタヱが日本書紀と古事記の原典であることを証明している」という話なわけですね。偽書論争でコテンパンにやられてきた人騒がせな文献とその盲信者はたくさんあったわけで、最近では『東日流外三郡誌』が確かにすごかった。『上記(うえつふみ)』、『竹内文書』、『カタカムナ』に関しても、私は論拠を追いかけておりませんが、偽書ということで決着がついている、というお話のようです。また漢字版の『秀真伝』・『秀真政伝紀』も、いわゆる「誤訳しまくり」のある意味で「偽書」である、と。
この手の話題に関心がある方がどれだけいるかわかりませんが、池田満さんのHPを紹介しておきます。
http://www16.0038.net/~hotuma_ikeda-m/page0.htm
>ヒロさま、感服いたしました。
私などは、秀真伝など読んだことも無く(幸運にも?)いきなり、池田先生のホームページに出くわし、興味を持って最初の本を購入したのが、今年の3月。
しばらくして、もちまえの好奇心から、先生のヲシテ研究会に入会しました。・・・で、そのままどっぷりとはまってしまった訳です。
とにかく原文の解読が、面白くて、面白くて、つたない勉強で感激したことを書き留めようとブログを作りましたら、思いがけず池田先生に認めて頂け、驚いている昨今です。
まったくの、この道ではド素人だったのが良かったのかも知れませんね?
伊藤忠商事は、社長の号令でカタカナが社内正式文書だった時期がありますね。
リンク先のページに書いてあることです。
『広東語の点字と北京語(普通話)の点字とではまったく通じない。それだけではない。台湾の点字(こちらは「国語」の点字であり、基本的に発音は普通話と同じである)と大陸の普通話の点字も異なる。つまり北京、台北、香港の盲人にとって、現時点では点字による直接の文通はできないのである。もし漢字を表現できる点字が存在すれば、このような不便は存在しなくなる。ぜひ点字という究極の文字コード体系でまず漢字の再統一を実現したいものである。 』
漢字がダメだと言うなら、中国に向かって、「漢字は止めなさい」と言えるだろうか?
中国人の盲人は漢字のせいで、苦しんでいると言えるのでしょうか?
>伊藤忠商事は、社長の号令でカタカナが社内正式文書だった
http://www.netlaputa.ne.jp/~wakabaya/kanamozikai.html
カナモジカイは 1920年(大正9年)11月1日に 山下芳太郎によって 仮名文字協会として 誕生しました.
創立当時の評議員
伊藤忠兵衛:のちの カナモジカイ会長, 伊藤忠商事初代社長
金子恭輔
野上俊夫
星野行則:のちの カナモジカイ理事長
水島銕也
松本健次郎
山下亀三郎:山下汽船創立者
矢野慶太郎
矢野丑乙
池田敬八
森下博:仁丹創立者
平生釟三郎:実業家,教育者,のちの文部大臣
片岡安
日向利兵衛
池田満さんのサイトは私のどの環境からでもレイアウトが崩れていてうまく読めませんでした。
ホツマツタエで検索するとこういうものもありますね。
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k020318.htm
そこでは、音が足りない以外にも、
私も反論サイトを探していましたが、簡潔のページを見つけていただき、ありがとうございます。
>http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k020318.htm
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戦前の本を見ると「おわします」を「おはします」と書いてあったりしますが、これは平安時代ごろの発音に基づいています。昔は、発音する通りに書けば「おはします」となり、間違えて「おわします」になるはずはなかったのです。
それが、時代とともに発音がルーズになって、「ハワ・イヒヰ・ウフ・エヘヱ・オホヲ」などの発音が混同されるようになりました。そこで、「おはします」を「おわします」と書く可能性が生まれました。
「ホツマ」で書かれた文章を見ると、これらの仮名がずいぶん間違っており、
「アスカノミヤニ ヲワシマス」
などとなっています。あやしいとしか言いようがありません。
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なるほど、これは重要ですね。これに加えて、『平安中期の五十音図は、今と違って「キコカケク シソサセス」などとなっており、段順・行順がまちまちでした。それがだんだん整備され、今のようになったのは鎌倉時代以降のこと』なので、古代にアイウエオの順序に「整備」されているのは、あやしいという話です。ホツマの「ロマン」も、あまり長続きしない感じになってきました。
上記のリンクの関連ページで気になったこと。
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k980816.htm
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追記 世田谷区の押野さんからお知らせいただいたところによれば、2000.10.21の「産経新聞」朝刊生活欄「いまが盛り」で、「先人のない道切り開く、古代日本固有の文字文化研究」との見出しで「ホツマ研究家・松本善之助さん(81)」が紹介されていたそうです。産経新聞の記者にはもう少し勉強してほしいところです。
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この手の話は、産経新聞が無責任に「ロマン」をかき立てるきらいがあります。
akiさん、ご紹介のリンクはこちらですね。
http://otdi3.jbbs.livedoor.jp/330440/bbs_tree?base=10&range=1
中国の点字も「発音」のみというのは当然でしょうね。台湾は「注音符号」という「部首」のような独特の発音記号があるので、点字もこれに対応しているのでしょう。西欧語の点字はどうなっているのか、アラビア語やヘブライ語ではどうなのか、だんだん興味がわいてきました。
日本語は世界でもっとも同音異義語が多い言語なので、点字での識別には、中国語以上に苦労が伴うはずです。これは明治時代に「発音」の衝突を考えずに大量の造語をしたことも大きな要因ですが、それ以外に、日本語に音素(音の種類)が少ないために起こっていることです。その意味では、必ずしも「漢字のせい」ではないですね。日本語の大量の同音異義語群は、中国語ではほとんど全部発音が分かれていますし、同じ発音の場合でも「四声」というイントネーションで区別できます。中国語の点字では、当然「四声」はあるはずだと思うのですが、どうなんでしょう。
説明のしようがないと言う感じがするのですが・・・?
反対論の方々は、ヲシテ文献をご自分で読まないで、ご自分のご研究の立場、記紀以後の研究を基として反対意見を述べておられると思うのです。
もし、それより古いものであるならば、そのお説は成り立たないと私は素朴に思います。
少なくとも、その資料をご自分で読み、調べて頂きたいです。
しかし、◦◦氏はこう言っておられるが、それは××であって・・・
という反論ばかりで、自分で原書を読んで調べたというのは聞いたことがありません。
私もこの半年の間に、偽書という反論を調べてみましたが、そういう印象を持ちました。
で、私は池田先生を尊敬していますが、信仰はしていないので、
生意気ながら自分で解読してみたいと思いました。
先生の解説でも、今一しっくりとこないところもありましたので。
それで、非学を承知で自分で読み取り、自分で意味を探し、自分の言葉で現代語にしてみたいとの大望を抱いております。
その結果、これはなんとも素晴らしいものだと言う実感を持ちました。
記紀にかいてあることが、さらに詳しく、筋も一貫して通って行くのですから。
また、今まで不明だった事柄も理解できます。
どこをどう、書き直したかもちゃんと分かるのです。
反論というのなら、自分で原資料を読んでからにして頂きたいのが、
私のお願いしたいことです。
こういう意図から、拙ブログでは原文を読んで頂けるように、工夫しておりますので、
断片でも原文にふれて頂ければと願っております。
老婆心ながら、
大槻文彦さんの『大言海』4巻、吉田東伍さん『大日本地名辞書』8巻は必須です。
他に『群書類従(正・続)』『国史大系』『大漢和辞典』『故事類苑』『国書総目録』など。
私は図書館を利用しております。
文章って読みにくいですね。冒頭の文章も途中で読む気力が萎えてしまいました。
小学校低学年の頃、カタカナを覚える為に日記を全てカタカナで書こうと試みた記憶が蘇ってまいりました。w
身内で点字をやっている者がおりますが、漢字の固有の読み方は苦労しているようで編集部への問い合わせ等しているようです。
先日ニュースで見たのですが、視覚障害者の方の聴力は一般人より優れているそうで、倍速くらいの早さ(3倍速)でもきちんと聞き取れているとか。通常音読より、倍速ですとより情報量が多くなりますものね。…視覚障害者 聴力 倍速 でググると出ます。
それにしても、点字ではないのに、全部平仮名と言うのは退化したいのでしょうか。どうせやるなら象形文字まで退化してくださると芸術的なのに。w
点字に関してですが、点字には一切漢字が存在しないという訳ではなく、漢字を表記する点字なるものもあります。
http://www.yoihari.com/tenji/kanji.htm
中途で失明した場合等、漢字が使えないのは不便 と言う事情があるようです。
びーちぇさんが、情熱をもって取り組んでいるのはわかりますが、神代文字を全く知らない人、懐疑をもって捉えている人が、ある敷居をこえて「原書」を読むためには、何か1つでも「心動かされるもの」が必要なわけです。で、私は「反論のリンク」をもってきましたが、それをもって「まちがいなく偽書だ」というつもりはありません。今のところニュートラルです。
『ホツマツタヱを読み解く』は、とりあえず買ってみてもいいか、とは思っているのですが、それでもこの本は3570円。私の場合はイギリスですから、送料を入れると5000円を超える本です。で、次のステップは、『定本ホツマツタヱ』ですが、これは13650円。歴史研究書として、法外に高価というわけではありませんが、単に興味で覗いてみたい程度では、「買い」にはならないでしょう。(Webに全文公開があるなら、教えてください)
びーちぇさんが『ホツマツタヱ』を多くの人に伝えていく途上で、ありとあらゆる反論に出会うはずですから、それを1つ1つ論破していかないといけない。『東日流外(ひがしつがる)三郡誌』のように、未知の東北王朝のような話は、そのロマンにあこがれて信じ込むこと人もあると思います(私もその1人でした)が、『ホツマツタヱ』の場合は、『古事記』と『日本書紀』の原典である、と主張しているわけで、この分野は専門家が多く、少しでも曖昧な点があれば、徹底的に攻撃されるでしょう。
池田満氏のHPでは、『竹内(たけのうち)文献』、『カタカムナ』、『上記(うえつふみ)』は偽書であると断定していますので、当然、どういう根拠でこれらは偽書なのか、説明を求められることになるでしょう。これらを正しいと信じるグループの人たちに「あなたのところの聖典は偽書だが、うちの聖典は『正典』だ」と主張しているわけですので。「立脚する論点が違う」「まずうちの聖典を読め」というだけでは、ますます「宗教的」になり、なかなか賛同者が得られません。
まず、すぐにできるところからいきましょう。
>同書には甲乙類についても記述があります。
1)『ホツマツタヱを読み解く』では、甲乙をどのように説明しているのか、教えていただけませんか。
2)ワ行の「わ」「ゐ」「ゑ」「を」の話は、漢字の影響で発生しているのではなく、当時そのような「音素」があったからこそ、文字の使い分けが起こっている、というのが「定説」です。『ホツマツタヱ』の文字にはワ行はないにしても、「wa」「wi」「we」「wo」という発音を認めているのかどうか。もし認めていない場合、万葉仮名でワ行が発生した理由を、池田満氏はどのように説明していますか?
回答は急ぎません。この話は気長にやりたいと思います。
ヒロさんがニュートラルな立場でいらっしゃるというのは、始めから感じています。
でも、わたしの理解している範囲のお答えになってしまいます。
私は、池田先生の偽書と言われるものは、目にしていません。ですから『東日流外(ひがしつがる)三郡誌』やカタカムナを目にしたことが無いので、これらについてはまだニュートラルな立場でいるつもりです。先生のご意見はこころに留めていますが、もしこれについて言及する時は自分で読み、感じる他は無いと思っております。
池田先生があのように書かれるくらいですから、理由はしっかりしているとは信じているのですが、まったく、認めて頂いたのに、可愛くない生徒ではあるなとつくづく思います。
しかしあくまで、私はこう考える、こう感じるということでネットには書いて行きたいのです。
また、私の興味は内容にあり、今必死で勉強しているもので、
「いわゆる」真偽論は・・・とっても失礼かとは思うのですが・・・どうでも良いというところが本音です。
これも誤解を招く表現ですが、「間違いの無いものと定説がある」ものだから、頑張って取り組んでみるというのは、私の好み?ではないのです。
なにか「大事だと感じた」ので、または「好きだ」と感じたので、やる。
きわめて個人的な立場、わがままな立場といっていいでしょう。
ですからこそ、私の感じたことを、ただ呈示しているので、
それで、興味を持って下されば嬉しいと思いますし、否定されるのもかまわないのです。
人それぞれなのですから。
ですから・・・ああ、趣味でやってるのね?でよろしいのです。
今は時間が惜しいです。趣味だからこそ、手を抜く訳には参りませんから・・・年もくってますし(笑)
さて、ですからお尋ねのことについても、池田先生はこう書いていらっしゃいますとしか書けないのですが、本意とするところではありません。
よろしかったら、ここからはメールで個人的にお答えした方が良いかと私は思いますが、いかがでしょうか。
それにヒロさんの意図しておられた、エントリープランが停滞し、申し訳なく思っているのです。
まずは、ヒロさんのお考えをお聞きしたいと思います。
>なにか「大事だと感じた」ので、または「好きだ」と感じたので、やる。
>きわめて個人的な立場、わがままな立場といっていいでしょう。
このブログも趣味でやっているので、その点は同じです。自分のブログや、人のブログのコメントで、何らかの考えを述べて、それに反論されたり、中傷された場合、それにどれだけ「つき合う」かも、人それぞれです。商売でも営業でも同じことですが、「これはいいですよ」と人に勧めて、「そんなもの・・・・だから買わない」と言われたときに、「・・・・」とどう向き合うか、ということです。反論した人は「・・・・」がクリアされれば、すぐにお客さんになる人もいるのです。もちろん、いじわるな客で延々と別の「・・・・」を出す人もいます。私の希望としては、今すぐとかの話ではなく、客が苦情をいっていることは、本部に報告するなり、自分で調べるなりした方が、商品知識も深まるし、自信も湧いてくるのではないか、ということです。
>ここからはメールで個人的にお答えした方が良いかと私は思いますが、いかがでしょうか。
>それにヒロさんの意図しておられた、エントリープランが停滞し、申し訳なく思っているのです。
今回の一連の質問の流れは、mobanamaさんから発しています。また、すでにこのコメントのやりとりは、何百人かの人が読んでいるわけで、ある意味で狭い世界ですが、公開ディスカッションになっています。こちらの「停滞」は気にすることはありません。私が珍しくたくさんコメントに書き込んでいるのは、ひとえに「関心がある」からなのですが、この続きを密室の「メール」にすることは望みません。もちろん、これ以外の件でメールをくださることはご自由ですが。
「甲乙」の件は、びーちぇさんの考えを聞きたいのではなく、池田満先生の文章を(3行〜20行程度で済むものなら)引用していただきたい、と願ったまでのことです。
ここでストップするのも、1ヵ月後に書き込むのも、ご自由ですので、お気楽に考えてください。
引用文が長いので、一字一句チェックしていたら先にヒロさんにけりを付けられてしまいました。
『古事記』、『日本書紀』と原文で詳細に比較すると、これらの漢字文献は、『ホツマツタエ』を原本としている事実が明らかとなった。
とそっくり返るのは結構なのですが、古事記に先行しなければならないその和仁估安聡本が江戸中期の写本で、
谷沢センセの「〜勧告する」のP.78〜79に
「それに対して『古事記』の写本というのは一切見当たらず、応安四年(一三七一)から五年にかけて移された三帖本が現存の最古であり、一般に真福寺本と称する。和銅四年から六百数十年を経過するその間に写された本が一点も出てこないのである」
とある最古の『古事記』の写本より、四〇〇年も遅れて写された本を以てなぜ原本であると言い切れるのか。
ついでに『日本書紀』についても谷沢センセはこう書かれています。(同「聖徳太子はいなかった」)
「聖徳伝説の端緒となった水源は、『日本書紀』の推古紀の記述である。『書紀』と呼ばれている膨大な文書が、養老四年、紀元七二〇年、この年の五月に編纂を終えたとして、そのとき奉られた『日本書紀』本文三〇巻と、現在我々が見ることのできるもの、最新の刊行では、ワイド版岩波文庫『日本書紀』全五冊と、内容にいささかも増減なく、まったくおなじであるという、保証がぜんぜんどこにも無い。(中略)
『書紀』が編術され伝承されていた時代は活字がない、印刷がない、コピー機がない、製本がない。そしてもちろん、刊記がない。つまり奥付がない。(中略)『書紀』の原型が一字一句たがわず、千二百数十年後の今日まで伝わってきていると、おごそかに保証するのであるから、貴方(あんさん)もまた人の子やなあ、とつい嬉しくなってしまう。」(P.213-214)
なぜ、保証がないのか、
「巻子本の持っている宿命は、削除、加筆挿入、配列転置、じつにさまざまな手入れが可能だということである。のちの世の綴じた本でも、有名な更級日記の錯簡のように、意図せざる綴じ違えもあるのだから、巻子本の場合はなおさらであろう。いわんや意図的に巻子本をいじるとするなら、いかような事態がおこっても不思議ではない」(「同上」P.66)
だそうです。
後出しジャンケンではない、という理由は池田氏の本のどこに書かれているのか、誰しもが納得行く説明があれば私も信者になるでしょう。
移された→写された
編術→編述
haruhicoさん、どうも。ご指摘の件は「正文批判」と呼ばれているもので、写本をどこまでも遡って、どの写本でどんな誤字脱字、脱稿、改変があるのか、という最古の「原典」を追及していくものです。聖書の世界でも、何千種類の写本を比較検討して、原文に迫る「聖書学者」と呼ばれる人たちがいます。古い写本になると、10〜100文字しか残っていないというの普通で、そこから壮大遠大ね推理ゲームが始まるわけです。
文献学者、谷沢永一の『聖徳太子はいなかった』は、やはり「買い」なんでしょうね、haruhicoさん。
壮大遠大ね→壮大遠大な
池田さんの本からの引用文で良かったら、
また、お邪魔にならないのでしたら、喜んでアップさせて頂きます。
ただ、現在実は体調があまり良くなく、年おいた母の面倒も見ているもので、
拙ブログのエントリーをこなすだけでもちょっとキツイ状態です。
カメレスとなりますが、よろしくお願いいたします。
問題提起して下さったmobanamaさん。
思考力、文章力のない相手で、申し訳ないと思っております。
そうそう、書きわすれておりましたが、池田さんのHPは
表示文字の指定をどんどん小さくされると読むことが出来ます。
私は3段階くらい小さくしました。
また、画面はフルサイズをお勧めいたします。
よろしくお願いいたします。
>『聖徳太子はいなかった』
ライフログの物件は全て私が見たモノの中で太鼓判を押せるものに限って(人口に膾炙していないものを狙っていますが)挙げています。過去に「ぼくたちの洗脳社会」や「ドリトル先生の英国」をお読みになっているヒロさんであれば、どのレベルを以て私がお勧めするのかはお分かりだと思います。
ただし、この本は谷沢文体慣れしている私でも四苦八苦したほどクセの強い本なので、万人にお勧めとはちょっと言い難い代物です。上代の歴史の知識が多少ありながら、聖徳太子を実在の人物と思っている人間(私のことですが・笑)が読むとビックラこく内容である、としておきます。
なぜそんな本を挙げたのかを白状すれば、他のド本命の本は挙げると角が立つ上に絶版だから(笑)です。
haruhicoさん、
bk1にはこんなレビューもあります。
http://www.bk1.co.jp/product/2432868/review/320784
このレビューによると、谷沢永一が『聖徳太子はいなかった』を書くきっかけとなったのは、『偽書の精神史―神仏・異界と交感する中世』であるとのこと。この2つを購入することに決めました。
>こんなレビュー
北祭さんのレビューですね。私も買う前に読みました。この本の魅力を伝えて余すところない名文です。なぜ、こんな名解説に「いいえ」を投票する野暮天がいるのか。
BK1のレビュワーでは「北祭」さん、「和田浦海岸」さん、「塩津計」さんがオススメ。
皆さん左巻きを明快な論理で一刀両断されており、「野に遺賢あり」としみじみ実感します。
特に「塩津計」さんのレビューは得るところが多いです。
http://www.bk1.co.jp/reviewer/105539/nickname/%89%96%92%C3%8Cv
ヒロさん、ご紹介ありがとうございました。なるほど、卒論の要旨を紹介されるということは想定してなかったです。そういえば、かながきの文章もサイトにおいてあったんですね。わすれてました(笑)。むかしの文章なので、点がおーすぎるし、文体がつたなくてどうもはずかしいです…。とはいえ、ウェブに公開している以上、リンクや引用による紹介は感謝することはあれ、不平をいえるものじゃないですよね。
あと、通名じゃないです(笑)。それだけ釈明(?)をば。ある意味では反韓なんですけどね(韓国の国家体制にはあれこれ批判的だという意味で)。
漢語(いわゆる中国語)の場合は、漢字のよみかたが「ほぼ」一対一で対応しているので、点字でもそんなに問題が生じないかと おもいます。第一、わたしは日本語の表記にしか問題提起しないですし。「英語はいいかげんつづりを改良しろよ」くらいはいうでしょうけども、それは英語帝国主義に批判的だからです。
あと、あのかながきの要旨でカタカナをつかったのは、現状の漢字かなまじり文から漢字だけをぬきとってわかちがきした文章をよんでみていただくという趣旨があったんです。いきなり、ひょーおんしきで かかれた ぶんしょー よまされても、「どきゅんか おまえわ」としか おもわれないし、さらに「よーろっぱ」とかって かいてあったら、いわかんが つよすぎるかなと。ともかく、ただウォッチするだけの人にはただの電波ですね。わたし。ま、自爆ということで。それでは失礼しました。
あべ・やすしさん、こんにちは。はるばる、ご丁寧なコメント、感謝です。
最近、貴兄のHP回りを騒がしくしてしまったようで、失礼しました。ウェブは忘れたころに、意図や文脈と無関係に引用されることがあるので、こわいところがあります。そちらのHPは「ディスレクシア」を調べているときにヒットしたと、記憶しております。
最近は(特にネット上では)、韓国に留学しただけで「反日スパイ」を疑われるご時世になっておりますが、私も調子にのって、コメントの中で『韓国マンセーっぽい人の「漢字敵視論」』と書いたことを、お許しください。罪滅ぼしに、私自身の「韓国マンセー、反日」を次のエントリあたりで書きたいと思っております。