2005年11月20日

ミッシェル・オンフレの「倫理社会」教科書のススメ

「ロリコンファル」ブログに教えてもらったのですが、フランスの高校では、「哲学」の教科書としてミッシェル・オンフレ著『<反>哲学教科書』が使われているそうです。日本でいえば、高校の「倫理社会」でしょうか。

アマゾン:『<反>哲学教科書』の目次
  • 君はどこまでサルか?
  • 人肉を食べたことはあるかい?
  • なぜ校庭でオナニーしないのか?
  • 便器が芸術作品になるときとは?
  • 君はケータイなしでいられるか?
  • 最低賃金労働者は現代の奴隷か?
  • 幼児性愛は自らの選択なのか?
  • 学校の規則なんていらない?
  • 学校はどうして刑務所みたいなのか?
  • 警察とは堕落のための存在か?
  • 暴力は肯定されるべきか?
  • 机に「ノー・フューチャー」と刻んで、何がいいたいのか?
  • 大統領になるためには「うそつき」でなくてはならない?
  • どうして学校で大麻が買えないのか?

  • 扶桑社の「倫理社会」もそこそこ斬新だとは思いますが、『<反>哲学教科書』に比べたら、それほど「新しい教科書」とは思えません。「なぜ校庭ではオナニーしないのか?」という章は次のように始まります。(哲学の名士「ロリコンファル」ブログさんからの孫引用です。)

    ロリコンファル:「<反>哲学教科書」−悦ばしき知識−(2005/11/20)
    君達はなぜ、校庭でオナニーしないのだろうか?
    うん、確かに「やってもいいんじゃない」といえないこともない。
    過去にも、現在にも、未来にも、例外なく誰もが一人で楽しむ快楽だからね。
    では、世界や人間と同じだけ古くからあるこの技が、なぜこれほどの罪悪感、
    なぜこれほどの文化的・社会的な重圧にさいなまれなくてはならないのだろう?
    マスターベーションを取り巻く抑圧の装置は、何を根拠に存在しているのだろう?
    オナニーが実際に何かを煩わすことなどないはずだ。
    というのも、快楽の生産者と消費者は同じ一人の人なのだから、
    対立や不和、誤解などが生じる余地は考えられないはずなのにね……。
    (ミシェル・オンフレ「「<反>哲学教科書」」)

    ほとんど誰もが知っているし、関心があるのに、「社会との関わり」の中で語られることのない話題の1つでしょう。ロリコンファルのブログ主kagamiさんは、以下のようにコメントしています。

    ◆ソース同上
     ここから延々とオナニー論が開始されるんですが、それがまた面白い。長いので引用は出来ませんが、オナニーの自然史と、聖書のオナンの逸話などから社会的禁圧としてのオナニーの文化史を語り、その禁圧には根拠が全くないこと(宗教的禁圧)、そして、その禁圧が禁圧の表面的なお題目とは別に、一体何を求めて禁圧を行なっているのかということを、ニーチェの系譜学並の過激さを持ってガンガン探ってゆくのですね。もう、愉快過ぎ!!(^^)
     マスターベーション(同性愛なども意味合い的には含む)を禁止することで、異性愛セックスの価値を高め、結果、子供を増やしてその共同体を強化することがオナニーの禁圧目的にあること、つまり、オナニーを禁止することで、その欲望を共同体の強化と維持に振り向ける共同体の意志がオナニー禁止道徳の裏に潜んでいることを見破ります。
     ニーチェならば、(共同体における)”風習の道徳”と呼んだものですね。つまりそれは究極的には個人的な物事を禁止することによって、全体への奉仕を強制する全体主義的な意志、オナニーの禁止とはファシズムへの道だったのですよ!!

    小学生や中学生に対する、過激なフェミニズムやジェンダーフリー教育に対する批判はあちこちで聞かれます。「寝た子を起こすな」「生物差を無視している」「男女平等というセクハラである」「〜らしさを排撃するのは文化破壊」などなど。

    しかしすでにシャキンと「目覚め」てしまった高校生が、自分の体の変化や要求を直視し、「自分らしさ」や「社会との関わり」を表現する場があるかというと、「公」の場にはなかなかないわけです。どっちにしろ目覚めるわけですから、身近な「身体現象」を通して、「学ぶことの楽しさ」の領域へ生徒たちを連れて行けるならば、是非とも研究したい課題です。

    ◆ソース同上
     素晴らしいよ…。先ほど、饒舌ぶりが筒井康隆風と書きましたが、内容的には哲学+社会学なので、日本でこの教科書に一番似ている内容の本は本田透さんの書いた「電波男」「萌える男」の2冊でしょうね。ユーモアたっぷりに、既成概念を撃って撃って撃ちまくり、新しい視点を開いてゆく哲学・社会学の尖鋭。
     いやあ、マジで大感動!!この教科書自体の内容にも感動したけど、このような教科書が使われていることに、更に大感動したよ。この本、日本の教師が読んだら発狂するような内容ばかりなんですもん。学校を批判し、教師を批判し、教育というディシプリンについてもフーコーを持ち出して語ったり、最高!!こういう教科書をぜひ日本でも使うべき!!
     この教科書が授業で使われるんなら、日本も社会の教科書を「電波男」や「萌える男」にすればいいのに…。どちらも構造主義のことが実例に即してガンガン載ってますし(^^)
     凄いなあ、ほんとに凄いよ。フランスは高校でこんなにおもしろおかしく構造主義についてみっちり遊びながら学ぶのか…。こういうの読むと、フランスが羨ましくなる…。

    この本は私にとって、3つの理由で「買い」に傾いています。

  • 哲学に造詣の深いkagamiさんがここまで舞い上がって「面白い」「素晴らしい」「マジで大感動」という本は、相当に面白いに違いないであろう、ということ。
  • この本はアメリカでも出版されて、すでに大受けしてベストセラーになっているらしいので、「英語圏」でも受けた背景をさぐってみたいこと。(よって私は英語で読んでみるつもりです)(追加訂正:ベストセラーになったのはアメリカではなく、フランスでした。よって英語版はまだないようです。フランス語で読むのはトホホでございます)
  • 日本で男女共学の授業のテキストにした場合、どのような“不都合”が起こりえるのか、教育関係者に問題提起してみたいこと。(私の個人的な興味ですが)

    それにしてもフランスという国はトコトンやってくれる国です。日本のどこかの高校で「副教材」として採用してもらえないものでしょうか。

    ■追加:Wikipedia:Michel Onfray
  • posted by ヒロさん at 06:09 | Comment(5) | TrackBack(2) | 教育問題
    この記事へのコメント
    TITLE: frog
    1。君はどこまでサルか?
    2。人肉を食べたことはあるかい?
    3。なぜ校庭でオナニーしないのか?
    4。便器が芸術作品になるときとは?
    5。君はケータイなしでいられるか?
    6。最低賃金労働者は現代の奴隷か?
    7。幼児性愛は自らの選択なのか?
    8。学校の規則なんていらない?
    9。学校はどうして刑務所みたいなのか?
    10。警察とは堕落のための存在か?
    11。暴力は肯定されるべきか?
    12。机に「ノー・フューチャー」と刻んで、何がいいたいのか?
    13。大統領になるためには「うそつき」でなくてはならない?
    14。どうして学校で大麻が買えないのか?

    質問に答えます。なんで質問が14やねん?
    1。木に登れる
    2。自分の爪とはがれた皮と鼻くそはある。
    3。校庭ではした事は無いが、小学校の6年の時、便所ともちろん教室では先生を見ながらオナニーをこいた。
    4。デュシャンよりエラい
    5。いられる。親が新しの与えてくれるまで。’
    6。そんなの当たり前でしょう。マルクス・エンゲルスの共産党宣言よめや。
    7。選択ではない。持てないアホのネガティブパワー
    8。いるいる。でなかったらえらいこっちゃ。
    9。規則は最低限守る習慣は子供の時から
    10。お前アホか?警察はナニ??
    11。暴力は肯定されるべきでないがどこでも起っている。
    12。それはその時のその気持ち
    13。ふざけんな!ファッキンフロッグ
    14。誰かが禁止しているのかしら。わしら子供の時いつでも買えた。
    Posted by chosei at 2005年11月20日 13:39
    TITLE: 方向違いのレス
    校庭でオナニーですか? 他者を意識した時点で、それはオナニーとは別な何かになっているのではないでしょうか。(哲学の話ということで、言葉の定義は拘りたいですね)
    Posted by Kawai HG Oyaji at 2005年11月20日 14:00
    TITLE: 英語版は存在するか?
    この本の原題は『Antimanuel de philosophie: Lecon socratiques et alternatives』(2001)ですが、英語版はいろいろ検索しましたが、まだ見つかっていません。もしかしたら、まだ英語訳は出ていないのかもしれません。もしそうだとすると「ベストセラー」とはいっても、とても狭い業界の話かもしれません。
    Posted by Hiro-san at 2005年11月20日 15:32
    TITLE: choseiさん、Kawai Oyajiさん
    >choseiさん
    この本、アメリカでは出版されておりませんでした。NYでベストセラーになっていたら、ファッキンフログ!でしょうね。

    >Kawai HG Oyaji
    確かに、他者を意識すると「別の行為」になってしまいます。引き出しの中の「秘密の日記張」とコメント&TBつきの「ブログ」ぐらいの差はありますね。(この「差」が全然感じられない、という不感症もいるようですが・・・)
    フランスでは1人、複数、密室、おおやけを問わず、なんでしょうか。
    Posted by Hiro-san at 2005年11月20日 17:34
    TITLE: もろもろ
    キリスト教圏の文化を下地にした上で考察しないと何とも言えないのでは。
    カソリックとプロテスタントの違いはもちろんのこと、仏国が宗教に対して
    過激にリベラルである点も見逃せません。

    西欧ではファッショ的な抑圧があるとは思います。日本では花村萬月氏の
    「ゲルマニウムの夜」がありました。土台となる文化の違いはかなりのものです。
    仏国左翼は民族文化を下位概念とする傾向があるので、そういった方面からの
    影響を懸念します。

    たいへん刺激的な教科書だとは思いますが、現代思想からの切口を過大評価
    してはいけないと思います。実験段階の概念を教育現場に持ち込むには、
    教科書ではなくカリキュラム全体の考察が必要ではないでしょうか。
    Posted by zaq at 2005年11月21日 02:10
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    フランスの高校で使われる『<反>哲学教科書』
    Excerpt: ほー。日本での「倫理社会」に当たるおフランスの授業ではこういうものが教科書として使われるんですね。詳しくはリンク先をどうぞ。...
    Weblog: 松重昏迷閘門〜随時随所無不楽〜
    Tracked: 2005-11-20 09:40

    オンフレ『〈反〉哲学教科書』
    Excerpt: 嶋崎正樹訳(NTT出版) ■昨年あきに日本語訳がでて、この手の本としては、異例のうれゆきをしめしたものらしい。 ...
    Weblog: タカマサのきまぐれ時評
    Tracked: 2005-12-25 10:33
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