2005年09月07日

悲しい尾道3部作:「平和の輪」「糾弾の輪」「首吊りの輪」

広島の尾道と聞くと、キラキラと眩しい夕暮れの海辺の風景が浮かんでくる。たぶん、大林宣彦監督の尾道3部作(『転校生』、『時をかける少女』、『さびしんぼう』)のイメージがこびりついてしまっているのかもしれない。

そんな美しい尾道の風景とは裏腹の事件が、広島ではたくさん起こってきた。しかし一方で、広島県の「教育の正常化」は着実に進んでいるとも聞く。教育基本法や学習指導要領を不問にした「8者合意」(1985年)も、県教育長が解放同盟と結んだ「密約=2・28文書」(1992年)も、すでに無効の宣言が出されている。

サッチャー改革に学ぶ「教育正常化への道」(中西輝政監修)p176より引用
 学習指導要領から逸脱した国旗・国歌指導を容認してきた、いわゆる「2・28文書」も平成11年(1999年)の県議会答弁において「現在においては意味を持たない」と明確に否定した。
 解放同盟による教育介入を容認してきた、いわゆる「8者合意」についても平成12年(2000年)の9月県議会において「あくまでも過去の文書であり、今日においては、これに拘束されるものではない」という県知事の方針を示した。

実に結構なことではないか。1999年の世羅高校校長の自殺事件で改革の機運が高まり、2002年の同和特別措置法の廃止と相まって、いよいよ広島も、広島高等師範の伝統を受け継ぐ「教育県」として再生が始まったものだと思っていた。ところがである。

(気付いたときには)遅すぎる日記(2003/9/1)
 広島の教育はどうなっているのか。1999年に世羅高校の校長が自殺して以来、広島県では12人もの管理職、教師の犠牲者(自殺者)が出ている。(『週刊金曜日(03/08/29)』)

なんたることだ! 「正常化」が進んだといいながら、この6年間に教育関係者が12人も自殺しているのだ。この「12人」と一致するのかどうかは不明だが、 小倉秀夫の「IT法のTop Front」(2005/3/21)のコメントからの情報をまとめると、以下のような自殺・変死事件がある。

  • 2000年2月18日・・・・・尾道市久保中学校教諭が自殺
  • 2001年5月・・・・・県立因島高校教諭が自殺
  • 2001年8月25日・・・・・大柿町柿浦小学校校長(51)が車ごと海に転落して死亡
  • 2001年11月・・・・・県立因島高校教諭が自殺
  • 2002年2月20日・・・・・府中町府中南小学校教諭(39)が車ごと海に転落して死亡
  • 2002年3月1日・・・・・県立三原養護学校校長(55)が自宅で突然死(自殺との見方も)
  • 2002年4月3日・・・・・因島市田熊小学校校長(54)が心筋梗塞で突然死
  • 2002年6月・・・・・県立竹原小学校教諭(26)一家4人が謎の心中、ダム底で発見
  • 2002年12月10日・・・・・県立油木高校事務職員(50)が事務室の不審火で死亡
  • 2003年3月9日・・・・・尾道市市立高須小学校校長(56)が校内で首吊り自殺
  • 2003年3月10日・・・・・甲奴町小童小学校教頭(45)が自宅で首吊り自殺
  • 2003年4月・・・・・県内公立中学校養護教諭が自殺
  • 2003年7月3日・・・・・尾道市教委次長(55)が山中に止めた車の中で首吊り自殺

    1つ1つの事件はそれぞれに痛ましく、衝撃的な事件だが、今回は尾道市の1つの事件に注目してみたい。拙ブログにコメントされる方々からの情報によると、広島県東部は「暗黒地帯」と呼ばれているという。尾道市と世羅郡が隣接していることも、地図で確認してほしい。



    2003年3月の尾道市・高須小学校校長の自殺事件はあまりにも悼ましい。「民間採用校長」の先駆けとして注目された校長だが、就任から1年弱の3月9日、学校の非常階段で首吊り自殺という非業の死を遂げている。

    この事件を時系列で簡単に整理してみたい。

  • 02年4月  広島銀行から民間校長として就任
  • 02年5月  教頭が脳内出血で倒れる
  • 02年5月  運動会の国旗掲揚をめぐり、PTAと全面対立
  • 02年10月 飼育ウサギの惨殺事件
  • 02年11月 2年生児童死亡事件
  • 03年2月  新教頭が心筋梗塞で倒れる
  • 03年3月  校長自殺

    マスコミはおおむね「民間校長は時期尚早」「支援を怠った教育委員会の責任」という論調である。

    北海道新聞夕刊全道 12頁:民間採用校長が自殺(2003/3/11)
     校長を任命した広島県教委には、動揺が広がった。未知の校務、教職員との関係づくり、企業と異なる組織形態…。その中で悩んだ校長の死は、全国でも先進的に民間人校長の採用を進める県教委に、支援態勢と配置の在り方という課題を突き付けた。
     「先生たちの考えが分からず、私の思いも伝わらない。民間企業と命令系統も大きく違う」 昨年7月。県教委が民間出身の校長6人を対象にした研修で、慶徳校長がこう漏らした。
     その2ヵ月前、教頭が病気で倒れ一時、心身の状態が不安定になっていた。別の教頭を配置した県教委は「10月の研修では明るさが戻り、仕事は軌道に乗った」と見ていた。
     その裏でしかし、慶徳校長はPTA役員らに「辞めたい」「校長になったのを後悔している」と打ち明けていた。いつも内ポケットに「辞表」をしのばせていたことも、周辺の校長らは知っていた。
     就任前、慶徳校長が受けた研修はわずか2日間にすぎない。環境が大きく異なる職場の責任者として、トレーニング抜きで配置されたのに等しい。高須小は児童数約710人、教職員は教頭を含め34人。「初任校としては大規模すぎる」との指摘も周囲にはあった。

    銀行から不慣れな小学校校長に転身。右腕となるはずの教頭がいきなり不在。教職員組合やPTAからの圧力に対応できない。2人目の教頭も病欠。絶望して自殺・・・・といったストーリーが想像される。

    広教組(広島教職員組合)の最終報告書(2003/7/1)では、さらに、

  • 本人の希望に反して、長距離通勤(片道90分)を強いた
  • 教育委への提出書類は年間370件にのぼり、凄まじい残業だった
  • ウツ病状態だったのに、県は休職させなかった

    などを指摘している。

    「広教組」のお偉方には、「長距離通勤」や「書類370件」は耐えられない拷問なのだろうが、一般社会で普通にあることなのだ。そんなことよりも、誰がウツ病状態にさせたのか。広島県全体の小中学の「広教組」組織率は30%であるのに対して、高須小学校の広教組組織率は90%であった、ということを忘れてはならない。全員が敵の学校に乗り込んで、頼みの教頭すら不在になったという悲劇なのである。

    広島・民間校長自殺事件の真相(広島県議員 石橋良三)
     意気に燃えて赴任した新任の民間出身校長を待っていたものは、「民間出身校長」に組織的に反対する方針を持つ、排他的な教職員集団であった。高須小学校の組合率は38人中35人と9割以上であり、県全体の30%台に比べて著しく高い。新任校長は早くも4月半ばには嫌気が差し、「こんなことを教員と話すためにきたのではない」と県教委の職員に洩らしていた。
     5月に入り、教頭が倒れた。校長は1人で組合に立ち向かわねばならなかった。5月の運動会での国旗掲揚・国歌斉唱に食って掛かった一部教職員の余りにも非常識な言い掛かりに、慶徳校長は戸惑った。それでも何とか乗り切り、2学期に入ってからは、朝の挨拶運動をただ一人で始め児童と直接接して志を振るい起した。

    広教組の最終報告書では、PTAからの「証言」も掲載している。

  • (運動会に関するPTAの要望書を)学校が受け入れない旨を伝えると、『PTAは学校行事に協力しない。運動会も学校だけでやればよい』という発言もあり、心をいためていた。
  • 一部のPTA役員は学校の玄関の鍵を持っていて自由に学校に入っていた。セコム(機械警備)のセットの仕方も知っていた
  • 7月にジュニアバレーとフットベースボール大会の時、学校に常時掲揚してある国旗を勝手にはずしてPTA役員の一人が持っていった。

    本当だとすれば、もの凄いPTAもいるものである。広教組としては「PTAの無謀さとそれに対処できない校長」を印象づけようとしているが、一部の暴力的PTAは、広教組や解放同盟のお仲間であることは間違いない。

    ◆ソース同上(民間校長自殺事件の真相)
     ところが、11月に学校で飼育していた18匹のウサギのうち17匹が惨殺される事件が起った。教員の異常さはウサギ惨殺事件でピークに達した感がある。この児童の安全に係る問題に、教職員は集団登下校の引率に難色を示し、中途で打ち切ったのである。そのためPTAから抗議が集中し、校長は板挟みになった。

    例えば、神戸の小学校で校門首置き事件(いわゆる酒鬼薔薇事件)が起こったときには、教師とPTAが一体となって、連日、朝夕の引率登下校が行われた。ところが、高須小学校の教職員はこれを途中から拒絶している。ウサギ惨殺の犯人はいったい誰なのだろうか?

    ◆ソース同上
     前略と匿名をお許し下さい。広島県尾道市立高須小学校校長の自殺について、調査をお願いします。具体的な事例の一端は次の通りです。
     民間校長の新任校長を高須小学校の教職員組合は、職務能力・人間性有無について、集団で日常的に非難し、罵声を浴びせ続けた。その上、教員を指導する教科的能力がないこと等、学校管理能力全般について、人格を傷つけるほど嘲笑し、馬鹿呼ばわりした。
     新任・民間出身であることを前面に出して低姿勢で対応しようとする、意欲的な新任校長に対し、教職員組合は集団で継続的に挨拶・会議等で無視することを組合で取り決め、実行した。
     民間から採用した新任校長に経験がなくて、答えられないようなことを全員の前で組織的に意地悪く質問し、答えられないことを馬鹿にし、無能呼ばわりした。例えば、民間会社と学校教育現場と違うことを強調して、『民間会社のエリートのお前に何ができる。やってみろ。何もできないから。同和教育とは何か答えてみろ』と脅迫した。
     4月からの実施予定の人事評価制度について、能力がないのでできないことを校長自ら全員の前で自白させようと脅迫した。(略)
     校長は3学期になると人事・卒業式のことで組合と再び対立し、校内で孤立感を深めた。卒業式に『君が代斉唱とピアノ伴奏』を職員会議で教頭に指示したが、質問等で強い抵抗にあい解決策がなく実施に不安をいだき、そして絶望した。
     自殺の原因は広島県教職員組合高須小分会の陰鬱な集団的いじめの結果であります(後略)」

    上記のような告発の手紙が教育委員会に寄せられている。

    自殺にはさまざま事情があり、さまざまな形がある。彼の自殺の場所は、自宅でも、車中でも、山中でも、湖の底でもなかった。子供たちが毎日通う校舎の中で命を絶たなければならなかった、彼の最期のメッセージを重く受け止めたい。

    『転校生』の校長、必死に『時をかけた』校長、そして1人『さびしんぼう』になった校長。この校長を支えてきた教育次長が4ヵ月後に彼を追いかけるように死を選んだ。裳に服すべきだと、うやむやにされた事件背景の調査。「魔界・尾道」の真相究明は、まだ始まったばかりだ。


    ■追加1:教頭が倒れる、あるいは「病欠を選ぶ」のも偶然ではない
    (気付いたときには)遅すぎる日記(2003/9/10)
    広島でも多くの教師が定年を待たずに退職していますが、その数 2000年度「校長14、教頭11、教諭82」→ 2001年度「校長19、教頭9、教諭83」→ 2002年度「校長28、教頭11、教諭123」という具合に、急増しています

    ■広島教育問題を詳しく調べたい方は、こちらからどうぞ
  • Taurosのインターネット案内−13

    ■今回は引用しないが、広教組&解放同盟県連の活動家たちが「反論」しているサイトも、以下に列記しておく。
  • 命令と処分が横行する広島の学校現場(黒川冨秋:2001/11/20)
  • インタビュー 上意下達が生む教育破壊と戦時体制化(広島県教職員組合執行委員長 山今 彰:2003/8/20)
  • posted by ヒロさん at 08:33 | Comment(14) | TrackBack(1) | 教育問題
    この記事へのコメント
    TITLE: アフガニスタンに行くまでもない。これは戦争だ。
    これは戦争である。校長1人を次々と無駄死にさせてはいけない。複数の校長補佐・副校長の任命、徹底的な後方支援、ネットを使った校内事情の公開、会議の録音・撮影など、あらゆる措置を検討しなければならない。不法侵入、国旗撤去のPTAは今からでも遅くない。告発せよ。
    Posted by Hiro-san at 2005年09月07日 12:18
    TITLE: 事態はかなり深刻なのですね。
    私もいわゆる広島大学教育系と東京教育大系(筑波系)が日本の教育ガンとなってることは、薄い知識として持っていました。そのため、広島の酷さも知っていたつもりでしたが、現状はあまりに深刻でビックリしています。マスコミにも顔の利くかなりの手練れとバックアップチームを派遣して、組合を潰さなくてはならないでしょう。これに同和団体が絡みますからこれに対する特殊チームが必要ですね。うーん1市民の無力さが身にしみます。
    タイマンだったら結構自信があるんですけど。
    Posted by ラッキーゲラン at 2005年09月07日 17:09
    TITLE: 彼らのやり口
    尾道市での民間校長の自殺ですが、研修の不足の問題はまず、解同の干渉やそれへの対処法、教職員組合とのずぶずぶの癒着などについて恐らく知らされていなかったことが一番ではないかと思います。まあ、校長のバックグラウンドが判明しない限り、おいそれとレクチャーできる内容でもありませんが。この問題に関しては教師を聖職扱いせずに単なる雇われ人として扱い、転勤をひんぱんにさせて妙な活動を徒党を組んで行わないようにすることが一番重要だと思います。特に、どこの学校にも居る、転勤をせず何十年も牢名主のように居座っている教師をどうにかする必要があります。これらを動かそうという動きはあったはずですが、成果がどの程度出ているのかは残念ながら知りません。

    上に例示されている中に「同和教育とは何か答えてみろ」という台詞がありますが、これは彼らの常套手段であり、これに真面目に自分の考えで答えてもすぐに否定されてしまいます。なぜなら、この質問に対する正解は予め決まっており、これをちょっとでも間違うとそれが糾弾の対象となるからです。では、正解とは何か? それは教育委員会が出している公文書に書かれている定義なり、教育長などが解同と交わした覚え書きなどに書かれている定義なりになります。これをすぐに答えられないと、ちゃんと勉強していない、研修が行われていない、差別に真面目に取り組んでいない、ということで攻め立てられます。彼らはよくこのやり口を自分達が不利になった局面で用います。いきなり脈絡もなく「定義を述べてみよ!」とやられ、面食らって自分の考えを答えてしまうとそこからもう泥沼です。決して論点のすり替えに応じない心構えが必要なのですが、強圧的なので善良な方にとってはなかなか難しいだろうと思います。まったく性質の悪いことです。この問題に関してはとにかく、末端の現場でどうこうできる問題ではないので、組織的な防衛が必要だと痛感します。
    Posted by sate at 2005年09月08日 00:47
    TITLE: なん
    最近、大紀元日本を読んでいます。なんだか広島教職組合の体質描写が大紀元の記事と重なってきます。子供たちも同じ環境におかれていることを考えると怖いですね。
    Posted by dochitebouya_usa at 2005年09月08日 01:59
    TITLE: 世界的に有名な悲劇の地
    だからこそ、強烈な思想を持った団体、組織が入り込んでくるんでしょうね。
    世界のマスゴミの注目がより集まるのを狙って・・・。

    ある意味、被爆地の戦後に再びもたらされた悲劇だと思えて仕方がない。
    Posted by 玄米茶 at 2005年09月08日 02:18
    TITLE: はじめまして
    はじめまして。数日前からROMしていたのですが、ご挨拶おくれてしまいました。

    >「広教組」のお偉方には、「長距離通勤」や「書類370件」は耐えられない拷問なのだろうが

    これで拷問だったら、私が昨年受けた待遇はランボーも泣いて謝るくらいの超ド級の拷問です。

    私は千葉の公立小学校を卒業しましたが、あとから考えてみれば、日教組の教員のヒロシマ出張の多かったこと。日教組なんて言葉を知らない、子供心にも「先生はまたヒロシマ!?」とおもっていました。そして日教組の教師の親の職業による(自衛隊の基地と商店街が近くにあったので自衛官の子供と自営業の子が多く、会社員はあまりいなかった。)学級内での公然たる差別もすさまじかったです。

    こういう環境だったら、殺された先生は非武装だから相手は攻撃しないとでもおもっていたのでしょうね。

    話は変わりますが、私もイギリス在住です。 これからもよろしくお願いします
    Posted by seven_sea at 2005年09月08日 04:00
    TITLE: ほとんど殺人ですな。
    学校の玄関のカギを所持していて、セコムの操作も知っているPTA役員…常識で考えたらありえねーですけど、こういう事があるんですね。

    ウサギ惨殺事件後の集団登下校の引率を教職員が途中から拒否って…誰が考えたって胡散臭いじゃありませんか。

    「間接殺人」が流行する「平和の都、広島」とか…。
    Posted by ストレンジャー at 2005年09月09日 17:48
    TITLE: ノーモア・ヒロシマは原爆じゃなくて、
    街道とか日教組が出した犠牲についてなら、一緒に叫ぶ気持ちになりますよ。
    あまりに酷いというか、人の道外れてます。死んだ人にはせめて手を合わせるくらい、
    形でもするもんだよ…と思ったが、こういう方々はお棺に入った人にも鞭を打ちそう。

    蔑称どおりの人間性になってどうするんですかい。言わないけどね。
    Posted by 枇杷 at 2005年09月10日 01:41
    TITLE: 尾道市
    はじめまして。コメントは初めてですがトラバは時々貼らせていただいております。よろしくおねがいします。

    さて
    尾道と言えばこういうこともあったようです。ご存じとは思いますが。
    >2001年(平成13年)
    >(中略)
    >4月11日、大阪地裁で重信房子をかくまったとして犯人隠匿の罪に問われた元病院職員
    >に対して、懲役1年・執行猶予4年を言い渡した。判決によると元病院職員は、1999
    >年(平成11年)3月、広島県尾道市のホテルを自分の妻の名義で予約し、重信を3日間
    >宿泊させた。
    http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/nihon.htm
    この元病院職員というのは辻元清美氏の地元である大阪府高槻市の病院勤務だったというのは有名な話ですが、何で尾道市のホテルを使ったのかなあ、というのは気になるところです。ここ読むまで尾道市が「そーいうところ」とは知らなかったのでこのはなしも気に留めてなかったのですが、ヒロさんの記事を読んでからちょっと気になりました。
    Posted by ばんない at 2005年09月13日 17:13
    TITLE: 尾道と高槻を結ぶ「赤軍」の点と線?
    日本赤軍絡みで「尾道」と「高槻」を結ぶ線があるとは、おもしろい! 尾道のホテルを使ったのは偶然かもしれないが、広島東部が無法地帯になっていることを考えると、過激派・売国集団のアジトがたくさんありそうだ。

    ちなみに日本赤軍の創設者・重信房子逮捕の関連だが、「犯人隠匿」で逮捕されたのは、
    1)高槻市・光愛病院職員の松尾整。
    2)高校教員(カタオカ・アキヨシ、か?)
    3)無職または自営業(オオガ・タダシ、か?)

    重信のアパートから出てきた2つパスポートの名義は、
    4)高槻市・光愛病院職員の吉田節子
    5)ヤマダ(なにもの?)
    で、吉田節子の夫である吉田守は、辻元清美の高槻後援会の幹部だった。

    こちらの資料もご参考まで。
    http://www.ngy1.1st.ne.jp/~ieg/struggle/japan/2000/urgent-j.htm
    Posted by Hiro-san at 2005年09月13日 23:32
    TITLE: 初めて訪問いたします
    初めて訪問いたします。
    あまりの衝撃的な内容に驚いています
    こういった人々が子供の教育を担っていることに暗澹としてしまいました。
    半信半疑ですが、そういえば民間出身の校長の話題がさっぱり聞こえなくなりましたね。
    Posted by Skipper Mo at 2005年09月16日 11:39
    TITLE: 尾道
    三部作は時かけじゃなくて廃市じゃなかったっけか。
    Posted by さびしんぼう at 2006年08月04日 22:08
    TITLE: 尾道三部作
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9E%97%E5%AE%A3%E5%BD%A6
    * 尾道三部作
     o 『転校生』(1982年)
     o 『時をかける少女』(1983年)
     o 『さびしんぼう』(1985年)
    * 新尾道三部作
     o 『ふたり』(1991年)
     o 『あした』(1995年)
     o 『あの、夏の日』(1999年)
    Posted by Hiro-san★ブログ主 at 2006年08月04日 22:32
    TITLE: 私はなにもかも分かってます
    あの人たちは、かなりの反日団体であって、同和地区では寄り合いがあり、
    その中で名前があがったら、とにかくコンプレックスをつつき、これは「人の不幸は蜜の味」と水面下でいじめが始まるよ。だから、おかしいと思ったらこいつらは同和だな?と思っていいかもしれません。
    Posted by atenaza at 2008年11月21日 12:44
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    日本の教育は大丈夫か?
    Excerpt: 今回は、小事多論様のブログで興味深い記事を見つけたのでご紹介したい。 小事多論様のブログ そのリンク先にある ヒロさん日記  数年前に尾道の民間出身の校長が自殺するという事件が起きた。 ヒロさん日記に..
    Weblog: 中国・華南地区・滞在日記
    Tracked: 2005-09-16 11:34
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