「訳(Wake)が分からない(Wakaranai)記事だっていいのさ、どうせ世間は忘れ(Wasure)てくれるのよ」となめてかかり、捏造がばれてしまうと「なんで私(Watashi)だけが悪い(Warui)の!」と居直るので、読者としては「は〜ぁ?(Haa)」と呆れざるを得ない、という朝日新聞特有の「5W1H」のことではない。(ソース)
もしかしたらもう死語なのかもしれないが、TVニュースや新聞記事では「いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように」(When, Where, Who, What, Why, How)で構成されている、という「5W1H」のことだ。みなさんは学校で「5W1H」という言葉を習いましたか?
福島中央テレビ:ニュースができるまで
放送や新聞などで、ニュース原稿を書く時に基本となるのが、『5W(ごダブリュー)1H(いちエイチ)』 で、英語の頭文字から取った次の6つの要素のことです。<中略>この『5W1H』という6つの要素をもれなく書くことが、ニュースを正確に、きちんと伝えるための基本といわれています。その際、『5W1H』をどの順序で書くかの決まりは特にありません。放送記者は、取材先で見たり聞いたりしたことを、この、『5W1H』の基本にそって原稿を書きます。
数十年前から常々想っていることなのだが、報道文の特徴として「5W1H」を取り上げる意味はあるのか、ということだ。そんなものよりも、「誕生パーティの招待状」をつくったり、「スーパーの特売チラシ」を読みこなす方がよっぽど「5W1H」のトレーニングになると思うのだが。
そもそもニュース記事は「5W1H」で書かれるといい迷惑だ。ニュースは淡々と事実を報道してくれればいいのであって、なぜ起こったのか(=Why)なんてものはいらない。世の中の「因果関係」は複雑なのだ。日中関係悪化の原因が「靖国」であるとか、中国でチョウチョがパタパタとはためいたので、アメリカで大ハリケーンが発生したとか、真っ当な神経の持ち主ならば、なかなか言えることではない。
朝日:天声人語(2005/9/2)
新聞記者が書く記事は、大きく3つに分けられると思う。1つは「何が起きているのか」、2つ目は「なぜ起きたのか」、3つ目は「それをどうとらえ、どうすべきなのか」
1つ目は様々な事実についてのニュース記事だ。2つ目は分析や解説記事に当たる。3つ目は社説やコラムなども入るが、筆者の場合は日々苦吟している。
記者は「何が起きているのか」を求めて世の中の動きに迫ろうとする。紙面の記事の多くはこの1つ目で、新聞の土台を成している。ここが揺らいだのでは2つ目、3つ目も揺らぎかねない。
1つ目は様々な事実についてのニュース記事だ。2つ目は分析や解説記事に当たる。3つ目は社説やコラムなども入るが、筆者の場合は日々苦吟している。
記者は「何が起きているのか」を求めて世の中の動きに迫ろうとする。紙面の記事の多くはこの1つ目で、新聞の土台を成している。ここが揺らいだのでは2つ目、3つ目も揺らぎかねない。
すなわち、1)事実の認定、2)因果関係、3)提言、ということだが、事実を認定するべきニュース記事には「なぜ」と「どうするべき」はいらないのだ。まして共同通信がよくやっていたような「○○の反発は必至だ」みたいな予言や願望も不要である。「4W1H」で十分なのだ。
中学・高校で「5W1H」を扱うなら、事実と関係のない「Why=因果関係」「Will=意図」「Wish=願望」を削ぎ落とす訓練として導入していただきたい。
仮にニュース記事が「4W1H」でできていると仮定して、そこからさらに「5W1H」が発生する。
「誰が」というのは、1つはどのマスメディア企業が書いたのか。電通が筆頭株主のTBSか、ソフトバンクが親分のフジテレビか、など。そして署名があればどの記者が書いたのか。ニューヨークタイムズのノリミツ・オーニシか、元共同通信の魚住か、など。
「いつ書いたのか」も重要である。裁判の最終判決が出る前からすでに「できあがっている判決記事」があったりする。昭和天皇が生きているのに「天皇死去」のニュースを流した英文毎日(Mainichi Daily News)もあったなー、そういえば。
「どこで」は、記者のいる場所によって情報の入り方や、インパクトが違う。解放同盟を取り上げるにしても、広島在住の記者とイギリスでのんびりしている人間とでは、書き方が当然変わってくるであろう。
このような発信者サイドの「5W1H」をう〜ん、と唸って考えていてもいいが、各社の記事を比較検証するのもいい勉強である。そういえばわずか9ヵ月前のことだったが、こんな風に比較検証するブログがあるのを知って、当時の私はビックラこいていた。極めて地味な作業だが、中学・高校のときからこのような作業をしている人がいたら、将来、大物の研究者・ジャーナリストになるでしょうな〜。
■追加1:扶桑社の「歴史」教科書よりも、「公民」の方に注目!
扶桑社の「公民」p117
■追加2:英語では
■追加3:朝日川柳「カトリーナに 指令出したと アルカイダ」には驚いた。載せるなら「5W1H」を含んだ川柳だけにしろ! →朝日新聞9月1日紙面の写真
今日のタイトルは「Wの悲劇:朝日新聞のwwwwww、ぷぷ」の方がよかったかもしれない。
ネット上でよく見る「w」だが、私はいままで「ウー(何ってこった)」という唸り声として読んでいた。あるいは両腕を上げた「ワーイ」という意味だと思っていたのだが、「w=笑」なんですね。www。
果たしてWHYが新聞にとって不要なのか、私にはよくわかりません。ただ、新聞においてWHYが極めて単純化され、それも分かりやすい要因のみが流通する傾向にあることは私にもよくわかります。
それは新聞の文章によるところも大きい。新聞の文章はきわめて規範性が高く、逆三角形型などと呼ばれる順序で物事を簡潔に伝えることが求められます。複合的な要因によっておきた事件があるとして、それらを通常のニュース記事でぐだぐだと並べていたら「見出しが立たない」といわれてばっさり削られるのがおちでしょう。
久しぶりに「逆三角形型」(ボディビル型?)という言葉を思い出させてくれました。新聞記事の特徴は「5H1W」よりも、編集の都合でどこでも切れる、あるいは引き延ばせる「多重型のピラミッド構造」になっていることの方が重要ですね。因果関係のWHYは、引き延ばしの文章の中に書かれることが多いでしょう、たぶん。
「見出しが立たない」記事でも見出しを立てるのが「整理部記者」の仕事です。書いた本人の意図とは違う「見出し」が立つことは、しょっちゅうでしたよ。最近の新聞社はどうなっているんでしょうね・・・。最近は新聞すら手にしたことがほとんどないので、紙面としての新聞批判は、私もほどほどにしたいと思います。
あまカラさんの「産経新聞批判」、楽しみしてますよ。
店頭売りが大半を占める諸外国の新聞ならいざ知らず、大部分が定期購読による宅配の日本に於いて「見出しが」「立つor立たない」と言うのは、どれほどの蓋然性が在るのだろう、、、。 この辺からも日本の新聞社の感覚のチンプンカンプンさが伺い知れるように思う。 気分、ムードだけは欧米を真似てジャーナリズム気分に浸っている自己満足・・・