2005年08月27日

日帝の黙示録:朝鮮半島に再臨したキリストたち

日本と朝鮮の「加害者vs被害者」の図式は、キリスト教を媒介にして増幅しているように思える。キリスト教という触媒が添加され、「悪魔の国・日本」vs「キリスト教徒受難の国・朝鮮」に化学変化を起こしているのではないか。

イエス・キリストの教えは「個の目覚め」と「普遍的な愛」にあると私は考えるが、政治的編纂物としての「聖書」(旧約+新約)には、ルサンチマンと復讐のテキストが織り交ぜられている。

救世主の出現を待つ、しかし期待は裏切られる。絶望からふたたび期待が膨らみ、その期待は絶望に帰する・・・ということが何度も繰り返されてきたのが、古代イスラエルの歴史である。旧約聖書の預言書(第2イザヤ、エゼキエル、ゼカリアetc)には、「現実において満たされない野望を、神の名において復讐したい」という「黙示的」要素が含まれている。

そしてこの黙示文学の伝統は、新約聖書では、聖ヨハネが流刑地パトモス島で書いたとされる『ヨハネの黙示録』に入り込んでいる。「大いなるバビロン、地の淫婦らと憎むべき者との母」(新共同訳では「大バビロン、みだらな女たちや、地上の忌まわしいものたちの母」)といったおどろおどろしい語句で満ち溢れている。

◆D・H・ローレンス『現代人は愛し合えるか:黙示録論』(中公文庫)p34
この貴重なる書を二三度読めばすぐ気づくこと、それはあきらかに、聖ヨハネはおおわらわで選民、すなわち神に選ばれたる民以外の人間をことごとく抹殺し掃滅しつくして、己れのみはまちがいなく神の御座へと這いのぼろうと、大がかりな奸計をめぐらしているという事実である。

「大バビロン」とは当時、初期キリスト教徒を迫害したローマ帝国を示していた。しかし時代が下ると、新教徒(プロテスタント)がローマ・カソリックを罵倒する言葉に変容し、現代では(映画『セブン』にあるような)7つの大罪を犯す無信仰な人間たちに投げつけられる言葉でもある。

■ここでチョット回想録

「黙示録的なキリスト教」という話で、思い起こすことがある。

私が初めて韓国に行ったのは、ソウル五輪直後の1988年秋のことだ。日本ではハングルの学習熱が盛んで、私も日本に短期留学していた韓国の大学生から個人レッスンを受けていた。その彼女ヒョンさんが一時帰国することになり、一緒に来ませんか、と誘われたのである。

私の滞在は4日間だったが、彼女にいっさいお任せである。2日目の朝に「紹介したい人たちがいる」と連れられて行ったところが、キリスト教の教会であった。小さな教会を想像していたのだが、会場は大学の大講堂のような造りで、1500人から2000人ぐらいの人が集まっていた。まあ、韓国の日曜礼拝を体験するのも、悪くないか、と気楽に考えていた。

ところが、である。牧師の挨拶のあとに「日本からジャーナリストが来られていますので、ご挨拶をお願いします」という話になって、おい、そんな話、聞いてないぞ、と狼狽しつつ、ヒョンさんに連れられて演台に立つことになった。

「私が通訳しますから、どうぞご自由に」とヒョンさんに言われたものの、スピーチは全く用意していない。「えー、日本と韓国には不幸な過去がありましたが、これからはー、友好を深めて行きたいという気持ちで、韓国にやってきました」・・・・と無難に始めたが、あとが続かない。そこで一気に「よろしくお願い致します」で締めることにした。(場内からは苦笑が漏れていた)

このキリスト教会は、普通のプロテスタント教会と思っていたのだが、少し趣きが違っていた。礼拝には姿を見せなかったが、教会のトップの方は十数年間、山岳の洞窟で修行をし、ある日突然、キリストの啓示を受けて開祖したのだという。

翌日は、地下鉄とバスを乗り継いでソウル郊外に向った。昨日の教会の教祖様に会わせてくれるのだという。野外の広場では、十数人が手をつないで「降霊術」のようなことをしていた。その中のひとりが教祖様だった。意外にも、服装はみすぼらしく(スラックス+半袖シャツ)、顔はそうですね・・・代議士の野中広務みたいな感じ。

私は、やばいぞ、やばいぞ、交霊術も癒しの按手も受けないぞ、と心に決めていたが、教祖様は他の信者たちの相談や癒しで忙しかったので、私とは「こんにちは」とお目通しをしただけで終わりになった。それにしても、ヒョンさんの目的は、私を入信させることにあったらしい。やれやれ。

韓国ではこの手の山岳修行系の新興キリスト教が多いと聞く。おそらく韓国のプロテスタント主流派からみれば「異端」であろう。私が訪問した教会は「統一教会」ではなかったが、礼拝の規模の大きさからして、別の中型の「異端」教団である可能性が濃厚である。

韓国では、1920〜30年にキリスト教復興運動が起こり、この流れの中で、1950年代に「キリストの再臨」を謳う3つの神秘神霊教団が登場した。

  • 羅雲夢の「龍門山祈祷院運動」
  • 朴泰善の「韓国イエス伝道館(伝道館運動)」
  • 文鮮明の「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」

    キリストが再臨するという根拠の1つは、聖書の記述では、『ヨハネの黙示録:7−2』にあるのだという。

    わたしはまた、もう1人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。【新共同訳】

    統一教会の「原理講義:再臨論」によれば、メシアは

    1)第1次大戦の終わる頃の「終末」に、
    2)地上に肉身をもって
    3)日の昇るところ

    から現れることになっている。「終末」とは文鮮明が生まれた1920年頃であり、「日の昇るところ(太陽の出る方角)」とは極東の地、韓国というわけだ。

    さらに、救世主モーゼの登場には「エジプトによるイスラエル人の迫害」、救世主イエスの登場には「ローマ帝国によるイスラエルの迫害」の背景があるとした上で、「大日本帝国による朝鮮半島の迫害(日韓併合)」は、救世主を生み出すための「歴史的な必然条件」なのだという。この3つの救世主降臨説は、壮大な「2000年のパラレルの歴史」として仰々しく説明されている。

    統一教会としては、文鮮明のメシア説を正当化するためにも、日韓併合下のキリスト教団が「信じられないほどの苦難の道」を歩んだことを、どうしても譲れないのだ。

    「キリスト教世界への使信」(統一教会の西希悦牧師)
     日本による韓国の占領時代、すなわち1910年から1945年にかけて、韓国のキリスト教は信じられないほどの苦難の道を歩んだが、それは日本の為政者達が韓国のキリスト教とそれに基づく彼らの愛国心が帝国の支配に対する最も危険な脅威であるとみなしていたからである。しかしながら、不当な迫害は信者の信仰を強めるばかりであった。彼らの多くは神の愛の親密な臨在と、主が再びこられる日がすぐそこにきていることを実感していた。

    このような考えを持つ新興キリスト教徒は、上記の3つの異端教団ばかりとは限らない。

    北朝鮮・拉致事件関連年表:1932年(昭和7年)
    金日成の母康盤石が四十歳で死去する。金日成の母方の家は単なるキリスト教徒ではなくきわめて篤実なキリスト教徒であった。母方の祖父・康敦●(カンドンウク)は万景台一帯で信望の厚い教育者で、長老会教会の長老として自宅内に昌徳(チャンドク)学校という私立の学校を設け、キリスト教はもちろん、一般の科目についても熱心に教育を施した。<中略>康敦●がどれほど深くキリスト教を信仰していたかは、自分の娘、すなわち金日成の母の名を「盤石」と名付けたことからもうかがえる。イエスがペテロに「あなたは私の盤石だから、お前の上に教会を建てよう」と語ったように、「盤石」はキリスト教で特別の意味をもつ言葉である。

    この「金盤石」から生まれた金日成(1912年生まれ)にも、自己を「救世主」と見なす「黙示録的解釈」があるはずだ、と私は疑っている。

    日本と韓国&北朝鮮との歴史議論は大いに結構なことではあるが、「歴史解釈」のすれ違いの原因が「神学解釈」にあるのだとすれば、話し合いはなかなか厄介である。


    ■追加1:南北接近の密使として活躍する統一教会、1991年の電撃訪問で密約
    (2000年6月の)南北共同宣言と統一教会

    ■追加2:最近、民主党の「一国二制度」が、かまびすしいが・・・・
    波士敦謾録:双面神(Janus)としての朝鮮半島(2005/7/15)
    支那人の御株を奪う、朝鮮半島版一国二制度である。最近親北路線で北への投資に執心中の統一教会は当該一国二制度の蝶番役を果たしているとも見える。事実、文鮮明は、1991年の訪北の際、故金日成に対して、朝鮮半島が統一された暁には、僕最高主席、君副主席云々と述べたことが記録されている。

    ■追加3:統一教会用語では「摂理的同時性」と言うのだそうだ。
    くろがね広場 (2005/7/11)
  • posted by ヒロさん at 08:21 | Comment(4) | TrackBack(4) | 神話・宗教・民俗学
    この記事へのコメント
    TITLE: 半島系カルトと言われる所以
    夏休みが終わったらエントリしようと思ってます。以下、ご参考まで。

    これは日本基督教団の信徒の方のサイトですが、
    ここでカルト・セクトとして取り上げられているのは、
    韓国から来たキリスト教系新興宗教です。

    CULT,SECT,RELIGION INFORMATION CENTER
    http://religion.web.infoseek.co.jp/religion/

    あと、「日本基督教団 戦責告白」「日本基督教団 在日大韓基督教会」
    「純福音キリスト教会」「金 櫻 キム ヨン」などでググって下さい。
    また、日本のプロテスタント系教会の信徒さんには
    「イエス・キリストはユダヤ人である」という認識が抜けている、と
    日本基督教団総会議長である方が『みるとす』という雑誌のインタビューで
    仰ってました。親パレスチナはそこからも来ていると思われます。
    Posted by 枇杷 at 2005年08月27日 11:28
    TITLE: 「戦争責任告白」とは、奥が深い・・・
    半島系のカルトは奥が深いですね。「戦争責任告白」なんてのがあったとは、プロテスタントの方々も「カトリック正平協」などに負けじと奥が深い!

    夏休みなのに「予告編」のご発表、ありがとうございました。9月は涼しくなることを祈りつつ・・・。
    Posted by Hiro-san at 2005年08月28日 02:55
    TITLE: 韓国に行った体験談、おもしろい。
    キリスト教ってなんか八幡の事件もあったし、やばいですね。
    私は京都に住んでいたのですが、西か東の本願寺もかなりヘンな
    ことになっているようです。 キリスト教の続編、楽しみに
    しております。
    Posted by ぷよぷよ at 2005年08月28日 03:51
    TITLE: はじめまして
     91歳になる母が送ってくれた金櫻著「それでも私は旅に出る」を読んで彼女の生き方に感銘を受けました。母は戦争で夫を亡くしたクリスチャンです。
    私は、退職して時間ができたので、韓国にしばらく行ってみようと思います。理由は、ただ、お隣だから、ひょっとしてもうちょっと海面が低くて陸続きだったら一つの国だったかもしれないし、ひょっとしてもっと昔はそうだったかもしれないし、遠い祖先は一つだったかもしれないという親近感からです。ただいま準備中です。どこで、何をすれば韓国の人たちの生の姿が見れるのかはなにもわかりませんが、友達と2人、好奇心だけが取り得の旅に出ます。 家庭もあるので、とりあえず1ヶ月、友達は3ヶ月と思っています。
    貧乏旅行ですが、少しでも一番近いお隣さんのことを知りたい尾と思ってがんばります。
    読んでくださって有難うございました。
    Posted by すー at 2006年04月01日 08:53
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    Tracked: 2005-09-02 09:26

    …聖書には暴力に訴えろと書いてない。2
    Excerpt: あと、これは言わしてもらいたいのですが、 「相手が紳士的でないから、こちらも紳士的にやらなくていい」 という論調はどんなサイドにあっても宜しくないのであって。 それは『言葉の暴力』も含みます。正義のた..
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    Tracked: 2006-01-14 23:38

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    Weblog: 語る恒星日誌
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