1960年前後の「帰国事業」に関して、在日朝鮮人の中には「やはり何か怪しい、でも、期待はずれだったら帰ってくればいい」と思った人、様子見の「先遣隊」を送った人はたくさんいた。しかし1度行ったら最後、2度と帰ってくることのできない収容所共和国である。
一体、どんな方法で10万人ものを人を騙し続け、地獄行きの片道切符をつかませたのか。
◆萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』(文春文庫)p388
当時の総連の宣伝を青年時代にうけた神戸在住の金正日(偶然ながら北の指導者と同姓同名である)は言う。
「総連の幹部たちは北朝鮮を 『地上の楽園』 『冷蔵庫は牛肉や豚肉でいっぱい』 『鉱物資源は豊富で露天掘り』 『住まいは鉄筋造り』 『世界中でいちばん豊かな国』というぐあいにほめたたえました」
1950年代末の日本では、牛肉は正月や特別な日でなければ食べられないごちそうだった。またバラックと呼ばれた板張ばりの小屋のような家がいっぱいの当時にあって、鉄筋造りの住宅は夢のような話だった。
「教育はタダ」 「金日成綜合大学で学べる」 「モスクワ大学に留学できる」という宣伝は貧しくて学校にいけない在日の青少年の心をかきたてた。
「総連の幹部たちは北朝鮮を 『地上の楽園』 『冷蔵庫は牛肉や豚肉でいっぱい』 『鉱物資源は豊富で露天掘り』 『住まいは鉄筋造り』 『世界中でいちばん豊かな国』というぐあいにほめたたえました」
1950年代末の日本では、牛肉は正月や特別な日でなければ食べられないごちそうだった。またバラックと呼ばれた板張ばりの小屋のような家がいっぱいの当時にあって、鉄筋造りの住宅は夢のような話だった。
「教育はタダ」 「金日成綜合大学で学べる」 「モスクワ大学に留学できる」という宣伝は貧しくて学校にいけない在日の青少年の心をかきたてた。
スローガンだけでは不十分だ。イメージづくりに絶大な効果を発揮するのは、今も昔も、スライド、テレビ、映画などの「映像」情報だ。朝鮮総連は日本各地の総連支部で「北朝鮮の記録映画」を上映した。
◆韓光熙(ハン・グァンヒ)『わが朝鮮総連の罪と罰』(文春文庫)p54
この映画が祖国礼賛宣伝に果たした役割というのは、果てしなく大きい。映像が伝えるのは、急ピッチで進む工場やアパートの建設現場であったり、いかにもエリート然とした学生が闊歩する金日成綜合大学のキャンパスであったり、精力的に海外の要人と会ったり現地指導に赴いたりする金日成元帥であったりした。<中略>
(ナレーション「そして、今日の朝鮮。活気あふれるわが祖国は、金日成将軍の懸命な指導のもと、今日もなお発展を続けるのである・・・・・」)満々と水をたたえた水豊ダムからどっと水が流れ出す → 青々とした水田 → 刈り入れの風景 → 山と積まれる米俵 → チャンゴ(太鼓)を叩いて豊作を祝う農民・・・・・。<中略>
水豊ダムは、じつは植民地時代に日本がつくったものだし、山ばかり耕地面積のすくない北朝鮮には水田などほんのわずかしかない。近代的な設備を備えた工場としてスクリーンによく登場した肥料工場も、戦争に負けて出ていった日本窒素の工場をそのまま転用していたものに過ぎなかった。しかし、それらのことを知ったのはずっと後になってからであって、当時は疑う余地などどこにもなかった。在日朝鮮人の95%は南朝鮮(韓国)の出身者とその子孫であるから、北の実情など、ほとんど誰も知らないのだった。
(ナレーション「そして、今日の朝鮮。活気あふれるわが祖国は、金日成将軍の懸命な指導のもと、今日もなお発展を続けるのである・・・・・」)満々と水をたたえた水豊ダムからどっと水が流れ出す → 青々とした水田 → 刈り入れの風景 → 山と積まれる米俵 → チャンゴ(太鼓)を叩いて豊作を祝う農民・・・・・。<中略>
水豊ダムは、じつは植民地時代に日本がつくったものだし、山ばかり耕地面積のすくない北朝鮮には水田などほんのわずかしかない。近代的な設備を備えた工場としてスクリーンによく登場した肥料工場も、戦争に負けて出ていった日本窒素の工場をそのまま転用していたものに過ぎなかった。しかし、それらのことを知ったのはずっと後になってからであって、当時は疑う余地などどこにもなかった。在日朝鮮人の95%は南朝鮮(韓国)の出身者とその子孫であるから、北の実情など、ほとんど誰も知らないのだった。
この一大詐欺イベントを見抜いていた在日もいた。関貴星(本名:呉貴星)氏は日本に帰化したあと、1960年8月に「日朝協会使節団」の一員として北朝鮮を1ヵ月間視察したが、帰国者の知人は一様におびえた表情だったという。日本人妻の1人がなにも言わずにわっと泣き伏せたことを不審に思い、追及を始めた。彼は1962年に『楽園の夢破れて』(全貌社)を著わしている。
◆関貴星『楽園の夢破れて』(全貌社)<萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』p410より孫引用>
ある女性の手紙
北鮮にきてびっくりしたことは日本で聞いたことと現実とはあまりにも差異があるということと日常生活品、食糧品とくに日常食べる野菜1つみることができないという状態で、この地球上にほんとうにこのようなこともあるのかと気が変になりそうです。私は毎日朝夕子供たちと日本がなつかしく夫をしたって食べることもわすれて泣いてだけおります。
私は人間としてこのような生活をこれ以上継続することができないと断念して最後の覚悟をしております。この際死ぬこともおそろしくありません。必要であれば私の姓名を発表してもよいです。
北鮮にきてびっくりしたことは日本で聞いたことと現実とはあまりにも差異があるということと日常生活品、食糧品とくに日常食べる野菜1つみることができないという状態で、この地球上にほんとうにこのようなこともあるのかと気が変になりそうです。私は毎日朝夕子供たちと日本がなつかしく夫をしたって食べることもわすれて泣いてだけおります。
私は人間としてこのような生活をこれ以上継続することができないと断念して最後の覚悟をしております。この際死ぬこともおそろしくありません。必要であれば私の姓名を発表してもよいです。
このような手紙を書いたことがバレれば、まちがいなく強制収容所送りである。連座制(連帯責任制)が敷かれているので、家族全員、場合によって親族全員が監獄行きとなる。帰国者のうち、いったい何人が生き延びられたのか。
北朝鮮工作員による拉致事件を思うとき、私は帰国者10万人にも思いを馳せざるを得ない。1960年当時といえば、日本は安保闘争の真っ只中であり、自主的に帰国してくれた「いい厄介払い」たちを顧みる日本人はほとんどいなかったはずだ。が、その後、彼らが人質となって、大量の金が北朝鮮に流れ、独裁政権を支えているとなると話は違ってくる。(つづく)
■つぶやき:「やり直しができる社会を作りたい」と言っている社民党の候補者がいるが、1度でもいいから北朝鮮に向けて同じことを言ってみよ!
■追加1:「洗脳ビデオ」がダメなら「洗脳クルーズ」がある
ピースボートで北朝鮮に行った人のHP
テポドンはミサイルではありません。1998年8月31日発射した未確認飛行物体、あれは人工衛星です。アメリカの公式見解は「弾頭部分に人工衛星を搭載したものだったが、軌道乗せに失敗した」(1998年9月14日)というものです。ミサイルだったと思っているのは、日本人ぐらいのもんです(=誤解@)。<中略>
現地の人からは「一人はみんなのため、みんなは一人のため、というのが社会主義」という説明もありました。また環境問題については、「資本主義でないわが国に環境問題は起こり得ません」とも聞きました。「いじめなんてありません」「犯罪なんてありません」とも聞きました。それを聞いて「いい国じゃないの!」と思った人も多かったでしょう。「かたや資本主義で個人主義の日本はダメだ…」と思った人も多かったでしょう。<中略>
日本に暮らしていると分かりにくいことですが、日本と北朝鮮はよく似た社会だということです。欧米人から見ればまだまだ日本は「礼儀正しい」し「集団主義的」だと思います。演歌は朝鮮半島がルーツだし、公共事業に至っては同じ国のようです。そして今は似ていないような気がする点も、実はひと昔前は日本もそうだった、ということはたくさんあります。かつては「偉大なる天皇」を崇拝していたわけですから。
私たちはつい、北朝鮮との違いを強調しがちです。社会主義だから、という理由です。でも、みんなが同じ服を着る社会、企業が国に守られて競争のない社会は社会主義のようなものです。すごくネガティブな表現ですが、日本と北朝鮮は五十歩百歩なんです。
テポドンはミサイルではありません。1998年8月31日発射した未確認飛行物体、あれは人工衛星です。アメリカの公式見解は「弾頭部分に人工衛星を搭載したものだったが、軌道乗せに失敗した」(1998年9月14日)というものです。ミサイルだったと思っているのは、日本人ぐらいのもんです(=誤解@)。<中略>
現地の人からは「一人はみんなのため、みんなは一人のため、というのが社会主義」という説明もありました。また環境問題については、「資本主義でないわが国に環境問題は起こり得ません」とも聞きました。「いじめなんてありません」「犯罪なんてありません」とも聞きました。それを聞いて「いい国じゃないの!」と思った人も多かったでしょう。「かたや資本主義で個人主義の日本はダメだ…」と思った人も多かったでしょう。<中略>
日本に暮らしていると分かりにくいことですが、日本と北朝鮮はよく似た社会だということです。欧米人から見ればまだまだ日本は「礼儀正しい」し「集団主義的」だと思います。演歌は朝鮮半島がルーツだし、公共事業に至っては同じ国のようです。そして今は似ていないような気がする点も、実はひと昔前は日本もそうだった、ということはたくさんあります。かつては「偉大なる天皇」を崇拝していたわけですから。
私たちはつい、北朝鮮との違いを強調しがちです。社会主義だから、という理由です。でも、みんなが同じ服を着る社会、企業が国に守られて競争のない社会は社会主義のようなものです。すごくネガティブな表現ですが、日本と北朝鮮は五十歩百歩なんです。
「帰国事業」詐欺から40年たった今なお「いいカモ」は途絶えることがない。歴史から学べ!
■追加2:「北朝鮮」「総連」関連の記事はこちらから。
どこか垢抜けない女の子がキャンパスのあちこちに立って、学生を片っ端からビデオを観るよう勧誘していたのを思い出しました。大学生の前期の教養課程の頃です。ある友人が「あんたと一発やらしてくれるなら、ビデオを見に行っても良いけど」と答えたところ固辞されたというのを聞いて、同じことを言ったら撃退策としては結構有効だったけど、あれは本当に鬱陶しかったです。街中にかつてよく立っていたモルモン教の白人のお兄さん達はもう見かけないですね。
「統一教会=勝共連合」の時代は終わり、「統一教会=南北統一工作機関」になってますね。統一の暁には、文鮮明と金正日がトップになるという筋書きらしい。まずこれは無理なシナリオですが、朝鮮総連の資金力は鈍っているが、統一教会の資金力は侮れません。
「ヒロさん日記」で一番コメントが多いのも、統一教会の記事。
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1118006
みなさん関心がおありですよね。また書きたいですね、この話題は。
>「あんたと一発やらしてくれるなら、ビデオを見に行っても良いけど」
一発やぅたデヘヘ→「できちゃった」と嘘泣き→集団結婚式→完全洗脳→文鮮明マンセ〜
とならなくてヨカッタねw
何でこんなに簡単に信じるんだろ。民主主義教育受けてないのかな。
選挙や三権分立、言論の自由が何のために制度化されているのか知らないのかな。
そういえば私らが学生の頃は「原理研」というのが暗躍しておりました。
(非常に古い話で恐縮です、年寄りなもので)
という名の研修というか、勉強会をサークルにてさせられました。
政治的ものに一切無関係の、古典芸能系サークルだったんですけどね。
男子にはもの凄い美人が、女子にはもの凄い、今風に言えばイケメンが
勧誘に当たるので、要注意だって言われました。
街中にはモルモン教のお兄さん達もいましたが
新宿の地下街には、やたら澄んだ目をして、世間ずれしてなさそうな若い女性が
「一緒にコーラスやりませんか?」と歩きながら勧誘してました。
追っ払っても追っ払っても付いてこられて、閉口した覚えがあります。
その研修では、その人たちも原理研関係者だと言われたのですか
本当だったのでしょうか。
当時、246号線沿線(?)にあるミッション系大学では
もはや原理研に、サークルが全部牛耳られてると聞きました。
それはもう、昔話なのでしょうか、それとも…
豊水ダムは、じつは植民地時代に日本がつくったもの
あれ? 「水豊ダム」(スープンダム)じゃなかったっけ?
総連関係の方からの抗議か、と思いきや、Venomさんでした。こんにちは!
>豊水ダムは、じつは植民地時代に日本がつくったもの
>あれ? 「水豊ダム」(スープンダム)じゃなかったっけ?
おっしゃる通りです。ダムから水を「放水」したと覚えてしまったようです。訂正します。「スープン」と覚えておけば、今後はバッチリです。
日本政府や日本社会がマスコミの力を借りて、(その当時)暴力的で邪魔な存在であった朝鮮人を「地上の楽園」とだまして北に送り返した、という認識の人がやたらと多いようなのです。
実に長い間朝鮮総連の関与が無視されてきたために、日本の若者達が、日本政府に対してのみ非難の目を向けるようになってしまったことが実に残念です。