小学5年生ときに、クラスの交換日記に「文化大革命はすごい」と書いたことを覚えている。何1つ意味を理解していなかった私が、いったいどんな文脈で「文化大革命」を持ち出したのか。35年前の謎がたった今、解けたところだ。
◆松岡正剛の千夜千冊:『文化大革命と現代中国』
(1966年)5月、北京大学哲学科の講師たちによる陸平学長を激しく弾劾する「大字報」が貼り出され、これに毛沢東が「中国におけるパリ・コミューンの宣言にあたる」という支持声明を出す。大字報とはいわゆる壁新聞のことである。
そう、「壁新聞」だ。自宅で購読していた朝日新聞やNHKニュースを通じて、この「壁新聞」というコトバは、何の意味もわからないまま、体に染みついていた。そして小5のときに、クラスで5つのグループに分かれて「壁新聞」を作ることになった。みんなで一緒に作ったこの「壁新聞」の文脈で、知ったかぶりの私が「文化大革命」を交換日記で持ち出したのだ!
「文化大革命」とは、簡単にいえば、中国共産党内部の政治闘争である。だが「政治闘争」という表現はあまりにも軟弱だ。何しろ中国全土を巻き込み、推定2000万人の死者を出した、10年間におよぶ壮絶なバトルロワイヤルなのだ。この闘争の黒幕は、毛沢東である。
◆ウィキペディア:大躍進政策
大躍進政策は1958年から中華人民共和国で施行された農工業の大増産政策。
第2次5ヵ年計画において中国共産党指導部は、当時世界第2位の経済大国であったイギリスを追い越すという壮大な計画を立て、市場原理を無視して人民に厳しいノルマを課し、ずさんな管理の元で無理な増産を指示したため却って生産力低下をもたらした。<中略>
有名な失敗例を挙げると、鉄鋼の大増産を目指して原始的な溶鉱炉を用いた製鉄が全国の農村で展開されたが、使い物にならない粗悪品しか産出されず、資源を無駄に浪費する結果となった。しかも農民が大量に借り出されたため、管理が杜撰となった農地は荒れ果ててしまったし、ノルマ達成のために農民の保有する鍋釜、農具まで供出されたために、地域の農業や生活の基盤が破壊されてしまった。
第2次5ヵ年計画において中国共産党指導部は、当時世界第2位の経済大国であったイギリスを追い越すという壮大な計画を立て、市場原理を無視して人民に厳しいノルマを課し、ずさんな管理の元で無理な増産を指示したため却って生産力低下をもたらした。<中略>
有名な失敗例を挙げると、鉄鋼の大増産を目指して原始的な溶鉱炉を用いた製鉄が全国の農村で展開されたが、使い物にならない粗悪品しか産出されず、資源を無駄に浪費する結果となった。しかも農民が大量に借り出されたため、管理が杜撰となった農地は荒れ果ててしまったし、ノルマ達成のために農民の保有する鍋釜、農具まで供出されたために、地域の農業や生活の基盤が破壊されてしまった。
毛沢東は、なんと無謀にも、15年間でイギリスの鉄鋼生産を追い抜くというトンデモ「5ヵ年計画」を立ててしまった。目標の達成のために「強制労働」が課され、無謀な生産計画で農村社会は破壊された。無階級のはずの「共産主義」に階級がはびこり、大天災や戦争が起こったわけでもないのに、2000万から5000万人を餓死に追いやった。
この大失政で引退を余儀なくされた毛沢東の巻き返し闘争が「文化大革命」なのだ。「文化」が聞いて呆れる。何も知らない小5の私がイメージしたのは、西洋ルネサンスのような「文芸復興運動」だった。ところが何のことはない、「文化大革命」とはスターリン顔負けの「大粛清」であり、「文化破壊運動」のことだった。
西洋文化と宗教を排撃し、資本家を糾弾する運動であるとは聞きかじっていたが、ユアン・チャン(Jung Chang)の本を読んでみると、想像以上だった。2日前に『Mao:The Unknown History』と『Wild Swan』の2冊が届いたが、まず『Wild Swan』(邦訳:ワイルドスワン)の方から読み始めてみた。
◆『Wild Swan』:Introduction から抜粋要約。
まさか、草花の鑑賞までが「ブルジョア」扱いにされていたとは、今日の今日まで知らなかった! ユアン・チャンのように文芸好きの少女であっても、詩を書くことすら許されない。バイオリンなどはもっての他だ。バイオリン奏者のマー・スツォン(馬思聡)は売国奴と呼ばれ、アメリカに亡命している。
このような破壊運動の先鋒となったのは、驚くなかれ、中高生たちである。最近の日本でも、教師たちによる糾弾で校長が自殺したり、呼応した生徒たちが「君が代」や「国旗掲揚」を拒絶している学校はまだまだある。中国の文化大革命はこんな生易しいものではない。高校生のすべてが「全学連」「全共闘」「赤軍派」「解放同盟」になって、糾弾・つるし上げ・破壊行為に明け暮れたのである。これを煽動していたのは、ほかならぬ毛沢東だった。
◆松岡正剛の千夜千冊:『文化大革命と現代中国』
毛沢東はまたも、清華大学付属中学(注:中学は日本の高校にあたる)の紅衛兵に対して有名な「造反有理」(造反には道理がある)という言葉を使っての激励をした。これらが引き金になって、一挙に文革大合唱となったのである。
あとはもうとまらない。8月には「十六条」とよばれる文革の方針決定がなされた。1週間後には天安門広場に100万の紅衛兵が集まった。こうして全土に「走資派」狩り、ブルジョワ狩り、反動派狩りがおこっていった。著名な大学教授が“妖怪変化”の名札を首からぶらさげられて街を引き回され、幾多の進歩的知識人がことごとく闘争大会に引っ張り出されて弾劾を浴びせられた。
作家の老舎もその犠牲者の1人となった。カトリック系の聖心学院は紅衛兵に占拠され、外国人尼僧のことごとくが監禁されて、スパイとして国外追放された。これらを“実行”していったのが紅衛兵である。
あとはもうとまらない。8月には「十六条」とよばれる文革の方針決定がなされた。1週間後には天安門広場に100万の紅衛兵が集まった。こうして全土に「走資派」狩り、ブルジョワ狩り、反動派狩りがおこっていった。著名な大学教授が“妖怪変化”の名札を首からぶらさげられて街を引き回され、幾多の進歩的知識人がことごとく闘争大会に引っ張り出されて弾劾を浴びせられた。
作家の老舎もその犠牲者の1人となった。カトリック系の聖心学院は紅衛兵に占拠され、外国人尼僧のことごとくが監禁されて、スパイとして国外追放された。これらを“実行”していったのが紅衛兵である。
しかし、この革命暴徒の「紅衛兵」(こうえいへい)は分裂・対立・内ゲバを繰り返し、収拾がつかなくなっていく。中国全土が「革マル派vs中核派」あるいは「山口組vs稲川会vs住吉連合」の殺し合いに巻き込まれていく。その死者数、2000万人。江沢民が「日本軍による中国人民の死者数は3500万人」と吹聴するのも、「文化大革命の殺し合いよりも、日本軍の方が酷かった」と印象づけようとする、中国共産党の必死の宣伝工作にすぎない。
■中高生を煽って革命暴徒に仕立て上げていくという話に関連するが・・・
韓国では、信じられないような事件が進行中だ。韓国の「狂気」や「火病」を揶揄する韓国ウォッチブログはたくさんあると思うが、中学生を煽動して「反日の絵画」を書かせ、それを政治利用すべく「公共の場で展示する行為」を、このまま許していてはいけない。
以下の写真の数々と、韓国在住カナダ人のブログ、荒川区議員の声を是非ご覧いただきたい。
★大空のサウラビ: かわいらしい韓国の子供たちの絵!(2005/6/15)
★mumurブログ:韓国のお友達の絵 第二弾だよ!(2005/6/19)
★くろがね広場:絵に書かれているハングルの翻訳1〜3
★この「反日絵画展」を追及する韓国在住カナダ人「Gord」さんのブログ
★小坂英ニ:こんな国の都市と友好提携など有害無益(2005/6/16)
■追加1:合従連衡、呉越同舟、密告と裏切りの連続。あなたは「紅衛兵」としてサバイバルできるか?
バトルロワイヤル占い:「紅衛兵」度チェック
■追加2:文化大革命を理解するための推薦図書
いくら6000万人総ファビョーン状態でも、学校の授業の一環としてこれらの絵が
描かれ地下鉄の駅という市内の目立つところに一ヶ月も展示されていたというの
は、「平和を愛する日本人」としては信じられませんでした。私の周囲のネット
ワーカーは主婦など政治とは縁の遠い人が多いのですが、ドン引きでした。
翻って子供の頃どういう教育をされていたのかな? ガラスのうさぎ から
窓際のトットちゃん まで、戦争は怖くておろかなものだから絶対にやめましょう
っていう教育だったかな。
「紅衛兵」度チェックをやってみました。結果は、
<引き篭もり -461造反有理>で、引き篭もりは全体の13%。
確かに最近、家の中にいることが多い。紅衛兵には向かない。
それでは、毛沢東にはなれるかな〜。「毛沢東」度チェックもやってみた。http://a340.oops.jp/mao/
結果は「640毛沢東」で庶民だそうだ。
この占い、紹介してみたものの、はっきり言ってつまらないな〜。占いでなくて、程度を数値化するだけだから。仮に「あなたは江青(四人組の1人)だ」とか、林彪、周恩来などの名前を出しても、今の日本で受けるのは、まず不可能。
ページが機械翻訳がかからなかったので、コピペコピペで辛かったですわ。
何だか反日日本人?それとも韓国人ですか?石原閣下の名前をもじって投稿してるの。
そしてオーナーさんにファビョンな内容のメールを送ってたりしてる?のかな?
でも石原だ、安倍だと日本の政治家名指ししてどうとかって、何だかなあ。
まあ、日本以外の国の人間もドン引きだったのは分かりましたが。
こんにちは。
二十代前半の頃、筑紫氏・久米氏の番組をよく見てまいした。
「封建的な父」に対する反抗的な気持ちもあり、
「権力に物申す」という感じに引かれてしました。
久米さんへの親しみはベストテンの延長戦上にありました。(単純でした。)
「従軍慰安婦問題」も
「報道は違うんだ。日本にも気の毒な女性がいた・・・」と
いう父の言葉も馬耳東風で・・・。
しかし、「ワイルド・スワン」を読み、
両氏へもっていたような、また
報道番組たいする「尊敬の気持ち」がつき物が取れたようになくなりました。
かつて教科書で見た社会主義の計画生産システムの中国で働く
「人民公社」農家の写真、人々の「スマイル」は広報用だった。
ということがショックでした。
「TVのなかで殺された人がなぜ生きているの?」と
子どもが持つ疑問の逆のような感じで、
「なぜ、これほどの事件・悲劇をだれもはなさないの?」と。
「八時だよ全員集合」どころじゃなかったのか。
「赤い迷路」のタイトルってこのことだったのか。
まっかっかな文革がおわったころ、
「ピンクレデイー」の登場。
当時のTBS看板番組に
夢中だった自分を恥ずかしいと思います。
しかし、そのおかげで統一後のドイツへも旅行し、
東ドイツもチラッ後見ることができ、
結果的に現在の米国に在住に繋がっています。
韓国のお絵かき・・・言葉が出ません。
長くなってすみませんでした。
それではまた。
流れ者D@夜勤明けです。
「共産趣味者」と呼ばれる友人達の大好きなネタ、有難うござんす。
あっしが10代の頃の一時期、身を置いていたセクト「緑の党」は、
元々は毛沢東思想を受け継ぐ「中国派」の組織でした。
#「街頭募金野郎の謎」より引用…
http://www.uranus.dti.ne.jp/%7Eyuugeki/bokin.htm
3.「緑の党」の出自
…民青(日本共産党の青年組織)が出した本所収の
「毛沢東盲従集団」の系統図には、彼等「緑の党」が図示されていたのです。
それを見れば分かるように、彼等は、組織的には極左暴力集団「日本労働党」、
及び後にあの「連合赤軍」の母体となった「京浜安保共闘」に極めて近い集団です。
いわば彼等は「中国盲従集団」の範疇に属するもので、事実、彼等の新聞や著作には、
毛沢東の引用や、北京放送の広告などが頻繁に掲載されていました。
更に、信じ難いことではありますが、「緑の党」系の劇団「荒野座」はつい最近
まで中国大使館の後援をとりつけていたのです。
(中略)共産党はこのことを激しく非難しました。そのせいか、最近では
「荒野座」ポスターなどには「中国大使館後援」の文字は見かけなくなって
おります。…
しかし、文化大革命自体については、あっし自身は全く知りませんでした。
知ったのは映画『ラストエンペラー』の最後のシーンからでした。
(戦後思想改造された主人公の溥儀が、収容所で世話になった所長が、
紅衛兵に連行されているのを見て止めに入る場面)
>お隣の国の子供のお絵描き。
はっきりいって不快でした。ガキの罵詈雑言のレベルといえば
その通りなのですが、日本生まれのセーラームーンにまで
「独島(竹島)はわが国のもの!」と言わせる反日教育。
子供や、10代20代の若い連中は日本文化に親しんで、もう少し
「分かっている」のかな、と思っていたのですが。
どうしようも無くあの国は、イヤな国になってますな。
枇杷さんのブログで見たのですが、韓国にも「日教組」のような
赤化教育団体があるとか。
金ブタ王朝の罪を問われない「赤化統一」というヤバイシナリオが
頭をよぎります…
反日教育に染まったまま成長したら、「日本人に対しては何をやってもいいんだ」と
言う風になるんでしょうね。そう思うと薄ら寒い思いです。
こんな素晴らしい教育の結果を韓国だけでの展示はもったいないですね。
是非、日本でも展示してほしいですね。
中国での反日暴動を機に少しは目が覚めた日本人がいた様に
チョン狂いのババァに見せたら、解熱剤になるかなぁ
これをPBで自主企画したら強制下船になりますかね?
>ITBさん
>チョン狂いのババァに見せたら、解熱剤になるかなぁ
ならへんと思う。残念ながら。
ババァの多くは、ネット扱わへんから。
反日運動の盛んな国に逝きたがるおめでたい連中には、何言っても無駄でつな。
あっしは興味無いからええけど。
さて、「紅衛兵ドちぇっく」の結果ですが、
あっしは「世捨て人」でした。今の状況を言い得て妙(笑。
餓鬼どもの絵 何枚かをDLして、印刷してコンパクトなアルバムを作りました。
今まで、かの国の教科書の翻訳本以外にこの問題に接する機会がありませんでしたし、
TVでは罪日どもが声高に「反日教育はない!」等と言っていますが、正に
「こんなん出ました。」ですな。
私の「紅衛兵ドちぇっく」の結果ですが
流れ者Dさんと同じく、「世捨て人」でした。
日記での紹介、どうもありがとうございます。
ネットでGordさんが公開している、第二弾まで訳し終えました。
訳しながら、正直、とっても衝撃をうけておりました。
皆さん、同じ気持ちだったのではないでしょうか・・・
お陰様でといいますか、大変な数のアクセスがありました。
韓国とか韓国人と言う「存在」についての認識を深めてもらえたらと思います。
トラックバックありがとうございます。
関連する記事を二つ、この記事にトラックバックいたします。
最近ヒロさん日記を見つけて、多岐に亘り博学で物事をよく考えられる方が世
の中にはおられるものだと感じ入っています。直感でしかものが言えない私は
有難く拝読させて頂いています。
文化大革命時の研究は禁止されていると中国で聞きました(夙に常識ですが)。
上海の某有名大学の教授は留学生もいる授業で、「友人が文革時の研究をしてい
るが、発表できるのは50年後かなあ」といったそうです。そんなことが、先生
によっては言える時代になったかという思いと、中国の暗部を隠す共産党政府の
政策に研究、言論の自由がない実態を実感しました。
中国の大学のクラスには共産党員の学生がスパイ、監視役としています。日本
の志望大学に入れなかった高校生が中国に留学して、語学学習ののち現地の大学
に入るケースを多々ありますが、日本語力のない学生にいろんな意味で危うさを
感じました。
大した話ではありませんが、文革時のこと・・・大学の研究者であった父親が
寒村に下放され、家畜小屋の掃除をさせられたという吉林省長春出身の友人の話。
文革時、突如家に入ってきた紅衛兵がテーブルクロスに花柄があるのをみて、
それをタネに家人を責め立て乱暴狼藉を働いたそうです。些細なことでこんな無道、
不条理を味あわされることは、人間の社会には歴史上も現在も無数にあることでしょ
う。まして政治権力がバックにあれば。 ワイルドスワンの著者の父君の身の上にも
涙しました。昔、エドガースノーやスメドレー女史の本を読み正義とロマンを感じた
程度ですが影響はかなり受けました。のちに共産党の陰の実態を見聞して、二十歳
前後の頃の理解が浅薄であったことが次第にわかってきました。
尾崎秀実の「愛情は降る星のごとく」など、内容は忘れましたが情感でのみ理解し
ていたと思います。のちに尾崎は日本が結局負けるとしても、スターリンが条約を破
って侵攻することをせめて二重スパイして日本に知らせ、満州の日本人を地獄に落と
さない方向に持って行って欲しかったと、恨めしく思います。尾崎の行動を細部まで
知りませんが。国際法違反の日本兵のソ連抑留まで、悲劇があまりにも大きすぎた。
一般の人も中国人に50円でソ連に売られたと、ネットのどこかで読みました。関東
軍のひどさも情けない。上級将官の家族は早々と無傷で引き上げています。年金も多
いらしい。開拓民の悲劇と差がひどすぎます。
前記の長春出身の中国人が私にいいました。「日本はアメリカと戦争したのが間違
いだった」と。日米開戦に至る淵源までさかのぼると、数カ国以上の外国の策略と
日本の政治家、軍部の無能や不運に憤懣とやるせなさを感じます。
以上は日本があの戦争に勝っても負けても失うものが多かったと思える、、戦争の
時代に生をうけた者の長嘆息です。
斜眼様、はじめまして。最近は「神話」の話ばかり書いておりますが、そろそろ「毛沢東神話」にも手を染めるべきかと考えていたところです。「テーブルクロスの花柄」の話は心が痛みます。過去と現在の心情や認識のギャップを語っていただくことは、私のような「後輩者」にとっては大いなる心の糧となります。長文の述懐、回想、コメント、いつでも歓迎です。
尾崎秀実ら「ゾルゲ諜報団は単なるスパイでなく「コミンテルンの秘密工作員」である。尾崎秀実は近衛文麿内閣の嘱託として政策決定、世論に影響を与え支那事変、日米開戦を煽動した。彼等の目的は、わが国の対ソ戦突入を回避させるため、支那大陸での戦いそして南方への進出を煽動して、対米英戦争に突入せしめるにあった。
「錯覚」この恐るべきもの
http://www.tkc.co.jpsenkei/9708/special.htm
『ハル・ノートがその作成の過程でソ連の秘密工作員の関与があったことは最近の研究で確証があり、ロシアにその張本人が今も健在である。 ハル・ノートはそれ自身が戦争の原因ではないが、日米開戦の引きがねとなったことは確実である。 もしハル・ノートの満州条項での解釈に錯覚がなければ、あるいは事態は大きく変わったかもしれない。 少なくともそのことはアメリカ側に問い質すべきであった。』
リンクが間違ってました。
http://www.tkc.co.jp/senkei/9708/special.htm