この本には廃棄・収納のテクニックもさることながら、モノと向き合うための人生哲学がある。ため込む理由は「<過去の執着>と<未来への不安>の2つしかない」とか、「捨てる前に理想の暮らしを考えよ」とか、残すものは「触ったときにときめくかで決める」とか、「モノを手に入れるのも、モノを捨てるのも、自分が幸せになるためだ」とか。
自分の部屋にあるものはすべて自分が引き寄せたもの。モノとの関係を1つひとつ見直しながら整理することで、好きなものややりたいことを再発見したり、足すことよりも引くことが大事だと感じたり、本当に必要な情報やモノを流し込む心のスペースをつくったりする。モノとの関係を突き詰めたことがきっかけとなって、ヒトとの関係、カラダとの関係、食べ物との関係にも気づくものがあるだろう。すべては自分との縁(えにし)なのだから。
テクニック的には、クロゼット衣装のハンガー掛けは、「左→右」の方向で「重い→軽い」にするとか、収納ボックスの衣類配列は「手前→奥」で「薄い→濃い」という色彩のグラデーションにするとか、心理学的な配慮や遊び心もある。お風呂のシャンプー類は放置せずに、銭湯のように持ち込んで、使用後は拭き取って収納するのもよし。箱・パッケージ・袋・カレンダーなど、室内や収納スペースにある「ときめかない文字情報」に対処する方法や、本棚はクロゼットの中に仕込むという得意技もある。
はて、と思って自分の本棚を眺めてみた。本は分野別や大きさ別に並んでいる場合が多いが、色彩のグラデーションで並べたらどうなるか。ウチの本棚は幅45センチなので、グラデーション遊びをしてもパっとしない。今度の図書館の本棚で、こっそりグラデーションに並べて遊んでみよう(笑)。
待てよ。本の表紙カバーなんて不要じゃないのと思って、今度はカバーを次々と廃棄してみた。服ばかりチャラチャラしていて、中身のないヒトもいる。裸にしてみたら意外にそそられて、関係性が変わるということもあり得る。見た目は地味になるが、使いやすさという機能性に絞れば、カバーなしの方がいい。
裸にしてガッカリしたのは、「新潮文庫」と「PHP新書」だった。いや〜ねぇ、ものすごく小さいじゃないの、背表紙のタイトル文字が。「岩波新書」のように出版社名が消えているものもある。外では偉そうにしているくせに。肌の色は白・ベージュ・グレーが多いが、「講談社現代新書」だけはブルーまたは赤茶で異色だ。外見は知的に見える白抜き文字の「講談社学術文庫」は<ベージュ地の茶文字>や<レモン時の赤文字>となってかなり軽薄だ。で、一番看板に偽りがなかったのは「中公新書」だった。表紙があってもなくても、見かけにほとんど変化がない。
片づけコンサルの近藤麻理恵は「持っている本は30冊ぐらい」だという。あまりにも少ない!(この人大丈夫?)私も3000冊を300冊にまで減らしたので、彼女の場合は300冊を30冊にしたのだろうか。本を捨てるときは、必ず手にとって「ときめき」を感じたうえで判断せよという。私の場合はもう1歩踏み込んで、必ず裸にしてウフフになるか試してから、次の展開を決めることにしよう。

全員、スッポンポンです。

「家なき子」はハダカの方がよかった。服なき子、もう1度読もう!
前の引っ越しの折、ほぼ二部屋分の本を処分して、百冊程度に「圧縮」しました。
中也関連と古代史の資料だけでも相当あったのですが…。
「ときめく」小説に出会いたいものです。
えっ、そんなに!私はせっかく奈良・京都におりますのに、仏教・古代史の本(ヨタ本です)はほとんど手持ちがなくなりました。気になる秦氏関連の4冊は残ってますが・・・。
おどろおどろしい歴史におさらばして、「ときめく」神社仏閣・史跡に巡り合いたいものです。今年は帝塚山大学の通訳ガイド養成に申し込むかもしれません。
新たな次のステップへの準備なのかも知れませんね。
外国語が自由に操れることは素晴らしいことです。
日本の魅力を、是非、多くの来訪者に伝えてください。
「塔のある風景」にも書きましたが、西の京辺りが当方のおススメです。
個人的なことですが、もうすぐ引っ越す予定なので、不要なものを大幅に捨てるつもりです。ただ、書籍関係はどうしても愛着があって捨てきれないんですよね。
私もみみっちい気持ちを捨てて断捨離をはじめようと思います。
ところでヒロさんに裸にされた本のことで、いいアイディアが浮かびました。よろしかったら読んでみてください。http://sunnyideas.jugem.jp/?eid=782
それと、ヒロさんの本棚を覗き見して良い本見つけちゃいました。「ユングで分る日本神話」是非読んでみようと思います。
「塔の見える風景、斑鳩散歩」でしょうか。http://www.ten-f.com/tou-noaru-fukei.htm
ご紹介ありがとうございます。
>もうすぐ引っ越す予定(ピンちゃん)
新居と新しいパソコンでパワーアップしてくださいね。
>ヒロさんの本棚を覗き見して良い本見つけちゃいました。(Sunnyさん)
写真は便宜的にヌードモデルを並べただけで、おすすめでも何でもないのですが、お役に立ちましたらどうぞ。私もSunnyさんのブログをこっそりと覗いて「四つの約束(Four Agreements)」をチェックしました。世界が私をつくったのではない、私が世界をつくっている・・・。
http://okada.otaden.jp/e74092.html
以前の僕は「買った本は全部読まなきゃ!」と思っていたんだ。もちろんどの本も読みたくて買ってるんだけど、徐々に部屋が本で埋まり出す。いわゆる山のように「積ん読」で部屋がいっぱいになっちゃう。で、ダイエットしたときに、考え方を変えた。「読まなきゃ」と思ってる本で、過去三ヶ月開いてない本は売る。また読もう、と思ってる本でも正直「もう読まないだろう」と思う本も売る。<中略>
でもね、辛かったし、もったいなかったよ。だって「読んでない本」でも売っちゃうんだから。もう自分がイヤになるし、恥ずかしいような情けないような、本当に辛かったなぁ。
でもさ、考えてみたら不思議だよね。「読まないで手放す」のがそんなに惜しいなら、なんで「買った本を何ヶ月も読まない」ことは辛くないんだろう?そう考えはじめると、徐々に僕は蔵書を違った目で見るようになった。前の僕は、蔵書を「財産」として見ていた。「資産」と言い換えてもいい。でも昨夜、twitterしてる最中にいきなりひらめいたんだ。いまの僕にとって、未読の蔵書は「負債」なんだ!
だって、本を買うときにすでにお金は払ってるわけじゃない?つまりここで金銭の支払いは済んで、もうお金は返ってこない。ところが、次に本というのは「自分の時間」という支払いが必要だ。お金は節約できるし稼ぐことだってできる。でも自分の時間というのは最も重要な通貨なんだよね。
「本を買う」のは円という「経済通貨」での支払い。「本を読む」のは「時間通貨」での支払い。じゃあ、「まだ読んでない・いつか読まなきゃいけない蔵書」っていうのは、「時間通貨の支払い待ち」の負債じゃないのか?「いつか読まなきゃ」と気になってる状態というのは、「支払いの利子だけ払ってるけど元本が減ってない状態」じゃないのか?